ダーク・ファンタジー小説

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白薔薇のナスカ《改稿版投稿完了!》
日時: 2017/09/10 23:51
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SkZASf/Y)

初めまして。あるいはこんにちは。四季といいます。
以前他サイトに投稿していた作品なのですが、こちらに移動させていただくことにしました。
初心者なので拙い文章ではありますが、どうぞよよしくお願い致します。
※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

初期版 >>01-50
2017.8 改稿版 >>53-85

白薔薇のナスカ ( No.11 )
日時: 2017/06/01 13:40
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: JIRis42C)

 やがて誰かが口を開いた。
「出てきた!」
 ナスカはそれを聞いてから恐る恐る目を開ける。トーレを抱えてジレル中尉が降りてきているのが見え安堵したと同時に、彼の方へ駆け寄る。その途中でナスカは違和感を感じた。
「ジレル中尉……左腕は?」
 トーレを抱える右腕に目が行きがちだが、左腕が見当たらない。ジレル中尉は左を見下ろしてから真顔で言う。
「うむ、無いな」
 沈黙が二人を包む。
「いやいや!無いなじゃないでしょうっ!!」
 ナスカの突っ込みにもジレル中尉は動じず淡白に返す。
「それよりこの新米を持ってくれないか?重いのだが」
「分かりました」
 ナスカは意識を失っているトーレを抱き抱える。脱力していて意外と重かった。ジレル中尉が空いた右手で左肩の傷口に触れようとしているのに気付いたナスカは「触っては駄目です」と止める。
「不思議なもので、気付いてしまうと妙に気になるんだ」
 冷静な表情とは裏腹に傷口からは血液が流れ出て衣服が生々しい赤に染まっている。こんな事をしている場合ではないと思い、遠巻きに様子を見ている男性に救護班を呼んでくれと頼んだ。男性は走って建物の方へ走っていく。その間も傷口を気にしてそわそわしているジレル中尉だったが、流石に顔の血色が悪い気がする。普段から血の通っていない様な色白だが、今は特に肌に艶が無い。
 救護班の数名が到着すると、まずナスカが支えていたトーレを担架に乗せて建物へ引き返した。その時間は僅か一分にも満たない程だった。残っていた救護班に所属する四十代ぐらいの優しそうなおばさんは、ジレル中尉の腕を持とうとして唾を飲んだ。
「大変!貴方の方が重傷じゃないですか。早く手当てしないといけません」
 遅れて建物から出てきた男性二人におばさんは状態を説明した。
「大丈夫ですか?歩けますか」
 片方の男性が慌てない様子で声を掛ける。それに対してジレル中尉は「問題ない」と強気な発言をして歩き出そうとしたが急にバランスを崩して膝を地面に着いた。
「担架で運びます。無理しないで下さい。大人しくしていないと取り返しのつかない事になりますよ」
 トーレを乗せていった担架が戻ってくると、男二人がかりで脱力したジレル中尉を持ち上げて担架へ横たわらせた。瑞々しさのない肌には冷や汗が浮かび虚ろな視点の定まらない目で周囲を見回している。腕の傷口に当てていた白タオルがじわりと鮮血で染まる。
 またその場に残ったおばさんはナスカに「もう大丈夫です、戻りましょう」と優しく声を掛けた。ナスカは頷きはしたが、改めて自分の無力さを突き付けられた様な気がして、心が沈んだ。
 ナスカはその日は夕食を食べる気にはならなかった。トーレが助かったのは何より良かったのだが、どうしても明るい気分にはなれない。ぼんやりしていたナスカの背後から、真っ青な顔をしたマリアムが突進する様に走ってきた。
「ナスカ!どうしようっ、ナスカ!」
 驚いたナスカは振り返る。
「アードラーさんの、搭乗機がエンジンの不調で……どうしよう、どうしよう。どうすれば良いのっ!?」
 焦りで何のこっちゃら分からないのでナスカは兎に角落ち着かせようと試みる。
「落ち着いて下さい。ゆっくり話してくれませんか?」
 マリアムの目には涙の粒が浮かんでいる。
「そう、そうだよね。落ち着かなくちゃ。落ち着いて、説明するね」
 それからマリアムは話し始める。飛行中にエアハルトの機体のエンジンが故障し、何とか無事着陸したらしいが、リボソ国の領土に着陸してしまい帰ってこない、という話。
「もし捕虜に取られて……あたしのせいでアードラーさんが辛い目にあったりなんかしたら、あたしは生きていけない」
 どうやら責任を感じているらしい。いつも喧嘩してばかりだが本当はエアハルトの事を大事に思っているんだな、とナスカは感心した。
「それは大変!ですけど、上の方がどうにかしてくださるのではありませんか?」
 するとマリアムはぶんぶんと首を横に振る。
「上なんか信頼出来ないよ。厄介事になったらあいつらは絶対に見捨てるもの!ああいう人はいつも、自分達の利益しか考えていない!」
 そして悲しそうに続ける。
「残念ながら、あたしに出来る事が無いのが事実なのよね」
 確かにそうだ。一人二人が動いた所で上が動かなければ意味を持たない。
「嘘か本当か分からないけど、リボソ国のそっち系は残酷だとか。心配ばっかりだよ。それに最悪、拷問に屈したアードラーさんが敵になるって事もあるかも」
 ナスカは表面上は慰めていたが、頭では今回の作戦が本当に必要だったのかという疑問を考えていた。ジレル中尉の片腕にエアハルト、作戦の成功の為払ったものは大き過ぎたのではないか?
「エアハルトさんの事ですから上手くやってると思いますよ。あの人、外見の割に精神強いですし……ちょっとやそっとで従ったりはしないかと」
 出来る限り和ませようとナスカは全力を出した。
 それから暫くして緊急に行われたテレビ集会にてその話題が持ち出されると空気が急に重苦しくなる。ナスカは一人で映像を見ていたが、マリアムは部屋に帰ったらしく来なかった。

