複雑・ファジー小説

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傘をさせない僕たちは
日時: 2019/10/30 13:29
名前: えびてん (ID: mkDNkcIb)

はじめまして!
えびてんと申します!
私の身近な人と身近な人は実は知り合いで、世間は狭いなあと感じることが多くてこのお話を書こうと思いました(*゜-゜)
主にそれぞれの恋のお話です( ´ ` )
ちょっとわかりづらいお話だと思うのですが、是非読んで頂けたら嬉しいです!

【 登場人物 】

@浅倉航平(あさくら こうへい) 25
→化学教師。
@水原茉里(みずはら まり) 24
→国語教師。
@武田夏樹(たけだ なつき) 17
→高校2年生。
@佐伯まな(さえき まな) 16
→高校2年生。
@瀬乃健人(せの けんと) 16
→高校2年生。
@西原恵(にしはら めぐみ) 17
→高校2年生。

@武田紗綾(たけだ さや) 24
→建築会社社員。
@井岡 瞬(いおか しゅん) 23
→建築会社社員。
@小宮山 剛(こみやま つよし) 42
→建築会社社員。
@小宮山綾子(こみやま あやこ) 39
→小宮山の妻。

@柳木 蓮(やなぎ れん) 22
→大学生。
@宇野美琴(うの みこと)25
→ピアノ科教師。

@浅倉結以(あさくら ゆい) 18
→航平の妹。
@相原直登(あいはら なおと) 19
→結以の友達(?)
@日向希穂(ひなた きほ) 19
→直登の大学のクラスメイト。

@藤井心春(ふじい こはる) 22
→カフェ店員。
@坂口椋(さかぐち りょう) 26
→画家。

Re: 傘をさせない僕たちは ( No.75 )
日時: 2021/04/29 14:57
名前: えびてん (ID: 8.dPcW9k)





#73 【 違う 】



顔が良ければ、お金をくれるなら、あたしを愛してくれるなら、どれかの条件さえ合えば誰でも良かった。
あたしの顔が、体が目的でも何でもいい。
中身なんか見てくれなくていい。
ーーーーー見なくていい。

本当のあたしを好きになってくれる人なんかいない。



『美琴さん、今日は会えますか?』

蓮くんからのメッセージだった。
自分から誘っておいて何だけど、正直もういらない。
長期間大学生に付き合ってるほどあたしは暇じゃないし、ガキとセックスするにも色々大変なのよ。

あたしはいつだって大人で、綺麗で、可愛げもあって、素敵な女を演じなきゃいけない。
そうじゃなきゃ、誰も相手にしてくれない。

蓮くんだってきっと同じ。
あたしがブサイクなら、デブなら、きっとあたしを相手になんかしなかったに違いない。
あの茉里って女から奪えれば、それだけで良いの。
一時期的でもいい。
またあの女に戻るならセックスしてあげる。
そんな気でしかないの、あなたは。







「えー美琴ちゃん彼氏いないの?」

合コンだった。
友達に連れてこられた合コン。
相手はちょっと年上気味の男たち。
でもそんなの関係ない。
彼らはあたしに夢中になっている。

「はい、あんまりそういうの疎くてぇ〜」

こうやって甘えた声で、可愛こぶった顔してれば好きになってくれるんでしょ?

