ダーク・ファンタジー小説

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白薔薇のナスカ《改稿版投稿完了!》
日時: 2017/09/10 23:51
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SkZASf/Y)

初めまして。あるいはこんにちは。四季といいます。
以前他サイトに投稿していた作品なのですが、こちらに移動させていただくことにしました。
初心者なので拙い文章ではありますが、どうぞよよしくお願い致します。
※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

初期版 >>01-50
2017.8 改稿版 >>53-85

白薔薇のナスカ《改稿版》 ( No.66 )
日時: 2017/08/23 22:11
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: oUAIGTv4)


episode.7
「お喋りな職人とラベンダー」

 あれ以来、第二待機所にはずっと、重苦しい空気が流れている。エアハルトの存在がいかに大きかったのかを、彼がいなくなって初めて思い知った。失ってから気付くというものか。
 この暗い空気の中、現在のナスカにできるのは、落ち込む親しい友を慰めること。ただそれだけである。

 あの作戦から数日が経ち、トーレが意識を取り戻したらしいと報告を聞いた。ナスカは大急ぎで、彼が泊まっている部屋へ駆け込んだ。
「トーレ!意識があるの!?」
 彼は大きな丸い瞳をぱっちりと開いてナスカの姿を見詰めている。比較的元気そうだ。
「ナスカ……心配させちゃってごめん。その……ごめん」
 小さめではあるがしっかりとした声をしている。そんな彼を見ると、理由はよく分からないが無性に嬉しくて、涙が出て溢れてくる。安堵で一気に全身の力が抜けた。
「いいの。そんなのいいのよ!全然気にしてない!」
 ナスカがベットの端に顔を埋めて号泣し出したので、トーレは驚くと同時に慌てる。
「えっ!?なっ、何っ!?」
 一気に起き上がろうとしたトーレに対し「まだ激しくは動いちゃ駄目よ」と注意したのは、あの時の救護班のおばさんだった。今日も優しそう。彼女から出る言葉は、注意でさえも、包み込むような温かさを持つ。
「あ、ごめんなさい」
 トーレは素直に謝って、今度はゆっくりと座る体勢になる。その頃になってナスカは号泣している自分に気が付いて、恥ずかしさに頬を赤く染めた。
「どうぞ。使って」
 おばさんが親切にティッシュの箱を持ってきてくれる。ナスカがそこからティッシュを数枚取り出し豪快に鼻をかむと、トーレは愉快そうにくすくすと笑う。ナスカはなおさら恥ずかしい思いをしたが、場が和ませることができたのは良かったと思った。
 それからトーレはナスカに自分が軽傷であったことを伝えた。局所的に火傷を負った程度であり、当然命に別状はないし、手当てさえきっちりしておけば今後の生活に影響はないと言われたそうだ。あの時に気を失ったのは、突然大きなストレスを受けたのが原因らしい。突発的な気絶だった。
 本来は精密検査を受けるのが一番理想なのだが、タイミングがタイミングなので、簡易的な検査だけをしたそうだ。だが異常は見当たらなかったらしい。トーレの体の状態について詳しく教えてもらったナスカは彼の無事を再確認して安堵した。喜ぶナスカを眺めているトーレも笑顔になっていて嬉しそうだ。心配してもらっていたという事実が嬉しかったのだろう。

白薔薇のナスカ《改稿版》 ( No.67 )
日時: 2017/08/23 22:12
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: oUAIGTv4)


