コメディ・ライト小説(新)
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- 新日本警察エリミナーレ 【完結!】
- 日時: 2018/04/28 18:16
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hjs3.iQ/)
初めましての方は初めまして。おはこんにちばんは。四季と申します。
まったりと執筆して参りたいと思います。気長にお付き合いいただければ光栄です。
《あらすじ》
日本のようで日本でない世界・新日本。
そこには、裏社会の悪を裁く組織が存在したーーその名は『新日本警察エリミナーレ』。
……とかっこよく言ってみるものの、案外のんびり活動している、そんな組織のお話です。
シリアス展開も多少あると思います。
《目次》
プロローグ >>01-02
歓迎会編 >>05 >>08 >>13-18 >>23
三条編 >>24-25 >>30-31 >>34-35 >>38
交通安全教室編 >>39-40 >>43
茜&紫苑編 >>44-46 >>49-54 >>59-62 >>65 >>68-70
すき焼き編 >>72 >>76-78
襲撃編 >>79-84
お出掛け編 >>85-89 >>92-95 >>98 >>101-105 >>108-109
李湖&吹蓮編 >>112-115 >>120-121 >>126 >>129-140
畠山宰次編 >>141-146 >>151-158
約束までの日々編 >>159-171
最終決戦編 >>172-178 >>181-188
恋人編 >>189-195 >>198 >>201-202
温泉旅行編 >>203-209 >>212-226
結末編 >>227-229
エピローグ >>230
《イラスト》
武田 康晃 >>28 (御笠さん・画)
モルテリア >>55 (御笠さん・画)
一色 レイ >>63 (御笠さん・画)
京極 エリナ >>90 (御笠さん・画)
天月 沙羅 >>123 (御笠さん・画)
《感想など、コメントありがとうございました!》
いろはうたさん
麗楓さん
mirura@さん
ましゅさん
御笠さん
横山けいすけさん
てるてる522さん
mさん
MESHIさん
雪原みっきぃさん
織原姫奈さん
俺の作者さん
みかんさいだーくろばーさん
ホークスファンさん
IDさん
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.210 )
- 日時: 2018/04/13 16:25
- 名前: ID (ID: .Vo2i2Gg)
凄いですね。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.211 )
- 日時: 2018/04/13 19:09
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: KRYGERxe)
IDさん
コメントありがとうございます。m(_ _)m
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.212 )
- 日時: 2018/04/14 22:32
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: fjkP5x2w)
142話「誰に向かって言っている」
布団の中を何かが動くような、カサッという小さな音で目が覚めた。
室内は暗く、何も見えない。
「……っ!?」
少しして、驚く。私の布団の中に武田の体があったからだ。
よく見ると彼は起きているようだった。最初は寝惚けて寄ってきたのかと思ったが、意識があるようなので、寝惚けているのではなさそうである。
だからといって、いかがわしい理由で近づいてきている感じもない。
「これは?」
「……極力話さず、じっとしていろ」
短くそう言った武田の顔つきは険しかった。鋭い目つきに、つり上がった眉。戦闘中のような、固い面持ちである。
彼の言葉に従い黙ると、室内の空気が普通ではないことに気がつく。肌を刺すようなピリピリした空気に包まれている。
