複雑・ファジー小説
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- 逢魔時の聲【オリキャラ・イラスト感謝!】
- 日時: 2019/04/03 16:38
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
どうも、いつもお世話になっております。マルキ・ド・サドです。
前々から創作を練っていたどうしても書きたかった新たな小説を書こうと思っています。
ローファンタジー小説『ジャンヌ・ダルクの晩餐』をご覧になって下さりありがとうございます!
皆様のご愛読により私の小説はとても大きな作品となりました。
この感謝を忘れずこれからも努力に励もうと思います(*^_^*)
コメントやアドバイスは大いに感謝です。
悪口、荒らし、嫌み、誹謗中傷、不正な工作などは絶対にやめて下さい。
今回のテーマは妖怪が蔓延る暗黒時代を舞台として描かれる戦国ダークファンタジーであり残酷でグロテスクな表現が含まれています。この小説を読んで気分を害した場合はすぐにページを閉じる事をお勧めします。
【ストーリー】
天正10年(1582年)。謀反を起こした明智光秀の軍が織田信長を襲撃、3万の兵が本能寺に攻めかかる。しかし、突如現れた妖怪の群れが明智軍に襲い掛かり兵達を惨殺、優勢だった軍勢は瞬く間に総崩れとなる。決死の抵抗も虚しく光秀は戦死、本能寺の変は失敗に終わるのだった・・・・・・
その後、信長は妖怪を操り数々の戦を勝利を収めついに天下を統一、戦乱の世に終止符が打たれ人々は太平の訪れを期待する。しかし、冷酷な魔王の手により治められた大和ノ国は第二の暗黒時代が幕を開ける。そして、とある日の逢魔時の空に響き始めた謎の聲、人々はこの異変を妖怪の巣の叫び、地獄の唸り、神々の呪いであるという噂が流布されるのであった・・・・・・
天正12年(1584年)。徳川家康の家臣にして『不知火』の一員である若武者『本多忠勝』は奈良の支部にて『柳生石舟斎』と共に武術の修行に明け暮れていた。ある日、そんな彼らの元に真田氏の武将『真田昌幸』が訪れる。妖怪が溢れた天下の事態を重く見た昌幸は不知火の復旧を訴え信長打倒を依頼する。要望を聞き入れ忠勝は日本各地へ出向き織田政権を陰から崩そうとするがその時は誰も知る由もなかった。妖怪に溢れた天下の闇の奥に更なる魔の手が潜んでいる事を・・・・・・
【主な登場人物】
本多忠勝
物語の主人公である若き武将。猛将に似合わず白い長髪でおっとりとした面持ちのため一見すると少女にも見えなくない。不知火の復旧、そして太平の世を取り戻すため妖怪を操る信長や七天狗を倒す旅に出る。桶狭間の合戦を戦い抜いた若き日に闇鵺の宝刀である『殉聖の太刀』に触れ呪縛の呪いにかかり手にした時点で当時の年齢が固定され成長が止まっている。髪が白く容姿が幼いのはそのため。
柳生宗厳(石舟斎)
柳生一族の長にして剣術『新陰流』の継承者。号は石舟斎。柳生家厳の子。新陰流第2世。妖の討伐の際に踏み入った妖魔の森で忠勝と出会い以後、弟子として彼を育て上げた。彼も不知火に所属する精鋭であり、真田昌幸の訴えにより勢力の復旧を決意、忠勝を日本各地に派遣する。
織田信長
第六天魔王と恐れられる尾張国の戦国大名。本能寺の包囲網を際には妖怪を使い明智光秀の軍勢を返り討ちにし、その後も幾度もの戦に勝利を収めついには天下人となる。妖怪による統治を始め人々を恐怖で支配、高等な妖の一族である七天狗を従え多くの配下を大和ノ国各地に配置させている。人ならざる者の力に魅了された彼は自身も魔の血を取り込み半人半魔と化した。
紅葉
信長の側近である妖。武器は妖刀。
両親が第六天魔王に祈った結果で生まれた絶世の美女の鬼女。
源経基に寵愛され一子を宿していたが戸隠山に流された挙句、最後に降魔の剣を手にした平維茂に首を斬られ掛けるなどと痛い仕打ちを受けた為に人間が苦手になった。
信長が第六天魔王と名乗った事で信長の行く末を見届けようと信長の側にいる。息子の経若丸には結構甘いところがある。
七天狗
信長に忠を尽くす高等な妖の一族。妖怪である自分達を迫害した人間達を憎悪している。日本各地で暗躍しているがその存在を知る者はなく目的すらも不明。全員が天狗の仮面を身に着けており烏、狼、山猫、猿、狐、狸、熊の計7人で構成されいる。
【不知火の一員】
鈴音
不知火の一員である楽器の付喪神。武器は笛。
300年以上も大切に扱われた笛が付喪神として実体化した姿で名前は元々の持ち主につけてもらった。
人当たりの良い性格から小さい子供達からは慕われている。
争い事を激しく嫌悪するため自ら前線に赴くよりどちらかと言うとサポートに徹する為、戦闘能力はあまり高くない。
海李
不知火の一員である楽器の付喪神。武器は太鼓。
300歳以上も大切に扱われた太鼓が付喪神として実体化した姿で名前は元々の持ち主につけてもらった。
面倒見の良い性格から子供達からは慕われている。
また、鈴音とは元の持ち主が同じで同時期に実体化した為、鈴音とは幼馴染でお互いに好意を寄せている
