[イナズマ]多分…私は、貴方を愛しています

作者/伊莉寿(元・西木桜)

*小説No.2 すまいるカノン~ずっとずっと響き続けるメロディーを~2


 こんなに簡単だったんだ、と少女は柵を飛び越えながら呟いた。服を着てリュックに少しの荷物を詰めて帽子をかぶり、柵を握って足を掛け、簡単に飛び越える。警報すら鳴らない。これでもっと家を離れてしまえば簡単に家出は完成する。
 いつもは車で通り過ぎる道を歩いてみた。歩く度に、新鮮な空気が入って来る気がする。少しずつ不安な気持ちと罪悪感が出て来て、唇を固く結んで大丈夫、と言い聞かせていた。
 長い金髪は後ろでお団子にして外に流れない様にし、その上からふわふわの帽子を被って、全体的に「森ガール」に仕上げた。リュックに合わせてコーデしたが、普段おしゃれなんかに気を使わない少女詩麗奈は物凄く苦労した。服が膨大にあるから部屋はすごい事になっているし(散らかしたまま)、母親は何事かとビックリするだろう。強盗か何かが入ったのかと思い、引っ張り出し方から娘だと気付き、屋敷で名前を叫ぶが…その頃にはきっともっと遠くへ離れている。
 ふと駄菓子屋が目に入った。〈たいやき、たこやきあります〉の文字に反応したのかもしれない。詩麗奈はたいやきが好きでセンサーがあるのではと言うほど過敏に反応する。それにしても小さい、と彼女は思う。客は1人しか見当たらない。しかしその客は見るからに中学生だった。外にあるアイス売り場に釘付けらしい。

(今は秋で冬に近い気候だと言うのに…アイス?!!……すっごく気持ち分かるよ!!!!)キラキラ*

 瞳をキラキラと輝かせて彼に同意の眼差しを送っていた。と、風が吹く。冷たい冬の風だった。同意の眼差しを送ったが、やはり今はたいやきを食べたい。

「たいやき1つ下さい…」
「!」
「ごめんね~、今さっき売りきれちゃったんだよ、たこやきならあるんだけど…」
「じゃあ良いです。」

 売り切れなら今まで何度か出くわした事がある。残念だけど仕方がない、と視線を感じてアイス売り場の方を振り向く。さっきのお客だ。じっと見られて、詩麗奈は顔をしかめる。少年は白い髪に碧色の瞳。顔は整っている方だと思う。分析終了、話しかけないと状況が理解できないと「あの…」と言ってみた。

「君はたいやきを買いに来たのか。」

 突然こんな口調で言われたら驚く。変わってる人なのか、と彼女はすんなりと受け入れた。

「別にたいやきのためって訳では無いんですけど…この店にはたいやきを買おうと思って立ち寄りました。」
「悪いな、私がまとめ買いしてしまったせいだ。」
(まとめ買い???!)
「人数が余りにも多く数えるのが面倒で大雑把に注文したら、無くなった。」

 その時の詩麗奈の様子を表すには、二文字で足りる。「唖然」だ。オチが大雑把に注文したら無くなった、なんて驚愕。そんな理由で自分はたいやきを食べられないのか、と少しいじけそうになってしまう。そんな風になったら自己嫌悪。いじけている自分は嫌いだ。だから、しかし、と彼が言った時には直ぐに顔を上げた。

「いつも大雑把に頼むと数が余るからもしかしたら今回も余るかもしれない。…何なら食べに来るか?」
「良いんですかッ!?」

 何となく食べたかっただけのたいやきを食べられる事が、もの凄く嬉しい事になっていた。きっとお腹が空いたのだろう。
 彼が微笑した様に見えた。ついて行きながら大人数いるのはなぜなのか聞いてみる。パーティーでもしているのか、でも何となくたいやきは不釣り合いな気がした。すると私の家は施設でな、と返ってきた。驚いて目が点になる。――施設、単語は知っている、そして単独で使う時の意味も知っている。ただそこの人を実際に見るのは初めてだった。

「ここだ。」
「……お日さま園?」

 可愛らしい、と呟く。そこで彼がたいやきの入った紙袋を抱えている姿を見て気付いた。

「そう言えばアイスは…」
「…」

 少しの沈黙の後、まあ良いさ、と言ってお日さま園を詩麗奈を案内した。忘れたんだ、と心の中で呟いたのは言うまでもない。
 お日さま園は子供を亡くした親が入るための施設で、吉良星次郎によって設立された。そして彼の一人息子だったヒロトを失くした事の復讐のために子供達はエイリア学園を名乗り破壊活動をしていた。しかし吉良星次郎の企みが明るみになり、娘である吉良瞳子が今は支えている。

「子供達、ってもしかして」
「私もその1人だった。」

 目を見開いた。そうか、彼は自分を育ててくれた人のためにやってたんだ、不可抗力で…。と理解した。

「お父さんのために?」
「ああ。」
「自分はそれで良いと思っていた事でも、普通に見れば間違っていた…って事?」
「…君はもしかしてエイリア学園を知らないのか。」
「聞いた事は有るかもしれないけど、知らない。」

 初めて見た、とでも言いたげな表情になった彼を見て、頭にクエスチョンマークを浮かべた。彼は取りあえず中に入れてくれて、瞳子の事を呼びに行った。

(家出中なんだよね…計画性の無い…これからどうしよう。)

 突然不安に襲われた。顔から血の気が引くのがはっきりと分かる。

「!」

 震えだす携帯電話。液晶に現れる数字は知らない番号で、とっさに切ってしまおうと思った。それなのに、意思とは反対に電話に出ている彼女がいた。しかし、その直後に彼女は後悔する事になる。

『もしもし、良かった出てくれたんだ!』
「…切りますね。」
『ちょっ…待って用件聞いて!!!』

 電源ボタンを押す準備をしながら、分かりました、と答える。

「少しだけなら聞きます…、照さん。」