コメディ・ライト小説(新)
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- 新日本警察エリミナーレ 【完結!】
- 日時: 2018/04/28 18:16
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: hjs3.iQ/)
初めましての方は初めまして。おはこんにちばんは。四季と申します。
まったりと執筆して参りたいと思います。気長にお付き合いいただければ光栄です。
《あらすじ》
日本のようで日本でない世界・新日本。
そこには、裏社会の悪を裁く組織が存在したーーその名は『新日本警察エリミナーレ』。
……とかっこよく言ってみるものの、案外のんびり活動している、そんな組織のお話です。
シリアス展開も多少あると思います。
《目次》
プロローグ >>01-02
歓迎会編 >>05 >>08 >>13-18 >>23
三条編 >>24-25 >>30-31 >>34-35 >>38
交通安全教室編 >>39-40 >>43
茜&紫苑編 >>44-46 >>49-54 >>59-62 >>65 >>68-70
すき焼き編 >>72 >>76-78
襲撃編 >>79-84
お出掛け編 >>85-89 >>92-95 >>98 >>101-105 >>108-109
李湖&吹蓮編 >>112-115 >>120-121 >>126 >>129-140
畠山宰次編 >>141-146 >>151-158
約束までの日々編 >>159-171
最終決戦編 >>172-178 >>181-188
恋人編 >>189-195 >>198 >>201-202
温泉旅行編 >>203-209 >>212-226
結末編 >>227-229
エピローグ >>230
《イラスト》
武田 康晃 >>28 (御笠さん・画)
モルテリア >>55 (御笠さん・画)
一色 レイ >>63 (御笠さん・画)
京極 エリナ >>90 (御笠さん・画)
天月 沙羅 >>123 (御笠さん・画)
《感想など、コメントありがとうございました!》
いろはうたさん
麗楓さん
mirura@さん
ましゅさん
御笠さん
横山けいすけさん
てるてる522さん
mさん
MESHIさん
雪原みっきぃさん
織原姫奈さん
俺の作者さん
みかんさいだーくろばーさん
ホークスファンさん
IDさん
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.100 )
- 日時: 2018/01/16 01:43
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 69bzu.rx)
てるてる522さん
お久しぶりです、こんばんは。
次点に入っていたのですね……恥ずかしながら気づくのが遅れました。ありがとうございます!
エリミナーレを好きと言っていただけて嬉しいです。
少しでも楽しんでいただけるよう、これからも日々精進して参りたいと思っております。
イラスト恥ずかしいです (〃ω〃)
けれど、気に入っていただけたものがあれば幸いです。
今回も素敵なコメントをありがとうございました♪ 本当に感謝感謝です!
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.101 )
- 日時: 2018/01/16 16:57
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: UIQja7kt)
57話「案ずることはない」
しばらく休んでいると体調は元通りになってきたので、私は武田と、もう少しだけ水族館を楽しむことにした。既に様々な魚たちを観察してきたが、グッズショップはまだ見ることができていない。せっかく水族館へ来たのだから何か買って帰りたいものだ。