杉谷 千夜
不知火の一員である人間の忍び。武器は銃器、短刀、焙烙玉。
甲賀で織田信長の支配に異を唱える勢力の所属であり魔王信長を討ち取るべく日々、命懸けの戦いを繰り広げている。
実は甲賀出身ではなく戦で村を追われ生き倒れていた所を甲賀の忍者に保護され杉谷家に養子になる形でくノ一になった。
杉谷善住坊とは兄の様に慕っていたが信長の暗殺未遂で酷い方法で処刑された事により信長に対して恨みを持っている。
滓雅 美智子(おりが みちこ)
不知火の一員である人間の忍び。武器は妖刀。
信長に反旗を翻す反乱軍の一員で甲賀の勢力と同盟を結んでいる。
その為、千夜とは面識があり彼女の事を『千夜ちゃん』と呼んでいるが本人からはあまり受け入れられていない。
忍者ではあるが無用な争いは好まない平和主義者であらゆる物事をスマートに済ませたがる。
ファゼラル・マーシャ
不知火の一員である西洋の魔術師。武器は属性を宿したタロットカード。
西洋から来た魔術師の青年で、常に敬語で話す。敬語を使わないのはカード達くらい。
自分のパートナーであり家族のような存在のカード達の事を非常に大切にしている。
鈴音達と仲が良く音のカードで伴奏を流して上げる事も。
ライゼル・マーシャ
不知火の一員である西洋の魔術師。武器は属性を宿したタロットカード。
西洋から来た魔術師の少女でファゼラルの双子の妹。常に敬語で話すファゼラルに対しライゼルはタメ口で話す。
自分のパートナーであり家族のような存在のカード達の事を大切に思っている。兄ぐるみで鈴音達とも仲が良い。
ゼイル・フリード
不知火の一員である人間の騎士。武器は剣と斧。
よく女の子と間違われやすく女と間違われたり子供だと馬鹿にされるのが極度に嫌う。
英雄のジーク・フリードの子孫にあたり体格に合わずかなりの食欲の持ち主。
蒼月 蒼真(そうつき そうま)
不知火の一員である半人半獣。武器は刀。
父親は人間、母親は妖狐の間に生まれた青年。
不正や悪を嫌う為、信長の政権に嫌悪感を抱いている。
人間妖怪関係なく平等に接しているため子供達からも慕われている。
箕六 夕日(みろく ゆうひ)
不知火の一員である人間。武器は大鎌。
物語を書く事が大好きな文系の青年。端麗な容姿から女性に間違えられる事が悩み。
幼い頃に霧隠の山奥に迷い込み狼の守護霊を拾い家族のように親しくなった。
以後、頼れるパートナーとして常に行動を共にしている。
【用語】
殉聖の太刀
忠勝が使用する聖の力が秘められた太刀。かつて室町時代の大和ノ国に訪れた異国の聖女の剣を刀へと打ち直した物。斬った人間や妖怪の霊気を吸収する事で刃の強化、『神力覚醒』が可能。異国の聖女だけが完璧に扱うことができそれ以外の者が触れると呪縛の呪いを受ける。不知火の秘宝でもあり神器の1つとして崇められている。
不知火
忠勝が所属している義の名のもとに戦う兵団。日本各地に支部を持ち人々の太平を尊重し民の平穏、調和の安定を目的とする。室町時代に『異国の聖女』、『陸奥重盛(むつ しげもり)』により結成され足利将軍家の影の軍隊として活躍していた。主に妖怪討伐や国の平穏と調和の安定を保たせる事を生業としており1世紀以上も前から大和ノ国の民を守ってきた。室町幕府が滅んだ本作では主君を失い衰退の一途を辿っている。
夜鴉
不知火同様、表では知られない秘密の組織。太古から存在しており人と妖怪の調和を目的とする。人が立ち入らない群馬の山奥に拠点を構え結界で身を固めている。戦いを好まず社交的な存在だが妖怪を不当に扱う不知火や織田政権の事はよく思っていない。
妖怪
日本の民を恐怖に陥れている人ならざぬ者。原住する者と魔瘴石で生まれた者の2つのタイプが存在する。また、下等、中等、高等の階級があり骸武者や鰐河童、妖蟷螂などの下等妖怪は知能が低く本能のまま人を襲う。鬼や大百足の中等妖怪は強力な力を持ち言葉を話す事も可能。高等妖怪は姿形は人間に酷似しており超人的な頭脳と戦闘能力を備えている。
大和ノ国
物語の舞台である妖怪に支配された列島大陸。日本、妖都島、ジパングとも呼ばれる。戦が絶えない戦国の世だったが信長の天下を手中に納めた事によりかつての面影を失い、政は一層に腐敗した。八百万の神々が住む神秘的な国でもあり、不思議な魔力を持つ霊石や宝玉が大量に眠っている。
・・・・・・オリキャラの提供者・・・・・・
桜木 霊歌様
妖様
siyaruden様
シャドー様
挿し絵(少し修正しました)は道化ウサギ様からの提供です。皆様のご協力に心から感謝いたします。
以上です。それでは物語の幕を開けようと思います。
- Re: 逢魔時の聲【オリキャラ・イラスト感謝!】 ( No.93 )
- 日時: 2024/05/26 18:14
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
鞍馬天狗は疾風とも言える速さで玉座の足元にあった愛刀に触れ、抜刀する。鞘を捨てた刀身を手にで奴の真後ろに迫った。薄緑は狙った急所を両断しかけたが、裂け目はたちまち再生していく。素早い戦術も空しく、鞍馬天狗は鬼爪に体を深く削られ、海李の上に重なる。
