ダーク・ファンタジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 白薔薇のナスカ《改稿版投稿完了!》
- 日時: 2017/09/10 23:51
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SkZASf/Y)
初めまして。あるいはこんにちは。四季といいます。
以前他サイトに投稿していた作品なのですが、こちらに移動させていただくことにしました。
初心者なので拙い文章ではありますが、どうぞよよしくお願い致します。
※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
初期版 >>01-50
2017.8 改稿版 >>53-85
- 白薔薇のナスカ ( No.16 )
- 日時: 2017/06/01 20:39
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: DMJX5uWW)
episode.8
「解放と恐怖」
「268番、外へ出ろ!」
ある朝、リリーは狭い檻から出る様に促された。リボソ国の捕虜が檻から出られるのは基本的に死刑執行の時だけである。だが彼女は例外だった。利用価値が生まれたのである。パイロット・ナスカの妹であるという事実がリリーを救った。
「処刑……ですか?」
何も知らないリリーは怯えて言う。268の番号札が服から剥がしとられる。
「一緒に来い。理由は、今に分かるだろう」
リリーは唇を噛んで不安を堪えるしかなかった。何処へ進んでいるのかも分からぬまま、唯ひたすら足を進めた。
そうして辿り着いたのは尋問官の控え室である。リリーは困惑した。入って目の前にあるテーブルに、真新しい服がそっと置いてある。
「その服に着替えろ」
指示通りその服に着替える。白いシャツに昆布色のブレザーとズボン。リリーは意図がさっぱり掴めなかったが、そんな事はどうでも良かった。恐らく処刑ではない。それだけで満足だった。
「着替えたか?」
問いに「はい」と答える。付き添いの男はすっかり綺麗になった姿をまじまじと見詰めた。似合っているか分からない服を凝視されて、少しばかり恥ずかしかった。
「お前はもう268番ではない。人の誇りを持て」
控え室を後にして、男の後ろを行く。何が起こったのだろうか、と道中もリリーは不思議な感覚に浸っていた。やがて目的地に到着すると付き添いの男が扉を開ける。リリーは指示に従い中へ足を進める。質素な部屋だった。テーブルと椅子以外に物は無い。向かいの椅子には青年が座っていて、様子を伺う様に鋭い目を光らせていた。
「あの、えっと……」
畏縮するリリーに付き添いの男は説明する。
「お前の仕事はこの男から話を聞き出す事だ。あるいは心を折るのでも構わん」
スタンガンを取り出し座っている青年の肩に当てて見せた。リリーは青ざめて手で口を押さえる。青年は歯をきつく食い縛り鋭い目付きは決して変えなかった。結構、我慢強い。
「見ての通りこの男、実に強情でな。拷問をしてみたりもしたのだがさっぱり効かない」
よく見ると青年は両手首を椅子の背もたれに両足首をテーブルの足に括りつけられている。彼もまた不運な捕虜なのだろうとリリーは同情すると同時に、心の何処かでは尊敬の念を抱いていた。どんな苦痛を受けようと凛々しく誇り高く自分を見失わない。そして、そんな強い心を持っている所に惹かれた。
「こいつはクロレア航空隊のパイロットだった。そうだろう?アードラー」
青年は小さく頷く。
「お名前をアードラーさんと仰るのですか?」
青年の顔を覗き込む様にして尋ねると偶々目が合い、リリーは怖さと興味の混ざった複雑な気持ちになった。しかし次の発言が、リリーの心から怖さを吹き飛ばす。
「ナスカ……に似ているな。失礼だが関係者か?」
リリーは我を忘れて話題に食い付く。
「ナスカを知っているの!?私の姉よ」
すると青年は途端に穏やかな表情に変化して頷く。
「エアハルトで構わないよ」
