コメディ・ライト小説(新)
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- 新日本警察エリミナーレ 【完結!】
- 日時: 2018/04/28 18:16
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hjs3.iQ/)
初めましての方は初めまして。おはこんにちばんは。四季と申します。
まったりと執筆して参りたいと思います。気長にお付き合いいただければ光栄です。
《あらすじ》
日本のようで日本でない世界・新日本。
そこには、裏社会の悪を裁く組織が存在したーーその名は『新日本警察エリミナーレ』。
……とかっこよく言ってみるものの、案外のんびり活動している、そんな組織のお話です。
シリアス展開も多少あると思います。
《目次》
プロローグ >>01-02
歓迎会編 >>05 >>08 >>13-18 >>23
三条編 >>24-25 >>30-31 >>34-35 >>38
交通安全教室編 >>39-40 >>43
茜&紫苑編 >>44-46 >>49-54 >>59-62 >>65 >>68-70
すき焼き編 >>72 >>76-78
襲撃編 >>79-84
お出掛け編 >>85-89 >>92-95 >>98 >>101-105 >>108-109
李湖&吹蓮編 >>112-115 >>120-121 >>126 >>129-140
畠山宰次編 >>141-146 >>151-158
約束までの日々編 >>159-171
最終決戦編 >>172-178 >>181-188
恋人編 >>189-195 >>198 >>201-202
温泉旅行編 >>203-209 >>212-226
結末編 >>227-229
エピローグ >>230
《イラスト》
武田 康晃 >>28 (御笠さん・画)
モルテリア >>55 (御笠さん・画)
一色 レイ >>63 (御笠さん・画)
京極 エリナ >>90 (御笠さん・画)
天月 沙羅 >>123 (御笠さん・画)
《感想など、コメントありがとうございました!》
いろはうたさん
麗楓さん
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ましゅさん
御笠さん
横山けいすけさん
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- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.160 )
- 日時: 2018/03/02 04:25
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: npB6/xR8)
98話「陰鬱な味」
その日の昼前、私はレイに誘われて街の見回りに出掛けることとなった。
こんな時だ、本当はあまり事務所から出たくない。しかし、彼女が何か話したそうだったので、一緒に行くことを決めた。
レイがいれば一人よりかは安全だろう。きっと大丈夫。そう自分に言い聞かせ、時折込み上げてくる不安を振り払う。
レイと二人で六宮の街を歩くのは久々だな、と私は少しだけ楽しみにしていた。だが、武田が「自分も同行する」と言い出したため、結局三人になってしまった。なのでレイと二人ではない。
左にはレイ、右には武田。私は二人に挟まれた状態で歩いている。少々息苦しい感じはするが、襲われた時のための位置なので仕方ない。
「武田さん、本当に大丈夫なんですか?昨日の今日で見回りに参加するなんて」
私は右を歩く武田に話しかけてみた。
「あぁ、問題ない。歩くくらいならどうもないんだ」
彼は私やレイと同じように、一定のペースで淡々と歩いている。全治二週間の怪我を負っているとは到底思えない。事情を知らない人が今の彼を目にしたとすれば、まさか怪我人だとは夢にも思わないはずだ。
「銃創は大丈夫なの?」
困っている人がいないか周囲を見渡しながら、レイは尋ねた。武田は速やかに返答する。
「弾丸は貫通していたのでな、ややこしくならずに済んだんだ。運が良かった」
他人事のように話す武田を眺めていると、段々不思議な気持ちになってきた。
足を撃たれ、肘を痛めつけられ、背中なども蹴られたりして。にもかかわらず翌日の見回りに参加するというのは、かなり普通でない気がする。一般人に容易くできることではない。
「無理は禁物ですよ、武田さん。痛くなったらすぐに言って下さいね」
「そうしよう。沙羅は優しいな、本当に」
「優しくなんてありませんよ。当然のことを言っただけです」
「いや、当然のことではない。エリナさんは一度もそんな風には言わなかった」
「エリナさんは厳しいですもんね」