レイやモルテリアと合流して四人で回っても良かったのだが、レイが「遠慮しとくよ」と言ったので別れることになった。これはあくまで私の想像だが、レイは私と武田が二人になれるよう配慮してくれたのだと思う。彼女はそういう人間である。
今日は色々あったが、それももはや過ぎたこと。今はただ純粋に水族館を満喫しよう、と自分の心にそっと命じた。
それから私はグッズショップに行く。武田が察することのないようこっそりと、ピンバッジを買った。アニメ調のカニがついた可愛らしいピンバッジ。こっそり二つ買っておいた。片方武田にあげてみようと思ったのだ。
そして、帰り道——。
日は既に暮れ始め、空は夕日で赤く染まっている。つい先日まで夕暮れ時には冷たい風が吹いていたのだが、今日は比較的暖かい。風がないからか。
「そういえば武田さん、あの男の人の群れは大丈夫だったんですか?」
軽食店で女性が囲まれていた件について尋ねてみる。お婆さんの一件ですっかり記憶から消えてしまっていたのを、唐突に思い出したのだ。
「あぁ、問題ない。不思議なことに私が近づいた瞬間逃げていった」
「本当に不思議ですね。でも、何もなくて良かったです」
心から自然に出た言葉だった。
彼に傷ついてほしくない、と今は強く思う。彼にはずっと元気でいてほしい。
「武田さん……あまり無理しないで下さいね」
「なぜそのようなことを聞く?」
武田は怪訝な顔で首を傾げる。私の意図が分からず困惑しているようだ。
確かに、いきなり「無理しないで」などと言われても、困惑するだけだろう。事情を説明しない限り、私の意図が伝わることはない。それは確実である。
だから私は、ついさっきみたばかりの恐ろしい夢について、彼に話すことにした。お婆さんの術か何かだと思う、という私の推測も含めて伝える。
「……なるほど。そういうことだったのか」
武田は立ち止まり、納得したように頷く。理解してくれたようだ。
「まさか私の存在が沙羅を傷つけていたとは。すまなかった」
「い、いえ!」
私は慌てて返す。
彼自身は悪くない。それなのに謝らせてしまうなんて申し訳ない気分だ。
「そういうことじゃないんです。ただ、少し伝えておいた方がいいかなと思って」
せっかく手に入れた敵の情報だ、共有しておいた方が良いだろう。
「あくまで報告です。だから、武田さんが悪いとかではなくて……」
私の言葉を途中で遮る武田。
「沙羅、私だからと気を遣うことはない」
彼は私が気を遣っていることに気がついているらしい。恋愛感情には疎いのに、そんなところにだけは気がつくようだ。
「もっと気楽に接してもらって構わない。私としても、その方がありがたい」
気楽とは真逆のような人である武田がそんなことを言うものだから、何だか妙におかしくて、つい笑みをこぼしてしまいそうになる。言葉があまりに似合っていなかったからだ。
だが、それが彼の願いなら、叶えてあげたいと思うのも事実。今ほど力まずに接することが彼のためになるならば、気楽に接するよう努めるのも一つかもしれない。
しかし、彼と接する時に力んでしまう原因は、遠慮だけではない。むしろ私が恥ずかしがりだからという部分の方が大きい気がする。そういう意味では、すぐに改善するのは無理だ。
「は、はいっ!なるべく頑張ります!」
言ったそばから力んでしまい、上ずった声を出してしまった。これはかなり恥ずかしい。穴があったら入りたいどころか、穴がなくても自分で掘って入りたいくらいである。
しかし武田は特に触れなかった。
「勝手を言ってすまないな。そうしてくれると非常に助かる」
彼はそう言って僅かに口角を持ち上げる。私を見下ろす彼の瞳は、穏やかな色を湛えていた。
黒いスーツで身を固めていて、けれど時折笑みを浮かべ、ちょっとした隙を見せる。そんな彼の背を追うのが、いつの間にか凄く好きになっていた。
彼のすぐ後ろを歩けている今この瞬間が、私にとっては何よりの幸福だ。
先ほど買ったカニのピンバッジ——渡すなら今しかない。
「……武田さん!」
私は勇気を出して、彼の名を呼ぶ。すると彼は振り返った。
「なに?どうかしたのか」
「これ!」
私は先ほど買ったカニのピンバッジを袋ごと差し出す。別々の袋にしておいてもらって良かった。
「沙羅?いきなりどうした」
