コメディ・ライト小説(新)
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- 新日本警察エリミナーレ 【完結!】
- 日時: 2018/04/28 18:16
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hjs3.iQ/)
初めましての方は初めまして。おはこんにちばんは。四季と申します。
まったりと執筆して参りたいと思います。気長にお付き合いいただければ光栄です。
《あらすじ》
日本のようで日本でない世界・新日本。
そこには、裏社会の悪を裁く組織が存在したーーその名は『新日本警察エリミナーレ』。
……とかっこよく言ってみるものの、案外のんびり活動している、そんな組織のお話です。
シリアス展開も多少あると思います。
《目次》
プロローグ >>01-02
歓迎会編 >>05 >>08 >>13-18 >>23
三条編 >>24-25 >>30-31 >>34-35 >>38
交通安全教室編 >>39-40 >>43
茜&紫苑編 >>44-46 >>49-54 >>59-62 >>65 >>68-70
すき焼き編 >>72 >>76-78
襲撃編 >>79-84
お出掛け編 >>85-89 >>92-95 >>98 >>101-105 >>108-109
李湖&吹蓮編 >>112-115 >>120-121 >>126 >>129-140
畠山宰次編 >>141-146 >>151-158
約束までの日々編 >>159-171
最終決戦編 >>172-178 >>181-188
恋人編 >>189-195 >>198 >>201-202
温泉旅行編 >>203-209 >>212-226
結末編 >>227-229
エピローグ >>230
《イラスト》
武田 康晃 >>28 (御笠さん・画)
モルテリア >>55 (御笠さん・画)
一色 レイ >>63 (御笠さん・画)
京極 エリナ >>90 (御笠さん・画)
天月 沙羅 >>123 (御笠さん・画)
《感想など、コメントありがとうございました!》
いろはうたさん
麗楓さん
mirura@さん
ましゅさん
御笠さん
横山けいすけさん
てるてる522さん
mさん
MESHIさん
雪原みっきぃさん
織原姫奈さん
俺の作者さん
みかんさいだーくろばーさん
ホークスファンさん
IDさん
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.135 )
- 日時: 2018/02/04 19:08
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: exZtdiuL)
77話「もはや懐かしい顔」
本棚の整理を終えた頃には、心はすっかり落ち着いていた。
軽い運動には疲労回復効果がある。大学時代、授業でそんなことを聞いた記憶がある。当時は「横になる方が休まるに違いない」と考え、話半分に聞いていたが、あながち間違いでもないようだ。
「……お疲れ様。抹茶ラテ……と、若狭さんの無農薬イチゴ……」
キッチンからやって来たモルテリアは、コップ三つと一枚の皿が乗ったお盆を持っていた。皿には小さなイチゴが五つほど乗っている。
「俺のはやっぱなしっすか?」
「今日は……ある」
どうやら今回はナギも働いていたと認められたようだ。良かった良かった。
「……イチゴ、昨日の残り……。我慢した……」
我慢して残して五粒。
若狭さんの無農薬イチゴはそんなに美味しいのだろうか……。
イチゴをつまみ、モルテリアが淹れてくれた抹茶ラテを飲みながら、私たちはひと休みした。
数分くらい経っただろうか。玄関の方から唐突に、鍵を開ける音がした。
扉が開く気配と同時に、春の暖かい風とエリミナーレらしい喧騒が戻ってくる。たまに疲れることはあり、けれど、なければないで心が空っぽになる——そんな騒々しさがようやく帰ってきたようだ。
もしかしたらレイやエリナもいるかもしれない。
少しでも早くみんなの顔を見たくて、私は急いで玄関へ向かう。このような胸の高鳴りを、武田関連以外で感じるのは久々だ。
