ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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双翼は哭かずに叫ぶ
日時: 2010/06/05 01:43
名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: NvOMCXyZ)

 ども、挨拶略してSHAKUSYAです。
 この度カキコに電撃復活、ずっと構想を練り続けてきた現代ファンタジーを展開していきたいと思います。
 ……ただ、時代背景が現代なだけで普通の魔法ファンタジーとあんま変わらないんですがね。

 てなわけで、ファンタジー全開のこの小説の大雑把なジャンルパーセンテージは
ファンタジー30%
戦闘25%
シリアス20%
グロ20%
恋愛3%
その他2%
 (全ておよその数値也)
 となっております。特に戦闘とグロの出現率は初っ端からヤバいので、十分心してください。

〜勧告〜
 荒らし、誹謗中傷、喧嘩、雑談、無闇な宣伝、ギャル文字、小文字乱用等々、スレヌシ及び読者様に迷惑の掛かる行為はお止めください。
 アドバイス(特に難解な漢字や表現について)・感想は大歓迎です。
 やたらめったら一話の長さが長いので、更新はかたつむりの移動より遅いと思ってください。またスレヌシは受験生なので、時折勉強等でも遅れる場合が在ります。

 それでは、我の盟約の許、汝等を文字の乱舞せしめる世界へ誘わん。
 汝等に加護あれ、双翼に祝いあれ。

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Re: 双翼は哭かずに叫ぶ ( No.51 )
日時: 2010/08/15 16:31
名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: qUfyS13Y)
参照: 第四話 続き

 八咫剣は珍奇な空気の漂う中、必死で記憶の中身を浚っていた。擬龍が言い放った『幼子を討伐屋なる者に殺された』と言う言葉が妙に引っ掛かり、剰(あまつさ)えもしやと言う感情を抱いたのだ。十年も討伐屋を続けていれば、擬龍と対峙するなどと言う機会はザラにある。
 一週間前にも、街中で暴れていた擬龍を退治したばかりなのだ。
 散々考え込んだ末、八咫剣は寂しそうな表情をする擬龍へ恐る恐る声を投げた。
 「真逆とは思うが……幼子が殺されたというのは、一週間ほど前のことか?」
 「違う」擬龍は即答した。答えも直ぐに返ってくる。「つい、昨日の事だ」
 七人組の者等に殺されたのだ——擬龍は憎憎しげに付け足した。
 「七人組の討伐屋?」
 疑問と愕然を携え、討伐屋二人の声が綺麗に揃った。引き攣った顔で八咫剣はサロメに視線を送り、サロメもまた愕然の表情を浮かべて八咫剣に視線を送る。二人の頭の中にはある討伐屋の一団の名前が思い浮かんでいた。ギャード地区の討伐屋であれば誰もが知っているであろう、著名な、しかし謎だらけの討伐屋の名を。
 『栄光の天使(アンジェ・オヴ・グロウリー)』
 七人の討伐屋からなり、討伐には練成系の羅象を多用する以外には素性の知れない謎の討伐屋集団である。他の討伐屋曰く『ギャード地区に本拠を構えている』という事らしいが、十年討伐屋を続けてきたサロメも八咫剣もその七人組と袖を触れ合わせた事はない。そもそも単独行動ばかりしている二人は他の討伐屋を手を結ぶこと自体が無い。
 しかし、彼等と袖を触れ合わせた者達が皆「一流」と言うことからして、それなりに強いということだけは二人もそれとなく知っている。だが、徒それだけ。
 二人にしてみれば影の薄い存在である。

 「首を落とされて、殺された」
 擬龍はそうも付け加え、鋭い視線を後方に送る。擬龍が感じたものと同じ気配を感じ、八咫剣はサロメの腕を引っ張って後方へ引き摺り倒して十メートルほど下がらせ、手を離せと引っ叩いて来たサロメの腕を素直に放した。二討伐屋の視線の先には、一番街へ向かう『力の小径(ストレングス・パス)』の路。流石にサロメも不穏な気配には気付いたらしい。
 擬龍は視線のみを討伐屋の向ける方へ送ったまま、銀灰色の翼を広げて羽ばたかせた。
 
