コメディ・ライト小説(新)

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新日本警察エリミナーレ 【完結!】
日時: 2018/04/28 18:16
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hjs3.iQ/)

初めましての方は初めまして。おはこんにちばんは。四季と申します。
まったりと執筆して参りたいと思います。気長にお付き合いいただければ光栄です。

《あらすじ》
日本のようで日本でない世界・新日本。
そこには、裏社会の悪を裁く組織が存在したーーその名は『新日本警察エリミナーレ』。
……とかっこよく言ってみるものの、案外のんびり活動している、そんな組織のお話です。

シリアス展開も多少あると思います。

《目次》

プロローグ >>01-02

歓迎会編 >>05 >>08 >>13-18 >>23
三条編 >>24-25 >>30-31 >>34-35 >>38
交通安全教室編 >>39-40 >>43
茜&紫苑編 >>44-46 >>49-54 >>59-62 >>65 >>68-70
すき焼き編 >>72 >>76-78
襲撃編 >>79-84
お出掛け編 >>85-89 >>92-95 >>98 >>101-105 >>108-109
李湖&吹蓮編 >>112-115 >>120-121 >>126 >>129-140
畠山宰次編 >>141-146 >>151-158
約束までの日々編 >>159-171
最終決戦編 >>172-178 >>181-188
恋人編 >>189-195 >>198 >>201-202
温泉旅行編 >>203-209 >>212-226
結末編 >>227-229

エピローグ >>230

《イラスト》

武田 康晃 >>28 (御笠さん・画)
モルテリア >>55 (御笠さん・画)
一色 レイ >>63 (御笠さん・画)
京極 エリナ >>90 (御笠さん・画)
天月 沙羅 >>123 (御笠さん・画)

《感想など、コメントありがとうございました!》
いろはうたさん
麗楓さん
mirura@さん
ましゅさん
御笠さん
横山けいすけさん
てるてる522さん
mさん
MESHIさん
雪原みっきぃさん
織原姫奈さん
俺の作者さん
みかんさいだーくろばーさん
ホークスファンさん
IDさん

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.150 )
日時: 2018/02/18 05:05
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 4mXaqJWJ)

みかんさいだーくろばーさん
初めまして。コメントありがとうございます。
読んでいただき感謝です!
まだまだ未熟な点もありますが、少しでも気に入っていただけたのなら嬉しく思います。
これからも頑張ります。ありがとうございました!

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.151 )
日時: 2018/02/18 05:07
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 4mXaqJWJ)

89話「消えない不安」

 私が案内されたのは、二階の一室だった。事務所のリビングと同じくらいの広さはある、広々とした部屋だ。
 直径一メートル程度のテーブルが一つ、背もたれのついた小さめの椅子が三つ。ちょこんと置いてある。そして、壁にはモニターが十個ほど設置されている。やや大きめのものが一つ、他はすべて小さめだ。
「おや、もう着いたのかい?意外と早かったねぇ」
 そこにいたのは——吹蓮だった。
 宰次はさらりと「道が空いてましてな」と返す。彼の顔には驚きなど微塵もなく、それどころか微笑みが浮かんでいる。警戒している様子はない。ということは、彼は吹蓮と知り合いなのだろう。
 鞄は没収され、携帯電話は手元にない。仮にエリミナーレが助けに来てくれるとしても、まだずっと先だろう。
 これから私はどうなるのだろう。そう考えていると、急激に不安が込み上げてくる。不安と戦い続けるのは嫌なので、私は考えることを止めた。
「沙羅さん、こちらへどうぞ」
 宰次の口調は優しく丁寧だ。しかし、行動は真逆である。私がもたついていると、彼は私の体を無理矢理引っ張り、力ずくで椅子に座らせる。かなり乱暴だった。
「しばらく大人しくしておいてもらえますかな?すぐに美味しい物を持ってきますから」
 美味しい物、なんて呑気に言っている場合ではない。聞きたいことが山のようにある。だが宰次は、私が問いを述べる前に、そそくさと出ていってしまった。
 吹蓮と二人きりになる。
「……どうしてここに吹蓮さんが」
 私は椅子に座ったまま、勇気を出して吹蓮に目をやる。視線が合った。これ以上はないほど、ばっちりと。目が合い、彼女はほんの一瞬口元に笑みを浮かべたが、すぐに真顔に戻る。
「畠山宰次に呼び出されてねぇ」
 しわがれた低い声だった。
「吹蓮さんにエリミナーレ殲滅を依頼した人。それは宰次さんなんですか?」
「……そうだねぇ。その通り、だよ」
「今日は答えてくれるんですね。昨日は言わなかったのに」
 吹蓮がいつ何を仕掛けてくるかは予想できない。まだ知られていない術を使ってくる可能性もある。だから私は、こうして言葉を交わす間も、常に警戒を怠らないように心がけていた。私は素人だ、警戒していても無意味かもしれない。だが、油断しているよりはましなはずである。
「天月さんだけには言ってもいいらしくてねぇ」
「どうして私だけ……」
「なんでも、父親にお世話になっているかららしいよ。あたしゃよく知らんがね」
 私だって知らない。
 新日本銀行に勤めている平凡な社会人である父が、宰次と一体どのような関係だというのか。考えれば考えるほど分からなくなり、頭が混乱する。
 ……ひとまず、考えるのは止めよう。