穏やかな日が降り注ぐ中、私たち三人は、たわいない会話をしながら歩く。車道の端を、陸橋を、そして商店街を。困っている人がいないか目を配りつつ、極力ゆっくりと歩いた。
見回りをある程度終えた時には、既に正午を回っていた。ちょうどお昼時である。私たちは休憩も兼ねて昼食をとろうと、六宮駅へ向かった。なぜ六宮駅かというと、その付近には飲食店が集中しているからである。
「沙羅ちゃん何食べたい?」
歩いているとレイが急に尋ねてきた。
私は少し考える。
中華、和食、イタリアン、お好み焼き——選択肢が豊富すぎて、どれを選ぶか迷ってしまう。本心を言うなら、レイが決めてくれる方がありがたい。私はこういうことを決めるのが苦手なのだ。
「えっと……」
なかなか決められずいると、唐突に武田が口を開く。
「お好み焼きが良いかと思うが」
彼が意見を言うなんて意外だ。そう思い驚いていると、彼は続ける。
「沙羅は焼きそばが好きだっただろう。お好み焼き屋なら焼きそばもあるはずだ」
「確かに!沙羅ちゃん、どうする?」
「はい。ではそれで」
レイは爽やかな笑みをこぼしながら、明るい声で「決まりだね!」と言った。一見元気そうに見える。しかし、どうも無理している感が否めない。
昔から彼女を知っているわけでもないのに、変わらないな、なんて思う。
エリミナーレへ入った最初の日、歓迎会の準備の買い物をしていた時のことをふと思い出した。あの日の彼女の、ほんの些細なことで崩れ消えてしまいそうな儚さ。今でも鮮明に思い出せる。
「……沙羅ちゃん?」
「あっ。すみません、つい考え事を」
ほんやりしてしまっていたようだ。レイと武田が、心配したような顔をして、それぞれ言ってくれる。
「どうしたの?大丈夫?」
「もしや、体調が悪いのか?」
ただの考え事で二人を心配させてしまってはあまりに申し訳ない。だから私は、意識的に笑顔を作り、「大丈夫です」と返した。
それでなくとも精神的に大変な時だ。二人にはなるべく余計な負担をかけたくない。
私たち三人は、お好み焼き屋に入った。こんな真っ昼間からお好み焼き屋へ入るのは初めてかもしれない。
店員に案内されたのは、向かい合うようなソファ席だ。恐らく四人用の席である。そこを三人で使うのだから、スペースは結構裕福に使える。隣に武田が、前にレイが、それぞれ座った。
「席が空いていて良かったですね」
「あぁ。そうだな」
武田は短い返答を返した後、ふぅ、と軽めの溜め息をつく。だいぶ歩き続けたので、少々疲れたのかもしれない。そんな顔つきをしている。
「武田さん、体は大丈夫ですか?」
念のため尋ねてみると、彼はゆっくりと一度頷く。
「問題ない。だが、少し疲れた気はするな。やはり昨日の今日では普段通りとはいかないか……」
その時ちょうど店員が水を運んできてくれた。冷たい水だ。彼は早速、水をほんの少し口に含む。
「どこか痛いんですか?」
「いや。平気だ、案ずるな」
「本当に大丈夫ですか?」
「……少しだけ痛む」
武田は、非常に言いにくそうな顔をしながらも、小さな声でそう言った。それから少しして「足が」と付け加えた。
「だが、私はこの程度で弱ったりしない。撃たれたのも初めてではないしな。だから沙羅、そんな不安げな顔をするな」
そう話す彼は微笑んでいる。けれど、その微笑みは、あからさまに歪なものだった。隠し事をしているような顔だ。多分、実際は少しの痛みではないのだろう。
「でも心配です」
心配でないわけがない。それでなくとも結構な怪我をしているというのに、一週間後にはまた戦いが待っている。
「一週間後、宰次さんたちとまた戦うんですよね。……私は、武田さんにはもう戦ってほしくないです」
すると武田は、戸惑ったように首を傾げた。
「沙羅、なぜそんなことを言う?」
レイは黙って見守ってくれている。私の思いを汲んでくれているのだろう。
「完治していない体で戦ったら、また悪化するかもしれない。そんなのは嫌です」
しかし、武田には私の気持ちは届いていないようだった。
「すまんが沙羅、その願いは叶えてやれない。宰次との戦いは避けられるものではない」
初めから分かっていた。彼がそう言うことは。彼が戦いを選ぶことも。
だが、私が言えば戦いから降りてくれるかも、と甘い幻想を抱いていたことは事実だ。ほんの少しの可能性を期待せずにはいられなかったのである。
「沙羅、心配しすぎるのは良くない。過度のストレスは体に悪影響を及ぼしてしまうものだ。あまり考えすぎるな」
武田は優しく微笑んでくれる。けれども、私が彼が傷つくことを恐れているということは、理解できていないみたいだ。
その後はたわいない会話に戻った。
私が注文したのはソース焼きそば。焼きそばの王道だ。そして、私の好物である。