「ええ!美琴ちゃんカワイイのに!」

知ってるよ、そんなこと。

「そんなことないですよぉ〜!やめてくださいもう〜」

でもこうやって人気を得ると、同時に失うものもある。







「あの美琴って女うざくね?何で連れてきたの?」

トイレでの女子の会話。
友達と、友達の友達(他人)。
そう言ったのは他人さん。
友達はちょっと困った感じで答える。

「だ、だって可愛い子連れて来なきゃあの男の人たちすぐ帰っちゃうって言うから!」

「だからってあんなあざとい女・・・!他にいなかったわけ?」

「あたしの友達の中じゃアイツが1番顔はいいのよ!しょうがないじゃん!」

「それでアイツに全部持ってかれてたら意味ないじゃん!」

「大丈夫だって。美琴は付き合ったりしないから」

「なんで?」

「さあ。美琴が彼氏とか聞いたことないし。ヤッたりはしてるんだろうけど普通の男に本気にならないんだと思う」

へーえ、あたしのことよく分かってんじゃん。

美琴はそう思いながらトイレのドアを開けた。

「あ、良かったぁ遅いから具合悪いのかと思ったよーぉ。デザートのメニュー決めてって店員さん来たからみんなで決めよっ」

美琴は笑顔で言った。
2人は必死に笑顔を作り、「う、うん!」と言って席へ。

当たり前じゃん、あんな男たち興味ないっつーの。
かといって、あたしが1番じゃないのも気に食わないでしょ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


帰り道、ヨロヨロしながら道を歩いていると後ろから話しかけられた。

「美琴ちゃん?」

言われ、振り返ると先程合コンにいた男がいた。

何こいつ、つけてきたの?
名前はえっとー、岸野だっけ?