「あら、沙羅がお出迎え?」
一番に遭遇したのは、先頭を歩いてきていたエリナだった。
彼女は私を目にするなり、「今日は随分張り切っているのね」と冗談めかす。出会うなりこれとはさすがだ。ただ、今は、その彼女らしさに触れられたことが嬉しく感じられる。
懐かしいこの感じ、嫌いじゃない。
「エリナさん、帰ってこられたんっすね!」
私の後ろから現れたのはナギ。
明るく振る舞っていた彼も、内心仲間の身を案じていたのだろう。非常に嬉しそうな顔をしている。
「ナギ、留守番お疲れ様」
エリナは微笑しつつ、あっさりした調子でナギをねぎらう。言葉だけのねぎらいだが、ナギが不満を漏らすことはなかった。
「いやいや!たいしたことしてないっすよ!」
頭に手を当てながらはにかむナギ。その頬は林檎のように赤みを帯びている。女性と接することには慣れていそうな彼が「お疲れ様」の一言だけで赤くなるとは少しばかり意外だ。予想外に初々しい。
「怪我とかないっすか?」
「ないわね」
「色々あって疲れてないっすか?」
「それほど弱くないわ」
ナギは、淡々とした足取りでリビングへ向かうエリナに、質問を繰り返す。エリナは面倒臭そうな表情を浮かべ、適当にあしらっていた。
「もし良かったら、マッサージして差し上げるっすよ!」
「結構。ただ触りたいだけでしょ」
「ちょ、酷っ。俺は女性を体だけで見たりしてないっすよ!確かに美人は好きっすけど、でも内面も重視して……」
「もういいわ。黙りなさい」
エリナとナギはそんな珍妙なやり取りをしながら、リビングへと歩いていった。
素直でないエリナとかなり素直なナギ。こんなことを言うのもなんだが、二人はなんだかんだでお似合いな気がする。人間は真逆の性格の方が上手くいく。二人の様子を見ていると、その説も理解できる気がした。
「離してちょうだいよぉっ!」
二人を見送った直後、いきなりそんな叫び声が耳に入った。
私は驚いて、声が聞こえた玄関の方に視線を向ける。そこには、武田とレイに両側から身柄を拘束された李湖の姿があった。李湖は両脇に腕を挟まれ、まるで犯罪者のようである。
「武田さん!レイさん!」
私は思わず二人の名を呼んだ。
ほんの数日離れていただけなのに、レイの凛々しい顔が物凄く懐かしい。男性的な雰囲気を醸し出す端整な顔立ちと、それとは逆に女性らしさのある長くて青い髪。本当に懐かしく、旧友に会ったような気分だ。
「沙羅ちゃん、大丈夫だった?心配かけてごめんね」
爽やかな笑みを浮かべたレイはどこまでも魅力的である。私にこのような表情を向けてくれる女性なんてもうずっといなかった。それだけに印象的だ。
同級生や知り合い、先生も——誰もが私を「少し変わっている子」という目で見ていた。エリミナーレに入るなどと不可能に近いことを抜かし勉強ばかりしている変わり者、と思われていたのだろう。
「ちょっとちょっと!マジ離しなさいよぉっ!」
身をよじり激しく抵抗する李湖。しかし、武田とレイに二人がかりの拘束からは、そう容易く逃れられない。
「暴れるな。大人しくしろ」
「話はこれからちゃんと聞かせてもらうからね」
武田とレイは李湖に対してそれぞれ言う。二人とも冷ややかな声だった。
李湖は濃い化粧の顔を歪め、拘束から必死に逃れようとしている。腕を脚を激しく動かし、振り払うように体をねじる。それでも拘束は解けない。
素人には無理だろう、と内心思った。
「酷いぃっ!李湖はなんにも悪くないのにぃっ!」
李湖の額は汗でびっしょり濡れている。こちらが恥ずかしくなるほど塗りたくられたファンデーションが一部落ちていた。
汗のせいだろうか……。
「沙羅、鍵を頼んでも構わないか」
武田が私に直接頼んでくれた。嬉しい。
「はいっ!もちろん!」
勢いに乗り、つい張り切った声を出してしまった。心の底から沸き上がる喜びが溢れてしまったのである。
「ありがたい。感謝する」
彼は僅かに頬を緩めた。
そして、武田とレイは、抵抗する李湖を引きずりながらリビングの方へと向かう。
諦めの悪い李湖は、その間もずっと「離して!」などと繰り返していた。ここはエリミナーレの事務所、いくら叫んだところで離してもらえるはずがない。彼女を助けようとする者もいない。
