複雑・ファジー小説
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- ハートのJは挫けない
- 日時: 2022/05/11 05:32
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: ZTqYxzs4)
波坂といいます。閲覧ありがとうございます。今回は能力バトル系を書いていきます。色々と至らない部分もあろうかと思いますが、そこはどうぞ生暖かい目線で見守って頂けたらなと。
一気読み用【>>1-100】
目次>>73
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略称はハジケナイです。
- Re: ハートのJは挫けない ( No.51 )
- 日時: 2018/06/23 17:47
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
「だ、大丈夫ですか……?」
「うん……平気、大丈夫よ、全然」
僕らの前を少し危ない足取りで歩く彼女が、力無さげに振り向いては、乾いた笑いをこちらに向ける。見ていて胸が締め付けられるが、それを口には出さずに何もしないでおく。隣にいる共也君も、黙って雪原先輩について来ている。
彼女は間違いなく無理をしている。それは僕にすら一目瞭然だった。だが、どうしても彼女の無理を止めることは出来ない。
なぜなら僕は知っているからだ。何も出来ないという事実ほど、自分の情けなさを叩き付けるものは無いと、知っている。
それを痛いほどこの身で味わってきた僕は、彼女を制止することなど出来なかった。
「観幸は図書委員だっけか?」
「うん、なんだか新聞作りで忙しいみたいだよ」
観幸は図書委員の方で少し忙しいようなので、今回の同行は諦めたようだ。なんでも図書新聞とかいう、図書委員が出す新聞の作成があるらしい。
「……そう、このカーブミラーの場所。ここよ」
話していた僕らは雪原先輩の声に釣られてそちらを向く。言う通り、カーブミラーが曲がり角に設置されていた。交通量は、とても多いとは言えない。
「間違いねぇ」
共也君が、地面から何かを拾い上げた。確認すると、真っ二つに切り裂かれたようにして分断された一円玉の片割れだった。
「アイツは一円玉を結構な数持ってたしよ。十中八九、戦闘があったみてぇだ」
「これ、学校の反射タスキの一部かな?」
僕もその辺に転がっていた何かの破片のようなものを拾い上げる。回転させてみるとキラキラと光を反射しており、色や材質から考えても学校指定の反射タスキの一部と見て間違いないだろう。
「……貴方達、何が起こったのか分かるの……?」
「まあ大体は。……そろそろ、教えてくれませんか。雪原先輩。ここで、何があったのかを」
僕の問い掛けに、彼女はコクリと頷き、話を始めた。
○
彼女から事件についての一連の出来事を聞いた僕達。その後彼女を家に送り届けて、今は学校に戻っているところだった。流石に荷物を置いて帰る訳にもいかない。
「……先輩、ほんとに大丈夫かな……」
「……嘘だろうな。十中八九」
共也君の発言には心の底から同意せざるを得ない。話している最中にも、何度か辛そうな顔をしていたり涙ぐんでいたし、最後には彼女は泣き出してしまった。そして途中から会話が困難な程に情緒が不安定となり、落ち着いた所で共也君が彼女に帰るように伝えた、というのが、僕達が彼女を家に送るまでの経緯だ。
「ずっと謝ってたよね」
「目の前で誰かが自分の為に傷付けられたんだ。ましてや親しい仲の人間。それで心が傷付かねぇ奴なんていねぇよ」
彼女が泣きながらひたすらに、浮辺君の下の名前とごめんなさいという謝罪の言葉を繰り返し始めた時、僕の心までが引き裂かれそうな気がした。
そうこうしている内に、景色の中に僕らの学校が映り込む。結構長い時間が経過していた事を、沈んできた夕陽で確認する。これはもうすぐ暗くなるだろうな、と思考を巡らせる。
何気ない雑談で、沈んだ雰囲気を誤魔化しながら学校に戻った僕達。上履きを履いて廊下に出た。
「お、あれ観幸か?」
共也君が指さした方向には図書室のスライド式の扉があった。窓から観幸が頭を掻きながら何かの作業しているのが分かる。
「うん、観幸だね」
「よし、冷やかすか」
「なんでそうなるの?」
「まーまー、ほら、気分転換」
「なんて悪趣味な……」
僕の発言を聞かずに、共也君は図書室の方へ向かって行く。軽く溜め息をつきつつ、それに従うように後を追った。
「よう観幸。作業はどうだ?」
「ああ、共也クンデスか。もう少し掛かりそうデス」
観幸は新聞の構図のようなものを考えていた。どうして時間がかかっているのか尋ねると、なんでも入れる記事の数と紙の広さが釣り合っておらず、大きさのまばらなパズルを解かされているらしい。
観幸が椅子から立ち上がり、図書室の別のところに座っていた人に声を掛けた。そして彼が作成していた図面を見せて、何やら相談をしている。他の図書委員の人だろうか。
「乾梨サン、このままではどうして入らないのデスが……」
「……えっと……じゃあ……何処か削りましょうか……」
丸い淵のメガネを掛けた、大人しそうな女子生徒。制服に付いている学年章は二年生のものだ。茶色が混じった髪をかなり伸ばしている。
少し話した後、観幸がこちらに戻って来た。そして新しい紙に定規を使って器用に線を引いていく。
「観幸、あの人は?」
「乾梨透子(かんなし/とうこ)サン、平たく言えば僕と同じ図書委員デス」
大人しそうな見た目から何となく察していたが、彼女は図書委員長だったらしい。今は原稿用紙にペンを走らせている。新聞に載せる原稿でも書いているのだろうか。
「ああ、ボクはまだ少し残ることになりそうデスので、先に帰っておくべきデスよ」
「観幸大丈夫?」
「これでも高校生デスから」
ここで彼より身長が高い僕が先日不審者に襲われた話をしてやろうかとも思ったが、彼なりの気遣いを無駄にするのも気が引けたので黙っておく。共也君の方をチラリと見ると、彼も頷いていた。
「じゃあな観幸。気ぃ付けて帰れよ」
「また明日ね」
「では、また明日デス」
そうして僕らは図書室から出て自分達の荷物を置いている場所に向かう。荷物を取っている途中で、共也君が思い出したかのように話した。
「ところで貫太、一つ分かった事があんだよ」
「どうしたの?」
荷物をかるいながら聞き返すと、共也君はポケットから何かを取り出した。近くに行って見てみると、細かい金属のパーツのようだ。
