ダーク・ファンタジー小説
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- 白薔薇のナスカ《改稿版投稿完了!》
- 日時: 2017/09/10 23:51
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SkZASf/Y)
初めまして。あるいはこんにちは。四季といいます。
以前他サイトに投稿していた作品なのですが、こちらに移動させていただくことにしました。
初心者なので拙い文章ではありますが、どうぞよよしくお願い致します。
※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
初期版 >>01-50
2017.8 改稿版 >>53-85
- 白薔薇のナスカ ( No.36 )
- 日時: 2017/06/04 02:03
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xrNhe4A.)
episode.18
「最後の作戦」
冬になりかけたその日、第二航空隊待機所の全員に集合がかかった。勿論ナスカも参加したが、全員が集まった食堂はいつもより狭く感じた。
皆が集まった頃、一人の恰幅の良い男性が現れる。見たことのない人だが、ぴんとした立派な軍服を身に付けているのでお偉いさんだろう。
「ヘーゲル・カンピニアだ。今日は大切な話があって集まっていただいた。実は、大きな作戦が決まった。戦争を終わらせる、名誉ある大きな作戦だ!犠牲は出るかもしれないが、航空隊に任せることにした」
沈黙の中、ナスカの隣に座っていたトーレがぼやく。
「お偉いさんはいいよね。安全なところで命じるだけとか」
ヘーゲルは気分良さそうに語り続ける。
「この作戦が成功すれば、リボソ国を降伏させることができる!今まで殉職してきた仲間のためにも、是非頑張ってくれたまえ。君たちはクロレア国民の代表だ!……約一名ほど、よそ者もいるようだがな」
彼は一瞬ヒムロの方を見る。
「それでは私はこれで解散だ。作戦の詳細はそれぞれに連絡する」
思いのほか早く終わり、皆呆れ顔だった。
「何だったんだろうね。帰ろうナスカ」
トーレがナスカに声をかけた直後、ヘーゲルがナスカの後ろに立っていた。
「君が……ナスカだね?」
ナスカは絡まれたくないと思いながらも真面目に返す。
「はい。そうです」
「話は聞いているよ。航空隊初の女性戦闘機パイロット!よく頑張っているね」
ヘーゲルは予想外に気さくな雰囲気で、ナスカの隣に立っているトーレは怪訝な顔をしている。
「今回の作戦は君が主役だからね。応援しているよ」
「ありがとうございます」
ヘーゲルが去っていった後、トーレはぼそっと吐き捨てる。
「意味分からないよ」
「全員揃ったね。作戦について説明する」
エアハルトが言った。
会議室に集まったのはナスカとトーレ、そしてジレル中尉。何故かヒムロとリリーもいる。
「作戦の目的はただ一つ。リボソ国のカスカベ女大統領を殺すこと」
「そんな!いきなり?」
ナスカはうっかり漏らした。
「そうだよ、ナスカ。それも……君が殺すんだ」
エアハルトに言われナスカは愕然とする。
「待って!無理よ!」
「誰だって君にそんなことさせたくないよ。でもそういう作戦で通っちゃってるんだ」
衝撃で固まっているナスカの手をトーレはそっと握る。
「何とかならんのか」
ジレル中尉が口を挟む。
「いくら功績を挙げているとはいえ、彼女には荷が重い」
ヒムロとリリーも不安そうにナスカを見つめている。
「ヒムロ、カメラを」
エアハルトが指示すると、ヒムロは手早く壁のパネルを開け監視カメラのスイッチを押す。
「消したわ。これで大丈夫」
エアハルトは頷いた。
「大丈夫だよ、ナスカ。君一人に背負わせたりはしない」
ナスカは少し顔を上げる。
「この作戦は、ナスカが個人で最深部まで行きカスカベを殺すということになっている。僕らはそのサポートをするのだと。だがこれはナスカを死なせたいかのような無謀な作戦なんだ」
会議室はとても静かで空調の音さえしていない。
「これは提案だ。誰かがナスカと一緒に行動し、最後土壇場でその誰かがカスカベを殺す。上にはナスカが殺したということにする。こうすればナスカはカスカベを殺さずにすむ。賛成してはくれないだろうか」
すぐにトーレが挙手した。
「僕は賛成です」
その表情には強い決意がうかがえる。
「賛成するよ」
二番目に言ったのはリリー。
「リリーね、ナスカのためなら人くらい殺せるよ」
彼女のえげつない発言に一同は一瞬凍りついた。
「では私も賛成としよう」
「反対しても無駄みたいね」
ジレル中尉とヒムロだった。
「ご理解感謝します」
エアハルトはジレル中尉にそう言った。
「このことはどうか内密に。ヒムロ、カメラを」
「はぁい」
ヒムロはカメラを元に戻す。
「では解散しよう」
全員は揃って頷いた。
これは、六人だけの秘密だ。このメンバーなら絶対にばれることはないだろう。少なくともこの時は、誰もがそう信じていた。
- 白薔薇のナスカ ( No.37 )
- 日時: 2017/06/04 02:04
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xrNhe4A.)
