ダーク・ファンタジー小説

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白薔薇のナスカ《改稿版投稿完了!》
日時: 2017/09/10 23:51
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SkZASf/Y)

初めまして。あるいはこんにちは。四季といいます。
以前他サイトに投稿していた作品なのですが、こちらに移動させていただくことにしました。
初心者なので拙い文章ではありますが、どうぞよよしくお願い致します。
※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

初期版 >>01-50
2017.8 改稿版 >>53-85

白薔薇のナスカ ( No.31 )
日時: 2017/06/04 01:54
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xrNhe4A.)

 銃撃戦を潜り抜け奥へ進んだ男性は灰色のドアを見付ける。
「……隔離室?」
 手をかけてみるが開かない。
(ロックがかかっている……。もしや、何か大切なものを隠しているのか?)
 男性はドアを拳銃で撃ってみるがびくともしない。次はふと目に入ったドアの横のタッチパネルを二発撃ってみた。すると勢いよく自動でドアが開く。
 念のため拳銃を構え、部屋の中を覗く。そして彼は愕然とした。
「……ルナ?」
 ヒムロと目が合う。
「マモ……ル」
 男性は拳銃をしまう。
「本当にルナか!?」
 驚きを隠せないらしい。
「そうよ。ヒムロ、ルナ」
 ヒムロは冷たい声で答えた。
「ルナ、生きていたのか?まさか!」
 男性は嬉しそうに歩み寄る。
「どうして生きていると連絡しなかったんだ?」
 しかしヒムロは浮かない顔のままだ。
「何故?……よくそんなことを聞くわね」
 男性は腕を伸ばす。
「何を怒っているんだ、ルナ。さぁ一緒にリボソへ帰ろう」
 ヒムロが男性の顔を見上げて静かに述べる。
「殺されるわ」
「え?」
 男性はよく分かっていない顔だ。
「帰れば殺される、って言っているのよ」
「大丈夫、一緒に帰ろう。俺がちゃんと説明するから……」
 次の瞬間、ヒムロは急に立ち上がり男性の拳銃を奪う。そして銃口を彼に向ける。
「……え?」
 ヒムロは冷静だった。
「下手に動かないで。部屋の外に出て」
 ゆっくりとヒムロは近付く。男性はそれに伴い退く。やがて廊下に出る。
「な、何のつもりだ、ルナ。いきなり銃なんか向けてきて」
 男性は顔を引きつらせる。
「冗談だろう……?」
「本気よ」
 ヒムロは恐怖心を煽るような冷ややかな顔付きで彼を睨む。
「もう帰らないわ。昔のあたしは忘れて、ここで第二の人生を生きるの」
 男性は声を荒げる。
「そんな……何を言っているのか分かっているのか!誰よりもリボソの為に生きてきたルナがどうして!」
「もう嫌なの!!」
 ヒムロは引き金に指を当てている。
「……疲れたのよ。理不尽な理由で苦しみもがき死んでいくのを見るのはもう嫌なの。だから全てなかったことにするの」
「ルナ!」
「平気で酷いことする尋問官が嫌。拷問みたいな尋問を認めてる上司も、それを黙認してる国も、捕虜処刑を楽しんでる国民だって!全部嫌!でも一番嫌なのは……」
 男性は愕然として聞く。
「運命に逆らえなかったあたし!」
「何を言い出すんだ……いい加減にしろよ!」
 男性がキレて掴みかかろうとした刹那のこと。
 大きく目を見開いて倒れる。
「な、何っ?どうしたのよ」
 ヒムロは驚きながらも冷静さを保ち男性を見る。腹部に銃創ができて、そこから赤黒い血液が流れ出している。
 知り合いが目の前で撃たれて倒れる。それはあまりに生々しい光景で、一般人なら吐き気を催してもおかしくなかっただろう。ヒムロは長年尋問官として働いてきた故に大丈夫だが。
「よし」
 男性の背後には拳銃をぶっぱなしたエアハルトがいた。
「あ、新手……か……」
 倒れた男性は掠れた声を漏らした。ゲホゲホと咳をすると鮮血で唇が赤く濡れる。
「アードラーくん!?……どうして」
「むしろ僕が聞きたい」
 エアハルトはそう返した。
「く、お前が……もしや、ルナを……」
 掠れ掠れ呟く男性の顔がどんどん青ざめていく。
 エアハルトは戸惑いなく彼のこめかみに銃口を当て、低い声で言う。
「これが最期だ。何でも言え」
 男性は定まらない視線で小さく口を開く。
「ルナ……ずっと愛してる」
 そして、銃声が響いた。
 暫く沈黙が続く。
「この男は知り合いなのか?」
 やがて沈黙を破ったのはエアハルトだ。ヒムロは男性の死体をじっと見詰めながら答える。
「カサイマモル。彼は婚約者。唯一優しくしてくれた人だけどもう何年も会ってなかったわ。父があたしの父と同じ外交官で知り合い同士だったのよ」
 エアハルトは怪訝な顔をして復唱する。
「婚約者?」
「そうよ」
 彼女は悲しげな眼差しで頷いた。それに対してエアハルトは真剣な表情で述べる。
「ヒムロ、一つだけ聞かせてくれ」
「……何?」
 奥まで入ってくる者はいないのでここは静かだ。
「何故同胞に銃を向けた」
 二人の声しかしない。
 エアハルトの真剣な眼差しには流石のヒムロも冗談を言えない。
「それも婚約者などに。銃は敵に向けるものだ」
「そうよ」
 ヒムロも今回ばかりは真面目に答える。
「その通り。あたしは仲間に銃は向けないわ」
 そして静かな声で問う。
「なら逆に、どうして貴方はあたしを助けたの?」
「敵だから撃っただけだ」
「じゃあどうしてあたしを撃たないの?」
 エアハルトは言葉を詰まらせる。
「力が、必要でしょ」
 ヒムロはいたずらに口角を上げる。
「……どうなの?」
 エアハルトはまだ言葉を詰まらせている。
「あたしは敵ではないと思うわよ。貴方達が仲間だと思うかどうかは知らないけれど」
 暫く沈黙を挟み、エアハルトはやっと口を開く。
「……僕は君のことを何も知らなかった。なのにきつく言ったことは謝ろう。だが、君はそれで後悔しないのか?同胞を敵に回して、それで良いのか?」
「後悔はしないつもりよ」
 ヒムロはそう返ししゃがみこむと、そっと両手を合わせる。そして目を閉じて暫しじっとしていた。
「……何を?」
「人が死んだ時、祈るのよ。死んだ人の魂が穏やかに故郷に帰れますように、ってね。仮にも婚約者だしこれぐらいはしてあげようと思って。誰も祈ってくれなかったら寂しいでしょ」
 静かに祈りを捧げるヒムロをエアハルトは意外だと思った。そんなことをするタイプだと思っていなかったからだ。
「何だか意外だ」
「そう。……変よね。こんな非現実的なことしてもマモルが幸せになれるわけじゃないって、分かってはいるの。本当は……あたしの為」
 ヒムロは立ち上がる。
「あたしは新しい人生を生きるわ。もう過去のことは忘れる」
 エアハルトは呟く。
「過去との決別……か」
 過去は暗く痛いもの。人生は移り変わるもの。
 だけど——何度でもやり直せる。