「これ、折り畳み傘の一部みてぇだ」
確かに、パーツの一つ一つが折り畳み傘の折れる部分だったりに良く似ている気もする。しかし……僕には分からなかった。彼が何を伝えたいのかが。
「……つまり?」
「考えてみろよ。奴の武器は刀だ。だけど刀でぶった斬られたぐらいじゃあ、ここまで……それこそ分解レベルでバラバラになりはしねぇ筈だ。布の部分はどっかに風で飛ばされちまったのかもしれねぇが、それがくっ付いてねぇのも気になる」
「……確かに」
「つまりよ、奴の力……どうやら、心を殺すだけじゃあ無さそうだぜ」
それに、と彼は言葉を続ける。
「アイツと会った時、俺のハートが何故か使えなかった」
「どういうこと?」
「どうもこうも、空間と空間が繋がらなかったんだよ。アイツの背中をぶん殴ってやろうとしたら、接続が切れて距離が短縮できなかった」
「調子が悪かっただけじゃない?」
「俺は浮辺の呼び出しに素早く答えるために、出来るだけハートの力を使って移動したんだぞ? それこそ駆け付けるのに三分かからない程度でだ。調子は万全だったぜ」
「それって、つまり」
「ああ、そういうことだ」
「ムカワのハートは、『人の心』だけじゃなくて『人のハート』すら殺しちまうって訳だ。俺達のハートは、奴のハートでいつでも解除可能、ってな」
共也君の言葉は、何処か嫌々言っているようにも思えた。まるで、そんな事実を認めたくないと彼が思っているかのように。
少しだけ話し込んでしまい、結局帰る頃には周囲は真っ暗になっていた。剣道部は今も尚続いており、現在最も『ムカワ』である可能性が高い武川小町さんもまた、学校に居る事になる。
それを考えると、少しだけ背後の首元がヒヤリとした。少しでも落ち着こうと深呼吸をする。
その瞬間、何かが振動するような音と、聞き覚えのあるメロディが聞こえて、一瞬飛び上がるように驚いてしまう。それが自分の携帯電話が着信を伝える音だという事に気がついたのは、数秒後の話である。
「自分のケータイに驚かされてどうすんだよ」
「……うるさい」
「はは、冗談だから拗ねんなよ」
「拗ねてないし」
軽口を飛ばし合いつつも、ケータイの中身を確認する。どうやら電話が掛かっているようだった。だが少し驚きが手に残っていたのか、ぎこちない操作で応答ボタンを押そうとして、間違えて地面に携帯電話を通してしまう。
「ああっ!」
「おいおい、落ち着けって」
共也君がひょいと拾い上げて渡してくれたのに礼を言いつつも、着信元を確認する。
そこには深探観幸という文字があった。観幸の奴、もしかしたら僕らが話し込んでいる間に帰ったのかな、などと思いつつも、応答する。
「もしもし」
だが、既にコールの音はなり止んでいた。つまり、僕が反応するのが遅くて電話が切れてしまったのだろう。
掛け直す事も考えたが、重要な用事なら掛け直して来るだろうと思い、今度は取り落とさないぞと心に決めつつもそれをポケットに仕舞う。
「で、どうだった?」
「観幸からだった。でも切れちゃった」
それから暫く歩いていると、特に何事も無くいつもの滝水公園まで辿り着いた。普通ならここで共也君と道は別れる。当然、今日もそうするつもりだった。
だが、その着信音が僕をここに繋ぎ止める。
それは共也君の携帯電話から鳴り響いていた。彼が僕のような失敗はせずに応答する。
「どうしたんだよ兄さん。こんな時間によ」
口調からして、相手はどうやら兄である見也さんらしい。
「ああ? 俺が心配で? なんだよ気味ワリィ…………冗談だ。え? 貫太? そこにいるぜ?」
その後も何回かやり取りをした後、彼らの通話は終わった。
「兄さんから、俺達が襲われてねぇか心配だったらしいぜ。ま、俺的には襲ってきてくれる方が願ったり叶ったりだけどな」
「そんな物騒な……」
見也さんという人物が頭に思い浮かんだ事によって、少し前に思っていた疑問がふと浮かび上がった。
「そう言えばさ、なんでこの前、八取さんの場所に僕を連れて行って観幸は連れていかなかったの?」
「ああ、お前だけだからな。実際に関わってたのはよ。今の電話も、ムカワに顔を知られてんのが俺達だけだからかも知れねぇな」
共也君のその言葉が、頭の奥の何かに引っかかるのを感じた。
待て。本当にそうか?
ムカワが顔を知っているのは、僕と、共也君と、見也さんと……。
「観幸だ」
「あ?」
「観幸もいる。あの日、八取さんの事件があったあの日、観幸は教会の外で僕らを待ってた。つまり、ムカワが観幸を見ていてもおかしくない」
頭の中で、どんどん言葉が繋がっていく。そしてそれを、思考のままに吐き出していく。
「あそこは立ち入り禁止の場所だ。あそこに立っているのは明らかにおかしい。僕らの仲間だって思ったって不思議じゃない」
嫌な予感がした。
嘘であってくれと、携帯電話を取り出して、着信履歴から観幸にコールバックする。出てくれ、頼む。
電話のコールが、一回、二回、三回、四回、ダメだ、まだ出ない。その後も、観幸が電話に出る事は無い。気が付けば相当な手汗をかいている事に気が付いた。
ふとそこで、観幸から留守電が入っている事が分かった。急いでそれを押し、内容を聞き取ろうと耳元に当てる。
『貫太クン……ムカワは……違うのデス……ムカワでは……』
ブツリ、と残酷な音が成り、留守電が終了した。
親友の声だ。それは変わりない。
まるでマラソンを走り切った後のような、疲れ切って死にそうな声ということを除けば、いつもの親友の声だった。
気が付けば、僕は走り出していた。
「お、おい! 貫太! 待てよ!」
「観幸が! 観幸が!」
「落ち着け! 何がどうなってんだ!」
「離してよ共也君! 僕は、僕は行かなくちゃ!」
共也君が肩を掴む。彼の力は強くて、僕の力では到底取れそうにもない。
彼は少しだけ悩むような素振りを見せた後、首を縦に振った。
「分かった。俺も行く」
そして、僕らは走り出した。
共也君のハートによって、距離を省略し、少しでも早く移動する。視界が次々と移り変わり、酔いそうな気分になるが、今はそんなことを気にしている場合では無かった。
「こっちだ! あの信号まで飛んで!」
「おう!」
観幸の家は僕が知っている。だから僕がナビゲートをして、彼らしき人物がいないかを確認する。
「何処だ……観幸……!」
そして、観幸の家までのルートで、丁度三回目のジャンプを行った時だった。
僕は、ようやく親友の姿を見つけた。
路上で倒れた、その姿を。
「嘘だ」
そんな馬鹿な。
観幸だぞ? ミステリアスで、胡散臭くて、小柄で、滅茶苦茶で、誰よりも弱い癖に、誰よりも強いあの彼だぞ?
