ダーク・ファンタジー小説
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- 白薔薇のナスカ《改稿版投稿完了!》
- 日時: 2017/09/10 23:51
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SkZASf/Y)
初めまして。あるいはこんにちは。四季といいます。
以前他サイトに投稿していた作品なのですが、こちらに移動させていただくことにしました。
初心者なので拙い文章ではありますが、どうぞよよしくお願い致します。
※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
初期版 >>01-50
2017.8 改稿版 >>53-85
- 白薔薇のナスカ ( No.41 )
- 日時: 2017/06/04 04:31
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: HijqWNdI)
「見てくれたかな?ナスカ」
「エアハルトさん、さすがの腕前でした」
模擬戦闘を終えた二人はナスカと合流し、食堂へ行った。
朝食は終わり昼食にはまだ早いという絶妙の時間のせいもあってか、周囲にはあまり人がいない。テーブルには紅茶の入った三つの紙コップだけが置かれている。
「やはり空は僕の世界だなって思ったよ。スピード、重力、それに命の奪いあい」
嬉しそうに語るエアハルトの真横で、トーレは青い顔をして縮こまっている。
「トーレ、顔色悪いけど大丈夫?体調悪いなら休んだら?」
ナスカが心配になって声をかけると、トーレは真っ青な顔を上げる。
「体調悪いとかじゃないんだ。その……大丈夫だから」
「そう?ならいいけど……」
畏縮したトーレの様子を見ていたエアハルトが、唐突に真面目な顔で言う。
「トーレ、どうして逃げ回ってばかりいた?」
怒っているようには見えないが、どこか冷たさを感じる声だった。
「君は最初から戦う気がなかっただろう。なぜだ」
トーレは暗い表情を浮かべながらうつむき小さく呟く。
「……怖くて」
エアハルトは黙っていた。
「……反撃しようとしました。でも、僕は引き金を引けなかったんです。訓練だし、それで誰かが死ぬわけじゃないと分かっていました。だけど、一度引き金を引けば……戻れなくなる気がして怖いんです」
目の前のエアハルトに怯えながらも必死に言葉を紡ぐトーレの唇は震えていた。
「そんなものは戦闘機乗りの宿命だ。宿命に逃げ道などない。つまりは、進むしかないということだ。くよくよ悩んでも時間の無駄だ。そんな暇があるなら引き金を引け。すぐ慣れる」
「僕は貴方とは違う!!」
トーレが反論した。
ナスカはその様を信じられない思いで見つめた。
「アードラーさんはすぐ慣れたかもしれない。でも僕は……」
エアハルトも驚き顔だった。
「僕は、人殺しにはなれない」
トーレは更に続ける。
「敵にだって、家族がいて仲間がいて、大切な人がいるでしょう!僕に人は殺せません。帰りを待っている人がいるのに。いくら敵でも……そんなのはあまりに残酷です!」
ナスカは何も言えなかった。頷くことも、それは違うと否定することもできなかった。トーレの言うことは分かるのだが、大切な人を守るためには敵に情けをかけている余裕はない。
「足手まといだと思うなら、才能のある人間だけで戦えばいいじゃないですか。僕がいなくても何も困らない……そうでしょう!」
エアハルトはしばらく悲しそうな目をしていた。
「君は……優しいんだ。人より少し優しく生まれた。だから、人より少し多くのことに罪悪感を抱く」
ナスカは胸を締め付けられる思いで二人を見ていた。
「トーレ、僕は君を足手まといだと思ったことはない。君は僕を助けてくれたし、今日も付き合ってくれた。僕もタイミングがあればきっと君を助けただろう。……だが、本当は違う世界にいる人間だったのかもしれないな」