翌朝。
「ナスカ、ナスカ!」
血相を変えたリリーが走ってくる。
「おはよう。リリー」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!助けて!」
「何かあったの?」
リリーは、呑気に尋ねるナスカの手を掴むと、いつもより早足で進む。ナスカは状況が飲み込めないまま引っ張られていった。
着いたのは、今は使われていない司令官室。
「こんなところ?またどうして……今はもう使われていないんじゃなかったっけ」
リリーは重そうなドアをノックする。おおよそノックとは思えない重厚な音が響いた。
数秒後ドアが開く。
「来たかね、ナスカ」
中には余裕な笑みを浮かべているヘーゲルを中心に、その手下らしき軍服の男たちが並んで立っていた。その向かいにはジレル中尉が一人座っている。
「リリー。偉いぞ」
ヘーゲルは機嫌良さそうにリリーを褒めた。
「エアハルト・アードラーを呼べと言ったはずだが」
ジレル中尉が不満げにリリーを睨んだ。
「ごめんなさい!でも、でもリリー……逆らうの怖いし」
リリーは弱々しく言い訳をした。
「ヘーゲルさん、何か私に用ですか?」
ナスカが言うと、ヘーゲルは頷きにやりと不審な笑みを浮かべた。
「実は昨日、私の作戦を改変し作戦成功の妨害をしようとした者がいるらしくてね。ナスカ、何か知らないかね?」
これを聞いてナスカは全てを理解した。会議室での会議を聞いていた者がおり、その者がヘーゲルに告げ口したのだろう。
「まさか。私の知り合いにそんな人はいません。作戦成功の妨害をするなんて!」
ナスカはいつもよりおおげさに答えた。
「それは本当か?」
ヘーゲルは尋ねながら立ち上がり、ジレル中尉の方へゆっくりと足を進める。
そして義手を掴みジレル中尉を引き寄せる。
「本物の義手を見たのは初めてだよ。不気味だね」
「一言余計だ」
ジレル中尉はとても冷めた表情でぼそっと呟いた。
「さて、ナスカ」
ヘーゲルは言いながらナスカに歩み寄ってくる。
「本当のことを言え。これから大仕事って時に、反逆者がいたら怖いだろう?最後の最後に裏切られるかもしれない」
「その話、どなたかからお聞きになったのですか?」
威圧感に負けてはならない、と自分に言い聞かせ、ナスカは冷静な態度をとった。
「君の親友、トーレくんだよ。昨夜彼が教えてくれたんだ。詳細説明の時に……とね」
ヘーゲルはにやりと不気味に笑った。ナスカは動揺を隠しさらっと述べる。
「だとしたら彼が間違った報告をしています。詳細説明なら私とトーレは同じ部屋で聞きました。普通に説明があっただけでしたよ」
ナスカの顔には笑みさえ浮かんでいた。
「詳細説明の丁度その時間、会議室のカメラが停止していたのだが……本当に何も知らないのかね?」
ヘーゲルは声をやや強めた。
「はい。トーレの勘違いか、あるいは嘘かと」
「だが……そんな嘘をわざわざ上に言う必要があるか?」
「彼の意図は分かりませんが、安心して下さい。私たちはヘーゲルさんが正しいことをしている限り裏切ったりはしません」
それを聞いたヘーゲルは怪訝な顔をする。
「正しいことをしている限り……?どういう意味かね」
ナスカは満面の笑みを浮かべて答える。
「それはいずれ分かることだと思いますよ」
リリーは心配そうな眼差しでナスカを見つめている。ジレル中尉は軍服の男に囲まれ、不満そうにヘーゲルの背中を睨んでいた。
「今回の件につきましては、そんなに気にすることではありません。大丈夫です!」
ヘーゲルは少し黙り込み、やがて述べる。
「まぁよかろう……今回だけは見逃すことにする。だが、次はないから覚えておくように」
こうしてナスカとリリー、そしてジレル中尉は解放された。
食堂に着くと、朝食の時間で賑わっていた。何だか心温まる光景だ。
