[イナズマ]多分…私は、貴方を愛しています

作者/伊莉寿(元・西木桜)

*小説No.5 Bad World-4


「アイツを許せない、許せない許さないっ!!!」
「ッ…落ち着いてっ、」
「離せ!!お前も殺すぞ!!!」

 少年、神童拓人は少女に押さえつけられていた。必死に自分の肩と腕を抑える少女の手を振りほどこうとする神童の目は、まるで獣だった。ぎりぎりと歯がきしむ音がしそうな程に力を入れ、瞳には狂気と怒りが激しく燃えている。腕を強く握りしめる手こめられた神童の見た目からは考えられない程の力に少女は顔を歪め、右手を離した。そしてそのまま手をジャージのポケットに入れて何かを取り出す――スプレー式の、何か。

「ッ!?」

顔面めがけて噴射すると、神童はしゃがみ目を閉じた。う゛、と小さく呻いたりしながらもゆっくりと呼吸をし始め、1分ほど経つと目を開けた。その瞳は今まで通りの、雷門中サッカー部キャプテンの神童拓人の物だった。しゃがみこんだまま少女を見上げると、少女は安堵した表情を浮かべる。

「兄様っ…。良かった、浄化成功して…」
「つ、きの…俺は、俺はっ…」

神童が涙をこぼす。先程、月乃に向けて言った言葉を思い出したのだろう。殺すぞ、と。

「良いです、兄様は人を殺めなかった、無事だった、それだけで私は。ですが、出来れば何があったのか話してくれませんか。」

彼は頷き、今までの事を話した。
 今、2つの大きな同盟が出来ている。それは過去の雷門イレブンと、現在の雷門イレブン。それぞれのキャプテンがトップに立ち、瑠璃花の命を狙っている。そんな中、神童たちは瑠璃花探しを一旦中断し作戦を練る事にした。狩屋は周囲の状況を確認するために出歩いていたのだ。

「そこを、相手に見つかって狩屋は…」

再び涙を流し、神童は月乃の背後を指差した。振り返った月乃が見た物は、遠くにある銃殺された狩屋の姿。思わず目を背けた。

「もうすぐ、主催者側が回収に来るだろう…。」
「…それで、殺したのが円堂さんで。」
「ーっ!!!」

それ以上は言わないでくれと言わんばかりに、神童は両耳を塞いで首を横に振った。月乃は口をつぐむ。思い出したくないのだろう、狂っていた自分を、そして本気で円堂を殺そうとしていた時の事を。
 月乃は瑠璃花と共にプレイヤーを探していた。浄化する薬を混ぜたスプレーをそれぞれ持って、彼等を正気に戻すため。その時、円堂と神童が戦っている場面に出くわした。円堂は余裕ぶった表情を見せていたが、神童は余裕のない本気の表情をしていた。そのせいか盾と短剣を駆使した攻撃も大振りになり、円堂にはかすりもしていなかった。だが殺気は円堂からも感じられていて、争いを鎮めようと瑠璃花と月乃は2人を引き離した。その間際円堂が神童に向けて発砲しようと銃を構えたため、とっさに瑠璃花が蹴り飛ばし、今月乃達から様子をうかがう事は出来ない。

「…他の皆も、狂気に支配されてる。でも円堂さんは、特に強く支配されてる気がした…」

思い出すだけで襲いかかる苦しさに涙を流しながら、神童が言う。

「助けたい…仲間を、霧野を…」
「生き残るだけでは、狩屋さんは戻ってきません。」
「!」
「…私は、瑠璃花さんと共に主催者を倒したいと思っています。兄様、力を貸して下さい。」

しばらく月乃を見上げていた神童。握りしめた拳に力が入る。
 離反者になれという事だ。しかし、リスクはなぜか気にならなかった。分かった、と頷くと立ち上がるために差しのべられた右手を握り締める。明るくなった表情が、月乃を安心させた。が、立ち上がった直後神童の体が揺らぎ、月乃に支えられる。痛みに顔が歪められていた。視線は左足に向けられていて、ふくらはぎの辺りのジャージが赤く染まっている。一発かすったか、と苦々しげに呟かれた言葉を、月乃が聞き逃す訳が無かった。ジャージをまくり上げると、その痛々しさがあらわになる。

「…まず水で流します。あの岩の近くから流れていたので、そこで。」

指差されたのは洞窟。近くにはちろちろと水が流れている場所があり、そこの水をすくって血を洗い流した。月乃がリュックサックから大きめの絆創膏を取り出している間、神童は洞窟に寄りかかっていた。

「さっき、円堂さんを蹴り飛ばしたのが瑠璃花さんです。きっと、彼女の事は心配しなくても大丈夫…なので、同盟を結んでいる皆さんを浄化したいと思っています。」
「…残っているのは、天馬と剣城、倉間…」

確か、皆はあっちに居るはずだ、と神童が指差した方向は月乃の目的地の方角。瑠璃花と落ち合おうといった、主催者である霧野蘭丸がいた場所だ。絆創膏を貼り、神童が左足を気遣うようにしながらも立ち上がる。大丈夫だ、と微笑みながら。

「急ごう、時間を無駄には出来ない。」
「分かりました。」

そして、神童が歩き始めた時。



『に…げろ、しんど…。』


「?」


もう話せないはずの体から絞り出すような、小さな小さな声。


『ここは…狂って、る。』


思わず声のした方――洞窟を、振りかえる。

「兄様…?」

先を行く月乃には聞こえなかったらしい。立ち止まり、洞窟を不思議そうに見ている。神童は、少しの間待ってみた。また、何か声が聞こえないかと。その後、誰かいるのか、と叩いてみたが、応答なし。正直、空耳と考えても良いレベルだった。だが、あの声はまるで……。

『  』

「兄様、誰かそこに?」
「…否、空耳だったみたいだ。」

月乃にそう返事をし、岩から手を離す。そして洞窟に背を向け歩き出してから、心の中で親友に向けてメッセージを送る。


【逃げろ、神童。】


『逃げない、俺はお前を助けるまで絶対に。』



神童は、歩きながらバッヂを裏にした。



『神童拓人→離反者』


**

 円堂を見失った。どこへ行ったのか、耳を澄まして物音を探ろうとする。しかし聞こえるのは鳥の囀りばかりで、あてにならない。仕方なく目を開け周りを見渡すと、一か所やけに開けた場所が見えた。無理やりに木を折ったりしたようだ。普通の人間には出来ない、しかし。

「キャプテンなら…。」

そこめがけて走りだす。すると太い木の陰になって見えなかった場所に、誰かがいた。否…拘束されていた。

瑠璃花にとって、見慣れた人物が。

ぐったりと力を失くし、太い木に縛り付けられて。


「!!豪炎寺さんっ…」
「動くな。」

息をのんだ。風丸が、短剣を瑠璃花の首に突き立てる。

「さあ、選べ。自分の命か、豪炎寺の命か。自分の不幸か、他人の幸せか。」
「つまり、瑠璃花が自分を選んでも不幸になるという事だがな。」

木の陰から、さらに鬼道も姿を現した。浮かべる笑顔は、帝国に居た時よりも見る者に恐怖を与える。
瑠璃花は、信じられなかった。この状況は、つまり。

「…豪炎寺さんを、おとりに…?」




















縛りあげられた豪炎寺は、相変わらず何の反応も示さなかった。