「・・・あ、今日はお疲れ様でしたぁ」

精一杯、可愛い声を出した。
あーめんどくさい。

「偶然だね、家こっちの方なんだ」

お前みたいなやつがいるから遠回りして帰るんだよ。

「岸野さんも?」

「あ、うん!良かったら一緒に帰ろうよ。美琴ちゃん結構飲んでたし、送るよ」

それでそのまま泊まってセックス希望でしょ?
丸見え。
まーいっか、こいつ見た目は悪くないし。

「えーありがとうございますう〜!」

そしてそのまま歩き続けて早10分。
早々に牙を剥いてきた。




「なんか俺も酔っぱらっちゃったな・・・疲れてきた」

岸野はそう言って微笑んだ。
ここの付近にはラブホがある。

はいはい。

「・・・あー、タクシー!呼びます?」

なんかセックスもしたくないな、この頃。

「いやいいよ大丈夫!ちょっと休んでもいいかな?」

「あ・・・いいですよ」

結局この流れか。

「ごめんね美琴ちゃんも飲んでるのに。ここ寒いしどっか入ろうか・・・あ、変なことはしないからあそことかでもいいかな?」

岸野が指さしたのはもちろんラブホ。

誘い方下手すぎ。
断るのもめんどくさい。
でもなー。

「あーなら、受付はあたしがしておくので岸野さんはお部屋へどうぞ。あたしはタクシーでも呼んで帰りますね」

「ええ、美琴ちゃんを1人にはできないよこんな夜に・・・物騒だし。美琴ちゃん可愛いから」

1番物騒なのはお前だろーが。
まあいっか、もうなんでも。

「・・・分かりました。じゃあ一緒に行きましょうか」

一応毛の処理、してきといて良かったー。
どーせあたしとヤッたとか他の男どもに自慢気に言うんだろうし変な噂が立ったら大変。

美琴はそう思いながら愛想笑いを浮かべ、岸野に肩を抱かれながらラブホへと歩く。

ラブホの入り口まで来た時、美琴はふと足を止めた。

「・・・あの、あたしやっぱ帰ります」

言うと、岸野は「は?」と言って美琴を睨みつけた。

さっきまでとは別人ーーーーー。

「・・・美琴ちゃんさ、あーんなあざといことばっか言ってさ、してさ!今更なに怖がってんの?」

「・・・いえ、あたしはそういうつもりじゃーー」

「はーあ?そんな胸とか足とか強調する服着てさ、本当は俺とヤりてーんだろ?な?」

岸野はそう言いながら美琴の胸を掴んだ。

「やめてください!あたしは・・・!」




あたしは、あんたとなんかヤリたくない。
違う。
あたしはーーーーーーーー。






その時だった。






「・・・宇野?」




声が聞こえた。
声の方を見ると、そこには坂口がいた。

なんで、よりによってこんなところでーーーー。

坂口は驚いた表情でこちらを見ている。

「坂口っ」

美琴は焦りながら坂口を見る。

「は?なんだよこの男」

岸野の態度は変わらない。
美琴を掴む力が強くなる。

「離してよっ!」

「うるせえな!お前みたいな顔だけの薄っぺらい女は大人しくヤらせとけよ!」

言われ、美琴は何も言えなかった。
美琴が黙っていると、坂口が近づいてきた。






「坂口っ助けて!」







涙が溢れた。




坂口は岸野の腕を掴む。

「彼女を離せ」

坂口は真剣な眼差しで岸野を見下ろした。
岸野は「は?うるせえな」と言って譲らない。

坂口は岸野の腕を強引に離し岸野に突っ返した。

「痛ってえな!お前何なんだよ!」

「消えろ」と坂口。

こんな坂口、初めて見た。


「・・・こんな女くれてやるよ!こんな女ヤリ捨てするつもりだったしな!お前みたいな安い女にはこれくらいの男がお似合いだよ!」



岸野は負け惜しみのように言うと走り去っていった。


うわ、だっさー・・・。

Re: 傘をさせない僕たちは ( No.76 )
日時: 2021/05/06 15:31
名前: えびてん (ID: cdCu00PP)





#74 【 ありがとう 】




「・・・ありがとね」

2人は公園のベンチに移動し、美琴は小さく言った。
坂口はまたいつもの笑顔で答えた。

「はは、全然大丈夫。あいつ弱かったし」

「坂口、何してたの?」

「ああ、仕事の帰り。あそこ近道でさ」

「そうなんだ・・・」

あんな所を坂口に見られてショックだった。
坂口はどう思ってるんだろう。
どうとも思ってないか。

「あー・・・、宇野は?あいつ誰だったの?」

気になってるの?
いや、聞くか、普通。

「・・・合コンで知り合った人。付けられてたみたいで」

「まじか、そんなやついるんだな。気をつけろよ?」




ううん、違うーーー。
あたしはそんな、ただか弱い女の子なんかじゃない。
坂口が思うような、被害者じゃない。


「・・・いつも、こうなの」


ボソボソと言うと、坂口は「え?」と不思議そうに美琴を見た。

「・・・本音なんか誰にも言えない。だけど愛して欲しい。あたしを必要として欲しい。だから気のあるような言葉を選んで、体でも何でも捧げて。だからあの人もーーー」

「・・・どうして本音が言えないの?」

「だって、本当のあたしなんか誰も愛してくれないから。なら、飾ったあたしでも愛して欲しい。求めて欲しい」

本当は本当のあたしを見てほしい。
本当のあたしを愛して欲しい。
だけど母は言った。

『あんたなんか生まれて来なければ良かったのに』

と。
あたしは勉強もスポーツも、優秀な兄や姉とは違った。
いつだって有名な高校、大学へ行った兄姉と比べられてきた。

あたしはいつだって必要とされなかった。
誰にも。

「・・・だからあたしは、安っぽい。言われても仕方ない」

そういった時、涙が溢れた。
なんで?なんで泣くの?分かんない。

「もっと自分を大切にしろよ」

坂口はそう言ってあたしの頭を優しく撫でた。

「だって、みんな・・・みんなセックスできればあたしのこと好きでいてくれるんでしょ?あたしのこと必要としてくれるんでしょ?」

もう自分でも何が言いたいんだか、何を言ってるんだか分からない。
どうしてこんなこと今、坂口に言ってるのかもわからない。

「・・・宇野を必要としてる人はいるから。そんなことしなくても愛してくれなきゃ意味ないだろ」

「いないよ・・・そんな人」

涙が止まらない。

「俺、嬉しかったよ。さっき。今も」

坂口はそういって微笑んだ。
美琴は「・・・え?」と坂口の顔を見た。

「だって今、誰にも言えない本音、俺に話してくれてるじゃん。嬉しい。強がらなくていい。俺は宇野のこと、結構知ってるつもりだから」

「何言って・・・・・・」

「宇野はいつも、誰に何言われたって笑顔で学校に来てただろ。強い子だなって思ってたよ俺。あの日だってーーーー」

「・・・あの日?」

「教室で1人、泣いてただろ?けど俺が来たら笑顔で部活頑張ってね!ってさ」

あの日だ。
あたしがこの人を好きになったあの日。
オレンジジュースをくれた、あの日。

あたしが初めて恋をした日ーーーーー。

「俺あの日、ああこの子いい子なんだなって思った。あの頃宇野とあんまり仲良くなかったけど、すぐにわかった。何で他の男子は俺より宇野と仲良いのにこの子の痛みに気づいてあげられないんだろうっても思った。って言ってもまあ、俺も何もしてあげられなかったけどね」

