コメディ・ライト小説(新)

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新日本警察エリミナーレ 【完結!】
日時: 2018/04/28 18:16
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hjs3.iQ/)

初めましての方は初めまして。おはこんにちばんは。四季と申します。
まったりと執筆して参りたいと思います。気長にお付き合いいただければ光栄です。

《あらすじ》
日本のようで日本でない世界・新日本。
そこには、裏社会の悪を裁く組織が存在したーーその名は『新日本警察エリミナーレ』。
……とかっこよく言ってみるものの、案外のんびり活動している、そんな組織のお話です。

シリアス展開も多少あると思います。

《目次》

プロローグ >>01-02

歓迎会編 >>05 >>08 >>13-18 >>23
三条編 >>24-25 >>30-31 >>34-35 >>38
交通安全教室編 >>39-40 >>43
茜&紫苑編 >>44-46 >>49-54 >>59-62 >>65 >>68-70
すき焼き編 >>72 >>76-78
襲撃編 >>79-84
お出掛け編 >>85-89 >>92-95 >>98 >>101-105 >>108-109
李湖&吹蓮編 >>112-115 >>120-121 >>126 >>129-140
畠山宰次編 >>141-146 >>151-158
約束までの日々編 >>159-171
最終決戦編 >>172-178 >>181-188
恋人編 >>189-195 >>198 >>201-202
温泉旅行編 >>203-209 >>212-226
結末編 >>227-229

エピローグ >>230

《イラスト》

武田 康晃 >>28 (御笠さん・画)
モルテリア >>55 (御笠さん・画)
一色 レイ >>63 (御笠さん・画)
京極 エリナ >>90 (御笠さん・画)
天月 沙羅 >>123 (御笠さん・画)

《感想など、コメントありがとうございました!》
いろはうたさん
麗楓さん
mirura@さん
ましゅさん
御笠さん
横山けいすけさん
てるてる522さん
mさん
MESHIさん
雪原みっきぃさん
織原姫奈さん
俺の作者さん
みかんさいだーくろばーさん
ホークスファンさん
IDさん

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.130 )
日時: 2018/01/31 16:07
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: GTJkb1BT)