「げひゃひゃひゃ!俺の餌場からは誰一人逃げらんねぇんだよ!死ぬ以外にはなぁ!」
祥がゲラゲラと自分以外を嘲笑う。美智子もファゼラルも戦う意思を忘れ、2人の人質が引きずられる様を目で追う事しか為す術がなかった。
「死にたくない・・・・・・お願い・・・・・・殺さないで・・・・・・」
女々しい命乞いをして泣きじゃくる鈴音とジェルメーヌ。自然と溢れ出る涙液さえも氷のように冷たく頬の感覚を狂わせていく。
祥はガバァッ!と大口を開け、鈴音を頭から喰らおうとした。妖の唾液が汚らしく髪を垂れて流れ落ちる・・・・・・ふいに笛の音が醜い修羅場を包み込んだ。どこからともなく聞こえてきた旋律は心を魅了し、彼らの負を和らげる。
「この笛の音色はどこから?」
ファゼラルが玉座一帯を見渡し、海李が違和感を覚える。
「またかよ?鈴音が吹いてんじゃなきゃ、誰が吹いやがんだ?」
流れ始めた音色に興味がない反応を示す祥。しかし、不死身の肉体に訛りを感じた途端、異変が起こった。怠さを感じ始めた体が突如として激痛へと変化し、大量の邪気が体外へ放出された。
「ああっ・・・・・・!ぐっ!・・・・・・がああああ・・・・・・!」
祥が苦しそうに唸る。やがて、皮膚に深いひびが入り、魔石を埋め込んだ胸部に到達した。眩い輝きと共に力の核は砕けて盛り上がった筋肉がみるみるうちに衰えていく。修羅の孕子は元の小柄な鬼子へ退行してしまう。
「ち、力が!?くっ!くそが!どいつの仕業だ!?」
晩餐を邪魔されて機嫌を損ねた祥が笛を吹く人物を血眼で探した。すると、宮殿高くの窓辺に立つ小さな人影が視界に映る。童子が奇妙な形をした金笛を吹いていた。しかし、栢盛の戦いに助力した童子とは全く別人の姿だ。
「あ、あの野郎・・・・・・!!」
童子の正体を知った途端、祥の殺意が一層に深まった。ジェルメーヌは人質に関心が逸れた隙に忍ばせる。豆状の小さな粒を鷲掴んで振り返った祥の口に押し込んだ。大量に粒を飲み込んで喉が詰まった咳を吐き散らし、怒りに任せて修道女を突き離す。
「げほっ!おぇ・・・・・・!!人間の分際でなめた・・・・・・う、うぷっ!うっ!ぐぅぅぅ・・・・・・!」
喰らおうと目論んだ矢先、祥は表情が豹変し、健全な素肌が病人のように青ざめていく。強い吐き気を及ぼした瞬間、ドロドロした液体を大量に嘔吐した。
「うげっ・・・・・・うぉえええぇぇ!!」
見るに堪えない様に言葉を失う美智子とファゼラル。忠勝達も自身等を散々苦しめた妖にも関わらず、表情は正直に憐みを描く。
「げぼっ!げっ!ぎゅぶ・・・・・・ごぉぽぇ!お、女ぁ・・・・・・うぇぇ!がっ!ぼこぉ!お・・・・・・れに何、を喰わせ・・・・・・たぁ!」
鈴音の手を引き、仲間の元へ逃げ戻ったジェルメーヌが大きく告げた。
「"妖殺丹"を呑ませました!あの悪魔の肉体は体内から壊死していくはず!」
祥は止まる兆しがない吐しゃ物を吐き散らしながら、ジェルメーヌに対して強い怨恨を募らせる。この期に及んで2人を捕まえようとが、黒い影が行く手を阻んだ。祥の視界の大半が血飛沫で覆い尽くされ、足元で硬い音が鳴る。見下ろすと獄斧を握った自身の腕が生々しく痙攣してしていた。
「ぎいぃっ!?ひぎゃああああああ!!」
先が短くなった右腕を押さえ、絶叫する祥。繕う表情はあまりにも痛々しく、同情さえをも誘ってしまう程に悲惨な有様だった。修羅の孕子と対峙する突如として現れた勇ましい若武者。顔は知らずとも、彼が握る太刀を見て衝撃と確信が同時に走った。誰もが一瞬の疑いの末、事実を悟る。
『"これ以上、悪鬼の好きにはさせん!我は平桃右衛門栢盛!一族を守れなかった無念を晴らさん!"』
それは"人"として現世に再臨した栢盛の和魂(にきみたま)だった。彼は不知火達に加勢し、一族を滅した妖を斬る。生前に味わわされた屈辱を見事に晴らして見せたのだ。
「がっ・・・・・・おの・・・・・・れ・・・・・・くそ!ぐぶぅっ!?ぎゃあああ・・・・・・!!ぁぁぁ・・・・・・!」
手を緩めず、忠勝と鞍馬天狗がそれぞれの太刀を腹部に捻り込ませた。刀身の先を背中から生やした祥は今や安楽死を求め、苦痛に悶えるだけの鬼子と成り果てる。
そこへ素早い影が一筋の光線と共に過った。忠勝の頭上に鮮血が降り注ぎ、硬い感触が肩をなぞって地面に転げ落ちる。切断面から血飛沫を噴き上げる妖を背に黒牡丹の刀身を赤く濡らす蒼真の姿が。
「が・・・・・・げっ!い、いや・・・・・・だ・・・・・・さゆ・・・・・・りねえ・・・・・・」
妹の形見で首を刎ねられた祥は姉の名を遺言に二度と微動だにしなくなった。それは修羅の孕子が、遂に奈落へと堕とされた瞬間だった。蒼真は黒牡丹を手放し、ふらふらと3歩進んだ先でどっ!と冷たい石床に横たわる。
- Re: 逢魔時の聲【オリキャラ・イラスト感謝!】 ( No.94 )
- 日時: 2024/07/10 19:42
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
「蒼真くんっ!」 「蒼真!」 「蒼真ぁ!!」