「これあげます!」
武田は困惑したような顔つきでこちらを見てくる。どう反応していいか分からない、といった表情だ。
いきなりプレゼントはやり過ぎだろうか……。
「さっきショップで買ったんです。要らなかったら捨ててもらっても構いません。もし良かったら、どうぞ!」
「私でいいのか?」
「武田さんに似合いそうな物だったので。どうぞ」
「そうか。では言葉に甘えて」
言いながら彼は片手を差し出す。
——しかし。
「沙羅っ!」
武田は突如叫んだ。
そして半ば回転するように私を抱き締める。直後、武田の体越しに、ガンッと強い衝撃が伝わってきた。
「……っ。沙羅、無事か」
状況を飲み込めない私に、武田が問いかけてくる。そんな彼の顔には苦痛の色が浮かんでいた。
その時になって、私は武田の向こう側に人影を発見する。バットを持った男性だ。
「これは!?」
「……分からん」
武田は私から離れると、バットを持った男性の方へ体を向ける。よく見ると、男性は一人ではなかった。複数人いる。
「まさか庇うとは。これはさすがに驚いたな。自らバットに殴られにくるとは思わなかったよ」
リーダー格と思われる、一番最初からいた男性が、武田に向かって話し出す。
「アンタら、エリミなんちゃらの人間だよな?」
「……エリミナーレ、だ」
武田は私を庇うように立ちながら、目の前の男性たちを鋭く睨む。威嚇している動物のような迫力が、背後の私にまでひしひしと伝わってくる。
「俺ら、そのエリミなんちゃらの人間を潰すよう頼まれてるんだよね。だから、大人しく死んでくれる?」
何をいきなり。そう思っていたら、武田がキッパリ「断る」と返した。
「生意気なこと言うね。今の一撃、効いてるくせに」
あの瞬間、武田は確かに苦痛の色を浮かべていた。私を庇い、背中を殴られたのだろうか。
私のせいで——急激に不安が込み上げてくる。
「そんな……」
バットで殴られるなんて、想像するだけでも痛々しい。私のせいで彼がそんな目に遭うのは嫌だ。強く思うほど、涙が溢れてくる。
「私のせいで……」
「沙羅!」
武田は男性たちを見据えたまま、背後の私に向けて叫ぶ。いつになく厳しい声色だ。
「泣くな!!」
おかげで正気に戻り、涙がぴたりと止まった。
「は、はい。でも、武田さん……」
「案ずることはない。この程度で伸びる身なら、エリミナーレなどとうに辞めている」
今度はどこか柔らかさのある声だった。
——そうだ、武田は強い。
彼はそこらの人間では太刀打ちできないほどの力を持っているではないか。それを一番知っているのは私だ。その私が彼の勝利を疑うなど、あってはならないことである。私が信じずして誰が信じるのか。
だから私は、彼を信じようと強く決心した。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.102 )
- 日時: 2018/01/17 07:20
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: fqLv/Uya)
58話「私たちは」
目の前にはバットやその他様々な武器を持った男性の集団。それでも武田は臆していない。彼はいまだに湖の水面のような静けさを保っている。そこに恐れなどという感情が入り込む余地はない。
それはひとえに、揺らぐことのない自信があるからだろう。
たとえ一対多であろうともそう容易く負けることはない。彼はきっとそう思っている。だから大勢に敵意を向けられても冷静でいられるのだと思う。
些細なことを恐れてばかりの私とは正反対だ。
「大人しく消えてくれれば、痛い目に遭わせなくて済むんだけどな」
リーダー格の男性は、顎を軽く上げ、かっこいい自分を演出しつつ言う。そしてバットの先端を武田へ向ける。それを合図に、近くにいた彼の仲間たちも武器を構えた。
それでも武田は表情を崩さず、ただ静かな声で述べる。
「一度逃げておきながら、よくそのような口を利けたものだな」
武田が挑発的な発言をするのは珍しい気がする。エリミナーレでなら、エリナやナギが挑発的なことを言う質だ。それに対して、武田は大抵言われる側の人間だった。それだけに、彼がこんな発言をするとは意外である。