白薔薇のナスカ ( No.12 )
日時: 2017/06/01 13:42
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: JIRis42C)

episode.6
「捕虜エアハルトの心労」

 時は少し遡る。
 作戦中のエンジン不良という不幸に襲われたエアハルトは搭乗機をすぐ近くの空き地へ着陸させた。無線は壊れていない筈だが使えない。仕方が無いので彼はコックピットから外へと出てヘルメットを外すと予想外に日光が眩しく目を細める。日当たりの良い場所だったのだ。暫く経った時、数名の銃を構えた男達がエアハルトを取り囲む様に近付いてきた。凡人が突然敵陣のまっただなかに放り込まれれば先に待つ事に恐怖を感じ狼狽えるだろう。エアハルトにその様な考えは無く淡々としていたのだが、それが余計に男達の警戒心を煽った。
「ここが何処の土地か分かっているのか?」
 男の中の一人が尋ねた。
「突然すみません、エンジンが悪くなってしまったもので」
 エアハルトは意図してか天然か、質問とはややずれた答えを返した。
「は?まぁ良い。では名乗れ」
 尋ねた男はキョトンとした顔でそう言った。
「クロレア航空隊所属パイロット、エアハルト・アードラー」
 それを聞いた瞬間、男達の顔付きが変わる。殆どは顔の筋肉を引きつらせた。当然リボソ国でもその名を知らぬ者はほぼいない。高度な飛行技術に異様な速度、そして恐るべく心無き攻撃。何より近くを飛んでも速すぎてパイロットが見えないのである。伝説のパイロットが目の前に、それもこんな若くてスリムな青年だとは誰が想像しただろうか。場は驚きに満ちた。そんな中で一人だけ明るい顔付きになる者がいた。
「おぉっ!俺の出番が来たんじゃないか?早く捕まえようよ!ねっ、ねっ!」
 そのやたら陽気な人物の隣にいる男が小声で突っ込む。
「駄目だよ。こういう大物に無許可で手を出すってのはちょっと問題あるだろ」
 男達は結局、銃で囲み威嚇する事しか出来ない。
「宜しい。下がりなさい」
 唐突に真っ直ぐ伸びる美声が聞こえてきた。男達は機敏に振り向く。声の主はダブルボタンのスーツをきっちり着こなしたおじさんだった。彼はエアハルトの前までゆったりと歩み寄ると、静かに言う。
「どうも初めまして、ハリ・ミツルと申します。アードラー氏、こちらへ来て頂きます」
 ハリの指示に従ってエアハルトは彼の後を歩いた。男達もその後ろに続く。
「ハリ、こいつの担当は俺にしてくれるよね?もう普通の捕虜じゃ満足出来ないからさっ。意思の強い奴を屈服させるのが快感だよねっ!」
 熱く語る男に対してハリは冷静に「静かにしなさい」と注意する様子から、彼を真面目な人物なのだろうと推測した。そのエアハルトは道中も注目の的であった。リボソ国にはない服装でありながら、捕まったとは思えない颯爽とした歩き方をしているのだから、それも変ではないだろう。
 少し汚れて古ぼけた建物へ入ると地味なTシャツとズボンが支給される。エアハルトは素直に指示通りそれに着替えた。男はエアハルトの両腕を後ろに回し手首に手錠をはめる。それから尋問の為の部屋に案内する。