ナスカとジレル中尉が空いている席に座った時、無邪気な笑顔でリリーが言う。
「ナスカとジレルは席にいて!あ、リリーの席もちゃんと確保しておいてね。リリーが二人に美味しいもの持ってくるよ!」
そして走っていき、ナスカはジレル中尉と二人きりになってしまった。
年齢も性別も違う二人がちょこんと隣の席に座っているのだから、不思議な光景だろう。通りかかった人が珍妙な顔で見てくるのがナスカは微かに面白かった。
話すことがなく困っていたナスカに、突然ジレル中尉が話しかける。
「朝から迷惑をかけたな」
素っ気ない言い方だが、彼が本気であることは分かった。
「いえ。大丈夫です」
しばらく沈黙があり、ジレル中尉は静かに尋ねる。
「分かっている。いきなり……こんなことを尋ねるのはおかしいということは。だが……端から見て気味が悪いか?これは」
彼は右手の人差し指で義手をトントンと軽く叩きながら気まずそうな顔をする。どうやかヘーゲルに言われたことを気にしているらしい。
「珍しいから……目を引くのかもしれないです。でも、何だか意外。ジレル中尉がそんなこと気にするなんて」
ジレル中尉はよく分からないと言いたげな顔をする。
「……意外だと?」
「はい。人にどう見られてるかなんて気にしない人だと思っていたので」
少し沈黙があり、ジレル中尉は真剣な顔でナスカを見る。
「一つ、願いがあるのだが」
唐突だったのでナスカは一瞬戸惑う。
「リリーを」
「来たよーー!!」
ジレル中尉の声に被せて、元気いっぱいのリリーが帰ってきた。その手にはパフェを三つ乗せた銀のお盆。
「じゃ〜ん!特別にパフェを頼んできたよっ!」
ナスカは呆れて頭を抱える。
「もう……何やってんのよ、リリー。この忙しい朝食時にそんなもの三つも頼んで」
リリーは気にせずパフェをお盆からそれぞれの前に置いていく。ナスカが呆れている様子など、全くと言ってもいいほど気づいていない。
「さぁさぁ、食べてみて!今日はチョコレートパフェだよ!」
背の高いガラス製の器に甘いものがぎっしり詰め込まれている。ねっとりしていそうなバニラとチョコレートのアイスクリームに新鮮な果物。細かいチョコチップと、とろりとしたチョコレートソースが、たっぷりかかった贅沢なパフェだ。
到底、朝から食べるものではない。
「リリー……こ、これを食べろと……?」
ジレル中尉が動揺した顔で言った。
「うん!美味しいよ!」
リリーはジレル中尉に満面の笑みで返した。
「ジレル、甘いの嫌い?」
リリーに悲しそうに見つめられたジレル中尉はすっかり困り顔になる。
「いや、嫌いとか、そんなことはないが……」
「食べるのが面倒?じゃあ、食べさせてあげるよ!」
リリーは早速スプーンを手に取りアイスクリームをすくうとジレル中尉の口の前に突きつける。
「はいっ!口を開けて」
ナスカがまさかしないだろうと見ていると、ジレル中尉はゆっくり口を開いた。リリーは彼の口にアイスクリームがたっぷり乗ったスプーンを入れる。
「ん……、甘い」
ナスカは信じられず呆れた。いつの間にこんなに仲良くなったのか。
「リリー、何をしているの?」
ナスカが尋ねると、リリーは笑顔のまま視線をナスカに移し返す。
「食べさせてあげてるんだよ。それよりナスカも食べて。このパフェとっても美味しいよ!」
ナスカは少し声を強める。
「リリー。年上の人に対して食べさせてあげてる、とか失礼なんじゃない?」
「失礼じゃないもん。ジレル、喜んでるもん」
リリーは不満げに頬を膨らまして言い返した。
「普通の感覚で見たら変よ」
「変じゃないよ。だっていつもだもん。いつも食べさせてるけど、おかしいとか言われたことないよ!」
リリーは注意され苛立っているようだ。
「そりゃあジレル中尉がいれば誰も注意できないだろうけど……」
「リリーがジレルと仲良いのが羨ましいんだ!嫉妬!だからそんなこと言ってるんだね!」