 刹那、腹の底が締め付けられるような力の波濤(はとう)が擬龍を中心にして放たれる。そして一気に燐光の文字が——羅象を構成する式が足元から吹き上がった。一つ一つの文字は小指の先程しかないが、それらが連なった無数の式は碧く白く明滅しながら繋がり、広がり、擬龍を中心とした円陣となって広場の石畳を覆い尽くしていく。これほどの膨大な布式は、人間がどれ程努力しても決して真似することは出来ない。
 吹き飛ばされそうな程の力。サロメや八咫剣の力など見えない程に霞んでしまうほどの力を、この擬龍が無駄に使うわけも無い。擬龍の真意が分からない以上、二人は迂闊(うかつ)に動くことも出来ず、ただその場に腰を落として固まっている他に出来る選択肢は無かった。だが、二人共各々の武器に夫々得意な羅象を宿らせてはいる。それに意味があるのかは双方にも分からないが、精々の気休めだ。
 擬龍は最後にサロメ達の方を向いて眼を閉じ、頭を僅かに下げると、幾分諦めの色が入った声を放った。
 「サロメ・ロネッタよ、夫妻の事はすまない。我は今此処で、我が幼子の仇討ちと、そなたへの贖罪をしようぞ。そこの男、できるならば茶々を入れてくれるなよ。之なるは我とこやつ等の問題、我の罪を明かし、我の眼を明かした、恩義あるそなた等を巻き込みたくはないのだ。化物には化物なりの矜持(きょうじ)があり、誇りがあり、また意地もあり、姑息(こそく)さもある。だが……眼を見れば分かる、そなた等には力があろう。我の窮地に陥りしとき、そなた等の力を貸してほしい」
 サロメが何事か反論したげに口を開く。擬龍はただ眼を閉じているだけ、脅す気配も縋る気配も無く、ただ気配が動くのを待っている。八咫剣もあえて何も発言しようとせず、擬龍に本気を出させるほどの不穏な気配すらサロメの言葉を待った。仇が己に縋って頼み事をしているのだから、外野は大いに興味を持つだろうが、サロメにとっては大いに迷うべき言葉である。

 様々な逡巡(しゅんじゅん)と躊躇(ちゅうちょ)の末にサロメの口から出た答えは、朗らかな色に満ちていた。
 「それでアンタの気が済むなら、ね。幾らでも協力してやるさ。アタシは何をも拒絶しない、全ての真実をこの身に受け止めると決めたんだ。仮令アンタがバケモンだろうが、何かを乞われれば惜しむ心算なんてない。人も動物も化物も、どんな命だって天秤に掛けりゃ皆同じ重さ。それを分け隔てしてたら、人間としての株が下がるからね」
 「ありがとう。——近年、そなた等のような人間は少なくなったものだ。実に、実に哀しい事よ」
 擬龍は哀しげに、しかし何処か挑発めいた色を含んだ声で、サロメではなく後ろの気配に投げかける。気配は微動だにせず、しかし擬龍に勝るとも劣らない力の波濤だけは緊々(ひしひし)と伝わってきた。二つの力は鬩(せめ)ぎあい、荒れ狂い、傍観しているサロメと八咫剣はその力を受けて腹に疼痛(とうつう)を覚えたほどだ。
 
 擬龍はやおら閉じていた瞳を開き、漣(さざなみ)の如くに震え、鬩ぐ双方の力に翼を震わせる。だがその血色の瞳には漣ほどの感情も起たず、後方の気配に放たれた声もまた揺らぎの無い静かな声だった。
 「来い、楽園の七天使を騙(かた)る地獄の君主めが。我の幼子を無惨に刻み殺し、剰え父である我の前にのこのこと現れ、茶化しにでも来たか。汝等(うぬら)が相手は此処に居る、精々我を、汝等が擬龍擬龍と囃し立て、騒ぎ立てるこの鈍重な化物を、派手に散らせてみよ。我は街の存亡など一切考えぬ、汝等にそれが出来るか——出来ぬだろうがァッ!」
 最後通牒の如く鼓膜が破れんばかりの声で咆え、怒りの形相の擬龍は天を振り仰いで膨大な式を一斉に発現させた。

Re: 双翼は哭かずに叫ぶ ( No.52 )
日時: 2010/08/22 20:41
名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: qUfyS13Y)
参照: 第四話 続き