 次の日の朝、トーレが遠慮がちにナスカへ頼んだ。
「記憶が曖昧なんだけど、確か、ジレルさんが助けてくれたんだよね。お礼言いたいんだ。でもあの人怖いからさ。……その、苦手で。だから一緒に行ってくれない?今とか部屋にいるかな?飛んでるのかな」
 トーレはまだジレル中尉がどんなことになったのかを知らなかったから、こんな無邪気に明るく言えたのだ。ナスカはそれに気が付いた時、先に言っておくべきかどうか迷った。いざ会ってから知ったらトーレはまたショックを受けるかもしれない。
「飛行中ではないと思うわ」
 ナスカが言うと、トーレはベットから下りてきて、気持ち良さそうに背伸びをする。
「そっかぁ、じゃあ部屋か食堂とか……かな。一緒に行ってもらっても構わない?」
 大きな瞳がこっちを見詰めてくる。ジレル中尉のことは、先に教えてあげるのが優しさなのだろうが、まだそのまでの勇気は無い。
 二人はジレル中尉の自室へと向かった。その道中にも何度か打ち明けようとしたが、ついに言い出せないままジレル中尉の部屋の前まで来てしまう。
 トーレは扉を拳でノックし、緊張した様子で返答を待つ。ナスカは密かに、いませんようにと祈った。
「誰だ」
 ジレル中尉の静かな声が返ってきて、ナスカは頭を抱える。これはもうばれてしまう。トーレは顔を強張らせながらも勇気を出してはっきりとした声で答える。
「トーレです!」
 彼は緊張で呼吸のスピードが加速していた。
「重要な用件か?」
 中からはカチャカチャと金属の触れている様な音が聞こえている。
「はい!大切です!」
 トーレは一度だけ横目にナスカを見て、それから迷いなくはっきりと言った。
 数十秒もしない間に扉の鍵が開けられる音がし、ナスカは静かに唾を飲み込む。扉が開かれる。ラベンダー色のゆったりとした上下を身にまとったジレル中尉が出てきた。
「突然来てしまいすみません」
 トーレは腕に気付いていない様子だ。いつ気付くかと、ナスカは一人ドキドキしていた。脈が速まる。このままバレずにいくのも不可能ではないかも……と思った刹那だ。ジレル中尉が言った。
「義手職人が来ているのだ。話は早く済ましてくれ」
 ナスカ一人肩を落とした。
「え、ジレルさんって義手だったんですか?」
 まだ何も知らないトーレは、純粋な顔で尋ねる。
「この前、左腕が無くなっただろう。このままでは操縦できず解雇されるからな」
 少しして、トーレの顔面が蒼白になる。
「えっ……この前ってまさか、僕を助けた時……?」
 それでなくとも大きな目を見開き、口は半開きで止まっている。頭が真っ白になったらしく、言葉はまったく出てこない。ジレル中尉はトーレの心情を考慮したのか、言葉は出さず小さく頷いた。
 途端にトーレは衝動的にナスカの肩を掴み、大きく言う。
「どうしてそんな大切なこと、黙ってたんだよ!」
 ナスカは今までにないぐらい激しく言われて唖然とした。
「言おうとは、したわ……」
 ナスカが弱々しく答えようとするのをトーレは遮った。
「隠してたんだね!?僕が恥ずかしい思いするように仕組んだんだ!そんな、酷いよ!ナスカのこと、信頼してたのに!」
 トーレは一方的に責める。
「待って、違うわ。そんなつもりじゃ……」
 ナスカは何とか弁解しようと努力したがもはや彼には届いていなかった。やはり言っておくべきだったのだ、と後悔する。
「おい、新米。落ち着け」
 取り乱すトーレにジレル中尉が冷静になるよう促すと、しばらくしてトーレはようやく怒鳴るのを止めた。
「一体何の騒ぎです?」
 ヒョコッと奥から見知らぬ男性が顔を覗かせたのは、そんな時だった。
「そんなとこで騒いでたら邪魔になりますし、取り敢えず中へ入ったらどうです」
 健康的な肌の色をしていて、相手を警戒させない人の良さそうな笑顔である。まさに商売人といった雰囲気を持っている。
「待て、私の部屋に勝手に誘い入れるのか」
 ジレル中尉は冷たい目線を向けるがまったく気にせず、その男性は手招いた。結果トーレとナスカは室内に入ることとなったが、ジレル中尉はそれ以上何も言わなかった。
「ひ、広いっ!」
 ナスカは部屋の信じられない広さに思わず興奮する。自室が狭いだけに衝撃だった。艶のあるフローリングの床にはベットが備え付けてあり、小さい流しまである。ご丁寧に畳が敷かれたスペースまであった。そこらのワンルームマンションよりずっと優雅な生活を送れそう。
「凄く立派な部屋だわ」
 ラベンダー畑の写真が載ったカレンダーが壁に掛けてある。流しには、いかにも良い香りのしそうな、透き通った石鹸が置いてあった。もはやここはリラックスするために設けられた施設のようである。
「凄い綺麗やろ?坊っちゃんは真面目やから、いつでも整理整頓できてるんや」
「その呼び方は止めろ」
 男性はまるで自分の子どもを自慢するかのような言い方で話す。
「あ、そうそう、自己紹介がまだやったね。こっちの名前はユーミルていいます。スペース出身で、義手とか義足とかの職人をやってるんよ」
 聞いてもいないのにしてくれたやたらと詳しい自己紹介に、ナスカは少し笑ってしまった。
「ユーミルって、あまり聞き慣れないけど、素敵な名前ね」
 するとユーミルは軽く照れ笑いして頭を掻いた。
「いや〜、やっぱ名前とか褒められたら嬉しいわ」
 二人が自然と仲良くなり盛り上がっているのを見て、ジレル中尉は呆れ顔になっていた。
「おい。なぜ私の部屋で、関係ない二人の談笑が始まる?」
 陽気なユーミルは意味もなく楽しそうに笑いながら、冷めているジレル中尉の肩にもたれかかる。
「まーまー、そう固いこと言わんと!坊っちゃんもたまにはリラックスリラックス!精神安定が一番大事やって、習いはったやろ?」
 ジレル中尉は余りにお気楽なユーミルに呆れ果て、怒る気にすらならないようだ。額を押さえながら溜め息を漏らす。
「話にならん」
「はいはい、ごめん〜。まぁ許してや〜」
 ナスカはたったの今まで気付いていなかったが、横に大きなアタッシュケースが開いて置いてあった。中には金属光沢のあるロボットの部品のような物や、滑らかな肌色のパーツが丁寧に並べられて入っていた。ユーミルはそこから肌色の滑らかで無機質な腕を取り出す。
「これとかは綺麗やし、式典の時とかにはいいんちゃいますか?まぁ、これはサンプルなんやけどね。他には……」
 ロボットらしさの溢れる黒い腕を両手で丁寧に持ち上げる。
「これとかは仕事にでも使えるやつやな。かっこいいし、何といっても便利やねん」
 ユーミルがまるでテレビショッピングのように紹介している間、トーレはずっと青白い顔で体操座りをしていた。ナスカは放っておけず時折背中を擦った。ユーミルはその様子に気付くと、さっきまでとは違う穏やかな声で言う。
「そこの男の子、自分を責めんときや。仕事やったんやろ?時々はあることやから」
 そう励まされ、トーレは少し顔を上げる。
「大丈夫。誰も怒ってへんよ。坊っちゃんかって、危険承知でやったことやねんから」
 ジレル中尉がやや不満気に、「私のせいにするのか」とぼやくのに対して、トーレは「ごめんなさい」と何度も呟いていた。
「命さえあれば、体はどうにでもなるから。あ、でも、助けてもらったんやから感謝はしときね。言うのは、ごめんなさいやなくて、ありがとうやで」
 ユーミルの見せた温かい笑顔に、トーレはほんの少しだけ表情が緩んだ感じがする。ナスカは手でトーレの背中を軽く撫でた。
「……ナスカ、さっきは責めてごめんなさい」
 落ち着いたらしいトーレが急に謝ったので、静かに「いいのよ」と返す。ナスカは勇気が無く言えなかった自身にも非はあると考えていたから。
「忘れていましたが、今日はこれを言うために来たんです。ジレルさん、助けていただいて本当にありがとうございました。感謝します」
 トーレに深く頭を下げられたジレル中尉は困った顔で、しかし彼らしく冷やかに口を開く。
「助けたのは、死なせたら私の評価が落ちるからだ」
 しかし様子をよく観察していると明らかに照れ隠しであることが容易に理解できた。いつもは話す相手を冷たくも真っ直ぐに見ているのに、今は視線が微妙に逸れている。とても分かりやすい人だ。
「坊っちゃんは照れ屋さんやなぁ。ありがとう言われ慣れてないだけで、本当は嬉しく思ってるやんね!」
 ユーミルは冗談混じりに言い放った。恥ずかしかったのかジレル中尉はそっぽを向いてしまったが、後で、「まぁ、味方だしな」と付け加えた。