それでも彼女は叫んでいた。完全に騒音である。迷惑でしかない。
玄関に一人残った私は、武田に頼まれた通り鍵を閉める。そして、武田に「感謝する」と微笑んでもらえたことを噛み締めつつ、リビングへと足を進めた。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.136 )
- 日時: 2018/02/06 00:57
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: bOxz4n6K)
78話「借金アイドル」
「さて。それじゃあ話を聞かせてもらおうかしら」
お馴染みの席につき、足を組んで、エリナは言った。鋭い目つきとは対照的に、紅の塗られた口には笑みが浮かんでいる。
レイと武田に拘束された李湖は、そのままエリナの前に立たされた。
エリミナーレ全員がリビングに集まっているにもかかわらず、室内は静まり返っている。ぴんと張り詰めた空気が全身を硬直させるようである。
「庵堂李湖。貴女は護衛を頼んでおきながら、私たちを倒そうとした。理由を説明しなさい」
落ち着いた調子で言い放つエリナの声は、氷のごとき冷たさだった。背筋が凍るような恐ろしさのある声色。私が言われているのでなくて良かった、と思うほどだ。
「バァーカ!説明なんてするわけな……ひぃっ!?」
反抗的な態度をとりかけた李湖だったが、首もとにレイの銀の棒を近づけられると、一気に怯えたような顔つきになる。声も上ずっていた。
「……い、言うから!話すってー!ちゃんと言うから止めてぇ!」
銀の棒を首に突きつけられた李湖は震えている。余程怖いのだろう。厚化粧した顔面は青ざめ、歯はガチガチ鳴っていた。
それでもレイは銀の棒を戻さない。彼女は李湖を微塵も信頼していないということだろう。
だが、それは正しい。李湖が到底信頼できるような人間でないことは、わりと疎い私ですら分かっている。
「り、李湖は……李湖は悪くないんだよぉ……」
「そういうのは要らないわ」
話し出す李湖に対し、エリナが鋭く言った。結構苛ついているように見える。
「……李湖はもともとアイドルだったんですぅ。それなりにファンもいましたぁ」
この顔と性格で?と思ってしまったことは秘密。
ようやく事情を語り始めた李湖。これさえも偽りということは考えられるが——エリナに見つめられながら嘘を述べるのは難しいだろう。
なんせ彼女の瞳は独特だ。じっと見つめられるだけで、心を見透かされているような錯覚に陥る。そんな不思議な力を持っているのである。
「何年も続けてぇ、やっと全国ツアーが決まったんですー。なのに、そんな矢先に……!」
李湖はらしくなく声を震わせていた。
それにしても、全国ツアー。
今までずっと芸能関連には縁がなかったので、それがどのくらい凄いことなのかはよく分からない。だが、全国を回るからには、新日本各地にファンがいるということだろう。そう考えればわりと凄い気もする。
もっとも、私は一生関わることのない世界だと思うが。
「矢先に、ですって?全国ツアーが中止になるような何かが起こったというの?」
怪訝な顔をして尋ねるエリナ。
レイと武田に両側から拘束されている李湖は、そのまま俯き黙り込んでしまう。俯いているせいで顔全体は見えないが、悔しそうな表情であることは分かった。
「親の事業が失敗して、ツアーどころじゃなくなったんですよぉ……。家からは追い出され、李湖に残されたものは借金だけ……」
「それはおかしな話だわ。借金だらけの娘が護衛を頼むなんて、何か特別な人脈がない限り不可能じゃない」
護衛をエリミナーレに頼むとなると、そこそこのお金が必要になるだろう。借金のある李湖が、お金を、果たしてそんなに持っているだろうか。
「……実は、人脈的なのがー……」
李湖は遠慮がちに言う。今までのような激しい自己主張はしない。
「吹蓮さんって人にー声をかけてもらったんですぅ。事業の失敗を知ってぇ、途方に暮れて街を歩いていた時のことでした」
「えっ!ちょ、マジっすか!?」
李湖の口から出た吹蓮の名に驚いたナギが大きな声を出した。エリナは彼に鋭い視線を向け、速やかに黙らせる。
