コメディ・ライト小説(新)

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新日本警察エリミナーレ 【完結!】
日時: 2018/04/28 18:16
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hjs3.iQ/)

初めましての方は初めまして。おはこんにちばんは。四季と申します。
まったりと執筆して参りたいと思います。気長にお付き合いいただければ光栄です。

《あらすじ》
日本のようで日本でない世界・新日本。
そこには、裏社会の悪を裁く組織が存在したーーその名は『新日本警察エリミナーレ』。
……とかっこよく言ってみるものの、案外のんびり活動している、そんな組織のお話です。

シリアス展開も多少あると思います。

《目次》

プロローグ >>01-02

歓迎会編 >>05 >>08 >>13-18 >>23
三条編 >>24-25 >>30-31 >>34-35 >>38
交通安全教室編 >>39-40 >>43
茜&紫苑編 >>44-46 >>49-54 >>59-62 >>65 >>68-70
すき焼き編 >>72 >>76-78
襲撃編 >>79-84
お出掛け編 >>85-89 >>92-95 >>98 >>101-105 >>108-109
李湖&吹蓮編 >>112-115 >>120-121 >>126 >>129-140
畠山宰次編 >>141-146 >>151-158
約束までの日々編 >>159-171
最終決戦編 >>172-178 >>181-188
恋人編 >>189-195 >>198 >>201-202
温泉旅行編 >>203-209 >>212-226
結末編 >>227-229

エピローグ >>230

《イラスト》

武田 康晃 >>28 (御笠さん・画)
モルテリア >>55 (御笠さん・画)
一色 レイ >>63 (御笠さん・画)
京極 エリナ >>90 (御笠さん・画)
天月 沙羅 >>123 (御笠さん・画)

《感想など、コメントありがとうございました!》
いろはうたさん
麗楓さん
mirura@さん
ましゅさん
御笠さん
横山けいすけさん
てるてる522さん
mさん
MESHIさん
雪原みっきぃさん
織原姫奈さん
俺の作者さん
みかんさいだーくろばーさん
ホークスファンさん
IDさん

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.215 )
日時: 2018/04/16 04:25
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: fMHQuj5n)

145話「無謀な挑戦」

「沙羅ちゃん、何言ってるの!?危ないよ!」
 レイが戸惑いを露わにしつつ、私を制止しようとする。けれど、そのくらいでは私の心は変わらない。
「武田さんもレイさんも怪我してる今、私がやらないと」
「そんなのいいから……」
「これ以上皆さんが傷つくのは嫌なんです!」
 せっかくの旅行なのに、私のせいで迷惑をかけるのはもう嫌なのだ。エリミナーレとして過ごす最後の数日かもしれないのに、またしても武田が苦しむのは嫌だ。
 だから私は、一歩前へ踏み出す。
 すると、それに気づいた水玉マスクが、こちらへ視線を向けた。
「やんのか?」
「武田さんを離して下さい」
「テメェ、何、威張ってやがるんだ。小娘の分際で」
 水玉マスクのどすの利いた声を聞くと体が強張った。
 恐怖が込み上げて、逃げ出したい衝動に駆られる。だが逃げ出すわけにはいかない。だから私は、「逃げるな」と自身に強く言い聞かせ、水玉マスクを真っ直ぐに見すえる。
「人に刃物を向けるなど、許されることではありません!」
「あぁん?そんなこと分かってらぁ」
「ならすぐに止めて下さい!」
 私は発言することを止めない。しかも敢えて偉そうな言葉を選んでいく。
 本当は相手を刺激するような発言は極力慎みたいところだ。しかし今だけは敢えてそれをする。
 水玉マスクを武田から引き離すためだ。
「小娘の命令なんかに従うわけねぇだろ。テメェに戦う力がないことは分かってんだよ」
 ニヤリ、と不気味に笑う水玉マスク。
 何事かと思えば、彼の持つ果物ナイフの刃が武田の首に食い込んでいた。武田の首を一筋の赤い液体が伝っている。
「そもそも、この男がこんな目に遭っているのはテメェのせいだろ!テメェが屑だからだろうがよ!」
 水玉マスクがそう怒鳴った瞬間、武田の表情が豹変した。
 細い目には怒りの色が浮かび、全身から殺気のようなものが漂う。今の武田は、獲物に襲いかかる直前の獣のような顔つきをしている。
 しかし、水玉マスクはそれに気がついていない。意識が私に向いているからだろう。
「……まぁいい。そんなに死にてぇなら、テメェから叩き潰してやる!」
 そう叫んだ水玉マスクは、急に武田から離れ、こちらへ迫ってくる。手には果物ナイフ。凄まじい勢いだ。
 レイが割って入ろうと踏み出すのが、視界の隅に入る。だが水玉マスクの方が速い。
「おらっ!」
 タックルを受け、私は後ろに数メートル飛ばされる。布団が敷いてあるおかげでたいした痛みではなかったが、すぐには動けない。そんな私に向けて振り下ろされる果物ナイフ。
「嫌っ……」
 私は咄嗟に両腕を前に出し、目をつぶる。
 その次の瞬間、腕に痛みが走った。
 恐る恐る瞼を開けると、腕から赤いものがこぼれ落ちているのが、視界に入る。大量出血するほどの傷ではなさそうだ。しかし傷口が熱い。
「……っ!」
 再び果物ナイフを大きく振り上げる水玉マスク。
 もう一撃はまずい。
 私はまたしても両腕を前に出し、反射的に目を閉じる。
 怖い。また切られるのは、痛みを感じるのは、怖い。しかし、私の心は落ち着いていた。しかも、なぜか妙に晴れやかだった。危機的状況を恐ろしいとは感じても、悔やむことは何もない。
 武田を救えたのだ、それでいい——。