エアハルトは立ち上がる。
「君は幸せだ。家族も友人も、何一つとして欠けていない。僕もそんな風に生きたかったよ」
彼はどこか寂しそうにそう言いナスカに小さく手を振ると、自分の紙コップを持ってどこかへ歩いていった。
静寂に取り残されたトーレがやがて小さく言う。
「ナスカ……僕さ、憧れていたんだ。アードラーさんのこと、尊敬してた。ナスカのことを尊敬しているのと同じぐらいに」
「……そう」
ナスカはトーレの話を聞きながら、静かに紙コップの紅茶を飲んだ。
「いつか僕もあんな風になれるかもしれないって、本当はちょっとだけ思っていたんだ」
「……そっか」
「僕、ずっと地味で目立たない人生だった。優秀でもないし、かっこいいわけでもない。嫌だった。アードラーさんはさ、人気だしいつも人に囲まれてちやほやされて、光って感じ。だから、ナスカと仲良くなって、アードラーさんとも知り合いになって、初めて話せた時は緊張したけど、自分も光に当たれたような気がして嬉しかったんだ」
トーレはナスカに視線を合わせて切なそうに微笑む。
「でも今日、本当に幸せなのかなって思った。アードラーさんは期待に答えるために戦い続けてる。人の心を捨てて無理するぐらいなら、平凡な人生のほうがある意味楽かなって。でも、そうしたら僕が今までしてきたこと、全部無駄だった気がして……ちょっとだけ辛いよ」
「無駄じゃないわ」
ナスカはきっぱり告げた。
「今すぐ役に立たなくとも、いつかきっとトーレ自身を救うことになる」
「ナスカ。僕はこれから、誰を目指せばいいんだろう」
トーレはすがりつくような目をしている。
「エアハルトさん以外で?」
「……うん。僕はあんな風にはなれない。悪魔だよ、彼は」
「どうして?」
「実弾でないとはいえ、あそこまで本気で攻撃してくるなんて……それに、殺しあいで生き生きしてる。そんなブラックな人とは知らなかったんだ。それがちょっとショックでさ」
「光が強ければ強いほど、闇は深くなるものよ」
「それはどういう意味?」
「誰かを照らす光になろうとすれば必ず闇も生まれるってことよ。私は大切な人を二度と失わないためにこの道を選んだわ。この道を行けばいつかこの手を穢すことになると分かっていながらね。私の場合なら数人のため。でも、もしそれが、航空隊やこの国であったなら?」
トーレは真剣な顔で聞いていた。
「生まれる闇の深さはきっと、私とは比べものにならないでしょう」
「じゃあ僕は何も守らなければいいのかな」
「今はまだ、それでいいんじゃない。守るものなんて自分で探すものじゃないわ。気がついたら勝手にできてるものよ」
不安げなトーレにむかってナスカは笑いかける。
「紅茶冷めたんじゃない?新しいのもらってこようか」
「そんな、いいよ。冷めたほうが飲みやすいぐらいだし、全然気にしないで……」
トーレは遠慮がちに答えた。
「そう?ならいいけど」
「ありがとう。色々迷惑かけてごめんね」
そう言ってトーレはようやく純粋に笑った。ナスカは嬉しく思った。
それからというもの、トーレがエアハルトと話すことはしばらくなかった。
- 白薔薇のナスカ ( No.42 )
- 日時: 2017/06/04 19:02
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5obRN13V)
episode.21
「ただ前へ進むだけ」
作戦決行の日。
とてもよく晴れた冬の朝だった。雲のない澄んだ空から降り注ぐ穏やかな日差しが、冷えたアスファルトを照らしていた。
ナスカはいつもより早く起きて外へ出ると、空を仰ぎ、一人ぼんやりと両親のことを考えていた。
庭の花壇から小さな芽を眺めた春、少し離れた野原で家族みんなでピクニックをした夏。秋にはどこか物悲しい海を眺め、冬には母が作った温かいポタージュを飲んだ。あの幸せだった頃の自分が、ほんの僅かでも、今日を予想しただろうか……。
「おはよう」
背後から声が聞こえ振り返るとそこにはエアハルトが立っていた。