「……何事ですか?」
一つの布団に二人で潜り込んだかなり狭く息苦しい体勢のまま、私は武田に尋ねた。数十秒前に目覚めたばかりの私は、まだ状況が飲み込めていないのだ。
すると彼は、低く小さな声で、「怪しい物音がする」と教えてくれた。
「物音……ですか」
「聞いてみろ」
はい、と頷き耳をすます。すると、意識を集中させなくては聞こえないくらいの、小さな話し声が耳に入ってきた。三人くらいの話し声で、恐らく、この客室の前辺りから聞こえてくるものと思われる。
「他の泊まっている方では?」
夜中とはいえ、廊下を誰も歩かないという保証はない。宿泊客数名が移動しているという可能性もおおいにある。なので、廊下から話し声が聞こえるだけで「怪しい」と判断するのは、やや早計ではないか。
私はそう考えていたのだが、武田から「数十分この調子だ」と聞いたことで、段々、本当に怪しい者かもしれないと思ってきた。
「どうしましょう?」
「取り敢えずレイを起こそうかと思う」
「私の方が近いので起こしてみましょうか」
「あぁ、そうだな。よろしく頼……」
武田が言い終わる直前、突如、部屋の入り口付近からガンガンと大きな音がした。夜の静寂を揺らす荒々しい音に、私は思わず身を縮める。
「……まずいな、これは」
いよいよ起き上がる武田。
布団から出た彼の顔つきは、間違いなく戦闘時のそれだった。
直後。
またしても、ガァン、と音が響く。
「これは……?」
「沙羅。レイを起こしてくれ」
「は、はい」
続けてガチャガチャッと音が鳴る。鍵穴に太めの針金を突っ込みでもしたような、先ほどまでとは違った音。
それを耳にした瞬間、私は身の危険を感じた。何者かが入ってくるかもしれない、と本能的に感じたからだろう。
私はすぐに、隣で眠るレイを起こそうと試みる。腕や脇腹をトントンと叩いたり、彼女の名を呼んでみたりしたが、レイはなかなか起きない。
その間も鍵穴を弄るような音は鳴り続ける。
「レイさんっ……」
可能なら大声で起こしたいものだが、それは無理だ。あまり大きな声を出すわけにはいかない。
そこで私は、両手で彼女の片腕を掴み、大きく揺すぶってみる。すると、よく眠っていたレイもさすがにこれには気がついたらしく、目を開け、「何?」と漏らす。
「まだ夜じゃ……」
「起きれますか?不審な音が」
「不審な音?沙羅ちゃん、それ多分夢だよ……」
呑気なことを言うレイ。
彼女の意識はまだ完全には戻っていないようだ。半分寝ていると言っても過言ではない状態である。
その時。ガタッ、と低くも大きな音が室内に響く。
扉が開いたのだろうか……。
それと同時にパタパタと足音が聞こえた。
入り口と、私たちが寝ている部屋の間は、一枚の襖で仕切られている。なので、仮に誰かが侵入してきたとしても、襖を開けるまで姿は見えない。
だから今も、誰が入ってきたのかは分からない。けれども、数人はいるということだけは、気配で分かる。
私が彼女の目を覚まさせようとして、揺らしたり小声で呼んでいると、武田が唐突に「沙羅、やはりもういい」と言ってきた。
「でも」
「騒ぎになれば起きるはずだ。それまで私がやる」
「そんな。怪我が治りきっていないのに……!」
せっかく温泉旅行でゆっくりできると思っていたのに、なんてアンラッキーなのだろう。
私が不運を引き寄せたのだろうか——。
ついマイナス思考になってしまう私に、武田は淡々とした調子で言う。
「恋人だからな、沙羅。必ず護る」
いやいや。恋人になる前から護ってくれていたではないか。
脳に突っ込みが浮かんできたが、この緊迫した空気の中で言うのは駄目だと思い、言葉を飲み込む。
既に立ち上がっている武田は、威嚇するような険しい顔で待ち構える。
刹那、襖が開く。
そこに立っていたのは、いかにも怪しい二十代くらいの男性三人組だった。
虹色のニット帽、顔の半分ほどある巨大サングラス、赤と緑の水玉柄のマスク。それぞれ個性的なアイテムを着用している。想像を絶するカラフルさに、私はしばらく何も言えなかった。
「何をしに来た。それに、戸は閉めていたはずだが」
武田は三人組を睨みながら、静かな低音で尋ねる。今の武田は、柔らかい表情の時とは別人のような顔つきだ。
すると、ニット帽が軽い調子で述べる。
「スミマセーン。京極さんて、いらっしゃいますかー?」
……京極さん?