「良い子にしていれば痛い事はしないぞ」
 男にはエアハルトがさっぱり抵抗しないのが不思議で仕方無かったようだ。もっと抵抗すると予想していたらしい。
 尋問室に入ると、ハリとナイスバディの美女が座っていた。
「あら、いい男」
 ナイスバディの美女はエアハルトを見るなり頬を染めながら発言した。ハリはその横で苦笑している。
「お掛けなさい。少しお話しましょう」
 エアハルトがちゃんと着席したのを確認して男は外へ出た。
「初めまして。尋問官をしているヒムロ・ルナ。警戒はしないでいいわ。質問するだけよ」
 美女、ヒムロは、大人な笑顔で色っぽい声を出す。
「知っている事なら絶対に答えてね。因みに、嘘の答えを言ったら酷い目に合うから」
 ハリは手元に帳面を開きペンを握っていた。
「じゃあ一つ目。航空隊の現在の戦力について知っている事を全て話しなさい」
 エアハルトは質問内容に呆れ冷やかな目付きで答える。
「その様な内容を話せると?」
 それに対して、ヒムロはグロスをたっぷり塗った唇を艶かしく開く。
「じゃあ、基地のある場所でも構わないわ。話しなさい」
 エアハルトはバカバカしくてそれには何も答えなかった。言わない、という意思表示だと感じ苛立ったヒムロはやや強い調子で言う。
「意地でも言わないつもりね。言うまで終わらないわよ。あぁそれとも、尋問だけじゃ不満足かしら?いい男だから、平和的に解決してあげようとしているのに」
 言い方が上からだった。
「仲間を売れないって事かしらね?もう二度と帰れないのだから彼らに気を遣う必要は無いのよ。話したって誰も貴方を責めたりしないわ。それよりこのまま黙っていたら痛い目に合う事になるのよ、嫌でしょう?愚かなクロレアの奴らの事は他人と考えなさい。どうなろうと貴方には無関係よ」
 捲し立てるのを不愉快そうな表情で聞きながら黙っていたエアハルトは言葉が途切れた隙に鋭く言い放った。
「無関係ではない!」
 刺々しい言い方を聞いたヒムロは何故か頬を赤らめて嬉しそうな顔をする。
「あぁ、やっぱりいい男。近年稀にみる良い素材だわ。敵に囲まれている中で強気な発言を出来る所も素敵」
 いきなり話がずれたので何のこっちゃら分からなかった。エアハルトは相手の様子を伺う。二度と帰れないなんてのは絶対にないと信じて疑わない彼は、出来る限り多くの情報を得ようと考えていた。それが今の自分がするべき仕事だと。
「それではもう一度聞くわ。航空隊について話しなさい。戦力や基地の場所……今後使いそうな切り札とかでも」
 エアハルトは淡々と「それは言えない」とだけ答えた。尋問されるのは初めての経験だが、出来るだけ上手くやってのけようと心に決める。精神の安定を一番に考えて過ごす様に心掛けようと思った。それからも尋問は長く続きエアハルトは自分が思っていたよりか疲れていた。時折お茶を与えられる以外には何も食べられず、ずっと座りっぱなし。尾てい骨は自身の体重痛むし腕はずっと動かせない。黙秘しながら、ナスカは無事だっただろうかと心配したりして暇を潰していた。