 もぞもぞと取り留めなく足元で蠢いていた、式が、記号が、数式が、燐光が、眼が潰れんばかりの爆光を発して顕現。細い糸となり、それらは擬龍を囲むようにして太い糸になり、それらは恐るべき速度でまた別の光の糸と撚り合わさり、糸は太くなるにつれて解(ほつ)れたように細かく枝分かれし、最後のか細い一本が巨木の幹ほどもある青白い光と絡まった瞬間、
 盲(めくら)になりそうな烈光を閃かせ、聾(つんぼ)になりそうな爆音を高らかに響かせて、擬龍に被弾した。生き物から出る声とは思えない咆哮が窓ガラスを烈しく揺らし、腹の底から揺さぶる力の波濤と爆音に“物理的に”圧されて、サロメと八咫剣が膝をつく。腹の底からじりじりと響いてくる疼痛も秒針が進むごとに酷くなってくる一方。二人は疼痛と絶叫の大きさに顔を歪め、苦し紛れに漸く姿を現した七人の討伐屋の姿を見咎(みとが)める。
 筆頭に立っていたのは、青のキャスケットを目深に被った亜麻色の髪の青年。腕飾りを数多ぶら下げた手首には十字架に蛇の絡みついた図案が刺青されている。その手で青年は気圧されたように蒼褪めた頬の冷や汗を拭いながらも、面白いものでも見たような声を放った。
 「さすが擬龍の親父、雷撃の羅象に関しちゃオレなんざ敵わねえや。ただ何の酔狂で自分にぶち当てたのか甚だ疑問だ、是非ご回答願いたいねえ。街を破壊しつくすことさえ厭(いと)わないって言う化物の親父さんよ? 言っとくがオレ達はまだ何もしてねえぜ、こちとら練成が専門で、雷撃の進行方向を易々変えられる程の力はねえし、そんな事してもメリットがねえし」
 擬龍は全身に細かい紫電を纏いながらも首を後方の彼等へ向け、「黙れ」と短く声を上げる。そして徐にその右前足を振り上げ、筆頭に立つ彼はおろか、全てを巻き込むが如く——鋭利な爪を彼に振り下ろした。あの鋭さに先程の羅象が宿っているのである、少しでも掠れば死は絶対。流石に青年は焦りの色を浮かべ、大きく横っ飛びして床に手をつく。
 途端、大蛇のような尻尾が地面を叩き割った。何事かと青年は手を捻って地面に足をつくが、そこから生まれた亀裂に沿っての雷撃に再び跳躍する事を強いられる。擬龍は未だ涼しげな顔で、雷撃の緒を引きながら空を切った右手を逆向きに移動、雷撃を帯びた裏拳(うらけん)の矛先を残った六人へ向ける。寸での所で六人とも避けたが、その筆頭である青年の顔には僅かな緊張が走った。
 討伐屋六人が飛び退き、人気の無くなった一番街への路に擬龍は体を正対する。そして見咎める。
 「血も涙も無き地獄の君主めが、仲間を思う気心だけはその冷たき心に持ち合わせていると言うのかな」
 「五月蠅ェぞバケモン! オレ達は七人一組の討伐屋なんだぜ、一人でも欠けたら連携が取れねーんだよッ!」
 怒ったように青年が叫ぶ。擬龍は莫迦を見るような冷ややかな目付きでその青年を一瞥(いちべつ)し、噴水の向こうを抜けて回って来ようとする青年を睨み付けた。青年も不気味な笑みを浮かべ、その碧眼で睨み返し、炎を体現したような厳(いかめ)しい形をしたダガーを腰のベルトから一息に抜き放つ。分厚い金属板で形作られたそれには血色の宝珠のようなものが七つ埋まっており、剣身には乱雑に崩された文字で式のようなものが描かれていた。
 