鈴音達が彼の元へ一斉に駆けつける。石舟斎は弟子である妖狐を抱き起すと大いに褒め称える。
「よくやった!実に見事な一刀だったぞ!今、傷を塞いでやるからな!」
「ここは私にお任せを!傷の縫合のため、阿片(アヘン)を使用したいのですが!?」
「素人の私達よりちゃんとした医師に任せた方がずっと安心ね。彼は半獣だから多少の毒は問題はないわ。私はここの傷口を押さえる。美智子!あなたもボサッと立ってないで手伝いなさい!」
蒼真は辛うじて息はしてるものの、口が利けない程に瀕死の状態だった。アダムは傷の縫合に取り掛かり、千夜と美智子も浅い傷の手当てを行う。安堵の機会にありつけた忠勝と鞍馬天狗も抗えない無気力に体勢が崩れた所を栢盛に抱き抱えられる。
「体の感覚がない・・・・・・あの状況で死人が出なかった事が未だに信じられません」
「全くだな。ってかよ?助けられたのはいいんだが、あのガキは何もんだ?」
ゼイルがあぐらをかいた姿勢で童子を指差す。どう考えても、ここはただの子供が1人で踏み込める場所ではない。命を救われた立場だが所持している代物といい、素性を怪しまずにはいられなかった。
金笛を胸元に吊した童子は高所からぴょんと飛び降り、地面に着地した。彼に言葉はなく、少し怯えたような振る舞いで彼らの元に歩みを寄せて来る。
「何者か存じ上げぬが、お陰で命拾い致した。貴殿の名は何と申されようか?」
石舟斎は服装で高位な身分を判断し、畏まった態度で問いかける。相変わらず、童子は沈黙を続けながら金笛を掌に包み、それをこちらに差し出そうとしたのだ。先が読めぬ行動に石舟斎は目を丸くし、困惑しながらも笛に触れようとした刹那、童子は、はっと真横に視線を逸らした。
『"ぬっ!?いかん!"』
近くに潜む殺気を感じ取った栢盛。2人の前に重なると、両者に迫った斬波を黄泉ノ月で弾き返す。津波の刀身は砕け散り、衝撃波として八方に広がった。石舟斎は間一髪、直撃を免れたが暴風の波に跳ね飛ばされ、忠勝達も凄まじい勢いに体を押された。
「え!な、な!?今の何!?何が起こったの!?」
体を半分起こした姿勢でライゼルが慌てふためく。栢盛が睨んだ先に立ち込める煙が薄れた頃、童子の前に女が立っていた。黄泉ノ月の兄妹刀とも言えそうな異質な妖刀を握りしめて。白牡丹が印象的を残す赤黒い衣装を羽織る絶世の美女。外見は美しさを映しているが、放つ気配は決して人からは匂わぬ邪鬼の香りだった。
「あの女はっ!」
「千夜ちゃん?あいつを知ってるの!?」
美智子は折り紙の太刀を構え、目線だけを隣にいる千夜に向けた。千夜は口と声を怒りに震わせ、過去の記憶が鮮明に蘇る。
「あいつは数年前の本能寺襲撃に相見えた鬼女よ」
「ふん?あんたは確か・・・・・・信長を襲撃した忍びだったかしら?私の顔、覚えててくれたの?この名が雑兵にまで知れ渡っているなんて光栄だわ」
隠す気がない皮肉を述べ、禍々しい鬼眼で不知火達を睨んだ。鞍馬天狗は無理が祟った体を起こし、薄緑を抜こうとした。しかし、その柄の頭に栢盛が手を被せ、抜刀を踏み止ませる。
『"ならぬ。鞍馬殿と某が束になってかかろうとも、あの妖は殺められん。あの鬼女、先ほどの鬼子が取り込んだ邪気を体の芯にまで根付かせておる"』
(魔石がもたらしたあの邪力を全身に!?)
「鬼女を側室にするなんて、如何にも信長らしい発想ですね。あなたも天狗の一味ですか?」
夕日が声を太く、素性を問い詰める。威圧を与えるも柄を握る手に自身が付かず、声に緊張が混じってしまう。
「天狗の1人?私は第六天魔王への祈りにより生まれし妖鬼。あの御方の化身そのものよ」
と堂々と言い放ち、今度は自身の裏に控える童子へ声を向けた。
「経若丸?何故、敵を助けたの?」
経若丸は叱られる事を覚悟した上で弱気な態度で本音を聞かせる。
「・・・・・・か・・・・・・可哀想だったから・・・・・・」
「そう」
紅葉は短く漏らすと、優しく我が子を抱き上げる。やがて、母子は黒い妖気を包まれ母が口を開く。
「不知火は信長を討てば大和ノ国に泰平をもたらせると信じ込んでるようだけど?お生憎様。仮に魔王を殺めようとも天下は闇に覆われ続ける。我ら、"熾灰の鬼"が滅びぬ限りは・・・・・・」
紅葉は妖気に呑まれる直前に謎めいた言葉を残し、完全に消え去った。それから間もなくして城が大きく揺れ始める。天井の裂け目が砕け、無数の瓦礫が地上に降り注ぎ、祥の遺体も玉座ごと埋め尽くされ、粗雑に埋葬された。
「熾灰の鬼・・・・・・やはり、信長の裏に邪悪な影の存在が。椿様の龍眼は決して衰えてはいなかった」
「ファゼラル!お前、んな事呑気に言ってる場合かよ!?うわっ!っぶね!どうすんだ!?早いとこ退散しねぇと、俺らがぺしゃんこになっちまうぞ!?」
「よし、どうにか傷を塞いだわ。しばらくは大丈夫ね。誰か!蒼真を運ぶのを手伝って!」
夕日は急ぎ大鎌で鳥籠の底を切り落とし、真下へ落下した義尋を栢盛が受け止める。しかし、逃げようがない状況に不知火達は困惑してしまう。すると、城の壁が大きく破壊され、神地羅殿の外の景色が映し出された。城全体を一望できる大穴から巨大な黒龍がぬっと顔を出し、城内へ入り込む。不知火達は反射的に抗戦に備える中、忠勝が辛そうに微笑んだ。