白薔薇のナスカ ( No.13 )
日時: 2017/06/01 13:45
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: JIRis42C)

 非常に長い尋問が終了すると、外で待っていた男はエアハルトを部屋へ案内する。辿り着いたのは、「部屋」とは呼べない様な狭く暗い場所だった。壁は真っ黒、埃の臭いが強い。それを目にしたエアハルトは驚く。まさかここまで悪い環境だとは思わなかったのだ。
「これは、部屋なのか?」
 エアハルトが質問すると男は小さく頷いてから突き飛ばした。いきなり押され前のめりに転倒する。その隙に男は素早く扉を閉めた。そして、エアハルトが振り返った時には既に施錠されていた。
「明日の朝、また来るぞ」
 男は冷たく言い放った。
 その真夜中、ふと目を覚ますと何やら物音が聞こえてくる。不思議に思ったエアハルトは暗闇の中で目を凝らした。鍵を弄る音がする。彼は警戒して少し身構えた。ゆっくりと扉が開かれる。
「あら、まだ起きていたの?」
 入ってきたのはヒムロであった。ついさっき目が覚めた、とエアハルトは深く考えずに答える。少し安心した……のも束の間だった。ヒムロは中へ入り内から鍵を閉める。二人で入るには狭すぎるスペースである。
 エアハルトが不思議に思っていると、彼女は地面に座り込んだ。息苦しい狭さだ。そして然り気無く顔を近付ける。瞳にお互いの姿が映り込む程の距離になる。
「……何か?」
 ヒムロは怪訝な顔のエアハルトの肩に手を乗せ、そこから舐める様に指をずらして首筋に触れる。
「本当に、いい男」
 狭い暗闇で体が触れ合う。
「尋問の時は退屈していたでしょう?素敵な人だから特別に、いいことしてあげるわ」
 首筋の指を滑らかに耳へと移動させる。距離は更に縮む。この時になってエアハルトはヒムロの企みに気付き、距離を取ろうとした。しかし、狭すぎて逃げ場は無い。ヒムロは一気に接吻しようと顔を近付けた。唇はその刹那反射的に横向いたエアハルトの耳に触れた。
「案外照れ屋さんなのね。そういうのも良いかもしれないわ。積極的じゃない男も」
 ヒムロは微かに赤面しながらエアハルトの首筋に何度も口付けを繰り返した。
「唇は嫌……?」
 エアハルトは強く「それは駄目だ」と返す。
「あ、もしかして……未経験かしら?」
 子悪魔的に囁き、また首筋に口付けをした。困ったエアハルトは溜め息を漏らす。
「つまり、僕を慰み者にさせろと言いたいのか?」
 ヒムロは長い髪を弄りセクシーアピールをする。
「慰み者なんて、酷い言い方だこと。愛がなくちゃ駄目よ」
 言ってからエアハルトを床に押し倒す。
「貴方の唇が欲しいわ。これは本気よ?誰にでもこんな事をしてる訳じゃないの」
 エアハルトは腕が使えないので満足に身動きが取れず密かに焦った。誰も見ていない、という事は何をされてもおかしくはないのだ。
「待て、落ち着いてくれ。僕はその様な事には向いていない」
 必死に制止しようとするが努力の成果は全くない。女性の柔らかな指が体を這いずり回るのは、エアハルトとしてはトラウマ級だった。
「貴方の初めてが欲しいの」
 あらゆる所を触られたエアハルトは遂に怒る。
「意味深な事を言うのは止めろ!セクハラと訴えるぞ!」
 ヒムロは夢見心地な表情のまま頬を彼の胸に当てた。
「未経験の男ってのも好きよ。だってそれだけ、あたし色に染める余地があるって事だもの」
 だが本気で嬉しそうにしているのを見るとエアハルトはよく分からなくなり戸惑った。少し前までは早く逃れなければと思っていたが、何かが変わる。
「昔は皆言ったわ、抱きたい美女ナンバーワンだと。でも父さんが解雇されてからは、誰もあたしを愛してくれない……」
 エアハルトが頭にそっと手を乗せると、彼女は幸せそうに微笑む。
「とても……温かい手。ありがとう、幸せよ」
 エアハルトには彼女の狙いが推測出来なかった。そんな筈はないのだが、何故か彼女の言葉が真実に聞こえる。
「尋問官と捕虜がこれで良いのだろうか……?」
 ヒムロは満足そうに怪訝な顔のエアハルトの上から退いた。
「二人の秘密よ、良いわね」
 彼女はご機嫌な様子で明るくウインクしてから部屋を出ていった。エアハルトは再び溜め息を漏らす。
「何か……面倒臭いのに巻き込まれた感じがする」