 刺されると思った。
 死ぬかどうかはともかく、負傷することは必至だと、そう思っていた。
 しかし、果物ナイフの刃が私の体に触れることはなく。
 代わりに耳に飛び込んできたのは、ドガァン、という凄まじい音。信じられないような大きな音だ。
「沙羅!」
 音が空気を震わせた直後、耳の近くで武田の声が聞こえた。
 私はゆっくりと目を開ける。すると、すぐ近くに彼の顔があった。こちらを見つめる彼の瞳は、不安げにゆれている。
「すまない、沙羅。すまない、本当に……」
「えっ。え?」
 水玉マスクの姿が見当たらない。
「あの男の人は……?」
 その問いに、武田がきっぱりと答える。
「蹴り飛ばし、気絶させておいた。しばらくは大丈夫だ」
 首から上だけを動かし、部屋の奥へ目をやる。すると、水玉マスクが床に倒れているのが見えた。びくともしない。
「それより腕だ。沙羅、少し待っていられるか?」
「は、はい」
「すぐに止血するからな」
 言うなり洗面所へ走り出す武田。
 私は彼の言葉によって、腕を怪我したことを思い出した。腕を持ち上げると、赤いものがぽたぽたと垂れ、布団に染みをつくる。
 今度は逆に首から上だけを玄関側へ向ける。すると、電話をかけるレイの姿が見えた。
「持ってきた。これで止める」
 ぼんやりしているうちに、武田が洗面所から帰ってくる。その手には分厚いタオルが何枚か持たれている。
「意識はちゃんとあるか?」
「はい、大丈夫です」
「良かった。もう辛くないからな」
 武田は私の腕を掴むと、分厚いタオルを当てて圧迫する。
「……レイさんは?」
「エリナさんと旅館に、連絡しているところだ」
「……ごめんなさい。もっと早くそうすべきでしたね」
 私たちだけで対処しようとしたのが間違いだったのかもしれない。三人組が狙っていたエリナはともかく、ナギには協力してもらえたはずだ。
 そうすれば、もう少しましだったかもしれない。
「いや、沙羅のせいではない。私とレイが不覚を取ったのが原因だ」
「……そんなことないです」
「いや、そんなことないことはない。エリミナーレの人間が素人にしてやられるなど、恥ずべきことだ」
「でも二人とも怪我してたから。仕方ないですよ」
 しばらく動いていなければ多少衰えもするだろう。武田もレイも人間なのだから、当然のことだ。

 その時。
 パタパタと乾いた足音が聞こえてくる。
「一体何があったの!?」
「みんな大丈夫っすか!?」
 エリナとナギが来てくれたのだと、声で分かった。ほっとして、体から力が抜ける。
「無事だけど、沙羅ちゃんが怪我して……」
「マジっすか!?そりゃヤバイっす!」
「レイ。彼らは何の目的でこんなことを?」
「なんでも——」
 喋っているのを聞いていると、徐々に声が遠ざかっていく。そして私は、ついに、眠るように意識を失った。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.216 )
日時: 2018/04/17 17:19
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: GudiotDM)

