コメディ・ライト小説(新)

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新日本警察エリミナーレ 【完結!】
日時: 2018/04/28 18:16
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hjs3.iQ/)

初めましての方は初めまして。おはこんにちばんは。四季と申します。
まったりと執筆して参りたいと思います。気長にお付き合いいただければ光栄です。

《あらすじ》
日本のようで日本でない世界・新日本。
そこには、裏社会の悪を裁く組織が存在したーーその名は『新日本警察エリミナーレ』。
……とかっこよく言ってみるものの、案外のんびり活動している、そんな組織のお話です。

シリアス展開も多少あると思います。

《目次》

プロローグ >>01-02

歓迎会編 >>05 >>08 >>13-18 >>23
三条編 >>24-25 >>30-31 >>34-35 >>38
交通安全教室編 >>39-40 >>43
茜&紫苑編 >>44-46 >>49-54 >>59-62 >>65 >>68-70
すき焼き編 >>72 >>76-78
襲撃編 >>79-84
お出掛け編 >>85-89 >>92-95 >>98 >>101-105 >>108-109
李湖&吹蓮編 >>112-115 >>120-121 >>126 >>129-140
畠山宰次編 >>141-146 >>151-158
約束までの日々編 >>159-171
最終決戦編 >>172-178 >>181-188
恋人編 >>189-195 >>198 >>201-202
温泉旅行編 >>203-209 >>212-226
結末編 >>227-229

エピローグ >>230

《イラスト》

武田 康晃 >>28 (御笠さん・画)
モルテリア >>55 (御笠さん・画)
一色 レイ >>63 (御笠さん・画)
京極 エリナ >>90 (御笠さん・画)
天月 沙羅 >>123 (御笠さん・画)

《感想など、コメントありがとうございました!》
いろはうたさん
麗楓さん
mirura@さん
ましゅさん
御笠さん
横山けいすけさん
てるてる522さん
mさん
MESHIさん
雪原みっきぃさん
織原姫奈さん
俺の作者さん
みかんさいだーくろばーさん
ホークスファンさん
IDさん

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.165 )
日時: 2018/03/08 08:22
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: a4Z8mItP)

103話「女王は幾度も立ち上がる」

 エリナは暫しその場に留まっていた。寂しそうな瞳をして、何も言わず、体勢を変えることすらせずに。そんな彼女に声をかけることは、私はもちろん、武田でさえできなかった。
 だが、やがて立ち上がった時、彼女の顔から弱さは消えていた。
 瞳には彼女らしい強さが戻っている。自信に満ちた、それでいて落ち着きのある表情。そこからは、すべてを振り払い前へ進もう、という強い決意が窺える。
 これでこそエリミナーレのリーダー・京極エリナだ。
「大丈夫ですか?エリナさん」
 私は恐る恐る尋ねてみた。
 すると彼女は、こちらへ目をやり、口角を持ち上げる。
「貴女に心配されるようなことじゃないわ」
 冗談めかした嫌みを耳にし、私は密かに安堵する。
 ここしばらく、彼女は暗い顔をしていることが多かった。そして私はそれが少し心配だった。だから、彼女が嫌みを言えていることで、勝手ながら安心できたのだと思う。
「さて、レイの搬送先へ向かいましょうか。あちらはきっと、とっくに病院だわ」
 エリナの発言でレイのことを思い出した。
 レイは大丈夫だろうか……。
 怪我と言っても千差万別である。軽傷ならまだ良いが、後遺症の残るようなものだったりしたら恐ろしい。
 私がいつまでもそんなことを考えているということを察してか、エリナは言う。
「沙羅、心配のしすぎは良くないわよ。貴女は弱いのだから、他人より自分の心配をなさい」
「あ、はい……」
 相変わらず一言余計だ。
 しかし、今はなぜか、嫌な気持ちがしない。むしろ穏やかな気持ちになっている気すらする。
 それから私たちはエリミナーレの車に乗り込んだ。運転するのはもちろん武田だ。
 私は普段通り助手席に座りかける。しかし、今エリナを後部座席に一人にするのは少し可愛そうな気がしたので、私も後部座席に座ることに決めた。
 武田は「今日は後ろなのか?」と首を傾げる。特に説明するほどの理由はないので、私はあっさりと、「はい」とだけ返事をした。