Re: 白薔薇のナスカ《改稿版投稿中……》 ( No.68 )
日時: 2017/09/07 18:48
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: KnTYHrOf)

episode.8
「解放と恐怖」

「268番、外へ出ろ!」
 ある朝、リリーは狭い檻の中から出るよう促された。リボソ国の捕虜が檻から出られるのは、基本的に死刑執行の時だけである。だが彼女は例外だった。利用価値が生まれたのである。クロレアのパイロット・ナスカの妹であるという事実がリリーを救った。
「もしかして、処刑……ですか?」
 詳しいことは何も知らないリリーは怯えて言う。268の番号札が服から剥がしとられる。
「一緒に来い。理由は、今に分かることだろう」
 リリーは唇を噛んで不安を堪えるしかなかった。一体どこへ進んでいるのか。それすらも分からぬまま、ひたすら足を進めた。
 そうして歩いているうちに辿り着いたのは、尋問官の控え室だった。リリーは不思議に思って首を傾げる。入ってすぐ目の前にあるテーブルには、真新しい服がそっと置いてある。
「その服に着替えろ」
 リリーは指示通りその服に着替えた。白いシャツに昆布色のブレザー、それにズボン。着替えさせられる意図がさっぱり掴めなかったが、そんなことはどうでもよかった。恐らく処刑ではない。それを感じられただけで安心できた。
「もう着替えられたか?」
 問いに「はい」と答える。付き添いの男はすっかり綺麗になったリリーの姿をまじまじと見つめた。似合っているか分からない慣れない服装の自分を凝視され、リリーは少しばかり恥ずかしかった。
「お前はもう268番ではない。人の誇りを持て」
 控え室をあとにして、男の後ろについて行く。何が起こったのだろうか。道中ずっとリリーは不思議な感覚に浸っていた。 やがて目的地に到着すると付き添いの男が静かに扉を開ける。リリーはまた指示された通りに部屋の中へ足を進める。そこはとても質素な部屋だった。テーブルと椅子以外に物は何一つ無い。向かいの椅子には知らない青年が座っていて、様子を伺うように鋭い目を光らせていた。
「あの、えっと……」
 畏縮するリリーに付き添いの男は説明する。
「お前の仕事はこの男から話を聞き出すことだ。あるいは心を折るでも構わん。どちらかを選んで任務を遂行しろ」
 男はスタンガンを取り出し、座っている青年の肩に当ててみせた。リリーは青ざめて思わず手で口を押さえる。しかしスタンガンを当てられた青年は、歯をきつく食い縛ったまま、鋭い目付きは決して変えなかった。かなり我慢強い。
「見ての通りこの男、実に強情でな。拷問をしてみたりもしたのだが、さっぱり効かない」
 よく見てみると、青年は両手首を椅子の背もたれに、両足首をテーブルの足に括りつけられている。彼もまた不運な捕虜の一人なのだろうとリリーは同情した。それと同時に、心のどこかで尊敬の念を抱いていた。どんな苦痛を受けようとも、凛々しく誇り高くあり続け、決して自分を見失わない。そんな強い心を持っているところに惹かれた。
「こいつはクロレア航空隊のパイロットだった。そうだろう?アードラー」
 青年は俯いて黙ったまま小さく頷く。
「えっと……お名前、アードラーさんというのですか?」
 青年の顔を覗き込んで尋ねると、偶然目が合う。リリーは怖さと興味の混ざった複雑な気持ちで彼を眺めた。しかし、次の発言が、リリーの心から怖さを吹き飛ばす。
「ナスカ……に似ているな。失礼だが関係者か?」
 幼い頃自分が拐われて以来一度も会っていない姉の名を聞き、リリーは我を忘れて話題に食い付く。
「ナスカを知っているの!?私の姉よ!」
 すると青年は穏やかな表情に変わり頷いた。
「エアハルトで構わないよ」
 リリーは嬉しくなって、大きく首を縦に振る。
 その時だった。付き添いの男がエアハルトを椅子ごと蹴り飛ばした。愕然としているリリーのことなど微塵も気にかけず、続けてテーブルを蹴り倒す。椅子と共に地面に横倒しになっているエアハルトの脇腹にテーブルの角が激突する様子はえぐかった。こればかりはさすがのエアハルトも目を細めて呻いた。手首が椅子に括られているので痛む所を擦ることさえも出来ないのだ。彼の体は苦痛のせいか微かに震えていた。
「愚かな捕虜の分際で、上から喋るな!」
 リリーは彼を助けてあげたかった。すぐにでも拘束を解いて「大丈夫?」と声をかけたかった。けれど、男の目がある。助ける素振りを見せたりすれば即処刑になるかもしれない。人間なんて結局は自分が一番可愛い。それはリリーも同じだ。だから彼女は、そんな自分を醜いと思いながらも、身動きせず沈黙を貫くことを選んだ。
 男が部屋から出ていき、数分くらいが経っただろうか。一人の紳士が入ってきた。
「初めまして、貴女がリリーさんですね。ハリといいます。よろしく」
 分厚い帳面を片手に持ち、真面目な印象の紳士で、リリーはわりと嫌いじゃなかった。何より人間として扱われているのが心地よい。動物も同然の捕虜だった昨日までとは大違いの待遇である。
「この手の仕事をした経験は無いとのお話ですが、期待していますよ。今日ですべて終わらせてしまいましょう」
 彼は淡々とした物言いでテーブルと椅子を元の状態に戻すと着席した。言動すべてが落ち着いていて大人びている。
「それではできる限り早く開始しましょう。リリーさんもどうぞ座って下さい」
「ありがとうございます」
 リリーは感謝の意を述べてから、椅子に腰を掛けた。ちょうどエアハルトの真正面の席だ。
 リリーを見るエアハルトの目はどことなく優しさを湛えている。決して尋問を軽くして欲しいと懇願している弱気な目ではない。単純に彼の穏やかな部分が滲み出ているのである。
「えっと、まずは……何をすれば……」
 早速迷ってしまったリリーにハリは黙って紙を渡す。その紙には【質問事項】というのが書いてあった。リリーは気は乗らなかったが、元に戻らなくていいように、まず自己紹介から始めてみる。
「改めまして、リリーと申します。どうぞよろしく」
 失礼にはならないように、と意識して軽く頭を下げた。
「リリーさん、これを使っても構いませんよ。捕虜担当科から借りてきた道具です」
 ハリはリリーの目の前にスタンガンやペンチなどの怪しい道具を並べていく。目にするだけでもおぞましい物ばかりだ。中には何に使うのかさっぱり想像できない物もある。