146話「彼女の背負うもの」

 目が覚めると、見知らぬ部屋にいた。視界は一面白、汚れのない清潔な天井である。蛍光灯がついているため室内は明るい。しかし静かだ。
 意識は戻ったもののまだ体が重たい。だから私は、目を開けたり閉じたりしながら、しばらくぼんやりしていた。
 動かした手足の感覚で、床が畳の和室だということだけは分かる。しかし、それ以外はよく分からなかった。

 そうして数分くらい経った頃、誰かが声をかけてくる。
「沙羅。目が覚めたようね」
「……エリナさん?」
「そうよ。特に異常はなさそうね」
 首を少し動かすと、エリナの姿が見えた。桜色の長い髪がよく目立つ。
「今は何時ですか?」
「午前五時。まだ早朝よ」
「皆さんは……?」
 武田やレイはどうしているだろう。意識が戻ってくるにつれ、心配になった。重傷ではないだろうが、無傷でもない。
「レイは足首を捻っていたから、軽く手当てを済ませて、今は眠っているわ。隣の部屋でね。ナギとモルが見張っているわよ」
「そうなんですね。良かった……」
 私が半ば無意識に安堵の溜め息を漏らすと、エリナはクスッと笑う。
「随分心配症ね」
「は、はい」
「どうせなら、他人のことより自分のことを心配しなさいよ」
「すみません……」
 謝るほかなかった。
 確かに、自分の心配をした方が良いのかもしれない。
 だが、どうしても、武田やレイのことの方が心配になってしまうのだ。大切な人だから、である。
「貴女、武田を助けようと男に挑んだそうじゃない」
 少し沈黙があってから、エリナが唐突に口を開いた。
 赤い口紅を塗った、まさに大人の女性といった雰囲気の唇が、非常に魅力的だ。良い意味で情熱的である。
「腕の傷、それで負ったのでしょう?」
「は、はい……」
 正直少し恥ずかしい。
 体術や射撃ができるわけでもなく、特別賢いわけでもない無力な私だ。武田を助ける、なんて完全に笑い話である。
 もちろん、あの瞬間は本気だった。しかし今冷静な状態で考えると、馬鹿げているとしか思えない。
「随分な度胸ね、武田を助ける側になろうなんて」
 恥ずかしいので、あまり言わないでほしい……。
「ちょっとやそっとでやられるほど脆い武田じゃないって、貴女なら分かっているでしょう。それなのに彼を助けようとしたのは、恋人だから?」
 うっ。そこに繋げてくるか。
 これはエリナと一番話したくない話題だ。
「恋人だからなの?」
「……それも、ありますけど」
 多分、それだけではない。
「武田さんには何度も助けてもらいました。だからたまには私が武田さんを助けないと、と思って」
 恩返しに近い感覚かもしれない。
 立て籠もり事件の時、初めて助けてもらった。それからエリミナーレに入って、更に何度も助けてもらった。だから、せめて一度くらい彼を助けたいと思ったのだ。
 ……結局たいして上手くいかなかったわけだが。
「武田さん、大丈夫だといいですけど」
 そう言うと、エリナに笑われた。
「沙羅、貴女、本当に人の心配ばかりね。自分も怪我しているというのに」
「あっ……、すみません」
「謝らないでちょうだい。そんな意味で言ったわけじゃないわよ」
 そうだったんだ。
 私はエリナの穏やかな顔を見て安堵の溜め息を漏らす。今の発言は、どうやら、嫌みではなかったようだ。
 すると、エリナは一度深呼吸をする。そして言葉を放つ。
「……それにしても。このタイミングで襲撃、なんてね」
 意外にも、彼女の表情は憂いを帯びていた。予想していなかった流れに内心驚く。
「きっと神様はエリミナーレ解散を促そうとしているんだわ」
 神様、なんて言葉はエリナには似合わない。彼女は「我こそが神」といった感じの人間だから。
 しかし、こんなことで解散の意を固められてしまっては困る。何とか解散しない方向へ持っていかなくてはならないのだ。
 だから私は言った。
「そんなことないですよ!昨夜の事件は多分、エリミナーレの結束を固めるための試練に違いないです!」
 これは苦しい。かなり苦しい言い分だ。しかし、エリナを気を逸らすためになんとか頑張らねば。
「だから、神様は解散を促そうとなんてしてませんよ!」
「……随分必死ね」
 冷ややかな目で見られた。
 何とも形容し難い気分である。
「変えようとしても無駄よ。エリミナーレは解散する」
「そんな。どうして……」
「決まっているでしょう。もう目的は果たされた、これ以上皆を危険な目に遭わせる理由はない」
 エリナは淡々とした調子で話すが、その表情はどこか切なげだ。本当は彼女もみんなとの別れを寂しく思っているのかもしれない——私はそんな風に感じた。
「……でも、犯罪がなくなるわけではありませんよね。これからは純粋に治安維持のための組織にすれば……良いのでは?」
 私は一応提案してみる。
 無能な私が偉そうに言うのも何だが、エリナの心を変えられる可能性がまったくないことはないと思うからだ。
 しかし、エリナは頑なな態度を取り続ける。
「今まで危険なことを引き受けてきたのは、目的があったからよ。もうこんなこと、ごめんだわ」
「でも、みんな……」
「もう止めてちょうだい!」
 ついにエリナは叫んだ。
 強く鋭く、しかし悲しさを含んだ、そんな声である。彼女の心を映す鏡のような声だ。
 私は解散を止めさせようと何度もしつこく言ってしまったことを、心から後悔した。彼女が背負っている重い荷物のことなど微塵も考慮せずに発言してしまうとは、なんて未熟者なのだろう。
「……とにかく、この話は止めましょう。おかしな空気にして悪かったわね」
 エリナは桜色の長い髪を掻き上げ、はぁ、と溜め息を漏らす。そして、扉の方へと歩き出してしまう。
 スライド式の和風な扉を開け、エリナは部屋から出ていってしまった。