 車の後部座席に座り待つこと十五分、レイが搬送されたという病院へ着いた。交通安全教室の日に私が運び込まれたのと同じ病院だ。
 中へ入り事情を話すと、レイがいる部屋まで速やかに案内してもらえた。
 スライド式の扉を開け、部屋に入る。そこには、ベッドに横たわるレイと、彼女を見守るナギとモルテリアの姿があった。
「エリナさん!それに沙羅ちゃんと武田さんも!来てくれたんすね!」
 パイプ椅子に腰掛けていたナギが、待ってましたとばかりに立ち上がり、温かく迎えてくれる。
「意外と遅かったっすね!何かあったんすか?」
 何も知らないナギは、曇りのない純粋な瞳で尋ねる。問いに対しエリナは、「少し、ね」とぼやかして返す。
 それから話題を変えた。
「レイの調子は?」
「まだ意識は回復してないっすけど、死に至るようなものではないみたいっすよ」
「そう。それなら良かっ……」
 言いかけた瞬間、エリナは突然よろける。足から力が抜けたようで、前へと倒れ込んでいく。ナギは驚いた顔をしながら、彼女の体を支えた。
「エリナさんっ!?いきなりどうしたんすか!」
「……ごめんなさい、ナギ。きっと寝不足のせいだわ」
「ちょ、寝てないんすか!?」
「ここのところ朝早かったのよ。それだけだから気にしないで……」
 エリナは寝不足と言っているが、寝不足にしては辛そうだ。呼吸が乱れているし、顔は赤らんでいる。風邪かもしれない。
 ナギらと合流し気が緩んだことで症状が出た、ということも考えられる。
「いやいや、気にするっしょ!取り敢えず座った方がいいっすよ」
 ナギはきっぱりと言い放ち、エリナを空いていた椅子に座らせた。
 普段はいろんな意味で大丈夫かと思ってしまうナギ。だが、こういう場面でだけは、妙に頼もしく感じられる。
「ちょっと触るっすよ」
 ナギは軽く予告してから、椅子に座っているエリナの額に手を当てる。
 そして、ますます驚いた顔になった。「普通に熱あるじゃないっすか!」と、ここが病室であることを忘れたかのような大声で言う。妙なところだけ厳しいモルテリアに静かにするよう注意されるが、ナギはまったく聞いていない。
 ナギは周囲の状況などお構い無しだ。「熱ある!熱あるって!」などと騒ぐばかりである。
 そんなナギの振る舞いを見兼ねた武田が口を開く。
「ナギ、ここは病室だ。騒ぐのは良くない」
「大事な人が体調不良なんすよ?騒がずにいられるわけないっす!」
「己の感情で他者に迷惑をかけるのは良くない」
「アンタだって、沙羅ちゃんが体調不良になったら騒ぐっしょ!?」
 ナギにそう言われた武田は、思わず言葉を詰まらせる。口元に手を添え、考え込むような仕草をしている。
 少ししてから、武田は口を開く。
「……確かに、騒いでしまうかもしれない」
「でしょ!?」
「あぁ。分からないことはない。ただ、公共の場では感情を抑えることも必要で……」
「あー嫌だ嫌だ!説教臭い男は女の子に嫌われるっすよ!」
 ナギの言葉に、衝撃を受けたような顔をする武田。
 彼はすぐさま私の方を見て、凄まじい勢いで尋ねてくる。
「そうなのか!?」
「え、え?」
「私は説教臭くて嫌な男なのか、沙羅」
「えっと……」
 武田がこんなに凄まじい勢いで言葉をかけてくるなんて珍しい。慣れないのもあり、思わず圧倒されてしまう。
「はっきりと言ってくれ、沙羅。頼む」
 このしつこさ。これは武田特有のものである。
「あの……えっと、説教臭くなんてないです。武田さんはかっこいいですし……」
 何を言っているのだろう、私は。
 ここ数日、色々ありすぎた。そのせいで頭が少し変になっているのかもしれない。だから普段は恥ずかしくて到底言えないようなことを言えてしまうのだろう。
 しかし、武田が安堵したように微笑み「それなら良かった」と言っていたので、それはそれで良かったのかもしれない。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.166 )
日時: 2018/03/09 09:21
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: NtGSvE4l)

