コメディ・ライト小説(新)
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- 新日本警察エリミナーレ 【完結!】
- 日時: 2018/04/28 18:16
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hjs3.iQ/)
初めましての方は初めまして。おはこんにちばんは。四季と申します。
まったりと執筆して参りたいと思います。気長にお付き合いいただければ光栄です。
《あらすじ》
日本のようで日本でない世界・新日本。
そこには、裏社会の悪を裁く組織が存在したーーその名は『新日本警察エリミナーレ』。
……とかっこよく言ってみるものの、案外のんびり活動している、そんな組織のお話です。
シリアス展開も多少あると思います。
《目次》
プロローグ >>01-02
歓迎会編 >>05 >>08 >>13-18 >>23
三条編 >>24-25 >>30-31 >>34-35 >>38
交通安全教室編 >>39-40 >>43
茜&紫苑編 >>44-46 >>49-54 >>59-62 >>65 >>68-70
すき焼き編 >>72 >>76-78
襲撃編 >>79-84
お出掛け編 >>85-89 >>92-95 >>98 >>101-105 >>108-109
李湖&吹蓮編 >>112-115 >>120-121 >>126 >>129-140
畠山宰次編 >>141-146 >>151-158
約束までの日々編 >>159-171
最終決戦編 >>172-178 >>181-188
恋人編 >>189-195 >>198 >>201-202
温泉旅行編 >>203-209 >>212-226
結末編 >>227-229
エピローグ >>230
《イラスト》
武田 康晃 >>28 (御笠さん・画)
モルテリア >>55 (御笠さん・画)
一色 レイ >>63 (御笠さん・画)
京極 エリナ >>90 (御笠さん・画)
天月 沙羅 >>123 (御笠さん・画)
《感想など、コメントありがとうございました!》
いろはうたさん
麗楓さん
mirura@さん
ましゅさん
御笠さん
横山けいすけさん
てるてる522さん
mさん
MESHIさん
雪原みっきぃさん
織原姫奈さん
俺の作者さん
みかんさいだーくろばーさん
ホークスファンさん
IDさん
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.170 )
- 日時: 2018/03/14 15:44
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 96KXzMoT)
108話「傍にいて護りたい」
武田が運転する車に乗り、約二十分。エリミナーレの事務所へ到着した。
入り組んだ決して明るくはないこの気持ちは、容易く拭えるようなものではない。けれども、ナギやモルテリアがいることで、ほんの少しだけ気が楽になる。
私は喧騒は好きではない。ただ、今は騒がしさに救われる気がする。そもそも、人が多いというだけでもだいぶ違う。
エレベーターもあるのだが、敢えて階段をのぼり、事務所の扉を開けた。
「あら。お帰りなさい」
事務所に入るなり、エリナがそんな言葉をかけてくれた。彼女は偶然そこにいたようだ。
エリナは珍しく前髪を上げている。前髪を上げたことで見えるようになった額には、熱冷ましのためのシートが貼ってあった。
桜色の髪と水色のシート。自然な色合いで、意外と違和感がない。
「エリナさーんっ!」
動けてはいるもののどこかぼんやりした目つきのエリナに、ナギがいきなり勢いよく抱き着く。ぱふん、と軽い音がした。
いつものエリナなら強烈な一撃を食らわせでもしたことだろう。
だが今日の彼女はまだ万全の調子ではない。だから「離して!」と言うだけだった。
「体調は大丈夫なんすか?歩いてても平気っすか?」
「そこまで弱ってないわ」
「ならいいんすけど……凄く心配したっす!」