ソース焼きそばは予想通りの美味しさだ。温かくて、濃厚で、麺の歯触りも柔らかくて——だが、どこか悲しい味をしていた。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.161 )
- 日時: 2018/03/03 19:45
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: sThNyEJr)
99話「復讐、それは負の連鎖」
昼食後、私たち三人は再び歩き出す。軽い見回りだ。
歩き出す前に、レイは武田へ「ベンチに座って待ってて」と言ったのだが、彼はそれを良しとしなかった。「沙羅に何かあってはいけないから」と、彼は無理矢理ついてきた。以前から薄々気づいていたが、彼は妙な部分だけ頑固である。
それからの見回りでは、色々な物事に遭遇した。どれも大きなことではなく、しかし、人助けになることであった。
高齢者と軽く談笑したり、落とし物捜索を手伝ったり。更には、コインロッカーの鍵をなくした人を助けたり。
レイがメインで動き、私はサポート。武田は近くに怪しい者がいないか見張り。三人で良かったな、と内心思った。
「はー、今日もよく働いたー」
すっきりした顔つきで言うレイ。活発に動いたからか、昼頃より晴れやかな声と表情だ。
そんな彼女を目にしているうちに、私の心も少し明るさを取り戻してきた。お好み焼き屋で少々沈んだ心は、いつの間にやら元通りになってきている。
人助けをしていたはずなのに、むしろ私たちが人助けに助けられている気がする。実に不思議な現象だ。
夕日の照りつける道を三人で歩く。音はほとんどしない。橙色の静寂は、なんだか凄く哀愁を帯びている。
「ずっとこんな風に、街の平和のために生きていけたらいいのに」
事務所へ帰る途中、空を見上げながら歩いていたレイが、ぽつりと呟いた。
「レイさん?」
「何だ、それは」
私と武田が言うのはほぼ同時だった。
私はレイに何か思うところがあることに薄々気づいていた。今朝のエリナとの会話を聞いていたというのもあるが、彼女の表情を見ればなんとなく分かる。
しかし、武田は察することができていないようだ。眉を寄せ、顔全体に困惑の色を浮かべている。
「あたしは復讐のために戦うのは嫌だ。復讐なんて負の連鎖にしかならない……無意味だよ」
空を見上げるレイの瞳は寂しげな色をしていた。時折吹く風で揺れる青い髪も、寂しげな雰囲気を高めている。
そんな彼女に武田は尋ねる。
「宰次と戦いたくない、ということか?」
「……近いけど、ちょっと違うかな」
足を止めるレイ。
「エリナさんの復讐にみんなが巻き込まれるのは嫌なんだ。あたし一人ならまだいいよ。でも、このままだと、ナギとかモルとかも巻き込まれることになるよね。もちろん沙羅ちゃんも」
私はただ、見守ることしかできずにいた。
レイは真剣に悩んでいる。岐路に立ち、進む道を選ぼうとしているのだ。そんな彼女にかけるべき言葉など、そう容易く見つけられはしない。
「だからあたしが代表して、エリナさんの復讐には関わらないと表明しようと思ったんだ。そうすれば、ナギやモルも関わらずに済むかもしれないから」
「ナギはモルは関わりたくないと言っているのか?」
「ううん。聞いてみてはないよ。でも、エリナさんの個人的な復讐にエリミナーレを巻き込まないでほしいって……あたしは本当はそう思う」
レイは優しい。だから、仲間には極力傷ついてほしくないと、そう思うのだろう。恐らく彼女は、仲間を思うがゆえに悩んでいるのだ。
仕事と割り切れないところがどうしてもあるのだと思う。
「武田は復讐の戦いに参加するつもりなんだよね?」
「当然だ。宰次との因縁に決着をつけねばならないからな」
「……二人じゃ駄目なの?」
もう五月。夕暮れ時でも風は冷たくない。春から夏へと向かい始める直前の、穏やかな風が、ふわりと髪や服を揺らす。
私はただただ切なかった。こんな風にすれ違うことが。
私はエリミナーレの温かな空気が好きだ。エリミナーレは、小心者で役立たずの私ですら、温かく迎え入れてくれた。僅かも拒むことなく、仲間として認めてくれた。
「戦力は少しでも多い方がいい。宰次がどんな手を使ってくるか分からないからな」
武田の発言に対し、レイは難しい顔をする。
「……だが。私としては、嫌々やらせるのは気が進まない。だから、レイが嫌なら、はっきりそう言うといい」
「エリナさんは多分認めないよ、そんなこと」
「問題ない。エリナさんには私から伝えよう」
一呼吸おいて、武田は静かに確認する。
「本当に、降りるつもりなんだな?」
するとレイは頷く。
「そうだね。あたしは参加しない」
レイの瞳から迷いは消えていた。
武田は一瞬寂しげな目をしたが、すぐに表情を戻し、淡々とした調子で「そうか」とだけ答える。説得の余地はない、と悟ったような顔だ。
それからレイは、柔らかい視線を私へ向け、「先帰っててくれるかな」と言う。表情も声色も柔和だが、いつものような爽やかさはなかった。
