コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 偽家族コンプレックス
- 日時: 2013/09/26 08:06
- 名前: 葉月 ◆S/72wRvvfc (ID: cm34dabg)
†登場人物†
御崎 佳音 MISAKI KANON
朝香 陸 ASAKA RIKU
椎名 星夜 SIINA SEIYA
朝香 空 ASAKA SORA
藤宮 堅都 HUZIMIYA KENTO
柏倉 瑠璃 KASIKURA RURI
†プロローグ†
紅一点の少女は幼なじみが一番大切で
双子の片割れは少女の笑顔が大好きで
冷たくても優しい少年は自分を知らなくて
双子の片割れはずっとこの関係が続いて欲しくて
ポジティブ少年は死んだ少女を忘れられなくて
天使になった女の子の面影はいつまでも残っていて
偽の家族の少年少女は何を想って育つのだろう————
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- Re: 偽家族コンプレックス ( No.12 )
- 日時: 2013/10/28 10:26
- 名前: 葉月 ◆S/72wRvvfc (ID: cm34dabg)
■011■
佳音は部屋で着ていた服の上から、青から水色や白等のかすりの糸で編まれたカーディガンを羽織って外に出た。駐車場兼駐輪場である芝生の庭に小走りで向かい、いくつもある自転車の中から赤がベースの可愛い自転車を選んだ。
星夜が言うには、陸と近所のスーパーでお米三十キログラムを買おうとしていた時、何か厄介事に巻き込まれたらしい。とにかく来て欲しいと言うことで、佳音は瑠璃をしぶしぶ置いてスーパーに行くことにしたのだ。
「あ、もしもし? 今、家出たから。五分くらいで着くと思う」
学校ではどれだけ注意されてもやってしまう、ながら運転。自転車で、見慣れた海沿いの道路を駆け抜けながら星夜にそう言う。
電話を切ってから走ること約五分。商店街の賑やかさが伝わってきた。
「あれ、御崎じゃん」
「松本先生!」
ボーイッシュな若い声に振り向くと、ニコッと笑う松本先生。
「お使い?」
「えー、まあ、そんな感じです」
「偉いなぁ。んじゃ」
手を顔の横くらいの高さで開いて、動かした。
先生と軽く別れると、商店街通りの突き当たりにある、この辺りではかなり大きいスーパーマーケットに向かう。夕方なだけあり人通りが多いため、佳音は自転車から降りて歩いた。
「うっわ、混んでるな〜」
自転車置き場にはずらりと並ぶ、多数の自転車。停めるところが無く、どうしようかと迷っていると一ヶ所だけほんんの少しだけ隙間を見つけ、停めたと言うよりネジ入れた。
「……あ、着いたよ。どこにいる?」
実はずっと手に握っていた電話で星夜に訊ねる。電話越しにがやがやとした周りの様子が伝わって来る。
『レジの近くにある小部屋なんだけどな……いいや、レジの横で待ってる』
「りょーかい!」
佳音もたまに来るから、レジがどこにあるかくらいは知っていた。
自動ドアをすり抜けて店内に入る。左にあるエスカレーターの裏側に周り、しばらく進んで右に曲がるのだ。
「佳音、こっち」
エスカレーターの裏から少し行ったところで、呼び止められた。声の主はもちろん、まだ学校の制服であるごく普通の詰襟を着た星夜だ。
「ねぇ、何があったの?」
「あいつが……万引き疑惑をかけられたんだよ」
「は、え、どういうことっ? 万引き?!」
佳音の声に、レジの横でペチャクチャ喋っていたおばさんも、のったらと買い物をしていたおじいさんも目を見開いて、二人に振り向いた。
周りのそんな様子に気付いた星夜は、声を低めて囁いた。
「バカ?」
「バ、バカって……!」
「ま、んなことどうでも良いんだ。陸のトコに早く行こう」
膨れっ面の女の子を軽くスルーした星夜に、佳音は更に顔を赤らめて膨らせた。もうっと良いながらも、歩いて一つの部屋に入った星夜に続いた。
「だからね、わたしゃ何度も言ってるじゃないのっ!」
ドアを開けた時、いきなりしゃがれた金切り声が聞こえた。佳音は驚いて耳をふさぐ。
「この人は米を大量に持ってな、盗んだもんを隠してたんだよ!!」