ナギの大胆な行動に、私は驚きを隠せない。
目上の女性——しかも気の強いエリナに、断りもなく抱き着くとは。さすがナギ、といったところか。
並の人間には到底できないことである。
「今からは俺がじっくりお世話して差し上げるっすよ!」
「いらないわ。もう熱もだいぶ下がったもの」
「え。もう?今何度っすか?」
「七度五分」
それでも平熱に比べれば高い。十分「発熱している」と言えるレベルだ。だが、昨日と比べればかなり下がっている。
早めに薬を飲んだのが功を奏したのだろう。
「えぇっ。高いじゃないっすか!」
「八度ないもの、まだましよ」
「いやいや!八度は普通にヤバイっしょ!」
エリナとナギが話しているのを見ていると、なぜか心がほんわかした。
会話の内容的にはほんわかするようなものではない。にもかかわらずほんわかするのは、事務所にいつもの騒がしさが戻ってきたからに違いない。
ナギの馬鹿げた行動すらも、今は微笑ましく感じた。
やがて、ナギとの会話に疲れたらしきエリナが、落ち着いた声で述べる。
「リビングへ行きましょ、ここで話し続けるよりかはいいわ。座れるもの」
彼女の提案に対し、ナギは明るく「名案っすね!」と応じた。
「いざ、リビングへ!っすね」
「そうよ」
言ってから、エリナは私たちに視線を向ける。茶色い瞳にはほんの僅かに光が戻ってきていた。
「全員、一度リビングへ。話はそれからにしましょう」
エリナが少し元気そうになっているのを見て、私は安心した。
レイのことや偽瑞穂のことなど色々あったので、エリナはここのところかなり疲れているようだった。表情も、らしくなく暗いことが多かった気がする。
日頃は迷惑なナギにも存在意義はある——改めてそう確信した。
リビングへ集まる。
そこにはなぜか李湖もいた。彼女がいていいのだろうか、と思っていると、エリナが口を開く。
「李湖。貴女は向こうへ行っておいてちょうだい」
「えー、酷ーい。仲間外れとか駄目ですよぉー」
「黙って出ていきなさい」
エリナは静かに言いながら、李湖をジロリと睨む。畏怖の念を与えるような鋭い目つきだ。
すると李湖は先ほどまでとは打って変わって身を小さくする。そして不満げに「はいはい、分かりましたよー」などと漏らしながらリビングの外へと向かった。
李湖が出ていくとほぼ同時に、話が始まる。
「さて、ナギ。レイの容態は?」
エリナは尋ねながらいつもの席に座り、引き出しから取り出したマスクを着用。マスクを常備しているとは意外だ。
「四肢や体に火傷があるらしいっす。多分爆発のせいっすね。命に別状はないし意識もあるっすけど、しばらくは安静にしとくようにって」
無傷とはいかなかったが、命が危ないような大怪我でなくて良かった。それは本当に思う。
「安静、ね……。ということは、いずれにせよ無理ね」
「無理?何がですか?」
「宰次との戦いに参加するのは無理、ということよ。これでレイを説得するしないの問題はなくなったわね」
エリナは少し安堵しているようにも見えた。
レイをどう説得して一緒に戦ってもらうか、エリナはエリナなりに頭を悩ませていたのかもしれない。
「それで、レイの他に降りるつもりの人はいるかしら。もしいれば今言ってちょうだい」
淡々とした声でエリナが尋ねる。
その言葉によって、リビングは静かになった。授業中に先生が声を荒らげた時のような、静寂である。もちろん私も黙る。
様子を窺い合うような時が流れ——最初に言葉を発したのはモルテリア。
「……降りない。けど……何もできない……」
肩を縮め、僅かに目を伏せている。何もできないことを申し訳ないと思っているようだ。もっとも、彼女は酢プラッシュをすれば普通に活躍できると思うのだが。
「俺も降りないっす!あんなやつ、俺がちゃちゃっと片付けてやるっすよ!」
ナギは自信に満ちた顔で言った。モルテリアに続き二人目だ。
それからエリナは私の顔をじっと見つめてきた。肌を刺すような真っ直ぐな視線である。
「沙羅はお父さんの件があるから参加して。極力危険な目に遭わずに済むよう配慮はするけれど、どうなるかは分からない。覚悟して挑んでちょうだい。いいわね?」
「あ、はい。大丈夫です」
