コメディ・ライト小説(新)
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- 新日本警察エリミナーレ 【完結!】
- 日時: 2018/04/28 18:16
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hjs3.iQ/)
初めましての方は初めまして。おはこんにちばんは。四季と申します。
まったりと執筆して参りたいと思います。気長にお付き合いいただければ光栄です。
《あらすじ》
日本のようで日本でない世界・新日本。
そこには、裏社会の悪を裁く組織が存在したーーその名は『新日本警察エリミナーレ』。
……とかっこよく言ってみるものの、案外のんびり活動している、そんな組織のお話です。
シリアス展開も多少あると思います。
《目次》
プロローグ >>01-02
歓迎会編 >>05 >>08 >>13-18 >>23
三条編 >>24-25 >>30-31 >>34-35 >>38
交通安全教室編 >>39-40 >>43
茜&紫苑編 >>44-46 >>49-54 >>59-62 >>65 >>68-70
すき焼き編 >>72 >>76-78
襲撃編 >>79-84
お出掛け編 >>85-89 >>92-95 >>98 >>101-105 >>108-109
李湖&吹蓮編 >>112-115 >>120-121 >>126 >>129-140
畠山宰次編 >>141-146 >>151-158
約束までの日々編 >>159-171
最終決戦編 >>172-178 >>181-188
恋人編 >>189-195 >>198 >>201-202
温泉旅行編 >>203-209 >>212-226
結末編 >>227-229
エピローグ >>230
《イラスト》
武田 康晃 >>28 (御笠さん・画)
モルテリア >>55 (御笠さん・画)
一色 レイ >>63 (御笠さん・画)
京極 エリナ >>90 (御笠さん・画)
天月 沙羅 >>123 (御笠さん・画)
《感想など、コメントありがとうございました!》
いろはうたさん
麗楓さん
mirura@さん
ましゅさん
御笠さん
横山けいすけさん
てるてる522さん
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MESHIさん
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織原姫奈さん
俺の作者さん
みかんさいだーくろばーさん
ホークスファンさん
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- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.185 )
- 日時: 2018/03/26 18:33
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xrNhe4A.)
121話「生を刻む時計」
「沙羅ちゃん!武田さん!大丈夫っすか!?」
エリナの指示を受け、ナギが素早くこちらへ駆け寄ってきた。上体を起こすことすら自力ではままならない状態の武田を目にし、彼は驚きを隠せない。
「ちょ、武田さんっ!?」
「……ナギ、か……」
ナギの声が聞こえたらしく、武田は応じる。しかし、生気のない弱々しい声だ。
「何があったんすか?」
「宰次から私を庇って、それで、色々……」
涙のせいで上手く話せない。するとナギは慌てたように声をかけてくる。
「あ、いいっすよ!沙羅ちゃんは無理しなくていいっす!」
「ごめんなさい……」
「いやいや。気にしなくていいっすよ。って、あっ!沙羅ちゃんも怪我してるじゃないっすか!」
ナギに言われて初めて思い出した。私も怪我人だったのだ。……いや。だが武田の方が重傷である。今は彼が優先だ。
「まだちょっと出てるっすよ!すぐに止血するから。ええと、ハンカチハンカチ」
「そうだっ。これがあります」
私は武田から借りたハンカチを出す。その光景を目にした武田は、掠れた声で「それは駄目だ」と言う。
よく考えると、確かにこれは武田の血液が付着している。しかし、私としては、そんなことはどうでもいい。
「あ、ちょうどいいっすわ」
ナギがハンカチを使って止血してくれる。案外すぐに止まったので、「これなら自分でやっておくべきだったな」と少々後悔した。だが、これで失血死は免れただろう。取り敢えず私は。
それからナギは武田の方へ目をやる。
「うーんと、これはどうすればいいんすかねー」
武田は見た感じあまりたいした怪我には見えない。銃創こそあるが、そこまで酷い出血でもない。だが、らしくなくぐったりしている。
困り顔になるナギ。