「不安かい?」
「……いいえ。両親のことを考えていただけです」
迷いのないナスカを見てエアハルトはふっと笑みをこぼす。
「強いね、君は」
「えっ!私がですか?」
「親を亡くし、兄や妹とも引き離され、青春時代を戦争に費やし……君は、最初に僕が思ったよりずっと偉大だったよ」
エアハルトは優しく微笑む。
「い、偉大?そんな!私は偉くなんかありませんよ」
ここまでなれたのは周囲の協力があってこそで、決して自分が偉いからだと思ったことはなかった。
「ただ、私は私にできることをしてきただけです。今の私があるのは色々な人が助けてくれたからで、えっと、一人じゃなかったから上手くいきました」
一人じゃなければ全てが上手くいく。
それはまだナスカが悩んでばかりいた頃に、エアハルトがいつもかけてくれた言葉だった。
「ナスカ」
「何ですか」
「これが終わったらどこへ行きたい?」
ナスカにはその意味がよく理解できなかった。
「戦争が終わって平和になったら、君が戦う必要はなくなる。そうしたら、何をしたい?」
そんなこと考えたことがなかった。この道を選んだその時、もう二度と幸せな日々には戻れないと覚悟した。それでも構わない、と。
ナスカが答えに迷って黙り込んでいると、エアハルトは穏やかに微笑んで言う。
「……まぁいいや。今すぐに決めなくても、終わってからゆっくり考えれば構わないことだしね。さて!準備するか」
「そうですね」
ナスカは大きく頷く。
「それじゃあ、また後で!」
それから数時間が経ち午前。
作戦に参加する者はほとんど準備を終え、一箇所に集まる。ナスカはエアハルトのところへ行った。
「各自、予定の配置について」
エアハルトがそう告げた。
ジレル中尉はリリー、トーレはヒムロをそれぞれ乗せ、エアハルトとナスカは個人で敵陣まで入り込む。
「ナスカ、花火は持った?」
「持ちました」
カスカベ女大統領の殺害に成功した暁に打ち上げる花火だ。これが上がると同時に、外からの部隊が攻め込む作戦である。
「では、健闘を祈る」
これが上手くいけば全てが終わる。
長い一日が始まった。
- 白薔薇のナスカ ( No.43 )
- 日時: 2017/06/04 19:04
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5obRN13V)
離陸して数分が経ったかという時、突然エアハルトから通信が入る。
『敵機確認、戦うな』
「は、はい!でも、見逃していいのですか?」
目を凝らすと、遥か彼方にぼんやりと黒い影が見える。五機ぐらいはいそうだ。
『僕が撃ち落とす』
エアハルトの機体は他と方向を変えると、その黒い影に向かって、視認できないようなスピードで突き進む。それから一分もしないうちに辺りは煙に包まれ、その薄暗い煙からエアハルトの黒い機体だけが飛び出す。
『全機、撃墜』
ナスカはさすがだと思った。『クロレアの閃光』の名は伊達ではない。
それから飛び続けること三十分、女大統領が住んでいるという建物が見えてくる。
『降りるよ』
エアハルトが告げる。ナスカは予定の場所に着陸し、コックピットから出る。
「ここからは三つに分かれて行動する。ヒムロ、案内を」
「分かってるわ。任せなさい」
ヒムロは余裕ありげに頷く。
「私はかき乱せば良いのだな」
「リリーも頑張るよ!」
ナスカが心配そうな顔をしているのに気がついたジレル中尉は言う。
「心配はいらない。リリーくんは守る」
「……大丈夫です。大丈夫だと……信じています」
予定通りジレル中尉が騒ぎを起こし、見張りがそちらへ向かった隙に、ナスカとエアハルトは裏口から建物に侵入する。二人はヒムロの案内を聞きながら慎重に進んでいった。その間もナスカはリリーが心配でならなかった。
「何をしている」
おそるおそる歩いていると、突然聞き慣れないハスキーな声が聞こえ、ナスカは心臓がドキリとした。
エアハルトは拳銃を構える。