「まさか。リリーが仲良くなるのに嫉妬なんてするはずない。私はただ……」
リリーにきつく言われたナスカは悲しくなってきた。
「嘘だよ!嫉妬してないなら、こんなこと言わないもん!」
「落ち着け、リリー」
口を挟んだのはジレル中尉だった。
「責任は私にある。どうか、リリーを責めないでくれ」
彼は冷静な声でナスカに対して言った。
「ジレル中尉、リリーって呼ばないで下さい。あと、私の妹に手を出されるのも困ります。どれだけ年の差があるとお思いですか」
ナスカにはっきり告げられたジレル中尉は愕然としている。
「どんな感情をお持ちかは知りませんが、今日限りで諦めて下さい」
ナスカは半分も食べていないチョコレートパフェを残して立ち上がる。
「では、ごちそうさまでした」
去っていくナスカの背に向かってジレル中尉は何かを言おうとしたが、言葉は出なかった。膨れるリリーとは反対に、ジレル中尉はどこか悲しげな表情だった。
- 白薔薇のナスカ ( No.38 )
- 日時: 2017/06/04 04:25
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: HijqWNdI)
episode.19
「些細な気遣い」
食堂を出て、外の風を浴びようと玄関へ向かうと、車椅子に乗ったヴェルナーが受付係のブラームと何やら楽しそうに話していた。
「兄さん!来ていたの?」
ナスカはヴェルナーに声をかけて駆け寄る。
「あぁ、ナスカ。こんな朝から一人でどうした?」
「ちょっと外の空気でも吸おうかな〜、と思って。兄さんも一緒にどう?」
ナスカが誘うとヴェルナーは笑って頷く。
「いいね。俺も行くよ」
ナスカはヴェルナーと共に外へ出ていった。
外は珍しく快晴だった。分厚い灰色の雲はなく高い青空が広がっており、時折寒い風が吹いている。それでも、日光が当たるとじんわりと暖かい。
「リリーは元気?」
ヴェルナーが尋ねた。
「うん……とても」
ナスカは少し俯いて答えた。
「私、さっきリリーと喧嘩しちゃった」
小さく言うと、ヴェルナーはナスカに目をやる。
「何があったんだい?」
「食堂でリリーがいちゃつくから注意したの。そしたらリリーは怒って……羨ましいからそんなこと言うんだって、嫉妬だって言われちゃったわ」
一瞬止まり、再び話し出す。
「リリーが幸せになることに嫉妬なんてするはずない……私はあの子が笑っていれば幸せよ。だけど、少し怖かったの。リリーが私から離れていくような気がして」
少ししてヴェルナーは言う。
「いちゃついてた相手は誰なんだい?」
「……ジレル中尉」
ナスカがぽそっと呟くと、ヴェルナーは唖然とする。
「ま、まさか!」
驚きの声をあげてから笑い始める。
「はっ、ははは!俺の妹たちは本当に玉の輿だなぁ。アードラーさんの次はジレルさんか!」
ナスカはヴェルナーが大笑いする理由が分からずきょとんとする。
「兄さん、ジレル中尉とも知り合いなの?」
ヴェルナーの笑いはまだ止まらない。ナスカは彼がこんなに大笑いし続けるのを初めて見た気がした。
「うん。いやっ、あはは!年離れてるから特別仲良くはないけど知ってるよ」
「航空隊時代に?」
人脈の広さに感心しながらナスカが尋ねる頃、ヴェルナーの笑いはようやく収まった。
「いやいや。ジレルさんは有力貴族の長男だから、貴族界ではそこそこ有名だよ」
「貴族!?へぇ〜、この時代に貴族とかいるのね」
自分が貴族であることすっかり忘れているナスカにヴェルナーは突っ込む。
「うちも貴族だよ」
「あ!そうだったわね」
言われて思い出したナスカは自分の出自を忘れていたことが少し恥ずかしかった。それと同時に、昔の自分を徐々に忘れてきていることに気付き、どこか切なかった。
「……話戻るけど、リリーに、謝った方が良いかな」