「とっ、とにかく、……最初から質問していきますね」
 リリーは一回深呼吸をして精神を落ち着かせ、心を鬼にすると心を決める。
「航空隊の戦力について、知っていることを全部話していただけますか」
 エアハルトは静かな声で「話せません」とだけ回答する。それに対してハリが言う。
「実を言えばリリーさんは罪の無い人質です。貴方が素直に質問に答えられたなら、彼女の身柄は解放しましょう」
 エアハルトはそれでも首を横に振った。するとハリはテーブルに置かれたスタンガンを手に取り、リリーの首に近付け、エアハルトに不気味に笑いかける。予想していなかったリリーは驚き、背筋が凍り付くのを感じた。
「これでも話せないと言えますか?そう仰るなら彼女に電気を流します。目の前の可愛いお嬢さんを痛い目にあわせるなんて……普通の男ならできませんよね」
 初めてエアハルトの表情が微かに動く。
「関係の無い者を巻き込むな。やるなら僕にやれ」
 低い声で静かに言った。
「……ひっ」
 リリーは首すれすれまで寄ってきたスタンガンに怯えて歯を震わせる。顔から血の気が引いて、今にも失神しそうな状態になっている。
「僕にやれと言っている!」
 エアハルトが強い口調で発言した。
「弱者に手を出すのは、一番卑怯な方法だろう!」
 抗議する姿すらも凛々しい。なにも整った顔立ちだけではない。誇り高い言動や真っ直ぐさを感じさせる頼もしい目付き。リリーはみるみるそれらの虜になっていった。
 リリーは首からスタンガンが離されても、まだ落ち着かず、心臓は破裂しそうな程にバクバクと音を立てていた。
「騒がしいですよ」
 ハリはやや腹立たしそうにエアハルトを見下すと、彼の首筋にじわじわとスタンガンを近付けていく。ひとまず感電させられるのを逃れたリリーは、緊張で唾を飲み込んだ。まるで威嚇しているかのように、先端部から稲妻みたいな光が走る。
 やがて先端が首筋に触れると、エアハルトは「ぐっ!」と詰まるような声を上げて、頭を前に倒す。それからほんの数秒間があり、目を細く開いた。
「さすがの貴方でも、首筋は効いたでしょう?」
 ハリは嫌みな感じに口角を上げる。リリーは彼がそういう人であることを知りがっかりした。
「どうです?リリーさんも。こういう趣向はお嫌いですか?」
 当然好きではないが、本当のことを言うわけにはいかない。だからリリーは控え目に「そんなことはありません」とだけ答えた。
 それからハリはエアハルトの体のあちこちにスタンガンを当てた。その度にエアハルトは体をくの字に曲げて、空気の混ざった苦痛の声を漏らす。
「アードラー氏、強がりは止めていいのですよ。さぁ、すべてを早く話して下さい。苦しいのは嫌でしょう。とっとと話して楽になって下さい」
 ハリは楽しそうな笑顔でリリーにスタンガンを手渡す。失敗して自分が感電しないかと不安を抱きながら、恐る恐るスタンガンを受け取る。
「リリーさんも心ゆくまでしてあげて下さい。きっと目覚めるでしょう。これは癖になる楽しさですよ」
 ひたすらサディスティックな男だ。
 リリーが思いきれず、何もできずに迷っていると、彼は「さぁ、早く!」と妙に急かす。だが魅力的なエアハルトに酷いことをする勇気は出ない。
「それとも、我々のことを裏切るのですか?」
 冷たく言われたリリーは得体の知れない恐怖に襲われ、慌ててスタンガンをエアハルトに向けた。リリーは「ごめんなさい」と口の中で小さく何度も繰り返しながら、スタンガンの先端を彼に近付けていく。触れる瞬間、エアハルトはリリーの方を向き、「いいよ」と微笑した。謝ってからリリーはスタンガンを当てる。その一撃では、彼は声を出さなかった。
 それからしばらく、リリーは口を開けなかった。気まずくて何も言えなかったのだ。そんなリリーにエアハルトはさりげ無く声をかける。
「君はナスカによく似ている。優しくて、相手の心が見える、そんな素敵な子さ」
 リリーが微かに嬉しそうな顔をしたのをハリは敏感にキャッチし、微笑んだ表情とは裏腹に怒った口調になる。
「あんな誘惑に惑わされるんじゃない!あいつは誰にでもこんなことを言う女好きだ。性欲の処理に利用されるだけだぞ!」
 怒っている方向性がまるで謎だ。リリーにはその言葉が、美しいエアハルトに対する嫉妬に聞こえた。ハリは更にいちゃもんのような発言を続ける。
「それにあいつは変態だ!服を脱がせてもいくら辱しめても、飄々としていやがる!」
 正直それは大きな声で言ってはいけないことだとリリーは思った。自分たちのしている酷い行為を言いふらしているも同然である。しまいにハリは、こんな奴は尋問ではなく拷問を受けるべきだ、なんて言い出す。あまりに愚かな発言。上司が見たら呆れるだろう。
「まったく……イライラするじゃないか!」
 ハリはストレスを発散するため椅子を横倒しにしようとするがちゃんと倒れず、余計に苛立ってくる。
「くそっ、鬱陶しいな。まぁいい……少し遊ぶか」
 リリーはハリを紳士の皮を被った悪魔だと思った。最初紳士的な男性だと思った自分を馬鹿だったと笑いたいくらい。
 ハリは並べられた怪しい道具の中からペンチを手に取り、エアハルトの右腕だけを椅子の後ろから自由にする。動かせるようになった右手を掴むと、気持ち悪い笑みを浮かべる。
「今から爪を剥がしていこう。白状する気になればそう言え。そこで止めてやる」
 ペンチで親指の爪を挟み、それを握る手に力を加えた。
「戦力については一切話さないと言っている!」
 意地を張るエアハルトの右親指の爪を、ハリは遠慮の欠片もなく剥がした。一欠片の躊躇いもない。むしろ楽しんでいる。指先が赤く滲んだ。リリーは気持ち悪くなって後退する。
「どうだ、言う気になったか」
 エアハルトは首を横に振る。するとハリは人差し指と中指の爪を続けざまに捲った。それでもエアハルトは沈黙を守った。 リリーは必死に目を逸らす。だが怖いもの見たさか、いささか見てみたくもなった。しかしこれ以上気分が悪くなっては大変なので我慢した。
「リリーさん、もっと見てあげてはどうです?ふふふ」
 楽しそうなハリに声をかけられてもリリーは絶対に見ない。これは彼女なりの最大の抵抗であった。
 更にハリは薬指と小指の爪も楽しそうに剥がした。エアハルトは歯を強く食い縛り苦痛に耐えている。
 やはり彼はかなり我慢強かった。弱音は吐かないし、相当な痛みのはずだが声も出さない。何より、彼はこの異常な空間の中で、正常な精神を保っていたのだ。