ナギはここへ至った経緯を知らない。だから何がどうなってこのような状態になっているのか、どのように対処するのが適切なのか、分からないのだと思われる。
本来なら、ちゃんと私が、一部始終を説明するべきなのだろう。しかしそんな時間はない。なんせ、まだ宰次の魔の手から逃れきったわけではないのだ。
「……ナギ。私は放っておけ……」
「ちょ、武田さん?いきなり何言い出すんすか」
「沙羅が……無事なら、それで……」
浅く速い呼吸をしながらも、武田は懸命に言葉を紡ぐ。苦しそうなのは変わらないが、ほんの少し安堵しているようにも見える。
「いやいや、駄目っしょ。そんな——」
「ナギ!」
唐突に飛んできたのはエリナの鋭い声。驚いて声がした方を見ると、エリナが宰次と紫苑に挟まれていた。
黒光りした鞭を竜巻のように縦横無尽に振り回し、宰次と紫苑が接近してこないようにしている。攻撃というよりかは、牽制に近い感じだ。
「援護!」
エリナとて普通の女性ではない。一対二になったくらいで怯みはしないし、容易くやられることなどありはしないだろう。
ただ、今彼女は、ナギを求めていた。宰次と紫苑——二人を同時に相手にするには、ナギの力が必要だと感じているのだろう。
「すぐ行くっす!」
反射的に返事をしてから、ナギは私の顔を見た。申し訳なさそうな顔になる。
「大丈夫、っすか?」
私や武田のことを案じてくれているようだ。ナギは善人なので、怪我している私たちに気を遣ってくれているのだろう。
けれど私には分かる。
彼がエリナを心配している、ということが。
「私たちはもう大丈夫です」
「やっぱこっちにいた方がいいんじゃ……」
「いえ。ナギさんはエリナさんを護って下さい」
私が武田を心配するのと同じように、ナギはエリナを心配しているに違いない。これは確信が持てる。なぜって、彼は時折、エリナを凄く気にかけていたからだ。
「そして、宰次を倒して!」
後から「倒して、という言い方はおかしかったかな」などと思う。勢いで発してしまったのだが、考えてみれば、この年で「倒して」は変だ。ヒーローを応援する子どもではないのだから。
しかしナギは、私の言葉に、握り拳の親指をグッと立てる。そして口角を上げ、「もちろん!」と元気に応じてくれた。
ナギはエリナと共に戦うのだ。形は違えど、私も武田のために戦おう。
私は横たわる武田へと視線を注ぐ。彼の虚ろな目も、ぼんやりと私を捉えていた。
やがて、彼の口が動く。
「……沙、羅」
声は掠れている。なのに、どこか穏やかな顔をしている。今にも眠ってしまいそうな顔だ。
迫るような浅く速い呼吸。徐々に青白く染まる顔面。
見ているのも辛い。私のせいで彼がこんな風になった、と思ってしまうから、なおさら辛いのだ。ただ、私はこの辛さを、口には出さないと強く決める。
弱気な言葉は不幸を呼ぶ。だから駄目だ。
「……生きて、いるんだな」
「はい。だから武田さんも頑張って下さいね。もうこれ以上痛い目には遭いませんから」
「あぁ。……もう、遭いたくは、ない……」
ゆっくりと言葉を紡ぎながら、彼は一度、静かに瞼を閉じる。一筋の涙が頬を伝っていく。
「……すまなかったな。沙羅」
「どうして武田さんが謝るんですか」
「私は、お前を……もう、悲しませたくなかった……」
涙の粒が落ちてから、彼は再び瞼を開く。虚ろな瞳は涙で滲んでいた。鋭い光を湛えていた頃の面影は、もうない。
「……だが、できなかった。本当にすまない……」
「いえ、いいんです!そんなの。私は泣き虫なので、簡単に泣いちゃいますから!私はただ、武田さんが生きていてくれれば」
無理をして明るく振る舞う。
そんな私を見て、武田は、どこか切なげに微笑んだ。
「その唯一の願いすら……私は、叶えてやれそうに、ない」
泣きながら笑う。彼はいつから、こんなに複雑な表情をするようになったのだろう。
「……ごめんな。沙羅」
細い目を閉じる。
彼の生という名の時計が止まってしまったみたいだった。
「ま、待って。そんな急に。冗談……ですよね?」
しかし返事はない。
その光景を見て、私は、「このままでは彼が死んでしまう」と思った。確証があるわけではないが、本能的に感じたのである。
「待って。待って下さい、武田さん!」
このままではいけない。どうにかしなくては。
私は、彼を引き止めることができそうな言葉を、なんとか探す。
懸命に。必死に。
——そして。
「結婚しましょう!!」
とんでもないことを言ってしまった。
私は一体何を言っているのか。自分でもわけが分からない。
無理矢理言葉を探すと、いつもこうだ。嫌になってくる。けれど今さら引き返すことはできない。
「いいですか、武田さん!結婚するんです!一時間後くらいに!だから、死んじゃ駄目ですからね!」
長時間にわたる強いストレスのせいで、私は若干おかしくなっていた。そこに、武田が死ぬかもしれないというストレスが加わり、私の頭は色々とんでもないことになってしまったようだ。