私がそう答えると、エリナは武田へ視線を移す。
「武田、貴方はもちろん降りないわよね?」
「はい。約束ですから」
「参加するからには、普段通り働いてもらうわよ」
「そのつもりです。……ただ」
武田は眉ひとつ動かさず、真剣な顔つきをして、淡々とした声色で述べる。
「沙羅を護らせて下さい」
それを聞いた私は思わず「えっ」と漏らしてしまった。だが、非常に小さな声だったので、恐らく誰にも聞こえてはいないだろう。
「沙羅をもう辛い目に遭わせたくない。悲しませたくない。だからどうか、この娘の傍にいさせて下さい」
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.171 )
- 日時: 2018/03/15 17:47
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: IWueDQqG)
109話「真剣」
武田の顔は真剣そのものだった。静かな中にも強い意思の感じられる顔つきをしている。エリナを見つめる眼差しは真っ直ぐで、微塵の迷いもない。
一応お願いという形をとってはいるが、心は固く決まっているようだ。
「何よ、いきなりプロポーズ?」
エリナは冗談めかす。
しかし動揺を隠せてはいない。もっとも、いきなりこんなことを言われたのだから、動揺するのも無理はないが。
それに私はエリナのことを言える立場にはない。私だってかなり動揺しているからである。
「いえ、違います。沙羅を護る許可をいただきたいのです」
武田は淡々と述べる。非常に落ち着いていた。
彼は決して揺るがない。エリナはそう察したようだ。軽く深呼吸してから、ゆっくりと告げる。
「……分かったわ。貴方には沙羅の護衛を任せる。その代わり、こちらからも条件を提示させてもらうわね」
「何でしょう」
「条件一、沙羅に一つも傷をつけさせないこと。条件二、貴方も生きて帰ること。飲んでくれるかしら」
武田は瞼を閉じ、数秒黙る。そして、やがて言う。
「分かりました。それで問題ありません」
エリナは足を組み直し、「決まりね」と独り言のように呟く。
「それじゃあ、ナギ」
「はいっ!」
「貴方が私についてちょうだいね」
するとナギの表情がぱあっと晴れた。
まるで雨上がりに雲の隙間から光が差し込んできたかのようである。
「そりゃもう、喜んで!本気でいくっす!」
「今回は特に、うっかりミスは許されないわよ」
「イエス!ノーミスでいくっす!」
浮かれた様子のナギは、軽いノリで言いながらビシッと敬礼する。やる気満々のようだが、妙に高いテンションが心配である。
だが彼もエリミナーレの一員。そう容易くやられることはないだろう。
「悪いな、ナギ」
武田は珍しく素直だ。
ナギはすぐに調子に乗る。
「心から感謝してほしいっすね!危険な任務を引き受けてあげるんすから!……エリナさん可愛いんで嬉しいんすけどね」
最後若干本音がポロリしていた気もするが、それは聞かなかったことにしよう。敢えて突っ込むほどのことではない。
「私のわがままに付き合ってくれること、心より感謝する。この恩はいつか必ず返す」
「ちょ、なんすか!?なんか重いっすよ!」
「重くはない。当然のことだ」
「めんどくさ……」
妙に深刻な顔で話す武田に、ナギは呆れた表情を浮かべる。心から面倒臭いと思っているような表情だった。
「ではレイ以外全員参加ね」
エリナの言葉に、全員がしっかりと頷く。決して迷いのない瞳で。
全員がそれぞれ覚悟を決めたところで、ナギが話し出す。
「そうそう、エリナさん!報告があるっすよ!」
「どうぞ」
「吹蓮のことなんすけど」
「何かしら」
「自爆したらしいっす!」
それを聞き、エリナは眉をひそめた。怪しむような目でナギを見ている。
「レイちゃんが言ってたんで、間違いないっすよ!」
ナギだって最初は信じていなかったのに、と内心思った。
「吹蓮が自爆ですって?……なんだか怪しいわね。このタイミングで吹蓮が自爆することを、あの宰次が許すかしら」
「他の手がある、ということかもしれませんね」
私は勇気を出して会話に参加してみる。