「坂口はっ!・・・坂口はあたしに元気くれたよ。オレンジジュース、嬉しかった」

「いやっそんなことーーーー」

「あたしには大事なことだったの!あたしの強がりに、唯一気づいてくれたのは坂口だった・・・ありがとう」

美琴はそう言って微笑んだ。
坂口も微笑み、再び美琴の頭を優しく撫でた。

「なんか宇野と再会できて良かったな〜」

「なっ何よそれ」

少し動揺した。
坂口は爽やかな笑顔を浮かべて答える。

「なんか宇野、すっごい可愛くなっててさ」

「も、元々可愛いわよ!あんたがあたしを選ばなかっただけで!!」

美琴はそう言ってフンっと坂口から顔を逸らした。

「はは、確かに。学生の頃から宇野はすっごいモテてもんね」

「何よそのバカにした言い方!」

「してないしてない。でも本当、可愛いよ、宇野は」

胸が熱くなるのを感じた。



「・・・そんなこと言われたらまた好きになる」




言ってみた。
坂口の顔を見るのが怖かった。




「いいよ、俺は」





え?


Re: 傘をさせない僕たちは ( No.77 )
日時: 2021/07/22 19:43
名前: えびてん (ID: BcUtmJZZ)






#75 【 選ばれない 】



「・・・いや、は?何言っちゃってんの」

美琴はそう言って坂口から目を離した。
坂口は「本当だよ」と声を上げる。





「宇野がまた、俺の事好きになればいいのにって思う」





なんで、そんなこと。
あたしだって、ずっと坂口のことーーーーー。

そんなことを考えた時、薫のことが頭によぎった。

だめじゃん、坂口は薫のものじゃん。
昔からずっとずっと。
今更坂口とどうこうなるなんて、なに浅ましいこと考えてんだろ、あたし。

「・・・何で、そう思うの?」

聞いてみた。
坂口は微笑んだ。

「宇野といると楽しいから」

「坂口はいつも楽しそうだよ、誰といたって」

あたしじゃなくてもそれは一緒でしょ。

すると、坂口はカバンを漁り始めた。
坂口はカバンから1冊のノートを出し、美琴に差し出した。

「・・・なに、これ?」

美琴は不思議そうにきいた。
坂口は微笑みながら再びノートを差し出す。
美琴はノートを受け取り、パラパラとページを開いた。

海の絵、ビルの絵、田園の絵、カフェの絵。
ノートには、色んな風景画が描かれていた。

「・・・きれい」

美琴はそう言って微笑んだ。

そして何ページもページをめくっていき、美琴は手を止めた。

「これって・・・」

美琴が手を止めたページには人物が描かれていた。
黒髪の女性。

「うん、薫」

坂口はそう言いながらそのページを見た。

なんだかズキっとした。
絵を見た瞬間、薫だってことくらい分かってた、
どこからどう見ても、幸せそうに笑う薫。

薫は坂口といて、こんなに幸せそうに笑って、坂口はそれを見て絵を描いて、幸せだったんだろうなーーー。

あたしはきっと薫をこんな笑顔にすることはできなかっただろう。
あたしはきっと坂口をこんな幸せにするこもはできなかっただろう。

初めからあたしの入り込む隙なんてなかったんだ。





「俺ね、薫のこと本当に好きだった。愛してた」



知ってるよそんなこと。

「薫がいなくなってから2年経ってもさ、どこで誰と何してても楽しくなくてさ。本当困っちゃったよ。俺の人生ってこんなに薫でいっぱいだなって思い知った。けど、宇野と再会して、久しぶりに楽しかった。久しぶりに笑った。やっぱ宇野は面白いなって」

