ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- 双翼は哭かずに叫ぶ
- 日時: 2010/06/05 01:43
- 名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: NvOMCXyZ)
ども、挨拶略してSHAKUSYAです。
この度カキコに電撃復活、ずっと構想を練り続けてきた現代ファンタジーを展開していきたいと思います。
……ただ、時代背景が現代なだけで普通の魔法ファンタジーとあんま変わらないんですがね。
てなわけで、ファンタジー全開のこの小説の大雑把なジャンルパーセンテージは
ファンタジー30%
戦闘25%
シリアス20%
グロ20%
恋愛3%
その他2%
(全ておよその数値也)
となっております。特に戦闘とグロの出現率は初っ端からヤバいので、十分心してください。
〜勧告〜
荒らし、誹謗中傷、喧嘩、雑談、無闇な宣伝、ギャル文字、小文字乱用等々、スレヌシ及び読者様に迷惑の掛かる行為はお止めください。
アドバイス(特に難解な漢字や表現について)・感想は大歓迎です。
やたらめったら一話の長さが長いので、更新はかたつむりの移動より遅いと思ってください。またスレヌシは受験生なので、時折勉強等でも遅れる場合が在ります。
それでは、我の盟約の許、汝等を文字の乱舞せしめる世界へ誘わん。
汝等に加護あれ、双翼に祝いあれ。
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- Re: 双翼は哭かずに叫ぶ ( No.21 )
- 日時: 2010/06/27 16:33
- 名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: zz2UUpI4)
- 参照: 第二話 続き
投げられる寸前から凄まじい殺気を感じ取っていた討伐屋二人は反射的に机の下へ伏せ、頭のすれすれを通り越して樫の机に減(め)り込んだ白墨に一瞬目配せする。衝撃で砕けることもなく減り込んだそれに二人は冷たいものを感じながらも、伏せていた身を起こして机の天板を蹴る。八咫剣はそのまま五台分の机を飛び越す大跳躍(だいちょうやく)を、サロメは華麗な回転技を披露し、揃って床に着地。持っていたテキストを机の上に投げ、講義を放り出して対する教師に鋭く殺気を浴びせる。寝ていた生徒も思わず顔を上げ、起きていた生徒は目の前で起ころうとする戦闘に眼を輝かせる。
サロメは背中に冷たいものが伝うのを無視しながら、冷たく二人を睥睨する男性教師へ向かって声を投げつける。
「やるじゃん、アンタ普通に講義するより実践授業やったほうがよっぽど出世するって絶対」
「黙りなさい、今は講義中です。傍聴人が講義に手を出す権利は無い」
「しかし、皆分かる事を淡々と授業しても面白く無いだろうが」
核心を突く男討伐屋の言葉。男教師は綺麗に切りそろえた藍色の髪を掻き毟り、冷徹(れいてつ)な深紅の瞳で二人を睨みつける。今まで平静を保っていた瞳孔(どうこう)が針の如く細められ、手袋を嵌めた手が微かに虚空へ振られる。僅かなイレギュラーの空気が広い教室を奔りぬけ、その空気に混じる不穏を誰よりも早く感じ取った八咫剣は、サロメの腕を掴んで強引に自分の脇へと引き寄せた。男性教師が顔を伏せて不気味に笑み、腕を振る。下から上へと。
刹那。