72話「私は何も恐れない」

 顔色や言動を見ている感じだと、武田はまだ何もされていなさそうだ。精神的なダメージを受けた跡は見当たらない。
 何もされていないうちに合流できて本当に良かった。
「武田さんはこの場所を知っていますか?」
 念のため確認してみる。恐らく武田の記憶だろうが、もしかしたら違うという可能性もあるからだ。
 すると武田は「知っている」と言うように真剣な顔つきで頷いた。やはり私の予想は当たっていたようである。
 武田の表情は固く厳しいものだ。だが私へ向けられる視線はどこか優しい。私が自分に都合のいいように解釈してしまっているだけかもしれないが、そんな気がした。
「じゃあ、この場所は武田さんの思い出の場所なんすか?」
 ナギが珍しくまともな質問をする。
 からかうでもなく、嫌みでもない。ナギが武田に対して、そんなまともな問いを投げかけることがあるとは、正直驚いた。
「そうだな。思い出という言葉が相応しいかは分からないが」
 武田は躊躇いの色を見せ、言葉を少し詰まらせた。数秒の沈黙を挟み、彼は再び口を開く。
「忘れられるはずもない。ここは、瑞穂さんが殺された繁華街だ」
 ——なるほど。
 なんとなく分かってきた気がする。
 吹蓮の術は、恐らく、対象者の人生における大きな分岐点となった出来事を利用するのだろう。これといった確実な根拠があるわけではない。だが、私があの立て籠もり事件の光景を見せられたこともあり、吹蓮が使う術について漠然と推測することはできた。
「マジっすか。なんかヤバい感じっすね」
 ナギは困ったような顔をする。彼の顔が明るくないと、辺りが暗い雰囲気になってしまう。
「沙羅、経験者のお前に聞きたい。どうすればここから抜け出せる?」
 武田の真っ直ぐな視線が、私の瞳に注がれる。
 心まで射止められてしまいそうな視線に、頬が熱くなる。このような状況下でなければ、胸の高鳴りが止まらなかったことだろう。
「抜け出す方法、ですか?」
「そうだ。いつまでもこんなよく分からない場所にいるわけにはいかない。小さなことでもいい、教えてくれ」
 私は「そうですね……」と暫し考える。
 あの時はレイが現れて、悪夢を終わらせてくれた。しかしあれがどのような仕組みだったのかは分からない。そもそも術をかけられただけの私に分かるはずがないではないか。
 とはいえ、せっかく武田が聞いてくれているのだ。彼に頼られる機会など滅多にない。その極めて貴重な機会に、「分かるわけがない」とキッパリ答えるのも惜しい気がする。
「私にも仕組みはよく分かりません。ただ、あの時は、急にレイさんが現れて終わらせてくれました」
 結局この程度。彼のためになるようなたいしたことは言えなかった。しかし武田は嫌な顔はせず、淡々とした声で「情報提供感謝する」とだけ述べた。
 それにしても、このタイミングで「情報提供」などという言葉を使うとは、ある意味新鮮だ。武田の言葉選びのセンスは実に興味深い。
「これからどうするんすか?武田さん。このままじっとしてても何も進まないっすよ」
「その通りだな」
「いやいや!その通りだな、じゃないっしょ!早く、どうするか決めて下さいよ!」
 ナギは動きたくてうずうずしているようだ。じっとしているのは退屈なのだろう。
「では、瑞穂さんが殺された場所へ向かうか?」
「いいっすね!瑞穂ちゃんに酷いことをしたやつは許さないっす。この機会にとっちめてやりましょう!」
 武田の提案を受け、急激に張り切りだすナギ。
「女の子を傷つける奴はフルボッコの刑っす!」
「……何だ、それは」
「とにかく行きましょう!瑞穂ちゃんの敵を倒しに!」
「……瑞穂さんは私より年上だが、ちゃんづけなのか」
「うるさいっす!そんなことは今どうでもいいっしょ!」
 ナギと武田のやり取りを見ていると、テンションに差がありすぎて愉快だった。
 しかし、あまりのんびりしてもいられない。なんせここは吹蓮の術による幻の世界。半ば夢のような世界だ。つまり、何が起こってもおかしくはないのである。極端に言えば、道行く人たちが突然暴徒化しても、巨大なクラゲが大量に降ってきても、文句は言えない。私たちが今いるのはそんな世界だ。
「沙羅、どうした?」
 武田の言葉で正気に戻る。
 考えることに夢中になり、つい自分の世界に入り込んでしまっていた。
「あっ、いえ。すみません」
 慌てて謝る。それでなくとも無力な私がぼんやりしていては、武田やナギの足を引っ張ってしまうことは必至だ。無力なりに、もっとしっかりしなくては。
「……怖いのか?」
 武田は心配そうに尋ねてきた。
「い、いえ」
「違うのか。ならなぜじっとしている?何か不安があるのなら言ってくれ」
「大丈夫です。足を引っ張らないよう頑張りますね」
 怖い、なんて言えるわけがなかった。
 何が起きるか分からない場所にいるのだ、怖くないと言えば嘘になる。無力な人間がこんなところへ放り込まれて恐怖感を抱かないはずがない。
 けれど、今一番怖いのは武田のはずだ。大切な先輩を失った場所へ向かうのだから。
 彼は決して弱みを見せない。だから今も平気な顔している。だが、まったく平気ということは考え難い。本当は少し怖かったりするはずだ。
「あの……武田さん」
「何だ」
「怖くないんですか。瑞穂さんを失った場所へ行くなんて」
 私だったら行けないと思う。
 大切な人を失った記憶を思い出して、また悲しい気持ちになるに違いないから。せっかく止めた涙を、またこぼしてしまいそうだから。
 しかし、私の問いに対し、武田は迷いのない表情で答える。
「怖くなどない」
 感情のこもっていない、淡々とした声である。
「私は何も恐れない」
 二度目は、彼自身に言い聞かせているような口ぶりだった。
 弱い部分を掻き消すように。襲いかかる不安を払うように。彼は敢えて二度言った。
 彼は「怖くない」といった趣旨の言葉を何度か繰り返し口にする。それは多分、「怖い」という気持ちを少なからず抱いているからであろう。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.131 )
日時: 2018/02/01 15:14
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: J1W6A8bP)

73話「躊躇いは要らない」

 私は武田の後ろを歩く。瑞穂が殺害されたという路地へ向かうことになったからだ。
 人が殺害された場所へ行くのは気が進まない。しかし、一人だけ別行動をするわけにはいかないので、私は歩いた。恐れるな、と小心者の自分にひたすら命じながら。