「冨田さん、おれも何度も言いますよ、そんなことしてませんって」
わめくように喋るおばさんの隣には、あからさまに迷惑がっている陸がいる。どのくらいこのやり取りを続けていたのだろうか。佳音には陸の額に怒りマークが見えてくるような気がした。
- Re: 偽家族コンプレックス ( No.13 )
- 日時: 2013/11/04 23:09
- 名前: 葉月 ◆S/72wRvvfc (ID: cm34dabg)
■012■
「いいや、近頃そんなに買うんなんて更に怪しいわっ」
「はあ……、今から警察に来てもらいましょう。それでおれを調べれば良い」
「ふん。出てくるに決まってる」
陸が再度ため息をついた。表情にさえ出ていなかったが、佳音には隣に居る星夜が笑っているような気がしなくもなかった。
「面倒くせー……ん。佳音何で居んの?」
佳音にではなく、星夜に訊ねているようだったため、佳音は口を閉じていた。すると、やはり星夜が答えた。実は佳音も何で呼ばれたのかが理解出来ていなかったのだ。
「その米。陸は警察待つんだろ? おれだけじゃ無理だから呼んだ」
「なーんーでー、佳音なのかって訊いてるんですけどー?」
間延びした発言がちょっとイラッとくる。
「空と堅都は部活でしょ! 陸は瑠璃に来てもらえる訳?!」
イラッとついでに少し大きな声で反論してやった。そして「ほんっと裏表が激しいんだから」と嫌味らしく呟く佳音に、陸は「お前もな」と言う。しかし、学校では二人とも見せないような感覚は、新鮮だと感じる気持ちもあるのは確かだ。
「まぁ、瑠璃には来てもらえないかもな」
「あ、かわいそ〜」
「は、佳音が言ったんだろっ?!」
陸が焦ったように目を見開き、驚き表情を浮かべた。それを無視して佳音は続ける。
「ふーん。まず、誰がああさせたのか」
「堅都」
「あ、そうだったっけ。ま、瑠璃は堅都大好きだよねー」
「羨ましいよな」
「陸……本気?」
すらっと述べた陸に、今度は佳音が驚愕の表情と重みのある発言で訊ねると、鼻で笑って「ジョークだよ」と返されてしまった。
そこに、しばらく黙っていた星夜が口をはさむ。
「そろそろ慎太郎が待ってるから、おれらは帰らないといけない」
「置いてきぼりって訳だ」
「ドンマイ!」
皮肉めいた二人の家族の言うことは、タフな陸の精神さえもかなりえぐった。老婆と二人きりで警察を待つ陸に、佳音は軽く手を振った。
(ちょっと、かわいそう……かも)
ふふっと微笑みながら部屋を出たため、陸の横に居た冨田さんたるおばあさんが不思議そうに首を傾げた。
「星夜、最近ヴァイオリン弾かないね」
スーパーを出たとき、星夜を見てふと思い出したことを言ってみた。
「堅都がピアノやらないから。野球ばっかしで」
「星夜だってサッカーやってるじゃん」
「陸に付き合わされてるだけだし」
今日も部活動のある空と堅都は、野球部に所属している。堅都はキャッチャー、空はピッチャーと二人してカッコよく目立っていることに佳音は少し驚いている。
そして、陸はサッカーをやっている。部活ではなく県運営のチームで、激戦で選ばれたメンバーの中のレギュラーという美味しい役。星夜は運動神経に身を任せていたらクリアしてしまったと、一応選ばれし者として選手なのだ。
「私には、星夜って音楽好きなイメージがあるんだよ」
「好きだけど、サッカー止めてヴァイオリンやったら二度と弾けなくなる」
「どうして?」
「陸に指とか折られそう」
その一言に、佳音は思わず失笑した。
- Re: 偽家族コンプレックス ( No.14 )
- 日時: 2013/11/09 23:00
- 名前: 葉月 ◆S/72wRvvfc (ID: cm34dabg)
■013■
家に帰ると、待ちくたびれた慎太郎が腕を組んで待っていた。
「はあ、頼んだ意味無かったかも」
「うわ、お兄ちゃん辛口〜」
慎太郎のため息の混じった第一声に棒読みで佳音が返す。
「てか、陸は? あいつに頼んだんだけど」
「陸は万引き」
「万引き?! お前ら謎だな」
慎太郎とのやり取りに、佳音は楽しく感じた。
かなり重いお米を大きなケースに入れていると、瑠璃が上から降りてきた。おつかれ、と佳音と星夜に声をかける顔は『ご愁傷さま』という気持ちを表している。
(星夜はもう大丈夫……なの、かな?)