ナスカはぽそっと言った。
「今ナスカが謝ろうと思えるなら、謝っておいで」
ヴェルナーは穏やかな優しい目付きでナスカを見つめる。
「でも許してくれるかな。私、酷いこと言っちゃった。リリーにも……ジレル中尉にも」
「大丈夫だよ。ちゃんと気持ちを伝えれば、きっと分かってくれるから」
「……本当?」
ナスカは不安な顔をする。
「きっと大丈夫だよ。外の空気も吸えたことだし、そろそろ行ってきたら?」
ヴェルナーはナスカの背中を軽く叩き元気づける。
「……うん。そうする。ありがとう、兄さん」
ナスカはお礼を言うと、再び食堂へ戻ることにした。
食堂の入り口あたりに着くと遠目にリリーとジレル中尉が見えナスカは引き返したい衝動に駆られたが、勇気を出して一歩を踏み出した。ここで逃げてはならない、と心の中で何度も自分に言い聞かせる。
二人のもとまで歩いていき、心を決めて口を開く。
「リリー」
ジレル中尉と仲良さそうに話していたリリーが振り返る。
「ナスカ!……怒ってる?」
リリーは気まずそうな顔で言った。
「ううん、違う。その……ごめんなさい」
ナスカは頭を下げたまま続ける。
「さっきは言いすぎて、ごめんなさい」
リリーは何が起きたのか分からず戸惑っている。
「む、ナスカ?何?どうしちゃったの?」
その時、ジレル中尉が淡々とした口調で言い放つ。
「ナスカくん、もういい」
短い言葉ではあったが、冷たくはなかった。ナスカはゆっくりと顔を上げる。
「そんなのは君らしくない。嵐が来るから止めてくれ」
ジレル中尉は淡々とした平坦な声で言った。
「カッとなってごめんなさい。あの、本当はあんなこと言うべきでないと分かっていました。だけど衝動的にあんな……どうか許して下さい」
ナスカは緊張しながらも必死に言葉を紡いだ。
「もう許している。……というかそもそも、最初から怒ってなどいない」
リリーはナスカとジレル中尉を交互に見ている。
「ありがとうございます」
ナスカは少し笑ってお礼を述べた。
- 白薔薇のナスカ ( No.39 )
- 日時: 2017/06/04 04:26
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: HijqWNdI)
その翌日、ナスカは廊下でトーレにばったり遭遇した。
「おはよう。トーレ」
声をかけると、トーレはぎこちなく「おはよう」とだけ返した。少しでも早く話を終えたいというような表情だった。
「トーレ、ヘーゲルさんと作戦についての話とかした?」
ナスカが何食わぬ顔で尋ねると、彼は小さく頷く。
「ちょっとだけ。でも、大したことは話してないよ」
「どんな話をしたの?」
トーレは笑っていない。
「言うほどのことじゃないよ」
「昨日ね、ヘーゲルさんに呼び出されたの。作戦内容を変えて成功しないようにした者がいるって言われたわ」
「それがどうかした?」
「ヘーゲルさんはトーレに聞いたって言ってた。本当なの?」
トーレは黙り込んでしまう。
「何か訳があるのよね。……それも話せない?」
ナスカはほんの一瞬もトーレから目を離さない。
「お願い、話して」
ナスカはトーレの手を握り、真剣な表情で彼の大きな瞳を凝視する。
しばらく沈黙があり、トーレは弱々しく口を開く。
「……言わないと殺すって言われたんだ。裏切りがあったって言わないと家族まとめて処刑だって。裏切るつもりじゃなかったけど、僕、処刑なんて言われたら怖くて」
「……そう。そうよね。そんなことだと思ったわ」
トーレは呟くより少し大きいくらいの声で言う。
「で、でも、本当のことは言ってないよ」
ナスカは小声で返す。
「嘘を言ったの?」
「うん、そうなんだ。隙を狙ってヘーゲルを暗殺する作戦に変えたって言ったよ」
気まずそうにトーレが言った内容にナスカは絶句した。