「いいですね?返事して下さいっ!」
床に横たわる武田の体を揺すってみる。だが反応がないので、私はさらに激しく揺すりつつ耳元で叫ぶ。
「返事して!武田さん!」
少しの沈黙。
もう駄目か、と諦めかけた時、武田の唇がほんの少しだけ動いた気がした。じっと見つめてみる。
「…………」
「武田さん?武田さん?」
「…………」
「聞こえてるなら返事をして下さい!」
「……沙羅」
確かに、彼の声だ。
間違いない。
「目が覚めたんですね!?武田さん!!」
武田は寝起きのように細く目を開ける。とても眩しそうだ。
「……瑞穂さんに、なぜか」
「瑞穂さん?」
「……今死ぬと、とんでもないことに、なると……笑われた……」
奇跡。
そんな言葉、信じてはいなかった。だがこの瞬間、私は生まれて初めて、その言葉の意味を知った。
こうして、二人の時計は再び動き出す。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.186 )
- 日時: 2018/03/27 11:30
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: De6Mh.A2)
122話「時間稼ぎ」
エリナの援護に入ったナギは、最初、邪魔しにかかってきた宰次の手下たちを一掃。一分もかからず気絶させた。
それから、向かってくる紫苑の相手をする。
宰次との戦いには手を出さない。それは、宰次との決着をつけるのはエリナの方がいい、と判断したからなのだろう。
確かに、宰次に因縁があるのはナギではなくエリナだ。それを考えると、ナギの判断は間違いではない。極めてまっとうなものである。
「祖母を殺したエリミナーレめ。絶対に許さない……!」
「ちょ、いやいやいや!追いかけ回してきてたのはそっちっしょ!?」
「黙れっ!」
ナギは、紫苑のナイフ攻撃を拳銃で防ぐ。そして発砲し、距離を確保。紫苑の次の攻撃に備える。
果敢に攻撃を仕掛けてくる紫苑に対し、ナギは時間稼ぎのような戦い方をしていた。彼はここで紫苑を倒すことを望んではいないのだろう。
だが紫苑はお構い無しに攻めてくる。
「よくそんなことが言えるね!ぼくらの家族を殺しておいて!」
「は?吹蓮は自爆したんっしょ!殺してなんかないっすよ!」
「嘘つきめ!」
「一方的にそれは、さすがに酷ないっすか!?」
紫苑の素早い蹴りを回避しつつナギは言う。
「これ多分、誤解っすよ。話せば分か……うわ!」
死角からの蹴りに反応が遅れ、ナギはなんとか避けたものの、バランスを崩して転倒しかけた。
誤解を解消することで、平和的に戦いを終わらせようとするナギだったが、何事もそう上手くはいかないものだ。エリミナーレのせいで祖母を失ったと思い込んでいる紫苑が、ナギの言葉に応じるはずがない。
「消えてもらおうか」
小さな体躯を活かしたジャンプから飛びかかるような攻撃を仕掛ける紫苑。
対するナギは、バランスを崩しかけながらもしっかり反応し、拳銃を紫苑へと向ける。しかし、彼女が繰り出した鋭い蹴りによって、ナギは拳銃を払い落とされる。
続くもう一撃。
ナギは両腕を交差させ、なんとか防いでいた。
「……防ぐとは」
「助かったー。武田さんから習っててセーフ」
どうやら今の防御は武田から習ったものだったらしい。素人の私からすれば単に腕で防いだだけに見えるが、もしかしたら違うのかもしれない。
ナギはすぐに床に落ちた拳銃を拾おうとした。しかし、紫苑が落ちていた拳銃を遠くへ蹴飛ばしてしまう。
これによってナギは拳銃なしでの戦闘を強いられることとなった。
「仇は絶対に討つ」
紫苑の瞳には、揺るぎない決意の色が浮かんでいた。言葉だけではないと証明するような、勇ましく真っ直ぐな目つきをしている。
彼女が仕掛けてくることを察し、ナギは防御の構えで待つ。
少しして、彼女は一切迷うことなく、ナギへ突っ込んでいった。防御の構えを取られていることなどは微塵も気にしていない。
「話し合ってはくれないんすね」
ナギは残念そうに呟いた。
そこへ再び来る紫苑の蹴り。ナギは冷静さを保ちつつ腕で受け流す。何度も、確実に。
だが、途中でほんの一瞬背後のエリナを気にしたがために、右脇腹に蹴りを入れられてしまった。
彼は地面に崩れ落ちる。
「終わらせてあげるよ」
身動きのとれないナギに止めを刺すべく、紫苑はナイフを握る。ゆっくりとナギへ近づき、その背中にナイフを突き立てようとした——瞬間。
大蛇のような黒い鞭が、凄まじい勢いで紫苑を薙ぎ払った。
一瞬にして数メートル飛ばされた紫苑は動けなくなる。
「ナギ!しっかりしなさいよ!」
エリナの見事なフォローだった。彼女は宰次とやり合いながらも、背後のナギの様子を確認していたらしい。
さすがはリーダー。
「た、助かったっす……」
「本っ当に役立たないわね、貴方は!」
「すいません!」
「こんなことなら武田にしとくべきだったわ!」