「確か、ここだ」
 武田が足を止めたのは、一本の路地の前だった。
 横幅は目測で五メートルもない。路地だから当然かもしれないが、非常に狭い。何か恐ろしいものが出てきそうな不気味な雰囲気だ。
「うわー、いかにもヤバそうっすね」
 若干顔を強張らせながら言うナギ。口調は普段通り軽いが、どこか緊張感のある声だった。ただならぬ空気が漂っているので彼が緊張するのも無理はない。実際、今私も同じ気持ちだ。
 真っ暗な路地を暫し凝視していた武田が唐突に振り返る。
「沙羅、大丈夫か?」
 彼は私のことを気にかけてくれているようだ。こんなことを思っている暇はないのだろうが、正直嬉しい。
「あ、はい。平気です」
「ならいいが、くれぐれも無理はしないように」
 淡々とした声で言う武田。私は一度頷き、「分かりました」とだけ返した。このような時に色々言うのもどうかと思ったからだ。
 それにしても、暗い路地はやはり不気味だ。どうも吸い込まれてしまいそうな気がしてならない。自然と不安が込み上げてきてしまう。私は首を左右に動かし、湧いてくる不安を振り払おうと試みる。恐れている場合ではない。

 その時だった。
 突然、白い霧が地を這うように発生し、辺りの風景が白く染まる。
 やがて、闇の向こう側から一人の女性が現れた。
 真っ白な髪を揺らしこちらへ近づいてくる彼女が瑞穂だと気づくのに、それほど時間はかからなかった。歓迎会の準備の時に現れた幽霊のような姿も、写真に写る生前の姿も、私は覚えていたからだ。
「久しぶりですね。こうしてまた会えたこと、嬉しく思います」
 瑞穂は、小さく滑らかな曲線を描く唇に穏やかな笑みを湛えながら、余裕を感じさせる静かな声で言う。柔らかな言動は淑やかな女性のようで、けれど自然な表情は少女のようにどこかあどけない。
「……瑞穂さん?」
 武田は警戒したように目を細める。
「不思議ですね。久々の再会、もっと喜んでくれるものと思っていたのですが」
「……いや、違うな。瑞穂さんは十年以上前に亡くなった。この世に存在するわけがない」
 武田が低い声で返しても、瑞穂は穏やかな微笑みを崩さない。女神のごとき微笑みである。
 しかし、彼女も所詮は吹蓮が作り出した幻に過ぎない。それは武田も理解しているようだ。自分で言うのもなんだが、私の体験を伝えておいたのは正解だったと思う。
「寂しいことを言いますね。せっかく再会できたというのに……残念です」
 言い終わるや否や、彼女は私に接近してくる。それはもう光のような速さで、彼女が目の前まで来るまで十秒もかからなかった。結構離れていたにもかかわらず、である。
 そんな瑞穂の手には鉄扇が持たれていた。金属光沢のある、黒い鉄扇である。見るからに結構な重量がありそう。叩かれると怪我するだろうなと思った。
 彼女は鉄扇の開いた面で私を薙ぎ払うように叩こうとする。本格的にまずい、と思ったが、彼女の狙いを察した武田が間に入ってくれた。武田は鉄扇の開いた面を片腕で受け止める。
「恩人の邪魔をするなんて酷いですね。裏切り者」
「何とでも言えばいい」
 武田は冷淡に返し、受け止めていた鉄扇を払う。そして瑞穂の腹部へ蹴りを加えた。一撃で大ダメージを与える破壊力のありそうな蹴りだ。
 だが瑞穂は武田の足が届く直前に一歩退く。先ほどまでの淑やかな言動とは対照的に俊敏な動きである。
「偽者に何を言われようが、痛くも痒くもない」
 武田は固い表情で言い放つ。鋭い瞳は瑞穂を捉えていた。
 それに対し瑞穂は、ふふっ、と余裕のある笑みをこぼす。
「武田くん、もしかして後ろの娘は彼女さんなのですか?」
 瑞穂はどうやら私のことを言っているらしい。なるべく巻き込まないでほしいのだが……。
「それは違う。仲間だ」
「では、なぜそこまで護ろうとしているのですか?」
「彼女は戦えない。だから私が代表として護る。それだけのことだ」
 瑞穂は、五十センチほどの長さの開いた鉄扇を、自分を扇ぐように動かしている。余裕があることを主張しているかのような、わざとらしいくらいゆったりとした動かし方だ。