「あたしが?何も楽しいことなんかーーー」

「なんか、一緒にいるだけで落ち着く。本当、こんなの薫以外に感じたことなかったのにさ」

「・・・坂口」

このままじゃ、甘えちゃう。

坂口は美琴を無視して続けた。

「だから俺ね、宇野とーーーーー」

「坂口っ!」

美琴が大きな声で名前を呼ぶと、坂口は「え、ん、なにごめん、どした?」と美琴を見た。

「・・・今日はもう、帰らなきゃ」

美琴はそう言うと立ち上がり、1人歩き出した。
坂口の「え・・・送ってくよ」という声が聞こえ、振り返らずに「大丈夫」と言ってその場を後にした。




なに、なにあれーーーー。
あたし、薫の代わりなんて無理だよ。
あたしは薫になんてなれないよ。

今更あたしが坂口と付き合って、がっかりされたら?
やっぱり薫が良かったって、そう思うに決まってる。

がっかりされたくない。
見放して欲しくない。
あたしは完璧でいなきゃだめなの。
そうじゃなきゃ誰も見てくれないの。

坂口にまた選ばれないなんて嫌だ。
嫌われたくないーーーーーー。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・美琴・・・美琴・・・」

そう言いながら、彼はあたしを求めてくれる。
セックスする代償に、彼はあたしを好きになってくれる。
あたしを選んでくれる。

誰の代わりでもない、"あたし"を愛してくれる。






「・・・ねえ次いつ会える?」

美琴が下着をつけていると、彼は言った。

「んん、いつかなあ〜」

適当にはぐらかす。
そうしとけばそのうち向こうから連絡が来る。

すると彼は後ろから抱きついてきた。

「・・・シュウジくん?」

笑顔で言った。
シュウジは「ねえ美琴、俺のこと好きになってよ!付き合ってよ」と言いながら美琴を抱きしめる力を強めた。

「・・・シュウジくんさ、何であたしのこと好きなの?」

言うと、シュウジは自信ありげに答えた。









「だって美琴、可愛いじゃん」










あ、そっか、そうだよね。
あたしの中身なんか、好きなわけないもんね。
なんだ、そんなもんかーーーーー。







「・・・あたし、帰るね。じゃあまたね〜」

美琴はそう言って立ち上がった。

「え、美琴?!ちょ、まってーーーー」








本当のあたしなんか、誰も選んでくれない。




Re: 傘をさせない僕たちは ( No.78 )
日時: 2021/11/24 15:40
名前: えびてん (ID: cdCu00PP)





#76 【 手紙 】



「・・・ねえ、どうしたらそんなに愛されるの?」



知りたかった。
彼女がどうして、そんなに人に愛されるのか。
いなくなる前に、あたしに教えて欲しかった。

拒絶したのはあたしの方なのに、なんて理不尽な話だろうね。




美琴は1人、お墓の前にしゃがみこんで呟いた。

「・・・薫、あたしもあなたみたいに愛されたかった。何であたしじゃなくて、薫が癌だったんだろうね」

ため息をついた。

すると、足音と共に声が聞こえた。



「・・・美琴ちゃん?」



振り返り、立ち上がった。
そこには、見覚えのある中年の女が立っていた。

「美琴ちゃんよね?えと、宇野・・・?美琴ちゃんだったかしら・・・?」

薫のお母さんだった。

「・・・お久しぶりです」

美琴はそう言って頭を下げた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「・・・薫のことは、誰から?」

薫の母・美沙子はそう言いながら美琴にお茶を出した。

薫の家に来るのは10年ぶりだった。
何も変わらない。
和風の大きな屋敷、という印象の家。
美沙子はいつでも若々しく、おしとやかな母親という印象だった。
それは10年経った今も変わっていない。