「つ、椿様・・・・・・」
非力に言い放った忠勝の声に皆が"ええっ!?"と声を漏らした。
「"ハヤク、ワタシノセニノルノダ"」
本当に椿らしく、黒龍は猛々しい声で騎乗を促して太い尾を地べたに敷く。鞍馬天狗は、あまりの嬉しさに号泣し同胞を褒めちぎった。
「うえええん!椿殿ぉぉ!!いつも肝心な時に来てくれるんだから!ホント!心強い限りだよ!」
「最早、この城は長くは持ちません!ここは彼女に従うしか助かる道は・・・・・・!」
黒龍の背にはギジンや負傷した蒼真を優先し、忠勝と鞍馬天狗も最後に続く。だが、瓦礫の雨が降る御殿に立ち尽くす者がいた。
「栢盛様も椿様の背中に!早くしないと!城が崩れ・・・・・・きゃっ!」
鈴音が手を伸ばして共に逃げるよう訴えるが、平家の勇将はその場に立ち尽くし、足を前に出す事はなかった。代わりに愛刀である黄泉ノ月を投げ渡し、鈴音の両手に託す。真後ろで巨大な瓦礫が降り注ごうとも、栢盛は恐れが微塵もない笑みを付喪神に向けていた。
『"某は既に死してる身。散った一族を置き去りにはできぬ故、貴殿等の後は追えませぬ。ならば、せめて!この刀を某の化身とされよ!"』
「栢盛様・・・・・・!」
『"鈴音殿!不知火の武人達よ!日ノ本の天下を正す使命!しかと、頼みましたぞ!"』
栢盛は優しかった面持ちを急に真剣な物へ変え、第二の遺言を伝える。平家の英雄を残し、黒龍が天守閣から飛び立って間もなく城が完全に倒壊した。大波が神地羅殿全域を呑み込むと、神地羅殿は一瞬のうちに原型を失い、豪快に朽ち果てる。
「危機一髪でしたね」
「栢盛様・・・・・・命を終える最期まで、立派な御方でした。貴方様が天の楽園に迎え入れられる事を心からお祈りしております」
ジェルメーヌも指で十字架を描き、しっかりと手を組んだ。感謝と哀しみを露わにし、勇将の冥福を祈る。
「義尋様も命に別状はなさそうね。彼が将軍の座に着けば、きっと不知火はかつての力を取り戻せるわ」
「ええ。しかし、まずは蒼真くんの治療を優先すべきです。椿様には僕達をこのまま、大和の本拠地にまで運んでもらいましょう」
龍が渡っている空はちょうど、神地羅殿の麓にある集落の真上だった。城の崩壊が悪夢の終わりと喜んでいるのか、地上で笑顔で手を振っている村人達の姿が。不知火達が平穏が戻った土地を空から見下ろす中、鈴音だけが笑顔で手を振っていた。
- Re: 逢魔時の聲【オリキャラ・イラスト感謝!】 ( No.95 )
- 日時: 2024/10/06 20:23
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
安土城 本丸御殿 七天狗の屋敷
『"クルシイ・・・・・・ヤメテ・・・・・・イタイヨ・・・・・・"』
安土の都に逢魔が時の聲が紅天の雲の裂け目を通じて響き渡る。都に住む者は人の面影を失った妖の類が占め、空から降る悲痛を平然と聞き流していた。
本丸でもその習慣は変わらなかった。安土城の主郭には高い位を持つ妖の御殿が存在する。信長に仕える高等妖怪達は城下を一望できる住居で人と変わらぬ暮らしを送っていた。
「豊澄・・・・・・」
ちょうど、天守閣から帰宅した叉岼が部屋を訪れる。
「や?どなたかと思えば姉上ではございませぬか。ちょうど今、"狩生"殿と"皐月"の遊び相手をお勤めしている所でして」
豊澄と呼ばれた弟がほっこりと友好的な挨拶をする。黒い頭襟を被り、白い装束の上に黒い檀の胴鎧を身に着けている。強大な力を有する妖怪とは言い難い女子のような高い声とおっとりとした顔立ち。彼の傍には長い赤髪を後頭部に結い、側室の着物を着た少女。その獰猛な目つきは青年とは反面に気迫が籠っていた。
そして、皐月らしき妖児は一方的に彼女の方へ懐いていて、胡座の凹みに入り、腹部に寄り添う。2本の結晶角を生やし、黄金色の滑らかな髪は腰元を覆う長さ。狩生が金平糖を一粒与えると、それを味しそうに頬張った。
「姉上も遊戯に交ざりませぬか?皆で遊んだ方がたのし・・・・・・ん?如何なされました?お顔の色が優れぬ様子ですが?」
豊澄は温和な表情を更に緩め、軽く首を傾げる。身を案じる弟に対し、叉岼は肉親とは思えない蔑んだ視線で短く告げた。
「祥が殺されたわ。惨たらしいやり方でね・・・・・・足利家の跡取りも連れ去られ、神地羅殿そのものが跡形もなく破壊された」
凶報を耳にした2人。狩生は目つきは一層厳しく、徐々に切ない物へと変わっていく。一方、豊澄の破顔は歪む事はなく、疲労がた祟ったような溜め息を短く吐き出し
「修羅の孕み子が獄門に吞まれるとは。今の私には哀れな義尋様の生還を祈る事しか・・・・・・」
あろう事か、豊澄は弟の死に関心を持たず、敵である義尋の肩を持ったのだ。明らかに皮肉めいた返答に叉岼は不謹慎な実弟に極限にまで殺気立った。八重歯を剥き出しにした歯をギリリ・・・・・・と食い縛り、黒い血管が全身に張り巡る。長女の憤怒を察した皐月は脅えて狩生の背後に隠れた。叉岼が耐え難い怒りを何とか抑え込めたのは、その妹の姿を見たからだ。豊澄はさりげなく話題を変える。