エリナのことだろうか。
「ここにはいないが」
不審者と対峙しても、武田は心を乱さない。夜中の湖のように静かな瞳で、ニット帽を凝視している。
ちょっとやそっとで動じないところはさすがだ。
「あ、じゃあどこにいるー?」
「そんなことを教えると思うか」
武田がキッパリ言い放つと、赤と緑の水玉マスクを着用した男が、どすの利いた声で吐く。
「勘違いすんなよ?」
「その言葉、そのまま返す」
「ぐっ……クソがっ!」
淡々と言い返され苛立ったマスクは、ついに果物ナイフを取り出す。
私は怖くて思わず布団に潜り込んでしまった。隙間から様子を見つつ、恐怖によって荒れた呼吸を整える。
「刺されたくなけりゃ、とっとと答えろってんだ!」
「誰に向かって言っている」
「あぁ!?調子こいてんじゃねぇぞ!」
どすの利いた声はマスク越しでもしっかり聞こえる。
「答えられねぇってことは!ここに隠してるんじゃねぇのかよ!」
なんと悪い言葉遣い。
「黙ってんじゃねぇよ、おっさん!」
果物ナイフを持った水玉マスクが武田に接近していく。怒りで興奮しているのか、男の瞳は大きく見開かれていた。
「何か言えってんだ!」
「誰に向かって言っている」
「ぐっ……テメェ!馬鹿にしてると痛い目に遭うぞ!」
真正面から果物ナイフを向けられても武田の表情は揺れない。刃で彼を動揺させるなど不可能だ。
「私が誰か、知らないのか」
「知るかよ!京極出せ!」
「そうか、知らないか。まぁ……仕方ない。ニュースには滅多に出ないからな」
武田は少し残念そうだった。
——次の瞬間。
水玉マスクが果物ナイフを突き出す。武田は咄嗟にその手首を掴む。尋常でない武田の反応速度に、水玉マスクは顔をひきつらせた。
怪我が治りきっていなくても、武田はやはり早い。彼の戦闘能力が常人の域を越えていることに変わりはなかった。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.213 )
- 日時: 2018/04/15 00:54
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: O/vit.nk)
143話「奇跡の中の奇跡」
武田に果物ナイフを握る手首を捕まれ、赤と緑の水玉柄のマスクを着用した男は動揺の色を浮かべる。マスクをしていて顔の下半分が見えない状態であっても、彼の顔面に広がる動揺の色は、確かに見て取ることができた。
「く、こいつ……!」
水玉マスクは必死に平静を装おうとしている。だが、武田から刃のような視線を向けられると、どうしても心が乱れてしまうようだ。
「夜中に客室に忍び込むのは良くない」
「うるせぇ!」
果物ナイフを持っているのと逆の拳で、武田の腹部を殴ろうとする水玉マスク。しかし気づいていた武田は、膝で拳を防ぎ、更に払った。
元の体勢へ戻る。
そこへニット帽が言葉を投げる。
「京極さんはー?早く教えてー」
相変わらず軽い調子だ。
武田と水玉マスクは硬直状態。お互いに相手の様子を窺い、どちらも次の一手を打たないためである。
その時、今まで黙っていた巨大サングラスをつけた男が声を出す。
「あそこの布団に隠れてんの、京極さんなんちゃう?」
「マジかよ。ないない」
「何やそれ!めっちゃ疑いの目やん!」
ニット帽とサングラスが話している。
「取り敢えず発掘してみるわ!」
「まぁ好きにしろ」
「オッケーオッケー。そっちはそっちでやっといて」
——まずい!
サングラスがこちらへ近づいてくるのが、布団の隙間から見えた。彼は間違いなく私を狙っている。
見えていないはずなのに。たいした音もたてていないはずなのに。
もしかして、気配で察したのだろうか……?