「先日の同窓会で、坂口くんから」

美琴が言うと、美沙子は「そう・・・椋くんから」と言ってテーブルの挟み美琴の向かい側に腰を下ろした。

「椋君とはずっと交友していたの?」

「・・・いえ。高校以来でした。薫さんのこと、本当に驚きました」

「・・・美琴ちゃんに見せたいものがあってね。だけど住所が分からなくて」

「見せたいもの?」

美沙子は1枚の封筒をテーブルに置いた。

「美琴ちゃんのご実家に送ったら、宛所不明で戻ってきちゃって」

当然だ。
あたしの両親はあたしとはとっくに縁を切った気でいるだろう。
あたしに実家なんかない。
きっとあたしに言わず勝手にどこかへ引越したのだろう。

「・・・手紙?」

美琴はそう言いながら封筒を手にした。

「薫がね、生前に書いたものみたいで。病院で渡されたの」

美沙子の言葉を聞き、美琴は封筒を開けた。
封筒には『宇野美琴 様』と書かれていた。





『美琴へ

お元気ですか?私は元気ではないかな(笑)
この手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にいないのでしょう。

私は癌になりました。
発見した頃にはもう手遅れで、抗癌剤で進行を遅らせるのが精一杯でした。
それからの生活は地獄のような日々で、どうして私がって何回思ったことか。

だけどそんな日々の中で、私が頑張れた理由があります。
それは、高校時代の美琴との写真の数々。
私、本当に美琴のことが大好きだった。

美琴はずば抜けて可愛くて、スタイルが良くて、頭も良くて、いつも笑顔で、すごく強い子だよね。
最初はただのぶりっ子ちゃんだと思ってた(笑)
でも、ただの可愛い子じゃなかった。
陰口を言われても、嫌がらせをされても、誰にも辛い顔なんか見せない強い心を持ってた。
いつも笑っていて、男子からモテる理由が分かるなーって思ってた。
仲良くなりたいなって思ってた。
そして美琴と仲良くなってからは毎日楽しかった。

私は美琴が羨ましかった。
こんなに強い子はいないって思ってた。
私も美琴みたいに強くなりたかった。

私は昔から病弱で、学校を休む時はいつも病院に行ってた。
当時は美琴にも椋君にも、言えなかった。
いつも信用して、信頼して、頼ってって言ってたのに私が美琴を頼るどころか、裏切ってごめんね。

美琴が椋くんこと好きなのも知ってたのに、私は私の気持ちが隠せなくて、美琴を裏切った。
本当にごめんなさい。
今更そんなこと言っても遅いのは分かってる。
だけど、本当はちゃんと口で謝りたかった。

美琴と話さなくてなってからの生活は地獄だった。
癌になって、入院してる生活よりも地獄だった。
自業自得なのに、何言ってるんだって思うよね。
美琴、本当にごめんなさい。

だけどこんなこと、頼めるの美琴しかいなくて、この手紙に託しました。



椋君を、幸せにして下さい。』







え?

Re: 傘をさせない僕たちは ( No.79 )
日時: 2021/12/20 17:52
名前: えびてん (ID: BcUtmJZZ)




#77 【 美琴 】


「・・・どういうことでしょうか」

美琴は泣きながら美沙子に言った。

薫はあたしに坂口を託した?
それが薫の意思?
坂口はこの手紙のこと知ってた?

「薫ね、いつも美琴ちゃんの話してた。美琴ちゃんが来なくなってからもずっと。どうして来なくなったかなんて私には分からないけど、少なくとも美琴ちゃんに原因があった訳じゃないってことは分かるの」

違う、あたしが子供過ぎたせいであたしたちは話さなくなった。

「椋君にね、この手紙、美琴ちゃんに届けてくれないかって頼んだことがあったの」

「・・・坂口はなんて?」

「それが、椋君も美琴ちゃんの居場所を知らなかったみたいで、沢山探し回ってくれたんだけどそれでも見つからなくて・・・。それで同窓会を開くって言ってくれたの」

なら、あの同窓会を主催したのは坂口だったってこと?