私と武田は、レイと別れ、事務所へと歩き出す。二人きりだが、今はそれほど喜ぶ気になれない。
「レイさん、一体どこへ行かれるおつもりなんでしょうね」
しんとしていると気まずいので、私は武田に話しかけてみた。すると彼は、落ち着いた調子で返してくる。
「今日のレイはよく分からない。そもそも、なぜあそこまで宰次との戦いを嫌がるのか」
レイの言動を微塵も理解できない、というような顔だ。
「それはエリミナーレの皆さんが傷つくのが嫌だからだと思いますよ。ただ、今日のレイさんが普段と違ったのは間違いないですね……」
「あぁ、そうだな」
なんだかもやもやするが、レイ本人がいない以上、詳しく聞くことはできない。だから考えるだけ無駄というものだ。
彼女は強い。だから、少しくらい放っておいても問題ないだろう。何もないのが一番だが、ちょっと危険な目に遭ったくらいではやられないはずだ。だから私は、あまり気にしないことにした。
「……そうだ。武田さん」
「どうした?」
「お昼はごめんなさい。勝手なことを言って。武田さんが戦うのは当然ですよね、瑞穂さんのこともあるのだから」
心の暗部をついうっかりさらけ出し、その結果、場を気まずい空気にしてしまった。言うべきことではなかった、と今は少し反省している。
日が落ち始めた薄暗い道を歩きながら、彼は私の言葉に応える。
「分かってくれたのは嬉しい。だが、謝ることはない」
「でも私、武田さんの気持ちなんて少しも考えずに……」
「沙羅、自分を責めるのは良くない。お前は私の体を心配してくれたのだろう?あの場では少しきつく言ってしまったかもしれないが、沙羅の気遣いには——実はいつも感謝している」
夕日はもうかなり沈んでいるのだが、彼の顔は心なしか赤い。日を浴びているわけでも飲酒したわけでもないのに。
一体どうしたのだろう。そんなことを少し思うのだった。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.162 )
- 日時: 2018/03/05 15:13
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: UgVNLVY0)
100話「あたしは貴女を許せない」
沙羅と武田が事務所に帰ったのと、ほぼ同時刻——。
人通りのない路地に一人佇み口を開くレイ。
「今日一日あたしたちを付け回して、一体何のつもり?」
彼女は、青く長い髪を風になびかせ、険しい顔をしている。
近くに人の姿はない。けれど、彼女の瞳には何者かが見えているかのようだ。ただ、もし通行人が今の彼女を見たならば、独り言を言っていると勘違いしたに違いない。
「隠れていないで出てくればどうなの!吹蓮!」
鋭く言い放つレイ。日頃から男性的な凛々しい顔立ちだが、今は特別厳しい表情だ。戦士のような眼差しである。
彼女が言葉を放ち数秒くらい経った時、暗闇の中に、吹蓮が姿を現した。
鮮やかな色の糸で刺繍された赤紫の長いローブ。黒いレース生地で作られた地面に触れそうな丈のスカート。相変わらず色鮮やかで個性的なデザインの服を身にまとっている。
「……気づいていたとはねぇ」
吹蓮は、老いを感じさせるしわだらけの顔に、不気味な笑みをうっすら浮かべる。もしも一般人が彼女を目にすれば、老婆の姿をした妖怪だと勘違いし、走って逃げたかもしれない。
暗闇の中、レイはそんな吹蓮と向き合う。
「あんな気配丸出しだったら、気づかないはずがないよ」
「そうかい?あとの二人は気づいていなさそうだったがねぇ」
「確かにね。沙羅ちゃんは一般人だし、武田は少し疎いから」
レイは、スーツの上衣から銀の棒を取り出し、素早く伸ばす。そして、その先端を吹蓮へと向けた。
「吹蓮、どうしてエリミナーレを狙うの。畠山宰次に頼まれたから。本当にそれだけ?」
「そうだねぇ……」
吹蓮のあやふやな返答に、レイは納得できないような顔をする。そして口の中で小さく「ふぅん」と呟く。
「一応警告させてもらうけど、吹蓮、引くなら今のうちだよ」
「今日命じられているのは偵察のみ。だから今ここで引いても問題はないわけで……けど」
不愉快そうに顔を歪める吹蓮。彼女は、レイに上から目線で物を言われたことに、若干腹を立てているのかもしれない。口角が下がっている。
「そんな言い方をされちゃ、引くわけにはいかないねぇ」
「なら力ずくで捕らえるまで!」
「できるものならやってみな」
言い終わるや否や、レイに手のひらを向ける吹蓮。吹き飛ばす術を繰り出そうとしたのだろう。
だが、レイは読んでいた。横に飛び退き、術を回避する。
そして、飛び退いたとほぼ同時に、吹蓮の方へ駆け寄っていく。レイは武器も戦い方も接近戦向きなので、距離を詰めることが第一と考えたのかもしれない。