 そうこうしているうちに、宰次が部屋に戻ってきた。その手には、ドーナツのイラストが描かれた箱。中年男性である彼には似合わない、非常にポップな色合いの箱である。
「ドーナツです。沙羅さんはどれがお好きですかな?色々ありますよ。ふふ」
 彼は箱をテーブルに置き、速やかに開けた。
 箱の中には色とりどりのドーナツ。茶に黒、黄や緑や水色——まるでお花畑のようである。とにかく色鮮やかで美味しそうだ。
 お腹が空いてきているからか、食らいつきたい衝動が込み上げる。目の前にある甘いふかふかを食べれば、捕らわれているストレスもいくらか軽減されることだろう。
「沙羅さん、どれでもお好きな物をどうぞ」
 宰次は微笑みつつドーナツを勧めてきた。
 私は恐る恐る箱に手を伸ばし、黄色いドーナツを掴む。手に取ると、ますます美味しそうに見える。かぶり付きたくて仕方ない。けれど私は我慢して、先に尋ねる。
「もしかして、毒入りとかですか?」
 すると宰次は、まさか、というように呆れ笑いした。首を左右に動かしている。
 嘘かもしれない。本当は毒入りという可能性も十分にある。
 けれども——そうだったらそうだったで、その時は諦めることにした。空腹時にドーナツを目にしながら食べずに我慢するなど、どう考えても不可能だ。甘いものやドーナツが極めて好きなわけではない。だが、今は無性に食べたい気分だ。食べてしまおう。
 私は思いきってドーナツを口にした。舌に蜜の味が触れる。それから一気に口腔内が甘く染まった。脳が疲れているせいか、普段よりも甘さを強く感じる。美味しい。こんな風に語彙が乏しくなるほど良い味だ。
「お味はいかがですかな?」
「美味しいです」
 純粋に美味しいと思った。これはもう、それ以外答えようがない。
「ふふ。お気に召したのなら何よりですな」
 もしこれに毒が入っていて、これを食べたことによって死ぬなら、それで構わない。今はそんな風に思える。もちろん死にたくはないが。
「けばけばしい色だが、本当に美味しいならあたしも食べてみたいねぇ」
 吹蓮もドーナツに興味を持っているようだ。おかしな術を使う人間離れした彼女だが、やはり心は人間だということか。
「では沙羅さん」
 ドーナツを頬張り癒やされていると、宰次が口を開いた。
「美味しいドーナツを楽しみつつ、仲間が殺られるところをご鑑賞なさって下さいな」
 静かでありながら鋭い彼の言葉によって、一気に現実へ引き戻された。甘い幸福に浸っている場合ではない、と思い出す。
「やっぱり、殺るつもりなんですか?」
「ふふ。それはもちろん」
 彼の目は本気だった。
 私はもうしばらく生きていられることだろう。しかし、敢えて生かされているのかもしれない。存在価値がなくなった瞬間始末されるということも大いに考えられる。
 そんなことだから、不安はやはり消えない。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.152 )
日時: 2018/02/19 16:18
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zT2VMAiJ)