「続けてちょうだい」
エリナの顔つきが徐々に険しくなっていく。もちろん、レイや武田も。
リビング内の空気が冷えていくのを感じた。
「吹蓮さんは占い師らしくってぇ、李湖が借金でヤバいことを知ってくれてたんですぅ。借金をなくせる良い仕事があるって聞いてぇー」
「それがエリミナーレの殲滅というわけ?」
エリナの問いに李湖は頷く。本当に主張のない、小さな頷き方だった。
李湖の小さな頷きを目にしたエリナは、ふぅと息を吐き出し、ゆっくり足を組み換える。
それから怒りに満ちたような目つきになり、「エリミナーレもなめられたものね」と漏らす。その声は低く、彼女が不機嫌になりつつあることがよく分かった。
「依頼人のふりをして何人かを引き離すだけって言われたからぁ……全国ツアーやりたくてつい……」
李湖も吹蓮に利用されたのだと、私はそう思った。
楽しみにしていた全国ツアーの直前に親の事業が失敗するという事態に絶望していた李湖。吹蓮は、そんな彼女の弱った心を、上手く利用できると考えたのだろう。
手駒を増やしたいがために、無関係の者にまで声をかけたのだ。世の中善人ばかりではないな、と思った。
「吹蓮って、武田がさっき言ってたお婆さんだよね」
「あぁ、厄介な老婆だ。おかしな術を使ってきて迷惑この上ない」
レイと武田が小声で言葉を交わす。二人は話が始まってからずっと黙っていたので、久々に声を聞く気がする。
その時。
エリナが突然、椅子から立ち上がった。
「分かったわ」
その一言に、リビングにいた全員が彼女を見る。視線が一点に集結した。
もちろん私も吸い寄せられるように彼女へ視線を向けた。マイペースでいつもぼんやりしているモルテリアですら、今は、エリナをじっと見つめている。
「庵堂李湖、一つ頼まれてくれるかしら」
「えっ。り、李湖ぉ?」
濃いファンデーションのせいで重苦しい顔に、今までで一番派手な驚きの色を浮かべる李湖。
エリナは片側の口角を持ち上げ、ニヤリと笑みを浮かべる。
「吹蓮を呼び出してちょうだい」
彼女の意図が分からず、部屋中に動揺が広がった。
唐突なことに驚き戸惑っているのは李湖だけではない。
「李湖。それができたなら……貴女の裏切り行為、許してあげてもいいわ」
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.137 )
- 日時: 2018/02/07 04:27
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5VUvCs/q)
79話「衝撃の連続」
吹蓮を呼び出せ、だなんて。エリナは一体何を考えているのだろう。
もしかして、吹蓮と直接対決するつもりだろうか。
しかし、それにはまだ情報が少なすぎる。強敵だからこそ、もっと詳しく調べてからにしなくてはならないというのが、私の個人的な意見だ。
もっとも、そんな一般人的発想がエリナに通用するとは考え難いことも、また事実だが。
「吹蓮さんを、ここに呼び出したらいいんですかぁー?」
李湖はまだよく分からないような顔をしていた。しかし、顔色は徐々に戻ってきている。
「そうよ。電話くらい持っているでしょ?」
「ポケットの中にねー……」
両腕を固く拘束されているので、李湖は自分のポケットまで手を伸ばすことができない。
その様子を見たエリナは、レイに「取り出して」と短く命じた。レイは「はい」と歯切れのよい返事をしてから、どこのポケットに入っているのか李湖に尋ねる。そしてレイは携帯電話を取り出した。指で操作するタッチパネルタイプの携帯電話である。
李湖はエリナの指示に従い、吹蓮へ電話をかける。私としては、彼女が吹蓮の連絡先を知っていることが驚きだった。吹蓮が電話を使ったりするのか、という部分も驚きだ。
誰もが緊張した面持ちで李湖を見つめていた。
——その時。
「わざわざ電話しなくとも、ちゃあんと見てたよ。李湖」
突如、李湖の背後に吹蓮が現れた。
悪い夢を見せる術はまだしも理解できる。だが、テレポートなど、もはやどう考えても人間業ではない。そもそも原理が理解できないのだ。
私は愕然とするしかなかった。言葉も出てこない。