104話「慣れた寝床で眠りたい」

 結局あの後、私は事務所へ帰ることになった。
 ナギとモルテリアは病院へ残り、私と武田、そしてエリナは事務所へ。というのも、急に体調を崩したエリナが、「事務所で休む方がいい」と言ったのだ。慣れた場所で休みたかったのだろう。
 そんなことで事務所へ帰ると、李湖が一人うろついていた。
「もー。みんな揃ってどこ行ってたんですかぁー……って、ちょっとぉ!?」
 半ば担ぐような体勢で武田に運ばれているエリナを見て、驚きを隠せない李湖。
「一体何があったんですかぁ!?」
「騒ぐな。静かにしてくれ」
 李湖を見る武田の目は非常に冷ややかだった。彼はそもそも李湖を嫌っている。だから余計に、騒がれると不愉快なのだろう。
 冷遇された李湖は「酷ぉい」と言いながら拗ねる。しかしこの容姿では可愛らしさは皆無だ。いや、可愛らしさが皆無どころか、むしろ痛々しい。
 武田はそんな痛々しい李湖を無視し、担いだエリナを彼女の部屋まで連れていく。一応私もついていっておくことにした。

 エリナの部屋へ入ると、武田は彼女をベッドに横たえた。
 顔はまだ火照っている。目もほとんど閉じたままで、あまり動こうとしない。だが、使い慣れたベッドの感触に落ち着いたのか、表情は先ほどまでより少し穏やかになっている。
「体温計や飲み物を持ってくる。沙羅は傍にいてあげてほしい」
「あ、はい!もちろん!」
 武田は速やかに部屋を出ていく。マンションの一室という決して広くはない空間に、エリナと二人きりになってしまう。
「大丈夫ですか?」
 どう見ても大丈夫ではないエリナに対し、何げなくそんな言葉をかけてしまった。嫌な顔をされるかもしれないと思ったが、彼女はそこには特に触れない。
「……沙羅。何よ、その同情するような目は……」
「えっ」
「私のことは放っておいて……貴女は自分のことだけを……」
 エリナはらしくなく、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。声は弱々しく張りがない。
 体調不良の時は話すだけでも体力は消耗するものである。
「エリナさん、話さなくて大丈夫ですよ。なるべくじっとしていて下さい」
 リーダーに対しこんなことを言うのもどうかと思ったが、今は仕方がない。彼女が消耗しないようにするのが先決だ。だから私は、怒られるのを覚悟した上で、エリナにこんなことを言ったのである。
 しかし彼女は「そうね……」とだけ言い黙る。エリナが私に怒ることはなかった。もっとも、単に怒る気力もなかっただけかもしれないが。
 そこへ武田が戻ってくる。
「席を外して悪かったな、沙羅。取り敢えず要りそうな物を持ってきた」
「早かったですね」
「そうか?別段早いこともない。普通だと思うが」
「じゃあ私が遅いだけかもしれません……」
 そんなことを話しながら、武田はエリナに体温計を渡す。彼女はゆっくり手に取ると、体温を計る。
 しばらくすると、体温計からチチッと音が鳴った。計り終えたことを知らせる音である。
「……三十八度……八分」
 エリナは飾り気のない弱々しい声で言う。
「結構高いですね」
「そこそこな熱だな」
 言いながら武田と顔を見合わせる。彼は困り顔になっていた。
 数日後に宰次との決着をつけねばならないというこのタイミングで、エリナが熱を出すというハプニング。困り顔になるのも無理はない。
「エリナさん、起きれます?せめて薬だけでも飲んでおいた方が良いかと」
「……そうね」
 瞼はほとんど閉じたまま、エリナは徐々に上体を起こした。武田は持ってきていた薬とペットボトルを彼女に手渡す。
 エリナは速やかに薬を飲み、少しして、また横になる。すると、すうっと眠りに落ちた。寝不足だから眠りやすいのかもしれない。
 彼女の寝顔は、予想していたよりか穏やかだった。