白薔薇のナスカ ( No.14 )
日時: 2017/06/01 20:35
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: DMJX5uWW)

episode.7
「これぞ真のデレ」

 あれ以来、第二待機所には重苦しい空気が流れている。エアハルトの存在がいかに大きかったのか、ということを、その時になって漸く思い知った。現在のナスカに出来るのは、落ち込む親しい友を慰める事だけである。
 作戦から数日が経ち、トーレが意識を取り戻したらしいと報告を聞いたナスカは大急ぎで入院室へ駆け込んだ。
「トーレ!意識があるの!?」
 彼は瞳をぱっちりと開いてナスカの姿を見詰めている。
「ナスカ……心配させちゃってごめん」
 小さめではあるがしっかりとした声をしているトーレを見るとよく分からないが嬉しくて涙が出てきて、膝の力が抜けた。
「良いの、良いのよ!全然気にしてない!」
 ナスカがベットの端に顔を埋めて号泣し出したのでトーレは驚いて慌てる。
「えっ!?」
 一気に起き上がろうとしたトーレを「まだ急激には動いちゃ駄目よ」と注意したのは、あの時の救護班の優しそうなおばさんだった。注意さえも包み込む様な温かさを持つ。
「あ、ごめんなさい」
 トーレは素直に謝って今度はゆっくりと座る体勢になる。その頃になってナスカは号泣している自分に気が付いて、恥ずかしくて頬を赤く染めた。
「どうぞ。使って」
 おばさんが親切に持ってきてくれたティッシュの箱からティッシュを数枚取り出し豪快に鼻をかむと、トーレは愉快そうにくすくすと笑う。ナスカは更に恥ずかしい思いをしたが、場が和んだのは良かったと思った。それからトーレはナスカに自分が軽傷であった事を伝えた。少しの範囲に火傷を負った程度であり、当然命に別状はないし、治療さえきっちりすれば今後の生活に影響はない。気を失ったのは突然大きなストレスを受けたのが原因らしい。本来は精密検査を受けるのが一番良いのだがタイミングがタイミングなので簡易的な検査だけをしたが異常は見当たらなかった、と詳しく教えてもらったナスカは安堵した。喜ぶナスカを見てトーレも密かに嬉しそうだ。心配してもらっていたという事実が嬉しかったのだろう。
 次の日の朝、トーレがナスカに頼む。
「記憶が曖昧なんだけど、確かジレルさんが助けてくれたんだよね。お礼言いたいんだ。でもあの人怖いからさ、一緒に行ってくれない?今とか、部屋にいるかな?飛び中かな」
 トーレはまだジレル中尉がどんな目にあったのかを知らなかった為、そんな風に明るく言えたのだ。ナスカはそれに気が付いた時、先に言っておくべきかどうか迷った。
「飛行中ではないと思うわ」
 彼女が言うと、トーレはベットから下りて気持ち良さそうに背伸びをする。
「そっかぁ、じゃあ部屋か食堂とか……かな。一緒に行ってもらっても構わない?」
 大きな瞳がこっちを見詰めてくる。教えてあげるのが優しさなのだろうが、勇気が無い。
 二人はジレル中尉の自室へと向かった。その道中にも何度も打ち明けようとしたが、遂に言い出せないまま部屋の前まで来てしまう。トーレは扉を拳でノックしてから返答を待つ。ナスカは密かにいませんようにと祈った。
「誰か?」
 ジレル中尉の静かな声が返ってきて、ナスカは頭を抱える。トーレは顔を強張らせながらも勇気を出してはっきりとした声で言う。
「トーレです!」
 彼は緊張で呼吸のスピードが加速していた。
「大切な用か?」
 中からはカチャカチャと金属の触れている様な音が聞こえている。
「はい!大切です!」
 トーレは迷いなく言った。