 淑女のような瑞穂は、純白の髪を夜風に揺らしながら、静かに口を開く。
「ならこう聞きましょう。エリミナーレに戦えない人間を置いておくのはなぜなのですか?」
「エリミナーレは原則、終身雇用制を採用している」
 彼女は武田の答えに呆れた顔をした。
 それから、ほんの数秒だけ間を空けて言い放つ。
「無力な者は必要ないはずです。足を引っ張る者など捨てるべきではありませんか?」
「彼女を捨てるなどできるわけがない……!」
 瑞穂はまた、ふふっ、と笑う。
「ナイフで刺され、バットで殴られ、痛かったでしょう?その娘を手放せば、もう苦しまなくて済みますよ」
 彼女はとうに亡くなった人間だ。武田がナイフで刺されたりバットで殴られたりしたことをなぜ知っているのだろう、と一瞬考えた。
 だが、よく考えてみれば、彼女がそれらを知っているのは当たり前のことだ。なぜって、今見ている瑞穂は吹蓮が作り出したものなのだから。
 吹蓮はすべての元凶、知らないはずがない。
「安心して下さい、武田くんに殺せなんて残酷なことは言いません。この保科瑞穂が殺してあげます」
 今、彼女の殺意は私に向けられている——。
 そう考えると背筋が凍りつきそうだった。
「さぁ、彼女を渡しなさい」
 穏やかな笑みは変わらない。けれども、彼女は恐ろしい殺気を漂わせている。
「断る。それはできない」
 武田は淡々とした調子で、瑞穂の命令を拒んだ。
「そうっすよ!」
 直後、鼓膜を貫きそうな乾いた破裂音が数回響く。どうやらナギが発砲したらしい。銃弾は一直線に瑞穂のこめかみへ向かっていく。確実に命中しそうな見事な位置。
 しかし、瑞穂は鉄扇ですべての銃弾を防ぐ。
「ひゃー、まさか防がれるとは。さすがっすわ!」
 ナギは相変わらずノリが軽い。だが軽い口調とは裏腹に、表情は普段の彼と異なっている。頬の緩みが少ない。
「この程度の不意打ちでさすがなどと言われたくありません」
「意外と冷たいっすねー……」
 冗談風に言いながら頭を掻くナギを無視し、瑞穂は視線を再び武田へ戻す。
「さぁ、武田くん。彼女を渡しなさい」
「それはできないと言ったはずだ」
 武田が言い終わった瞬間、瑞穂は彼に襲いかかった。瑞穂の強烈なパンチを、武田は咄嗟に腕で防ぐ。
「では二人揃って地獄へ送ってあげますね」
 彼女は微笑みを浮かべたまま連続でパンチを繰り出す。奇妙な光景だ。
 対する武田は、時に受け流し時に防ぎ、一撃一撃確実に対応していく。瑞穂の速度に負けていないのは凄いと思う。
 しかし彼の顔には疲労の色が浮かんでいる。額には汗の粒がいくつもついていた。瑞穂と互角にやり合うのは厳しい部分があるのかもしれない。
 少しして、疲労ゆえかほんの僅かに遅れた武田は、開いた鉄扇で右肩を叩かれた。強い衝撃を与えられた彼はよろめくように数歩下がってくる。
「大丈夫ですか!?」
「あぁ、このくらいならすぐに立て直せる」
 左手で右肩を押さえ苦痛に耐えている。だが表情は鋭い。不利な状況ではあるが、心はまだ折れていないようだ。
「現実ではないですけど……くれぐれも無理はしないで下さい」
「分かっている。沙羅は何も案ずるな」
 彼は肩で息をしながら宣言する。
「……今のは躊躇ったせいだ。そんなものはもう捨てる」
 不利な状況、緊迫した空気。小心者の私は逃げ出したくなるものと思っていた。それが当然だと。でも違った。理由は分からないが逃げ出したいと思っていないことは確かだ。
 それよりも、ときめきがとまらない——彼の黒い背中を見つめていると。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.132 )
日時: 2018/02/02 12:57
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hVaFVRO5)