そこに立っていたのは冷やかな雰囲気の女だった。裾を切り揃えられた艶のある短い髪に動きやすそうな軍服姿、背中には細身の長い銃。化粧はしていないが美人で凛々しい。
「男が一人、女が一人」
女は拳銃を向けられても動揺せず、慣れた手付きで背負っている細身の長い銃を構え、淡々とした口調で問う。
「外のやつらの仲間か?」
エアハルトは女を睨みながらトリガーに指をかける。
「ん?男のほう、どこかで見たことがある気がするが……話したくないなら、まぁ構わん。捕らえて拷問でもすれば、話す気になるはずだ」
女がそう言った刹那、歯切れの良い単発の大きな音が三回鳴った。エアハルトはトリガーを引いていた。床に小さな三つのくぼみができている。
「この期に及んではずすとは、その度胸は認めてやろう」
どこか余裕を感じる女とは対照的に、エアハルトは殺伐とした雰囲気を漂わせている。トリガーにかけられたエアハルトの指が微かに震えていることに気付いたナスカは、覚悟を決めて拳銃を取り出す。
「そこを退いて下さい」
しかし女は細身の長い銃を構えてじっとしているままだ。
「それはできない」
ナスカはスライドを引き、トリガーに指を添える。
「残念です」
トリガーを引く、乾いた音と共に弾丸が飛び出す。弾丸は女の頬にかすり、後ろの壁に突き刺さる。かすっただけでも、拳銃の扱いには慣れていないナスカにしては上出来だ。
女は銃を撃つ。
反応に遅れたナスカの腕をエアハルトが引っ張る。もう少し遅ければ消し炭になってしまっていたかもしれなかった。
「大丈夫?」
「は、はい。平気です」
女は素早く次の弾を込め、細身の長い銃の銃口をナスカの背中に向ける。
「危ない!」
即座に気付いたエアハルトは叫ぶとほぼ同時に、覆い被さるようにナスカを抱き締める。ナスカは強く目を閉じる。
……硝煙の匂いが漂う。痛みを感じない。ゆっくりと目を開く。首もとから赤い液体が流れて、ナスカは、はっとする。
「エアハルトさん!」
首もとを濡らしている赤い液体は、彼の肩から流れてきているものだった。
「大丈夫ですか!?」
エアハルトは顔をしかめながらも弱々しく言う。
「心配しないで……ナスカ。これぐらい、大丈夫だから」
女は次の弾を込め、引き金を引く。動く時間はなかった。
背中に弾丸を受けたエアハルトは、駆け巡る激痛に顔を歪めながらも、女に向けて拳銃のトリガーを引く。しかし、震える手では狙いが定まらない。
「そうだ、思い出した。エアハルト・アードラーだったな。詳しくは知らぬが、貴様は確か拷問にすら屈さぬとか」
女はエアハルトに歩み寄ると彼の拳銃を持つ手を掴む。
「所詮、噂は噂。拷問に屈さぬ男が女一人ごときに震えるはずがあるまい」
バカにしたような笑みを浮かべる女に腹を立てたナスカは、すかさず言葉を挟む。
「バカにしないで!」
「愚か者はバカにされても仕方がないというものだ」
そう言って女はエアハルトを蹴りとばす。彼の耳に装着されていたヒムロとやり取りするための小さな片耳用イヤホンがとれて床に落ちた。
「エアハルトさんは愚か者なんかじゃないわ!」
腹を蹴られたエアハルトは、荒い呼吸をしながら手首を押さえ、地面にうずくまっている。
「そうか。ならば、そう思っていれば良い。二人仲良く地獄に落ちよ」
女はそう吐き捨てると、長い銃を構えた。
——死ねない。こんなところで死んだら、平和は訪れない。それだけではなく、ここまでのみんなの頑張りが水の泡だ。
ナスカは一撃目を素早くかわすが、着地に失敗してつまずき転倒し、直後、顔を上げた時には既に、銃口がナスカの額を冷たく睨んでいた。それに気付いたナスカは青ざめる。
女がトリガーを引く直前、天井の一つのパネルが、パタンと軽い音を立てて開く。そこから勢いよく飛び降りてきて、ナスカと女の間に入ったのは、ジレル中尉だった。
女はいきなりの登場に少し驚いたようだったが、すぐに無表情に戻り、今度はジレル中尉に銃口を向ける。
「気を付けて下さい。あの女の人、素早いです」
「そうか。ありがとう、ナスカくん。だが……関係あるまい」