「ちょっとごめんなー。確認さしてもらうで」
サングラスは私の前で足を止める。
心臓がドクンドクンと大きく鳴る。私以外にまで聞こえるのでは、と思うくらいの音である。拍動がいつになく早く大きくなり、胸が痛い。
今さら逃げるのは無理だ。私の力ではサングラスに勝てない。ならどうすれば良いのか、どうするべきなのか。私は必死に考える。
そのうちに、サングラスの手が布団へ伸びてくる。
——そうだ。
この際どうなってもいい。そのくらいの決意で、私は布団から出た。
「うわ。可愛い女の子やん」
サングラスは漏らし、口元を緩める。彼の気は、確かに緩んでいた。
その隙にちゃぶ台の上の湯飲みを掴む。
そして、サングラスに投げつける——!
「うっわ!何これ、水っ!?」
顎から上半身にかけてお茶がかかったサングラスは、予想通り、数歩退いた。
寝る直前にレイが淹れてくれたお茶がなみなみと入った小さな湯飲み。時間が経っているため冷めてはいるが、それでも僅かな抵抗にはなるに違いない。
そう考え投げつけてみたが、見事に成功した。奇跡だ。
「いきなり何すんねん!」
憤慨するサングラス。
私は床に落ちた掛け布団を持ち上げながら、武田を一瞥する。彼はまだ水玉マスクと硬直状態であった。
「湯飲み投げつけるとか、いくら可愛い子でも許せへん!うちの父ちゃんは陶芸家や!」
ごめんなさい。湯飲み割れてないから、大目に見て。
私は内心謝る。それから、持ち上げた掛け布団を体の前へやる。
「え、何や?何なんや?」
そしてそのままサングラスへ直進していく。戸惑って動きが鈍くなっている彼を、私は掛け布団ごと壁へ押しやる。
何もない普通の状態だったなら、かわされるか逆に押し返されるかだっただろう。上手くいったのはこれまた奇跡としか言い様がない。
「沙羅!?」
「こ、こっちは大丈夫ですっ」
「危ないことをするな!」
「大丈夫ですからっ」
本調子でない武田に負担をかけるわけにはいかない。少しでも彼にかかる負担を減らす。それが今の私にできる、数少ないことだ。
「レイさん!起きて下さいっ!」
サングラスを壁に押し付けつつ、私は全力で叫んだ。するとレイはごそごそ動き、数秒してむくっと上半身を起こす。
「まだ夜だよ、沙羅ちゃ——え?」
ようやく室内の異変に気づいたらしく、レイは顔を硬直させる。
「これは一体!?」
「手伝ってほしいです!」
「う、うん!」
レイは、よく分からないといった顔をしつつも、首を縦に振った。
「任せて!」
言いながら手のひらで両頬をパンと叩き、自ら目を覚まさせる。そしてそのまま立ち上がるレイ。
その姿を目にし、ニット帽は顔色を変えた。三対三になれば負ける、と悟ったのかもしれない。
「お前らはヘタレか!とっとと黙らせろよ!」
ニット帽が焦った声色で叫ぶ。武田と硬直状態の水玉マスクと、私によって壁に追いやられているサングラスに対して。
「こいつが未知数すぎて、下手に動けねぇよ!」
「この子好みすぎて、抵抗なんかできへんわ!」
水玉マスクとサングラスが同時に言い返した。
サングラスの方は色々とおかしいが、気にしている余裕はない。意識を逸らせばその隙を狙われる。今私は危険と隣り合わせの状況なのだ、気を引き締めなくては。
「あたしの相手は真ん中だね」
立ち上がり室内の様子を見回していたレイは、ニット帽に視線を定め、落ち着いた調子で言った。寝起きとは思えぬ勇ましさである。
「あ、えーと。お姉チャン、京極さん?」
「違うけど」
「うっ、またハズレか……。それじゃあさ、京極さんがどこにいるか知ってる?」
「知ってる。でも話す気はないよ」
躊躇いなく真っ直ぐに返すレイは凛々しく、武田と並ぶくらいかっこよく見えた。