「吹蓮さん!?え、なんでなんでー!?もしかして、李湖を助けにー?」
どこからともなく現れた吹蓮の姿を目にし、李湖はほんの一瞬顔筋を緩める。発した言葉の通り、ピンチに陥った自分を助けにきてくれたと思ったのだろう。
しかし、現実はそれほど甘くなかった。
「いくら可愛い娘でも、役立たずは嫌いだよ」
吹蓮は、冷たい言葉と共に、片手を李湖へ向ける。かざす、が相応しいかもしれない。
すると、李湖の体が後ろ向きに吹き飛んだ。物凄い勢いで飛び、壁に激突して、ドサッと床へ落ちる。ほんの数秒のことだった。
こればかりは、さすがの武田も驚いていた。
「いきなりなんてこと!」
レイは眉を吊り上げ、牽制するように銀の棒を吹蓮へ向ける。
何を仕掛けてくるか予測できない吹蓮をかなり警戒しているのだろう。先ほどまでの李湖に対してとは比べ物にならないほど、厳しく険しい顔つきだ。
「沙羅、李湖を任せるわ」
衝撃的な流れに戸惑っていた私に、エリナが静かな声で指示を出してくれる。緊急時には彼女の存在が頼もしく感じた。
私は指示に従い、すぐに李湖のところへ向かう。
「李湖さん。李湖さん?」
床に倒れている李湖に声をかけてみるが返事はない。しかもぴくりとも動かない。完全に気を失っているようだ。
素人が身構えもせず吹き飛ばされたのだから、こうなるのは当然だろう。
「……気絶してる」
声を聞き顔を上げると、すぐ近くにモルテリアがいた。
なぜかレモン色の液体が入った霧吹きを持っている。恐らく掃除かなにかに使うのだろう。柑橘類が良いというのは聞いたことがある。
「でも……当然の報い……」
彼女は少しも動揺していない。さすがはエリミナーレのメンバー、といったところか。
非常に動揺していた自分が恥ずかしい。
「当然の、報い?」
ふと気になったので尋ねてみた。するとモルテリアはコクリと頷く。
「……卑怯者」
「えっ?」
「……李湖は卑怯。だから、嫌い……」
モルテリアは李湖が嘘をついたことを怒っているようだった。彼女が怒るとはよっぽどだ。
「大嫌い……!」
彼女の瞳は静かに燃えていた。絶対許さない、という目をしている。
「モルさん、落ち着いて下さい」
「……ごめん」
「いえいえ」
「……ありがとう。沙羅は好き……」
モルテリアは私をじっと見つめて、それから微笑んだ。ほんのり赤らんだ頬が子どものようで愛らしい。
それにしても、ストレートに「好き」と言われると、恥ずかしくなってしまう。同性に言われるのは、異性から言われるのとはまた異なった恥ずかしさを感じる。不思議なものだ。
「ありがとうございま……えっ」
私は背後の気配に気づき振り返る。
だが、既に遅い。
深いしわが刻まれた吹蓮の顔が、目前まで迫っていた。これほどの近距離では、もはや逃げることすら叶わないだろう。
一撃は仕方ない、と腹を括る。いや、実際には「腹を括る」なんてかっこいいことではなく、ただ諦めただけ。
——だが。
私が吹蓮から攻撃されることはなかった。
「……させない」
モルテリアの静かな声が耳に入る。小さく控えめで、けれどどこか強さを感じさせる、芯のある声だ。
「……お婆さんも、嫌い……!」
彼女がそんなことを言うなんて、と私は驚く。そして彼女に視線を向けてから、さらに驚いた。
モルテリアが、レモン色の液体が入った霧吹きを、吹蓮に向けていたからである。
「……酢プラッシュ……!」
彼女はそう言いながら、レモン色の液体を吹蓮の顔面に吹きかけた。
鼻をつく、ツンとした匂い——間違いない。これは酢だ。
信じられない。
私はただ、あんぐりと口を空けて、言葉を失うほかなかった。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.138 )
- 日時: 2018/02/08 17:26
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SqYHSRj5)
80話「許されることではない」
モルテリアの霧吹き攻撃を受けた吹蓮は動きを止めた。酢と思われる液体を顔面にかけられては、さすがの吹蓮も無視できなかったようだ。不快だったらしく、痩せ細った手で顔を拭いている。
