[イナズマ]多分…私は、貴方を愛しています
作者/伊莉寿(元・西木桜)

*「「サヨウナラ」」*天馬×葵*
『いーい?俺が1,2って大きな声で言うから3でここから逃げて。』
青い目と、暗い部屋と、大人たちの悲鳴。
『1,2,3…?』
『うん。出来るよね。』
『待って、そしたら…』
少年が振り返って、微笑んでから扉を閉めてしまった。
私の後ろには開けられた窓。
『1,2』
少年の声。ドアを思い切り開けた音。
『3!!』
想像したくない出来事。
私は一目散に駆けだした、初めて恋心を抱いた少年の声を背に…もう、振りかえらずに。
**
――綺麗だなぁ。
風に乗って消えていく私の声。1人で組織を抜け出して見た景色は、何とも綺麗に映った。木々には見慣れていたはずなのに――組織の中にある木がくすんで思える。この木は、違う。ひたすらに真っすぐ生きている人間達を見てきたから、かな。
「…歪んでるんだよね、組織の人間は。」
街の声が聞こえてくる。明るく生きる、街の人間達の声。つい数年前まで私がいた場所…そことは違う、声がある。妖魔に滅ぼされた私の故郷には、もう声なんて無いから。
…組織の人間が、私を追ってる。街の端に戦士の気配を感じた。この街にいたら見つかってしまう…私の妖力を覚られたら最後、組織に戻ったらどうなるか見当もつかないけど…私は故郷に帰りたい。時間がかかるだろうけど、戦士として鍛えた私にしてみれば大した距離じゃない。
「…もう、居ないよね。」
会いたいのかもしれない。
でも、あの人がそこにいないだろうから私は帰る。
―――ただ故郷を見てみたいだけ、嘘じゃないって嘘をつく。
*
「!」
「…葵?」
剣を担いだ少女が目を見開いた。滅ぼされた、岩や砂ばかりの大地に少年が立っていたからだ。かつて幼少期を共に過ごした懐かしい顔が、目いっぱい開かれた少女の銀色の瞳に映る。色素の抜けた髪と目の色は戦士の証、だから気付かれない様にと被ったフード。それが視界を狭めるのが嫌で外したいと思ったのは初めてだった。
「葵だっ、やっぱり!」
「何……じゃなくて、違うよ、人違い…」
「ううん、絶対葵だ!」
茶色の、風になびくような髪型…天馬。少女・葵の幼馴染だった。
ただ葵は街が妖魔に襲われて彼が生きているとは思っていなかった――否、生きていてほしいと願ってはいたが生き延びているとは予想外で。だから計算が外れたと思う半面、嬉しくもあった。
密かに好意を寄せていた少年が、生きていた事が。少し恥ずかしく思って、フードで隠れていた顔を更に隠そうとしてしまう。
「良かった、生きてたんだ…ってフード外しなよ。」
「…だから私はっ」
「じゃあ何でよそに行こうとしないの?」
「ーっ!!//」
それもそっか、と赤面しつつ引き返そうと背を向けた。近くで待機して天馬が居なくなったらじっくり故郷を見ようと。戦士になった自分を見られるのが嫌だった、戦士は体に妖魔の肉体を入れる事で妖魔と戦える体をつくるのだから――。
ふと葵は違和感を覚える。まず、天馬がなぜここにいるのか。故郷はもうただの更地と化している。家もすべて破壊されていて修理されてもいない、街まではただの人間の足で行くのは時間がかかる、そして手ぶら。“人間の足で行くには遠い距離に街がある”というのに。
――そして、顔も見せていない声も出していない、ローブで姿を隠した私をなぜ何年も会っていない友達と思ったのか。――
「……いかせないよ?」
考えてみれば簡単な事。少年もまた、葵と同じでただの人間ではないのだ。
「その字はどうやって書くの?行かせない、それとも生かせない?」
「どっちでも変わらないよ?」
ギリギリ、と腕を強く掴まれる。背を向けたまま葵は歯を強く食いしばった。
ああ、やっぱり私の予想は当たってた。天馬は妖魔に“食われた”んだ。その間に彼に言われたとおり逃げた私は弱虫で、結局何にも出来てない。そう、私は弱虫。だから結局攻撃力のない防御型の戦士。
「……げて、あお、いっ…」
「ッ!?」
「…いーい?」
妖魔――否、天馬を振り返る。涙がほほを伝って、腕を握る力が弱くなった。天馬、と葵の口が動く。まだ、妖魔に完全に取り込まれてはいないようだった。天馬の意識がある。
「俺が……、1,2って大きな声、で言うから……3でここから逃げて。」
「――!!1,2,3…?」
蘇る、故郷を逃げ出した日。
妖魔に食いつくされた街。
葵を守って食われた少年は、またあの日と同じで彼女を逃がそうとしている。
「うん…出来る、よね。」
「…ッ、天馬…」
妖魔に食われた人間は、もうどうにもならない。妖魔として戦士に倒されるしかない。完全に意識が取りこまれれば、街を襲い人を食らう。それを退治するため戦士・葵たちがいるのだ。
「嫌なのっ、私もう…天馬にいっつも守られてて、そんなの嫌なの!!!」
「1…」
「天っ…!!!」
刹那、葵のローブが破られた。背中がふと軽くなる。大剣を抜かれたのだ、と悟った。そして、妖魔の強さを思い知る。
――私には倒せない。
「2,」
「っ!」
――妖魔は倒さなければ。
それが戦士の役目。
――天馬を守りたかった。
それが私が戦士になる事を受け入れた意味。
「…結局、私は何も…」
銀色の目から涙があふれた。ほほを伝って、彼の腕にぽたりと落ちる。
「…泣かないで、葵。」
「ッ、天馬!」
葵の大剣を右手に、天馬は微笑んだ。それは彼の首に当てられて。
同時に彼女を引きとめる腕の力は抜けられた。天馬が妖魔の意識を食いとめているのだろう。必死に、彼女への想いだけで。
突放された。
「ずっと…ずっと好きだったのっ!!!」
「……3、」
赤く染まる少女の視界。
それは今まで見たどの妖魔の血より、天馬を失くしたあの日の街より残酷に思えた。――彼の言葉に彩られて。
「……てん、ま…」
**
きっと、故郷に帰る事は無い。
天馬を2度失くした、あの場所にはもう入れそうにない。
だから、……もう誰もこんな想いをしないように。
「…私は、戦士として生きる。」
妖魔を倒して、私みたいに…辛い想いはしてほしくないんだ。
目を閉じて報告すれば、彼の言葉が蘇る。
『俺も、大好きだった。』
さようなら、最初で最後の恋心。
* end *

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