近くまで力なく駆け寄ると、その姿がより鮮明に映し出される。彼の手に持ったルーペは、まるで金魚すくいの破れたポイのように、ガラスの部分がぶち抜かれていた。
「起きろよ」
体を揺さぶりたくなるのを堪え、彼の頭上で言葉を繋ぐ。
「なぁ! こら! 置きろよ観幸! ホントは、ホントはお前は意識があって、僕を驚かせるつもりなんだろ!」
ほら、ネタバラシしろよ。
いつもみたいに、ルーペかざしながら、ドヤ顔でパイプを咥えてくれよ。自慢げな様子で、噂話を聞かせてくれよ。
「分かってるんだよ! なぁ! いい加減僕も怒るぞ! なぁ、観幸! 頼むから、起きて、起きてよ! お願いだからさぁ!」
彼が起き上がって、自慢げな顔を見せることは、無かった。
「お前が居なきゃ……ダメなんだよ……!」
僕の水で濡れた頬を、夜の風が冷たく撫でた。
そして、僕の親友は、起き上がらなかった。
次話>>52 前話>>50
- Re: ハートのJは挫けない ( No.52 )
- 日時: 2019/03/23 14:39
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
「……ダメだ」
共也君が観幸の体に触れ、首を横に振ってからそう言った。
「心が繋げねぇ。……十中八九、ムカワの仕業だな」
「…………」
体中から、血液が抜けていくような、そんな感覚がした。体の内側からじわじわと熱が奪われていく。
「……なんで、観幸なんだ」
気がつけば、頭の中の言葉を発していた。それは止まることを知らず、僕の意思に反して飛び出し続ける。
「僕や共也君なら分かるんだ。ハート持ちだ。でも……なんで真っ先に観幸を狙ったんだ。狙う必要なんて、何処にもないのに」
その問いは、誰に向けたものでも無かった。
当然誰も答えないまま、声は透けていった。
○
次の日。
僕はずっと、屋上で空を眺めていた。
フェンスに壁を預けて、力を抜いて座っている。こうしているのが、一番楽だった。
どうしてここに来たのかと言えば、観幸がいない教室が怖かったのかもしれない。一日二日、1週間程度なら分かるのだが、これがずっと続くと考えると、どうしようなく恐ろしくなって、気が付いたら教室を出ていた。行く宛もなくフラフラするのも何なので、屋上に来たのだ。
共也君は居ない。彼は今日、学校を休んでいる。メールで連絡が来ていた。曰く、昼に心音さんのハートを試すらしい。もしそれがムカワの方角を指していれば、八取さんの線と観幸の線が重なる場所にムカワがいる。と言っていた。皮肉な話だ。友人を失ったからこそ、犯人の位置が特定できるのだから。
「はぁ……」
「貫太君」
その声に、僕は空から顔を逸らして音源の方を向いた。
「……隣さん」
「どうしたんですか。そんな、溜め息なんてついて」
そこには彼女──愛泥隣がいた。
思えば彼女との騒動はこの屋上であったんだなと思い返す。壊れた後に共也君がハートの力で付けたらしいが、今では見分けがつかない。
「……何でもないよ」
「嘘ですね?」
「なんで、そう思うのさ」
「分かりますよ。貫太君の考えていることくらい。だって、私は貫太君の事が好きですから」
「……面と向かって言われると恥ずかしいんだけど……」
「もう知ってるから、いいじゃないですか」
そう言って、彼女は僕の隣に座る。隣から少しだけいい匂いがするのを感じた。使ってるシャンプーに違いでもあるのだろうか。
「…………」
「…………」
2人で黙って、その場にいる。不思議な話だ。お互い貶し合って、否定し合って、傷付け合ったのに、今はこうして2人きりで争う訳でもなくここに居る。
「貫太君」
「……何?」
「私の事、好きですか」
その問いかけを耳にするのは、何度目だろうか。その問いに、僕は1度だって好きと答えた記憶は無い。そして、僕の回答は決まっている。
「嫌いだよ。君のことなんて」
僕がそう返すと、彼女はにこやかな笑みを浮かべる。
「そうですか。ふふ、ありがとうございます」
その言葉に、疑問しか持てないのは僕だけだろうか。
「どうして、お礼なんて言うの? 僕は、君が嫌いなんだよ?」
彼女は僕の問いに、考える間もなく、キョトンとした表情で、まるで何当たり前のことを聞いているんだと言わんばかりに、こう返した。
「だって、貫太君が嫌ってくれるのは私だけでしょう?」
彼女は、嬉々とした表情で言う。
「それって、私が特別って事ですよね?」
その笑みに、不覚にも魅力を感じてしまった。
「狂ってる」
自分を誤魔化すために、否定の言葉を述べる。
「はい、そうですよ」
だが、彼女はそれを受け止める。どこまでも純粋で、綺麗で、濁った微笑みを崩さずに。
おかしいのに、狂ってるのに、変なのに、どうして彼女は魅力的に見えるんだ。こんな風に、僕の胸を締め付けてくるんだ。
「なんで」
どうしてそんなに、僕を苦しめて来るんだ。君は。
「なんでそんなに、君は僕に、有りもしない僕を求めるの」
彼女は間違った幻想を抱いている。
彼女がどんな僕に惹かれたのかは分からない。ただ彼女はどう考えても勘違いをしている。
「僕は、針音貫太は、そんな魅力的な人物じゃないんだよ」
ああ。この際だから言ってしまえ。彼女に、僕の思うままをぶつけてしまえ。そしたら、きっと彼女も間違った事を言わなくなる。きっと、彼女の歪みも消えるだろう。そう思って、その場で立ち上がる。彼女も遅れて立つ。
「ホントは弱いんだ。意気地無して、ビビリで、弱虫で、泣き虫で、大切な友人の一人だって守れない。どうしようもないくらいの、負け犬なんだよ」
みんなみんな、僕のことを強いなんて言う。だけど、それは間違いなんだ。
結局、僕は無力だ。どうしようも無いくらい、弱いんだ。
「君が僕にどんなイメージを持ってるのか知らない。けど、隣さん。君は、僕に勝手な幻想を抱いてるよ」
「僕に、力なんて無いんだ」
僕がそう言う。
場に静寂が訪れる。風が吹いて、隣さんの髪がふわりと大きく揺れ、それが元の位置に戻った直後、ニッコリと一際大きな笑顔を浮かべて、隣さんはこう言った。
「殺しますよ?」
瞬間、息をするのを忘れていた。
慌てて息を吸い込む前に、首元に彼女の細腕が絡み付く。彼女は僕の後ろに回り込み、僕の右肩に頭を乗せた。じんわりと、嫌な汗が吹き出す。