何か意図があるのか、ただ少し言ってみただけなのか、私には知りようがない。だが武田のことだ。何の考えもなしに敵を刺激するとは思えない。そんなことをしても得がない、ということを分からない彼ではないはずだ。
「逃げた……だって?」
リーダー格の男性は不快そうに口元を引きつらせる。弱虫のように扱われるのは気に食わないらしい。
「オラたちがいつ逃げたってんだ!」
突然叫んだのはリーダー格でない大勢のうちの一人。赤っぽい髪を真上に立てていて、世紀末感満載だ。しかし持っているのはフライパンである。
ただ「逃げた」と言われただけのことに対し、なぜここまで激怒しているのだろう。そんなに怒る内容でもないと思うのだが。
「ついさっき、軽食屋で女をいじめていた時だ。ほんの数時間前のことを既に忘れたのか?」
武田は、激しい怒りを露わにする男性たちに冷ややかな視線を向け、そして答えた。
そうか、と今さら気づく。彼らがあの時の男性たちだったとは気づかなかった。
離れていたせいでよく見えなかったにしても、言われるまで分からないとは記憶力が低下しているかもしれない。気をつけなくては。
「あっ、あれは話が別だいっ!」
赤髪の男性は焦ったように言い返す。
「あんときのは真のオラたちじゃ……」
「お前はもういいよ」
リーダー格の男性が赤髪を制止する。そして、余裕ありげに一呼吸おいてから、話し出す。
「俺らがエリミなんちゃらを退治することになったのは、あの後だよ。お婆さんに『一人倒せば百万』と言われてね」
「百万?」
私は思わず漏らしてしまった。
一人倒せば、ということは、私と武田で二百万。二百万円といえばそこそこな高額だ。少なくとも日頃の生活でよく見かける額ではない。
しかし人の命にならもっと高い値段がつきそうな気もする。
「そうそう。一人倒すにつき百万円貰うって契約をしたんだよ」
「……なるほどな」
私が言葉を発するより先に、男性たちを睨んでいた武田が口を開く。
「百万か、面白い」
武田は膝を軽く曲げ、低めの体勢になる。
徐々に日が落ち、辺りは暗くなってきた。ひんやりとした風が髪を揺らす。日が沈んだのをきっかけに温度が下がりだした。
「素人にやられるつもりは毛頭ない。だが……」
凍てついたような表情、研がれた刃のような目つき。そして、視界に入っただけでゾクリとする、常人を超越した雰囲気。
そこらにいる人間たちと同じ生き物だとは到底考えられない——私ですらそんな風に思ってしまった。彼は本当に人間なのか、と。
「来るなら相手してやる」
それが彼の一番嫌がることであるとは知っている。だがそれでも、尋常でない雰囲気を放つ彼を人間と捉えることは難しい。
「……ひっ、怯むなっ!全員でかかればいけるっ!」
バットを握ったリーダー格の男性は、武田の威圧感に圧倒され怖じ気づく仲間たちを鼓舞する。しかし、誰もが一歩を踏み出せない。
「百万だっ!」
それでも誰も動かないので、リーダー格の男性が一番に動いた。バットをしっかり握り、武田へ駆け寄っていく。すると他も動き出した。どうやら、最初に動くのが嫌なだけだったらしい。
一斉に武田へ接近していく。大勢でかかり力押ししたい、ということなのかもしれない。
「無理だけはしないで!」
私は反射的に叫ぶ。
考えるより早く出た言葉だったので、敬語でなかった。それどころか丁寧語ですらない。十以上年上の彼に丁寧語すら使わないなど、この状況下でなければ一生なかっただろう。
武田はほんの一瞬だけこちらに目をやり、「分かっている」とでも言うように頷いた。
私たちはいつもどこかすれ違っている。ずっとそんな気がしていた。
彼は私の気持ちに一向に気づいてくれない。それはもう、切ないほどに。レイやエリナはとうに気づいていて、にも関わらず彼だけは気づいていない。彼にとっての私は「仲間」でしかないのだ。
だから、私と彼の心は上手く繋がれないのかもしれない。漠然とそう思っていた。
けれど、今分かった。
私たちは、恋愛という意味以外でなら、既に分かり合えているのだと。