誰かと誰かが真面目な話をしているところに入っていくのは苦手だ。だが、だからといっていつまでも黙っていては、空気同然である。
エリミナーレの一人なら、空気同然では駄目だ。そう言い聞かせ、自身を鼓舞する。
「お!沙羅ちゃんが自ら入ってくるとか、レアチーズケーキっすね!なんか思いついたんすか?」
「もっと役に立つ者が現れたから吹蓮を切り捨てた、とか考えました」
普通はそんな酷なことはなかなかできないだろうが、宰次ならやってのけそうだ。
なんせ彼は、親しかった瑞穂すら殺めた男である。依頼という繋がりだけしかない吹蓮など、躊躇いなく切り捨てられるに決まっている。
「あー、なるほど。吹蓮はもういらなくなったってことっすね」
「確かにそれはある」
何事もなかったかのように突然参加してくる武田。
彼は納得したように頷きつつ、握手を求めてくる。
「さすがだ、沙羅。お前は本当に良いことを言うな。やはりお前は、エリミナーレに相応しい素敵な女性だ」
なんのこっちゃら、である。
私は素敵な女性ではない。
「ひゅーっ!武田さんってば、沙羅ちゃんにメロメーロっすね!」
「黙りなさい、ナギ」
「いてぃっ!!」
余計なことを言い出したナギは、席から立ち上がってきたエリナに背中をしばかれ、痛みに身を縮める。
「……とにかく。あと数日、おのおの調子を整えておくように。最良のコンディションで行くのが礼儀だものね」
エリナは落ち着いた声色で述べた。
マスクをしていても、女王の風格は消えはしない。顔全体が見えなくとも、彼女の大人びた雰囲気は変わらない。
「……うん、頑張る。調子、整えるものない……けど……」
「拳銃の調整は必須っすね!早速弄ってくるっすわ!」
モルテリアとナギは返事するや否や離れていく。解散の号令は放たれていないにもかかわらず。
……かなり自由奔放だ。
一方、場に残った武田は、エリナの茶色い瞳をじっと見つめ、「ありがとうございます」と礼を述べていた。
相変わらず真剣な顔で。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.172 )
- 日時: 2018/03/17 11:41
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5VHpYoUr)
110話「いざ、戦場へ」
そして、約束の日が訪れた。
今にも雨が降りそうな、どんよりした灰色の空。窓の外の木々を揺らす、いかにも冷たそう突風。
あまり明るい気分になれる日ではない。
緊張や不安が渦巻き、私は朝から何も話せなかった。元気よく言葉を発する気にはなれない。笑顔になることなどもちろん不可能だ。
着替えを終え、リビングの端でしゃがんでいると、漆黒のスーツに身を包んだ武田が現れた。しゃがみこむ私の方へ進んでくる。
「おはよう、沙羅。体調が悪いのか?」
「……いえ。別に」
「いつもより顔が青い。貧血気味か?無理だけはするなよ」
彼はさりげなく私の前にしゃがみ、私の手を握り「大丈夫だ」と言ってくれる。
その言葉に私は救われた。
雪を溶かす日差しのように。泥を落とす雨粒のように。彼の言動は、私の中の緊張と不安を徐々に減らしていく。
「……ありがとうございます」
私は小さく礼を言った。
彼の体はまだ完全に回復してはいないかもしれない。そんな不安が付きまとう。
「武田さん……、無理だけはしないで下さいね」
「あぁ、もちろん。今日は鎮痛剤を飲んで行く。これで突然来る痛みは防げるだろう」
「なるべく怪我しないように気をつけて下さいよ」
「あぁ、そうだな。沙羅を悲しませないように頑張る」
小さくガッツポーズをしながら、彼ははっきりと宣言した。
何度も言い聞かせておけば、少しは怪我しないよう努めてくれるかもしれない……いや、それは幻想か。だが、少なくとも、負傷すること前提のような乱雑な戦い方はしないだろう。
本当は武田には無傷で切り抜けてほしいのだが、それはさすがに贅沢を言いすぎというもの。彼が受ける傷が少しでも減ればそれでいい。
「そういえば沙羅。護身用の、拳銃風のアレは持っているのか?」
「あ、はい」