途中、吹蓮は何度か同じ術を使用したが、レイはそのすべてを確実に避けた。掠りもしなかった。
「悪いけど吹蓮、ここで消えてもらうよ!」
レイは銀の棒を激しく振り回す。対する吹蓮は、銀の棒に当たらないよう少しずつ後退していく。
一見すると吹蓮の方が上手に見える。しかし案外そうでもない。というのも、レイの狙いは、単に吹蓮を攻撃することではないからだ。
「……な!?」
驚きの声をあげる吹蓮。
彼女は気づかぬうちに、行き止まりへ誘導されていたのだ。逃げ場のない袋小路へ追いやられていることにようやく気がついたらしい。
吹蓮は自然と苦々しい顔になる。
「よくもみんなに色々手を出してくれたね。あたしは貴女を絶対に許せない」
レイは落ち着いた声で言いながら、吹蓮の片腕を掴む。骨と皮しかないかのような腕を、である。そして、逆に掴まれないよう、指を逆に折り曲げた。
もちろんやられっぱなしで終わる吹蓮ではない。彼女はレイの足を攻撃しようと低いキックを放つ。だがレイは、キックを放った吹蓮の足を、片足で軽く払う。
足を払われた吹蓮はバランスを崩す。その隙を見逃さず、レイは投げ技をかけた。吹蓮の痩せ細った体は、宙で一回転し、アスファルトの地面に落下する。
一連の動作は流れるようで華麗だった。近くに見ている者がいたならば、目が離せなくなっていたことだろう。
レイは、吹蓮の上に馬乗りになり両腕をがっちりと拘束すると、冷淡な声色で述べる。
「人の心を弄ぶなんて、最低の行為だよ」
「ま、そうだねぇ……」
「罪は償ってもらわなくちゃならない。それに、貴女には聞きたいことがたくさんあるからね。だから吹蓮、拘束させてもらうよ」
言いながら、レイが所持している拘束具を取り出そうとした瞬間、吹蓮は言葉を発する。
「あたしを拘束できると思っているのかい?」
挑発するような言い方だった。
「どういう意味?」
「物分かりがよくないねぇ。あたしを捕らえられると思っているのか、と聞いているんだがねぇ」
「そちらこそ、この状況で逃げられるつもりでいるの?」
吹蓮を地面に押さえつけながらレイは尋ねた。その問いに対し吹蓮は、しわがれた低い声で「いいや」と答える。
「あの男と違ってアンタには隙がない。だから逃れるのは難しいだろうねぇ」
妙に素直な発言を聞き、訝しんでいるような顔をするレイ。しっかりと地面に押さえつつ、腹を探ろうとするような目つきで吹蓮を見つめる。
暫し沈黙が訪れた。
暗闇の中、二人を静寂が包む。光はなく、音もない。まるで宇宙空間に放り出されたかのような、あまりに何もない空間である。
それからしばらくして、吹蓮は小さく口を動かし始める。
「……だがね」
「何かまだ言うことがあるのかな」
「ある意味ではアンタもまだまだ甘い。若さゆえかもしれないがね」
吹蓮の口元には、彼女らしい不気味な笑みが浮かんでいる。取り押さえられ到底逃れられる状態ではないのに、だ。
「悪夢はまだ終わらないよ。あのリーダーの女、それにアンタも。……なーんてねぇ」
片側の口角だけが、すっと持ち上がる。
それを目にし、レイは得体の知れない悪寒に襲われた。暗闇のせいでも、夜のせいでも、時折吹く風のせいでもなく。完全に吹蓮の不気味さによるものである。
吹蓮から離れたい衝動に駆られるが、逃がすわけにはいかないので離れられない。
——刹那。
レイの目に、ほんの一瞬、何かが光るのが映る。
「……っ!?」
僅かに光ったのは吹蓮の口元だ。
本能的に「まずい」と感じたレイは、咄嗟に吹蓮から離れる。そして距離を取ろうと走った。
だが、既に遅い。
「あ……」
直後、闇に爆発音が響く。黒を塗り潰すように、灰色の煙がその場を包んだ。
近くに民家でもあれば、住人が驚いて飛び出してきたことだろう。しかし、近くに民家はない。だから、誰かがすぐに様子を見にやってくることもなかった。
路地が煙に包まれる。
そこへ、一人の男性が現れた。ダブルボタンのスーツに白髪混じりな頭という男性だ。
「……まさか、本当に自爆するとは。理解できませんな」
男性は口元に僅かに笑みを浮かべる。
「失敗して帰ってきたら次はあの二人を使うとは言いましたがな……本当に帰ってこない道を選ぶとは、愚かの極みというもの」
煙が晴れた時、路地に残されていたのは、気を失った一人の女性だけ。それ以外には、誰もいないし、何もなかった。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.163 )
- 日時: 2018/03/06 14:09
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: lyEr4srX)
101話「喧嘩は嫌」
私と武田は事務所へ帰り、既に揃っていたみんなと夕食をとった。