ずけずけと言うエリナ。
それに対しナギは言い返す。
「ちょっ、それは酷いっすよ!武田さんなんかより俺の方が根性あるに決まってるじゃないすか!」
「あらそう。ならその根性を見せてみなさいよ」
「分かった、見せてやるっすよ!見せりゃいいんでしょ?見せりゃ!!」
ナギは立ち上がる。
こうして本心を言い合えるのは二人ならでは。それ自体は良いことなのだろうが、さすがにこの場で言い合いが始まるとは予想外だった。
どうでもいいような内容でナギと言い争うエリナを見て、宰次は笑う。
「随分仲良しですな。ふふ」
馬鹿にしたような笑い方だ。
しかしエリナはそんなことには乱されない。「笑っていられるのも今だけよ」と小さく返し、馬鹿にしたような笑いを返す。
その様子は、何か、時間稼ぎをしようとしているようにも見えた。
「おぉ、さすがに自信家ですな。だが、そんなだからモテない」
「そうかもしれないわね。生憎私は、偽りの自分を作ってまで愛を得ようとは思わない質なの」
「ユニークですな。ただ、京極の娘が子を生さず死んでゆくなど、許されるものか……」
「京極の娘だから、と考えたことはないわね。私はエリナであって、京極の娘という名ではないわ」
よく分からない会話が続く。
エリナは何を待っているのだろう。何のためにこんなに時間を稼いでいるのか。
答えはまだ分からないままだ。
「……沙羅。これは……?」
横たわっている武田が、唐突に声を発した。
胸は微かにだが上下している。意識も、先ほどまでよりか、はっきりしているように感じられる。
この状態であれば、取り敢えず命を落としそうにはない。
「エリナさんとナギさんが戦ってくれています」
「……そうか」
はぁ、と溜め息を漏らす武田。
それと同時に、私も心の中で、安堵の溜め息をついた。いきなり「結婚しましょう」などと言ってしまったことに、武田が触れてこなかったからである。
「戦えず……悪いな。体が上手く動かん……」
当然だ。直前まで死にかかっていた人間がすぐに戦えるわけがない。こうして意識が戻っただけでも奇跡なのである。
「いえ。じっとしていて下さい。生きてさえいてくれれば、それで」
「……引き止めて、くれたこと……感謝する」
「いえ、私がしたくてしたことですから」
武田に感謝を述べられると、なぜか少し気恥ずかしくなった。
私は武田の大きな手を握り、エリナらの方へ視線を向ける。
エリナはまだ宰次と話をしていた。時間稼ぎにしても長い。だが、他の理由があるとは考え難い状況だ。
早くこの戦いが終わりますように。私はただ、そう願った。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.187 )
- 日時: 2018/03/28 07:20
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xDap4eTO)
123話「犯した罪を認める時」
「……さて。紫苑もひとまず片付いたことだし」
エリナは片手で持っていた鞭をナギに託し、腰のホルスターからゆっくりと拳銃を抜く。それから、余裕のある表情で、宰次に銃口を向ける。
宰次は拳銃を使ってくる。だから、拳銃には拳銃で、ということなのだろう。
「宰次。観念なさい」
「観念?……やれやれ。一体何のことですかな?」
「犯した罪を認める時よ」
エリナの鋭い眼差しを目にし、私は内心動揺する。自分に視線を向けられているわけでもないのに。
今の彼女の眼差しは入念に研がれた刃のようだ。ほんの僅かに向けられるだけでも突き刺さりそうな、傷を抉られそうな、そんな眼差しである。
「そもそも、僕は罪を犯してなどいないのですがな」
白々しく返す宰次に対し、エリナは顔つきを更に厳しくする。
「とぼけるんじゃないわよ!貴方は過去、関わってはならない者たちと取り引きをした。それだけでも十分な罪だわ。けれども貴方はそれだけでは終わらなかった!」
宰次は過去の自分の罪を揉み消すために瑞穂を殺害した。それは、人としてどうなのか、というような行為だ。卑怯の極みである。
人間なら誰しも間違うことはある。長い人生の中でなら、「罪」と呼ばれるようなことをしてしまうこともあるだろう。人は失敗から学ぶものである。
だが宰次は、罪を犯してしまったことを微塵も反省しなかった。それどころか、揉み消すためにさらなる罪を重ねた。それが大きな問題だ。
「貴方は、心から貴方を慕っていた者の命を奪った。それは許されることではないわ」
「僕を慕っていた者?ふふ。誰のことですかな?」
「……まだそんなことを言えるのね」
エリナの大人びた顔から、感情が消えた。夜の湖畔のように静かな顔になる。
——次の瞬間。
彼女の拳銃から弾丸が放たれた。
宰次は反応がやや遅れながらも、銃弾をなんとかかわす。「いきなりとは、酷いですな」などと呟いている。
「ナギ!」
「はいっ」