「瑠璃。回覧板、持っていって」
慎太郎がうでまくりをしながら、テーブルの上にある緑っぽいボードを指差す。瑠璃がめくると、しっかり『八神』の朱色の判子が押されていた。たまたま皆、名字を持っているが、ばらばらだから代表者の八神なのだ。
瑠璃は、はーい、とそれを持って玄関に向かう。学校用の革靴ではなく白ベースのスニーカーに足を入れて、もう真っ暗な家の外に出た。普通の一軒家の二倍くらいの敷地の横を通りすぎ、日本風の構えが何やら威厳のある家のインターホンを人差し指で柔らかく押した。
「こんばんは。回覧板です」
『ちょっと待っててねぇ』
女の人の声が聞こえて、しばらくすると年期のある木で出来た扉ががらがらっと音をたてて開いた。
「瑠璃ちゃんね。ありがとう。これ、持って行って」
そう言うなり、近所付き合いはかなり長いおばさんが、紙袋を手渡した。瑠璃がそっと覗くと、真っ赤で小ぶりなりんごが十個ほど入っていた。
ニコッと微笑み、ハスキー声で言う。
「この前、陸くん……あれ、空くんかな。うちの子が遊んでもらったの。だからお礼」
「あぁ、あれは空ですね。キャッチボールやってたから。ありがとうございます」
良いの良いの、と鬱陶しくなくまた笑うおおらかな感じ。詩園の子供たちが一度は夢見る『母親』の姿だ。瑠璃は、その様子に嬉しさと悲しさが入り交じった気持ちになった。
「じゃあね、おやすみ」
おばさんはせかせかと木戸の奥へと入って行った。
(私のお母さんは、どんな人だったのかな)
たまにふと浮かぶ想い。押し殺して隠しているけれど、どうしても考えてしまうのだ。佳音や堅都達、玲子や慎太郎と家族であることは喜んでも喜びきれない程に、嬉しいのは確かだ。しかし、血の繋がりを純粋に求めた幼い頃の自分の姿も確かだ。
瑠璃は、一番星の輝く夜空を仰いだ。その時、紙袋がかさっと音を出す。
「……あれ、堅都……?」
一歩進めた瞬間、人影が過った。その仕草が見慣れた堅都に似ていて思わず声を上げた。しかし、振り向いた人物は別人であった。
「瑠璃? 髪が黒くてちょっと暗闇だと怖いね」
堅都では無かったが、声も見知った人。長く一緒にいると動きが似てくるということを思い出した瑠璃は、クスリと笑う。
「ふふ。なんだ、陸かぁ」
「堅都じゃなくてゴメンな」
「べ、別にそんなこと……!」
慌てた美少女に酔うことなく続けた人影に、瑠璃は数歩近付いた。
「それと、僕は陸じゃないよ」
「え、空?! ご、ごめん〜」
「良いって良いって。いつでも見分けつくの佳音くらいだし」
毎朝結っているロングの茶髪を頭に浮かべた。屈託のない笑みで、何も考えていないようによく勘違いされるが、本当は誰よりも人を見て考えている子だ。
「うん。佳音ってすごいよね」
「僕もそう思う。それより、もう大丈夫? 僕と話しても」
かなり表情も読み取れるくらいになった。二人はゆっくり門を開けて敷地内に入る。