リリーは嬉しくなって、大きく首を縦に振る。その時。付き添いの男がエアハルトを椅子ごと蹴り飛ばした。愕然としているリリーは気にせず、テーブルも蹴り倒す。地面に横倒しになっているエアハルトの脇腹にテーブルの角が激突する様子はエグかった。エアハルトは目を細めて呻いた。手首が椅子に括られているので痛む所を擦る事さえも出来ないのだ。苦痛のせいか微かに震えていた。
「愚かな捕虜の分際で上から喋るな!」
リリーは助けてあげったかったが、男の目がある。助ける素振り等を見せた日には即処刑になるかもしれない。人間なんて結局は自分が一番可愛い。それはリリーも同じだ。だから彼女は身動きせず沈黙を貫いた。
男が部屋から出ていき数分くらいが経っただろうか。一人の紳士が入ってきた。
「初めまして、リリーさんですね。ハリといいます。宜しく」
分厚い帳面を片手に持ち真面目な印象の紳士で、リリーは割と嫌いじゃなかった。何より人間として扱われているのが心地よい。動物も同然の捕虜とは大違いである。
「この手の仕事をした経験は無いとの話ですが、期待しています。今日で全て終わらせてしまいましょう」
彼は淡々とした物言いでテーブルと椅子を元の状態に戻す。
「それでは出来る限り早く開始しましょう。リリーさん、お座りなさい」
「ありがとうございます」
リリーは感謝の意を述べてから、椅子に腰を掛けた。丁度エアハルトの真正面の席だ。リリーを見るエアハルトの目はどことなく優しさを湛えている。決して尋問を軽くして欲しいと懇願している目ではない。単純に彼の穏やかな部分が滲み出ているのである。
「えっと、何をすれば……」
- 白薔薇のナスカ ( No.17 )
- 日時: 2017/06/01 20:41
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: DMJX5uWW)
完全に迷ってしまったリリーにハリは黙って紙を渡す。その紙には【質問事項】というのが書いてあった。リリーは気は乗らなかったが元に戻らなくて良い様にまず自己紹介から始めてみる。
「改めまして、リリーと申します。どうぞ宜しく」
失礼にはならない様に、と軽く頭を下げた。
「リリーさん、これを使っても構いません。捕虜担当科から借りて来た道具です」
ハリはリリーの目の前に、スタンガンやペンチ等の怪しい道具を並べていく。目にするだけでもおぞましい物ばかりだ。何に使うのかさっぱり想像出来ない物もある。
「とっ、兎に角、最初から質問していきますね」
リリーは一回深呼吸をして精神を落ち着かせ、心を鬼にすると心を決める。
「航空隊の戦力について、知っている事を全部話して下さい」
エアハルトは静かな声で、話せません、とだけ回答する。それに対してハリが言う。
「実を言えばリリーさんは罪無き人質です。貴方が素直に質問に答える事が出来たなら、彼女は解放しましょう」
エアハルトはそれでも首を横に振った。するとハリはテーブルに置かれたスタンガンを手に取り、リリーの首に近付けてエアハルトに笑いかける。リリーは背筋が凍り付いた。
「これでも話せないと言えますか?そう仰るなら彼女に電気を流します。目の前の可愛いお嬢さんを痛い目にあわせるなんて……人間の男なら出来ませんよね」
エアハルトの表情が微妙に動く。
「関係の無い者を巻き込むな。やるなら僕にやれ」
低い声で静かに言った。
「……ひっ」
リリーは首すれすれのスタンガンに怯えて歯を震わせる。顔から血の気が引いて、失神しそうになる。
「僕にやれと言っている!」
エアハルトが強い口調で発言した。
「弱い者に手を出すのは一番卑怯だろう!」
抗議する姿も凛々しい。何も整った顔立ちだけではない。誇り高い言動や真っ直ぐさを感じさせる頼もしい目付きに、リリーは虜になっていった。リリーはスタンガンが首から離されても落ち着かず、心臓は破裂しそうな程にバクバクと音を立てていた。
「騒がしいですよ」
ハリはやや腹立たしそうにエアハルトを見下すと、彼の首筋にじわじわとスタンガンを近付けていく。一先ず感電させられるのを逃れたリリーは、緊張して唾を飲み込んだ。まるで威嚇しているみたいに、先端部から稲妻の様な光が走る。やがて先端が首筋に触れると、「ぐっ!」と詰まる様な声を上げてエアハルトは頭を前に倒す。それからほんの数秒合間があり、目を細く開いた。
「流石の貴方でも、首筋は効いたでしょう?」
ハリは嫌味に口角を上げる。リリーは彼がそういう人である事に絶望した。
