コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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幼なじみから恋人までの距離【完結】
日時: 2013/07/10 21:12
名前: あるゴマ ◆Dy0tsskLvY (ID: ugb3drlO)

「幼なじみ」をテーマにした恋愛ストーリーです。
一生懸命に書いたので、少しでも楽しんでくれたらうれしいです。

読んでくださった皆様のおかげで、この作品を完結させる事ができました!! 本当にありがとうございます!!



___あらすじ___

高校二年の春、武田翔(たけだしょう)は幼なじみの田村雪乃(たむらゆきの)と同じ2年D組の、それも隣どうしの席になった。
とはいっても何かが変わるわけでもなく、そんな変わらない日常が、翔は好きだった。
ところがそこへ、かつては翔と雪乃の幼なじみであった中川香凛(なかがわかりん)が転校してくる。
再会を喜ぶはずの翔と雪乃であったが、香凛は二人に打ち解けようとはしない。
どうやら香凛には何か秘密があるらしいのだが……。



___プロローグ___

群青色のよく澄んだ冬の空。

まぶしい笑顔の少女がそこにいた。

遠い記憶の中で交わした約束。

俺は忘れてたんだろうか?

あの時の約束を……。


【目次】

登場人物紹介>>68

日常 >>1 >>2

転校生 >>3

>>4

忘れ物 >>5 >>6

香凛の部屋 >>9 >>10

作戦実行 >>11 >>12 >>13 >>16

自宅>>17 >>18 >>21

休日>>22 >>23 >>30 >>33 >>34 >>35

香凛と雪乃>>36 >>37 >>38 >>39 >>44 >>45 >>50 >>53 >>54 >>58 >>59 >>60

微妙な距離>>67 >>69 >>72 >>76 >>77

一つの結末>>83 >>88

幼なじみから恋人までの距離>>89

エピローグ>>93


あとがき(あるま)>>104

あとがき(ゴマ猫)>>106


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Re: 幼なじみから恋人までの距離(最終更新5月14日) ( No.33 )
日時: 2013/05/17 19:05
名前: あるゴマ ◆Dy0tsskLvY (ID: Ba9T.ag9)

なんて、ちょっと良い雰囲気になっている場合じゃない。

「本当の用事を忘れるな。母の日プレゼント、探すんだろ」


俺たちはペットショップを出てきた。
夕方も近くなって、日曜のファッションビルはさらに人でにぎわっている。

ベビーカーに子供を乗せた若い夫婦、中学生くらいの娘と一緒のおばさん、それから、俺たちくらいの年齢のカップルなんかが目の前を歩いていった。

そのまましばらく歩いていると、急に香凛が立ち止まる。

「どうした?」

「な、なんでもない」

視線の先には、外観が赤やピンクを基調とした鮮やかな色のクレープ屋があった。
ははーん。もしかして食べたいんじゃないか?