白薔薇のナスカ ( No.15 )
日時: 2017/06/01 20:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: DMJX5uWW)

 数十秒もしない間に扉の鍵が開けられる音がし、ナスカは静かに唾を飲み込む。扉が開かれる。ラベンダー色のゆったりとした上下を身にまとったジレル中尉が出てきた。
「突然来てしまいすみません」
 トーレは腕に気付いていない様子だ。いつ気付くかと、ナスカは一人ドキドキしていた。このままバレずにいくのも不可能ではないかも……と思った刹那だ。ジレル中尉は言う。
「義手職人が来ているのだ。話は早く済ましてくれ」
 ナスカ一人肩を落とした。
「え、ジレルさんって義手だったんですか?」
 まだ知らないトーレが何食わぬ顔で尋ねた。
「この前、左腕が無くなっただろう。このままでは操縦出来ず解雇されるからな」
 少ししてトーレの顔面が蒼白になる。
「えっ……この前ってまさか、僕を助けた時……?」
 大きな目を見開き、口は半開きで止まっている。頭が真っ白になったらしく、言葉を詰まらせる。ジレル中尉はトーレの心情を考慮したのか、言葉は出さず小さく頷いた。途端にトーレは衝動的にナスカの肩を掴み、大きく言う。
「どうしてそんな大切な事、黙ってたんだよ!」
 ナスカは強く言われて唖然とした。
「言おうとは、したわ……」
 ナスカが弱々しく答えようとするのをトーレは遮った。
「隠してたんだね!?恥ずかしい思いする様に仕組んだんだ。酷いよ、信頼してたのに!」
 トーレは一方的に責める。
「待って、違うわ。そんなつもりじゃ……」
 ナスカは何とか弁解しようと努力したが最早彼には届いていなかった。やはり言っておくべきだったのだ、と後悔する。
「おい、新米。落ち着け」
 取り乱すトーレにジレル中尉が冷静になるよう促すと、トーレは漸く怒鳴るのを抑える。
「一体何の騒ぎです?」
 ヒョコッと奥から男が顔を覗かせたのはそんな時だった。
「そんなとこで騒いでたら邪魔になりますし、取り敢えず中へ入ったらどうです」
 健康的な肌の色をしていて、相手を警戒させない人の良さそうな笑顔である。正に商売人といった雰囲気を持っている。
「待て、私の部屋に勝手に誘い入れるのか」
 ジレル中尉は冷たい目線を向けるが全く気にせずにその男は手招いた。結果トーレとナスカは室内に入ることとなったが、ジレル中尉はそれ以上何も言わなかった。
「ひ、広いっ!」
 ナスカは空間の広さに思わず興奮する。自室が狭いだけに衝撃だった。艶のあるフローリングの床にはベットが備え付けてあり小さい流しもある。ご丁寧に畳が敷かれたスペースまである。
「立派な部屋だわ」
 ラベンダー畑の写真が載ったカレンダーが壁に掛けてあり、流しにはいかにも良い香りの漂いそうな透き通った石鹸が置いてある。最早リラックスする為に設けられた施設の様だ。
「凄い綺麗やろ〜。坊っちゃんは真面目やから、いつでも整理整頓出来てるんや」
「その呼び方は止めろ」
 男はまるで自分か自分の子供を自慢するかの様な言い方で言う。
「あ、そうそう、自己紹介がまだやったね。こっちの名前はユーミルていいます。スペース出身で義手とか義足とかの職人をやってるんよ」