「どうです?リリーさんも。こういう趣向は嫌いですか?」
好きではないがそんな本当の事は言えない。だからリリーは控え目に、そんなことはありません、と答えた。それからハリはエアハルトの体のあちこちにスタンガンを当てる。その度にエアハルトは体をくの字に曲げて、空気の混ざった苦痛の声を漏らす。
「アードラー氏、強がりは止めて良いのですよ。さぁ全て話して楽になって下さい」
ハリは笑顔でリリーにスタンガンを手渡した。失敗して自分が感電しないかと不安を抱きながら、恐る恐る手に持つ。
「リリーさんもしてあげて下さい。きっと癖になる楽しさですよ」
ひたすらSな男だ。
リリーがどうも出来ずに迷っていると、彼は「さぁ早く!」と妙に急かす。だが魅力的なエアハルトに酷い事をする勇気は出ない。
「それとも裏切るのですか?」
冷たく言われたリリーは得体の知れない恐怖に襲われ、慌ててスタンガンをエアハルトに向けた。リリーはごめんなさいと口の中で小さく繰り返しながら近付けていく。触れる瞬間、エアハルトはリリーの方を向き、「いいよ」と微笑した。謝ってからリリーはスタンガンを当てる。彼は声を出さなかった。
それから暫く、リリーは口を開けなかった。気不味くて何も言えなかったのだ。そんなリリーにエアハルトは然り気無く声を掛ける。
「君はナスカによく似ている。優しくて、人の心が見える素敵な子さ」
リリーが微かに嬉しそうな顔をしたのをハリは敏感にキャッチし、表情とは裏腹に怒った口調になる。
「あんな誘惑に惑わされるんじゃない!あいつは誰にでもこんなな女好きだ。性欲の処理に利用されるだけだぞ!」
怒っている方向性がまるで謎で、リリーにはその言葉が美しいエアハルトへの嫉妬に聞こえた。彼は更に文句の様な発言を続ける。
「それにあいつは変態だ。服を脱がせてもいくら辱しめても、飄々としていやがる!」
正直それは大きな声で言ってはいけない事だとリリーは思った。自分達のしている酷い事を言いふらすも同然である。それからハリは、こんな奴は尋問ではなく拷問を受けるべきだ、なんて言い出す。上司が見たら呆れるだろう。
「全く……イライラするじゃないか!」
ハリはストレスを発散する様に椅子を横倒しにしようとするが上手く倒れず、余計に苛立ってくる。
「くそっ、鬱陶しいな。まぁ良い……少し遊ぶか」
リリーはハリを、紳士の皮を被った悪魔だと思った。
ハリは並べられた中からペンチを手に取り右腕だけを椅子の後ろから自由にする。動かせる様になったエアハルトの右手を掴むと、気持ち悪い笑みを浮かべる。
「今から爪を剥がしていこう。白状する気になればそう言え。そこで止めてやる」
ペンチで親指の爪を挟み、それを握る手に力を加えた。
「戦力については話さないと言っている!」
意地を張るエアハルトの右親指の爪をハリは遠慮の欠片もなく剥がす。指先が赤く滲んだ。リリーは気持ち悪くなって後退する。
「どうだ、言う気になったか」
エアハルトが首を横に振るとハリは人差し指と中指の爪を続けざまに捲った。それでもエアハルトは沈黙を守った。リリーは必死に目を逸らす。だが怖いもの見たさか、いささか見てみたくもなった。しかしこれ以上気分悪くなっては大変なので我慢した。
「リリーさん、もっと見てあげてはどうです?ふふふ」
楽しそうなハリに声を掛けられてもリリーは見ない。これは彼女なりの抵抗であった。
更にハリは薬指と小指の爪も楽しそうに剥がす。エアハルトは歯を強く食い縛り苦痛に耐えている。彼は我慢強かった。弱音は吐かないし、相当な痛みの筈だが声も出さない。何より彼はこの異常な空間の中で、正常な精神を保っていたのだ。
- 白薔薇のナスカ ( No.18 )
- 日時: 2017/06/02 01:17
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: as61U3WB)
episode.9
「不思議な女」
クロレアのエアハルト解放交渉を、リボソ国は拒否するどころか無視し続けた。上はエアハルトが利用されるのを恐れていた。解放の為の資金要求ならまだ良いが、悪質な動画なんかを流されたりした日には軍の士気が低下しかねない。やけに慎重になっていて進展が無く、それがナスカ含む航空隊員を苛立たせた。交渉は全く進みそうにない。そんなまま、時間だけが過ぎていく。