「食べたいのか?」

「そ、そんな訳ないでしょ」

香凛は興味ないという態度をとるが、これはあきらかに「食べたい」というオーラが出てる。

素直じゃねぇなまったく。


「あぁ〜、俺ちょっと疲れちまったからあそこで休憩してこうぜ」

そう言って、俺はクレープ屋を指差した。

香凛は少し考えた後、いかにも香凛らしい返事をした。

「し、仕方ないわね。あんたがどうしてもって言うなら行ってあげるわ」

「あぁ、悪いな」

なんとなくだか、香凛の扱い方がわかってきた。

こいつは素直じゃないので、行きたくても行きたいと言えないのだ。
まして相手が俺ならなおのこと素直になれないのだろう。
男だし、若干敬遠されてるしな。

俺達は店の前まで来ると、メニューを見る。
……よくわからん。

ガラスのショーケースの中にサンプルがあったのでそちらに目をやる。

いちごクレープやら、チョコバナナクレープやら、ブルーベリークレープやら、とにかく甘ったるそうな代物が並んでいる。

俺からしてみたら、歯がとけるんじゃないか? ってぐらいだ。

特にこの、ベイクドチーズケーキ&アイスクリームクレープって……ケーキなのか、アイスなのか、ハッキリしろと言いたい。

「決まったの?」

思案していると、香凛に話しかけられた。

「いや、まだだ」

「そう。じゃあ先に注文するから」

そう言って香凛はレジに行き、なれた感じで注文をする。

ふむ……。
俺が行こうって言い出したんだから食べないでドリンクだけって訳にはいかんだろうな。

その時、以前雪乃が言っていた惣菜クレープの存在を思い出した。

探してみると数は少ないが、惣菜クレープがあった。
ツナサラダやら、ベーコンエッグやら……クレープと合うのか? という疑問はあったが、甘ったるいクレープを食べるよりはマシだ。
というわけで、無難なツナサラダクレープを頼む事にした。


クレープを受け取ると、先に席に座って待っていた香凛のところへ。

「待たしたな。香凛は何したんだ?」

「ベリーベリーベリークレープ」

そう言って俺に見せてきたクレープは、ストロベリー、ブルーベリー、ラズベリーが入ったクレープみたいだ。

ベリーベリーベリークレープ。注文する時言いづらいよなコレ。

「あんたは?」

「ツナサラダクレープだ」

「……らしいわね」

香凛は納得っといった顔をしてきた。
まぁ、俺は甘いの苦手だしな。

さっそく一口食べてみると、意外に美味かった。

クレープ生地じゃなく、違うパンチのある生地ならさらに良い気もするが、それだとクレープではなくなるのだろう。

「う〜ん!! おいしーっ!!」

ふと隣を見ると、香凛がクレープを食べながら、足をバタバタさせて感激していた。

しぶってたわりに、ノリノリじゃないすか。

「良かったな」

「はっ!! こ、ここのクレープ美味しいわね」

我に返り、冷静に言い直してるがもう遅いから。

「あ、あんたはどうなの?」

「あぁ、美味いよ。良かったら一口食べてみるか?」

そう言って、香凛の口元に俺のクレープを持っていくと香凛が動揺する。

「こ、こ、これは、そ、その」

「どうした? 早く食えよ」

俺がそう促すと、香凛は目をつぶって勢いよくかぶりついた。

「美味いか?」

「……お、美味しい……」

なぜだかクレープを食べたら香凛の顔が真っ赤になった。
風邪でも引いたのか?

幼なじみから恋人までの距離(20) ( No.34 )
日時: 2013/07/02 17:08
名前: あるゴマ ◆Dy0tsskLvY (ID: Ba9T.ag9)