Re: 白薔薇のナスカ《改稿版投稿中……》 ( No.69 )
日時: 2017/09/07 18:51
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: KnTYHrOf)

episode.9
「不思議な女」

 クロレアが提示したエアハルト解放交渉を、リボソ国は拒否するどころか無視し続けた。上はエアハルトが利用されるのを物凄く恐れていた。解放のための資金要求ならまだ良いが、悪質な宣伝に利用されたり寝返ったりした日には、軍の士気が急激な低下をしかねない。そんなことでやけに慎重になっているせいか進展が無く、それがナスカも含む航空隊員たちを苛立たせた。交渉はまったく進みそうにない。そのようなままの状況で時間だけが過ぎていく。
 そんなうちに1950年が訪れた。
 マリアムは精神を病み、以前とは打って変わってあまり喋らなくなった。毎日自室に引きこもって泣いてばかり。ろくに食事も取らず、日に日に痩せ細っていく。あまりの状態に黙って見ていられなくなったナスカは、仕事の合間をぬって、時折食事を作りに行ったりした。放っておくと何日も何も食べていない時もあったからだ。
 この日もナスカはマリアムの部屋へ行って手作りの卵粥を振る舞った。見せても食べようとしないので、ナスカはスプーンですくって食べさせる。
「マリーさん、食べなくちゃ駄目ですよ。私の作ったのなんで美味しくないかもしれませんけど……」
 マリアムは口に入ったほんの少しの粥をゆっくり噛み、「美味しいよ」と弱々しい声で言った。ナスカはマリアムが飲み込むまでじっと待つ。
「美味しいなら良かったです。ゆっくり食べて……」
 マリアムのくすんだ頬を一粒の涙が伝った。
「ごめん、もう食べられない。お腹がいっぱいなの」
 目は虚ろで皮膚の血色も悪くなっている。こんな調子ではいつか本当に重度の栄養失調になってしまう。
「アードラーさんに……もし何かあったら……全部あたしのせい。もう生きていけない。あわせる顔がない。帰ってきたって……あたしは整備士をクビになる。……どうしよう」
 マリアムはこんな弱気な言葉ばかりを繰り返す。ナスカは「きっと大丈夫」と慰めることしかできなかった。
「大丈夫です、信じましょう。上の方々が解放交渉をしてくれてますから」
 静かな部屋で彼女の手を優しく握り、静かに励ます。
 そんな時だった。
「ジレルだ。ナスカくん、いるか?」
 扉の向こう側からナスカを呼ぶ声がする。ナスカは「はい」と明るめに返事をして扉を開ける。すると立っていたジレル中尉はつまらなさそうな顔で「客が来ている」と言った。彼らしいそっけない言い方である。談話室で待ってもらっている、と彼はそれだけを伝えにわざわざ来てくれたらしい。
「すぐに行きます。あ、ジレル中尉、お時間ありますか?」
 彼は不思議な顔で頷く。
「あそこに置いてある卵粥を、マリーさんに食べさせてあげてもらえないでしょうか?」
 彼の表情が凍り付く。
「は?今、何と?」
 マリアムが塞ぎ込んでしまったのは今までエアハルトに依存し続けていたからだ、と推測したナスカは、新しく親しい人が増えれば少しでも傷が癒えるかもしれないと考えた。それにジレル中尉を使おうという企みである。
「とにかく、マリーさんに卵粥を食べさせてあげて下さい」
 ついでにジレル中尉にも友達が増えれば一石二鳥。
「なぜ私がしなくてはならん?私が他人を苦手だと知っているだろう」
「戦闘機に乗れないんですからその分働いて下さいよ〜」
 ナスカは冗談のつもりだったのだが彼は真面目に納得したらしく「それもそうだな」と呟き頷いていた。そしてナスカはやや早足で談話室へと向かった。