モルテリアが作ってくれたビーフシチューは、とろけるような肉と濃厚な味で大好評だった。ナギは妙にテンションが高くなっていたし、武田は黙々と食べていた。もちろん美味しいと思ったのは彼らだけではない。エリナも、私も、である。
それから風呂に入ったり、それぞれ自由な活動をしたりして。そしてついに就寝時間が来ても、レイは帰ってこなかった。
私は気になって仕方がなかった。エリナも少し気にしている様子だったが、「そのうち帰ってくるでしょう」などと言って流していた。
穏やかに眠っていた私は、モルテリアの「起きて……」という声によって目を覚ます。モルテリアが起こす側だなんて珍しい。私はしばらく、状況が理解できなかった。
壁にかけられた時計の針は五時を示している。カーテン越しにしか見えないが、窓の外は薄暗かったので、午前五時なのだと理解した。
「……すぐに着替えて……」
「えっ。何かあったんですか?」
「……レイが」
それを聞き、昨夜レイが事務所へ帰ってこなかったことを思い出す。
彼女に何があったのだろう。昨日の彼女の不思議な言動を知っているだけに、不安が込み上げてくる。
素早く起き上がり、パジャマからスーツに大急ぎで着替える。やや寝癖がついてしまっているが、髪をセットする余裕はない。
私は最速で身支度を整え、モルテリアと共にリビングへと急いだ。
リビングには、エリナと武田、そしてナギもいた。私とモルテリア以外は揃っている。
「あっ!沙羅ちゃん来たっすよ!」
私の姿を見て、大きな声を出すナギ。
「何があったんですか!?」
「沙羅、落ち着いて聞け。レイが……」
優しくて頼りになる彼女の身に何かがあったのかもしれない。そう思いながら落ち着いて聞くなど不可能だ。
「やっぱり、レイさんに何かあったんですか!?」
「路地に倒れているのが見つかったらしい」
「そんな!」
私は思わず叫んでしまう。
レイは大丈夫だと思っていた。高い戦闘能力を持つ彼女なら誰かに襲われても大丈夫だろう、と。
だが、甘かった。やはりちゃんと一緒に帰るべきだったのだ。
「今から現場へ向かうわ」
エリナは平静を装いながら言う。しかし若干顔色が悪い。
「武田、運転できる?」
「はい」
「怪我しているところ悪いわね、よろしく頼むわ。車を出してちょうだい」
静かな声で「はい」と返事をする武田。彼は、早朝であるにもかかわらず、漆黒のスーツをきっちりと着ていた。
「ナギ、モル、沙羅。行くわよ!」
エリナは鋭く言い放つ。
ナギもモルも、しっかりと頷いた。私も一度首を縦に振る。
こうして私たちは、レイが発見されたという現場へ急行するのだった。
外はまだ薄暗い。完全な真っ暗闇ではないが、視界はあまりよくない。そんな中、私たちはレイが発見されたという現場へ到着する。
既に救急車が到着していた。ちょうどレイが救急車へ乗せられている途中だ。
「レイ……!」
「レイちゃんっ!」
車を降りるなりナギとモルテリアが駆け出す。それに続いてエリナ。私は武田と共にその後を追う。
「何があったんすか?」
ナギはいつになく真剣な声色で救急隊員に尋ねる。冗談や嫌みの多い日頃の彼とは別人のようだ。
「爆発があったとかなんとかで。ただ、自分はよく……」
「分からないんすか!?」
「あ、はい。自分はあまり詳しくな……」
「だったら分かるやつ呼んで!頼むっすよ!」
ナギは曖昧な返答ばかりの救急隊員に苛立ち、徐々に口調を強めていく。今にも掴みかかりそうな勢いだ。
「落ち着きなさい、ナギ」
救急隊員に詰め寄るナギを、エリナは静かに制止した。
救急隊員はほっとした顔になる。いきなり現れた者に詰め寄られていたのだ、助かって安堵の溜め息を漏らすのも無理はない。
「でもエリナさん、レイちゃんが怪我したんっすよ!?何があったのか気にならないんすか!?」
「気にはなるわ。でも救急隊員の方に迷惑をかけるのは駄目よ」
「何言ってんすか!冷たすぎっすよ!」
落ち着いた様子のエリナとは対照的に、ナギは取り乱している。恐らくレイを心配するゆえなのだろう。
彼は女性のこととなるとすぐに平静を失うので、私が言うのもなんだが、見ていて少々心配である。
「今はそんなことを言っている場合ではないでしょう?」
「いやいや!仲間の身に何があったのか分からないなんて、そんなの嫌っしょ!」
「ナギ、落ち着きなさいよ。そんなに取り乱すなんて、さすがにみっともないわよ」
しまいに言い合いに至ってしまうナギとエリナ。二人はわりと相性がいい方だと思っていたので、言い合いになるなんて驚きだ。
そんな中、言い合う二人をじっと見つめていたモルテリアが、身を縮め、悲しそうに漏らす。
「……喧嘩……嫌……」
声が震えていた。
翡翠のような瞳には涙の粒が浮かんでいる。
そんなモルテリアを目にし、ナギとエリナは言い合いを止めた。二人は揃って気まずそうな顔をする。
「……すいません。言いすぎたっす」