エリナはナギに渡していた鞭を、目にも留まらぬ素早さで回収する。あらかじめ練習していたかのような、スムーズな受け渡しだ。
そしてエリナは宰次に向けて鞭を振った。
黒光りした鞭は生きているかのようにしなり、ほんの数秒で宰次の腕に絡みつく。
「こ、こいつっ」
苦虫を噛み潰したような顔になる宰次。
彼は逃れるべく、腕に絡んだ鞭を振りほどこうと試みる。だが人一人の力くらいでは鞭はほどけない。それどころか、下手に動いたせいで余計に締まってしまった感じすらする。
そのうちにエリナは宰次との距離を詰めていく。
「よくも瑞穂に手を出してくれたわね!」
エリナは鞭で宰次の動きを制限しつつ、彼の頬にビンタを加えた。パシッ、と乾いた音が鳴る。さほど大きくはないが痛そうな音だった。
「い、いきなり人の顔を叩くとは」
ビンタされた宰次は、顔面を不快と怒りの色に染めている。
「野蛮な女めっ」
かなり激しく怒っている宰次は、叫びながらエリナに銃口を向ける。しかし、このタイミングを待っていたらしきナギが、宰次の手から拳銃を奪った。
これでもう宰次には抵抗する手段がない。
エリナは目にも留まらぬ早さで、宰次の腹部に膝蹴りを入れる。そして彼がむせている隙に、一気に床へ押さえつけた。
「ぐ……」
男性の宰次でも、エリナに馬乗りになられれば逃れられない。
「貴方の罪はすべて公にするわ。今までのこと、全部ね。然るべき罰を受けなさい」
「そうですな……ただ、良いのですかな?」
宰次は何やら話し出す。
「僕の罪を公にするということは、天月の罪も表に出るということ。天月が罪人となれば、娘である沙羅さんの社会的地位も危ぶまれますよ?」
この期に及んで、まだ私を利用するのか。卑怯の極みだ。
私がそう思っていると、エリナはほんの僅かに口角を上げて、はっきりと答えた。
「心配ないわ。沙羅はエリミナーレが護るもの。裁かれるのは、貴方だけよ」
微塵も動揺していないエリナの返答に、宰次は言葉を詰まらせる。捕まるという焦りでか、その額には汗の粒が浮かんでいた。
エリナは彼の両腕を背中側に回し、両手首をくくる。ナギは体を押さえるのを手伝っていた。
「……野蛮の極みですな。無理矢理拘束するなど」
「何とでも言っていなさい。負け犬の言葉に興味はないわ」
「負け犬?ふざけたことを!僕は君たちよりずっと権力者ですよ」
宰次は「負け犬」という言葉に敏感なようだ。
「負け犬は君たちのことですな!新日本警察から追い出された君たちのような人間を、負け犬と呼ぶのです!」
あまりにどうでもいい。
徐々に、宰次に対する興味が薄れてきた。
それよりも武田だ。そう思い膝元の彼を見ると、彼も私を見つめていた。視線がぴったり合って恥ずかしくなり、つい視線を逸らしてしまう。
「……生きているからな」
彼は静かに言った。
それから、少し不安そうな顔つきで尋ねてくる。
「腕の出血、ちゃんと止まって……いるのか」
「武田さんの腕ですか?」
「いや、違う。沙羅のだ」
「あ。私のですか。はい、ナギさんに止めてもらいました」
武田に借りたハンカチを血まみれにしてしまったことは、今は黙っておくとしよう。帰ってから綺麗に洗って返せばそれでいい。
「ナギか……。おかしな止め方をしていないといいが……」
「大丈夫ですよ」
「……強いな、お前は。華奢な体にもかかわらず……何度も私を助けてくれた」
華奢な体はあまり関係がない気もするが——ただ、彼を死なせずに済んだのは非常に嬉しいことだ。
もし彼があのまま逝ってしまっていたら、正常な私は消えていたことだろう。今頃、気がふれていたかもしれない。
「……帰ってきてくれて、ありがとうございます」
私が武田に対して言える言葉はこれだけだ。
「みんな!いるっ!?」
突如、勢いのある歯切れのよい声が耳に飛び込んできた。
はっきりしていて非常に聞き取りやすい声だ。雨上がりの晴れた空みたいな、一種の爽やかさを感じる声色である。
声から数秒遅れて、扉が開く。
「え、レイさんっ!?」
驚きを隠しきれず、思わず声をあげてしまった。というのも、室内に入ってきたのがレイだったからである。
彼女を見間違うはずはない。
一つに束ねられた、青く綺麗な長髪。耳元に輝く大人びた耳飾り。どこか男性らしさを感じる凛々しい顔立ち。
「あら、やっと来たわね」
エリナは驚いていない。レイが来ることをしっていたようだ。
「レイちゃん!?え、ちょ、なんで!?」
「さっきモルに、レイを呼ぶよう頼んだのよ」
「そんなぁ。俺には秘密で、っすか」
落ち込むナギを無視し、エリナはレイへ指示する。
「ありがとう、レイ。早速だけど、沙羅と武田を頼むわよ」
「はいっ!」
レイは返事してから、私たちの方へやって来る。その光景を目にした時、ようやく、「私たちは助かるんだ」と思えた。
宰次はエリナとナギによって捕らえられている。この状況でレイが来れば、エリミナーレの勝利はほぼ確定に違いない。