その後も香凛は軽やかな足取りでビルの中をぶらつく。
こちらからは顔が見えないが、きっとその表情は上機嫌になっていることだろう。
あいつにしては珍しい。

「ねえ。後ろを歩かれてると、なんだか私の付き添いみたいだから、隣を歩きなさいよ」

「はいはい、分かりましたよ」

俺は素直に従い、香凛の隣を歩く。
付き添いってことなら当たってるんだが。

俺たちはブティックに行ったり、アクセサリーショップを見てまわったりした。
普段、ひとりなら絶対に来ないような場所だ。


「っていうか、どこが母の日なんだよ」

アクセサリーの店を出た直後、俺は香凛に言った。

店は若い客ばかりで、さすがに母の日に贈るような物はなさそうだった。実際、香凛も見るだけで何も買っていない。

「じゃあ、次はあんたがよく行く場所に行こうよ」

「なんだよそれ。母の日のプレゼントを選ぶんじゃないのか」

「今日はいいや」

「はあ? お前が用事あるって言うから、俺も今までそれに付き合ってたんだろ?」

「母の日までまだ二週間近くあるもの。せっかくの日曜に、こんな早く帰るのももったいない気がするし、今度は私があんたに付き合ってあげるわ」


というわけで、当初の目的はどこへやら。

俺がよく行く場所といえば、やはりゲーセンくらいしかない。
でも香凛がそれでいいと言うので、さっきと同じゲーセンに来てみた。

俺の得意な格ゲーがちょうど空いている。
香凛を席に座らせ、百円玉を入れた。

「よし。まずはキャラ選択だ。初心者なら、こいつを選ぶのがいいだろう」

俺は主要キャラの一人を指でさした。
技入力も簡単でスピードのある、バランスの取れたタイプだ。

「何この男。ジャンパーなのにノースリーブ? おまけに指抜き手袋? 筋肉モリモリで、気持ち悪いわ」

「なっ! お前、ケリーをけなすのか! 俺のカリスマなんだぞケリーは!」

「こっちの方がスリムでイケメンじゃん」

香凛はそう言って他のキャラを勝手に決めてしまった。
ちょっと前のシリーズから加わった、女性に人気のあるキャラだ。

確かにケリーは最初のシリーズから居るため、デザインが古いかもしれない。
俺が生まれる前から人気の格ゲーだしこれ。


さて香凛の腕前はどうだったかというと——。

ジャンプやガードの仕方も分からず、攻撃は中パンチと中キックのボタンばかり押している。

必殺技の入力など、とてもできたものではない。俺が後ろから指示しても、

「はあ? わざわざカッコつけた必殺技なんか出さなくても、殴ってれば人間は倒れるもんじゃないの?」

と、逆ギレ気味に言われた。

まあ、それはそうだけどさ。

だがゲームは現実より厳しい。
ゲームの世界では、相手が女だろうが老人だろうが殴り返してくるものだ。

こっちのライフゲージが見るみる削られていった。

「香凛、ちょっと俺と代われ。まずは俺の見本でも見てろ」

俺は香凛をやや強引に席からどかす。
香凛は「何よその言い方!」と不機嫌そうだが、かまっていられない。百円を見すみす無駄にはできん。


俺は一発もくらわずに相手を倒し、次のステージへ。

ライフゲージは全回復するし、これでまた香凛にバトンが渡せる。

そう思ったら、画面に大きな文字で何か出てきた。
英語だが、おそらく「挑戦者 出現!」ぐらいの意味だろう。

向かいの筐体機をのぞいてみると、今まで居なかったのに誰かが座っていた。
向こうも俺がやっているのと同じゲームで、百円を入れると、自動的にこちらとの対戦になってしまうのだ。

「ねえ、いつまであんたがやってんの?」

すぐ横で香凛が言う。

「悪い。邪魔が入ったんだ。こいつを倒すまで、お前は待っててくれ」

人間のプレイヤー相手では、香凛はなおさらダメだと思う。
気の毒だがこの相手にはすぐ帰ってもらって、再びコンピューター相手に戻ったら香凛にやらせてみよう。

ところが相手もかなり上手いひとで、俺はライフギリギリでどうにか倒すことができた。

しかし終わったと同時に、また「挑戦者 出現!」の文字がデカデカと映る。

もう少しで勝てたと思って、すぐさま百円玉を投入したのだろう。


次の勝負では、一回目よりも楽に勝つことができた。

だがまた「挑戦者 出現!」の文字が。

しつこいな! 俺に勝てるまでやるつもりか。

そうなればこっちも意地だ。絶対に手加減しないからな。

幼なじみから恋人までの距離(21) ( No.35 )
日時: 2013/05/19 19:00
名前: あるゴマ ◆Dy0tsskLvY (ID: Ba9T.ag9)

俺はいつの間にか勝負に熱くなっていた。
昼間ここでやった時は骨のある対戦相手が現れないで、物足りなかったのだ。

香凛がちょっと離れたところのベンチに座って、ボーっとしているのが、視界のすみに見えた。

そのベンチに座っている香凛の手に、いつの間にかコーラがにぎられていた。俺が熱中している間に買ってきたのだろう。


何度目か分からない勝負で、ついに俺は負けた。

やれやれ、すっかりハマってしまった。

香凛には悪いことしたかな、と思いつつ、ベンチの方を見ると、そこには誰も居なかった。

あいつ、どこ行ったんだろう。

もしかして機嫌を悪くして先に帰っちゃったとか?