 扉をノックすると、はい、と返事があったので、ナスカは中へ入る。
「ごめんなさいね、突然」
 ソファに腰を掛けた女が笑顔で馴れ馴れしく手を振る。片手はティーカップを握っている。ナスカは記憶を辿ってみるが、今までにその女に会った覚えがない。
「掛けて頂戴ね」
 礼をして向かいのソファに座る。その間もナスカは一生懸命思い出そうとしていた。
「初めましてよね。ヒムロ・ルナよ、よろしく」
 長い睫やすっきりしたアーモンド型の目、顔付きはとても大人っぽいが、桜色のリップが若々しさを感じさせる良い雰囲気の女性である。ナスカが無意識のうちに見とれていると、彼女は少しはにかんだ。
「何かおかしいかしら?薄い化粧には慣れていなくて……」
 ナスカは首を振る。
「いえ。綺麗な口紅だなぁと」
 すると彼女は花が咲くように微笑み、優しく「ありがとう」と言った。
「ところで、今日は私に何か用事で?」
 ナスカが尋ねると、ヒムロは話し始める。
「あたし、リボソ国で尋問官をしていたのだけど、アードラーくんって凄くいい男ね。凛々しくてとても魅力的」
 ナスカは怪訝な顔をする。
「……エアハルトさんをご存知なのですか?」
「そうよ。彼を知っているの。警戒しないでね。あたしは貴女たちの敵ではないわ」
 ヒムロはテーブルに置かれた紅茶をそっと口へ注いだ。
「実を言うと、あたしはやり方に賛同できなかった。あんないい男を壊そうとするなんて意味が分からなかったから逃げてきてやったのよ。だけど、捕まったらそこで終わりだわ。だからしばらくの間、ここに匿ってもらうことにしたの」
 ヒムロは楽しそうな調子で話すが、ナスカは話が理解できなかった。逃げてきたから匿え?何とも自分勝手な話ではないか。
 そんな真っ只中、大きな爆音と共に怒声が響いた。扉越しのため怒声が何を叫んでいるのかはっきりとは聞き取れない。ヒムロの表情は微かに焦りを見せるが、その焦りすらも楽しんでいる様子だ。初対面の相手に笑顔で手を振ったり一人で敵陣にやって来て匿ってくれと頼んだり、ナスカは彼女を結構変わった女性だと思った。わけの分からない行動をする人、考えが読めない人は苦手である。
「何の騒ぎかしら」
 騒ぎの原因は一番分かっているはずなのにヒムロは白々しく言った。「見てこい」と言いたいのだろうなと察知したナスカは「見て参ります」と返す。
「そっと様子を見せてもらおうかしら。ふふっ、冗談よ」
 本当に意味が分からない。
「女を匿っているだろう!大人しく出さないか!!」
 その声の主を見た時、ナスカは青くなった。覆面の男だったからだ。
 あの日、ナスカから両親と最愛の妹を奪った奴である。見るだけで吐き気がした。数人いて銃を構えている。中の一人は紙を持っていて、そこにはヒムロの写真が載っている。
「そう言われましても、そのような女性はまったく心当たりございません。ですから、お引き取り下さい」
 冷静に対応に当たっているベルデに銃口を向ける者もいた。
「平和的な退去を願います」
 ベルデはひたすらその姿勢を崩さずにいる。
 刹那、近くにいた女性の肩甲骨辺りを銃弾が撃ち抜いた。高い悲鳴を上げて女性は倒れる。場が凍り付く。それまでは威嚇に使っているだけだと軽視していたが、銃の意味が変わった。下手に動けば撃ち殺されてもおかしくない、と誰もが思う。
「これでもまだ隠せるのか?」
 覆面の男は問った。
「隠すも何も、知らないものは仕方無いでしょう」
 ベルデは平静を装い答えた。
 一人の覆面の男が人形のように倒れた女性に歩み寄り、脱力した彼女の体をいとも簡単に持ち上げる。四肢は力が抜けてだらりと垂れている。
「まぁいい。よく見ると美人な女だし、死ぬ前に遊ぶか」
 男はダガーナイフを取り出して女性の着ている衣服を切り裂く。ブレザーは分厚くて切りにくそうだった。衣服を完全に脱がせると、布一枚被せて担ぎ上げ外へ引きずって出ていった。一部始終を見ていたナスカの心には、恐怖と共に怒りがふつふつと沸き上がってくる。
「まだ言わないなら、ここの女を全員蹂躙してから捕虜も処刑するぞ!」
 極めて分かりやすい脅迫である。
「そう言われましても、知らないものは協力のしようがございません」
 あくまでその姿勢を貫くベルデの肩を銃器で強く殴った。ベルデは激痛に言葉を失った。男は調子に乗って言う。
「はっはっは、あの男がいなければ航空隊もあっという間に潰れるぞ。あいつ以外に脅威的な実力者などはいないだろう」
 さすがにこれにはほとんど皆がイラッときたが、その侮辱に対して言い返す者は一人もいなかった。有力者が他にいないと思われている方が得だからである。
「捕虜を処刑していいんだな」
 銃口がベルデの眉間を睨んでいる。彼はひたすら痛みを堪えて「知らないものは知らない」というスタンスを貫いた。いつ撃ち殺されてもおかしくはない状態である。当人も覚悟を決めているだろう。
「よし、決まりだ!」
 男たちは吐き捨てるように叫ぶと退散していく。
 そして、静寂が訪れた。ベルデは安堵と恐怖の混じった複雑な心境で溜め息を漏らす。
「大丈夫ですか?」
 ナスカは声をかけた。ベルデは肩を押さえながら深刻な顔付きで、
「追い払えたのは良かったですが……アードラーさんが心配です。そう簡単に殺すとは思えませんが、解放交渉を急いだ方が良いかもしれませんね」
 と言った。
 衛生科の数名が割れた窓ガラスを慣れた手付きで片付け始める。ベルデは他の警備科の人に待機所の警備を厳しくするよう相談を始めた。ナスカは再びヒムロの待つ談話室へと戻る。
「お客様はもうお帰りになったかしら?」
 ヒムロがひっそりとした声で尋ねてきたのでナスカは頷く。それを見たヒムロは少しリラックスした顔になって拍手をしながら、「さすがだわ」とクロレア航空隊を称賛した。
「で、これからはどうされるのですか?」
 ナスカが尋ねると彼女は明るい表情で、「しばらくここにいさせてもらおうかしら」と返した。
「もちろん無条件にいさせろとは言わないわ。ちゃーんと働いてあげる。あ、貴女の紅茶冷めちゃったわよ」
 ヒムロは既に自分の紅茶を飲み終えていた。テーブルに置かれた紅茶の入っているティーカップから湯気は出ていない。
「淹れ直しを頼めば?」
 ナスカは結構ですと断って一気に飲み干した。今のナスカからすれば紅茶の温度なんてどうでもいい。
 その様子を見たヒムロは愉快そうに笑う。
「ふふ、一気に飲み干したわね。可愛いじゃない」
 そして続ける。
「実は、あたしに良い考えがあるの」