やがて1950年が訪れた。
マリアムは精神を病み、以前とは打って変わってあまり喋らなくなった。毎日自室で泣いてばかり。ろくに食事も取らず日に日に痩せていくのを見ていられなかったナスカは、仕事の合間を縫って時折食事を作りに行ったりした。何日も何も食べていない時もあった。
この日もナスカはマリアムの部屋に行って手作りの卵粥を振る舞った。見せても食べようとしないので、ナスカはスプーンですくって食べさせる。
「マリーさん、食べなくちゃ駄目ですよ。私の作ったのなんで美味しくないかもしれませんけど……」
マリアムは口に入ったほんの少しの粥をゆっくり噛み、美味しいよ、と弱々しく言った。ナスカはマリアムが飲み込むまでじっと待つ。
「美味しいなら良かったです。ゆっくり食べて……」
マリアムのくすんだ頬を一粒の涙が伝った。
「ごめん、もう食べられない。お腹が一杯なの」
目は虚ろで皮膚の血色も悪くなっている。ナスカはこんな調子ではいつか栄養失調になってしまう、と思った。
「アードラーさんに……もし何かあったら……全部あたしのせい。もう生きていけない」
マリアムはこればかりだ。ナスカは大丈夫と慰める事しか出来なかった。
「大丈夫です、信じましょう。上の方々が解放交渉をしてくれてますから」
手を優しく握って、静かにそう言う。
そんな時。
「ジレルだ。ナスカくん、いるか?」
扉の向こう側からナスカを呼ぶ声がする。ナスカは「はい」と明るめに返事をして扉を開けると、立っていたジレル中尉はつまらなさそうな顔で「客が来ている」と言った。彼らしい素っ気ない言い方である。談話室で待ってもらっている、と彼は伝えに来たらしい。
「直ぐに行きます。あ、ジレル中尉、お時間ありますか?」
彼は不思議な顔で頷く。
「あそこに置いてある卵粥を、マリーさんに食べさせてあげてもらえないでしょうか?」
彼の表情が凍り付く。
「は?今、何と?」
マリアムが塞ぎ込んでしまったのは今までエアハルトに依存し続けていたからだ、と推測したナスカは、新しく親しい人が出来れば少しでも傷が癒えるかもしれないと考えた。それにジレル中尉を使おうという企みである。
「兎に角、マリーさんに卵粥を食べさせてあげて下さい」
序でにジレル中尉にも友達が増えれば一石二鳥。
「何故私がしなくてはならん?私が他人を苦手だと、知っているだろう」
「戦闘機に乗れないんですからその分働いて下さいよ〜」
ナスカは冗談のつもりだったのだが彼は真面目に納得した様でそれもそうだな、と頷いていた。それからナスカはやや早足で談話室へと向かった。
扉をノックするとはいと返事があったので、ナスカは中へ入る。
「ごめんなさいね、突然」
ソファに腰を掛けた女が笑顔で馴れ馴れしく手を振る。ナスカは記憶を辿ってみるが今までにその女に会った覚えがない。
「掛けて頂戴ね」
礼をして向かいのソファに座る。その間もナスカは一生懸命思い出そうとしていた。
「初めましてよね。ヒムロ・ルナよ、宜しく」
長い睫やすっきりしたアーモンド型の目、顔付きはとても大人っぽいが、桜色のリップが若々しさを感じさせる良い雰囲気の女性である。ナスカが無意識の内に見とれていると彼女は少しはにかんだ。
「何か変かしら?薄い化粧には慣れていなくて……」
ナスカは首を振る。
「いえ、綺麗な口紅だなぁと」
すると彼女は優しくありがとうと言った。
「ところで今日は私に何か用事で?」
ナスカが尋ねるとヒムロは話す。
「あたしリボソ国で尋問官をしていたのだけど、アードラーくんって凄くいい男ね。凛々しくてとても魅力的」
ナスカは怪訝な顔をする。
「……エアハルトさんをご存知なのですか?」
「そう、彼を知っているの。警戒しないでね。あたしは貴女達の敵ではないわ」
ヒムロはテーブルに置かれた紅茶をそっと口へ注いだ。
「実を言うと、あたしはやり方に賛同出来なかった。あんないい男を壊そうとするなんて分からなかったから、逃げてきてやったのよ。だけど捕まったらそこで終わりだわ。だからここに匿ってもらう事にしたの」
ヒムロは楽しそうな調子で話すが、ナスカは話が理解出来なかった。