「私は間違いはそんなに気にしないタイプですけど……今のは見逃せませんよ……ふふ」
不敵な笑みの彼女によって耳元に息が吹きかけられ、変な声が出る。彼女の声は艶やかで、何処か心の底で怒っているような雰囲気があった。
「私は貫太君の事が好きです。だから貫太君の弱い所なんて全部知ってます。勿論貫太君の弱い所を指摘されたところで、私は怒ったりしません。ですけど……」
彼女が一呼吸置いてから、言葉を繋げた。
「強い所まで弱い、なんて言うのは許しません。全否定なんて認めませんよ? そんなことを言う人は殺してあげます」
「例えそれが、貴方自身でも」
きっと何の嘘偽りも無いであろう彼女の言葉が、心の奥底まで響いていく。殺す、という単語にすら、決して不純物は含まれていない。
「今回は許して上げますね。ふふ……次は、無いですよ?」
「……あ、ありがと……う」
「もっと自信を持って下さいね? 私の好きな貫太君」
そう言って、彼女は僕を放して屋上から出て行った。今思えば、あれは彼女なりの励ましだったのかもしれない。正直、死ぬかと思った。
「……頑張らなきゃ」
だが、熱は入った。両頬を自分で叩いて目を覚ます。そうだ。今は落ち込んでいる場合じゃない。2人を取り戻す為にも、なんとかムカワの正体を突き止めなきゃいけないんだ。
丁度そこで、ポケットが振動するのを感じた。取り出すと、一件のメールが入っている。着信元は共也君のようだ。
『ムカワは間違い無く俺達の学校にいる。
詳しくは明日話す。今日は気をつけろよ』
そのメールを読んで、僕はフェンスから校舎を見つめた。
──この何処かに、ムカワがいる。
気がつけば、フェンスの金網を強く握り締めていた。
次話>>53 前話>>51
- Re: ハートのJは挫けない ( No.53 )
- 日時: 2018/06/28 22:34
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
僕が行動の先として選んだのは図書室だった。彼女がいるかどうかは賭けのようなものだが、行かないよりはマシだ。
一階に降りて図書室の扉に手を掛ける。その時、窓から貸し出しカウンターに座る彼女を見つけることが出来た。入って一直線に、彼女の方へと向かう。
「あの、乾梨さん」
「……ああ……昨日の……えっと……」
「僕の名前は針音貫太。観幸のクラスメイトだ」
「その……あの……わ、私に……何か用事ですか……」
相変わらず消えそうなくぐもった声で、目を合わさずにそう言う彼女。後ろめたいとかそういう訳ではなく、単純に性格の問題だろう。もっとも、知らない人から声を掛けられて挙動不審になるのも当たり前とも言えるが。
「昨日の事について、聞かせて欲しいんだ」
「……?」
「実はさ」
適当に、深探観幸が夜に電話を掛けても出てくれなかった。今日学校にも来なかった。昨日の夜何かあったのかもしれない。と若干の虚偽を含んだ話をする。
「……え……?」
「多分君しかいないんだよ。観幸が昨日、いつごろ帰ったのかを知ってる人はさ」
「その……あ……」
しかし、僕が食い気味だったせいか、彼女は俯いて黙り込んでしまう。もしかしたら、間違えられないという心理を働かせてしまっているのかもしれない。それで間違いを恐れて黙り込んでいるとか。
少しだけ、自分を落ち着かせる。いけない。僕が焦ってどうするんだと言い聞かせる。
「ああ、僕達が来てからどの位して帰ったのかとかでもいいから」
そう言うと、彼女は俯きがちにこう答えた。
「確か……あの後すぐに……思ったよりも簡単に出来たので……」
「……僕達より先か」
観幸は僕達の後ではなく先に帰っていた。つまり、僕達が学校を出る頃に、まだ居残りしていた生徒がムカワである可能性が高い、という事だ。無論、観幸をどこかで待ち構えていた可能性もあるが。
そっか、と言って、カウンターから一歩引いた時、彼女の右手が目に入った。何か白い包帯のようなものに軽く包まれている。
「右手どうしたの?」
「……あ、右手、ですか……」
彼女は自分の右手首を左手で持ち上げつつ答える。
「これは……昨日……転んで痛めたんです……鈍臭いんです……私」
「ああごめん、そういう事じゃないから!」
少しだけ落ち込んでしまったのか、どんよりとした声で話すものだから、慌てて弁解する。思考がネガティブに向かいやすいのだろうか。
「あっ……すみません……すぐに謝っちゃって……」
「いやいやいやいや、言ってるそばから謝ってるってば」
「……わ、私が……こんな性格だから、深探君にも、迷惑が……」
彼女が僕の言葉を聞いているのかどうか怪しい。一度自己嫌悪に陥ると中々抜け出せないのだろうか。何にしろ良い傾向とは言えないだろう。
「落ち着いてって。誰も責めたりなんてしてないから」
「土曜日も……無駄に使わせちゃったし……うう……」
土曜日、とはあの日、丁度心音さんや青海さんと出会った日の事だろうか。と、するなら、観幸は浮辺君が襲われたあの日に登校していた事になる。まあ割とどうでもいい情報だったので気にしないことにする。
「他に何かない? 観幸の事とかで」
「……あ、そう言えば……これ……」
彼女がカウンターの下に置いていた何かを片手で持ち上げた。どうやらビニール袋らしく、中には何かしらの固形物が入っている。大きさは手のひらサイズかそれより少し大きい程度だ。
「……今日、深探君が来たら……えっと……渡そうと思ってたんです……」
それを僕の方に遠慮がちに差し出してくる彼女。受け取れ、ということだろうか。黙ってビニール袋を受け取り、中身を覗く。
「これ……観幸のパイプじゃないか……」
ビニール袋から取り出して見てみる。形や色からして、普段彼が持ち歩いていた空っぽのパイプだ。どこぞの探偵に憧れて持ち始めたのか、探偵っぽさを求めて持ち始めたのかは知らないが、彼のトレードマークの一つであることには違いない。
「どうしてこれが……?」
「えっと……多分……昨日……深探君が忘れていったので……持ち帰っておいたんです……」
観幸も物忘れをしたりするんだな。なんて思いつつも、パイプを改めてじっくりと眺めてみる。
「ほ、他は……あんまり……深探君については……」
「いや、ありがとね。ごめん、急に押しかけちゃって」