Re: 白薔薇のナスカ《改稿版投稿中……》 ( No.70 )
日時: 2017/09/07 18:52
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: KnTYHrOf)

episode.10
「長い夜の幕開け」

 その日の夜のことだった。ヒムロが唐突に話し出した。
「実はあたしアードラーくんがいる部屋の鍵を持っているの。何も隠す必要は無いわね。見てちょうだい。これよ」
 ヒムロは食堂にて、航空隊員らの前で金色の鍵を取り出し見せた。少し自慢げに。磨かれているらしく、金属光沢のある鍵である。
「これがあれば交渉する必要もなくなるって話よ。問答無用で叩きに行けるわ。それぐらいはさすがに分かるでしょう?」
 隊員は誰も彼女をの言葉を本当だと信じてはいない。当然だ。勝手に逃げてきた敵国の女を快く受け入れる者など、一人だっているはずがない。事実その女のせいで仲間が一人殺された後なのだから、なおさらだ。彼女が疑いの目で見られるのも仕方無いこと。
「リボソ国の収容所を叩くなら今が絶好のチャンス。というより、これが最初で最後の機会だわ」
 ヒムロは自身に向けられる疑惑の視線など一切お構いなく、自信に満ち溢れた表情で説明した。他者の心理状態など彼女はまったく気にしない。
 そして、こう結ぶ。
「やる気になったら言って。当然のこそだけれど強制はしない。あたしは貴方たちの意思を尊重するわ。だってこれは貴方たちの国のことだから」
 ヒムロが優しく微笑んだのを合図に解散になった。それぞれが速やかに自分の場所へ帰っていく。
 ナスカは肌でひしひしと感じていた。もう誰も、絶対にエアハルトを助けなければとは思っていない。誰もが疲れ果てて「どうでもいい」という雰囲気である。つまりもう諦めているのだ。もっとも、そんな雰囲気だから言い出せないという者はいるかもしれないが。
 食堂から人がいなくなったタイミングでヒムロがナスカに声をかけた。
「少しお時間いいかしら」
 ナスカの隣にいたトーレは驚いた顔をする。ナスカは怯まず「何ですか」と返した。
 ヒムロは二人の向かいの椅子に座るとタブレット端末をテーブルに置く。彼女は少し操作してから、タブレットに向かって「アードラーくん、聞こえる?」と呼びかけの声を出した。ナスカとトーレはその様子を不思議な顔で見つめる。しばらくするとタブレットから声が聞こえてきた。
「……何か?」
 それは間違いなくエアハルトの声で、ナスカは唖然とする。
「聞こえているのね」
「……え、どこ?」
 エアハルトの声は不思議そうに尋ねた。
「声の聞こえてくる場所は気にしないで。ナスカに変わるわ」
 ヒムロはそう言った後タブレットをナスカの方に向けると、何か喋るように促す。
「もしもし」
 電話しかしたことのないナスカはそう声をかけてみる。
「……本当にナスカ?」
 そんな風に返ってくる。ナスカは嬉しくなった。心が軽くなるのを感じる。生きていてくれることをどれだけ願ったか。
「そうですっ。エアハルトさん……ご無事で何よりです!」
 エアハルトは前と変わらぬ声質ではははと笑った。
「心配させたかな、ごめんね。でも良かった。こうしてまた君と喋ることができて」
 そして彼は少し寂しそうな声で告げる。
「明日の朝、処刑が決まった」
 ナスカは耳を疑った。生存を喜んだばかりなのに、明日の朝処刑だなんて。
「本当は言う必要なんてなかったんだけど、やっぱり隠しごととかはいけないと思ってね」
 トーレは椅子から落ちた後に慌てふためく。ヒムロも処刑については知らなかったらしく、表情が凍り付いていた。
「感謝でいっぱいだよ。ナスカ、本当にありがとね。少しの間でも君を指導できたこと、嬉しかったな」
 エアハルトは明るくそんなことを言う。もう死ぬ。すべてを諦めているようだ。
「つまり朝までは大丈夫なのですね?分かりました!今から助けに行きます!」
 必死に平静を装い宣言するナスカに、エアハルトは落ち着いた声で返す。
「そんな気遣いはいらないよ。エアハルトの名に恥じない死に方をするから、温かく見守っていて」
 そして笑う。
「僕は戦場に行く人間だ。いつかこの日が来るとは分かっていたよ。だから死ぬのは怖くない。でも、大事な君を失うのは辛いからさ」
 ナスカは動作は見えていないと分かりながらも必死に首を横に振る。
「諦めずに待っていて下さい。必ず助けに行きます。どうか、一秒でも長く生きていて。私、大切な人を失うのはもう嫌なんです」
 するとエアハルトは頑固な彼らしくなく折れた。
「あ、でも、無理になったらそこで諦めるんだよ」
「はい、分かってます。ですができることは全部します!」
 ナスカはタブレットをヒムロに返して、トーレに協力するように頼む。彼はもちろん頷く。
「アードラーくん、今から作戦終了までずっと繋いでおくわ。何かあったらいつでも言って構わないわよ」
 ナスカは作戦を考えるが、経験不足で考え付かない。今までずっと指示に従っての仕事だったからだ。何から始めれば良いのか分からず、考えれば考える程焦ってくる。それはトーレも同じだった。そんな時、ナスカの脳内にジレル中尉が浮かんだ。協力を頼もうと思い部屋に向かう途中、壁に持たれていた彼が声を掛けてくる。
「……やるのか?」
 ナスカは急ブレーキをかけて彼の方を向く。ジレル中尉は作られたばかりの真新しい義手が装着された左腕を右手の指で触っていた。
「もしかして、今の話聞いてました?」
 彼は静かに言う。
「盗み聞きするつもりはなかったのだが」
 聞かれていたことなんてどうでも良かった。
「でしたら話が早いですね。お力を貸してはいただけませんか?」
 ナスカはそう頼んだ。普段なら彼を頼るなんてしなかっただろうが、今は話が別だ。時間がない、人も足りない。
 すると彼は右手で腰に装着していた拳銃を取り出す。
「調整するとしよう」
 それはイエスという意味だと理解したナスカは、ありがとうと頭を下げた。ジレル中尉は「もし何かあったら私の責任になるからだ」と冷たく言い放つ。だがそれが照れ隠しだとナスカはすぐに分かった。
「ありがとうございます!心強いです」
 ナスカに感謝されたジレル中尉は照れを掻き消すように話題を変える。
「出撃準備をしておけ。こちらは私に任せて構わん」
 言い方はぶっきらぼうだがやる気満々なジレル中尉を見ていると、何だか安心してくる。ナスカはそっと拳を胸に当て、祈った。エアハルトが元気に帰ってくることを。
 ——この作戦の成功を。