「悪いことする気でしょ?魂胆が見え見えだよ」
「なっ……」
「エリミナーレとして、これは見逃すわけにはいかない」
今のレイは銀の棒は持っていない。しかし、ニット帽を捕まえる気満々のようだ。
「全員捕獲するから。覚悟!」
鋭く叫び、レイはニット帽に向かって一歩を踏み出した。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.214 )
- 日時: 2018/04/15 16:45
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: aOQVtgWR)
144話「目覚め」
レイは目にも留まらぬ速さでニット帽へ駆け寄り、右手で片腕を掴み、強く捻り上げる。想像を越えるレイの素早さに、青ざめるニット帽。
「くっ、女のくせに……!なぜ強い……!」
「エリミナーレだからだよ」
ニット帽は一瞬怯えたような顔をした。
しかし、すぐに気を取り直し、レイの空いている左腕を掴む。力でなら男性の方が有利——普通ならそうだ。
けれどもこの場面に限ってはそうではない。
なぜなら、レイだからだ。
「ふっ!」
レイはニット帽の脛を払うように蹴る。彼女は、痛みによってニット帽の手の力が緩んだところを逃さず、左腕を抜く。そして逆にニット帽の腕を掴む。これでニット帽は両腕を動かせなくなった。
そこから、捻りをかけつつ投げるレイ。受け身を取ることすらできなかったニット帽は、畳の床に強く叩きつけられ、すぐには起き上がれない。
「アカン。これはヤバいわ……」
呟いたのは私が壁に押さえ付けているサングラス。彼はあまり抵抗する気がないらしく、ほとんど動かない。
これは余裕でいける。
そう思った瞬間、武田が鋭く叫ぶ。
「レイ!油断するな!」
「え?」
「下だ!」
私も武田が言うまで気づかなかったが、ニット帽がレイの右足首を掴んでいたのだ。しかも両手でがっちりと。
「お姉チャン、詰めが甘いんじゃないですかー?」
レイは右足を動かすが、両手でがっちり握られてしまっているため動けない。
「おりゃっ!」
「あっ」
足首を無理に引っ張られ、レイは転倒してしまう。即座に立ち上がろうとするレイだったが、ニット帽に上に乗られ身動きが取れなくなった。レスリングのような体勢になっている。
「よっしゃ、上とった!」
「レイさんっ!!」
ニット帽はレイを床に押さえ付け、彼女の背を踏みにじる。足の裏と膝を定期的に変え、レイの背中をまんべんなく痛めつけていく。
レイが苦痛の声を漏らしても、ニット帽は決して止めない。むしろ興奮気味に目が爛々と輝く。
「おらあっ!」
「くうっ……」
ニット帽は大きく叫びながら、レイの腰を蹴った。痛みに顔を歪めながらも、レイは隙をみてなんとか抜け出す。
「何をしている!情けない!」
憤慨する武田。
「分かってるよ!」
「沙羅はあれだけ頑張ったんだ!お前が不覚を取ってどうする!」
「分かってるって!すぐ片付けるから!」
言い終わるや否や、レイはニット帽の顔面に開いた手のひらをぶち当てる。そして、ニット帽の視界が戻るより早く、右から左から、何度も蹴りを入れた。バランスを崩すニット帽。レイは尻餅をつきかけた彼を持ち上げ、一気に落とす。
「ぎゃっ!」
ニット帽は、情けない声を出し、床に伸びた。
床は畳なのでさほど痛くはないものかと思っていたが、今回の一撃は結構なダメージを与えられたようだ。過剰防衛になるような重傷を負っていないか若干心配だが、レイのことだから加減はしているだろう。
「はいっ!」
うなじの辺りで一つにまとめた青い髪が揺れる。