「して姉上?信長公はこれから京の都へと向かい、家臣の方々と宴を開く御予定とか?宴会には秀吉殿や家康殿も出席されると窺いましたが?」
「ええ。耳が早いわね。京の宴には朝廷も招く予定よ。それが?」
「朝廷の方々もご一緒するなら、尚更、無作法な振る舞いは弁えねばなりませんね?私も当日に備え、身支度を整えておきましょう」
「生憎だけど、信長様はあなただけは例外らしいわ。(下郎めが。弟達の代わりにお前1人が死ねばよかったのよ・・・・・・!)あの御方は私達兄弟の失態にかなり機嫌を損ねているわ。後ほど、熾灰の鬼の1人が安土の城を訪れる。あなたにはその案内役を務めてもらうわ」
「やれやれ。万千代(丹羽 長秀)殿との茶会を楽しみにしていたのですが・・・・・・心得ました。私は留守を預かります故。では、狩生殿。皐月の子守をお任せ願います。妹も貴方様を大変、気に入っておられる故」
豊澄は命令を承諾しすると、深く頭を垂れた。重苦しい雰囲気を物ともせずにスタスタと床の間を後にする。
「穢らわしい犬・・・・・・」
忌み嫌う弟に悪口を囁く叉岼。
「叉岼様・・・・・・」
皐月を抱き上げ、切なそうに睨んだ狩生に叉岼は平気そうに微笑み返す。実姉に頬を撫でられ、妖児は心地良さそうに声を漏らした。
- Re: 逢魔時の聲【オリキャラ・イラスト感謝!】 ( No.96 )
- 日時: 2024/10/23 18:22
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
七天狗の次男である祥を討ち果たし、僕達は足利将軍家唯一の跡取りである義尋様の救出に成功する。神地羅殿の戦いはあまりにも壮絶なもので栢盛様の力添えがなければ、決してやり遂げられなかった。隠れ家へ帰還した後、かつての名高き英雄達を迎え入れ、僕達は椿様と鞍馬天狗の指導の元に厳しい鍛錬に励んだ。義尋様は酷く弱り果てていたものの、唖休が煎じた薬のお陰で健全な体を取り戻し、重体だった蒼真も早朝、僕が道場に足を運んだら既に稽古で汗を流していた。
不知火の指導者である義尋様のために水源のある森林をを開拓し、"京庵園"を建設した。京の風景に見立てた御殿を築き、指導者の邸宅を用意した。そして近々、アダムさんが教会付近に西洋病院を建てる予定らしい。西洋の医療技術を用いれば、不知火にとって強力な戦力になる事は疑いようがない。
隠れ家に住まう人口が増加し、未開拓の山岳が今では都のように賑わっている。兵力拡大のため"大長屋"、"大兵舎"、"練兵所"が多くの区域に建てられ、襲撃に備えるための砦が築かれた。
故に"木工所"が重要な役割を果たし、職人達は武士と並ぶ大黒柱だ。彼らは民の暮らしにも大きく貢献し、"座"、"餅屋"、"寄席"、"温泉"は都に笑い声が絶えない豊かさをもたらした。
・・・・・・けれど、不知火が復興が着々と進む反面、新たな脅威も明らかになった。蒼真だけが触れても平気だったあの魔石は悪しき物の怪を更なる邪鬼に変貌させる奈落の産物。あれは一体、何なのか?詳細は相変わらず把握できてない。
そして、紅葉が言い残した"熾灰の鬼"。果たして、奴らは何者なのだろうか?魔石の邪気を芯まで根付かせた異形の怪物達。だけど、滅ばぬ邪道なんてあるわけがない。どんなに強大な魔の手にも太刀打できる術は絶対にあると信じている・・・・・・
「ところで熾灰の鬼って何者なのかな?」
木陰の涼しい林道を辿りながら、美智子が問いかける。蒼真は、正面以外を向かぬまま、前に足を進め
「さあ?俺には見当もつかん。だが、知識が豊富な"あいつ"なら、何か知ってるかも知れん」
「・・・・・・あいつって?」
そこで蒼真は彼女の方へ視線を移し、ふっと微笑んだ。
「ほら、あいつだよ。信長の元でずっと過ごしてきた半人半妖の・・・・・・」
「"熾灰の鬼"について・・・・・・ですか?」
唖休は物静かな声で聞き返し、訪問者に茶を振舞う。有力な手掛かりを得るため、唖休の住む庵を訪れた。美智子が遠慮無しに茶菓子を頬張る一方で蒼真は静かに茶を飲み干した。
「申し訳ございません。そのような者は存じあげませぬ」
しかし、返って来た返事は期待に裏切る物だった。納得がいかない美智子は実に残念そうな顔でしつこく問いかけた。
「信長の城に住んでたんでしょ?一度くらいは聞いたんじゃないの?」
「安土で暮らしていたのは事実ではございますが・・・・・・その熾灰の鬼とやらまでは。因みに、その事は何方からお聞きに?」
「紅葉という鬼女を知っているか?奴は自分が熾灰の鬼の一員だと、自ら素性を明かしたんだ」
「紅葉様?ああ。あの御方なら存じ上げております。信長公の重臣であらせられ、私も幾度かお逢いしましたが、絶世の美貌を持つ反面、人柄が冷酷なだけに敵味方から恐れられている御方です。私の兄妹同様、人を強く憎んでおりました」
「へぇ~。じゃあさ?経若丸については?」
次は美智子が別の人物について問いかけると
「経若丸様は、その御子息です。思えば、無口で引っ込み思案な妖児でございましたね。細川(忠興)殿との茶会の最中、たまに顔を出しては、こちらを興味ありげに眺めていた日を覚えております」