私は武田に言われて思い出す。昨日ナギから渡された、本物ではないがおもちゃにしては危険な拳銃のことを。
私は拳銃とホルスターを武田に見せる。
「これですよね」
腰に装着するタイプのホルスターはナギのお古を借りた。
「ちゃんと着けられそうか?無理なら早めにナギか誰かに頼むといい」
「武田さんはできませんか?」
「私はやってみたことがない。役に立てず、すまない……」
眉尻を下げ、しゅんとする武田。こんな顔をされては、こちらも辛い。
「い、いえ!厚かましく頼んだ私が悪かったんですっ。本当は自分ですべきことなんでっ。武田さんは悪くないです!」
「そう言ってくれるか……」
「当然ですっ。武田さんは拳銃なんか使わないですもんね」
「肉弾戦しかできずすまん……」
「え!?いや、そんなつもりじゃないですよ!」
何か言うたび、いちいち落ち込んだような顔をする。今日の武田はいつもより厄介な感じだ。
私は彼の手をそっと握り、小さく呟く。
「……頼りにしてます」
すると彼は、驚いたように、何度か目をぱちぱちさせる。それから少しして、「そうか」と述べた時、彼は気恥ずかしそうな表情を浮かべていた。
武田の羞恥の感覚は実に謎だ。
彼は、普通照れ臭くて言えないようなことを、躊躇いなく堂々と言ったりする。なのに、こんな細やかな言葉に、気恥ずかしそうな顔をしたりする。
謎は深い。
それから私は、こっそりレイに電話をかけてみた。彼女が携帯電話を持っているのかはっきりしなかったのだが、電話に出てくれたので持っていたのだと分かった。
『もしもしー、あ、沙羅ちゃん?』
少し嬉しそうな声色。
私はほっとする。
ここのところ、レイはあまり元気そうではなかったからだ。ほんの僅かでも、明るい声を聞けると幸福を感じる。
「はい。今日、行ってきます」
『あっ……』
レイは言葉を詰まらせる。私は明るい空気に戻そうと努め、いつもよりはっきりした声を出す。
「頑張ってきます!って言っても私はお荷物同然ですけど……あはは」
明るく振る舞おうとしてみるも、なかなか上手くいかない。ぎこちない、不自然な明るさになってしまう。
『沙羅ちゃん、大丈夫?無理しちゃ駄目だよ?』
「無理はしないよう気をつけます。レイさんはゆっくりしていて下さいね」
『ありがとう。……ごめんね』
彼女は少し寂しげだった。もちろん顔が見えるわけではないが、きっと暗い顔をしていたことだろう。そんな気がする。
『あたし、一緒に行けなくてごめんね』
「そんな!謝らないで下さい。今はゆっくり休んで下さいね。元気になったら、またみんなですき焼きとかしましょう!」
思いつきでおかしな提案をしてしまった。
レイはくすっと笑みをこぼす。この状況で笑われるとは、少々恥ずかしい。
『ありがとう、沙羅ちゃん。きっとまた帰るから』
彼女は少し空けて続ける。
『今日は頑張ってね』
レイからの励ましの言葉が、今は何より嬉しかった。
大層な激励ではなく、細やかで純粋な励まし。運命を変えてくれるような大きなものではないけれど、その言葉は確かに、私を前向きな気持ちにさせてくれた。
全員が準備を終えた頃、私たちは車に乗り込む。宰次と約束した通り、この前の建物へ向かうべく。
運転席の武田は、小さく「では」と言ってから、アクセルを踏む。車は走り出した。ここまではそこそこスムーズにいけた方だろう。
「エリナさん、熱下がって本当に良かったっす!」
「そうね」
「もう本調子っすか?」
「……えぇ」
後部座席に座っているナギは、隣のエリナに、積極的に話しかける。しかしエリナはいい加減な返事しかしない。彼女は楽しく話せるような心理状態ではないのだろう。
「そういえばエリナさん。李湖は?今日見かけてないっすけど」
「レイのところよ」
「えーっ!レイちゃんのとこ!?何でっすか!?」
「レイだってエリミナーレの一員だもの、状況を伝えるくらいはしておきたいのよ。だから、李湖にはレイの荷物を届けに行ってもらったの」
「あー、なるほど。携帯ないとレイちゃんに連絡できないすもんね」
会話を聞き、私は嬉しかった。エリナがレイを切り捨てていないと分かったからだ。エリナは今でもレイをエリミナーレの一員と思っている。そのことに安堵した。