90話「あり得ぬ幻」

 この部屋に来てからどのくらいの時間が経っただろうか。
 近くには敵がいる。それに対して、味方は一人もいない。そのような厳しい状況に置かれているせいか、一分一秒がいつになく長く感じられる。一寸先は闇、ではないが、数秒後に何が起こっているか分からない。ほんの数秒後、私が無事かどうかもはっきりしない。そんな状況下では、どうしても時の流れを遅く感じてしまうものである。
 室内に時計はない。私は腕時計をしていないので、時間を確認することは不可能だ。日頃はちっとも気にならないのだが、視界の範囲内に時を計るものがないというのは、どうも落ち着かない。心が波立ってしまう。
 私は黄色いドーナツをじっくり味わいつつ完食した。口の中はまだ甘い。舌や頬がとろけそうなくらいに。
 ——そして、ちょうど私が最後の一口を飲み込んだ時。
 唐突に男性が現れた。車で縄を扱っていた男性とは、似ているが違う人である。
「宰次さん!エリミナーレの武田が一人で現れました!」
 まさか武田が一人で来るとは。
 予想外のことに戸惑いつつも、私は徐々に元気を出す。助かるかもしれない、という希望が見えてきた。小さくとも淡くとも、希望は希望。
 どうやら、諦めるにはまだ早そうだ。
「一人?」
「はい。彼一人です」
「単身で突っ込んでくるとは……ふふ、面白いですな」
 宰次の口角が片側だけ持ち上がる。
「まずは、彼らを使って、例の部屋まで誘導して。まずは一人目、そこで僕が叩き潰してやりますな」
「分かりました。例の部屋へ誘導します」
 男性は軽く礼をして、速やかに部屋を出ていく。宰次は吹蓮に「見張りは頼みますな」とだけ言い、男性に続いて部屋から去った。
 またしても吹蓮と二人きりになってしまう。何も仕掛けてきていない時でも、吹蓮のただならぬオーラには圧倒される。肺を圧迫されるような、得体の知れない感覚に襲われるのである。
 その瞬間、壁に張り付いたモニターがすべてついた。防犯カメラのような映像が映しだされる。
「ここからが見物だねぇ」
 愉快そうな声で述べる吹蓮。
「見物?どういう意味ですか」
「いやいや、それはお楽しみ。今言ってしまったら楽しみが減ってしまうからねぇ……」
 希望と共に込み上げる不安。それは、私が傷つけられるよりも、ずっと怖いこと。
 けれど、こんなくらいでくよくよしているわけにはいかない。
 戦闘能力は皆無で、体も頑丈でないし、特別な才能もほとんどない。けれど、せめて心だけは強くあろうと思う。弱くても情けなくても、それでもエリミナーレの一員なのだから。