「そんなことを言ったの!?そりゃあ怒られるはずだわ」
ナスカは驚きと呆れの混ざった言い方をした。
「トーレ」
と、背後から名を呼んだのはエアハルト。突然のことでトーレは驚き、硬直する。
「今、少し構わないだろうか」
エアハルトがそう言うと、トーレはさらにひきつった顔になる。ヘーゲルに告げ口したことを怒られると思ったのだろう、とナスカは推測した。
「あ、あ……ごめんなさい」
トーレにいきなり謝られたエアハルトは、やや戸惑った表情で言う。
「どうかした?」
「あっ、いや、えと……」
トーレは挙動不審だ。
「ヘーゲルさんの話ではありませんでしたか!?」
「ん?テスト飛行の話だけど」
エアハルトはどうやら告げ口のことを知らないらしい。とっくに知っていると思っていただけに意外、とナスカは思った。責任者的役職であるエアハルトに最初に話がいきそうなものだが。
「テスト飛行、ですか?」
トーレは不思議に思って尋ねた。
「そうなんだ。ちょっと付き合ってくれないか?」
エアハルトは少し笑う。
「えっ、僕ですか!?」
トーレは驚いて返した。
「こんなに健康だというのに、みんな揃って反対するんだ。飛ぶのはまだ危険だ、と。誰も相手してくれない。地上勤務ばかりというのも退屈なものなんだよ。そこで、君に協力してもらいたいって話」
しばらくしてからトーレは口を開く。
「ですけど、僕にできることは限られています。ナスカとかの方が良いのではないですか?」
するとエアハルトはきっぱりと言い返す。
「ナスカを不必要に飛ばすわけにはいかない。そんなことで怪我したりしては可哀想だ。それに、もしリボソの偵察機なんかに発見されたらもったいない」
「……だから僕にですか」
トーレは嬉しくなさそうに、小さくぽそっと漏らした。
「嫌ならば断っても構わない。今回は君の意思に任せる」
トーレの嫌そうな顔に気が付いたからか、エアハルトはそう付け足した。
訪れた沈黙を先に破ったのは予想外にもトーレだった。
「何をすれば?」
その静かな声にはトーレなりの勇気が滲んでいる。
「戦闘機に乗って空へ行って。それから……撃ち合いだ」
エアハルトはどこか嬉しそうな声色でそう言った。
「実弾ではなく訓練用を搭載しておくように。では、三十分後に上空で会おう」
と続け、ご機嫌なエアハルトは通りすぎていった。その足取りは弾んでいる。ナスカは彼が戦闘好きだということを、久々に再確認した気分だった。
エアハルトの姿が見えなくなると、トーレはすぐさまナスカの方を向き叫ぶ。
「まずいことになっちゃったよ!どうしよう!?」
ナスカは冷静に返す。
「とにかく、準備した方が良いと思うわよ」
「他人事だぁ!冷たい!」
トーレは涙目になっている。
「地上からゆっくり観戦しておくわね」
「というか僕、撃ち合いなんてしたことないよ!実戦で戦ったことだってないのに、そんな模擬戦闘みたいな……」
「実戦に備えてするのが模擬戦闘よ」
「……どっちでもいいよ」
最早思考がこんがらがり、トーレはよく分からないことを言い出している。
「ナスカ、助けてよ!クロレアの閃光だよ!?」
トーレはナスカの肩を持ち、大きな瞳に涙を溜めながら、必死に訴える。
「エアハルトさんだと思えば大丈夫よ」
ナスカにはそれしか思い付かなかった。
「僕、油断してたよ!まさかこんな日が来るなんて……」
すっかりびびりあがり、子犬のように震えている。
「大丈夫、勉強になるわ。それに実戦じゃないから殺しにきやしないわよ。実戦のエアハルトさんと戦うよりはましだと思って」
「ひえぇ……」
トーレは青ざめている。
「嫌なら断れば良かったのに」
ナスカが言うと、トーレは困り顔で首を横に振る。
「そんな、断れないよ」
「なら仕方ないわね。時間はあまりないんだから準備してきたら?」
がっくりと肩を落としてトーレは頷いた。