私は微かに、安堵の溜め息を漏らすのだった。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.188 )
- 日時: 2018/03/28 21:42
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: c1MPgv6i)
124話「お迎え」
レイは速やかに私たちのところへやって来る。
彼女は凛々しい目で私の顔をじっと見つめ、それから私の体を抱き締めた。
武田とはまた違った柔らかな感触と、女性らしくも爽やかな柑橘系の香り。レイの包み込むような抱き締め方に、私は思わず照れてしまった。同性であるにもかかわらず。
「どうしてレイさんが……ここに?」
私は顔を彼女の引き締まった胸元に埋めたまま尋ねる。
レイは先日吹蓮の自爆に巻き込まれ負傷した。まだ病院で安静にしておかなくてはならなかったはずだ。にもかかわらず彼女はここへ来た。不思議でならない。
「驚かせちゃってごめんね」
彼女はそう言いながら私の体をギュッと抱き締める。
「いえ。レイさんが来て下さって、安心しました」
私は胸に抱いた思いを素直に言葉にし、シンプルに述べた。
こんな時にまで飾り気は必要ないだろう。わざとらしく飾らずとも、私たちは分かりあえる。そう思ったからである。
私がレイとの予想せぬ再会を喜んでいると、床に横たわっている武田が唐突に言葉を発した。
「……レイか」
「あ、うん。武田大丈夫?」
「……沙羅に助けてもらった。情けないが……」
「えっ!そうなの!?」
武田の告白にレイは驚きを隠せない。
それにしても、「助けてもらった」なんて黙っておけばいいのに。言わなくても良いことを敢えて言うとは、武田は妙に正直だ。
直後、レイの凛々しい瞳が私を見据えてくる。
「沙羅ちゃん、凄い!成長したね」
彼女の瞳は透き通り、キラキラと輝いている。
「で、でも、怪我して武田さんを心配させてしまいました」
「痛みに耐えて仲間を助けるなんて凄いよ!」
レイの勢いは凄まじかった。
体のあちこちに火傷を負いながらも数日で復帰したレイの方が百倍凄いと思うのだが。
普通あの程度の火傷なら、数日で動けるようにはなるまい。さすがはエリミナーレ、といったところか。彼女もまた、人の域を超越したしぶとさを持っている。
「取り敢えず武田を運ぶね。あ、沙羅ちゃんは一人でも歩けそう?」
「はい」
「それじゃ、一足お先に引き上げようか」
レイの声には彼女らしい爽やかさが戻っていた。晴れやかな笑みも戻り、表情が生き生きしている。
恐らく、一人の時間を過ごしたことで、少しは心の整理ができたのだろう。
「エリナさんたちは放っておいて大丈夫なんですか?」
「うん。モルとあたしの役目はは、沙羅ちゃんと武田を回収することなんだ」
「なるほど。じゃあ宰次はエリナさんたちにお任せするんですね」
その時、不意に思い出した。
父親のことだ。
爆発以降、私は父親の姿を目にしていない。宰次は無事だと言っていたが、彼の言葉を信じるのはさすがに無理がある。卑怯な彼のことだ、父親に危害を加えていてもおかしくはない。
「そうだ!」
「沙羅ちゃん?どうしたの?」
武田を担ぎ上げている途中のレイが、ぱちぱちまばたきしながら首を軽く傾げる。
「父がどうなったのか、確認しないと……!」
すると彼女は、ふふっ、と笑みをこぼす。
「お父さんなら大丈夫だよ。もうちゃんと保護されてる」
「えっ。そうなんですか」
「隣の部屋に連れていかれてたみたいだよ。今はモルがちゃんと見張ってるはず」
モルテリアが見張りとは。少々心配だ。
ただ、彼女はやる時はやる。戦闘するところはあまり見たことがないが、そこらの女の子よりかは確かに強いはずだ。
きっと大丈夫だろう。
「沙羅ちゃん、帰ろう」
窓の外の光を受けて、レイの青い耳飾りが煌めく。
どんよりしていたはずの空は、いつの間にか晴れていた。重苦しい灰色の雲は一つも見当たらない。青い空に、眩しいくらいの太陽光が差し込んでいる。
まるで、戦いを終えた私たちを祝福しているみたいだと、そう思った。
「はい!帰りましょう!」
エリナとナギは宰次を連れて、新日本警察へ向かうらしい。だから、彼女らとは、ここからしばらく別行動だ。
建物を出てすぐのところには救急車が待っていた。武田を乗せると、その救急車は速やかに出発した。
一緒に乗っていっても良かったのだが、私はレイと共に帰る方を選んだ。深い理由はない。なんとなく彼女と一緒にいたかったから。それだけである。
「沙羅ちゃん。本当に良かったの?」
救急車を見送った後、レイが声をかけてくる。
「武田と一緒に行かなくて、良かったの?」
「……はい」
その頃になって、左腕の痛みが戻ってきた。ヒリヒリするというか、ズキズキするというか。上手く言い表せない痛みだ。
傷が痛むなら救急車に乗っていけば良かったかな、なんて少し思った。