 エリナが眠ったのを確認し、私と武田はリビングへと戻る。
 二人だけのリビングはどこか寂しい雰囲気だ。一応李湖はいるが、それでも寂しい雰囲気は変わらない。
 私はソファに腰を掛け、一人考えていた。エリミナーレは大丈夫なのか、と。
 すると武田が声をかけてくる。
「どうした、沙羅。そんな浮かない顔をして」
 彼はさりげなく隣に座った。
 そして、私の顔を覗き込んでくる。何げなく距離を詰めてくるところが彼らしい。
「悩みでもあるのか?」
 近くでじっと見つめられると、なんだか羞恥心が目覚めてしまう。彼の顔を真っ直ぐに見つめ返す余裕のない私は、つい視線を逸らしてしまった。
 本当に、どうして私はこんな、意気地無しなのだろう。好きな人の顔を見ることすらまともにできない。
「……エリミナーレのこと、考えていました」
「エリミナーレのこと、だと?」
 なぜ?といったように首を傾げる武田。
「もう数日しかないのに、武田さんは完治してなくて、レイさんは怪我して、エリナさんは風邪で……大丈夫なのかなって……」
 このままではまともに戦えるメンバーがナギしかいない。宰次がどんな手を使ってくるのか分からないうえ、こちらは戦力不足となれば、もはや不安しかない。
「もしかしたらって考えてしまって、不安なんです」
 すると武田は私の手をそっと握ってくる。
「沙羅が心配する必要はない。戦いは私たちに任せていればいいだろう」
「でもっ。私の父親が宰次の味方をしているって話もありますし、もう……もう、よく分からなくなってきました……」
 考えれば考えるほど分からない。ただ生きているだけで周囲が崩れていく。
 もう、疲れてしまった。
 弱音を吐くのは簡単だ。だが、みんな頑張っているのに私だけが弱音を吐くなんて狡い。そう思ってここまで来たけれど、やっぱり——。
「……怖い。明日が来るのが……」
 静かだから悪い方向に考えてしまうのだろう。きっとそうだ。だが、怖いことに変わりはない。
 沈黙が訪れてしまった。
 ——やがて、しんとした空気の中、武田が口を開く。
「私もだ、沙羅」
「え。武田さんでも、怖いと思ったりするんですか?」
「いや、以前は思わなかった。しかし、いつからか思うようになっていた。不思議だ」
 彼は穏やかに頬を緩める。自然な笑みだった。
 無理矢理のようなぎこちない笑みも、努力してくれているのが伝わって嫌いではない。だが、自然な笑みもまた魅力的だと感じる。彼の自然な笑顔は私の心を掴んで決して離さない。特に意識もせずそんな笑みを浮かべているのだろうから、彼はある意味凄い人だと思う。
「だが、私は沙羅がいれば恐怖など忘れられる。お前にいつも助けられているんだ。だからお前も、私でよければ頼ってくれ」
「いいんですか?」
「もちろんだ。気は利かず器用でもない私だが、体の頑丈さだけには自信がある。沙羅の自慢の盾になれるはずだ」
 真剣にそんなことを述べる彼を見ていると、なんだかおかしくて、つい笑みをこぼしてしまった。
「ふふっ。盾だなんて、おかしいですね」
「おかしいのか?」
「はい。だって、自分を盾とか……ある意味新しいですよ」
「私にしては上手く言えた方だと思ったのだがな。やはり不自然だったか」
 みんなが苦労している時に、私だけこんな風に過ごしていて良いのだろうか。
 罪悪感が微塵もないわけではない。
 だが、ほんの少し笑うくらい、心の広い神様は許してくれるだろう。きっと。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.167 )
日時: 2018/03/10 23:09
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 16oPA8.M)

105話「時は止まらない」

 午後三時を回った頃、事務所に突然電話がかかってきた。
 偶然近くにいた私は慌てて受話器を取る。また誰かに何かあったのか——と少々不安になったが、どうやらそうではないらしい。かけてきたのはナギだった。
「あっ、沙羅ちゃんすか?」
「はい。どうかしましたか」
「ついさっきレイちゃんが起きたんっすよ!」
 それを聞き、心が一気に明るくなる。
 最近の中では珍しく嬉しい知らせだ。
 どんな深い谷底にも太陽の光は届く。それを目の前で証明してもらったかのような、とても嬉しい話である。
「記憶とか意識とか、大丈夫なんですか?」
「大丈夫っす!普段と全然変わんない感じっすよ!むしろよく眠って元気なくらいっすわ!」
「それなら良かったです」
「いやー、心配して損したっすよー。この俺が胃痛める直前だったっすからね!」
 それは絶対に嘘。
 常に軽くて悩むことなんてなさそうなナギが、胃を痛めかけるはずがない。彼のことだから大袈裟に言っているのだろう。
「……ただ」
 声色をやや変えて言うナギ。
「吹蓮が自爆して、その爆発に巻き込まれた……とか言うんすよ。そこだけちょっと謎なんすよねー」
「そうなんですか。確かに少し謎ですね」
「悪い夢でも見てたんすかね?ま、でも元気なんで、安心してもらって大丈夫っすよ!」
 ナギは気を遣ってかそんな風に言う。
 それから数秒間を開けて、言葉を続ける。
「ところで、エリナさんの調子はどうっすか?熱とかあった?苦しんでないっすか?」
 女性に対して優しいナギは、エリナの身を案じていたのだろう。私が答えるより早く次々尋ねてくる。
「ちゃんと寝てる?無理して強がってないっすか?」
 彼は日頃からよく喋る質ではあるが、それにしても今日はよく喋る。随分早口だ。恐らく、伝えたいことがたくさんあるのだろう。
「あの人、いつも強気に振る舞ってるっすけど、本当は繊細なんすよ!だから沙羅ちゃん、寄り添ってあげてほしいっす!」
「え。私がですか?」
 なぜ私なのだろう。そう思い確認すると、ナギは「よろしくっす!」と、はきはきとした調子で言った。
「ま。本当は俺が傍に寄り添って、あんなことやこんなことをして差し上げたいんっすけどねー」
「何ですか、それ……」
「いやいや!沙羅ちゃんは知る必要のないことっすよ!」
 うっかり言ってしまっただけだったのか、慌てて揉み消そうとするナギ。
 心配しなくても、知りたくもない。
 そう思ったが、敢えて言うことはしなかった。ここでわざわざ言う必要もないと判断したからだ。
 それから少しばかり話をし、私は電話を切った。
 ナギとモルテリアは特別に許可を貰ったらしく、病院で一泊するという話である。つまり今夜は帰ってこないということ。非常に残念な話だ。
 寂しい夜になりそうだな、と思ったりした。