「いきなりやって来て三十分後とか……早すぎるよ。そんな早く準備できないよ……っていうか着替えて外に出るまでで十分くらいはかかるよ……」
何やら不満をぶつぶつ漏らしていた。
トーレと別れ歩き出そうとした時、ジレル中尉とリリーが仲良く現れた。
「あ、ナスカ!おはよう!」
リリーは当たり前のように明るく声をかけてくる。
「リリー、本当に仲良しね」
ナスカが言うと、リリーはハッとして少し気まずそうな顔をしてジレル中尉から離れる。
「あ……ごめんなさい」
ナスカは昨日のことを思い出して言う。
「リリー、そういう意味じゃないから。仲良くしていいのよ」
「……本当?」
リリーは不安げに呟いた。
「本当よ、リリー。そういえばジレル中尉、貴族出身でいらしたのですね」
ナスカが話をふると、ジレル中尉はじとりとした目付きで尋ねる。
「……誰に聞いた?」
ナスカは聞き取りやすいはっきりした声で答える。
「兄から聞きました」
「……兄?あぁ、そうか。君も貴族の家柄だったな」
ジレル中尉は納得したようで小さく頷いていた。
「ナスカくんには兄がいたのだな。知らなかった」
そこにリリーが口を挟む。
「ヴェルナーだよ!リリーとナスカの優しいお兄ちゃん!」
屈託のない無邪気な笑顔にジレル中尉は少し頬を赤らめる。
「足が悪くて歩けないの……でも、リリーたちを守ってくれたとってもいい人!リリーも、ヴェルナーのこと大好き!」
「そうか、良いことだ」
一生懸命笑顔をつくろうとしているが、動揺しているらしく隠しきれていない。
「ジレルにも今度紹介してあげるよ!リリーはね、ジレルならきっと仲良くなれると思う!」
「楽しみにしておこう」
二人が話し出すとナスカは置いてきぼりにされた気分になり微かに胸が苦しくなる。喉近くまで込み上げてきた言葉をうっかり吐いてしまわないように、ナスカは唇を固く閉じる。
リリーも一人の人間だ。いつかは誰かを愛するだろうし、旅立つ時も来る。ナスカだってそれは十分承知している。
なのにナスカは得体の知れない喪失感に襲われた。
「……カ、ナスカ」
リリーの声を聞き、はっと現実に戻る。
「ナスカ、大丈夫?ちょっと……顔色が悪いみたいだよ」
気がつくとリリーは心配そうな眼差しでナスカを見つめていた。
「……ナスカくん、大丈夫だ。リリ、いや、リリーくんは君を一人にはしない」
ジレル中尉は相変わらず冷たげな表情で言い放った。いつも通りの冷めた顔つきとは裏腹に声は穏やかだった。
「それよりナスカくん、トーレの模擬戦を見に行ってやればどうだ?」
「あ、聞こえてましたか」
「もうすぐ始まりそうだな」
ナスカは腕時計を見て驚く。
「こんな時間!ありがとうございます。では行ってきます」
お辞儀をして別れようとしたその時、リリーが口を開いた。
「ねぇ、リリーも行っちゃダメかな?」
「構わないわ」
ナスカは答えた。
リリーの表情が一気に明るくなる。顔面に向日葵が咲いたような雰囲気だ。
「ジレルもどう?」
リリーは誘うがジレル中尉は首を横に振る。
「私は今から仕事だ。姉妹で楽しむといい」
それはきっと、ジレル中尉の、彼なりの気遣いだったのだろう。
- 白薔薇のナスカ ( No.40 )
- 日時: 2017/06/04 04:30
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: HijqWNdI)
episode.20
「光と闇」
ナスカはリリーと一緒に建物の外へ出た。
ところどころにある雲の隙間から太陽の光が漏れて、海辺特有の強風が冷たさを助長している。そんな日だった。
「今日は空が綺麗だね!それにしても平和だなぁ」
リリーが両腕を大きく広げて深呼吸をしながら言った後、楽しそうにその場でくるくると回転する。