 「踊れ剣よ、我が意の儘に!」
 僅かに上ずった声が響き、ダガーの宝珠が眩く光を放つ。対して擬龍は爪で石畳を引っ掻き、血色の眼で石畳を睨みつけるだけ。飛び退いた六人もそれぞれ羅象を展開しているようだったが、擬龍は縦長の瞳孔をちらりと後方に遣っただけで、何もしようとはしなかった。冷徹且つ膨大な力の波濤が、サロメ達さえ震え上がらせる。
 「気を散らしてんじゃねえ化物ッ!」
 青年の怒号と共に、青年の肘程しかないダガーが一気に伸長。身の丈ほどもある長大な焔身剣(フランベルジェ)のような両手剣の形となり、地面と擦れて橙色の火花を散らす。同時に後方に控えた六人が練成羅象を展開・発現させ、辺りに落ちていた鉄屑や看板の鉄柱が脈動し変貌、幾十もの鎖となって擬龍の四肢や首に巻きついた。
 擬龍は蠅でも追い落とすように腕を動かすが、太く巻きついた鎖はギチギチと危なっかしい音を立てながらも、鎖の伸びる石畳に食い込んだまま動かない。何とか逃れようと足掻く擬龍の隙を突き、青年は羅象で伸長させた剣を重たげな動作で振りかぶって飛翔、首をそのまま切り落とさんと重さに任せて振り落とした。

Re: 双翼は哭かずに叫ぶ ( No.53 )
日時: 2010/08/23 20:55
名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: qUfyS13Y)
参照: 第四話 続き

 刹那、翠色の光を伴う矢が首に向かって振り下ろされた刃の宝珠に命中。宝珠は全力で練成羅象を展開、暫し矢に宿っていた羅象と拮抗していたが、物理的に耐えられず砕け散る。そのまま矢は剣を刺し貫き、物理法則をまるで無視する矢に引っ張られた青年は剣を手放して地面に足を着いた。遅れて羅象の解除された剣が赤い光の緒を引いて空を旋回し、石畳に突き刺さる。矢を放ったのは異国流れの討伐屋、八咫剣紅蓮その人であった。
 「てめぇ、このバケモンに肩入れでもしやがるのか!?」
 「——黙れ、青二才」
 様々な意味を含め、八咫剣は一言の元に斬り捨てる。青年は顔を引き攣らせて口を閉ざし、地面に突き刺さったダガーを引き抜き壊れた宝珠を矢と共に投げ捨てた。険しい顔の八咫剣は脚を一歩引き、矢を三本取って同時に番える。同時に擬龍が可動域一杯まで首を捻り、八咫剣の奇行を視野に入れて目を細めた。鎖は相も変わらずギシギシと音を立てるが、切れる気配は無い。擬龍が腹立たしげに唸る。
 巨大な龍の体躯を無感情に見上げ、異国人の討伐屋は青年に背を向けて、後方の六人と正対する。そして番えた三本の矢の鏃を六人の内三人、赤毛碧眼の女と八咫剣と同じ東方系の男、赤銅色の髪をツインテールにした翠眼の少女に向ける。青年が何すんだ、止めろと叫んで回り込もうとするが、サロメの風を込めた銃弾によって強引に進路を塞がれた。
 
 八咫剣は銃を構えるサロメと背中合わせになるように足を移動させながら擬龍と討伐屋へ順番に視線を送っていき、最後に己と同じ東方系の男の前で視線を止める。男は動じず、黒革ベルトに挟んだ漆塗りの鞘から細く湾曲した片刃剣——刀を引き抜いて構えた。陽光に細く長い太刀が光る。
 矢を構える討伐屋から声が放たれる。
 「私達は確かに化物討伐を請け負う零細の討伐屋だ。化物の復讐の手助けをするなど、出すぎた行動だとも思うだろう。だがな、私もサロメも、化物だろうが人間だろうが“道”を踏み外すのならば許しはしない。だが、化物であろうと“道”を外さなければ、咎めはしない。お前達は確かに討伐屋の仕事をしたのだろう、だが、動けない敵を一方的に痛めつけるのはどうか」
 「仕方がねえだろ!?」憤慨した様子の青年が叫ぶ。対する東方系の男は八咫剣の後方で肩をいからせる青年を睨みつけて「ヴィレイは黙ってろ」と静かな声を上げて黙らせ、刀を肩に担ぎながら冷静に言い返した。
 「わたし達は確かに六人分の練成羅象を纏めて化物の動きを封じ、あのヴィレイが一方的に仕留める人道に外れた行為をやってるかもしれない。だが、二人だけで擬龍退治の仕事すら切り回せるあんた達と違って、わたし達個人の実力はそれほど強くないんだ。だから纏まって卑怯な作戦を取るしかない、そうしなければ殺されるんだ。分かるか、その意は」
 「十分すぎるほど了解している心算だ」八咫剣の冷徹な声は、一瞬で男の言葉を切り捨てた。眉を顰めて男が聞き返し、八咫剣が再び返答する。「お前は自分の才能を卑下しすぎではないか? まあ擬龍や銀鷹に敵うかと言ったらそうではないが、お前達三人は筆頭より尚強い力を持っている」
 