ジレル中尉は素早く女に接近し弾丸を入れている腰の袋を奪い取ると、それをナスカに向かって投げる。ナスカはキャッチする。
「……く」
女は小さく舌打ちする。
ジレル中尉は女の足を凪ぎ払い転倒させ、女の首もとを掴むと、壁の方向に蹴飛ばす。勢いよく廊下の壁に叩きつけられた女の方へ歩いていき、ジレル中尉は更に二・三発女を蹴る。それがとどめとなり女は気絶したらしく、全身が脱力したのが見てとれる。
「役目が終わったリリーくんは一旦ヘリで避難させた。ナスカくんは無事か?」
ジレル中尉が振り返り、硬直しているナスカに尋ねながら近付いてくる。
「怪我はないか」
彼の声で現実に戻ったナスカは、急いでエアハルトのもとへ駆け寄る。命の危機に直面し、つい忘れていた。
「ジレル中尉、エアハルトさんが!」
エアハルトは倒れたまま、青い顔でぼんやりとしている。
「エアハルトさん、大丈夫ですか?私はここにいます。すぐ手当てしますから、頑張って下さい」
ナスカはエアハルトの冷えた手を握り泣きそうになるが、必死に涙を堪える。
そんなナスカにジレル中尉が淡々と告げたのは残酷な内容だった。
「残念だがナスカくん、アードラーを手当てする時間はない」
「そんな!では彼をこのまま放置するのですか!?」
「一人の人間に時間をかける余裕はない。任務が優先だ」
ナスカは胸が締め付けられ、苦しくなる。エアハルトの手を強く握ると、今まで我慢していた涙が一気にこぼれた。
「……やだ。嫌だ」
「ナスカくん、時間がない。直に敵が押し寄せる。急ごう」
「絶対に嫌!」
はっきりと拒否されたジレル中尉はすっかり困ってしまう。
「エアハルトさん……聞こえますか?聞こえているなら、返事して下さい」
ナスカが小さく声をかけるとエアハルトの指が微かに動く。
「エアハルトさん!」
「大丈夫……」
彼の唇が動いた。
「死んだり……しない。全部……終わるまで」
掠れた弱々しい声だった。
「私はずっと、貴方の傍にいます。どうか生きて」
エアハルトの瞳がナスカを捉える。
「……泣かないで」
エアハルトは手を伸ばし、その指でナスカの目からこぼれた涙を拭く。ナスカは驚いてエアハルトを見る。
「……行って」
彼は小さくも優しい声で呟くように言い、笑みを浮かべる。
「お願い、嫌よ。貴方と離れるなんて絶対に嫌。私、もう二度と大切な人を失うのは耐えられない」
「ナスカくん!上!」
突然ジレル中尉が叫んだ。
驚いて顔を上げると、天井が崩れてきていた。ジレル中尉がナスカの腕を掴み引っ張る。
次の瞬間には、天井の瓦礫が廊下を完全に塞いだ。
ナスカは絶望で目の前が真っ暗になり、言葉は出なかった。
「無事か」
ジレル中尉が確認した。
「……一緒に死なせてくれれば良かったのに」
ナスカがそう漏らすと、ジレル中尉は返す。
「何ということを言うんだ」
ナスカの腕を掴む。
「リリーくんを残して死ぬな。……行くぞ」
ジレル中尉は半ば強制的にナスカを引っ張っていった。
「君はリリーくんの一番大切な人間だ。こんなところで死なせるものか」
- 白薔薇のナスカ ( No.44 )
- 日時: 2017/06/04 19:05
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5obRN13V)
episode.22
「カスカベ女大統領」
エアハルトが死んでしまったかもしれない。そう思うと、ナスカは何もかもどうでもよくなりそうだった。今は、全てを諦めて、エアハルトのところへ帰り彼を抱き締め、そのまま二人で死んでしまうことが、一番の幸せのように思えた。
だがジレル中尉は、ナスカがその選択肢を選ぶことを許しはしなかった。
「死ぬな。例え平和な世界が訪れたとしても、その時に生きていなければ意味がない」
彼は淡々と、しかしどこか優しく、そんなことを言った。きっと彼なりの気遣いなのだろうとナスカは思った。ナスカとジレル中尉は黙り込んだまま廊下を早足で歩く。会話はなく、規則的な足音だけが廊下に反響していた。