74話「可能性があるならば」

 鉄扇を閉じ、その先端を武田へ向ける瑞穂。彼女はその時になり初めて嘲笑うような表情を浮かべた。どこかあどけなさの残る顔に、他人を見下すような表情は似合わない。
「いい年してヒーロー気取りはかっこ悪いですよ。大人しく従って下さい。そうすれば酷いことはしませんから」
 控えめな大きさと整ったラインが特徴的な唇を、彼女はゆっくりと動かす。
「そんな力なき娘のために、これ以上痛い目に遭いたくは……っ!?」
 いつの間にか瑞穂の背後へ回り込んでいたナギが、彼女のこめかみに銃口を当てていた。瑞穂ですらたった今まで気づかなかったようだ。忍者のごとき気配のなさである。
 ナギは片側の口角を僅かに持ち上げた。
「勝ち誇ってらっしゃるとこ悪いんすけど」
 いつでも撃てるよう、引き金に指を当てている。
「そろそろ消えてもらっていいっすか?」
 気づいた瞬間には驚きの表情を浮かべていた瑞穂だが、すぐに落ち着いた表情へ戻る。しかし、その顔に笑みはない。
「残念ながらそれはできません。エリミナーレを一人残さず消し去ることが仕事ですから」
「偽者瑞穂ちゃんはいろんな意味で理解力ないっすね」
 瑞穂は不愉快そうな顔をする。嫌みを言われ不愉快に思うのは当然といえば当然だ。
 だが、今までずっと笑みを崩さなかった瑞穂が不愉快そうな顔をしたのは、正直意外だった。彼女なら嫌みを言われても笑顔で流すと考えていたのだ。
「にしても、エリミナーレを一人残さず消し去るとか、そんなことできるわけないっしょ。偽者瑞穂ちゃんって、実はちょっとお馬鹿系なんすか?」
 ナギは冗談めかしつつ述べた。
 怒らせると怖そうな相手にでも、一切躊躇うことなくずけずけ物を言う。微塵の遠慮もないストレートな言葉選びは、さすがナギといったところか。凡人には真似できない。
「ナギ!お前はあまり接近しすぎるな!」
 私を庇うように立ってくれていた武田が、いつもより少し大きめの声で口出しする。
 ナギの武器は拳銃。接近戦には明らかに適していない。それなのに瑞穂に近づいている彼を心配して言ったのだと思う。
 実際、武田でも苦戦する彼女にナギが勝てるとは到底考えられない。それに、同じ一撃を食らったとしても、肉体が頑丈でないぶん武田よりもダメージが大きくなることは避けられないだろう。ナギが瑞穂とまともにやり合うのは危険だ。
「杞憂っすよ!銃口当ててりゃよゆ……ちょっ!?」
 瑞穂は油断して喋っている隙を見逃すほど甘い人間ではなかった。彼女はナギの髪——三つ編みを掴み、彼の体を彼女自身に引き寄せる。女性が男性に対してしているとは思えないくらい、軽い引き寄せ方だ。
 思わぬ強い力だったのか、ナギは動揺した顔をしている。
「これ以上、苛立たせないで下さいね」
 瑞穂はナギを地面に叩きつけた。顔面からで痛々しい。アスファルトに顔面から叩きつけられたのはかなり痛かっただろう。随分酷いことをするものだ。
 しかし、心の中で「私でなくて良かった」と安堵している自分がいた。人によっては嫌なやつだと思うかもしれない……。
「ちょ、偽者瑞穂ちゃん!いくらなんでも酷いっすよ!」
 ナギはむくりと起き上がると怒りを露わにする。女好きの彼が年上の女性に対して怒るのは珍しい気がした。
「怪我したらどうしてくれるんっすか!武田さんじゃないんすよ!?」
 武田ならいいのか、と心の中でつい呟いてしまった。それはそれで酷い気もする。だがナギが意外と元気そうで安心した。
 一方瑞穂はというと、まだ不愉快そうな顔をしている。彼女がナギへ注ぐ視線は、不快感と憎しみが混ざったような刺々しいものだった。
 たったの一度だけ地面に叩きつけるくらいでは、彼女の中にある苛立ちは解消されないようだ。今まで余程耐えていたのだと察することができる。
「まずは一人目」
 瑞穂の、可愛らしさがあるアーモンド型の瞳は、茨のような視線をナギへ向ける。それからナギの髪を乱暴に掴み、鉄扇を開く。そしてナギの顔面を強く叩いた。
 顔面への攻撃が妙に多いが……大丈夫だろうか。
 ナギに特別興味はない。だがそれでもエリミナーレのメンバーだ。骨折したり脳がダメージを受けたりしていないか、少々心配である。
 顔面を鉄扇で強打されたナギは地面に倒れ込む。
「覚悟してもらいます」
「待って!時間ほしいっす!」
「それは無理です」
 瑞穂は鉄扇を振り下ろし、ナギを攻撃する。儚い容姿とは真逆の様子だ。
 彼女は本物の瑞穂ではない。それは分かっている。けれど、武田から「優しい」と聞いていただけに、今の彼女の行いは衝撃的だった。イメージとかけ離れていたからであろう。
「沙羅ちゃん!」
 鉄扇による猛攻から逃れようと必死になっているナギが、突如叫ぶ。切羽詰まった声色だ。
 何だろう、と思い彼を見る。すると奇跡的に視線がぴったりと合った。
 ——次の瞬間。彼は持っていた拳銃をこちらへ放り投げる。
「使って!」
 ナギは強く言った。
 黒い拳銃が宙を舞い、私へ向かってくる。これほど上手に投げられるものか、と感心する。
 しかし、大きな問題があった。私はキャッチボールが苦手なのだ。運動は全般的に苦手なのだが、特にキャッチボールはまともにできたことがない。
 投げれば壊滅的なコントロールのせいでおかしなところへ飛ぶ。受けようとすれば絶対落とす。ボールですらそのような状態の私が、球形でない物をキャッチできるわけがない。
 どうしよう、と思っていると武田がキャッチした。武田は「よし、これを」と言いながら、拳銃を私へ渡してくる。
「ナギさん……?」
「それ使っていいっすよ!」
 使っていい、と言われても。
 訓練もしていない私が撃つなど危険なばかりである。
 だが、執拗に攻撃されるナギを助けなくてはと思う気持ちはあった。彼はアスファルトの上を転がるようにして、瑞穂の鉄扇攻撃を避けている。背が低いぶん武田より身軽な気はするが、動きが危なっかしい。
「沙羅、撃てるのか?」
「分かりません……。でも」
「でも?」
 同じ言葉を繰り返し、首を傾げる武田。
「私にできるかもしれないなら、やります」
 幸い瑞穂は私を見ていない。ナギが逃げ回っているおかげである。今はチャンスだ。
 私は覚悟を決める。ここで逃げたらあまりに情けない。今まではずっと護られるばかりだったけれど、いつまでもそれでは駄目だ。
 できる——だから私は、そう自分に言い聞かせ、引き金を引いた。
 偽者の瑞穂を消し去り、この夢から覚めるために。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.133 )
日時: 2018/02/03 14:22
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: VHEhwa99)