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.103 )
- 日時: 2018/01/17 19:50
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: /dHAoPqW)
59話「好きだから」
低く構えていた武田は、真正面から迫るリーダー格の男性へ突進する。そして男性のみぞおちに膝を入れた。男性はゲホッとむせ、バットを落とす。
いくら男とはいえ、みぞおちを膝で強打されれば、ダメージを受けずにはいられないだろう。素人ならなおさらだ。
怯んでいるリーダー格の男性を、武田は素早く蹴り飛ばす。成人男性が空き缶のように吹き飛ぶ様は圧巻。もはやこの世の現象とは思い難い。
「なめるなよっ」
箒を持った男性が背後から武田に迫る。蹴りを放った直後の隙を狙えばいけると思ったのだろう。だがそれは甘い考えだ。背後からとはいえ、気配丸出しの攻撃に気づかない武田ではない。
「こちらのセリフだ」
武田はくるりと身を返し、振り下ろされる箒の柄を右腕で防ぐ。そして左手で相手の手首を掴み、いとも容易く捻りあげる。ほんの一瞬のことだった。
手首を捻られた男性はギャッと情けない声を出した。見た感じは地味だが、もしかしたら結構痛いのかもしれない。
武田はそれからも、迫りくる男性たちを確実に捌いていく。体のサイズ故に大振りの動作になっている。しかし無駄のない効率的な動きだ。
彼の戦いには吸い込まれるような魅力が感じられる。私が武田に憧れているからというだけの理由かもしれないが、私は今、彼の戦いに完全に見惚れてしまっていた。
レイが使う体術のように視覚的な華麗さがあるわけではない。むしろ武田の戦い方は力を重視したものだ。大きな体に勢いを加えて攻撃を放つ、と言えば分かりやすいだろうか。それにも関わらず引き付けられるものがあるというのは、なかなか謎が深い。
——と、その時。
武田の視線が突如私へ向いた。何事かと思った瞬間、彼は焦ったような顔でこちらへ駆け寄ってくる。
「沙羅!」
彼の叫び声はいつになく緊迫している。
その声を耳にした時、何かが起こったのだとすぐに分かった。その何かが何なのかまでは分からなかったが。
武田は片足で地面を蹴る。半ば突っ込むように私の方へ接近してきた。そんな彼にぶつかり、私は数メートルほど後ろへ飛ばされる。そしてそのまま地面に転倒した。
私は地面に仰向けに横たわり、武田がその上に覆い被さるという、極めて珍妙な体勢になる。顔の距離はかなり近く、表情がよく見てとれる状況だ。
「えっ。武田さん?」
武田は顔を歪めていた。先ほどまでの交戦していた時とはまったく異なる表情。明らかに不自然な顔つきである。
「武田……さん?一体……?」
状況が飲み込めず混乱し、同じようなことを何度も尋ねる私に、彼は低い声で「ぼんやりするな」と忠告した。
最初は、私がぼんやりしていたことを怒っているのかもしれないと思ったが、どうやらそういうことではないらしい。彼の顔に浮かんでいたのは、怒りではなく苦しみの色だったのだ。
それから数秒後、武田越しに衝撃を感じた。ゴンッという瞬間的な強い衝撃である。
「……ぐっ!」
その瞬間、武田は目を閉じて顔を歪め、詰まるような声を発した。
首から上だけを少し動かすと、その意味がすぐに分かった。視界の端に、太いバットが入ったからだ。
恐らくそれで殴られたのだろう、と簡単に想像がつく。
「武田さんっ!」
慌てて動こうとする私に対し、彼は静かに「動くな」と言い放った。
直後、再びゴンッという衝撃が伝わってくる。先ほどと同じような衝撃だ。
「た、武田さ……」
「構うな。私は平気だ」
武田は冷静な声で言うが、言葉とは裏腹に、その頬は濡れていた。表情もいつになく固い。平静を装っているものの、見た感じかなりきつそうだ。
それからも、一度、二度と衝撃が伝わってきた。
その度に不安の波に襲われる。不安の波は私を飲み込み、深い海の底へと引きずり込むようだった。
それと同時に、今日みたばかりの悪夢がフラッシュバックする。