「その経若丸が黄金色に輝く笛を吹いて、祥の力を弱めたの。あの子のお陰もあって、私達は義尋様を救い出せたのよ」
神地羅殿での出来事を手短に説明した所で美智子は茶を口に含む。乾き始めた喉を潤すが、苦味で小さく咳き込んでしまう。唖休は眉をひそめ、過去の記憶を辿ろうとするが
「黄金色に輝く笛?はて?経若丸様は、そのような代物をお持ちであったか?それより、あの御方の御子息が何故、敵であるあなた方を庇ったのか?今日は不可解な内容ばかり耳にしますね」
「それと気になっていたんだが・・・・・・」
蒼真が懐から出した拳を広げ、唖休の手前に転がす。七天狗が所持していた邪力が宿る魔石だ。
「お前の兄妹が肌身離さず持ち歩いていた石だ。詳細は不明だが、妖怪以外の者が触れればこの世のものとは思えぬ地獄絵図が浮かび、精神を食い尽くされるようだ」
「兄妹達がこれを?」
唖休は置かれた魔石を拾い、じっくりと見物した。2人は有力な手掛かりを得られるのでは?と期待したが、やがて頭を横に振る。得体の知れない石を蒼真の手元に返し、正直な返答と謝罪を述べ
「見た限りでは、霊石の類はこざいませんね。残念ながら、これも初めて目にする代物です。知識が及ばず、申し訳ございません」
「祥はこいつを体に取り込み、邪鬼神の如く力を覚醒させた。正直、経若丸の助力がなければ、今頃、神地羅殿が俺達の墓場になっていた。唖休。俺は嫌な予感が募るばかりなんだ。信長の企みが国の支配や殺戮だけでは治まらない。そんな気がしてな・・・・・・」
唖休はいつもながら、平常心を掻くことはなかった。しかし、茶筅を置いて2服目の茶を出した時、半妖の茶人は毒舌を振るった。
「仏の教えに逆らう信長公の事です。あの御方が築き上げた天下には常に厄災の臭みしか漂っておりませぬ」
- Re: 逢魔時の聲【オリキャラ・イラスト感謝!】 ( No.97 )
- 日時: 2024/12/05 20:45
- 名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)
四国の戦いから4日後・・・・・・
神地羅殿にて七天狗の1人である祥を抹殺し、足利義尋、天野椿、鞍馬天狗、アダムを不知火に加えた忠勝達。闇夜の月に照らされし平安庵園には忠勝等、有力な不知火の将が大勢集まっていた。しばらく経たないうちに義尋が入室し、両脇にいた配下達が次々と頭を垂れる。
「皆の衆。誠に大義である」
義尋は見た目によらず、力強い口調で配下達に告げる。その精悍な面持ちは幽閉されていた時と比べ、見違える程の凛々しさに溢れていた。
「はっ!勿体なき御言葉!我ら家臣一同、主に仕え、死しても忠義を尽くす覚悟でございます。今や、日ノ本は戦乱より遥かに深刻な暗黒時代。信長の暴虐は留まる事を知らず、民は生活を脅かされおります。何卒、不知火の新たな統治者となり、大和ノ国の泰平を担う役割をお与え下さいませ」
石舟斎は義尋に敬意を持って接し、不知火の最高権利者になるよう申し出る。足利家の跡取りは軽く相好を崩し、配下達に微笑んだ。
「其方(そなた)等は室町の兵団が壊滅の危機に陥っていたにも関わらず、冥府魔道に抗い、多くの命を救っていると聞く。事実、其方等の働きなくば、私も物の怪の餌食となっていた。この申し出を断れば、正に孫末代の恥というもの。私はここで不知火の新たな指導者として真の泰平を築くことを誓う。皆の衆。共に日ノ本に明るき時代をもたらそうではないか」
忠勝達を含む不知火一同は畏まった返事を返し、二度目の平伏を行う。凛とした態度を崩さなかったものの、彼らの胸の内は歓喜に満ち溢れていた。
-足利義尋。第16代将軍に就任。長きに渡って力を失っていた室町の兵団がかつての面影を生む-
その日の晩。義尋、側近衆、忠勝等による今後の計画を練るための会議が平安庵園にて行われていた。
「義尋様が新たな指導者の座に就き、椿様、鞍馬天狗様も加わった事。七天狗の1人である祥が死した事で四国の地は解放された。さて、次はどの地へ出向くかだ」
「九州と四国は織田政権から脱退し、不知火への協力を約束した。敵の痛手は相当な物だ。次は毛利勢力の解放に動き、西側の地を完璧に確保すべきだろう」
「皆の衆。私は一刻も早く、"京の都"の奪還に動きたい。日ノ本の中枢核とも呼べるあの場所を領すれば、織田方にとって負け戦の象徴となろう。不知火の士気は鼓舞され、民達の期待も一層に高まるはずじゃ」
義尋の提案は将軍と呼ぶに相応しい内容だった。しかし、主君に対しても夕日は決して甘い顔をせず、異議を唱える。
「義尋様のお考えは僕を含め、この場にいる全員が共感の意を示しておりましょう。されど、京の都は織田方の最重要拠点。これだけの猛者が揃ったとは言え、不用意に近づけない事もまた事実。彼の地は選び抜かれた精鋭軍による防衛網が築かれ、出入りできる者は信長とその配下の将や妖のみ。どんな犠牲を払ってでも死守したいはず」
椿も鞍馬天狗も彼の意見に同意し、更に付け足した。