「……あっ、その、迷惑とかじゃ……」
慌てた様子となり、挙動がおかしくなった彼女。制止すると、彼女はカタカタと震える指でメガネの位置を直そうとした。当然直るはずもなく、むしろ思いっきり落としてしまう。
「落ちたよ」
それを膝をついて拾おうとする。手に取ってみると、地味で何処にでもありそうなメガネだった。が、レンズにはかなりキツイ度が入っていることが分かった。逆に見えないんじゃないかと思うレベルで。
「ご、ごめんなさい」
「だから大丈夫だよ。……目、悪いの?」
「へ?」
「ああいや、メガネの度がかなり大きかったから……」
「……はい。目、悪いんです。メガネがないと人の顔とかイマイチ判別出来なくなって」
その会話を最後に、特に目立ったこともなく、休み時間終了のチャイムによって、僕は図書室を後にした。そして、少しだけ重たい足を引きずって、教室へと向かう。僕の親友の姿が、抜け落ちた場所へ。
次話>>54 前話>>52
- Re: ハートのJは挫けない ( No.54 )
- 日時: 2018/06/30 18:48
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
その後特筆すべきことは無く、そのまま放課後になる。共也君が居ない今、遅くまで残っていても殺されるだけだと考え、早いうちに帰宅する事にした僕。リュックサックをかるって校門を出る。
「貫太君」
が、すぐそこで声を掛けられた。聞き覚えのある声だ。低く、重たい男性の声。名前を呼びつつ、振り返る。
「見也さん?」
そこに居たのは友松見也、共也のお兄さんだった。季節の変わり目を感じさせない相変わらずの灰色スーツ姿。出会った時から何も変わっていないような気がする。無論、毎日洗濯はしているだろうが。
「話がある。来てくれないか?」
「……えっと……はい」
真剣な眼差しに、一瞬だけ怯まされた。そして曖昧な返事を返す。鋭い目付きは健在のようだ。
彼の背後についていく僕。その背中はどこまでも大きく感じ、これについて行けば取り敢えず安心だと思わせる雰囲気があった。それ程までに、それは確信に寄った自信のようなものに満ち溢れていた。
「……そのビニール袋、どうした?」
「ああ、実は──」
彼に今日、乾梨さんから聞いた事を説明する。そして観幸のパイプを渡しておいた。もしかしたら、彼が何か調べてくれるかもしれない。
「話がある、と言ったな」
彼が突如として、その歩みを止めた。そして振り返り、僕を見下ろすような姿勢になる。彼の身長と僕の身長では、約40センチも差があるのだから当たり前といえば当たり前だ。
「君に、まだハートに付いて詳しく説明して居なかった事に気が付いてな」
「……そういえば」
「共也は今、とある事情で居ない。従って俺が説明に来た、という訳だ」
とある事情、というのも若干気にはなったものの、僕は見也さんが直接出向いてきた事に驚きを感じてた。
なぜなら、今日出てくる必要は無いからだ。明日共也君から説明してもらえばいい。なのに彼は、わざわざ僕の帰りを待って居たのだ。これは重要な話なのだと、今更悟る。
「……歩きながら話そう。こんな所で立ち話していては、俺の腕に手錠が嵌りかねん」
今どきは厳しいからな、と愚痴るように零す彼。そういう経験でもあったのかと邪推したが、聞くのは止めておく。見也さんの地雷だけは踏みたくない。
「では、君はハートについてどこまで知っている?」
「えっと……人の心が外に出てきたもの、でしたっけ」
「間違いではない。ただ、少し定義不足だ」
僕の言葉を受けつつも、彼は返す。
「ハートの力は人間の心を媒介とした異能だ。不思議な力、と言い換えるのも間違いではないだろう。それは必ず自他の精神に影響を及ぼす力だ。そして、それは必ずハート持ちの性質によって力が決まる」
「性質……?」
「そうだ。例えば君のハート、《心を刺す力》に関しても、俺が持つのと君が持つのでは大きく性質が変わるだろう。そして、それは性質だけの話ではない。ハート持ちの意思の強さによって、ハートもまた強力なものとなる。丁度、君を絞め殺そうとした愛泥隣のようにな」
確かに、僕を鎖で縛り付けた時の隣さんのパワーは有り得ないほど強かった。それこそ金属製のフェンスを絞め切る程に。
「そして、ここからが本題だ」
彼の目が、こちらを値踏みするかのようにじっくりと見詰めてくる。
大男から見下された時の重圧と言ったら、言い表しようがない。無意識の内に呼吸が早くなっているのを、先程ようやく気が付いた。
「君は、まだ戻る事が出来る」
「戻る……?」
僕の復唱に、ああとだけ返す彼。戻る事が出来るとはどういう事だろうか。などと一人で頭を捻っていると、彼が僕に言い聞かせるように言った。
「君は、まだ俺達と出会う前に戻る事が出来る。ハートの力なんてものは知らない、一般的な生活に、だ」
僕はその言葉で理解した。つまり、僕に警告しているのだ。
これ以上深入りすれば、もう戻れなくなると。
「君は理由を持っているか。争い合う理由を」
「理由……?」
「そうだ。ハートの力は本人の意志によって強弱が決まる。そして意志を強化するのは理由だ。理由無しに頑張れる人間など居ない。ハート持ちでは、理由を持つ者と持たない者の差は大きいという事だ」
一呼吸おいた彼が、かつて無いほどの鋭い眼差しでこちらを睨み付けてきた。その目力に、思わず目を瞑りたくなるが、寸前で堪えてなんとか目を合わせる。
「もう一度聞く。君に、理由はあるか。他者と争う理由が。ハート持ちと、争う理由が、君にはあるか」
「……それは……」
喉の奥で、言いたい事がつっかえている感覚がした。何かを言わなければならない気がするのに、それが言葉という実体になって現れない。いつまでも雲のようにぼんやりと、頭の中を漂っている何かがあるだけだ。
「僕は…………」
「…………」
見也さんは何も言わない。ただじっと、僕の回答を待っている。
僕はと言うと、何も言うことが出来なかった。何故なら自分に理由などは無いからだ。他人に引きずられ、巻き込まれた結果が全てだ。僕からの自発的な行動など、ほとんど無い。無論、理由なんて大層なものは僕には無かった。
「理由は…………」
「…………」