「堅都は知らないけど。空なら大丈夫。大人だしね、空」
さらさらと通り抜けた秋の風が瑠璃の美髪を持ち上げて、ふわりと落としていった。
- Re: 偽家族コンプレックス ( No.15 )
- 日時: 2013/11/12 22:53
- 名前: 葉月 ◆S/72wRvvfc (ID: cm34dabg)
■014■
てんやわんやの翌日、いつものように佳音と陸との口喧嘩が終わると六人は学校に向かった。
普段と変わりなく、平凡な街の姿——と、思いきや。
「どうもーっ。スターベルでーす!」
校門前で堂々とちらし配りをしている青年が数人。佳音は興味で目を輝かせ、瑠璃は微妙な表情。星夜と堅都は興味無さそうな様子だが、真逆に陸は顔をしかめている。そんな五人を面白がって見ているのが空。
「キミ達も僕らと一緒にアイドルにならないか?!」
「歌ったり踊ったり、演奏したり! 憧れが現実になるかもっ」
明るく振る舞う彼らが胡散臭くて、陸は更に嫌そうな顔になる。
遠慮無く他人の学校の前で声を上げていたのは、スターベルというらしいアイドルグループ。かなり芸能にうとい佳音達の中でもまだ一番分かる空は、かけ出しであんまり人気がない、と切り捨てた。
「やっほー」
「あ、彩ちゃん。おはよう」
佳音の興味が、陸の表情と空の解説により引いてきた頃に、上杉彩菜がふっと現れた。『この人だかりは?』と訊いてくる。
「なんか、アイドルグループ何だって」
「へぇ。寂しく勧誘してるんだね」
「上杉こわー」
バッサリ発言に堅都が横目で呟く。それに気付いたが、彩菜はそのまま、にこにこと不思議な笑いを含みながら言う。
「じゃあ、勧誘されてくれば? 藤宮たち四人で」
「えぇー」
「佳音、嫌なの?」
「瑠璃は堅都がとられちゃっても良いのかなぁ?」
「え、佳音は僕らが怪しい団体に連れて行かれろと言われているのに、止めてくれないんだー。上杉さんも怖いこと言うけど、佳音もひどいよ」
「皆、カッコいいから売れるかもね」
「おれは野球一筋何だよ!」
「堅都、本気?!」
「お前ら、うるさい」
「こんにっちはぁ〜」
彩菜は面白がって、陸はどうでも良いようで、星夜はやかましいというように、かなり続く会話を聞いていた。すると、丁度星夜が口を開いた時に、一人の間延びした、陸がイラっときそうな声がした。
「うっ」
「キミたちは、興味なぁい?」
「無いんで。ていうか、許可取ってここでやってるんですか?」
堅都が息を飲み、星夜が鋭い口調で訊ねた。
「一応、許可は取っているよ。多分……」
そこに、小太りで縁のない眼鏡をかけた灰色スーツ姿のおじさんが立っていた。ニコッと優しさたっぷりに微笑んだが、その仕草がいかにも怪しい感じだ。
(一応って言ったよ)
(多分って)
(一応……一応……)
(この人が許可取ったんじゃねーの?!)