過去の武田が立て籠もり犯に何度も刺されるという質の悪い夢——あんな辛く苦しいもののことは、もう一切思い出したくない。忘れてしまいたい。それなのに、光景は鮮明に蘇る。しかも、忘れようとすればするほど、まるで目の前で見ているかのようにはっきりと思い出してしまう。
悪夢の中で何度も刺されていた過去の彼と、今私を庇って繰り返し殴られる彼。その二人が重なって見えて、恐怖感はよりいっそう増大していく。
「……怖い」
痛いのも辛いのも、どちらも武田だ。私は一度も殴られていないし、痛い目には遭っていない。それなのに、震えが止まらなかった。
「武田さん……、怖い……」
いつの間にか男性たちに取り囲まれている。けれど武田が庇ってくれるうちは、私が傷つくことはない。だがそれで安堵などできるわけがなかった。
なぜなら、今私が一番恐れているのは、武田が傷つくことだからだ。
「お願い……します。武田さん、もう……もう私を庇わないで」
心からの願いだった。
自分が痛い目に遭う方が何百倍もましだ。痛くても辛くても、無力な私のせいで傷つくのが私自身なら、まだ納得できる。
しかし、武田は私から離れてくれない。
「沙羅を怪我させるわけにはいかない。だからここからは離れられない」
それが武田の言い分だった。
だが、私には分かる。彼はまとも動ける状態ではないのだと。彼はこの体勢のままいることで精一杯なのだ。
「嫌……私、嫌です……。でもどうしたらいいか……」
言葉を上手く紡げない。
今この瞬間に時が止まれば良いのに。世界すべてが滅べば、などと考える。私はきっと、既におかしくなっていたのだろう。
やがて恐怖は頂点に達し、涙が溢れた。
「……沙羅、なぜ泣くんだ」
武田が小さく言う。
「私は……間違っているのか。なぜお前は、私が傷つくことを恐れる……?」
彼の問いに答えるかどうか、私は暫し迷った。
そして私は言うことに決めた。
「……好きだから」
それは、私のすべてを終わらせてしまうかもしれない言葉。
でも、彼を救えるなら、私のすべてが終わっても構わない——。
「私は好きな人に、傷ついてほしくないんです……!」
- Re: 新日本警察エリミナーレ ( No.104 )
- 日時: 2018/01/18 17:21
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: exZtdiuL)
60話「合流へ」
地面に横たわった状態の私の上に被さっていた武田は、その体をゆっくりと起こす。殴ろうと上から向かってくるバットを片腕で止め、もう片方の腕で私の体を引き起こしてくれた。
その間、彼は何一つ言葉を発さなかった。
いきなりストレートに「好き」などという言葉を言ってしまったのだ、引かれたかもしれない。私はそんな風に思い不安になりながらも、頑張って彼に顔を向ける。すると、視線がばっちりあってしまった。彼も私へ視線を向けていたらしい。
私が思わず視線を逸らしそうになった瞬間、彼は口を開く。
「……そういうものなのか。人の心とは」
不思議なものをみたかのような顔をしていた。自分には理解できない、とでも言いたげだ。
「難しいな、沙羅は」
そう言って僅かに笑みを浮かべる武田はどこか寂しそうにも見える。理解できそうにないから、だろうか。
もしそうだとしたら、それは彼が私を分かろうとしてくれているということで嬉しいのだが、表情の理由を聞く暇などありはしない。なんせ、まだ悪い状況は変わっていないのだから。
数では圧倒的に負けているうえ、敵はバットやフライパンなんかを持っている。しかも取り囲まれていて、一方的に攻撃されるしかないような体勢だ。
それに加え、唯一の頼みである武田は負傷してしまった。今の彼の体では、戦いを挑んだところで、数の不利を覆せるかどうか分からない。上手くいく可能性がゼロだとは思わないが、逆に、確実に覆せると信じることも難しい。
「さっさと降参した方が身のためだと思うんだけどな。その方が苦しまずに済むわけだし」
リーダー格の男性が余裕たっぷりの声で提案してきた。
男性は既に勝った気でいるらしく、気が緩んでか顔がにやけている。あと少しで固まったお金が手に入る、とウキウキしているようにも見えた。