不安になって店内を見回してみると、占いゲームの前に、見覚えのあるリュックサックが見えた。

幌をかぶって顔は見えないが、間違いなく香凛だ。

昼間は友だちと遊んでいて、どうやら香凛だけは占いをやるのを拒み続けていたと思うんだが。

やっぱり、自分でもやってみたかったのか?

俺はさり気なく香凛の横に立って、ゲーム画面を見てみる。
どんな占いかというと、自分の名前と、気になる相手の名前を入れて、何個もの質問に答えるらしい。

画面の左上には「KARIN」の文字。言うまでもなく香凛自身のことだ。

その隣にあった名前は「T・S」のイニシャル。

「誰だよT・Sって」

俺は横からツッコミを入れてみた。

すると香凛は「なっ! やだ見ちゃダメったら!」と慌てて画面を手で隠した。

「Sって誰だ。佐藤とか、鈴木とか? サ行の名字の男子なんてうちのクラスには居ないし」

「誰でもないわよ、バカ。適当に入れただけだって」

香凛はそそっかしい口調で言う。

一回二百円もする相性占いをやるのに、そんなのってあるのか?

疑問に思った俺の頭に、一つの答えが浮かんだ。


(T・S=タケダ・ショウ)


——まさかな。

「分かったよ。じゃあ俺、そこのベンチで待ってるから」

香凛にそれだけ言うと、俺は自販機でコーヒーを買い、ベンチに座った。


やがて占いが終わり、診断結果がプリントアウトされて出てくる。

香凛はボウリングのスコア表みたいな用紙をまじまじと見つめている。

「どうだ。良かったのか、相性は」

「うん」

うれしそうに首を縦に振った香凛に、俺はそれ以上は何も聞けなかった。


ビルの外に出ると、空はすっかり暗くなっていた。
駅前のタクシー乗り場に、車のヘッドライトが何台も連なっている。

香凛と二人、駆け足で乗り込んだバスの中は混んでいた。

吊革につかまって立ったまま、二人は何も喋らなかった。

同じバス亭で降りて、もう時間も遅いし、ついでだから香凛を家の前まで送っていった。

「じゃあ、また明日な」

「うん。また明日」

交わした会話はこれぐらいのものだった。

キィと柵がきしむ音をさせ、香凛が家の敷地内に入っていくのを俺は見送った。

幼なじみから恋人までの距離(22) ( No.36 )
日時: 2013/05/22 19:53
名前: あるゴマ ◆Dy0tsskLvY (ID: Ba9T.ag9)