走る氷気と飛翔する氷槍(ひょうそう)。その切っ先には二人の討伐屋。小さく舌打ちしながら、八咫剣は漸く事態を察知したサロメの腕を引っ張って机の下へと連れ込み、動かないよう厳命した上で机を蹴って再び飛翔する。危険を感じ取った生徒も机の下に潜り込んで頭を抱え、八咫剣はそれを一瞬見遣り、一つ頷く。そして牙を剥こうとした槍を体を捻ってかわし、飛び去ろうとした氷の槍を蹴り付けて滞空時間を延ばす。教師は討伐屋の身軽な動きに驚いた風な表情を見せた後、掲げていた手を斜め右下へ強く振り下げた。
「ッ!」
八咫剣の声にならない叫び声。不安定な体勢から無理矢理体を捻り、背後からの冷気を伴った殺気をかわしながら凍りついた床に着地し膝をつく。見上げた先には一塊の氷と、攻撃をかわした男へ注がれる刀の眼光。透ける身体の背後では男性教師が笑う。その笑みは殺気に満ちた不気味さと不敵さを帯び、とてもではないが講義中の優しげな雰囲気を纏った男と同一人物とは思えない。部屋は冷気に満ち満ちているというのに、八咫剣の頬には汗が伝った。
「布式をせずに羅象を発現させるなど、人間業で在り得るか。貴方は一体全体何者だ」
疑問混じりで吐き捨てるも、男は答えず人差し指と中指を振る。命の宿る氷——『擬龍』の姿を模したそれは巨大な翼を羽ばたかせて、真夏の教室の温度を急激に下げていく。八咫剣は膝をついた体勢のまま体温を奪っていく氷に手をつき、冷気を振り払うように大声を上げる。
「我願う、之なるを打ち破り、地獄の業火を湧き熾す力を授け賜る事を!」
瞬間、八咫剣の顔に苦痛の色が奔る。相対する巨大な力と拮抗(きっこう)している面は手だけ、膨大な力は一転に集中すれば負荷が掛かる。しかし、彼は羅象の発現をその手一本だけで強行した。
炎の羅象が発現した瞬間、氷の擬龍の動きが止まり、そのガラス球のような透明な眼に驚愕の色が奔る。男性教師の瞳にも隠しきれない動揺が顕著に現れていた。八咫剣は苦痛と脂汗を浮かべながらもより勝る笑みを浮かべ、より強く手に力を掛ける。その時、氷の擬龍に宿る感情が驚愕から苦痛に変化した。
八咫剣の発現させた炎の羅象が、氷の擬龍の“中”で狂い踊っているのだ。内部から炎で攻められては流石の擬龍さえひとたまりも無い。これ以上は無理と察した男性教師は已む無く羅象で呼び出した氷の擬龍を元の居場所へと還(かえ)し、賞賛と譲歩(じょうほ)、驚愕と遺憾(いかん)の念を瞳に浮かべて八咫剣と体を相対する。
刹那、八咫剣は氷から無理矢理手を引き剥がして手近な壁を蹴り、高く飛翔した。氷に生皮を持っていかれ、空中に鮮血の緒(お)を引きながら八咫剣は落ちる身体を机を蹴って再び持ち上げ、唖然とする男の一メートル程の距離まで一気に間合いを詰める。気配を察した彼は跳んで間合いを伸ばそうとしたが、その前に八咫剣の強靭(きょうじん)な脚から上段蹴りが放たれた。
顎の砕ける生々しい音声。男の深紅の瞳から意思の光が吹っ飛び、今まで教室を業務用冷凍庫状態にしていた氷が、燐光で描かれた無数の数式・記号となって霧散していく。八咫剣は自由落下するように倒れていく男を腕で支え、壁に凭せ掛けた。そして夥(おびただ)しい鮮血を溢れさせる手に即席の治癒羅象を掛ける。碧の光は無音で傷を埋め、後に残ったのは痛いほどの静寂。
深い溜息。
- Re: 双翼は哭かずに叫ぶ ( No.22 )
- 日時: 2010/07/03 23:18
- 名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: zz2UUpI4)
- 参照: 第二話 続き
爆音、歓声。
「うぉおおおおおすっげぇえええ!」「チョーかっけえ、尊敬するー!」「もっとやれぇー!」「マジであんな戦闘できる奴とかいたんだなー!」「ヒューヒュー!」「素敵ぃー!」「イッケメーン!」等々、荒い息の背後では大賞賛の嵐が飛び交う。八咫剣はそれを皆へ向けた無言のお辞儀だけで軽くあしらい、気を失った男性教師と机の上に胡坐(あぐら)を掻くサロメを引き連れて教室を出て行った。後には歓声の嵐と、疑問の混じった声ばかりが響き渡っていた。