 室内に一人ぼっちになってしまった。
 私一人が過ごすには広い部屋だ。しんとしていて何だか寂しい。寂しさを紛らすには眠ってしまえば良いのだが、都合よく眠れそうにもなく、どうしようもない状況だ。
 取り敢えず上半身を起こしてみることにした。
「……っ!」
 起き上がろうと床についた腕に痛みが走った。その瞬間になって、怪我していることを思い出す。
 すっかり失念してしまっていた。
 しかし動けないほどの痛みではないので、上半身を起こすことは簡単にできる。
「和室……」
 周囲を見回し確認する。
 畳が敷かれた平凡な和室で、窓はない。扉は先ほどエリナが出ていったスライド式のものが一つ。私が寝ている布団以外、ほとんど何もない。
 殺風景な部屋だ。もしかしたら客室ではないのかもしれない。

「沙羅。起きているか?」
 私が室内を見回していると、突然、扉の向こう側から武田の声が聞こえてきた。身構えていなかったため、心臓がバクンと鳴る。しかし私は平静を装い、「はい」と返事をした。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.217 )
日時: 2018/04/18 22:05
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Lr4vvNmv)

147話「二人がいい」

 スライド式の扉が乾いた音をたてて開く。
 現れた武田は、いつもの黒スーツ姿ではなかった。ポロシャツと布ズボンというカジュアルな格好だ。普段と違った印象だが、自然体な感じがしてこれはこれで悪くない。
「夜遅くにすまない」
「武田さん……!」
「会いたくて、つい来てしまった」
 なんという甘い発言。
 あれほど恋愛感情に疎かった武田と同一人物とは到底思えないような発言だ。人はこんなに変わるものか、と私は内心少し驚いた。
 彼はこちらへ足を進め、私の布団のすぐ近くに正座する。いきなり距離が近い。
「肩、大丈夫でしたか?」
 ずっと気になっていたことを尋ねてみる。
 あの時、武田は、水玉マスクに肩を攻撃されていた。苦痛が一過性のものなら良いのだが、後を引くようなものだったらどうしようと思い、心配していたのだ。
 質問してから彼の顔を見つめていると、彼はふっと頬を緩める。
「あぁ。平気だ」
 柔らかな微笑みだった。
「あのくらい、どうということはない。それより、お前の腕の傷はどうなんだ?」
「傷と言うほどの傷じゃないですよ。深くもないですし」
 まったく痛まないわけではないが、騒ぐほどの傷でもない。
「だがさらぼっくり、出血していただろう」
 武田は包帯が巻かれた私の腕をそっと取る。そして、私の顔をじっと見つめてくる。いきなり三十センチも離れていないくらいに顔を近づけてこられ、私は戸惑いを隠せない。
「本当に大丈夫なのか?」
 心から心配してくれているようだった。
「はい。大丈夫です」
「痛みは残っていないか?」
「ほとんど大丈夫です」
「やはり少しは痛むのか!」
 凄まじい勢いで食いついてくる武田。
「い、いえ。たいしたことじゃ」
「さらぼっくりが痛い思いをするなど駄目だ!」
「あっ、た、武田さん。静かに……!」
 一応まだ早朝である。
 この部屋が旅館内のどの辺りかは分からないが、あまり騒がない方が賢明だろう。部屋の外へ声が漏れない方がいい。
「あ、あぁ。そうだな。すまない。つい取り乱してしまった」
「気をつけて下さいね」
「もちろん、もちろんだ」
 武田はコクコクと何度も頷いた。その動作はどこか子どものようで、妙な愛らしさを感じる。姉か母親かになったかのような心境だ。
 私はそれから少し武田と話した。二人きりだと、他者がいる時よりも気楽に話せるので、私としてはありがたい。
「そうだ、さらぼっくり。明日……いや、もう今日だが、足湯へは行けそうか?」
 そんな話をしたことを、私はすっかり忘れてしまっていた。
「はい。でもどこの足湯へ?」
「この近くに足湯カフェなるものがあるらしい。そこはどうだろうか」
「なんだか面白そうですね」
 足湯カフェなど日頃ほとんど見かけないので新鮮だ。
「そうしましょうか!みんなも誘って……」
「いや、二人が良い」
「えっ……」
 またまたややこしいことを言い出した。
 せっかくのエリミナーレでの旅行だ、私としてはみんなでワイワイする方が良い。しかし、武田が二人を望むなら、二人でも良いとは思う。
 だが一番の問題はそこではない。仮に二人で行くとして、それをどのように説明するか。そこが一番の問題である。素直に「二人で楽しんできます」とは言いづらいが、こっそり抜け出すようなことをしてはまた心配させてしまう。
「二人ですか?構いませんけど、でも、どうして?」
 なぜ二人が良いのか尋ねてみる。
 すると彼はニコッと笑みを浮かべ、愛嬌を前面に押し出しつつ、「恋人だからだろう」と答えた。さも当たり前といった風に。