75話「祈り」

 銃口から放たれた銃弾は、宙を駆け抜け、瑞穂の首を掠める。
 残念ながら一撃で仕留めることは叶わなかった。しかし、素人の私がまともに狙いを定めることもせず撃ったのだから、掠っただけでも上出来である。
「……そちらから仕掛けてくるとは。貴女も完全に無力ではないということですか」
 それまでナギに気を取られて瑞穂は、銃弾を受けてようやくこちらへ意識を向けたようだ。僅かに振り返り私を睨む。
 銃弾が掠ったところからは血が流れていた。溢れ出すような大量出血ではないが、それでも見ていて痛々しい。赤い液体が真っ白な髪を濡らしている様子は、私には少し刺激が強かった。
 少ししてから、彼女は、口元に笑みを浮かべる。
「面白いですね」
 その言葉を発するとほぼ同時に、辺りに霧が立ち込めだした。みるみるうちに視界が悪くなっていく。
「……どうやら目的は達成されたようですね」
「目的、だと?」
 武田は怪訝な顔で尋ねる。それに対し瑞穂は、ふふっと控えめに笑って言葉を返す。
「任務中の方々がどうなっていることか。ぜひ楽しみにしていて下さい」
 彼女は意味深な言葉を最後に、すうっと姿を消した。あまりにあっさりと消えてしまったので少々戸惑う。
 残されたのは、ただ暗闇だけであった。