——やがて、エリナが口を開く。
「目標はただ一つ。宰次を捕らえることよ」
こうしてたわいない会話をしている間にも、宰次の待つ場所へ徐々に近づいていっていたのだ。エリナの宣言を耳にし、改めてそう感じだ。
「今ここにいる五人、誰一人欠けることなく任務を完遂する!」
凛々しさを感じる声で言い放つエリナ。決して激しくはないが、熱いものを感じられる声色である。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.173 )
- 日時: 2018/03/18 05:30
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 3KWbYKzL)
111話「恐怖を抱きながらも」
「……光った」
モルテリアが静かな声で言ったのは、もうすぐ着く、という時だった。
武田はすぐにブレーキを踏む。タイヤと地面が擦れる高く鋭い音が鳴り、車は停まる。シートベルトをしていて良かった、と安堵した。
——直後。
弾丸がフロントガラスに突き刺さる。ちょうど武田の目の前だ。
彼は一瞬にしてシートベルトを外すと、ドアを開け、切羽詰まった声で叫ぶ。
「降りろ!」
次は私に弾丸が来るかもしれない、という恐怖が突然襲いかかる。私はあまりの恐怖に動けなくなってしまった。
指、手、腕に足。すべてが激しく震え出す。
後部座席の三人は既に車を降りていた。車内に私だけが残ってしまう。
何とか速やかに外へ出ようとするが、シートベルトを外すことすらままならない。なんせ、手が震えてまともに動いてくれないのだ。
「沙羅!何をしている!?」
私がもたついていることに気づいた武田は、すぐに車内へ戻ってきてくれた。
「どうしたんだ」
「こ、これ……取れなくて……」
私はシートベルトを指差す。それが限界だ。
「任せろ、すぐに外す」
武田はその大きな手が私のシートベルトへ伸ばした——刹那。車外のエリナが叫ぶ。
「二発目が来るわよ!」
怖い。純粋に。
生まれて二十年以上経つが、これほど怖いと思ったことはない。
シートベルトを外した武田は、私に被さるような体勢をとり、耳元で小さく呟く。
「目を閉じろ」
「……え」
「いいから。早く」
日頃より厳しい声色だった。
なので私は指示通り目を閉じる。彼がいるから大丈夫。そう信じ、その場でじっとすることに専念する。
それから数秒、硝子が割れるような聞き慣れない音が耳に飛び込んできた。鋭さはあるが、一瞬だけの音だった。
「沙羅、少しじっとしていてくれ」
硝子が割れるような音が消えた後、武田の声が聞こえた。それとほぼ同時に体が持ち上がる。どうやら彼が抱えあげてくれたようだ。
こうして、私はようやく車外に出られた。
怪我なく済んだことは嬉しいが、逆に、早速迷惑をかけてしまったことは悔しい。改めて自分の弱さを感じてしまい、少し胸が痛くなる。
「怪我はないか?」
「は、はい」
「そうか。……良かった」
安堵したように笑みを浮かべる武田。彼の笑みは、自然で、とても優しく、そして柔らかだった。
そこへ飛んでくるエリナの指示。
「徒歩で建物へ向かうわよ!」
指示を聞き、武田は立ち上がる。それを見習い、私も腰をあげる。
「沙羅、歩けるか」
「はい。大丈夫です」
彼の問いに頷く。
この頃になって、ようやく足の震えが収まってきた。色々と危ういが、何とか歩けそうだ。
「武田!何してるの!もたもたしてないで、早く来なさい!」
ナギとモルテリアを引き連れて先に駆け出していたエリナが、振り返り、遅れている私らに向けて叫ぶ。いつになく緊迫した声だった。しかも「的にされるわよ!」などと付け加える。物騒なことを言わないでほしい、と密かに思った。
この状況下でそんな物騒なことを言われては、不安が高まって仕方ないではないか。やみくもに不安を煽るような発言は、極力避けていただきたいものである。
「行こう、沙羅」
不安が募る中、私は武田に手を引かれ歩き出す。速度は徐々に上がり、いつしか小走りのようになっていく。
足の回転が速まると同時に、胸の鼓動も加速していく。やがて呼吸も速くなる。