 男は無言で刀を構えなおした。サロメは燐光を発している右手の銃を青年——ヴィレイに、翠の光を発する左手の銃を八咫剣の脇越しに男へ向ける。八咫剣は姿勢を少々変えて再び弦を引き、若干呆気を孕んだ三度の声を投げつけた。漆黒の瞳に宿るは刃の如き殺気、男の姿勢が僅かに揺らぐ。
 「そこの五人の羅象を一点に纏め、発現させているのはお前だろうが。また鎖の練成の七割はそこの女二人だろう。筆頭である彼の練成は確かにお前を凌ぐ程に強力だが、八割は宝珠の演算に頼っている。後の三人は殆どお飾りに過ぎない。こんな三人だけで廻してしているような七人組で、良くもまあ今まで生きてこれたな。逆に賞賛したくなる位だ」
 余りに的確すぎる指摘。栄光の天使は怒りを顔に浮かべながらも返す言葉を失くし、揃って黙り込んだ。
 鎖の束縛から抜け出すことを諦めた擬龍は、僅かに殺気を込めた視線だけを己の背後に送る。突如の刺すような視線に動揺でもしたのか、刀を構えた男がその深紅の瞳をほんの一瞬睨み付ける。
 その瞬間、八咫剣とサロメは何の合図も送らないまま、しかし殆ど同時に動いた。

Re: 双翼は哭かずに叫ぶ ( No.54 )
日時: 2010/08/25 00:57
名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: qUfyS13Y)
参照: 第四話 続き

 口の端に笑みを浮かべ、サロメは腰を低くして地面を蹴り、擬龍の元へ向かって走り出した。
 ヴィレイはそれに対抗するが如く残った宝珠を使って練成羅象を連続発動、しかし彼女は次々と起ち現れる壁や槍を流れるような足捌きと羅象を込めた銃で遠回りに避け、擬龍を拘束する鎖を蹴り付けて飛翔する。そして左手の銃で四肢と首を拘束する鎖に引き金を引き、鎖を撃ち切った。拘束を解かれた擬龍は橙色の光を纏う式となって散華する鎖を振り払い、己の足元で展開されるヴィレイとサロメの鍔迫り合いに顔を向ける。
 擬龍の拘束が切れた事を視認し、サロメは再び突き上がった石の壁を蹴り付けて再度飛翔。相変わらず連続顕現される壁や槍などを蹴り付けて徐々に高度と速度を下げていく。そして地面に降り立つと同時に銃の弾倉から空薬莢を抜いて地面に投げ捨て、新しい弾丸を詰めなおしながらヴィレイに向かって疾走した。
 ヴィレイは唇を噛み、地面に突き立てたダガーを両手で握り締める。残った六つの宝珠が血色の光を放ち、ヴィレイの力が上乗せされて石畳一杯に式が顕現、収束。サロメの進路を塞ぐように灰色の塗り壁が起つ。だがサロメは口の端に嘲るような笑みを浮かべ、目の前に現れた壁を蹴って跳躍する。視線は虚空の先のまた先、拘束を解かれ腕を振り上げた擬龍に注がれた。擬龍の目がサロメの方に向く。

 一瞬の視線の拮抗。
 そして、結論。
 「我が子の首を切り落とした張本人は、今、此処にいる」
 静かな声と共に擬龍が腕を振るう。己に向けて被弾させた紫電が手の先に集中、爪が触れ合う度に青白い火花が散った。ヴィレイはそれを一瞬見遣って血が流れるほどに強く唇を噛み、柄を砕かんばかりに握り締めて、石畳に突いた短剣を更に深く突き刺す。擬龍は逡巡の色を僅かに浮かべたが、構わず手を振り、壁に向かって雷撃と打撃を振り落とす。
 何をも破壊する雷撃は壁を破砕した上で無数の式に分解し、打撃は雷撃に抗う壁を薄紙の如く割り砕く。一瞬の内に行われる破砕の連鎖は止まらず、ヴィレイがほぼ同時に顕現させた八つの壁は七つまで一瞬で破壊された。しかし、ヴィレイは噛み破った唇から血を流しながらも、笑ってみせる。
 宝珠が僅かに、碧い。