しかし武田は「断る」と言い放つ。それが彼の出した答えだった。
「勘違いしてんじゃねえよ……おりゃあっ!」
男性は武田の反抗的な答えに腹を立てたようだ。終わらせようと、バットを大きく振りかぶる。
だが、武田はそれを予測していた。
バットが振り下ろされるより早く、男性の足を払う。大きく振りかぶっていたリーダー格の男性は、バランスを崩し、そのまま後ろ向けに転倒した。かなり派手な転び方をしたものだから、周囲の仲間たちに動揺の波が押し寄せる。
「沙羅、今のうちに」
武田は私の耳元で小さく囁き、そのまま私を抱き上げた。
そして、一瞬にして男性の輪から抜け出す。僅かな隙を逃さない、見事な脱出だった。
私を地面に下ろした直後、武田はガクンと膝を曲げてしまう。私は慌てて彼を支えた。それによってなんとか転けずに済んだものの、武田は辛そうに顔をしかめている。
「すまない」
「大丈夫です。それより、早く手当てしないと……」
一応目立った外傷はないが、バットで殴られている以上、ダメージがまったくないということはないだろう。武田の辛そうな顔を見るのは嫌だ。すぐに手当てして、少しでも早く楽な状態にしてあげたい。
だが敵はまだ健在である。動揺が去れば、再びこちらへ向かってくることだろう。いつまでもぼんやりしてはいられない。
「取り敢えず人のいるところへ行きましょう……!」
水族館の方へ戻れば、まだ人はいるはずだ。人がいるところでなら男性たちも乱暴なことはできないだろう。それに、人の波に紛れて逃げられるかもしれない。レイらがまだ水族館にいるかどうかは分からないが、もしかしたら合流することだってできるかもしれない。
「レイに連絡してみるのか」
武田は私の狙いをちゃんと汲んでくれているようだ。やはり恋愛感情絡みでなければ心は通じるようである。
「はい。移動しながら電話をかけてみます」
幸い今は鞄を持っている。そして、その中には携帯電話が入っているのだ。私の唯一の武器がここにあるということである。
「武田さん、歩けますか?」
「それはもちろんだ。問題ない」
「じゃあ行きましょう」
顔を見合い、お互いに強く頷く。そして私たちは、その場から離れるべく歩き出す。
背後から「待て!」と叫ぶ男性の声が聞こえた。だがそんなものに構っていられる状況ではない。待てと言われて待つのならそもそも逃げたりしない、と内心嫌みを言ってやった。
レイに電話をかけながらひたすら歩く。慌ただしくて振り返る余裕もなかった。
『はいっ』
電話をかけ続けていると、何度目かにようやくレイが出てきた。彼女の短い一言を耳にすると思わず気が緩み、安堵の溜め息を漏らしそうになる。
「あの、レイさん。今どこに……」
『あたし?どこって、あたしはまだ水族館の敷地内にいるけど』
「どこですかっ?できれば合流したくて……」
『えっ。どうして急に?』
「事情は後で説明します。とにかく合流したいんです」
しかしレイは呑気に「どうしたの?」などと尋ねてくる。私がまともな説明をできないせいで話がまったく進まない。
「沙羅、変わろう。私が説明する方が早いかもしれない」
武田は提案してくれた。
若干前屈みの体勢になっているが、表情は落ち着いている。体は取り敢えず大丈夫そうだ。
なので私は携帯電話を彼に渡すことにした。
彼は携帯電話を受け取ると、のんびりしてはいられない現在の状況について簡潔に説明する。武田の真剣な声を聞き、レイはすぐに異常を察したようだ。
通話はほんの一分足らずで終わった。
「合流できそうですか?」
少し不安を抱きつつ尋ねてみる。すると武田は、落ち着いた声色で言う。
「あぁ。カメショップ前だ」
カメショップってどこなの……。
「もう追ってきてはいないようだが、念のため急ごう」
振り返っても男性たちの姿は見当たらない。この感じだと今すぐ襲われることはなさそうだ。だが、諦めたという証拠はない。私たちを必死に探している可能性も十分にある。
だから、まだ油断はできない。
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