大頭領の執務室の入口の前には、頑丈そうな防具で身を固めた体格のいい男が三人ほど、銃器を構えて立っていた。いつどこから来ても殺す自信があるというくらいに、らんらんと目を光らせている。
「……見張りがいますね」
ナスカが困り顔で言うと、ジレル中尉は冷静に返す。
「問題ない、すぐに片付ける。全員を倒したところで突入するぞ。それまでは隠れていて構わんが、準備しておけ」
「……はい」
ナスカが覚悟を決めて頷くのを、ジレル中尉はほんの少し微笑んで見詰める。それから彼は目を閉じ心を落ち着かせ、男たちがいる方へ歩き出した。
「侵入者だ!」
一人が気付いて叫んでから、銃器の引き金に指をかけるまでの、ほんの僅かな瞬間に、ジレル中尉は回し蹴りをヒットさせる。勢いよく顔面を蹴られた男は失神して崩れ落ちる。
残りの二人は驚きと恐怖の入り交じった感情に顔をひきつらせながら銃を向ける。ジレル中尉は微塵も動揺せず、失神した男が落とした銃器を構えると、片方の男の胸を撃ち抜く。
「く、来るな!」
一人残された男は錯乱気味に連射する。ダダダ、と激しい音が鳴り、廊下の床や壁に、細かな穴が沢山できた。
「終わりだ」
最後の男は、ジレル中尉の冷ややかな一言と共に、胸に銃弾を受け倒れた。
「こちらジレル。突入する」
彼は壁の陰に隠れているナスカに合図する。ナスカは勇気を振り絞り一歩を踏み出した。
ジレル中尉は装飾を施された立派な扉を乱暴に蹴り開ける。
「あらあら。ようやく来たようですわね」
ナスカが目にしたのは、二十代後半くらい——自分より少し年上に見える、色白で美人の女性だった。柔らかな淡い茶髪をお団子にまとめ、白いスーツを身にまとっているその姿は、女性らしくも知的で、品のある印象だ。
「こんなところへ何のお話をしにいらしたのかしら?」
随分余裕のある表情だった。
ジレル中尉は何も答えずに引き金を引いた。大きな音が轟きナスカは思わず耳を塞ぐ。
やがて音が止み、ナスカは女性を見て驚く。
「そんな風に適当に撃ち続けても当たりませんわ。何のお話をしにいらしたのか、このわたくしが質問しているのです。それに答えず、更に銃を向けるとは……無礼にも程があるというものですわよ」
いつの間にか、大きな盾を持った男たちが彼女の前にずらっと並び、壁をつくっていた。
「カスカベ様、ご命令をお願い致します」
おそらくリーダー格なのであろう一人が言った。
「えぇ。奴らを殺しなさい」
女性は感情のない冷たい声で命じた。
「承知しました!!」
一列にずらっと並んだ男たちが、一斉に背中から銃を取り出し構える。
「撃て!」
命令の一言で全員が同時に引き金を引く。
「ナスカくんは下がっていろ。……死ぬなよ」
ジレル中尉は硬直しているナスカに声をかけてから、男の列に突撃していく。彼の素早い動きに翻弄され列が乱れた。
「ナニッ!突撃だと!」
「うわっ!」
「こ、こいつ!」
男たちの慌てふためく声がはっきりと聞き取れた。
- 白薔薇のナスカ ( No.45 )
- 日時: 2017/06/04 19:05
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5obRN13V)
喧騒の中、女性——カスカベ女大頭領が、ナスカの方に余裕のある足取りで歩いてくる。ナスカは警戒して素早く腰の拳銃を手に取り、銃口をカスカベに向ける。
「動かないで!」
ナスカは威嚇するように鋭く叫んだ。
「あらあら、そんな風に警戒しないで。わたくしは貴女みたいな女の子好きですわよ」
銃口を向けられているにも関わらず穏やかな微笑みを浮かべているカスカベを見て、ナスカは更に警戒する。
カスカベは呑気に言う。
「わたくしは無益な争いをする気はありませんわ。誰にも利益をもたらさない争いなど、時間の無駄。貴女もそうは思いませんこと?」
「だったらどうして戦争なんかするの。それこそ、人を傷付けるだけで何の利益もない争いじゃない!」
「何故戦争をするか?」
突然冷たい雰囲気になったカスカベに、ナスカは悪寒を感じた。