 やたら詳しい自己紹介にナスカは少し笑えた。
「ユーミルって、いい名前ね」
 するとユーミルは軽く照れ笑いして頭を掻いた。
「いや〜、やっぱ名前とか褒められたら嬉しいわ」
 二人が盛り上がっているのを見てジレル中尉は呆れ顔になっていた。
「おい、何故私の部屋で談笑が始まる?」
 ユーミルは楽しそうにジレル中尉の肩を持つ。
「まーそう固いこと言わんと、坊っちゃんもたまにはリラックスリラックス!精神安定が一番大事って習いはったやろ?」
 ジレル中尉は余りにお気楽なユーミルに呆れ果て、額を押さえながら溜め息を漏らした。
「話にならん」
「はいはい〜ごめんなさい〜」
 ナスカはたったの今まで気付いていなかったが、横に大きなアタッシュケースが開いて置いてあった。中には金属光沢のあるロボットの部品の様な物や滑らかな肌色のパーツが丁寧に並べられて入っていた。ユーミルはそこから肌色の滑らかで無機質な腕を取り出す。
「これとかは綺麗やし、式典の時とかにはいいんちゃいますか?まぁ、これはサンプルなんやけどね。他には……」
 ロボットらしさの溢れる黒い腕を両手で丁寧に持ち上げる。
「これとかは仕事にでも使えるやつやな。かっこいいし、何といっても便利やねん」
 まるでテレビショッピングの様に紹介している間、トーレはずっと青白い顔で体操座りをしていた。ナスカは放っておけず時折背中を擦った。ユーミルはその様子に気付くと、いつもと違う穏やかな声で言う。
「そこの男の子、自分を責めんときや。仕事やったんやろ?時々はある事やから」
 トーレは少し顔を上げる。
「大丈夫。誰も怒ってへんよ。坊っちゃんかって、危険承知でやった事やねんから」
 ジレル中尉がやや不満気に、「私のせいにするのか」とぼやくのに対してトーレは、ごめんなさい、と何度も呟いていた。
「命さえあれば、体はどうにでもなるから。あ、でも、助けてもらったんやから感謝はしときね。言うのは、ごめんなさいやなくてありがとうやで」
 ユーミルの見せた温かい笑顔に、トーレはほんの少しだけ表情が緩んだ感じがする。ナスカは手で背中を軽く撫でる。
「……ナスカ、さっきは責めてごめんなさい」
 落ち着いたらしいトーレが急に謝ったので、静かに「良いのよ」と返す。ナスカは勇気が無く言えなかった自身にも非はあると考えた。
「忘れていましたが、今日はこれを言う為に来たんです。ジレルさん本当にありがとうございました。感謝します」
 トーレに深く頭を下げられたジレル中尉は困惑した顔付きで彼らしく冷やかに口を開く。
「助けたのは、死なせたら私の評価が落ちるからだ」
 しかし様子をよく観察していると明らかに照れ隠しである事が容易に理解出来た。いつもは話す相手を冷たくも真っ直ぐに見ているのに、今は視線が微妙に逸れている。とても分かりやすい。
「坊っちゃんは照れ屋さんやなぁ。ありがとう言われ慣れてないだけで、本当は嬉しく思ってるやんね!」
 ユーミルは冗談混じりに言い放った。恥ずかしかったのかジレル中尉はそっぽを向いてしまったが、後で、「まぁ、味方だしな」と付け加えた。
 ナスカは、これこそが真のデレかと思った。


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