「思ったけど、何であんな捲くし立てたんだろーなァあの傍聴人。傍聴にしても明らかに成人っぽかったし」
「そんなん知らねし。つか、羅象であんな式で出来てたのかよ、オレあんなん見たことねーぜよ」
「ったりめーだろ莫迦、そうじゃなかったら羅象発現する時に唱えてる言葉は何だって話になるぜ」
「それにしても……あの二人、討伐屋なんじゃないかしらね。あの女の人は明らかに前衛向きの身体能力だったし、男の人は後衛系の大技使ってたし、あの人たちは多分二人で一組の討伐屋よ。あんた残念ねー、多分付け入る隙間無いわよー」
「うっそぉ、あの男の人カッコよかったから狙ってたのにィ。意中の人がいるんだったら仕方ないわァ……って」
「討伐屋!? 何で!?」
騒動の勃発(ぼっぱつ)した高等学校内、その中の校長室。
高級感と独特の臭い溢れる革のソファに深く身を沈めているのは討伐屋の二人組。二人の反対側のソファに身を沈めるのは中年ながらダンディな男性校長、それに先程上段蹴りで吹っ飛ばされた若年教師。校長は俯いたままの若年教師に威圧を含めた視線を送り続けているが、男性教師の顔は上げられもしない所か視線すら膝と握られた拳に注がれたままである。
「ジブリール・シャダイ・エル・カイ……もしかして『基盤の聖者』の子孫?」
教員書類をまじまじと眺めていたサロメは、目の前で顔を伏せる男の名に眉根を寄せる。男は顔を伏せたままか細い声で肯定の返事を返し、それきりまた黙った。ふうんと素っ気無い返事を返し、サロメは再び教員書類を眺める。校長の威圧的視線と二人の討伐屋と顔を伏せた教員以外、何の代わりも無い校長室。部屋にある一つ一つが高級そうな非凡が平凡となる校長室にどんよりした静寂と鈍(なまくら)な威圧と曖昧(あいまい)な困惑が漂う。
周りに漂う有象無象(うぞうむぞう)を打ち払ったのは、一際目立つ怪訝の色と声だった。
「イェソドの子孫、それならさっきの大技も分かる。だが、複数性(ミトロン)だったイェソドの血を引くはずの貴方が、何故唯一性(ヨーウェ)の性質(たち)を持つ? 子孫の属性とその性質は一つの欠落や追加もなく子に引き継がれる、ならば貴方がヨーウェの性質を持っている道理が無い。それに正常色素を持つ人間ならば藍色の髪やアルビノのような赤い目を持つことも有り得ん。カイ教員、そろそろ自分の正体を明かしたらどうだ」
八咫剣の矢の言葉に、カイ教員は始めて顔を上げた。初めて黒板から顔を離したときと全く変わらない、冷たく何の感情も読み取れない真顔。その深紅の瞳を、八咫剣は校長の視線など吹き飛ばしてしまうほど、彼に負けないほどの鋭さを込めて睨みつける。人間と同じ円の瞳孔が爬虫類の如き針の瞳孔へ細められ、やがてカイ教員は低く話し出した。
「私は確かに人間ではありません。どうやら羅象的分野には詳しそうな貴方達のことです、この世の片隅に間借りを許された唯一の<異怪の者共>、『十二翼の熾天使(サタネル)』——そういえば通じますか」
静かに放たれたその言葉で、サロメと八咫剣は揃って「はあッ!?」と素っ頓狂な声を上げた。
十二翼の熾天使(サタネル)。
それはこの世に存在するべきでない<異怪の者共>の一族でありながら、高い順応性と知能と人間に酷似した容姿を有する事から、この世の一角に間借りを許された唯一の種族。しかしながら、世界中に散らばる存命のサタネル達を全てかき集めても、僅かに百五十人足らずしか居ないと言う少数種族である。