 翌日の朝食には、行かないことにした。バイキング方式というのは気になったが、元気に朝食をとれるような気分ではなかったからだ。

「……ちゃん。沙羅ちゃん!」
 布団の中で温もりながら眠っていた私は、レイの爽やかな声で目を覚ました。
「あ、レイさん」
「起きれた?おはようっ」
 最高の目覚まし時け——いや、そんなことは重要ではない。今は起こしてくれたレイにお礼を言うのが先だ。
「おはようございます。起こして下さってありがとうございます」
「いいよいいよ。気にしないで」
「今何時ですか?」
「朝の十時!今からお出掛けしようって話してるところだよ」
 レイは凛々しい顔に爽やかさのある笑みを浮かべ、快く教えてくれる。私は彼女の心の広さを尊敬した。
 それからしばらく。
 段々意識がはっきりしてきて、ようやく上半身を起こすと、布団のすぐ隣に鞄が置いてあることに気がつく。荷物を詰めてきた私の鞄だ。
「あの、この鞄は?」
「客室から運んできておいたよ。必要な物とか入ってるだろうから」
「ありがとうございますっ」
 私は何度か頭を下げる。心からの感謝を込めて。
「本当にお世話になってばかりで、あの、本当にありがとうございますっ」
 繰り返し礼を述べると、レイは少し気恥ずかしそうに笑う。
「そんなたいしたことじゃないよ。ただ荷物運んで起こしただけだから、ありがとうなんて。おかしな感じ」
 はにかみ笑いもよく似合うと思った。正直意外だ。
 そこでレイは話題を変える。
「あっ、そうだ。今日のお出掛けなんだけど」
「はい」
「武田と二人で足湯カフェ行くって?」
 聞いた瞬間、一瞬、心臓が止まりそうになった。まさかレイからその話が出てくるとは予想していなかったからだ。不意打ちはダメージが大きい。
「武田から聞いたんだけど、本当?」
「……は、はい」
 嘘ではないので、頷いておく。
「じゃあその間は別行動だね。あたしたちは買い物するかなー?」
 レイは少し間を開けて続ける。
「足湯、楽しんでね」
 どこか男性的な凛々しい顔立ち。その魅力を存分に引き出す爽やかな笑み。それらが見事に混じり合い、奇跡的なハーモニーを奏でている。
「……はいっ!」
 私ははっきりと返事した。
 いつもは、こんな風にハキハキと物を言うことは、なかなかできない。性格ゆえに。だが、今は迷いなく答えられた。
 武田と二人で足湯を楽しむくらいならできると思ったからだ。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.218 )
日時: 2018/04/20 04:54
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 62e0Birk)