 ——その夜。
 エリナは自分の部屋で夕食をとった。そして、その皿を引き上げるのは私の役目だった。
 彼女の夕食の皿をお盆に乗せてリビングへ移動する。そこで私は驚きの光景を目にしてしまった。
「なっ、何を!?」
 武田が床に座り、開脚して柔軟体操をしていたのである。私は驚きと戸惑いで、思わず後ずさってしまった。
 しかし彼はというと、少し顔を上げただけで、呑気に柔軟体操を続けている。
「何を驚いている?」
「驚きますよ!いきなりリビングで柔軟体操とか!」
「老いと共に体は柔軟性を失っていくものだ。時にはストレッチも必要だと思うが?」
「だからってリビングでしなくても……」
 謎が深まってしまった。
 彼の不思議な行動は今までもあった。しかし、今回はまた、かなり不思議な行動である。
 もちろん柔軟体操をすること自体に問題があるわけではない。ただ、敢えて今ここで行う意味が、私には理解できないのだ。
「そうか……そうだな。沙羅が嫌なら止めよう」
 武田は言いながら少ししょんぼりした顔をした。
 こんな顔をされると、私の中に罪悪感が芽生えてしまう。これではまるで、彼の楽しみを私が奪ったかのようではないか。そんなのは私が嫌だ。
 せめて今くらい、彼には好きなことをしていてほしい。勢いで色々言ってしまったが、彼のやりたいことを止めさせるつもりはなかったのだ。
「待って下さい。私、嫌とは言ってません」
 懸命に探し見つけた言葉は、こんな得体の知れないものだった。
 しかし彼はすんなりと受け入れてくれる。
「そうなのか?」
「はい。ただ少しびっくりしただけで」
「そうか。びっくりさせてしまってすまなかった。今後は気をつけよう」
「あ、いえ……」
 何とも言い難い雰囲気になってしまった。リビングは静寂に包まれ、非常に気まずい。
 そこへ、李湖が突然現れた。
「あれぇー。お二人、こんなところで何してるんですかー?」
 夜にもかかわらずフルメイクだ。
 相変わらず化粧は濃い。皮膚は分厚そうに見える。これでよくアイドルなんぞできていたものだ。
「もしかして、いちゃついてたんですかぁー?それともぉ、もう一線越えちゃいましたー?やぁ、怖すぎぃー」
 発想が怖すぎる。
 私は冷めた顔をせずにはいられなかった。
 そんなことを恥ずかしげもなく言えるというのは、ある意味才能かもしれないが、普通とは言い難い。普通の大人なら、仮に思ったとしても心の中にしまっておくだろう。
「康晃くんってぇ、意外と積極的だったりしそ……ひぃ!」
 武田に凄まじい形相を向けられ、短い悲鳴をあげる李湖。
「すぐに立ち去れ」
 短い言葉だが、武田の低い声で放たれると、かなりの威圧感がある。
 完全に怯えてしまっている李湖は、びくびくしながらも速やかにリビングから出ていった。
 李湖がいなくなってから武田は、はぁ、と溜め息を漏らす。呆れ顔で「何なんだ、あいつは」などと言っている。
「面白い人ですよね」
「な、沙羅はああいうのが好みなのか?」
「いえ。そんなんじゃないですけど、ユニークだなって」
 もっとも、李湖の場合は、ユニークを通り越して面倒臭いな気もするが。
「ところで武田さん、どうしてこんな時に柔軟体操を?怪我してられるのに」
「どうもすっきりしなくてな。気晴らしに少し動いてみようと思ったんだ」
「なるほど」
「沙羅もどうだ?」
「遠慮しておきます……」
 彼と同等の動きをできるはずがないので断った。本当は一緒にしたい気持ちもあったが、迷惑をかけてしまうのが嫌だったからだ。