「翔くーん。もう起きないと遅刻するよー」

「……ん?」

うっすらと目を開けると、そこには俺の寝顔をのぞき込む雪乃が。

きっちり制服に着替えて、もう準備万全といった感じだ。

「ちょっと待て。俺はまだ母さんにも起こされてないぞ」

「んー? そうだね」

「いや、だから……まず母さんが俺を起こそうとして、それでも布団から出ない時に、お前が出てくるんじゃなかったか?」

先日の、香凛がうちの学校へ転校してきた日の朝だ。
あの時は俺がなかなか起きないんで、雪乃が起こしに来てくれたんだっけ。

そんなシチュエーションは久しぶりだったので、俺は思わず布団から飛び出てしまったが。
今朝はいきなり、目を開けた瞬間から雪乃とご対面。

「実はおばさんがね、翔くんが朝なかなか起きないから、私に起こしに来てくれって頼まれちゃったんだ」

「ったく、母さんは勝手にそんな……」

「おどろかせちゃってごめんね。朝から私が来ちゃ迷惑だった?」

「いや、迷惑じゃないけど……それより、お前の方が迷惑だろ。こんな用事を頼まれて」

「うんん。ぜんぜんそんなことないよ」

雪乃は首をぶんぶん横に振り、はっきり否定した。

俺はつい「え?」と聞き返してしまったが、雪乃はとてとてと部屋の外へ出ていくと、

「ごめんね。今朝は私も寝坊しちゃった。時計見てみて、翔くん」

ドアから顔を出し、ニッコリ顔で言う。

今、何時なんだ……俺は時計を見た。

「うおぉぉぉーーーーーー! 早く言えよぉーーーーーー!」

今朝もまた世界選手権だ。朝の早支度の。


それから数分後、俺はいつもの通学路を雪乃と並んで歩いていた。

16倍速で支度して家を出てきたため、遅刻はしないで済みそうだ。
見慣れた制服が、あちこちを歩いている。
そのうち32倍速で支度できるようになれば、もっとぎりぎりまで寝てられるな。

「翔くん、まだ眠いの?」

「おぉ。昨日の夜、布団に入ってからなかなか寝付けなくてな」

大きなあくびをしながら、俺は答えた。

実を言うと、この生あくびは香凛のせいなのだ。
あいつのことが気がかりで寝つけなかった。

男子に話しかけられると、ついツンツンした態度になってしまう。素直になりたいんだけれど、どうしてもなれない。
香凛が落とした手帳から、俺はそんな秘密を知ってしまった。

だからあいつが男子の前でもうまく笑えるように、自然なお喋りができるようにって、俺も協力してやったはずだった。

しかしその作戦はことごとく失敗。

話題のボキャブラリーは少ないわ、相手をグーで殴るわ、怨霊のような笑みで相手を恐がらせるわ、しまいには俺の顔面にぶ厚い本を打ち込んでノックアウトするわ。
お前はストリートファイターにでもなりたいのか。

あいつは今まで女子校に居たらしいから、男子が苦手ってのも、あると思う。
ただ、あのツンツンしてバイオレンスな香凛が、本物の中川香凛だと、クラスのみんなに思ってもらいたくない。

昔の、素直でよく笑うあいつを、俺は知ってるから。

「あれー? あそこを歩いてるの、香凛ちゃんじゃない?」

雪乃が遠くを指さした。

なだらかな坂道を歩く制服の群れの中に、ひときわ背が低く見える、ショートの髪。
ほんとだ。香凛だ。

俺と雪乃は小走りに、その香凛に追いつくと、

「おっはよー、香凛ちゃん!」

雪乃が明るく声をかけた。

幼なじみから恋人までの距離(23)0525UP ( No.37 )
日時: 2013/09/13 07:16
名前: あるゴマ ◆Dy0tsskLvY (ID: Ba9T.ag9)