「確かに最近はここは攻撃されることが減ったわね。でも平和になったわけじゃない」
ナスカは独り言のように小さく呟いた。
リリーは一度ナスカを見てから、再び空を見上げる。
「……そだね。いつか、本当に平和になるといいなぁ」
どこか寂しげな声だった。
「なるわ」
ナスカは静かだが強い声で言った。
この国を平和にする。もう誰も傷つかずに済むように。今、ナスカは、その夢を叶えられると確信している。根拠があるわけではないが出来る気がするのだ。
「必ずその時は来るわ」
リリーは視線をナスカに移して笑う。
「そうだね!」
そして続ける。
「ねぇ、ナスカ。もし平和になったらさ、リリーを戦闘機に乗せてよ!」
「……え?」
あまりの唐突さに、ナスカはしばらくついていけなかった。
「そしたら、リリーも空を飛べるでしょ!」
「えと……リリーもパイロットになるってこと?」
するとリリーは明るく返す。
「それは無理だよ!ナスカの戦闘機に乗せてほしいなって!空から海とか見たいなぁ」
可能性をきっぱり否定するリリー。そんなリリーを見て、ナスカは彼女らしいと思うと同時に、どこか可笑しくて笑ってしまった。
「めちゃくちゃな話ね」
その時、飛行服を着たトーレがばたばたと走ってくる。
「頑張ってね、トーレ!」
ナスカが声をかけると、トーレはその緊張した顔にほんの少しだけ笑みを浮かべ頷いた。
それからトーレが乗り込んだのは実戦用の機体だった。
「え、訓練機じゃないの?」
ナスカは無意識に漏らしていた。
「えぇ。訓練機ではありませんよ」
気がつくとナスカの真横にベルデがいた。
「アードラーさんが愛機に乗るというのにトーレくんが訓練機では不平等でしょう」
ナスカは返す。
「確かにそうですね」
「それにしても、なぜトーレくんを相手に選んだのか分かりません。彼ではアードラーさんの相手にはならない……」
ベルデはそんなことを不満げに漏らしていた。
エアハルトが飛ぶことを皆が許さなかったからだろう、とナスカは思ったが、口には出さなかった。
「見て!飛ぶよ!」
リリーが瞳を輝かせながら大きく叫んだ。
それとほぼ同時に、黒い機体が滑走路を駆け抜け空へ舞い上がった。続けてトーレの乗る平凡な戦闘機も離陸する。気の弱いトーレがとても心配だ。
「アードラーさんの飛行は相変わらず美しい……」
いつも淡々としているベルデは彼らしくなく、綺麗な弧を描く黒い戦闘機をうっとりとした目付きで見つめている。
「エアハルトさんの飛行が、お好きなんですか?」
ナスカがそう尋ねると、ベルデは語り出す。
「はい!安定感がありながらも公式に縛られない飛行!彼は航空隊の宝です!航空学校時代から常にトップを走り続けてきたのですよ。凄いとは思いませんか?」
最終的には同意まで求めてくる始末だ。
その時、黒い機体からレーザーミサイルが発射される。
「トーレ、危ない!」
彼に届かないことは分かりながらもナスカは叫んでいた。
「ナスカさん、大丈夫ですよ。あれは訓練用のペイントレーザーミサイル。当たっても機体に絵の具で描いたような丸い印がつくだけです」
ベルデが説明口調で言った。
「へぇ、面白い」
ナスカは大声を出したことを恥ずかしく思い、少しばかり赤面し、苦笑いしながら返した。
トーレの搭乗機は降り注ぐレーザーミサイルの雨を回避するのに必死で、反撃の余裕はなさそうだ。当然のことだが、そう簡単に反撃の隙など与えるエアハルトではない。
「ここまでアードラーさんの攻撃から逃げ回るとは、トーレくんも意外とやりますね。しかし……そろそろ決着ですかね」
ベルデが言い終わらないうちに、レーザーミサイルがトーレの乗っている機体に当たる。たったの数発によって、機体がペンキのようなもので赤く染まった。
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