 それから数分。
 一番大きなモニターから、対峙する武田と宰次の映像が流れてくる。
『武田くん。一人で来るとは、さすがに驚きましたな。そこまで無鉄砲な男とは思っていなかったもので』
『何とでも言え。私は沙羅を取り返しに来ただけだ』
 武田が宰次に対し敬語でないことに気づき、少し驚いた。敵と認定したということだろうか。
『よく一人でここまでたどり着けたものですな。瑞穂の弟子というだけのことはある』
『今は関係のないことだ』
『瑞穂の話は嫌ですかな?ふふ。では止めておくこととしましょう』
 飄々とした態度で話す宰次と、真剣な低い声を放つ武田。二人の様子は対照的だ。
 次は武田の方から切り出す。
『約束通り来ただろう。すぐに沙羅を返せ』
 命令口調の、強い言い方だ。
 声色こそ静かだが、彼の奥底に燃えるものがあることに、私はすぐに気がついた。
『残念ながら、それは不可能ですな』
 宰次はキッパリと返す。
 物腰は柔らかいのにたまにはっきりと物を言うところが、宰次の不思議さを高めている。もっとも、このはっきりした方が宰次の本性なのだろうが。
『渡す気はない、ということか。ならば力ずくで取り返すまでだ』
『いや。それは違いますな』
 返ってきた発言に、眉をひそめ怪訝な顔をする武田。
『沙羅さんはね、もうこの世におられないのですよ』
 私は思わず「ええっ」と漏らしてしまった。
 いきなりなんという恐ろしいことを言い出すのか。私は間違いなく生きているのに。勝手に亡くなったことにしないでほしい。
『……嘘を言うな』
 武田は静かな表情を保ちながら述べる。宰次の発言は嘘——それには武田も気づいているようだ。
『嘘偽りはありません。なんなら証拠を見せて差し上げますが?』
『本当に証拠があるなら見せてみるといい』
『見せなくては納得してもらえぬようですな。……では仕方ない』
 宰次が指をパチンと鳴らす。すると、二人の屈強そうな男性が現れた。その手には風呂敷に包まれた何か。中身は一体何なのだろう。
 私の物で彼らが持っているのは、鞄くらいしかない。鞄では私が死んだ証拠にはならないはずだ。
『武田くん。これを見れば、さすがに、沙羅さんの死を受け入れるしかないですな。ふふ』
 愉快そうに笑う宰次。
 それにしても、生きていないことにされるのは複雑な心境だ。直接害が及ぶわけではないのだが、どうも嬉しくはない。
 屈強そうな男性は、ゆっくりと風呂敷を広げる。その中には——何も入っていなかった。拍子抜けだ、まさか空だなんて。
 しかし武田は、目を見開き、愕然としていた。
『っ!馬鹿な!』
 顔は強張り、声は震えている。かなり動揺しているのが容易く分かる状態だ。
 彼は一体何を見たというのか。
「何もないのに……」
 モニターを凝視しながら半ば無意識に呟いていた。状況がまったく理解できないのである。
 すると、それを聞いていた吹蓮が、口を動かす。
「天月さんの首が見えるようになっているんだよ。あたしの術でねぇ」
 く、首!?
 人を何だと思っているのだろう……。
「どうしてそんなことを……」
「畠山宰次に頼まれたからだよ」
「頼まれたからって、そんな残酷なこと!酷いです!」
 すると吹蓮は、こちらをギロリと睨み、「世の中そういうものだよ」と言ってきた。あまりに冷ややかな声だったので、背筋が凍りつく。小心者の私は何も言い返せない。
 モニターに視線を戻す。
 愕然として固まっている武田と、そんな彼の顔をニヤニヤしながら覗き込む宰次が、しっかりと映っている。図書館の書庫での時と同じように、宰次は武田へ接近していた。
『信じてくれましたかな?武田くん。これは間違いなく、沙羅さんでしょう?』
『……いや、あり得ない。こんなことはあり得ない!』
 嫌らしい笑みを浮かべつつ接近している宰次を、武田は強く突き飛ばす。そして、重心を下げる。
『こんな残酷な嘘をつくとは……許せん!』
 武田は鋭く叫んだ。
 今までに見たことがないくらい、激しく荒々しい声だ。
『ふふ、強がりは要りませんな。本当は分かっているのでしょう?』
 突き飛ばされたにもかかわらず、宰次はニヤニヤ笑っている。挑発するような笑みである。
『沙羅さんはもういないということを。……ふふ』

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.153 )
日時: 2018/02/21 05:28
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: OSKsdtHY)