「我等に有能な重臣を次々と討たれ、領土の多くももまんまと奪い返されたのだ。そして、義尋様が新たな将軍の座に就いた今、奴は不知火を最大の脅威と見なしていよう。こうも失態の連鎖を許しては、敵も我等の所業を放ってはおけぬ筈じゃ」
「だね。あっちもバカじゃないから、呑気に自惚れてはいないだろうね。不知火は力を取り戻しつつあるけど、僕達がいた頃の強さには到底及ばないよ。そもそも、信長が大和ノ国を支配できたのは、人ならざる異形の力のお陰。つまり、妖怪の力そのものを何とかしない限り、魔王討伐は難しい」
「妖怪の力を何とかするって・・・・・・んな事ができんなら、とっくにやってるっての。子供の発想は夢ばかりが詰まってんな」
ゼイルは本人の耳に届かぬよう皮肉を囁いたつもり・・・・・・だったが、鞍馬天狗の地獄耳を知る由もなく
「何ぃ!?君だって子供じゃないか!鎧デブの癖に威張るな!」
「よ、鎧デブ・・・・・・はああああ!?もういっぺん言ってみろ!もやし天狗!」
神地羅殿で会った時同様、またもや2人の間で子供染みた喧嘩が始まってしまう。お互いギャーギャーと騒ぎ立て、海李が割って入る様に大衆が呆れ返る。
ふいに椿が扇子を閉じて、乾いた音を御殿一帯に響かせた。3人の動きが止まり、一瞬で居住まいを正される。椿は猛烈な怒りを宿した目で短く注意を促した。
「場を弁えよ。主君が前におられるのだ」
「はっはっは!良い良い!椿殿もそう畏まらずとも良かろう。して、鞍馬天狗よ。何か策があると言ったのう?遠慮せずに申してみよ」
義尋は起こった揉め事を愉快に笑い飛ばし、改めて内容を問う。鞍馬天狗は初めに一度だけ咳き込んで、真剣に語り出す。
「さっきも言ったけど、信長は妖怪やそれを素体にした半妖が大半を占めているから、信長はこの大陸を支配できた。一部でもいい。妖との間に反乱を起こさせれば、奴の軍勢に大きな亀裂を生じさせられる。それに適した人材はただ1人。その名も"安倍 倭光(あべの わこう)"様!彼は夜鶴の頭領として妖だけの都を築き治めたのさ。僕もあまり詳しくないけど、かの有名な陰陽師。"安倍晴明"の子孫だとか」
「ほほう。なるのどのう。して、鞍馬天狗よ。その倭光とやらは何処におるのじゃ?」
「上野国(現在の群馬県)の谷川岳。その奥地に『夜鶴の庄』がある。倭光様に直接会って話せば、きっと心強い味方になってくれるはずだよ」
鞍馬天狗の情報に忠勝達は胸の内に希望を灯す。一方で椿と唖休の表情は期待の薄さをはっきりと映していた。
「されど、物事はそう簡単に運ばぬもの。倭光とは過去に幾度か対面したが、彼奴は人間を忌み嫌う上に物分かりが非常に悪い。有能なのは確かであるが、扱いに手を焼く頑固者ぞ」
「無理もありませぬ。夜鶴は不当に扱われた妖達を匿うための安住の都であり、謂わば中立の聖域。争いに明け暮れる世間を忌み嫌っておられるのでしょう」
「信長の支配力を削ぐためなら多くの有力者を味方につける必要があろう。こうしている間にも信長は国中に厄災を撒き散らす一方じゃ。その倭光殿とやらに交渉を持ちかけるべきと・・・・・・」
義尋が発言している最中、ドタドタと何者かが廊下を駆け抜ける音がした。その迫り来る勢いは凄まじく、真田昌幸が転がる形で会議の場へ流れ込んだ。
「ぜいぜい・・・・・・!そ、その方等!ここにおったか・・・・・・!み、都中、探し!回ったぞ・・・・・・!」
「ん?昌幸殿か?如何なされた?」
ただ事ではない様子に石舟斎もより生真面目に対応する。疲れ果て、声も出すのも一苦労な昌幸は南東の方角を指差し
「はあはあ!い、一大事じゃ!見慣れぬ武者が不知火の里に侵入しおったわ!その・・・・・・あ、あれじゃ!見慣れぬ甲冑を着ておったぞ!恐らくは南蛮の鎧に違いない!」
突如、舞い込んだ良からぬ報が静かだった夜の御殿を騒然の場へと一変させる。 明らかな脅威と言える危機的状況に涼風の心地よさは戦場の緊張感に塗り潰された。
「南蛮の鎧?しかも、襲撃者はたった1人・・・・・・?」
「其奴は島津の兵を容易く蹴散らしては、次々と拠点を突破しておる!このままでは豊久殿の身が危うい!強力な援軍が必要じゃ!」
「あの島津の精鋭隊を簡単に!?まさかっ!敵は熾灰の鬼とか・・・・・・!?」
「不知火の兵団はあらゆる脅威に対抗する術を身に着けているはず!それが単身の敵に壊滅を許すなど、普通なら有り得ない!」
マーシャ兄妹の予測を耳にした忠勝は椿を前に強く訴え出る。
「椿様!単身で敵地に攻め入るなど、敵はかなりの手練れでありましょう!ファゼラル達の言う通り、そいつが熾灰の鬼である可能性は十分にある!下地の集落には多くの民達が暮らしています!最悪な事態を迎える前に早急に対処すべきかと!」
椿は足元にいる忠勝を無言で見下ろしていた。直に目の矛先を変えて静かに立ち上がると、迅速な判断を皆に言い聞かせる。
「鞍馬天狗。石舟斎よ。お主達2人は義尋様の傍に付いておれ。忠勝、唖休よ。私の刀を持ってついて来るのだ。それ以外は民草の護りを優先せよ」
「畏まりました!両名の刀は私が御用意致します故!一刻も早く、御二方は豊久様の元へ!」
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