「ま、そうだね。いずれにせよ病院には行かなくちゃならないもんね。沙羅ちゃん怪我してるし」
それからレイはクスッと笑う。
「あたしは絶対怒られる。安静って言われてるのに、飛び出してきたから」
「本当ですね」
「でも、呼び出されたから仕方ないよね!」
「はい。まずは言い訳を考えましょうか」
呼び出されたからだとしても、来てくれたことが嬉しい。
彼女はエリナの復讐には参加しないと言っていた。だから、呼び出されても断る可能性だって、おおいにあったのだ。
しかし彼女は来てくれた。それは純粋に嬉しいことである。
「……レイ。沙羅……」
明るく澄み渡る空の下、レイと話していると、背後からモルテリアがヌッと現れた。
あまりに気配がなかったものだから、レイも私もビクッとなってしまう。いきなり驚かせないでほしいが、それは敢えて口から出さなかった。わざとではないと分かっているからだ。
「モル!どうしたの?」
「……沙羅の、お父さん」
視線をモルテリアの向こう側へ向ける。そこには、私の父親の姿があった。見た感じ怪我や体調不良はなさそうで、私はほっとする。
「ええっ。沙羅ちゃんのお父さんなの?」
驚き尋ねてくるレイ。
私は控えめに「はい」と答える。彼女に父親を紹介するというのは、なんだか少し恥ずかしさがある。
するとレイは私の父親に会釈し、「一色です」と名乗りつつ微笑む。父親の方も、頭を下げ、「沙羅がいつもお世話になっています」などと言っていた。
「あの、一色さん」
「何ですか?」
「武田くん……でしたっけ。あの男性にもお礼を伝えていただけると嬉しいです。もちろん、後ほど僕も伺って、直接伝えさせていただくつもりですが」
「はい。武田に伝えておきます」
「娘を護って下さり、ありがとうございました」
まるで私が護衛対象だったかのような言い方だ。私もエリミナーレの一員なのだが——いや、偉そうなことは言えない。実際、私は護られてばかりいた。父親の言い方は正しいのかもしれない。
「天月さん……もう行く?」
「そうだね、行くよ。一言言わせてくれてありがとう、モルちゃん」
「……大丈夫」
父親はモルテリアといつの間にやら親しくなっているようだ。普通に会話している。
それからモルテリアは、レイに向かって述べる。
「……また後で」
「え。一緒に帰らないの?」
「……うん。天月さん警察……行くって……」
「そうだね。関係者だもんね」
「……多分」
会話を終えると、モルテリアと私の父親は去っていた。
本当にレイと二人きりだ。
彼女は私に眩しいくらいの笑みを向けてくれる。太陽のような、明るくて晴れやかな笑み。
「お疲れ様!」
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.189 )
- 日時: 2018/03/29 00:14
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: lh1rIb.b)
125話「あれは本気か?」
私はレイと共に病院へ帰ることとなった。
レイは病院のエントランス付近にあるタクシー乗り場からタクシーに乗ってここまで来たらしい。だが、帰りはタクシーを呼ぶ時間もなく、結局電車帰りとなった。
最寄りの駅は芦途駅。ここからは徒歩十数分の距離だ。
「ここって、芦徒市だったんですね。知らなかったです」
「電車で来たことはないもんね」
「はい。それにしても……おかしな感じです」
ナギに止血してもらった左腕は、こうして歩いている間も、脈打つように痛む。しかし、涙が出るほどの痛みではない。だから平気だ。
爆発に巻き込まれ、電撃を浴びせられ、しまいには拳銃で撃たれ——やられ続けた武田を思えば、こんな怪我、たいしたものではない。
「本当にこれで終わったんですかね」
曇りのない空を見上げると、なんだか奇妙な気持ちになる。
エリナが宰次への復讐を夢見て生きた約十年。
武田が人を愛さぬと決めて生きた約十年。
その長い時間が、こんなほんの数時間で終わりを告げるなんて、不思議としか思えない。
……いや。もちろん、これですべてが解決したわけではない。宰次の罪を明らかにしたり、紫苑らをどう裁くのか決めたり、やるべきことはまだまだ山積み。
ただ、一段落したことは確かである。
「……沙羅ちゃん?」
「宰次が捕まったとして、これからどうなるのか……私も父も、エリミナーレも」
任務が終わればみんな揃って、仲良く帰ることができるのだと、そう思っていた。だけど現実は違って。結局、私たちはまた別行動だ。
いまいち気分の晴れない私に、レイは言ってくれる。
「大丈夫だよ、沙羅ちゃん。きっと大丈夫」
レイの励ましの言葉に、私は胸を握られたような感じがした。嬉しくて、温かくて、ほんの少し申し訳なくて。
「未来は見えない。けど、きっと上手くいくと思うよ」
「レイさんは、またエリミナーレに?」