91話「激突は嵐のように」

 モニター越しに見える武田は、いつになく恐ろしい表情をしていた。目の前にいる者を——いや、この世そのものを、憎しみ恨むような、そんな表情だ。
 それに加え、全身からは、目にするだけでゾッとするような雰囲気が溢れ出ている。
『やる気は満々のようですな。まぁその方がいい。やる気になってもらえる方が、気兼ねなく倒せま——』
 言い終わるより早く、ドンッ、と低音が鳴った。
 素早く宰次に接近した武田が蹴りを放ったのだ。もちろん宰次は反応し、腕で器用に防いでいる。半ば受け流すような防ぎ方なのでダメージはないだろう。しかし、その顔から余裕の笑みは消えていた。
『防いだか』
 ぽそりと呟き、一旦距離をとる武田。
 声の調子こそ静かだが、その表情はまだ恐ろしいものをまとっている。本当に宰次を殺すつもりなのではないか。そんな風に思ってしまうような凄まじい迫力は、画面越しでも存分に伝わってくる。
 武田が人間離れした顔つきをしているのを見ると、不安になるとともに少し辛い。なぜか胸が締めつけられるような感覚に襲われる。彼が人間らしからぬ表情をしているからかもしれない。
 ぎこちなくも暖かな、日溜まりのような微笑み。あれを二度と見られないのではないかと思うと、切なさが込み上げてくる。
『このくらい防げますよ、当然ですな。ただ、僕は野蛮な戦いがあまり好きでないのでね』
 先ほど風呂敷を持ってきた屈強そうな男性二人に、武田と戦うよう命じる宰次。屈強そうな男性は宰次の命に従い、その体を武田の方へと向ける。
 開戦前夜のような静けさ。
 まるでその場にいるかのように、生々しく感じられる。
「……武田さん」
 私は思わず、小さく漏らしていた。
 込み上げる不安のせいだろうか、何か声を発していないと落ち着かない。自然に声が出ていたのは、恐らくそのせいだと思われる。無意識に心を落ち着かせようとしていたのだろう。
「どうか傷つかないで……」
 祈るように呟く。
 端から見れば私はおかしな人かもしれない。痛々しい、と馬鹿にされ笑われてもおかしくないことをしている。その自覚はある。だが、今は他人の目など気にならない。武田の無事の方が重要だから。
 武田は強い。いつだって彼は強かった。一度戦いに踏み込めば決して逃げることはなかったし、怪我をしても一日も経てばけろりとしていた。ちょっとやそっとでは死にそうにない。
 ——だが、そんな彼だからこそ心配なのだ。力尽きるまで戦い続けそうだから。
「いよいよ始まったねぇ」
 吹蓮の愉快そうな声が耳に入り、私は正気に戻った。不安について考えるあまり現実から意識が離れてしまっていたようだ。
「天月さんは幸せだねぇ。大切な人の最期の戦いを、こんな贅沢に眺められるんだからねぇ」
「最期なんて言わないで下さい!そんな不吉なこと!」
 なぜだろう。今は吹蓮への恐怖を感じない。それもあってか、日頃より強い調子で言葉を放つことができた。
 言い終わってから「やってしまった」と少しばかり焦る。だが、吹蓮は怒っていなかった。むしろ、どこか楽しそうな顔つきをしている。「今の彼が勝てるとは思えないがねぇ……」などと言いながら。
 私はすぐにモニターへ視線を戻す。そこには、武田が二人の男性と戦う様子が、鮮明に映っていた。
 男性たちは拳銃を持っていたらしく、その銃口を武田に向けている。しかしそんなものに恐れを抱く武田ではない。
 武田は片方の男性に接近する。いきなり近づかれたことに動揺する男性。その隙を武田は見逃さない。男性の手首をガッと掴み、発砲する暇も与えず放り投げた。そして、その体が地面に落ちる瞬間に蹴り飛ばす。武田の蹴りは相変わらず鋭かった。