彼の前では嘘を吐けない。僕はそう感じた。彼の前では嘘偽りが通用しない。上辺だけの理由なんて、言葉にするだけ無駄に思えた。
「…………無いです……」
だから僕は、飾らない答えを出した。そう、僕には理由が無い。彼が求めるような理由など、何一つ無かった。
「……なら、去るんだ」
「……え?」
「意志の無い人間が、あの殺人鬼に抵抗できるとは思えない。ハッキリ言おう。意志のない君が居ても、邪魔なだけだ。もう一度言うぞ」
彼は僕に背を向けた。まるで、こちらを見る価値は無いと言わんばかりに。僕の存在に、意味は無いと言わんばかりに。
いや、もしかしたらそれは、彼なりの別れ方だったのかもしれない。綺麗さっぱり、僕が諦められるように。
「君は、まだ戻る事が出来る」
どこまでも冷たい声で、彼はその言葉を言い残した。
それは僕の心の深くに染み込んで、体の熱を奪っていった。
○
「貫太?」
僕はずっと考え込んでいた。
「おーい」
見也さんに言われた事を。彼の言葉が、僕の頭の中でフラッシュバックする。
『意志のない君が居ても、邪魔なだけだ』
そんな事は、薄々気が付いていた。僕は自分の意志で何かを行う事が少ない。それは今更の話かもしれないし、僕のこれまでの気質でもあるのだから、簡単に変えることは出来ないだろう。
しかし、僕は理由を見つけない限り、共也君の隣に立てない。親友の為に、動くことは出来ない。腹立たしくも、見也さんの言葉は何一つ間違っていない。そして否定出来ない僕が、ただただ悔しかった。
「おい、コラ」
肩を叩かれ、そこで漸く誰かに呼ばれていた事に気が付いた。慌てて背後を振り返ると、見慣れた友人の姿。
「きょ、共也君……」
「うす。今日は学校に行けなくてすまなかったな。それで、何かあったか?」
「……特に……」
見也さんに話したのだから、その内彼にも伝わるだろうと考え、敢えて話さない事にした。何より、今は目の前にいる友人と顔を合わせたくなかった。自分には無い意志を持っている彼が、羨ましくて、妬ましくて。
「そうか。こっちはよ、少しだけ、発見があったぜ」
そう言って共也君が僕に差し出したのは、1枚の写真だった。手に取って見てみると、破れた金魚すくいのポイのように真ん中が破れたルーペが写っていた。恐らく、御幸のものだろう。
「……これがどうしたの?」
「ここ、よく見てみろよ」
彼が指さした場所。金属製の淵の部分だ。模様ではない、何か小さな色が付いている。よく見てみると、赤っぽい。
「これ、血だ」
「血?」
「そうだ。そして、観幸の傷は打撃痕みてぇなもんだけ。切り傷とかの出血は一切ねぇ。つまり」
「この血はムカワのものってこと?」
「ああ。そして、このルーペの割れ方から察するにムカワのハートじゃねぇ。もしムカワのハートでぶっ壊したなら、跡形もなくバラバラの筈だぜ。つまり、これは観幸が壊したって事だ。ムカワをぶん殴ってな」
まさか観幸は抵抗していたのだろうか。あの凶悪な殺人犯に。彼もまた、それだけの強い意志があった訳だ。ハート持ちでも、何でもないのに。
なんで、皆そんなに強い意志を持ってるんだ。
羨ましいさ。妬ましいさ。悔しくて歯痒くて、自分が嫌いになりそうだ。
『意志のない君が居ても、邪魔なだけだ』
再び、あの言葉が脳内に響く。
「──てわけで、早いとこムカワをぶっ飛ばして、皆を助けようぜ……おい、貫太?」
「ごめん、共也君」
気がつけば、僕は彼の言葉も聞かずに走り出していた。
「お、おい待てよ!」
「来ないで!」
無我夢中で放ったその言葉は、いつの間にかハートの力を纏っていた。僕の言葉がそのまま刻まれたナイフが、共也君の胸に突き刺さる。
「ぐッ! お、おい! どうしたんだよ! 貫太ァ!」
彼の言葉が聞こえないように、耳を塞いで僕は彼から逃げるように、来た道を引き返した。ただ逃げたかった。自分という存在から、彼という存在から。このどうしようもない苦しみから。
この気持ちを彼に話せば、少しは楽になれたのかもしれない。吐き出せば、落ち着いたかもしれない。だが、彼には絶対に分からない。強い意志を持つ彼は、弱い意志しか持たない僕の、この気持ちがわかる訳が無いのだ。
景色がグルグルと回るような気分だった。ひたすらに走り続けた。汗で服がへばりつくのを感じたが、余計に涼しさを求めて走り続けた。ただずっと、この胸の痛みで心の痛みを誤魔化したかった。
だが当然、限界は来る。
「はぁ、はぁ、はぁ」
気が付けば、僕はあの場所に居た。観幸が倒れていた、あの場所に。家と思いっ切り反対方向に突っ走っていたことを、今更認識する。既に日は落ちて、真っ暗になっていた。余計、あの日と同じ情景だ。
「なぁ、観幸」
僕は昨日、親友が倒れていたであろう場所に顔を向ける。そこに誰か居る気がして。友人が居座っている気がして。
「教えてくれよ。いつもみたいに」
やけに視界がぼやけると思ったら、涙を流していた。いつの間にか何粒も何粒も、僕の頬を伝っては、その場に落ちていくだけ。
「どうして」
僕は、親友に聞きたかった。
前みたいに、自慢げな声で、自信満々の回答をして欲しかっただけだった。
「僕は、こんなに弱いんだ」
涙混じりのその声は、正しく負け犬と呼ぶに相応しかった。
「教えてあげますわ」
だが、返ってきたのは。
この世で最も聞きたくない声での、回答だった。
「それは貴方がぁ」
咄嗟に音源の方を振り向いた。その声が、聞き違いであることを信じて。
だが──生憎、それだけは真実だった。
「ネ、ズ、ミ、だからですわぁ」
黒ローブ姿の殺人鬼が、刀を構えて楽しそうに笑っていた。
僕は同じように、笑い返す。
僕史上、最も乾いた笑いを。
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- Re: ハートのJは挫けない ( No.55 )
- 日時: 2018/07/01 13:32
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: O/vit.nk)
目の前にいるそれ。どうしてここに居るのかは知らない。何故ここに居るのかも知らない。
ただ、今彼女がここに居て、僕を狙っている。それだけが確かな事実だった。
「ふふふ……」