「おぉっ!」
スポーツを見ていて凄い技が出た時のように、突然大きな声をあげたのはナギ。
「酢プラッシュ!ついに決まったっすね!!」
「……うん。酢は体にいい……」
ナギの言葉に頷くモルテリア。マイペースな彼女はいつもナギを無視していたが、今はまともに話している。口説くような発言でなければ、少しは反応するということなのかもしれない。
「まったく、最近の若いのは仕方ないねぇ……」
酢にまみれた顔を一通り拭き終えた吹蓮は、しわだらけの顔を不愉快そうに歪めつつ言った。いつになく低い声だ。
「礼儀ってものを教えてあげるよ!」
今度吹蓮が手をかざしたのはモルテリア。これは李湖の時と同じパターンだ。
危ない!と言おうとした瞬間。ナギが駆け寄り、モルテリアを突き飛ばした。霧吹きを手にぼんやりしていたモルテリアは、押された勢いでぺたんと床に転んだ。
「……あ」
しまった、という顔をするナギ。
直後、彼は吹き飛ばされ、リビングの壁に激突した。痛々しい音が響く。吹き飛ぶナギの体は、まるで紙切れのようだった。
吹蓮が夢のようなものをみせる嫌らしい術ができることは知っている。だが、それ意外の術もあるとは。手の内を一つ知ったがゆえに、少し油断していたかもしれない。
「痛いって!さすがにこれは遠慮なさすぎっしょ!」
壁に当たり床へ落ちたナギは、痛みに顔をしかめていた。しかし、声を出せているあたり、壁に激突したわりには元気な様子だ。
彼はすぐに立ち上がり、怒りをぶちまける。
「アンタさすがに酷いっすよ!絡んでくんのはいい加減にしてほしいっす!」
「こうもすぐに立てるとは。若いねぇ」
吹蓮は感心したように笑う。不気味な笑みだ。
「そもそも、なんで俺らに絡んでくるんすか!エリミナーレが何か悪いことをしたっていうんっすか!?」
確かに、と密かに思った。
吹蓮がエリミナーレを殲滅しようとしていることは知っている。これまでに色々な者の口から何度も聞いたからだ。
だが、彼女がなぜエリミナーレを殲滅しようとしているのかは、聞いたことがない。
「……頼まれたから、だよ」
吹蓮はナギの問いに静かな声で答えた。
それでなくとも緊迫していた空気が、さらに引き締まる。全員厳しい顔つきだ。私はやはりまだ少し場違いな気がする。
「あらそう。そんなこと、一体誰に頼まれたというのかしら」
エリナは黒い鞭を片手に持ち、平静を装いつつ尋ねた。
エリミナーレの殲滅を吹蓮に頼んだ人物がいる。そんなことを聞けば、いくら彼女でも心穏やかではないはずだ。
しかしそんな中でも落ち着いた振る舞いをできる胆力は、さすがエリミナーレの長、といったところか。ぜひ見習いたいものである。
「言えるわけないねぇ。そりゃ秘密事項だよ」
「ならば吐かせるまでよ!」
エリナは鞭を吹蓮に向かうよう振った。蛇のような黒い紐は軽くうねり、私の予想よりは直線的な動きで吹蓮に迫る。
冬場の縄跳びでも足に当たると泣くほど痛いのだ。鞭で叩かれる痛みといったら……あまり考えたくない。
「そう上手くはいかないよぉ」
しかし吹蓮は読んでいた。慣れていることはないはずなのに、彼女は鞭の動きを見切っている。素早く反応し、鞭を腕で防いだ。
駄目か、と思ったが、エリナの表情にはまだ余裕がある。口元には笑みが浮かんでいる。
何か仕掛けでもあるのだろうか——と考えていると、鞭が吹蓮の腕に巻き付いた。
「武田!レイ!」
エリナが鋭く叫んだ。
二人は「はい」と揃え、動きを制限されている吹蓮に向かっていく。
私は床に座り込んだままのモルテリアの手を掴む。そして、邪魔にならないよう、速やかにその場を離れる。キッチンの方へ行き、そちらから様子を見守ることにした。
リビングはそれなりに広い。しかし、それでも、大人二人が暴れるには狭い空間である。無関係の者が一人いるだけでも、動きをかなり制限することになってしまう。
ここならそれは避けられる。しかも、安全でありながら様子はちゃんと見ることができる。私には最適な位置だ。
「ふっ!」
レイは吹蓮に接近し、銀の棒を振り下ろした。
残像が見えるほどの速度にはさすがの吹蓮も反応しきれない。片手をエリナの鞭に固定されているため、腕で防ぐことも難しいようだった。