 まずは一人。さらりと仕留めた武田は、もう片方の男性へ視線を向けつつ、自分への合図のように呟く。
『次』
 刃のような視線を向けられた男性は、屈強そうな容姿に似合わず青い顔をしていた。身長はそれなりに高く、体つきもしっかりしていて、顔面は勇ましい。そんな厳つい男性だけに、青ざめているのがよく目立つ。
 しかし、彼が青くなるのも分からないことはない。仲間が目の前で軽く倒されたのだから。
『くっ、来るなっ!』
 青い顔をした男性は、化け物を見るような目で武田を見ながら、何度も発砲する。だがまったく命中しない。弾丸は的外れなところに飛んでいくばかりだ。
 冷静さを失った人間など、もはや武田の敵ではない。
 武田は男性の手首を捻り、慣れた手つきで拳銃をもぎ取る。そして、背負い投げのように男性を投げた。柔道なんかで時折見かけるような綺麗な決まり方ではない。しかし、それゆえに痛そうでもあった。
 突如投げられた男性は、次の攻撃を恐れてか、よろけながらも急いで立ち上がる。
 直後、そんな男性の腹に武田のお得意である回し蹴りがきまる。見た感じ屈強そうだが、実際に屈強ではないらしく、男性は激しく咳き込む。その顔面に、武田の蹴りがさらに入った。
 顔面に強い衝撃を受け、男性は失神する。
「やった!」
 モニターで様子を見ていた私は、思わず小さくガッツポーズをした。吹蓮が近くにいることをうっかり忘れていたから、こんなことができたのだろう。だが……少し恥ずかしい。
『やりますな、武田くん。ふふ』
『沙羅は返してもらう』
『返すのは無理ですな。残念ながら、沙羅さんはもう存在しませんので』
 ニヤニヤしながら武田に歩み寄っていく宰次は非常に不気味だ。
 そもそも宰次はミステリアスすぎる。笑っていたかと思えば突然真顔になったり、離れていたかと思えば近づいてきたり。思考パターンがまったく理解できない。
『それにしても、今日は迫力が違いますな。大切な人を失ったから……ですかな?』
『失ってなどいない!』
 下から顔を覗き込まれた武田は、一歩後ろへ下がり、鋭く叫んだ。
『それはあくまで希望、でしょう?いい加減現実を認め』
『あり得ない!沙羅がいなくなるわけがないだろう!』
 武田は宰次がすべて言い終わるのを待たない。
『怖いから、と真実から目を逸らすのはよくありませんな。ふふ。証拠も見せたでしょう』
『あんなもの、たちの悪い冗談に決まっている!』
 武田は、なにもかもを振り払うように叫び、宰次の襟を掴む。先ほどまでの冷静さはない。珍しくかなり感情的になっている。
 対する宰次は、不思議なくらい落ち着いた顔。
『あんなもの、嘘だ!』
『そうかもしれませんな。ただ、いずれにせよ……』
 一旦そこで言葉を切り、口角をニヤリと上げる宰次。
『取り乱すのはいけませんな』
 ——刹那。
 パァン、という乾いた破裂音が空気を揺らす。
『……っ』
 武田は掴んでいた宰次を離し、よろけるように数歩下がった。膝を半分くらい曲げ、左足の付け根辺りを手で押さえている。
『撃った……のか』
 顔をしかめ唇を微かに震わせながらも、声を発する武田。
『その通り。利口ですな』
 宰次の手にはいつの間にか拳銃が持たれていた。
 まったく気づかなかった……。
『利口な武田くんの方が好みなのでね。目を覚ましてくれて良かった』
 痛みに耐えているのだろう。武田は中腰のまま、歯を食い縛りじっとしている。声こそ出さないものの、顔は苦痛に歪み、息は荒れていた。
 そんな武田の眉間に銃口を突きつける宰次。
『では、そのまま利口にしていてもらえますかな?……ご安心を。苦しませずに終わらせてあげますからな。ふふ』