148話「足湯カフェ」

 旅行二日目のお昼前。
 私が着替えて部屋の外へ出ると、扉のすぐ近くに武田が立っていた。
「準備できたか」
 彼はいつも通り黒スーツを着用している。そのきっちりとした着こなしは、もはや、さすがとしか言い様がない。
 それに比べて私は、七分袖のブラウスに膝丈のフレアスカートという、目立たない服装だ。スーツの似合う凛々しい武田に相応しい格好とは思えなが、この程度しかないので仕方がない。
「はい。できました」
「夕方に集合することになったのでな、それまでは自由行動だ」
 自由行動って……。
 時折思うのだが、彼の言葉選びは本当に謎が多い。特に旅行のことに関しては。
「ところで、さらぼっくり」
 唐突に切り出す武田。
 さらぼっくり呼びには慣れてきたが、唐突に話しかけられるとつい癖で言葉を詰まらせてしまう。最近は、心の準備さえできていればちゃんと話せるのだが。
「そのスカート丈、少々短くはないだろうか」
「えっ。そうですか」
 私は正直驚いた。というのも、武田がそんなところを見ているなんて思いもしなかったから。
「その程度の長さが普通なのか?」
 軽く首を傾げながら尋ねてくる武田。
 その表情から邪な感情は微塵も感じられない。純粋に、知りたい、といった表情をしている。
「普通かどうかは分かりませんけど……。私はこのくらいのスカート、わりと持ってます」
「なるほど、そういうものなのだな。私はスカートを穿いたことがないので分からなかった」
 いやいや。
 穿いたことがあったら逆に驚きだろう。
「さらぼっくりといると、新たな発見がたくさんだ」
 武田は頬を緩めつつ、こちらへ片手を差し出してくる。今まで何度も目にした光景だが、いつ見ても新鮮な感じがするから、不思議なものだ。
 嬉しそうな彼の顔を見ていると、私も段々嬉しくなって、自然と笑みをこぼしてしまった。
 二人揃ってニヤニヤしているなど、端から見れば完全に不審者コンビである。けれどそれが私たちの幸せの形だとしたら、悪くはないと思う。
 そんなことで、私と武田は、早速出掛けることにした。

 旅館から出た瞬間、快晴の空から降り注ぐ太陽の光に目を細める。武田の陰に潜んでいても眩しいと感じるほどの強い日差しだ。目を痛めそうである。
 しかし、気温は低め。六月には似合わない、ひんやりとした空気が印象的だ。
 そんな中、歩くこと数分。足湯カフェへ到着する。
「ここですか?」
 ロッジのような木造の建物で、『足湯カフェ・アッシュ』と描かれた大きな看板が掲げてある。「足湯だけにアッシュ……?」と、余計なことを考えてしまった。
「あぁ。予約は済ませている」
「用意周到ですね」
「もちろん。万全だ」
 武田は胸の前でグッと拳を握り頷く。その顔は自信に満ち溢れていた。
「では行こう」
「はいっ」
 張りきるあまり早足になる武田。私はその黒い背中を懸命に追う。
 木造の建物の中へ入ると、極めてお洒落な空間が広がっていた。コーヒー店を彷彿とさせる大人びた店内は趣がある。派手さこそないが、私の目には非常に魅力的に映った。
「何名様ですか?」
「二名。予約済み、武田で」
 なぜそこで倒置法なのか……。
「あっ、はーい!エリミナーレの武田さんですね、お待ちしておりましたー」
 店員の女性が元気に言うと、店内にいた客の視線が一気にこちらへ向く。おじいさんからお姉さん、女子会やカップルなど、色々な立場の者がいるが、誰もがこちらを凝視している。