 壁の破砕が止まる。
 擬龍の何をも破壊する爪が壁半ばで止まり、押しも引きも出来ない。それでも雷撃に雷撃を重ねて破壊を圧し進めるが、そこだけ岩盤に平手打ちをしているかの如く、破壊が全く進まない。ヴィレイが嘲(あざけ)った。
 「確かに演算を宝珠に頼ってるのは認めるがな、本気だしゃ、オレだってこの位の事は出来るんだよ……!」
 しかしその声は、顳(こめかみ)に突き付けられた冷たい銃口によって黙らされた。
 「擬龍だけが敵と思うんじゃないよ、莫迦。擬龍に協力する人間が——アタシ達が居る事を、アンタ忘れたのかい。擬龍がそのまま攻撃を決めたらば好し、出来なかったらアタシが出張って手助けするだけに決まってる。栄光の天使の筆頭に立つには、アンタはまだ甘い。敵の動向を見切って先回りできて、初めて筆頭を名乗れるんじゃない?」
 「っさいッ!」一瞬で天使の筆頭は切り捨てた。「オレだって何度も死にそうになって、そのたび乗り越えてきて、挫折と喪失繰り返してきたさッ! なのに、その末に折角見えかけた光を……どうして貴様等は潰そうとするんだよッ! 巫山戯るな、オレはオレでしかない、お前等なんかに潰されて、邪魔されて堪るかァァアアアッ!」
 無理な体勢から仕掛けられた上段蹴り。サロメは素早く銃をホルスターに突っ込んで身を逸らせ、石畳に手を付いて蹴りを食らわせる。硬く握り締めていた両手に過(あやま)たず当たったブーツの底は彼の指の骨を砕き割り、ヴィレイはくぐもった悲鳴を上げて手を押さえ、その場に蹲(つくば)った。
 瞬間、ダガーの宝珠が演算を停止。擬龍の腕さえ押し留めていた壁が無数の式となって散華し、勢い余った擬龍の腕が石畳に食い込む。擬龍はその腕を圧し留めようとせず、砕けた石畳ごと、ヴィレイの体を引っ掛けて投げ飛ばした。

 続く大音声と共に、彼の華奢な身体が石畳に激突。身体が歪に跳ね上がる。しかしそれでも勢いは止まらず、ヴィレイは最初の手合わせで破壊された石畳にぶち当たった。
 「不味い!」
 サロメが危機を察して動いたが、遅かった。
 石畳、否、石畳だったものが青年の身体に一気に降りかかり、あっと言う間に見えなくなった。

 最後、彼が助けを求めるように手を己へ伸ばしていたのが、目から離れない——。
 あまりの悲惨な最後の光景にサロメは思わず頭を抱え、首を数回左右に振る。
 そして、青年の身体に降り注いだ目の前の瓦礫を、今にも泣きそうな目で睨んだ。

Re: 双翼は哭かずに叫ぶ ( No.55 )
日時: 2010/08/25 20:28
名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: qUfyS13Y)
参照: 第四話 続き