「じゃあ坂口は、この手紙を渡す為に・・・」

美琴はそう言って手紙に目を落とした。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


玄関を開けると、向かい側の道路に停車しているミニクーパーが見えた。
美琴はカバンの中の手紙を握りしめ、ドアに鍵をかけると足早にアパートの階段を下りた。

コンコン、と窓を叩くと運転席にいた坂口はこちらを見て微笑んだ。

「こんばんは」

坂口はそう言って美琴に笑顔を向けた。
美琴も軽く微笑み、助手席に腰を下ろした。

「ごめん、急に呼び出して」と美琴。

「全然いいよ。俺も宇野に会いたかったし」

この人はサラリとそういうことを言う。

「・・・坂口は知ってたの?」

唐突すぎたかな。

「知ってたって、何を?」

坂口は不思議そうに言った。
美琴はカバンから手紙を出し、坂口に見せた。

瞬間、坂口は「・・・とりあえず、どこか行こうか」と言って軽く微笑み、車を出した。








しばらくの沈黙の後、車を走らせながら坂口が口を開いた。

「宇野はどこまで聞いたの?」

「え?」

「ほら、その手紙のこと。おばさんに会ったんだろ?」

やっぱり、知っていたんだ。
美沙子の話は本当だった。
ということは、あたしと坂口の再会は偶然でも、もちろん運命でもなく、必然だった。

「全部聞いたよ」

美琴が言うと、坂口は車を停めた。
真っ暗ではあるがそこは海の駐車場だった。

「・・・おばさんの話は全部本当だよ。宇野に会うために俺は同窓会を開いた。でも、宇野が俺のことまだ恨んでいたとしたら、そうじゃなくても嫌われてると思ってたから、幹事は別の人の名前にしてもらったんだ」

「・・・あたしに会いたかったのは、この手紙を渡す為?」

この質問には、イエスは求めていなかった。

美琴が言うと、坂口は少し苦笑した。

「もちろん手紙を渡したい、そのおばさんの気持ちと薫の気持ちを叶えたかった。その為だよ・・・けど、本当は俺の気持ちもあったんだ」

「どういうこと?」

「・・・俺自身が、宇野に会いたかったんだ。手紙のことを知るよりずっと前からね」

「どうして」

「会いたかった。会って、謝りたかったから」

「どうして坂口が謝るのよ」

「それは・・・分からない」

坂口はそう言って微笑んだ。
美琴は「なに笑ってんのよ」と苦笑する。

「分かんない。わかんないけど、俺ずっと宇野と仲良くしていたかったから。俺のせいで薫とのことも壊しちゃって・・・時間は戻って来ないから」

「坂口のせいじゃないよ。あたしが子供だっただけ・・・ってこれ、同窓会の時も話したか」

美琴はそう言って微笑んだ。

「だね。俺も子供だったし、きっとみんな子供だった。高校生なんてそんなもんだよね」

「あの時はごめんね」

「俺もごめん」

2人はそう言って顔を合わせると、小さく微笑んだ。

「なんか、あの時あんなに意地になってたのがバカみたい」

美琴は笑い飛ばすように言った。

もし未来で、10年後に坂口とまたこうして笑い合える日が来ると分かっていたら、あたしはきっと笑顔で2人を祝福できていただろうか。

もし薫が死ぬと分かっていたら、最後まで親友でいることはできただろうか。

だけどあの日から分かっていたことで、今も変わらないものがあった。
"自分が坂口にしか恋ができない"ということ。
その事実だけは何も変わらなかった。




「美琴」





坂口は美琴の顔を見て言った。
初めて名前を呼ばれた。

「・・・な、なに?」

美琴はそう言って不思議そうに坂口を見た。




「好きだよ」




坂口はそう言って微笑み、美琴にキスをした。




「・・・あたしも好き。10年前からずっと」



唇を離すと、美琴はそう言って坂口を見た。
坂口はフフっと吹き出し、「なんか照れるね」と美琴を見た。

「・・・何よ、昔裏切っといてっ」

言うと、坂口は笑いながら「素直じゃないな本当〜」と美琴の額を人差し指で押した。

「・・・浮気するかもよ、あたし安い女だし」

「うん」坂口は微笑んだ。

「もしあんたと上手くいっても不倫するかもだし!」

「うん」

「キス下手だし!」

「うん」

「もうむかつく!!」

「うん」

坂口は優しく微笑み、美琴を抱き寄せた。



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