 こうして、また一日が過ぎていった。
 一歩ずつ一歩ずつ、確実に約束の日へと近づいていく。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.168 )
日時: 2018/03/12 00:41
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: b9FZOMBf)

106話「麗らかな日の険悪な空気」

 静かな夜を終え、翌日。
 空はよく晴れ、暖かな日差しの差し込んでいる。やや強めの爽やかな風が、肌を撫で、髪を揺らす。外を少し歩くだけで春の香りに包まれる、麗らかな日である。
 そんな中、私は武田と二人で病院へと向かった。意識を取り戻したというレイに会うためである。
 本当は昨日行っても良かったのだ。しかし、エリナが高い熱を出しているので離れられず、結局行けずじまいである。
 そして今朝。薬の効果か、エリナの熱は少し下がっていた。だから今日、レイに会うべく病院へ行くことになったのである。エリナはまだ体調がすぐれないのでもちろん行けない。だが、彼女が「行ってきなさい」と言ってくれたおかげで、私たちは気兼ねなく行くことができた。
 彼女の言葉に感謝である。

「……待ってた」
 病院の入り口付近で待ってくれていたのはモルテリア。
 口に入りきらないくらいの物を入れ、元気よく咀嚼している。もぐもぐしているのがはっきりと見えるくらいだ。
 手には、白い紙に包まれた温かそうなたい焼き。半分ほどしか残っていないが、露出した小豆が甘い香りを漂わせている。
「モル、お前は何をしにここへ来たんだ」
「……お出迎え」
「ではなぜたい焼きを頬張っている」
「美味しいよ……?」
「ここは病院だ。たい焼きを食い散らかすのは良くない」
「……ちゃんと……食べてあげるのが、優しさ。違うの……?」
 ここまで来ると、さすがの武田も呆れるほかなかったようだ。これ以上は話しても無駄と思ったらしく、話題を変える。
「まぁいい。取り敢えず行こうか」
「……うん」
 モルテリアはもぐもぐしながら、こくりと頷く。柔らかそうな髪がふわりと動くのが愛らしかった。

 病室へ着くと、ベッドに横たわっていたレイが上半身を起こす。一つに結われた青い髪がさらりと揺れる。
「レイさん!」
 私は名を呼びながら、レイに駆け寄る。
「沙羅ちゃん!」
 レイは明るい笑顔を浮かべて迎えてくれた。再会を喜ぶような顔をしてくれている。
「大丈夫なんですか!?」
「あ、うん。大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
「重傷じゃないんですね!?」
「うん。軽い火傷とかくらいだから、そこまで酷い怪我じゃないよ」
 それを聞き、私は安堵の溜め息を漏らす。爆発がどうのと耳にしたのもあり、大怪我だったらどうしよう、と非常に心配していたのだ。
「それなら良かったです。……でも、一体何があったんですか?」
「それが、途中までしか記憶がないんだよね」
 レイは困ったような顔をしつつそう言った。
 私とレイが話をしていると、後ろにいた武田がいきなり口を挟んでくる。
「途中までの記憶はあるのか?」
 問われたレイは「うん」とあっさり答えた。
 すると武田は続ける。
「吹蓮と交戦したという話は聞いたが、私らと別れた後に何があったんだ」
 ストレートに聞かれ、難しい顔をするレイ。
「見回りの時、途中から少し気配を感じてて。それが吹蓮の気配だって分かったから、あたし一人で捕らえようと思ったんだけど、自爆されちゃった」
「待て。なぜ気づいた時点で私に言わなかった?」
「負傷中の武田に戦わせるわけにはいかないと思って。それに、沙羅ちゃんを巻き込んでも嫌だしね」
「だが……」
 言いたいことがたくさんある、というような表情を浮かべる武田。今にも口調を強めそうな彼に対し、近くのパイプ椅子に座っているナギが述べる。
「レイちゃんは武田さんとかみんなを思って一人で頑張ったんすよ?それを否定するとか、さすがに酷くないっすか?」
「頑張ると勝手に行動するは同じ意味ではない。勝手に行動するのは良くない」
「ちょ、その言い方はないっしょ。何でそんなこと言うんっすか?」
 場が徐々に険悪な空気になってくる。
 しかし武田は、険悪な空気など微塵も気にせず、はっきりと物を言う。
「誰にも相談せず自己判断で勝手に行動するのは良くないことだ」
 淡々とした口調で言われたナギは、いよいよ攻撃的な面を露わにしてくる。
「ならアンタだって!沙羅ちゃんが拐われた時、勝手に飛び出していったじゃないっすか!」
 共通の敵に対しての時は頼りになるが、今は仲間同士だ。頼りになるならないの問題ではない。
 小心者の私には、ナギの攻撃的な口調は怖すぎた。自分に投げかけられた言葉でもないのに、つい畏縮してしまう。
「確かに。だが、私は周囲にそれほど迷惑をかけてはいないはずだ。自分のことはちゃんと自分で管理するようにしている」
「いやいや、沙羅ちゃんを心配させてるじゃないっすか!」
「彼女を心配させてしまっていることは知っている。沙羅は優しいからな。だが、仕事に支障をきたすほどの怪我はしていない。次の戦いも私は普段ど……」
 その瞬間、ナギは武田の右腕をがっしりと掴んだ。こればかりはさすがの武田も動揺した顔をする。
「普段通り?この怪我で?冗談きついっすわ!」
 右腕を握られた武田はほんの少し顔を歪める。
 肘に直接触れられているわけではないが、それでも痛むのだろう。負って数日なので痛むのは仕方ない。
「ナギ!止めて!」
 ベッドに座っているレイが鋭く注意する。だが頭に血が昇っているナギには届かない。
「普段通り動けるつもりでいるなら、今ここで試してやるっすよ!」
「お前の力で私を負かすのは無理だ」
「挑発する気満々っすね……いいっすよ!」
 病室で暴れる気か。それはさすがにまずい。危険だし、病院に迷惑がかかる可能性も高い。
 なんとしても止めなくては——そう思うのだが、私で男二人を止めるのは無理だ。頼みの綱のレイはベッドから動けず、モルテリアは変わらずたい焼きを貪り食っている。
 こんな時エリナがいてくれたなら。叱って制止してくれたなら。彼女がこの場にいればどんなに助かっただろう、と、そんなことを考えてしまった。

Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.169 )
日時: 2018/03/13 17:24
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: fqLv/Uya)

107話「仲直りの証?」

 白一色で統一されたさほど広くない病室内に、いるだけで心労がかさむような張り詰めた空気が漂う。
 一秒後に何が起こっているか分からない、というような緊迫感。私はそれに押し潰されそうな気がして仕方ない。
 暫し沈黙があり、やがて、ナギに右腕を掴まれている武田が言う。
「離せ、ナギ」
 威圧感のある低音だ。
 だがナギは武田に慣れている。低い声で言われたくらいで素直に従うはずもない。それに、彼のことだ。むしろ言われたのと真逆の行動をとる勢いである。
「こんなところで本気でやり合うつもりか。迷惑極まりない」
「逃げるんすね。じゃあ、レイちゃんの気遣いを邪険に扱ったこと、謝ってほしいっすよ!」
「それとこれとは話が別だろう」
 武田とナギは真剣に睨み合っている。
 レイは「いい加減止めて!」と言い、男二人を制止しようとする。しかし、ナギも武田も反応しない。完全無視である。レイが無視されるなんて信じられない。
 やがて怒りを露わにしているナギの手が、肘の方へと移動する。意図してか偶然かは分からないが。そんなことで肘を強く握られた武田は、またしても顔を歪める。詰まるような苦痛の息を漏らしていた。
「なっ、ナギさん!お願いです。止めてあげて下さいっ!」
 余計な刺激を加えることは避けるべきなのに、堪らず口を挟んでしまう。武田が苦しんでいる光景を目にしながら黙っていることは、私にはどうしてもできなかった。
 私にしては大きな声に、ナギは驚いたようにこちらを向く。
「これは俺ら二人の問題なんで、止めないでほしいんすけど」
「でもっ。武田さんは苦しそうな顔をして……」
「これは男同士の話。沙羅ちゃんみたいな可愛い女の子が入れる話じゃないんすよ」
 いつもなら言われて嬉しいであろう「可愛い」も、このタイミングだと嬉しくない。話に入ってくるなと言われているような気分になるからである。
「沙羅、構うな。お前が心配することはない」
 続けて武田が言ってきた。
 一見優しい言葉だけれど、それはどこか私を拒否するような言葉だ。
 妙に悔しい気持ちになる。
「心配しますよ!だから止めて下さいっ!」
 私は思わずそう叫んでしまった。
 狭い部屋がしんと静まりかえる。そして、全員の視線が私に集まった。攻撃的な視線ではない。だが、小心者の私にとっては、大勢から視線を向けられるのが少々苦痛だ。
 それにしても、まさか私の声でみんなの動きが止まるとは思わなかった。
「そうだよ。沙羅ちゃんの言う通り」
 一番に口を開いたのはレイ。
「ナギも武田も、喧嘩するのは良くないよ。こんな時だからこそ結束を固めないと」
 確かに、と思う。彼女の言っていることはまっとうだ。
 巨大な敵に向かう時ほど力を合わせなくてはならない。これは小学生でも分かるような当たり前のことである。しかし、当たり前のことほど忘れるというのもまた、事実だ。
「仲良し……いいね……」
 ようやく場が落ち着いてきたところで、モルテリアが口を挟んできた。彼女は持っていた紙袋から小さなたい焼きを取り出し、ナギと武田にそれぞれ手渡す。
「……仲直りの、証……あげる……」
 いきなり小さなたい焼きを渡されたナギと武田は、ほぼ同時に困惑した顔になる。
「何だ、これは」
「これ何すか」
 どうやらモルテリアの意図が掴めていないようだ。あまりに突発的なので、意図が掴めないのも分からないことはない。
 しかし、当のモルテリアはというと、困惑した顔をされても気にしていない。僅かに口角を持ち上げ、丸みを帯びた顔に柔らかな笑みを浮かべている。
 白玉のような頬が愛らしい。
「これ食べて、仲良く……!」
 それは、食べ物好きがよく現れた、非常に彼女らしい発言であった。