 ——気づけば事務所の玄関にいた。
 なんとか戻ってこれたようである。実際にどのくらいの時間が経過したのかは分からないが、とても長い夢を見ていた気分だ。
 ドアはあのまま開いていた。しかし吹蓮の姿は見当たらない。水族館の時も目が覚めると彼女はいなかったので、今回も同じなのかもしれない。
 だが、ほんの少しの疑問が心の片隅に残った。わざわざ事務所を訪ねて一体何をしたかったのだろう、と。もっとも、当人がいないので知りようもないのだが。
 それから私は、まだ倒れている武田とナギに声をかける。何度か声をかけていると二人は意識を取り戻した。
「……終わったのか」
「どうもそうみたいっすね」
 武田は暫しぼんやりしていたが、ナギはすぐに立ち上がる。
「あ。そういや、任務中の方々がどうのって言ってたっすけど、レイちゃんたちに何か起こったんすかね?」
 私はたまたまポケットに入れていた携帯電話を取り出してみる。メールや電話を受けると光るライトが点滅していた。急いで開く。
 すると、画面にはレイから電話がかかったことが表示されていた。何度もかかっているようだ。やはり何かあったのだろうか、と不安になる。
「取り敢えずかけてみます」
「そうっすね」
 しばらく呼び出し音が続く。私は気長に待った。
 どのくらい経っただろうか。ついに呼び出し音は終わる。
『……はい』
 いつもより疲れたような声のレイが電話に出た。彼女の特徴でもある爽やかさはなく、声はどこか曇っている。
「レイさん。ごめんなさい、しばらく電話出れなくて」
『いいよ、気にしないで』
 テンションがかなり低い。レイはわりと安定している質なので、こんなことは珍しい気がする。
『沙羅ちゃんは事務所?』
 私は頷きながら「はい」と返す。
 電話なので頷くことに意味はない。普通に話すような感覚で自然と動いていたのである。
『武田とかナギとかも事務所にいる?』
「揃ってます」
『じゃあちょっと応援頼みたいんだ。今ちょっとまずい状況だから……』
 その瞬間、ガタンと音がした。
『沙羅?エリナよ』
 どうやら、レイからエリナに代わったらしい。エリナが話したいことがあるようだ。
『武田はいる?』
「はい。代わりましょうか」
『えぇ。よろしく』
 エリナにそう言われたので、私は武田へ視線をやる。彼はちょうどドアを閉めているところだった。事情を説明し、携帯電話を武田に渡す。
「武田です。何でしょうか」
 彼は立ったまま私の携帯電話を耳に当て、話し始める。最近はこういうパターンが多いな、と何げなく思った。
 だが、私の携帯電話を武田が使っているということが、どことなく嬉しかったりする。
「やっぱ何かあったんっすかね?」
「雰囲気が少し違ったので、もしかしたらそうかもしれません……」
 レイとエリナは李湖を護る任務の途中のはずだ。もしかしたら李湖を狙う何者かが現れたのかもしれない——大丈夫だろうか。足首のこともあり、エリナは特に心配である。悪化していなければいいが。
「はい、分かりました。では」
 武田は電話を切る。携帯電話を私に返してくれた。
「どんな感じっすか?」
「泊まっていた旅館で襲われているらしい。李湖というあの女、初めからそれが目的だったようだ」
「マジすか!?じゃあどうし……」
「私が迎えに行ってくる」
 慌てるナギに対し、武田は冷静だ。二人の様子は対照的である。
「武田さん、一人で行かれるんですか?」
 私は一応尋ねてみた。
 すると彼は「ゆっくりしているといい」と返してくる。彼なりの気遣いなのだろうが、足手まといと言われている気がして、若干複雑な気持ちになった。
「ナギ、沙羅を頼む」
「オッケー!何かあったら、ちゃんと護るっす!」
 最後に武田は、腰を屈めて私の顔を覗き込む。
「沙羅、くれぐれも無理はしないように」
 私を心配してくれているのか、彼はそう言った。表情は柔らかく、穏やかな声色だ。
「よし。では、また後ほど」
 私は、事務所から出ていく黒い背中を、見えなくなるまで見つめ続けた。
 ——どうか彼が、無事に帰ってきますように。
 そんなことを心の内側で密かに祈りながら。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.134 )
日時: 2018/02/04 03:54
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SsbgW4eU)

76話「憂鬱な時こそ作業をしよう」

 武田は一人で行ってしまった。
 ナギと二人きりのリビングは静寂に包まれている。モルテリアはまだ起きてこない。これといったすべきこともないので、ただ時が過ぎるのを待つのみだ。
 パソコンの傍に置かれたカニのピンバッジを見つめていると、なぜか少し切なくなっている自分がいることに気がつく。残していかれたそれが、どこか悲しそうな雰囲気を漂わせていたからかもしれない。
 こんな風に——いつか私も置いていかれるのだろうか。
 この時、私は、今まで考えてもみなかったことを考えた。思考がなぜそこへ至ったのかはよく分からない。
 けれど、確かに考えてしまったのだ。いつの日か武田が傍にいなくなったら私はどうして生きていけばいいのだろう、と。
 何のために、何を求めて、生きていけばいいのか。そもそも、彼がいない世界で私は普通に生きられるのか。
「……どうしよう」
 私は半ば無意識に溜め息を漏らしていた。溜め息は幸せを逃がすと言うから、なるべく避けたいところなのだが。
 余計なことを考えるあまり憂鬱になっていると、つい先ほどまでファッション雑誌を読んでいたナギが声をかけてくる。
「沙羅ちゃん、なんでそんな暗い顔してるんすか?」
 特に何も言わずとも私の気持ちを察してくれていたようだ。私は分かりやすい人間なのかもしれない。
「あ、いえ……」
「元気ないっすね。武田さんが行ったからっすか?」
「ごめんなさい、少し考え事をしていただけです」
 ナギは「そうっすか」とだけ返し、何か考えているような顔をする。それからしばらくして、彼は唐突に顔を上げた。
「そうだ!ちょっと手伝ってもらいたいことあるんすけど、頼んでいいっすか?」
「私にできることですか」
「大丈夫大丈夫!ただ単に本棚の整理だけなんすけど、一人じゃどうも続かなくて」
 頭を掻きながら苦笑いするナギはまるで小学生のようだ。二十歳を過ぎているとはどうしても考えられない。
「分かりました。手伝いますね」
 私は微笑んで答えた。
 自然な笑みになっていればいいのだが……。