もっとも、それが単に運動したせいなのか否かは、誰にも分からないが。
やがて建物へたどり着く。
一見どこにでもありそうに思える、何の変哲もない三階建てくらいの建物である。以前宰次に連れてこられた時に見たのとまったく同じ光景だ。
入り口付近へ到着すると、エリナがやや大きめの声で言い放つ。
「約束通り来たわよ!畠山宰次!」
この季節にしては冷たい強風が、桜色の髪を激しく揺らす。エリナは面倒臭そうに、片手で髪を押さえていた。
「まさか逃げたんじゃないでしょうね!」
代表してエリミナーレの到着を伝えるエリナには、真剣な顔つきのナギがぴったりと張り付いている。
細身で高校生のような顔立ちのナギだが、真剣な顔つきをしていると、一人前のボディーガードに見えないこともない。今日は珍しくスーツを着ているので、その影響もあるのかもしれないが。
『……ふふ。逃げた、とは面白い発想ですな』
どこからともなく宰次の声が聞こえてきた。
生の声ではなさそうな感じがする。恐らく、建物周辺に設置されたスピーカーから、聞こえてきているのだろう。
『僕が逃げるわけないことは、分かっているでしょう?ふふ。まずは最上階まで来ていただきましょうかな。……天月さんをお忘れなく』
「沙羅を利用するなんて、随分卑怯なのね!畠山宰次!」
『僕のもとには天月さんの父親がいますからな。彼が殺されて困るなら、絶対に、天月さんを忘れぬように』
「覚悟なさい、卑怯者!必ず痛い目に遭わせてやるわ!」
エリナは彼への不快感を隠さない。露骨に顔に出している。隠す必要もない、という判断を下したようだ。
——それにしても、なんて卑怯なのだろう。
私はこの時、宰次に対し、初めてそんなことを思った。
人一人の命がかかっていればエリナは逆らえない。それを知っていてこんな手を使っているのだろう。人の命で自在に操ろうとするなど、卑怯の極みである。
「……沙羅は頼むわよ」
エリナは静かに、私の近くに待機している武田を一瞥する。それに対し武田は首を縦に動かす。
それから数秒後。
放たれた、エリナによる「突入!」の合図で、私たちは建物へ入っていくこととなった。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.174 )
- 日時: 2018/03/19 18:39
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: loE3TkwF)
112話「絶好調」
正面玄関から突入する。
最初にエリナとナギ、その少し後方にモルテリア。私と武田は、三人の背を追うように駆け出す。
一階の通路では、黒服の男たちが待ち受けていた。
男たちの体形に統一感はなく、がっしりした者もいれば、しゅっと背の高い者もいる。髪色や髪型も様々だ。全員に共通しているのは、黒服であることと、何かしら武器を装備していることだけである。
「捕らえろ!」
リーダー格の男が叫んだ。同時にそれぞれ戦いの構えをとる黒服の男たち。だが、エリミナーレは、そんな構えに臆するほど弱虫の集まりではない。
「……やるしかないみたいね」
エリナは呟き、黒光りした鞭をいつでも使えるように持ち直す。ナギは拳銃を取り出しつつ、エリナに話しかける。
「このむさ苦しい奴ら、一掃するっすか?」
「えぇ。ただ、なるべく死なせないこと」
「もちっす!心配せずとも、ちゃーんと弾入れ替えてるっすよ!」
ナギは、片手で握った拳銃を、かっこつけるようにクルッと回す。
その時、リーダー格の男が「かかれ!」と叫んだ。それを合図に一斉に動き出す。銃器を持つ者は引き金に指を当て、刃物を持つ者は走って接近してくる。
「撃たせやしないわよ」
銃器を持つ黒服の男たちが引き金を引くより先に、エリナは黒い鞭を振るう。鞭は蛇のようにうねり、男たちの手から銃器を払い落としていく。長い鞭を自由自在にコントロールするエリナを眺めていると、いつの間にか、感動に近いような何かを感じていた。
華麗に舞うエリナに見惚れていると、背後から一人の男が迫ってきていた。
「まずは一人っ!」