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.154 )
日時: 2018/02/22 04:25
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: sjVsaouH)

92話「よく分からないけど、分かったよ」

「武田さんっ……」
 私は彼の名を呼んだ。届くわけがないのに。無意味であることは分かっているのに——。

 眉間に銃口を突きつけられた武田は、慌てることなくゆっくりと顔を上げる。そして、切り刻むような鋭い眼差しを宰次へと向けた。
『そんなもので脅せると思うか』
『まさか。武田くんを止められるとは思っていませんよ。ただ、隙を作ることくらいはできるやもしれませんな』
 言い終わるや否や、彼は空いている方の手で武田の右手首を掴む。素人の目には捉えられないような速度だった。武田でも対応できない速度とは、なかなかである。
 宰次はそのまま、掴んだ手首をねじ曲げた。本来曲がらぬ方向へと、ぐいぐい捻る。
『何を……』
『足の次は手。それが相場でしょう?ふふ』
 ふふ、という笑い方が余裕ありげで嫌らしい。
『最後くらい素直であっていただきたいものですな』
『断る』
『では仕方ありませんな』
 宰次は手を手首から腕へと移す。そして、肘をあらぬ方向に曲げた。軋むような痛々しい音が小さく聞こえる。あまり聞きたくない音だ。
 武田は肩から腕を動かし、振り解こうと試みる。だが、宰次の握力は案外強いらしく、びくともしない。
 直前と変わったことといえば、宰次の顔に不愉快の色が混じったことくらいだろうか。
『無駄な抵抗をする愚か者は、好きではありませんよ』
 面白くなさそうに言いながら、武田の背に膝を突き立てる宰次。
『……っ』
 武田は目を細め、掠れた息のような声を漏らす。彼にしてはきつそうだ。
 宰次は、身長はさほど高くなく、力もたいして強くなさそうだ。だからこそ、少しの力でダメージを与えられる膝を選んだのだろう。
 エリナの膝蹴りほどの威力はないだろうが、それでも不安は拭えない。心配だ。
「いいねぇ。面白いねぇ。ここからどうなることやら」
 武田の身を案じる私のすぐ横で、吹蓮が愉快そうに笑い出す。人が不安と戦っている時に……!と、少々腹が立った。けれども、その苛立ちを吹蓮に直接ぶつけるほどの勇気はない。
「私はいつまでここにいなくてはならないのですか?」
 苛立ちは飲み込み、気持ちを切り替えて吹蓮に尋ねてみる。彼女なら宰次から何か聞いているに違いない。
「そんなこと、あたしに聞いて信用できるのかい」
「分かりません。でも、貴女の言い方によっては信じられるかも……」
「おかしな娘だねぇ、天月さんは」
 言いながら吹蓮はこちらに手をかざした。
 事務所のリビングでの光景が鮮明に蘇る。まずい、と思う——が時既に遅し。衝撃波のようなものに体が突き飛ばされる。
 今まで体感したことのないような速度で体が吹き飛ばされていく。そして、扉近くの壁に激突した。
「……あ」
 それ以上声を発することはできなかった。
 背中全体に走る激しい痛み。それのせいで何も考えられない。考えようとしても、痛みにすべてを掻き消されてしまう。
 床に座り込んだまま身を縮め、ただひたすら痛みに耐える。今の私にできるのはそれしかない。
「天月さんはすぐに油断するから可愛いねぇ」
 吹蓮がこちらへ迫ってくる。
 逃げないと。そう思うが動けない。駄目だ、このままでは何をされるか。だが、私の力では吹蓮には敵わない。
 混乱して涙が込み上げてきた。
 そのうちに吹蓮に首を掴まれる。彼女はもう片方の手を、私の頬へあてがう。
「よくもうちの娘たちを傷つけてくれたね。仕返しにアンタの顔も傷物に……」