そんな真っ只中、大きな爆音と共に怒声が響いた。扉越しの為、何を叫んでいるのかはっきりとは聞こえない。ヒムロは微かに焦りを見せるが、その焦りをも楽しんでいる様子だ。初対面の相手に笑顔で手を振ったり一人で敵陣に来て匿ってくれと頼んだり、ナスカは彼女を結構変わった女性だと思った。掴めない人は苦手である。
「何の騒ぎかしら」
騒ぎの原因は一番分かっている筈なのに、ヒムロは白々しく言った。「見てこい」と言いたいのだろうなと察知したナスカは見て参ります、と返す。
「そっと様子を見せてもらおうかしら。ふふっ、冗談よ」
本当に、分からない。
- 白薔薇のナスカ ( No.19 )
- 日時: 2017/06/02 01:18
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: as61U3WB)
「女を匿っているだろう!大人しく出さないか!!」
その声の主を見た時、ナスカは青くなった。覆面の男だったからだ。あの日ナスカから両親と最愛の妹を奪った奴である。見るだけで吐き気がした。数人いて銃を構えている。中の一人は紙を持っていて、そこにはヒムロの写真が載っている。
「そう言われましても、その様な女性は全く心当たりございません。お引き取り下さい」
中には冷静に対応に当たっているベルデに銃口を向ける者もいた。
「平和的な退去を願います」
彼はひたすらその姿勢を崩さずにいる。
刹那、近くにいた女性の肩甲骨辺りを銃弾が撃ち抜いた。高い悲鳴を上げて女性は倒れる。場が凍り付く。それまでは威嚇に使っているだけだと軽視していたが、銃の意味が変わった。下手に動けば撃ち殺されてもおかしくない、と誰もが思う。
「これでもまだ隠せるのか?」
覆面の男は問った。
「隠すも何も、知らないものは仕方無いでしょう」
ベルデは平静を装い答えた。
一人の覆面の男が人形の様に倒れた女性に歩み寄り、脱力した彼女の体をいとも簡単に持ち上げる。四肢は力が抜けてだらりと垂れている。
「まぁ良い。よく見ると美人な女だし、死ぬ前に遊ぶか」
男はダガーナイフを取り出して女性の着ている衣服を切り裂く。ブレザーは分厚くて切りにくそうにしていた。衣服を完全に脱がせると、布一枚被せて担ぎ上げ、外へ引きずって出ていった。一部始終を見ていたナスカの心に恐怖と共に怒りがふつふつと沸き上がってくる。
「まだ言わないなら、ここの女を全員蹂躙してから捕虜も処刑するぞ!」
分かりやすい脅迫である。
「そう言われましても、知らないものは協力のしようがございません」
あくまでその姿勢を貫くベルデの肩を銃器で強く殴った。ベルデは激痛に言葉を失った。男は調子に乗って言う。
「はっはっは、あの男がいなければ航空隊もあっという間に潰れるぞ。あいつ以外に脅威的な実力者はいないだろう」
流石にこれにはほとんど皆がイラッときたが言い返す者はいなかった。有力者が他にいないと思われている方が得だからである。特にナスカが天才的な才能を持つ事を知られて狙われると可哀想と思い、誰もが怒りの感情を抑えた。
「捕虜を処刑して良いんだな」
銃口がベルデの眉間を睨んでいる。彼はひたすら痛みを堪えて「知らないものは知らない」というスタンスを貫いた。いつ撃ち殺されてもおかしくはない状態である。当人も覚悟を決めているだろう。
「よし、決まりだ!」
男達は吐き捨てる様に言うと退散していく。
そして、静寂が訪れた。ベルデは安堵と恐怖の混じった複雑な心境で溜め息を漏らす。
「大丈夫ですか?」
ナスカは声を掛けた。ベルデは肩を押さえながら深刻な顔付きで、
「追い払えたのは良かったですが……アードラーさんが心配です。そう簡単に殺すとは思えませんが、解放交渉を急いだ方が良いかもしれませんね」
と言った。
衛生科の数名が割れた窓ガラスを慣れた手付きで片付け始める。ベルデは他の警備科の人に待機所の警備を厳しくする様に相談したりし始めた。ナスカは談話室へと戻る。
「もう帰ったかしら?」
ヒムロがひっそりとした声で尋ねてきたのでナスカは頷く。それを見たヒムロは少しリラックスした顔になって拍手をしながら、流石だわ、とクロレア航空隊を称賛した。
「で、これからはどうされるのですか?」
ナスカが尋ねると彼女は明るい表情で、暫くそこにいさせてもらおうかしら、と言う。