「次は武田の方?」
「いや、沙羅の方に行け!」
「オッケー!」
レイはこちらへ駆け寄ってくる。私のすぐ横まで来ると、彼女は微笑んで、「よく頑張ったね」と褒めてくれた。
なぜか妙に胸が高鳴る。
……いや、落ち着け。今はレイにときめいている場合ではない。
「ひっ、ひぃっ。何や!」
レイの接近に怯えるサングラス。彼は三人の中で最も気が弱いようで、既に戦意を喪失している。
「頼むから投げ飛ばすのは勘弁して!痛いのは嫌いやねん!」
「沙羅ちゃんに乱暴しないでくれてありがと。ま、警察には引き渡すけど」
「そんなぁ。また父ちゃんに鞭打ちされるやん……」
何を言い出すのやら。
サングラスの発言はたまに笑いそうになるので危険だ。
——その時。
ガン、と何かが壁にぶつかるような音が鳴った。私もレイも、同時に、音がした方へ視線を向ける。そうして視界に入ってきた光景に、私は愕然とした。
武田が壁に押し付けられていたからだ。左肩を手で押され、喉元には果物ナイフを突きつけられている。
「あー、なるほどなぁ。肩痛めてんのか」
「……それがどうした」
「さっきまでと違って、顔がひきつってるぜ」
水玉マスクは武田の肩の傷に気がついているようだ。
あれは私を庇って銃弾を受けた傷。結局また私のせいで武田が苦しむ。そう思うと、私はまた憂鬱な気分になってくる。
「テメェ、調子こきすぎなんだよ」
「……っ」
左肩を手で押され、顔をしかめる武田。
「受け答えがムカつくから、テメェだけはしばいてやる」
「……好きにしろ」
「そういうところがうぜぇんだよ!」
調子に乗っている水玉マスクは、武田の頬をビンタする。
しかし武田は何も言い返さなかった。一言も発さない。研がれた刃のような鋭い視線を向けるだけだ。
「武田さんっ……」
私は不安に駆られ、半ば無意識に呟いていた。
治りきっていない傷を責められ、刃を向けられ、それでも何も言わない武田が心配で堪らない。
「情けない男だな、テメェはよ。あの女に偉そうなことを言っておきながら、自分の方がよろよろじゃねぇか」
「…………」
「まずはお前を再起不能にして、それから京極を探しに行くぜ。京極のお嬢様を捕まえりゃ、いくらでも金を巻き上げられる」
「…………」
「おい!何か言えよ!ま、無理か。かなり痛そうだもんな」
少しの沈黙。室内が静寂に包まれる。
それから数十秒くらいして、武田は小さく言う。
「……レイ。沙羅を頼む」
予想外の発言に戸惑いを隠せないレイ。
「沙羅を連れて逃げろ」
「何を言い出すの!?」
「私は、足を引っ張る」
「待ってて、今助けるから……」
立ち上がりかけたレイに、武田は、「来るな!」と叫んだ。数秒してから彼は、「沙羅を一人にするのが嫌」という理由を付け加える。
「叫ぶ元気がまだあるんじゃねぇか!」
水玉マスクは武田の腹部に蹴りを入れる。
いかにも痛そうな蹴りだ。
やはり私のせい——、そんな嫌なことが脳裏に浮かんできた。私は不幸を呼び寄せる。平和な時間さえ、悲しみに染めてしまう。
「どうする?沙羅ちゃん。逃げる?」
レイが尋ねてくる。
私はその問いに頷かなかった。
逃げてはいけない。いや、もう逃げない。
「……助けます」
もうこれ以上、彼を苦しませたくないから。
武田は多分何も言わない。どんな苦しい目に遭っても、私に恨み言を吐いたりはしないだろう。
だが、それに甘える私ではいたくない。
「助けないと」
「えっ……?」
「武田さんを助けないと!」
心は決まった。
今ならきっとできる。大丈夫。
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