彼等は碧髪(へきはつ)や紅眼(こうがん)と言った人間には在り得ないような色素を持ち、その瞳孔は針の如く細い。またその殆どが唯一性(ヨーウェ)の者ばかりで、複数性(ミトロン)のサタネルは数えられるほど少ない。そして特筆すべきは、仮にミトロンのサタネルに子が出来たとしてもその子は必ずしも親の体質を受け継がないのだ。
つまり、仮にイェソドがミトロンのサタネルであったとしても、その子孫であるカイ教員がミトロンの性質を受け継ぐという可能性は必ずしも百ではないのである。ならば彼がヨーウェであっても別段おかしな問題ではない。
そこまで記憶を引っ張り出したところで、八咫剣は怪訝な声を滑り出す。
「それならば辻褄は合う。文献を当たればイェソドもサタネルであったという記述は見受けられるし、名が同じところからして貴方がイェソドの子孫でありサタネルであるとは思う。……だがもう一つ疑問だ。カイ教員、貴方は何故に私へ手加減をしようとしたのだ。このサロメが講義に対して文句を言ったときの殺気と白墨の投擲は明らかに手加減していない。だが、私と対峙したときに放った殺気と後の羅象は明らかに手加減されていたが」
「跳躍の加減から、サロメさんより実力が劣っていると見ました。サロメさんは空中で技を見せながらも貴方とほぼ同じ距離を跳躍していましたが、貴方はただ飛んだだけ。そこから、貴方は彼女より身体能力的に若干劣ると思っただけです。サタネルはその辺りの実力模索を得意とするものですから」
静かに返される言葉。八咫剣は苦味の勝った苦笑を見せ、愉快気に笑うサロメへ少々の視線を送る。サロメはただ見世物を見るような眼で笑うばかり、カイ教官は現(うつつ)を抜かしたような顔でただ八咫剣を見るばかり、八咫剣は憮然とした表情でただ溜息を吐くばかり、校長はそれに困り果ててソファに背を預けるばかり。再びの静寂は曖昧な静寂だった。
- Re: 双翼は哭かずに叫ぶ ( No.23 )
- 日時: 2010/07/04 15:17
- 名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: zz2UUpI4)
- 参照: 第二話 続き
「兎角」
校長が灰色のスーツに包まれた膝を叩き、渋い声をひねり出して森閑(しんかん)を打ち破った。声が続く。
「講堂内の不穏な空気の元を断ち切る、貴方方の仕事はコレで終わりでしょう。彼に対する詮索は敷地の外で行ってもらいたい。生徒が貴方方や彼の正体を聞いていて、それが尾鰭(おひれ)のついた噂になって騒然の種になってもらっても困りますからな。——まあ、あの教室で一連の騒動を聞いていた生徒から噂が発信されるやも知れませんが」
「その時は依頼して、存分に稼がせてもらう。アタシ達は零細の討伐屋、月に何回か入ってくる高給の依頼で飯食ってる人種だからね。頼まれりゃ<異怪の者共>の退治だろうが男女の喧嘩仲裁だろうが気に食わない相手の暗殺だろうが請け負うわよ。でも、暗殺と喧嘩仲裁は専門外だから拗(こじ)れたものは断るわよ」
サロメがさらりと言い切り、カイ教員と睨めっこを繰り広げていた八咫剣の脛(スネ)を蹴って強引に立たせる。そして痛がる彼を引き摺って校長室から出ようとするが、八咫剣はその場で無事な片足を踏ん張ったまま動かなかった。サロメはカイ教員が白墨を投擲したときより更に凄まじい殺気を込めて彼を睨み付けたが、冷や汗を頬に伝わせながらも彼は動かない。
「まだ何かあるっての、やっちゃん?」
「私が個人的に聞きたい話だ、先に帰っていて良い。私も三時までには帰る」