「ナスカ、大丈夫?敵陣の中に突っ込んでいくってことは何かあってもおかしくない。怖くないの?」
 出撃する準備をしているナスカに、珍しくトーレが話しかけた。いつもは準備中に声をかけることはないが今日は特別。
 真っ暗な空にチラチラと輝く星をナスカは見上げる。星の光はいつもに増して明るく見える。
「私は……大切な人が死ぬのを何もできずに見ているのが一番怖いわ。自分に可能なことはすべて試したいの。エアハルトさんは私の夢を叶えてくださった。だから今度は私が救いたい。お返しができたらいいなって。……彼は平気な振りをしているけど、本当はきっと、助かりたいと願っているはず」
 二人を沈黙が包み込んだ。トーレは彼女の覚悟の強さをこの時再確認させられる。そして、彼女と一緒に戦えるのは幸せなことであると思った。
「そういえばナスカ、ジレル中尉って白兵戦は得意なんだって。生身で銃撃戦とか結構得意らしいよ」
 機体を簡単に検査していたナスカはその話に興味を持った。
「どこで知ったの?」
 するとトーレは満足そうに答える。
「警備科の人に聞いたんだよ。ジレル中尉、元は警備科だったらしい。地上戦功労賞とかいうのも持ってるぐらい優秀で、結構実戦にも行ってたみたい。でもある時、訓練中の事故で優秀なパイロットが数人亡くなった時があって……、飛行経験があったって理由だけでこっちに変えられたんだって」
 だからいつも不機嫌に過ごしてたみたい、と彼は話す。しかしナスカは訓練中の事故についての方が気になった。
 それを聞いた時、ふとヴェルナーのことを思い出したのだ。ヴェルナーは確か訓練中の事故で足を悪くした。それと関係があるのかもしれないと感じる。
「その事故っていうの、トーレは詳しく知ってるの?」
 トーレは突然聞かれて、大きな瞳をぱっちりと開いて不思議そうな顔をする。
「詳しくは知らないけど……それがどうかした?」
「ううん。今はいいわ」
 ナスカは笑顔で話を終わらせた。今すべき話ではないと思ったからである。
 それから一時間も経たないうちに、作戦を立案したジレル中尉がやって来る。後ろにはヒムロの姿があった。ジレル中尉は簡単に説明し始める。
「この経路なら比較的安全度が高い。これで行く」
 足りない分をヒムロが付け足す。
「この男はナスカの機体に乗るの。そっちの機体は坊やが操縦して、あたしも乗るのよ」
 そしてナスカは収容所内の予定地点に着陸し救出に向かう。現れた敵はジレル中尉が潰して時間を稼いでくれるという、単純明快で分かりやすいプラン。これなら少人数でも何とかなる。
「では、健闘を祈る」
 ジレル中尉は敬礼するとトーレも返す。しかしヒムロはしなかった。
 それから助手席にジレル中尉が乗り込むと、ナスカは少しばかり緊張した。彼がいると、試験官にチェックされているみたい感じられる。
 こうして、長い夜が始まる。


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