銀の棒は吹蓮の背中に命中する。バチッと音が鳴った。こんな静電気が発生したら嫌だな、と思うような刺々しい音である。
「少しはいたわってほしいものだねぇ」
深いしわの刻み込まれた顔を縮め、低い声を出す吹蓮。彼女は銀の棒を乱暴に払い除ける。そして、拘束されていない方の手で、銀の棒を持つレイの腕を掴んだ。
——しかし、その背後に武田が迫っていることには気がついていない。
彼は身をよじり反動をつけ、吹蓮の背に、強烈な回し蹴りを叩き込んだ。
「沙羅の分だ」
続けてもう一撃。次は逆の足で吹蓮を蹴る。
威力でいえば先ほどの回し蹴りよりは劣る。だが、それでもダメージを与えるには十分な威力だ。しっかりとした芯のある蹴り。普通の人間が受ければ数分は立ち上がれないだろう。
今の彼は自分の持ち味を最大限に活かした戦闘を行えている。本領発揮、という言葉が相応しい。
そんな武田の連続攻撃を食らった吹蓮はよろけている。
「……ふぅ。今日は妙にやる気だねぇ……」
「当然だ。人を弄ぶような者を放ってはおけない」
武田は冷ややかな声で述べる。表情は鋭く、眉一つ動かさない。
「そりゃあなんのことだい……?」
「沙羅の心を傷つけ、関係ない者に襲わせ、何度も怖い目に遭うよう仕向けた。これはそう簡単に許される内容ではない」
彼の表情は冷たく険しい。時折私に向けてくれる微笑みの顔と同一人物とは考え難いほどの、冷淡な顔をしている。
隣にいたレイが眉を寄せて「武田?」と声をかける。武田が長文を話したので戸惑っているのだろう。
「おやおや、今日はやけに気合いが入っているねぇ。まぁ嫌いじゃないがねぇ……」
吹蓮はしわだらけの顔を歪め、不気味な笑みを浮かべる。
「でも……今日のところは退くとしようかね。では、ばいばい」
現れた時と同じように、吹蓮はふわっと姿を消した。術の中で出会った偽者の瑞穂が消えた時と同じような感じだ。またしてもあっさりとした去り方である。
追い込まれると速やかに退く。それが吹蓮の特徴だ。だからこそ倒しづらい。追い詰めても術で逃げられてしまうので、どうしようもない。
「まったく。厄介なババアだわ」
エリナは鞭を手元に戻しながら、愚痴のように漏らす。
レイは乱れた髪を直しつつ、「なかなか強敵ですね」と言った。まっとうな意見だ。吹蓮は色々な意味で強敵である。
「…………」
武田は俯き、言葉を失ったように黙り込む。
「……武田?どうかしたの」
彼のおかしな様子に気づいたレイが尋ねる。だが彼は何も答えず、リビングから出ていってしまった。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.139 )
- 日時: 2018/02/09 23:21
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: npB6/xR8)
81話「今日は妙に長い日」
一人そそくさとリビングを出ていった武田を見て、レイは怪訝な顔をする。同じく怪訝な顔をしていたエリナと顔を見合わせ、首を傾げていた。
「……武田、変」
私の後ろにいるモルテリアが唐突に呟く。
「どうしたんでしょうか……」
確かに、明らかに様子がおかしかった。モルテリアですら気づくほどだから、かなり不自然だったということだろう。
私たちはキッチンからリビングへ戻り、エリナたちと合流する。ナギも普通に動けるらしく、集まってきていた。
「ナギ大丈夫?」
レイはナギに尋ねる。あっさりとした口調だ。
「えっ!レイちゃん、俺のこと心配してくれるんっすか!?優しいっすね!!」
「優しいとかじゃないけど、気にするのは当然だよ」
「マジ優しいっす!!天使っすわ!!」
「そういうの止めてもらっていいかな。面倒臭いし」
ううっ、と傷ついた顔をするナギ。少し前に壁に激突していたとは思えない元気さだ。
しかし私としては武田の方が気になるところだ。
少しして、そんな私に気がついたエリナが、声をかけてくる。
「沙羅、武田の様子を見てきてもいいのよ」
心を見透かされているみたいだと思った。別に恥じることはないはずなのだが、なんとなく恥ずかしい。