 それから私は、ナギと二人で、リビングにある本棚の整理を始めた。
「それにしても、さっきのは何だったんすかねー」
「さっきの、とは?」
「なんか術?みたいなやつっすよ。せっかく会えた瑞穂ちゃんは偽者だし、俺らに酷いことするし、そのわりにあっさり消えて。意味不明っすよ、本当に」
「確かに、よく分かりませんでした」
 文庫本や雑誌、そして丁寧にファイリングされた書類。本棚にはそれらが無造作に詰め込まれてごちゃごちゃしている。せめて種類ごとに入れるくらいはしておいてほしかった。というのも、雑誌の中に書類が挟まっていたり、文庫本が奥に押し込まれていたりするのだ。滅茶苦茶である。
 取り敢えず本棚から全部取り出すことにした。今のまま整理するのでは収拾がつかないし、時間がかかりすぎるからだ。
 ナギが取り出し、私が種類ごとに分ける。慣れてくるにつれ、餅つきのようにテンポよく作業ができるようになった。これは二人だからこそできること。なかなか効率的だと思う。
「ん?これ何すか」
 最後の数冊を取り出そうとした時、ナギが急に呟いた。
「どうかしましたか」
「奥から見たことのないファイルが出てきたんすけど……超古そうっす」
 彼は言いながら、ピンクのファイルを私に渡してくれる。
 そのファイルは端が波のように歪み、何ヵ所か僅かに折れていた。他のファイルがとても綺麗だっただけに、確かに違和感を感じる。
「昔の書類とかですかね」
「もしかして、お宝!?ちょっと中身見てみたいっす!」
 ナギは期待に目を輝かせ、私にファイルの中身を取り出すよう促す。私は仕方なく、ファイルに挟まれている紙を取り出した。黄ばんだ紙だ。
「……これは?」
 履歴書のような紙があった。恐らくコピーだと思われるその紙には、畠山宰次、という名前が書かれている。すぐ横に顔写真が添付されていて、他には生年月日や出身校などが書いてあった。
「なんか謎っすね」
 ナギは書類を舐めるように見ながら呟く。そして、何か気がついたらしく続ける。
「あ。この人、新日本銀行に勤めてたみたいっすよ。沙羅ちゃんのお父さん、もしかしたら知ってるんじゃないっすか?」
「畠山さんなんて聞いたことないですけど……」
「今度ちょこっと聞いてみたらどうっすか?何か分かるかもしれないっすよ」
 ナギはとにかく気になっているようだ。なぜこの畠山という人間をそこまで気にするのか、私にはよく分からない。
 だが、敢えて尋ねる必要はないと思った。それほど大きなことではない。
「確かに。今度父に聞いてみます。何か分かったら伝えますね」
 そう約束した。

 それから私たちは、再び本棚の整理に戻る。
種類ごとに分けた物を丁寧に棚へ戻す作業は二人で行った。背が低めの私は下の方の段を担当する。
 同じ大きさの物が揃うように、またなるべく斜めになったり倒れたりしないように、一つ一つ棚へ入れていく。正直少し面倒臭い作業だが、一人でないのでなんとかできた。
 途中からは、たまたま起きてきたモルテリアも手伝ってくれ、本棚はちゃんと整理整頓された。これで外観もだいぶ綺麗になったはずだ。
 久々に汗をかいてしまった。
 しかし、たくさん動いたおかげで憂鬱な気分を払拭することができたのは、良かったと思う。


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