二時半を指した振り子時計を見上げながら、彼女の性質など一ルードの価値より分かりきっている八咫剣は、彼女に対して鋭く先手を打つ。サロメは一瞬不審者を見る眼で彼を見つめたが、目の前の男は聞く様子を見せそうもない。対峙する女討伐屋は呆れた風に溜息を吐き、「勝手にすれば」と投げ遣りに吐き捨てて校長室を出て行った。
騒ぎを聞きつけたらしい生徒の声をドアの向こうに聞きながら、脛を押さえたままの八咫剣は校長とカイ教員を睨みつける。漆黒の瞳には冷たい殺気が宿り、口からは粘液質の毒液のように漏れる長い式。右手の五指は鍵爪(かぎづめ)の様に曲げられ、竜の手に宿るは混じり気の無い深紅の光。校長とカイ教員が同時に立ち上がり、悪鬼の形相をする八咫剣と対峙する。その視線に先程までの鈍な威圧はなく、代わりに鋭利な殺気が浮かんでいた。
謳うように式を言い終わり、八咫剣が謳うように挑発の色を交えた声を上げる。
「聖書や神父が評するところ、元のサタネルは、他の天使を衣の如く纏(まと)い、栄光の智に於いて傑出(けっしゅつ)し、神の右座(うざ)を占め、神の摂政であり副王であった。だが、他の天使をも超越せんとするサタネルは時代が進むにつれて次第に貶(おとし)められ、堕天使の、悪の象徴とされた。その名を冠するお前達は天界での輝かしい栄光をその背に負うことは出来ない。何故? 人を殺したからだ。仮令私達人間が過ちを犯して楽園を追われた者達の子孫であったとでも、神の世界に於いて殺生は戒めらるるべきの筆頭。人を殺(あや)めた時点で、お前達は熾天使などではない。——殺人鬼だ」
同時に幾重もの鍵を掛けていく音が静寂を破る。白髪の混じる黒髭を弄りながら校長は怪訝に太い眉を顰(ひそ)め、カイ教員は何処か蒼褪めた顔で声にならない声をあげ、白い手袋を嵌めた左手を水平に掲げる。手には鈍い空色の光。討伐屋はその行動を嘲(あざけ)るように嗤(わら)い、部屋の片隅に溶け込んでいた装飾の多い西洋剣を手に取った。
剣を過飾気味の鞘から引き抜く。そこで、校長とカイ教員の瞳には驚愕。無理もなかろう、何の変哲も無い模造品の西洋剣は、眩しい程の深紅の光を放っていたのである。無論八咫剣が剣に宿らせた羅象であるのだが。
「さあ、軽い怪我上がりの肩慣らしも終えたところだ。これからが私の、討伐屋の本業だよ」
不敵に笑った討伐屋。堕ちた熾天使達は一瞬渋い顔をしたが、武器を手にした彼へ同時に羅象を発現させた。
- Re: 双翼は哭かずに叫ぶ ( No.24 )
- 日時: 2010/07/07 22:54
- 名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: zz2UUpI4)
- 参照: 第二話 続き
襲い来るのは氷を震わせる雷撃と足場を凍結させる氷。八咫剣はそれを滞空時間の長い跳躍で避け、空中で姿勢制御の取れない八咫剣へ向かって再度放たれた紫電(しでん)の蛇を簡易的に風を集めた結界で吹き散らす。そして一点に集められた風を蹴り付け、身体を捻(よじ)りながら防御を解除、羅象の式を宿らせた剣を凍結した壁に突き立てて発現させる。二度も同じ手は食らわないとばかりにカイ教員が壁を蹴り、壁に剣一本で立つ八咫剣の脇へ向かって蹴りを叩き込もうとするも、寸前で剣と共に離脱。スケートリンクよりも滑る氷の上に無理矢理剣を突き立て静止。
背後からの急襲は意味を成さない。
氷上を亜音速(あおんそく)で進む雷撃に再びの跳躍、半ば無理矢理紫電の蛇を剣へ絡み取らせ、それが柄を浸食する前に振り抜いて雷撃の方向をカイ教員へ逸らす。反射的に彼は氷の羅象を発現、壁を作り出してそれを散らし、すぐさま解除。無数の数式となって散っていく燐光の最中から、八咫剣へ向かって氷の蔦(つた)が襲う。対する彼はその場を飛び退いてそれを一旦かわし、追撃とばかりに飛ばされた校長の雷槍(らいそう)を剣によって蔦へ誘導、威力と方向を大きく別の方向へと殺ぐ。嘲りの笑みを残して八咫剣はカイ教員にわざと背を向け、炎の羅象が宿る剣を校長の眉間(みけん)に掲げる。が、校長は冷静にその刃を掴み、手が焼け焦げることも構わず雷撃羅象を発現。