 諦めかけた——刹那。

 扉が勢いよくバァンと開いた。視界の端に人影が入る。
「「沙羅ちゃん!」」
 私の名を呼ぶ声は、よく聞いたことのある声だった。いつも近くで聞いていた声。
 そう、レイとナギの声だ。
 部屋へ入ってきた二人の姿を目にし、吹蓮のしわだらけの顔が驚きに満ちていく。彼女はゴミをポイ捨てするかのように、私を地面に落とした。
「沙羅ちゃん!大丈夫!?」
 青い髪を揺らしながらレイが速やかにこちらへ来る。私を見つめる彼女の瞳は、不安げに揺れていた。
「れ、レイさん……」
「怪我は!?」
「あ、ありません……」
 凄まじい勢いに少々圧倒されながらも、必要最低限の言葉を返す。
 その間、ナギは拳銃の銃口を、吹蓮へ向けていた。引き金に指をかけている。いつでも撃てるという状態になっているようだ。
「良かった。本当に良かった。無事でいてくれてありがとう」
「あ、いえ……」
 捕まったのは私だ。私はまたみんなに迷惑をかけてしまった。それなのにレイは「ありがとう」なんて言う。意味がよく分からない。
「それじゃあ沙羅ちゃん。こんなところはもう出よう」
「は、はい。……あ!でも武田さんが……」
 私としたことが忘れかけていた。しかし、一度思い出すと気になってくる。
「大丈夫。武田のところにはエリナさんが行ってるから」
 それを聞き、ほっとした。
 けれど、それと同時にほんの少し胸が痛くなる。
 エリナに助けてもらったら、武田は彼女をより慕うようになるかもしれない。無力で護らなければならない私より、助けてくれて頼りになるエリナを選ぶかもしれない……と思うからだ。
 この期に及んでそんなことを考えている私は馬鹿だ。でも、考えてしまうものはどうしようもない。脳に湧いてくるものは消しようがないのである。
 ……だが、今は止めよう。こんなことで悶々としている暇はない。
「沙羅ちゃん、何か言いたいことがあるの?」
 レイは私の心を察したように尋ねてきた。
「……武田さんに、会いたくて……」
「武田に?」
「お礼と、私が生きてるということを、直接伝えたいんです」
 恐らくエリナが伝えていることだろうが、もしかしたら伝わっていないかもしれない。それに、武田も、私を見て確かめる方が良いだろう。
「だから……武田さんのところへ行きたいです……」
 言いたいことを正確に伝えるには言葉が足りていないかもしれない。私は肝心な時に上手く話せなくなる。だから今も、「結局何が言いたいの?」と首を傾げられるかもしれない。
 そう思っていたが、レイは強く頷いてくれた。
「よく分からないけど、分かったよ。沙羅ちゃんは武田に会いたいんだね」
 歯切れのよいさっぱりとした口調で言いながら、ニコッと笑いかけてくれるレイ。
 私は今まで、この笑みに何度も救われてきた。男性的な凛々しい顔に笑みが浮かぶと、良い意味でギャップがあり、非常に魅力的に感じられる。見る者の心の雲を晴らす、そんな不思議な眩しい笑みだ。
「よっし。じゃ、行こうか」
 彼女がこちらへ差し出す手を、私は勇気を出して掴む。
 武田のように大きな手ではないけれど、彼女の手は、私をいつも明るみへと連れていってくれる。だから、彼女の手も嫌いじゃない。
「ナギ!後は任せるよ!」
 吹蓮へ拳銃を向けているナギに、レイは強く言った。ナギは頷く。
「レイちゃんのためなら一人でも頑張るっす!」
「よろしく頼むよ!」
 レイに手を引かれ駆け出す。彼女は足が速いので、私ではついていくのに必死だ。時折地面から浮きそうになったりした。だが怖くはない。
 ——武田に会える。
 そう思うだけで、視界が一気に晴れるような感覚がした。先ほどの壁に激突した背中の痛みは、今はなぜか感じない。希望が一時的に消してくれたのかもしれない。
 ——早く会いたい。
 その一心で、私は駆けた。レイに手を引かれ、ただひたすらに走り続ける。


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