しかし、彼を一人にしておくのも不安だ。だから私は、「少し見てきます」と言い、リビングを出た。
廊下にでもいるかと思ったが、武田はいなかった。となると、恐らく自室だろう。
私は勇気を出して、彼の部屋の扉をノックしてみた。緊張は頂点に達し、心臓は暴れるように脈打つ。息が詰まりそうになりつつ、返答を待つ。
しばらくすると、扉がゆっくり開いた。
「沙羅……!」
武田は目をぱちぱちさせる。いきなりのことに驚いているようだ。
「どうかしたのか?」
「い、いえ。一人で出ていかれたので、どうしたのかなー、って。少し気になりまして」
「そうか。だが気遣いは不要。少し一人になりたかっただけだ」
彼の微笑みはどこか寂しげであった。夕暮れ時に見上げる空のように、柔らかさの中に哀愁が漂っている。
やはり少しおかしい気がする。上手く言葉にできないが……違和感を感じるのだ。
「まだ何かあるのか、沙羅」
眉頭を寄せながら武田は言う。その顔にはどこか気まずそうな色が浮かんでいる。
もしかしたら彼は何かを隠しているのかもしれない。そんな風に思った。彼は、体は頑丈だが、心は脆い。それを知っているからこそ、余計に心配なのだ。
「武田さん。今、何か悩んでられますか?」
この際どうにでもなれ、くらいの勢いで質問してみた。
すると彼は口を結び視線を逸らす。表情を見た感じ、やはり何か隠していることがあるようだ。だが、そう簡単に話してはくれなさそうである。
「一人で抱え込まないで下さいね。辛い時には頼ってもいいんですよ」
「頼る?だが、誰に」
こんな返しがくるとは思っていなかった。まさか「誰に」なんて聞かれるとは。
どう返せばいいのだろう。どんな答えが一番適当なのか。暫し考え、私はやがて口を開く。
「私でよければ力になりますよ」
「つまり沙羅に話せばいいということか?」
「あ、あくまで一例ですけどっ……」
言ってしまってから凄まじい恥ずかしさに襲われる。
わざわざ自室にまで押しかけて、しかも自分に頼れだなんて。とんでもなく厚かましい女だ、私は。引かれるかもしれない。
私は逃げ出したい衝動に駆られる。しかし、彼の瞳が私を凝視しているので、逃げるに逃げられない。
「なんというか、すみません。出過ぎたことをすみません。それでは私はこれで……」
一刻も早く場を離れようと身を返した、その時。
「待て!」
武田が私の片腕を掴んだ。
気づかなかったふりをして軽く払おうと思ったが、彼の握力は、軽く払えるようなものではなかった。大きな手は私の腕を離さない——彼が私の心を捉えて離さないのと同じように。
これほど強く掴まれては、もはや気づかなかったふりなどできない。仕方がないので振り返ることにした。
「何でしょうか」
気まずさのせいか、つい冷たいことを言ってしまう。後悔しても時既に遅し。
「あ、いや……いきなり掴んだりしてすまん」
恐る恐る武田の顔に視線をやる。彼は気まずそうな顔をしていた。
「実は相談したいことがある」
「え?」
まさか、本当にあるとは。
「沙羅がそう言ってくれるなら、ぜひ甘えさせてもらいたい。構わないだろうか」
当然だ。武田に頼ってもらえているのだから、断る理由などあるわけがない。
「構いませんけど……でも、私でいいんですか?」
「あぁ、もちろん。むしろお前がいい。これは沙羅にしか相談できないことだ」
「は、はいっ。任せて下さい!」
レイを見習って元気よく返事してみたところ、見事なまでに失敗した。
冷静に考えれば、私がレイのように爽やかに振る舞えるはずがない。馬鹿げた試みであることは誰の目にも明らかだ。やってしまったな、と後悔した。今日はこんなことばかりである。
そんな私を見て、武田はふっと笑みをこぼした。地味だが確かに笑っている。どうやら面白かったらしい。
「元気そうで何よりだ」
彼はそんなことを言った。彼らしくない、柔らかな表情と声で。
今日は妙に長い日だ。
既に色々あったにもかかわらず、まだ終わりそうにない。今日は本当に色々なことが起こり続ける日である。とにかく巻き込まれる。
でも、不思議なことに、嫌だとは微塵も思わなかった。
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