 席へ案内されるまでの間に、小声で武田に聞いてみる。
「凄く見られてません……?」
 すると彼は、思いの外、淡々とした調子で返す。
「エリミナーレと言ったからだろうな」
 確かに店員の女性はエリミナーレという言葉を言った。だが、果たして本当にそれが、これほど注目されている理由だろうか。とてもそうとは思えない。
「それだけでここまで注目されますかね……」
「エリミナーレの武田、といえばここらではわりと有名だ」
「そうなんですか?」
「あぁ。以前一度仕事で来たことがあってな——」
 ちょうどその辺りで、席にたどり着く。二人席だ。テーブルの下に四角い桶が設置されており、透明のお湯がなみなみと入っていた。
 店員の女性はテーブルにメニューと水を置き去っていく。
 私は靴を脱ぎ、素足を、テーブル下の四角い桶へと入れ——たその瞬間。私は「熱っ!」と声を出してしまった。
 またしても、周囲からの視線の雨が降り注ぐ。あまりに注目されるものだから、恥ずかしくなり、「すみません」と小さく頭を下げる。
 よし、気を取り直して。
 私はわざとらしくメニューを見て言う。
「武田さん、何注文します?」
 しかし返事がない。
 私はメニューに向いていた視線を武田へと移す。すると彼の様子がおかしいことに気づく。
「……武田さん?」
「…………」
「どうしたんですか?」
「……あ、いや」
 何やら様子がおかしい。昨夜温泉へ行く直前と同じような表情だ。
「もしかして、浸けるのが怖いんですか?」
「……実は」
「なら早く言って下さいよ!」
「す、すまん」
 テーブルの上に置かれた彼の手を掴み、励ます。
「はい!これで頑張って下さい!」
 十歳以上年上で、しかもとうに三十を越えた大人を、こんな風に励ます日が来るとは夢にも思わなかった。
「よし。ゆっくり入れてみる」
「はい」
 武田は爪先を、ゆっくりと、四角い桶に近づける。水面に触れた瞬間僅かに動きが止まったが、すぐに再び動き出し、見事足を湯に入れることができた。
 やはり昨夜の練習は無駄ではなかったようだ。
「意外と熱いな」
「大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ない。ほどよい熱さだ」
 確かに、と思う。
 というのも、湯に浸かっているのは膝から下のみなのに、全身がポカポカしてきているように感じるのだ。
 最初のうちは冷えた足先がじんわりと温まるだけだった。しかし、時間の経過とともに、他の部分にも温もりを感じるようになってきている。
「じんわり温まりますね」
「あぁ」
「ところで、何を注文します?」
 私は開いたメニューを武田へ差し出す。彼は口に水を含みながら応じる。
「昼食でいいか?」
「はい。あ、サンドイッチとか美味しそうじゃないですか?サーモンとアボカドとか、照り焼きチキンカツとか、トマトチーズとかありますよ」
 メニューの写真を指差しながら話す。
「どうします?」
「難しいな。ええと……」
「ガッツリ系ですか?それとも軽め?」
「さらぼっくりに合わせよう」
「合わせなくて大丈夫ですよ。武田さんが食べたいので」
 武田は再び口に水を含み、大袈裟にゴクンと飲み込む。それから、少々言いにくそうな顔をして、控えめに答える。
「……では、ガッツリ系にしよう」