「要安静が済んだらね。あたしは自分を誇れるあたしでありたい。だから、また人のために働くよ」
そう語る彼女の表情に曇りはない。その瞳は、この先歩んでゆく未来を、真っ直ぐに見据えている。
「妹さんに恥じないように生きたいって仰ってましたもんね」
「そうそう」
こんな風に真っ直ぐな表情をできればいいな、と私は思った。私もいつか、曇りのない瞳で未来を見据えられるような人になりたい。
「これからもよろしくね。沙羅ちゃん」
「なんだか最終回みたいな感じですね」
「え?最終回って?」
キョトンとした顔をするレイ。
おかしなことを言ってしまっただろうか、と心配になる。優しい彼女のことだから悪くは言わないだろうが、些細なことも気になってしまうのが私の性なのだ。
「大きなことが終わって、帰り道に『これからもよろしくね』ですよ。物語の終わりみたいだなって」
するとレイは楽しそうにクスクス笑った。
「沙羅ちゃんったら、変なの。明日も明後日も、変わらず続いていくのに」
「ですよね。確かに変です」
「思うんだけど、沙羅ちゃんってたまにユニークだよね」
ユニークな自覚はないが、レイが言うならそうなのかもしれない。彼女は嘘はつかない。だから、恐らく私は、本当に、ユニークな人間なのだろう。
自分のことは自分が一番分かっていない、という説も、あながち間違いではないようだ。
——夜。
私は一人、病室前の廊下に設置された椅子に座っていた。
蛍光灯のぼんやりとした光が、寂しい気持ちを掻き立ててくる。私は、包帯が巻かれた自分の左腕を眺め、退屈をまぎらわす。
エリナかナギが来るという話だったので待っているのだが、一向に現れそうにない。
レイは医師や李湖に叱られ、元々いた病室へと入れられた。武田は治療やら何やらで、面会できる状態ではない。だから、レイにも武田にも、会いたくても会えないのだ。
「……疲れた」
私は一人、溜め息を漏らす。
夜の病院は静かだ。薄暗い静寂の中でぼんやりしていると、まるで世界から音が消えてしまったかのように感じる。
時計がないので、携帯電話でさりげなく時間を確認する。午後八時は過ぎていた。
その時、廊下の向こうから、パタパタという小さな足音が聞こえてくる。
私は特に意味もなくそちらを向く。清潔そうな服に身を包んだ三十代くらいの女性看護師が、小走りでこちらへ向かってきていた。
まさか私ではないだろう、と視線を逸らす。
しかし彼女は声をかけてきた。
「天月さん!良かった、まだいらっしゃって」
「え。私に用事ですか?」
「はい。一緒に来ていただいても構いませんか?」
また誘拐されたりして。
そんなことを心の中で呟き、一人密かに笑う。
「構いませんけど……何の用ですか」
「先ほどお目覚めになった武田さんが、天月さんに会いたい、と」
「そうでしたか。分かりました」
武田の意識が復活したなら良かった。そして、彼が私に会いたいと言ってくれて、凄く嬉しい。
私は明るい気持ちになりながら、女性看護師に案内されて、武田のもとへ向かった。
入り口付近に『武田康晃』と書かれた小さなネームプレートがかかっている病室へ入る。
ベッドと椅子、そして小さなテーブル。ほとんどそのくらいしかない、殺風景でこじんまりした病室だった。一人用の個室だから、あまり広くないのだろう。
私は女性看護師に礼を述べ、ベッドへ駆け寄る。
「武田さん……!」
らしくなく、武田はベッドに横たわっていた。
まだ点滴中だが、意識ははっきりしているように見える。彼の瞳はしっかりと私を捉えている。
「沙羅。来てくれたんだな」
「はい、大丈夫でしたか?」
「問題ない。お前のおかげで堪えられた」
そう話す武田の表情は柔らかなものだ。
頬の傷にはガーゼが貼られていた。ゆるりとした白い上衣の隙間からは、包帯が巻かれた体が僅かに見える。
「ところで、沙羅」
唐突に武田が話題を変える。
一体何だろう、と思っていると、彼は言いにくそうな顔で言う。
「その……あれは本気か?」
話についていけず黙っていると、彼はゆっくりと続ける。
「私は構わないが、本当のところ、お前はどうなんだ」
「え。あの、何のお話でしたっけ?」
武田と話したことを忘れるはずはないのだが……今は本当に思い出せない。お互いの意思を確認しあうような話をした記憶はない。
私が首を傾げていると、彼はいつもと変わらない淡々とした口調で言う。
「私が死にかけていた時、言ってくれただろう。結婚しましょう、と」
それを聞いて私は、この場から走り去りたいほど恥ずかしくなった。
確かにあの時、私はそう言った。だが、あの時の私はどうかしていたのだ。だから勢いに任せてそんな恥ずかしいことを言えたのである。
どう考えても、正気の沙汰ではない。
「あれは冗談だったのか?」
まさか聞こえていたとは。
そのことに大きな衝撃を受け、私は暫し何も言えなかった。
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