 一方の八咫剣は、矢筒に押し込んでいた矢を全て使い果たし、男——草薙(くさなぎ)の刀に羅象で顕現させた鎖一本で拮抗していた。草薙の太刀に対して八咫剣が持っているのは、ただ丈夫なだけの太い鎖。錘(おもり)や攻撃用の武器など何も付いていない、鞭として使うか荷造りとして使うかが関の山と言うような変哲の欠片も無い徒の鎖、それがたったの一本。
 それでも八咫剣は拮抗していた。刀が襲えば絡み付かせて動きを封じ、防御に転じようとするならば下段から鞭の如くに振るう。鎖は徒丈夫なだけだが、丈夫なだけに上手く当てれば石畳をも深く打ち砕く。だが鎖は予想外に捻れ、八咫剣の手は五分ほどの戦闘で悲惨な程に傷が付いていた。そして小刻みに震えている。
 「後衛は肉弾戦を得意としないのが普通なのだがな。後、貴方のことは弓術莫迦と聞いているのだが」
 「弓術莫迦は自覚しているから半ば認めてやるが、一対一の闘いに前衛も後衛もあるものか。サロメは徒単に足が速くて攻撃系の羅象しか使えないから前衛風に動き回っているだけだし、私は治癒系だろうが何だろうが大技を使えるが体術に劣るから後衛風に動いているだけと言うだけだ。二進も三進も行かなくなれば彼女も後衛のような大技を使う事はあるし、私でも前衛風に体を張る事はある。貴様等のように、ただ適当に動き回っている前衛や後衛とは命の賭け方と体の張り方が少々違うだけだ」
 「流石、たった二人だけで十年も化物の世界を生き延びてきた事はあるな。達観した考えじゃないか」
 余裕綽綽と言った笑みを浮かべつつも、冷たい棘の視線に若干の焦りを見せる草薙。ゆっくりと刀を握りなおし、刃毀(はこぼ)れしたそれを顔の前で真横一文字に構える。八咫剣も震える手を制して鎖を握り締め、顔前(がんぜん)でピンと張る。殺気の篭り篭った視線の応酬は暫し続き、それの鋭さがピークに達した瞬間、
 八咫剣はまるで鞭の如く鎖を振り、草薙は地面と刃の帽子が擦れて火花が飛び散るのも構わずに、一気に間合いを詰めた。
 
 双方から繰り出される斬撃(ざんげき)。八咫剣は毀れた刃から繰り出される刺突(しとつ)で左の顳を切り、また括り上げた漆黒の髪を三十センチほど持っていかれ、草薙は傷付いた手から振り放たれた鎖で右の肩を強(したた)かに打たれる。双方共に手痛い所を突かれながらも、二人の攻撃は止まらない。寧(むし)ろ加速していく。
 刀は鎖を打ち据え同じところにばかり刀傷を造り、鎖は刀を絡め取ってその刃を欠けさせる。しかし八咫剣はこの鎖を己の羅象で顕現させているため、体力を大幅に使った今、その強度は落ちつつある。だが草薙の刀は蚊帳(かや)の一枚も突けそうに無い程刃毀れしており、最早峰の部分を使って乱打する以外攻撃できない鈍刀(どんとう)へ成り果ててしまった。これならば攻撃的には八咫剣に若干分がある。しかし、乱打の破壊力と言う点に於いては草薙に分がある。
 人種も性格も、武器以外何から何まで似ている二人は、攻撃に於いても何処まで行っても平行線。互角の戦いが蜿蜒(えんえん)と続く。傍から見てもその戦いは切迫していながら実に単調で、十分も見れば飽きてしまうだろう。それほどまでに、二人の実力は肉薄しているのだ。
 本来ならば弓の弦を絞るべき強靭な腕から放たれる下段からの振り。草薙は即座に飛んでかわし、八咫剣はその動きに合わせて鎖を上に振るう。多少のブランクの後鎖は石畳を砕きながら上空の草薙へと迫るが、草薙は腰を捻って鎖を逃れ、着地して直ぐ迫る鎖から跳んで逃れる。鎖は目標を見失い石畳を砕いて、そのまま止まる。
 長い分リーチ的には八咫剣に分があるが、如何せん錘も何もついていない鎖は動きが予測不可能で操作不可、骨の髄まで弓術莫迦の八咫剣はその扱いに若干閉口した。
 今がチャンスと草薙は切れなくなった刀を振りかざし、酒呑童子(しゅてんどうじ)の首を切り落としたという逸話さえ残る天下の名刀、『童子切安綱』の刃さえ通さぬと豪語する外套(コート)に切りつける。そしてそのまま斜(はす)に刃を落とすが、『擬龍の雷撃さえ弾き返す』といって憚らない丈夫な繊維を刃毀れした刃などでは当然切れるはずも無く、その切っ先はコートの途中で引っかかって止まった。八咫剣が即座に鎖を跳ね上げて刃をコートから外し、そのままくすんだ金色の鍔に鎖を絡め、強く手前に引く。
 突然の事に蹈鞴(たたら)を踏みつつも草薙は足を踏ん張って追撃を逃れ、鍔から凶鎖(きょうさ)を外さんと刀を二三度上下に振りたくる。だが八咫剣の膂力(りょりょく)も大した物で、かなり消耗しているにも拘わらず再び強く引っ張って、刃を掴んだ。


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