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.219 )
日時: 2018/04/21 17:54
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: lh1rIb.b)

149話「散策からの……」

 武田と沙羅が足湯カフェでの昼食を満喫していた、その頃。エリナらは在藻の街をのんびりと散策していた。
「いやー、街は見てるだけでも楽しいっすね!……ね?エリナさん?」
「……そうね」
「ちょ、そんだけっすか!?」
 一番前を行くのはご機嫌なナギ。その後ろに、エリナ、レイ、モルテリア、と続く。
 端から見れば完全にナギのハーレムだ。しかし現実はそれほど甘くなく、誰一人としてナギには従わない。
「あっ!これ、在藻温泉限定プニちゃん!?」
 一軒の雑貨屋の前で、レイは立ち止まった。
 彼女は、ガラス越しに見える一つのキーホルダーに、すっかり心を奪われている。
 透き通った体はジェルのようにプルプル。目を閉じたまったり顔。ネズミ感を主張してくる大きな耳。
「プニちゃん、ですって?」
 レイの発言に興味を持ったのか、エリナも雑貨屋を覗き込む。
「このジェルのようなネズミが、プニ?」
「プニちゃん、です!あたし実は集めてるんです!」
「集めて、ということはいろんな種類があるのね」
「はい!これは在藻温泉限定の珍しいプニちゃんなんです!」
 目の前のキーホルダーについて力説するレイ。それを聞き戸惑った顔をするエリナだったが、しばらくして、ふっ、と笑みをこぼす。余裕のある大人びた笑みだ。
「好きなのね」
「はい!」
「限定なら買っておいたら?いつ売り切れるか分からないもの」
 エリナの言葉を受け、レイは遠慮がちに口を開く。
「もしかして……今買ってきても大丈夫な感じですか?」
 それに対し、エリナは軽やかな口調で答える。
「もちろんよ。今すぐ買ってくるといいわ」
「ありがとうございますっ!」
 快晴のような笑顔でその場から走り去るレイ。その場にはエリナとナギ、そしてモルテリアだけが残った。
 レイが去るや否や、モルテリアが反対方向へ歩き出す。彼女の翡翠のような瞳が捉えているのは、昔ながらの日本建築といった感じの店。
「美味しそう……!」
 モルテリアは髪がかかっていない片目をパチパチさせながら、フラフラと店の方へと歩いていく。吸い寄せられるように。
「モルちゃん!勝手に離れちゃ駄目っすよ!?」
「……どうして」
「襲われたりしたらどうするんすか!?ね、エリナさ——」
「いいわよ、モル。でもそこのお店だけにしなさい」
「うん……!」
 ナギに制止されかけていたところエリナから許可を貰い、嬉しそうな顔をするモルテリア。すっかりご機嫌だ。
「……淡々煎餅、買ってくる……!」
「気をつけなさいよ」
「……うん」
 モルテリアは白玉のような頬を赤らめ、ててて、と店の方へ駆けていく。
 レイに続いてモルテリアまでもいなくなり、二人きりになってしまうエリナとナギ。いざ二人きりとなると気まずく、エリナもナギも黙り込んでしまう。
 ちょうどその時、気まずい雰囲気の二人の横をカップルが通り過ぎてゆく。どこにでもいそうな男とどこにでもいそうな女。しかし、距離は非常に近く、周囲が戸惑うくらいいちゃついている。
「この黒豆ソフト、美味しいね。宏くん!」
「ソフトも良いけど、みっちゃん、君の方が魅力的だよ」
「いやぁーん、宏くんったらー。もう。恥ずかしいでしょー?」
 甲高い声でわざとらしく笑う女を見て、エリナは真顔になる。
「……酷いぶりっこね」
 すると隣にいたナギが、珍しく静かな声で返す。
「ちょい痛めっすね」
 それから、顔を合わせるエリナとナギ。二人はお互いの顔をじっと見つめ、しばらくして、呆れたように笑い合う。
「なんというか、凄かったわね」
「ホント、ヤバいカップルっす。ま、あんなんも多いみたいっすけど」
 エリナはそれから腕を組み、はぁ、と溜め息を漏らす。鋭いナギはそれを見逃さなかった。
「お疲れなんすか?」
「……別に」
「いやいや!別に、じゃないっすよ!疲れてるんっしょ?」
「うるさいわね。黙りなさいよ」
 疲れているかを執拗に聞かれ、苛立った顔をするエリナ。
 しかしナギは、そんなことは気にしない。彼はエリナの体に身を寄せ、もたれかかるような体勢をとる。
 いきなりのことに、怒るどころか戸惑った顔をするエリナ。
「……何なの?」
 少しして、ナギは返す。
 エリナの問いに対する答えではなく、質問を。
「エリナさんって、男いるんすか?」
「は?」
 剣先のような鋭い視線をナギへ向けるエリナ。
 だがナギは動揺しない。いつもエリナに厳しく接されているナギにとっては、鋭い視線など慣れっこなのだ。
「彼氏さんとかいるんすか?」
「いないわよ」
「武田さんと付き合ってた時期はあるんすか?」
「あるわけないじゃない」
「一応聞いただけっすよ。じゃ、今まで彼氏さんがいたことはあるんすか?」
「ないわ。生憎、私にはそんな時間はなかったの」
 エリナは答えてからそっぽを向き、聞こえるか聞こえないかくらいの小声で「モテなくて悪かったわね」と呟いた。
 ——その刹那。
 ナギはエリナの体を引き寄せ、顔を近づける。
「じゃ、俺が一人目っすね」
 一言呟くナギ。
 エリナはナギの意外な行動に戸惑い、言葉を失う。
 その隙を狙い、ナギは、エリナの唇へ自分の唇を重ねた。
「……っ!?」
 らしくなく動揺した目つきをするエリナ。しかしナギは遠慮なく、口づけを続ける。
 そして、数秒後。
 唇を離すや否や、ナギはむせた。
「ゲホッ!」
 腹にエリナの膝蹴りが入っていたのだ。
「……ちょ、ケホッケホッ。い、痛すぎっ……」
 何度も咳をし、腹部を手で押さえるナギ。その目には涙の粒が浮かんでいる。よほど痛かったのだろう。
「ふざけたことしてんじゃないわよ!」
 顔を真っ赤にしながら怒鳴るエリナ。
「何てことをするの!」
「あ、いや……ケホッ……」
「破廉恥!警察に捕まれ!」
「ちょ……落ち着いて……」
 ナギは慌てて、騒ぐエリナを制止しようとする。しかしエリナは、ちょっとやそっとでは止まらない。
「恋愛対象でもない異性に何てことをするのよ!」
「じゃあ恋愛対象ならいいんすね!?」
 そして、ナギは続ける。
「俺、エリナさんのこと好きっすよ!」


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