「簡単なことですわ。リボソ国の領土には資源がない。けれど国の発展の為には資源が必要不可欠。となれば、必然的に近隣の国から分けてもらうことになるでしょう」
「それは戦争をすることの理由にはならない!」
ナスカが口調を強めて言い放つと、カスカベは可哀想な者を見るような目で返す。
「クロレアが資源を半分でも譲ってくだされば、こんなことしなくても良かったのですわ。貪欲なお偉い様方が、資源を独占しようとしようとした結果がこれ。自分たちが招いた事態ですのよ」
「だからって、武力で奪いとろうなんてそんなの変よ!」
「大人の世界なんて、そんなものですのよ。まだ若い貴女には分からないかもしれませんけれど……」
ナスカはカスカベに向けた拳銃の引き金に指をかける。
「今すぐ戦争を止めて。じゃないと撃つ!」
「できますの?」
ナスカは言い終わるのを待たずに引き金を引いた。
「あらあら、いきなり発砲するとは危ない娘ですわね」
弾丸はカスカベを通り越し、壁に穴を開ける。
その間にもジレル中尉は華麗な動きで、並んでいた男たちを次々に倒している。
「それにしても……てっきりエアハルト・アードラーと来るものだと思っていましたわ。今日はお休みですのね」
「そうなんです」
ナスカはふつふつと沸き上がる憎しみを必死に抑え答えた。
「それであの様な野蛮な男とペアになってしまいましたのね。可哀想に」
「侮辱しないで!」
カッとなり引き金を引く。
その数秒後、ナスカは愕然とした。ナスカの撃った弾丸が、ジレル中尉のすねをえぐっていたからだ。
動揺した顔のジレル中尉と目が合う。
「……そんな」
ナスカが愕然として呟いた次の瞬間、ジレル中尉は男に地面に押さえ込まれる。だが彼は、傷ついたすねをぐりぐりと踏みつけられても、弱音を吐くことなく男を睨み付けている。
「お前たち、少し待ちなさい」
少し笑みを浮かべながらカスカベが述べた。
「カスカベ様?」
男はジレル中尉を地面に押さえ付けたまま、不思議そうな顔をしている。
「その男は殺さない。捕らえておきなさい」
男はカスカベの唐突な命令に戸惑いを隠せない。
「ですが……」
「わたくしに逆らうの!首を切られたいのですわね!?」
カスカベは男をギロリと睨みヒステリックに叫ぶ。男は青ざめ畏縮している。
「す、すみません……」
「次に口答えをすれば、ただじゃ済まないとお思い!」
「ちょっと、言い過ぎよ!」
ナスカがつい口を挟むと、カスカベは不思議そうな顔になった。
「あらあら、いきなり何を言いますの?貴女もあの男と一緒に捕らえて捕虜にしますわ」
それからカスカベはナスカの腕を強く掴んだ。関節が軋む。
「ちょ、痛い!止めて!」
ナスカは必死に腕を振ったり足を動かしたりしてみるが、カスカベの力は意外と強く逃れられない。
「離しなさいよ!」
「言ったはずですわよ。捕虜にする、と」
カスカベはナスカの手から落下した拳銃を拾うと、その銃口をナスカの額にぴったりとくっつける。
「貴女がどうしてこんな生き方を好むのか……わたくし、少しだけ興味がありますわ。名誉、お金、権力……一言に欲望と言っても色々ありますけれど、貴女は何が欲しくてこんなことをしていますの?」
「好んでなんかない。当たり前の暮らしを手に入れるために戦うだけよ」
他人に誇れるだけの名誉も、恵まれた生活をするためのお金も、社会で有利に生きていくための権力だって、ナスカは持っていた。由緒ある貴族の家に嫁ぎ、平穏に生きていくという人生だってあった。それだけの容姿も教養も家柄も彼女は持っていたのだから。
「当たり前の暮らし、ですって?あらあら。笑わせますわね」
カスカベはナスカをバカにしたように鼻で笑った。
「正義の味方気取りは自分の身を滅ぼしますわよ?自分以外のために生きれば、いつか必ず後悔するもの……」
「それは違うわ!」
聞き慣れたはっきりした声が聞こえ、ナスカは驚く。しかしカスカベはナスカよりも驚いた顔をしている。
「待たせたわね」
ヒムロは長い金髪をたなびかせ、口元には余裕の笑みを浮かべている。