 ナギと武田の喧嘩はなんとか収まった。二人を制止することができたのは、ある意味モルテリアのおかげかもしれない。彼女が突然小さなたい焼きを渡したことで、雰囲気が変わった気がするのだ。
 とにかく大事にならなくて良かった、と私は内心安堵の溜め息を漏らす。
「ナギさんは今日もこちらに?」
 私は何げなく尋ねてみた。
 荷物の準備もなしに二日も泊まるというのは大変だろう。だがレイを思うナギなら、多少苦労しても二泊するかもしれない。
 そんな風に考えていたからだ。
「俺っすか?いやー、まだ考え中なんすけど……多分もう一晩泊まるっす」
「ナギ。事務所へ帰って」
 私の問いにナギが答え終わった直後、ベッドの上のレイがきっぱりと言った。ナギは驚いたようにレイを見て、「ちょ、何で!?」などと返す。
「ナギはエリミナーレに残るって、昨日言ってたよね。エリミナーレのメンバーなら、事務所に帰って戦いに備えた方が良いと思う」
「俺はレイちゃんを一人にすんのは嫌っすよ」
「結局ナギはどっちなの?どっちつかずは良くないと思うよ」
 真剣な顔つきで淡々と話すレイ。そこにいつものような爽やかな笑みはない。
「あたしはもうエリミナーレの一員を名乗る資格がない。でもナギにはその資格があるんだから。ナギはエリミナーレを選んでいいと思うよ」
 数秒して、レイは続ける。
「それにほら。ナギはエリナさんのこと凄く心配していたよね。看病してあげなくていいの?」
「まぁそうっすけど……」
「だったら早く事務所へ帰った方がいいよ!」
「けど、そしたらレイちゃんが一人に……」
「あたしのことは気にしないでいいから」
 レイの声は冷ややかだった。
 決して荒々しい調子ではない。しかし、レイの静かな声には、漠然とした鋭さがあった。
 彼女は彼女なりに思うところがあるのだろう。その心の内は私には分からないけれど、彼女にも思いがあるということだけは感じられる。きっと複雑なものに違いない。
 だから私はこう言った。
「ナギさん、一度事務所へ帰りませんか?レイさんもああ言ってられることですし。あ、もちろんモルさんも」
 するとナギは黙り込んだ。らしくなく、何か考えているような真面目な顔をする。いつも活発で騒がしいナギだけに、黙っていると不思議な感じだ。
 私は彼の返答をじっと待った。急かすのは良くない気がしたからである。
 待っていると、やがて、ナギが口を開いた。
「そうっすね!一旦帰ることにするっすわ!」
 私の予想とは違った返答だった。
 こんなことで、微妙な空気を十分には払いきれぬまま、事務所へ帰ることとなった。
 帰りしな、レイは私に向けて、微笑みながら手を振ってくれた。気を遣ってくれたのだと思う。彼女は本当に優しい人である。
 だが、その優しさが彼女自身を怪我させることとなったのも、また事実だ。みんなを傷つけさせまいとした結果、彼女が傷ついた……それを考えると、明るい気持ちにはなりきれない。


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