「そうね……、言い合いは無益だわ」
まさかモルテリアが言い合いを止めるとは。私は密かに彼女を尊敬した。
そこへ、救急隊員が声をかけてくる。「誰か同行するか?」という問いだった。シンプルな問いではあるが、咄嗟に言われると慌てそうな質問である。しかし、エリナは落ち着いた声で、「ナギとモルが」と答える。
二人は救急車へ速やかに乗り込む。それから数分も経たないうちに救急車は出発した。
走り出す救急車の背中を見送っていた——その時。背後から得体の知れない殺気を感じて振り返る。
そこには、一人の女性が立っていた。白い髪を春の風に揺らす彼女は、うっすらと微笑んでいる。
「瑞穂!?」
愕然とした顔で叫ぶエリナに、白い髪の女性は言う。
「エリナ、会いたかった。こんな形でまた会えるなんて、凄く嬉しい気持ち」
「……なぜこんなところに」
理解できない、といった顔をするエリナ。
「話したいこと、いっぱいあるのよ?ゆっくりお話しましょう」
白い髪の彼女は、ふふっ、と柔らかな笑みを浮かべる。
だが私には、彼女が偽者の瑞穂だとすぐに分かった。恐らく武田も分かっていることだろう。しかし、エリナが完全に分かっているかどうかは怪しい。
こんなところで彼女に再会するなんて……。
私はそう思いながら、目の前の光景をじっと見つめる。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.164 )
- 日時: 2018/03/07 11:39
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 62e0Birk)
102話「それは偽者で、けれども彼女でもあって」
「……気をつけろ、沙羅」
武田は険しい顔つきになり、私を護るように一歩前へ出る。そしていつものように軽く重心を下げる——がその瞬間、顔をしかめた。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ない。気にするな」
私が声をかけると、彼は落ち着いた声で応じる。だが痛そうであることには変わりない。恐らく宰次に撃たれた左足が痛むのだろう。
銃創が痛むのは仕方がない。あれからまだ二日しか経っていないのだ。日常生活を営むことができているだけで幸運である。
「ずっと貴女に会いたかった」
瑞穂は、こちらには目もくれず、ただエリナだけを見つめていた。エリナだけに話しかけ、歩み寄っていく。
その途中、エリナは鋭く「来ないで!」と叫ぶ。とても不快そうな顔をしている。
「エリナ、どうして拒むの?私たち、親友じゃない」
「貴女みたいな幽霊、親友ではないわ」
「私を忘れてしまったの?」
「面白くない冗談は止めてちょうだい。貴女みたいな幽霊、初めから知らないわ」
冷たく突き放すエリナ。その顔はどこか辛そうだった。
……無理もない。
今は亡き親友との再会がこんな形だったのだから。辛くないわけがない。
瑞穂は、白い髪を揺らしつつ、ゆったりとした足取りでエリナに近づいていく。そして、エリナの腕を掴む。
「薄情者」
瑞穂がエリナの耳元でそっと呟く。聞こえるか聞こえないかくらいの本当に小さな声だが、その言葉はナイフのように鋭かった。
「そうね。そうだった。私はエリナを親友と思っていたけれど、エリナは私を親友とは思っていなかったものね……思い出した」
警戒心剥き出しの表情を浮かべるエリナに、凄まじい勢いで迫る瑞穂。
「貴女はどうして、私を、保科瑞穂を、親友だと思ってくれなかったの?」
「瑞穂のことは親友だと思っていたわよ」
「でも私のお葬式の時、泣いてなかったじゃない!どうしてよ!」
言葉を激しく放つ瑞穂を見て、武田は動揺しているようだった。
彼は目の前にいる彼女が本物の瑞穂ではないと理解しているはずだ。にもかかわらず動揺を隠せていないのは、目の前に存在する彼女の言動が、記憶の中の彼女とあまりにかけ離れているからなのだろう。
私は生前の瑞穂を知らない。だからはっきりと言いきることはできない。だが、武田から聞いていた瑞穂は、もっと優しく穏やかな印象だった。
「親友と思っていないから、泣かなかったんじゃないの!?」
「違うわ。幽霊、いえ……瑞穂。私はこんな性格だから泣けなかったのよ。泣かなかったわけではないわ」
「悲しくなかったから、泣けなかったんじゃないの!」
憎しみのこもった視線を向けられたエリナは、静かに目を伏せる。
「違う。私は」
「エリナ。貴女、本当は、私がいなくなったことを喜んでいたんじゃない?」
「なんてことを言うのよ、瑞穂。そんなわけ……」
「だったらどうして、泣いてさえくれなかったのよ!!」
瑞穂の叫びは異常な迫力を帯びている。
さすがのエリナも圧倒されているらしい。彼女の茶色い瞳は、動揺したように揺れていた。