一瞬の出来事に身体の反応が間に合わず、しかし雷撃によって全身を襲った麻痺を堪え、羅象を発現。麻痺と火傷の影響で小刻みに震える剣の最中に二つの力が拮抗し、剣が徐々に力を逃しきれず変形し始める。剣だけが限界に近づく膠着状態の最中に、カイ教員の羅象が介入。双方変形した剣から手を離し、八咫剣は重い脚を無理に引き摺り、悪足掻(わるあが)きでもするかのように壁を引っかく。強靭な指は細かな氷の突起に引っかかり、痺れによって落ちかけた身体を無理に支えた。その顔には悪鬼の笑み。対する二人の顔には焦燥(しょうそう)と僅かな恐怖。
「何故立っていられる?」
校長の静かな声が、凍りついた部屋に響く。八咫剣は凍て付く二人を尻目に即席の治癒羅象で痺れを治め、右手を開いたり閉じたりしながら再び余裕の笑みを浮かべた。余った左手は丈の長い茶の長外套(ロングコート)を抓んで持ち上げている。その裾はかなり擦り切れ、暗い茶の色もくすんでおり、年代物であることをどこか感じさせる。
外套(がいとう)を見つめ、怪訝と言った表情をする二人に彼は返した。
「成分は明かせないが、特殊な混合繊維でね。攻勢系の……特に火焔羅象と雷撃羅象は擬龍の通常攻撃でも受け付けないように出来ている。それに羅象を重ねて使えば放電性も上がる。仮令お前が雷撃に関する達人(スペシャリスト)であったとしても、仮令私がお前に直接触れて感電死させられる威力の電撃を浴びたとしても、私は倒れない、絶対に。お前達に私を倒せるか、お前達がしてきたように、私を殺せるか? お前達の強さが求められるぞ」
言葉と共に、羅刹鬼(らせつき)の笑みを浮かべた八咫剣が一歩を踏み出す。部屋に漂うのは何より凄まじい殺気。二人のサタネルは殺気に気圧され徐々に後退していくが、凍て付いた狭い部屋に逃げ場など無い。直ぐに背は冷たい氷へ触れ、冷凍庫を作り出した張本人たるカイ教員は慌てて発現させっぱなしの羅象を解除する。足場や壁や雑貨に取り付いた氷が無数の式や記号となって散っていく様を横に見、八咫剣は二人が逃げ出す前に炎の羅象を発現させた。
だが、校長が網状に張り巡らせた紫電によってそれは爆散、強引に無効化され、深紅の緒を引いて消え去る。八咫剣はその様を見て一瞬舌打ちした後、壁の時計を一瞬見遣って再び笑みを浮かべた。
耳を劈(つんざ)く大音声。
- Re: 双翼は哭かずに叫ぶ ( No.25 )
- 日時: 2010/07/09 23:49
- 名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: zz2UUpI4)
- 参照: 第二話 続き
陽光に照らされたのは透明な硝子窓。窓から仕事着の姿で出て来たのは、八咫剣に言い包められて帰ったはずのサロメ。片手には銀の回転式拳銃が握られ、文字や絵がプリントされた私服とは違うノースリーブのシャツを着込み、履いていたサンダルはブーツに履きかえられている。茶髪にもバンダナが巻きつけられ、完全に準備万端の状態だ。
その彼女が二人の間を割って入ってくると同時、三時を告げる古い音が三回鳴った。「間に合った」と言う独り言と共にサロメは八咫剣の傍に寄り、余った手に持っていた弓と矢筒を手渡した。そして視線を地面から二人のサタネルへと滑らせ、不敵な笑みを浮かべて銃口を向ける。八咫剣は素早く矢筒をベルト通しに押し込み、矢を番えてやはり同じ向きへ向ける。