左手で刀をぶら下げている彼女。フードに包まれた頭からは、口角が釣り上げられた口元が覗く。
「随分と……コソコソコソコソ……ネズミのように、嗅ぎ回ってくれましたわねぇ?」
「……」
「あら? あらあら? あらあらあらあらあら?」
彼女が顔を90度傾ける。途中で嫌な感じの音がしたのも、きっと彼女の首からの音だろう。倒れた首のまま、言葉を続ける。
「何も、言わないのですねぇ?」
彼女の煽るかのような口調。普段なら、怒ったり、叫んだり、嘆いたりしたんだろう。
「……さっさと殺せよ」
だが、今の僕では彼女の言葉にリアクションすることが出来なかった。
「……あら?」
「もう、殺せよ」
「へぇー……ふむふむ……そうですかぁ」
彼女はそのまま数十秒間停止していた。直後、顔を元の角度に戻しつつもこう言った。
「つまんねぇ奴だな」
どうして、お前がそう言うんだ。
僕は内心期待していたのかもしれない。喜々として僕を殺しにかかってくるであろうムカワに、期待していたのかもしれない。いや、きっとそうだ。僕は誰かに必要とされたくて、ムカワにすら求められたかったのかもしれない。
だがどうだ。目の前の殺人鬼は、僕をつまらないと評した。フードの下の口元は、打って変わって口角が下がっていた。
「……」
「こちとら木偶の坊斬る趣味はねぇんだよ。さっさと抵抗しな」
ムカワが左手に持った刀の先端をこちらに真っ直ぐと伸ばしてくる。が、僕は何もしない。今回は何もしないわけでも、出来ないわけでもない。
しようとすら、思わなかった。
「どうせ僕なんか、誰も必要としちゃいないんだ」
ああそうだ。なら一層の事、ここで殺されてしまった方が、皆の助けになるに違いない。
「……イライラさせんじゃねぇよ」
ムカワの怒りの声と共に、僕に刀が振り下ろされた。僕はそれを見つめるだけで、避けようとも、防ごうともしなかった。ただこれで楽になれるのかと、少しだけ気持ちが軽くなった。
「ネズミ未満だな、テメー」
その言葉と共に、僕の意識は黒の底に沈んだ。
筈だった。
「止まりなさい」
声が響いたと思えば、突然ムカワの刀が停止した。それどころか、僕もロクに身動きすることが出来ない。息などは出来るが、体そのものがその場に固定されているような感覚を覚えた。
「クソチビ、私の嫌いな3つ言葉を教えてあげる」
その声の持ち主は、小さなシルエットと共に、この場に姿を表した。電灯の光で、その姿がはっきりと映し出される。
「どうせ、無理だ、不可能だ。この3つは人間を縛る言葉。自らの心を縛る言葉よ」
2つに結われた黒い髪が、風でふわりと揺れる。そのキツイ目つきの彼女は、心底呆れたような表情でこう言った。そこには、以前であった時のキンキン騒ぐ女の子といった印象はどこにも無い。むしろ、冷たく尖った雰囲気を纏う女性といった感じだ。
「アンタ、ホントにチビね」
「な……なんだよ。急に。君の方がチビじゃないか」
「敬語に関してはとやかく言わないわ。そっちの方が気楽だしね。それと、私が言ったのは外面的な意味では無いわ」
漸く体の痺れのようなものが取れたので、ムカワからゆっくりと距離を取った。向こうはこちらを見ているだけ。僕達の話に、少し興味があるのか。それとも僕が抵抗の意志を示すまで、まち続けるつもりか。
「外面的じゃない……?」
「そう。私が言ったのは、アンタの中身の事を言ってんのよ」
彼女は僕の胸ぐらを掴んで引き寄せる。そして睨み付けられた時、容姿と威圧感のギャップもあって、怯んでしまう。その瞳の中に、一瞬だけ見也さんを思い出す。やはり、彼女は友松家の人間なんだと改めて実感する。
「私はアンタのことなんて全く知らない。ええ知らないわ。だけどね」
彼女の手の平が、僕の頬をひっぱたいた。
それは対して痛いものではなかった。物理的には、何回もそれ以上の痛みを受けたはずだった。
だが、その手は他の誰よりも痛かった。僕の心に直接響く痛みだった。
「悩みの一つや二つでクヨクヨしてんじゃないわよ。壁の一つや二つくらい、ぶち壊してみなさいよ。だからアンタはチビなのよ」
彼女の言葉は、僕の心によく響く。何故かは分からないが、彼女の言葉には感情そのものが詰まっているような気がした。だから分かる。突き放すような言葉であろうと、それは僕を傷付けるためのものでは無いのだと。
「心音さん」
「何よ」
無意識の内に、僕はこう言っていた。
「ありがとう」
「……フン」
彼女は僕の胸ぐらを乱暴に突き飛ばすかのように離した。そしてムカワに向き直り、こう言った。
「少しは、マシな面構えになったじゃない」
彼女の言葉に、思わず頬が緩むのを感じた。
確かに僕には理由が無い。意志が無い。強さが無い。ハート持ちとしても弱い。これらは否定のしようがない事実だ。
でも、だからと言って、何も出来ない訳じゃない。例えちっぽけな小さな負け犬でも、噛み付くくらいは出来るはずだ。
「……ムカワ」
僕の声音の変化に気が付いたのか、彼女は再び口元を吊り上げた。
「皆を返してもらうぞ」
僕の言葉の後に静寂が訪れる。ムカワは自分の体を抱きしめるように、腕を交差させて右手で左肩を、左手で右肩を掴んで体をわなわなと震わせている。多分、これは怒りとか恐怖とかそういう類ではなく。
「ふふふ…………感謝しますわぁ。メスネズミさん。これで心置き無く……ネズミ駆除が出来ますわぁ!」
抑えきれない、興奮から来るものだろう。
「あら、人がネズミにしか見えないなんて、大層目が悪いのね。良い眼科を紹介するわ。もっとも、貴女の目はそこでも治せないと思うけどね」
「ふふ、口がお達者な事。でも私はぁ」
ムカワが左手を掲げると、そこに刀が出現した。やはりハートの力で作られたものだったのだ。
「こちらの方が得意ですわぁ!」
そして刀で切りかからんと踏み込み、猛スピードで突進してきた。狙いは僕ではない。心音さんだ。
「くッ! 止まれ!」
ハートの力でナイフを射出。文字は僕の言葉通りだ。間違いなくムカワに当たるコース。これで防げるかは相手に僕のハートが通じるかどうかにかかっている。
「邪魔ァ!」
ムカワの刀が、僕のナイフを軽く切り捨てる。いや、切り捨てるというよりは、刃と刃が衝突した瞬間、バラバラの粒子となって僕のナイフが消え失せた。やはり、彼女の刀はハートすら殺してしまうようだ。