「雪乃……って、あんたも一緒か!」

俺が居るのに気づくと、香凛はすぐさま声を荒げた。

「えへへ。今朝は翔くんと私、一緒なんだー」

「ふんっ。どうせ翔が朝だらしないんで、雪乃がついてあげてるんでしょ」

「なんだよ『どうせ』って。俺が原因みたいに決めつけるなよ」

まあ、当たってるけどさ。でも寝不足なのは、お前のせいでもあるんだぞ。

「だって、あんた」

ギロリ、と香凛はこっちをにらみつけると、

「ん!」

俺の胸もとを、くいくい、と指さす。

「あ? なんだよ?」

「んー! ネ・ク・タ・イ! ネクタイずれてる!」

「あ、ああ。わりぃ」

初めて気づいた。
今朝、あんまり急いでいたからな。
こりゃ、16倍速の支度は無理だ。明日からもっと早く起きねば。

「家を出る前に、鏡くらい見なさいよね」

「見てるよ、普段はな! 今朝はたまたまだ!」

言い返し、俺は自分のネクタイをいじる。んー、うまくいかん。

「ごめんねー翔くん。私がちゃんと見てあげてればよかったね」

雪乃が俺のネクタイを直し始めた。
雪乃の顔がすぐ目の前に迫る。
立ち止まった俺たちのすぐ横を、見知らぬ生徒たちが通り過ぎていく。

「ちょっ……いいよ雪乃。自分で直せるって」

「いいから、じっとしてて」

雪乃の細い指が俺のネクタイをギュッと締める。
加減の分からない締め方に、一瞬だけ胸が苦しくなった。
周囲の視線が、その苦しさに熱を加える。

「ふんっ」

香凛はそんな俺に冷ややかな視線をくれると、歩幅を大きくしてどんどん先へ行ってしまった。



——————



「く、暗いね……」

「まぁ、そりゃ倉庫だしな」

真夏や梅雨じゃなくて良かった。

夏まっさかりだったら干上がってるし、梅雨ならカビが生えてたよ。
こう、不快指数的なもので……それは言い過ぎか。

平日の真っ昼間、俺と雪乃は何の因果か体育倉庫に閉じ込められていた。

なんでかっていうと、話しは数時間前にさかのぼる。


「ねぇ、翔君?」

おっとりボイス&ほんわか笑顔の雪乃が話しかけてくる。

「ん? 何か用か?」

「昼休み、ちょっと付き合ってくれないかな〜?」

「良いけど、何かあるのか?」

雪乃はクラスでも人気者だったりするので、普段は用がなければ一緒に昼飯を食べたりしない。

もちろんたまに誘われたりもするが、二人で食べるのってどうしても注目されてしまうから断ってたりする。

気にしなきゃ良いんだけどさ、視線がね痛いんだよ。男子の。

「う〜んとね、午後の授業で使うテニスのネットを出しておいてって頼まれたんだ」

「ほぉ、それで俺に手伝ってほしいと?」

雪乃はやや恥ずかしそうに頷いた。

やれやれ、先生達も雪乃に頼りすぎだよ。
雪乃が優等生で、なまじ何でもできるもんだから頼ってしまう。

雪乃も雪乃で、頼まれたら断る事ができない。難儀な性格してるよな。どんだけ性格良いんだよ?

「良いよ。ってかそんなの、わざわざお願いされなくてもやるよ」

だいたい、雪乃一人でやるもんじゃないと思うしな。

「えへへ、ありがと。翔君」

そう言って、雪乃はほんわか笑顔を見せた。
うーん、癒し系だな。一家に一人はほしいと少し思ってしまった。


昼飯を食べ終わると、俺は雪乃と体育倉庫へ。

あと十分ほどで授業が始まるせいか、体育館にはほとんど人が居ない。

倉庫の中に入ると、中は薄暗く、整頓されてない用具があたりに散らばっている。使ったら片付けとけよな。

「なぁ、電気つけてくれないか?」

「うん。えーっと、これかな?」

カチッという音はしたが、明かりがつく様子はない。

「壊れてるのかな〜?」

雪乃は、カチカチっとスイッチをいじるが一向に明かりがつく気配はない。

「仕方ないな。ちょっと暗いけど、携帯のライトでなんとかするか」

俺は携帯のライトをつけて、倉庫の奥へと進んだ。後ろから雪乃もついてくる。

そうしてしばらく探していると、一番奥にかなり絡まったネットを発見した。

なんていうか、ウチの学校はかなり大らからしい。悪い言い方をすると、いい加減。

「これか。よっと!!」

力いっぱい引っ張り出そうとするが、奥で引っかかってるからなのか、出せない。

仕方なく奥に潜り込んで絡まったところをほどく。雪乃も覗きこんできた。

「よし。これで大丈夫だろ」

俺が絡まった部分をほどくと、後ろからガシャンっという音とともに倉庫入口の扉が閉まった。

「えっ!! 何で!?」

俺が声を出して驚きながら急いで入口に行くが、ガッチリとロックされた扉は開く事はなかった。

閉じ込められた……。

どうやら、外から開ける事はできるが、中からは開ける事ができないという欠陥構造らしい。


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