「勿論無条件にいさせろとは言わないわ。ちゃーんと働いてあげる。あ、貴女の紅茶冷めちゃったわよ」
ヒムロは既に自分の紅茶を飲み終えていた。テーブルに置かれた紅茶の入っているティーカップから湯気は出ていない。
「淹れ直す様に頼めば?」
ナスカは結構ですと断って一気に飲み干した。ヒムロは愉快そうに笑った。
「一気にいったわね」
そして続ける。
「実は、あたしに良い考えがあるの」
- 白薔薇のナスカ ( No.20 )
- 日時: 2017/06/03 09:55
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: b9FZOMBf)
episode.10
「長い夜の幕開け」
その日の夜。
「実はあたしアードラーくんのいる部屋の鍵を持っているの。隠す必要も無いわね、これよ」
ヒムロは食堂にて、航空隊員らの前で金色の鍵を取り出し見せた。誰かが磨いた様な光沢のある鍵である。
「これがあれば交渉する必要もなくなるって話よ。分かるでしょう?」
隊員は誰も彼女を本当に信じてはいない。当然だ。勝手に逃げてきた敵国の女を快く受け入れる者などいる筈がない。事実その女のせいで仲間が一人殺された後なのだから、仕方無いだろう。
「リボソ国の収容所を叩くなら今が絶好のチャンス。というか最後の機会だわ」
ヒムロは自信に満ち溢れた表情で説明した。そして、こう結ぶ。
「やる気になったら言って。強制はしない。貴方達の意思を尊重するわ」
ヒムロが優しく微笑んだのを合図に解散になった。それぞれが自分の場所へ帰っていく。ナスカは肌でひしひしと感じていた。もう誰も、エアハルトを助けなければとは思っていない。皆疲れ果てて「どうでもいい」という感じである。
食堂から人がいなくなったタイミングでヒムロがナスカに声を掛けた。
「少し時間良いかしら」
ナスカの隣にいたトーレは驚いた顔をする。ナスカは「何ですか」と返した。ヒムロは二人の向かいの椅子に座るとタブレット端末をテーブルに置く。彼女は少し操作してから、タブレットに向かって「アードラーくん」と呼ぶ様な声を出した。ナスカとトーレはその様子を不思議な顔で見詰める。暫くするとタブレットから声が聞こえた。
「何か?」
それは間違いなくエアハルトの声で、ナスカは唖然とする。
「聞こえているのね」
「何処?」
エアハルトの声は不思議そうに尋ねた。
「声の聞こえてくる場所は気にしないで。ナスカに変わるわ」
ヒムロはそう言った後タブレットをナスカの方に向けると、何か言う様に促す。
「もしもし」
電話しかしたことのないナスカはそう声を掛ける。
「……本当にナスカ?」
そんな風に返ってくる。ナスカは喜んだ。心が軽くなるのを感じる。生きていてくれることをどれだけ願ったか。
「そうですっ。エアハルトさん……ご無事で何よりです!」
エアハルトは前と変わらぬ声質ではははと笑った。
「心配させたかな、ごめんね。でも良かった。こうしてまた君と喋ることが出来て」
そして彼は少し寂しそうな声で告げる。
「明日の朝、処刑が決まった」
ナスカは耳を疑った。
「本当は言う必要なんてなかったんだけど、やっぱり隠し事とかはいけないと思ってね」
トーレは椅子から落ちた後に慌てふためく。流石のヒムロも知らなかったらしく表情が凍り付いていた。
「感謝で一杯だよ。ナスカ、本当にありがとね」
エアハルトは明るくそんな事を言う。もう死ぬと言っているかの様に。
「つまり朝までは大丈夫なのですね?分かりました!今から助けに行きます!」
必死に平静を装い宣言するナスカにエアハルトは落ち着いた声で返す。
「そんな気遣いはいらないよ。エアハルトの名に恥じない死に方をするから、温かく見守っていて」
そして笑う。
「死ぬのは怖くない。でも大事な子を失うのは辛いからさ」
ナスカは見えていないと分かりながらも首を横に振る。
「諦めずに待っていて下さい。必ず助けに行きます。どうか、一秒でも長く生きていて。私、大切な人を失うのはもう嫌ですから」
エアハルトは頑固な彼はらしくなく分かったと折れた。
「あ、でも、無理になったらそこで諦めるんだよ」
「分かってます。ですが……出来る事は全てします!」
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17