「止まりなさい」
心音さんの声が、不思議とその場によく響く。先程と同じようにムカワが停止するのと同時に、僕も停止してしまう。
が、今度の停止時間は短かった。ムカワから心音さんが距離を取った所で、停止が解ける。ムカワの突撃は失敗に終わった。
「貴女のハート、声で命令する力ですわね?」
「さぁ?」
ムカワの発言に興味なさげに返す心音さん。確かに、それなら先ほどの不可解な停止にも納得が行く。
「チビ、耳を塞ぎなさい」
僕にしか聞こえないくらいに、小さな声で彼女はそう言った。それに逆らう事も出来ず、耳を塞いだ僕。
何が起こるんだと彼女を見ていると、深呼吸するかのように、肺の中に気体を詰め込んでいく。そして耳を塞いで、彼女が顔を勢い良く地面に向けて、何かを叫んだ。
瞬間、音が消えた。
いや違う。限りなく高い音が聞こえる。
普段の高いなんてものじゃない。人間の聞き取れる限界の高い音。それも大音量で。思わず手を離しそうになるが、ここで離したら一巻の終わりだと歯を食いしばって音に耐え、手を頑なに耳に押し当て続ける。
それから数十秒が経過し、漸く音が鳴り止んだ。耳を塞いでいても死にそうな程に辛かった。まだ余韻のように、耳の奥であの音が響いているような錯覚に陥っている。
「……うっ……」
地面に顔を向けたままの心音さんが、そのまま頭を押さえて膝を付いた。慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか」
「平気よ。少し頭が痛いだけ」
ハートを使い過ぎたわ、と何気なく呟き、再び瞳に強い色を灯して立ち上がる彼女。見据える先には、ムカワがいる。地面に大の字で倒れ付したムカワが。あの大音量を聞いたのだ。気絶どころか死んでしまっていても不思議ではないと思えた。
「……終わったのかな……?」
「──チビ! しゃがみなさい!」
僕が呆然と突っ立っていると、彼女の声が再び響いた。強制的にしゃがまされる僕。なんだと思っていると、丁度僕の首があった高さを、刀が超高速で通り過ぎていった。
「ひっ……!」
「……ふふ……危なかったですわぁ……」
ユラリとローブ姿の殺人鬼が立ち上がる。
「そんな……!」
彼女は耳を塞いでいなかった筈だ。間違いなく、心音さんのハートによって、間違いなくあの大音量の超音波を食らったはずだ。
「私のハートの具現化が……通じていない……」
驚いたような表情を初めて見せた心音さん。それを見て満足げな表情を浮かべるムカワ。手元には先程投げた筈の刀が再び出現している。
刀を見て、まさかと思った。
「あと一瞬だけ遅れていたら」
あの刀の性質は、確か。
刃に触れたものを、無差別に殺す。
「『音』を殺すのが、あと一瞬だけ遅れていたら、私はどうなっていたんでしょうかねぇ! フフフ、ハハハハハ!」
心底愉快そうな笑い声を垂れ流す彼女。音を殺すなんて、そんな馬鹿けたことが出来るのか。彼女のハートは。
ハートの力は意志の力だ。つまり、彼女の意志はそれだけ強いということ。音なんていう非生物すら殺してしまうなんて、余程意志が強くなければ、不可能なんじゃないか。
「なんで」
僕には分からなかった。
「なんで、貴女の意志はそんなに強いのに、殺人鬼になんてなったんだ」
こんなに強い意志を持つ人が人を殺めるのか。
「それは単純な理由ですわぁ。だってぇ」
彼女はゆっくりとこちらに歩み寄る。
「いたぶるのか、最高に昂るからですわぁ!」
そして、こちらを切るぞと宣言するかのように、刀を左手で構えた。
「さ、させるか!」
『止まれ』と刻まれたナイフを放つ。だがそれでは、すぐにムカワの手によって弾き返されてバラバラに玉砕される。
「あたりませんわぁ」
そう言っている間にも、彼女はどんどん近付いてくる。やばい。背中に冷や汗が噴き出すのを感じた。
「チビ、30秒だけ、持ちこたえられるかしら」
「な、なんで!?」
「頼むわよ」
心音さんが、僕の数歩後ろに下がった。そして、地面に手を当てて何かをしている。ちょっと待ってくれ。僕のハートでは、ムカワを止めることが出来ないんだぞ。
「う、うわぁぁぁぁ!」
ヤケクソになってもう1度ナイフを放つが、やはり簡単に弾かれる。これじゃあダメだ。こうしている間にも、僕とムカワの距離は着々と狭まっていく。
「ネズミ未満の貴方はぁ、アリンコのように踏み潰されるのですねぇ! アハッ!」
僕がアリだと宣う彼女に、僕は何も出来ない。何か、何かしなくてはと考える度に、どんどん思考が回らなくなるのを感じる。
「あと20秒!」
「そんなぁ!」
既に距離は近い。20秒なんて時間では、幾らムカワがゆっくり歩いているとは言えど、簡単に入られてしまうだろう。ここは何とか、僕が持ちこたえるしかない。
「チビ! アンタにはアンタなりの、アリにはアリの戦い方があるわ!」
アドバイスか何かは知らないが、心音さんの声が後ろから飛んでくる。そんな事言われても、分からない。大体アリの戦い方ってなんだ。アリ1匹じゃ、どうしようもないだろう。
「……待てよ。1匹じゃどうしようもない……」
待て。そもそもアリは1匹で戦う生き物か?
いや違う。彼らは軍団で戦う生き物だ。軍団として初めて脅威となる生物だ。彼らの戦い方は、数で押す事だ。
「……これなら!」
僕はハートの力でナイフを作り出す。刃に刻まれているのは『止まれ』。またかとムカワが刀を構える。
アリは1匹で戦えない。ナイフは1本では通じない。
「まだだ! もっとだ!」
ならば、アリは数で押すべきだ。
ナイフの数も、増やすべきだ。
僕の周囲に次々とナイフが現れる。
「もっとだ! もっともっと!」
頭の中が焼き切れそうな感覚がする。だがまだ増やせる。少しずつだが、ナイフを増やす。そうして限界と感じたところで、僕は改めて周囲を確認した。
「なっ──」
ムカワが驚いたような声を上げた。無理もない。僕の周囲には、20本程のナイフが浮かんでいるのだから。
「これが──」
そのうちの1本を掴み、丁度目の前にいるムカワに投げ付ける。
「アリの戦い方だぁぁぁぁッ!」
それに釣られるようにして、全てのナイフが、ムカワに発射された。
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