「私がいなくなって嬉しかったのよね、エリナは。私さえいなければ、武田くんを一人占めできるものね」
「武田?待って、瑞穂。どうしてそこで武田が出てくるの?」
「白々しい返答は要らない。私はエリナが武田くんを気になってるって知っていたのよ」
矢継ぎ早に言葉を発し、瑞穂はエリナを追い詰めていく。
「気づいていた?だから私は宰次さんと付き合ったの。私が武田くんに手を伸ばしたら、親友であるエリナとの関係が壊れてしまうから……」
一方的に鋭い言葉を浴びせられたエリナは、目を見開き、瑞穂ただ一人だけを見つめていた。魂を抜かれているかのような、ぼんやりとした瞳で。
私のすぐ近くで様子を見ている武田は不快感を露わにする。
「何だこれは。気持ち悪い」
そんな風に漏らす彼の手を、私は後ろからぎゅっと握った。
「そして私は死ぬという運命に巻き込まれた。けれどもそれでいいと思っていた。エリナとの友情が壊れないなら、って」
「……止めて。もう止めて」
「馬鹿だったわ。エリナは微塵も親友だなんて思ってもいないのに、私だけが親友だと信じていたんだもの。愚かの極みね、私は」
武田が「気持ち悪い」と言ったのも分かる気がした。彼女はおかしい。明らかに普通ではない。
「ただ、エリナは一つだけ間違いを犯した」
「……間違い?」
「そうよ。貴女が犯したただ一つの間違いは、エリミナーレを結成したこと。武田くんを一人占めしようとしたのが裏目に出たのね」
エリナは怯えたような顔で後ずさり、うわ言のように「何を言いたいの」と漏らす。
「残念ね、エリナ。結局武田くんは貴女のものにはならなかった。彼は本当に大切な人に出会ってしまったから……」
瑞穂は語りかけるような静かな声で話しながらエリナへ身をすり寄せる。いくら女同士でも近すぎだ。肌と肌が触れそうな距離である。
「いい加減にして!」
突如、エリナが瑞穂を突き飛ばした。身構えていなかった瑞穂は勢いよく二メートルほど後退する。
「聞いていて分かったわ!やっぱり貴女は違う。ほんの一欠片も瑞穂じゃない!」
「酷いことを言うのね、エリナ。真実から逃げるなんてエリナらしくないと思うけれど」
「瑞穂は貴女みたいに他者を悪く言う娘じゃないわ!偽者は消えなさい!忌々しい!」
腰のホルスターから拳銃を取り出し、銃口を瑞穂へ向けるエリナ。
私は、エリナが拳銃を所持していることを知り、密かに驚く。彼女の武器は鞭なものと思い込んでいたからだ。よく考えれば拳銃を持っていてもおかしくはないのだが……それにしても意外である。
「エリナ?」
銃口を向けられた瑞穂は戸惑ったように言う。
「どうしてそんなものを向けるの?」
「忌まわしい幻、消えなさい!」
鋭い言葉と共に引き金を引くエリナ。路地に数度、乾いた音が響く。
私は思わず耳を塞いでしまった。
銃撃を受けた瑞穂は膝を折り、力なく地面に座り込む。アーモンド型の瞳からは一筋の涙がこぼれている。
「……酷い。エリナも宰次さんと同じ。心から私を必要としてはくれなかった……」
嘆く彼女に、エリナはゆっくりと歩み寄っていく。そしてそっと抱き締めた。瑞穂ではないけれど、瑞穂と同じ姿をした、彼女の体を。
「それは違うわ、瑞穂。私は今でも貴女を大切に思っている。これだけは絶対よ」
座り込んだまま戸惑いの色を浮かべる瑞穂。
彼女は偽者だ。それは間違いない。けれど、今の彼女は、本物のようにも感じられる。
「私は瑞穂を救えなかった。話を聞いてあげることすらできず、貴女を死なせてしまった。後悔したわ。一番傍にいたのにって」
エリナの声は静かだが、微かに震えていた。
「あの夜貴女を呼び出して殺害したのは、宰次なのでしょう?」
「……気づいていたの?」
「当然よ。あまりに不自然だったもの。宰次を疑わないわけがないわ」
何か考えるように少し間を空け、エリナは続ける。
「安心して、瑞穂。私は彼を絶対に許したりしない。彼が犯した罪は、私が必ず表に出すわ」
エリナの強い言葉を聞き、瑞穂はほんの少し微笑む。そして「変わらないね」と小さく呟いた。昔を懐かしむような声だ。
「……ありがとう。でもね、命だけは奪わないでほしい。宰次さんを愛していたこともまた、事実だから」
「そうなの?」
「……えぇ。色々お世話になったし、一緒にいると楽しかった。私があの人の過去の過ちを知らなければ……こんなことには……」
瑞穂の言葉はそこで途切れた。事切れたかのように、動かなくなる。やがて、エリナが抱き締めていた彼女の体は、幻のように揺らぐ。そして、跡形もなく消え去った。
——夢を見ているみたいだった。
エリナと武田と、それから私と。この時間は、私たち三人以外は、誰も知らない。知るよしもない。
ただ、私たち三人は、この時間を決して忘れることはないだろう。きっと、永遠に。
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