「まずはその拳銃、ナスカちゃんから離してもらえるかしら?カスカベ大統領」
カスカベは動揺を隠そうと平静を装う。
「やはり……生きていると思いましたわ。一度は逃亡しておきながら、のこのこと帰ってくるとは。実に愚かなことですわ」
ヒムロの後ろには十人程度の男がおり、若い者の中に、一人中年に見える者がいる。その中にナスカが知っている人は一人もいない。それどころか、リボソの軍服を着ている。
「カスカベ!時代は変わる!」
ヒムロはカスカベをビシッと指差すと鋭い声をあげる。
「ここは既に包囲されてる。逃げ場はないわよ」
「……ふざけるな」
カスカベが歯を食いしばり引き金に指をかけようとした、その刹那、ヒムロの背後にいる若い男の一人が目にもとまらぬ素早さで接近し、カスカベを背負い投げした。ナスカはその様を硬直したまま見守る。
「ナスカさん!今のうちに逃げて下さい!」
「は、はいっ!」
ナスカは理解しきれないまま慌ててその場から離れる。
「捕まえるのよ」
ヒムロの指示に従い、若い男たちはカスカベの方へ行く。鬼の形相で暴れるカスカベには、ナスカが初めて出会ったときに感じた品や知的さはない。全くと言っても過言ではない程だ。
「……おのれ。おのれ、ヒムロルナ!ふざけるな!この国はこのわたくしのもの!!誰にも文句は言わせない!!」
男たちは数名がかりで、激しく暴れ抵抗するカスカベを押さえ込んだ。
「ちょっと、お前たち!ぼんやりしてないでどうにかしなさいよっ!」
「は、はい!ですが何を……」
「ちょっとは自分で考えろ!このバカ男!!」
カスカベの部下である男が畏縮した隙を見逃さず、ジレル中尉は所持していた短剣で男の脇腹を刺す。さすがに慣れたもので、なんの躊躇いもない。ジレル中尉は近くにいたカスカベの部下を蹴り飛ばし気絶させる。赤くこびりついた片足はやはり痛むようで、ハンデになっていたが、それ以外の要素で上手くフォローしている。
「ナスカちゃん、お疲れ様。後はあたしに任せて」
不安げな表情のナスカに、ヒムロは微笑みかける。
「心配はいらないわ。アードラーくんは無事よ」
「えっ!エアハルトさんは生きていらっしゃるのですか?」
「瓦礫の隙間にいたみたいで、怪我は銃創だけだったわ。生命力の半端ない彼なら、きっと生き延びる。だってアードラーくん、あれだけの拷問すら耐え抜いた人だもの」
「……良かった」
ほとんど諦めかけていたナスカは驚きとともに安堵し、思わず自然に笑みがこぼれた。
そして、頭のスイッチが切り替わる。
「ヒムロさん。あの人、私が撃ってもいいですか」
「……ナスカちゃん?」
ヒムロは理解しきれていないような顔だ。
「確か、私が殺す作戦でしたよね。それで構いませんか?」
「別に構わないけど……突然どうしたの」
若い男の一人がナスカの拳銃をヒムロに渡す。
「ルナさん!あのお嬢さんの拳銃です。取り返しました」
「ありがと」
ヒムロは小さくお礼を言いながら拳銃を受け取ると、それを持った手をナスカに差し出す。
「ナスカちゃん……本当にやるつもり?」
既に覚悟を決めているナスカが力強く頷くのを見て、ヒムロはふっと笑みをこぼす。
「いい覚悟ね」
ナスカはヒムロから拳銃を受け取ると、その黒い銃口を、動けなくされているカスカベへと向ける。興奮と緊張の入り交じった複雑な感情が全身を駆け巡った。
いくら射撃が下手とはいえ、動かない的に当てるくらいなら可能なはずだ。ナスカはしっかりと狙いを定め、落ち着いて指を引き金にかける。
「お待ちなさい!待って!こんなのは一方的でおかしい。間違っていますわ!」
これで全てが終わる。いや、この一撃で終わらせるのだ。
ナスカはカスカベの眉間を冷静にじっと見る。
しかし、今、彼女が見ているのは、その先にある未来だ。ずっと待ち続けた、あの日からずっと望み続けた、明るい未来だろう。
そして、引き金を引いた。
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