各々、色々と思うところはあったけれど、面倒になりそうだったので心に止めておく。その代わりというか、代表者のように星夜が続けた。
「すいませんが、会社の名前は?」
「レインボーミュージックだよ、イケメン少年」
ネーミングセンスについてそれぞれ突っ込みたかったことは、省略しよう。
「名前を訊ねたのに申し訳ないですが、誰も希望してないことですので」
「もったいないなぁ」
「おれら、スポーツ勉強音楽と色々、やることあるんですよね」
「多才アイドルってコンセプトっ?!」
しばらく話をすると、星夜は話が通用しない人なんだと理解した。会話が成立していないのだ。『女子は』とおずおずとした囁きを聞き逃さなかった陸は、女子三人の代弁を務めて断る。
「あぁ〜、もったいないってぇ〜! 待ってよー!!」
全員校舎内に入って行くのに泣き真似をするいい年したおじさんに、哀れんであげたのは佳音だけだった。
始業のチャイムが鳴って、人気が失せてくる。しかし、良さそうな株をそうそう諦められない彼は、辺りをうろちょろと動き回って、一度止まった。そして、地域情報の掲示板に一瞬釘付けになる。それからじっと緑のそれを見つめてから、気持ち悪くにんまりと笑った。
- Re: 偽家族コンプレックス ( No.16 )
- 日時: 2013/11/21 22:30
- 名前: 葉月 ◆S/72wRvvfc (ID: cm34dabg)
■015■
朝のまだ寝ぼけ眼を擦る人がちらほらいる時間、佳音のクラスでは出席を取っていた。遅刻の予定一人、亀井君。他は全員出席。保険委員の佳音は出席簿に記録する。
「今日も皆、元気だな。良いことだっ! そう言えば、今日、何か祭りっぽいヤツがあったよな。行く人はいるか? 先生は行くぞー」
ガハハと笑い声を大きくたてて言う。おそらく、隣の教室にまで響いていただろう。
先生の言う、『祭りっぽいヤツ』とは、正式には『麦の子フェスタ』といい、この辺りの町会が運営するお祭りだ。佳音と堅都はもちろん行く。なにしろ、フェスタの醍醐味である演奏会に星夜が参加するからだ。本来は人前で弾くことはしないのだが、どうしても、とお偉いさんに頼まれたらしい。
「藤宮は確かピアノ、弾けたよな?」
「あ……ふぁい」
ふいに振られたことで、驚きながらもまだ眠気と葛藤している。その様子に佳音は、昨夜、音楽の出来る堅都が星夜に付き合って睡眠時間が削られたことを思い出した。
思わず小さな笑い声をたてるが、担任は気にせず質問を続ける。
「祭りで弾かないのか?」
「ひき……ません」
「眠そうだな」
「はい、まぁ」
何とか目を覚まそうとするが、やはり声に力が無い。まぶたも重そうだ。今度は佳音だけでなく、クラスの一部でもクスクスと笑う声が聞こえてきた。
「ま、藤宮は弾かなくても……同学年の……椎名? だっけか誰か演奏するらしいから、楽しみだな!」
隣を歩く人物の物真似に、星夜は眉を寄せた。
「って、私の担任の先生が言ってたよ」
隣を歩く人物——無邪気に微笑みながら話す佳音は、自身の担任の言った言葉を本人に伝えていた。藤宮の同学年の椎名である彼は、『わざわざ』伝えてくれたと皮肉なことを少し考える。が、佳音に非がある訳でもないから、彼女の担任が暑苦しいと考えることにした。とにかく、星夜にとっては自分の演奏に期待されるのが嫌なのだ。
「……何の曲を弾くの?」
何か返事があるかと思ったけれど、特に無いので、気になっていたことをひとつ訊いた。
ここは学校から、麦の子フェスタの開かれる、正確には開かれている最中の市民センターへの道中。たまたま校門前で会った二人が一緒に歩いているのだ。
「教えない」
「けちぃー。でも知ってるもんね。昨日の練習、ちょっと聴いちゃったから」
「へぇ」
そっぽを向きながらも佳音に返す。しかも、何やら楽しそうに。
「佳音」
「え、何?」
「いや……何でもない」
「気になるなぁ……。あ、ねえねぇ、十月桜!」
文句があると言いたげな表情だったが、すぐに切り替えて目の前に広がった並木道の桜を指差した。そこには、冬服にコートなしという服装のこの季節には不似合いなもの、桜が。佳音よりずっと背の高い星夜は、あまり顔の角度を変えずにそちらを見た。
「あ、あれ、小鳥ー! 可愛いわぁ。欲しいな」
自分が指差した方向に視線を釘付けにして興奮する。小さな小さな小鳥がいるのだが、星夜は目を細めても見えないらしく、佳音はそれに不思議と感じた。
「いるでしょ? 見えないの?!」
「……黄色い何かは見える……」
「ヤバー、視力落ちちゃったんだね。きっと、堅都に勉強のせいって言われるよ」
「そんなに勉強してねーし」
それから視力と眼鏡の話がしばらく続き、市民センターに到着した。
「お、八神さんのところの星夜君じゃないか」
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