「アタシ達は討伐屋、しかも二人で一つ。前衛はアタシ、後衛はやっちゃん。そんな討伐屋なのに、前衛のアタシが後衛のやっちゃん一人置いて家に逃げ帰るとでも思った? あの会話はただの時間稼ぎだよ。アンタ達二人の実力を計り、どっちがアンタ達の相手をし、どっちがアタシ達の家から武器を持ってくるのか——それを見極めてただけさ」
言いながらサロメは左手でホルスターをまさぐり、銃を引き抜く。八咫剣は後ろのドアが頻(しき)りに叩かれているのを気に留めながらも弓を引き絞る。カイ教員はその所作に警戒の色を強め、手を二人へ向けて掲げた。校長も警戒の色を強くしているが、それでもただ立っているだけだ。四者四様、全く違う所作を終え、刹那の静寂が四人の頬を掠めていく。
四人は同時に動き出した。
右の手のみに銃を構えたサロメは、羅象を顕現させようとする二人と後衛の八咫剣の間に割って立ち、炎の羅象を壁のように顕現させて羅象を弾き返す。その壁が式となって散るか散らないかの内に耐火性の外套と高く括り上げた黒髪を靡かせ八咫剣が飛び出し、氷の融けた壁を蹴って跳躍。その手には九文字の漢字が刻まれた弓と矢、鏃の先には既に羅象が宿っている。跳躍途中で放たれた矢は校長の後ろに撫で付けた黒髪を掠め、遅れて発現した風の羅象が頭を浅く切っていく。
鮮血の緒を引きながらも校長は二の矢が放たれる前に羅象を発現、続いて襲ってきた銀の弾丸と火焔の羅象が宿る矢を箱状に巡らせた紫電によって無効化する。が、紫電の網が消えた瞬間二本の矢が同時に飛んできた。一方は風の羅象、もう一方には炎の羅象が宿っている。仕方なしに校長は床を蹴って横に跳躍、その間に紫電の蛇を放って羅象を消し飛ばす。
二本の矢を同時に放つという離れ業を遣ってのけた当の八咫剣は、前衛のサロメと入れ替わりにいつの間にか校長室の扉近くまで後退しており、矢筒から三本の矢を取り出し指に挟んで番えていた。変則的な構えで引き絞られ、向けられる鏃には夫々違う羅象が宿っている。
不吉な笑みと共に彼が矢を放とうとした瞬間、サロメの攻撃の合間を縫ってカイ教員が羅象を発現。八咫剣が腕を回しても届かない程の太い氷柱が地面から次々と顕現し、二人を分かつ壁の如く襲いかかる。二人はそれを正対する方向へ跳んでかわし、何事か呟きながら突っ立っている校長へ向かって八咫剣が放ちかけた三本の矢を、次の羅象を発現させようとするカイ教員へ向かってサロメが二発の銃弾を撃ち込む。
それによって矢と銃弾を避けようとした教員側二人の羅象の発現は中断され、攻撃のペースがほんの刹那、遅れた。
囮の矢と銃弾を撃ち込んだ討伐屋二人はその時を見計らい、矢と銃弾をそれぞれ準備し、氷越しに顔を見合わせて笑う。気付いた二人が羅象を発現させるより早く、二人の揃った声が響いた。
「尊き光は我に力を、貴き焔は汝に武器を! その時、神は咆え、魔は猛り、人は哭いた! 出でよ玉座に侍る熾天使の長、今こそ叫べ、狂え、舞い踊れ! その巨躯を躍らせ、灼熱の風を起こし、総ての闇を追い出せ! そして一縷の栄光を掴まんとす咎の愚者を焼き尽くし、死と安息の恩寵を、虚無と安寧の永遠を与えよ!」
大声に邪魔されたサタネル二人の羅象に代わり、討伐屋二人の矢と銃から放たれた羅象が顕現。目も眩むほどの紺碧(こんぺき)の裂光(れっこう)が宿る武器は人間業では出せぬ音速の壁を越え、狙い過(あやま)たず、標的の胸——人で言ってもサタネルで言っても心臓の部分へ——深々と突き刺さった。
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