手には刃渡り三十センチほどの刃物。刺されてはまずい、と本能的に察知する。しかし既に距離を詰められていて、逃れられそうにない。
私は思わず身を縮める。
もう駄目かもしれない——そう思いかけた。だが、男の気配に気づいた武田が、すぐに身を返す。男は武田に気づかれ睨まれたことで怯む。
「沙羅に刃を向けるな」
怯んだ一瞬の隙を逃さず、武田は、男のナイフを持った腕を掴む。そして、空いているもう片方の手で男の手首を捻り、ナイフをもぎ取った。
十秒もかかっていない。
恐らく何度も経験があるのだろう、非常に慣れた手つきである。
「くっ、くそっ!」
ナイフを奪われても男はまだ諦めていない。既にそれを理解している武田は、男の腹に蹴りを入れる。武田にしては軽めの蹴りだが、一般人の動きを封じるには十分な威力のようだった。
男を蹴り飛ばしてから、彼は小さく「よし」と呟く。そして、私の方へ視線を向けてくる。
「大丈夫そうだ、沙羅。鎮痛剤は十分に効いている。今日は傷を気にせず戦えそうだ」
「本当ですか?」
「あぁ。今日は調子が良い」
それからも、武田は、接近してくる黒服の男を続々と退けていく。
その中で彼は一つも傷を負わなかった。今日の武田は、今まで私が見た中で一番の強さを誇っていた。動きに切れがあり、乱雑さもない。見事な戦い方だ。
おかげで黒服の男たちはすぐに片付いた。
「進むわよ!」
エリナの声が聞こえたので、武田と共に走り出す。今はまだ予想できぬ未来へと。
しばらく進み、二階へ上がる。全員揃っているので心細くはない。それだけが救いだ。
二階の通路を歩いている時、モルテリアが唐突に声をかけてきた。その手には一枚のりんごチップス。
「……沙羅、平気……?これ、食べて……」
「あ。ありがとうございます。でも今は結構です」
りんごチップスを食べている余裕はさすがにない。いつ何があるのか分からないのだから。
「りんご嫌い……?……赤くて、丸くて一生懸命……生きてる、りんごなのに……」
「嫌いじゃないですけど、さすがに今は……」
断りたいが断りづらい。困っていると、武田が話に参加してきてくれる。
「こら。モルは沙羅に絡むな。沙羅が気を遣って疲れるだろう。たとえ良心であっても、押し付けは良くない」
「でもりんご可哀想……。食べられるの、せっかく……待ってたのに……」
「沙羅で消費しようとするな。残った物は残しておいて構わないから」
「でも、余ったら……りんごが可哀想……」
「とにかく。話は後だ」
面倒臭くなったのか、武田は無理矢理話を終わらせた。彼が面倒臭がる立場というのはなんだか新鮮である。
「モルちゃん。りんごチップスは後で俺が貰うっすよ」
「本当……?」
「嘘つくわけないっしょ!本当っすよ」
「嬉しい……!」
心から喜んでいるらしく、モルテリアは頬を赤く染めていた。
——その時だった。
通路の向こう側から、こちらへ歩いてくる人影を発見する。成人女性にしても小さな人影だ。
先頭を行っていたエリナは立ち止まり、警戒したような顔つきになる。
「……来たね、エリミナーレ」
「えへへっ。待ってたよぉ」
人影はよく見ると二つだった。背は低く、短い髪。子どものような顔つき。
「紫苑?それに、茜!?」
懐かしい顔の登場に驚きを隠せないエリナ。平静を装うことも苦手ではない彼女だが、こればかりは平静ではいられなかった。
私の前にいる武田も、みるみるうちに目つきを鋭くする。
「そうだよぉ。覚えてもらえてて嬉しいなぁ、久しぶりぃ」
燃えるような赤い瞳の茜は、前と変わらない口調で挨拶してくる。
「貴女たちは新日本警察が保護していたはずじゃ……」
「おじさんが解放してくれたんだよぉ。優しい人だよねぇ、畠山宰次さんって!」
茜の言葉に、エリナは愕然として固まっていた。言葉が出てこないみたいだ。口紅の塗られた唇が微かに震えている。
「エリミナーレは、祖母の仇。……覚悟!」
声は冷淡で、顔は無表情。ただ、紫色の瞳には闘志が燃えているようである。ずっとにこにこしている茜とは対照的に、紫苑は真剣な空気を漂わせていた。
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