白薔薇のナスカ ( No.32 )
日時: 2017/06/04 01:57
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xrNhe4A.)

episode.16
「大胆なヒロイン」

 エアハルトは踵を返し言う。
「まぁいい、ナスカがまだ向こうにいるから行ってくる。君はここにいろ」
 彼の背中に向かってヒムロは叫ぶ。
「待って!あたしも戦うわ!」
「駄目だ。素人が戦ったところで死ぬだけ」
 彼は振り返らずに素っ気なくそう答えたがヒムロには彼なりの気遣いなのだと感じられ、仕方がないので食い下がることに決めた。
 ヒムロは部屋に戻り、座り込む。ドアは壊れてしまっているので閉まらないが明るいのもそんなに悪くないと思いながら、マモルから奪った拳銃をギュッと抱き締めた。

 エアハルトは階段の方へと向かう。念のため警戒していたものの、銃撃戦は終わっていた。二階にはもう敵兵は残っていない。
 近くの警備科に尋ねる。
「一階の様子は?」
 その男の人は敬礼して明るい表情で返す。軽い口調である。
「順調っす!問題なしっす!」
 エアハルトが更に続けて尋ねる。
「そうか。援護に行かなくて良いのか?」
 男の人は陽気に親指をグッと立てて答える。
「下は大丈夫っす!俺らは二階に上がってきた奴だけを倒せばOKっすよ」
 ナスカが歩いてくる。
「エアハルトさん、無事で?」
 彼女の横には煤の様なもので汚れたトーレが付いている。
「……あ、うん。大丈夫」
 先程会った時は緊急なので普通に話せたが、やはり平常時だと気まずくなって、エアハルトは上手く話せなかった。彼らしくないぎこちない喋り方だ。
「……君は」
 エアハルトはトーレに視線に移して小さく言った。急に話を振られたトーレは少し戸惑った様子で苦笑しながら述べる。
「ちょっとドジなことをしてしまって。ははは」
 柔らかく苦笑いするトーレが本当は負傷していることに気付かないエアハルトではない。
「守ってくれたのか……ありがとう」
 ナスカが何食わぬ顔で口を挟む。
「トーレが誰を守ったの?」
 顔を見るがトーレは苦笑し続けるだけで何も言わなかった。何となくスルーした方が良さそうな空気を感じたナスカは何もなかったように視線をエアハルトに戻す。
「エアハルトさん、下へは行かない方が良いかと思います。まだ敵がいますから」
 ナスカは忠告した。
「下は警備科だけで十分な戦力なのか」
 エアハルトは先程声をかけた男の人に確認する。
「いえ、警備科だけではありませんよ」
 男の人はそう述べた。
「違うのか?だが他に誰が戦えると……」
「ジレル中尉」
 答えたのはナスカ。
「彼が一階に残りましたから、総倒れはない筈です」
 敵兵は数は多いが個々の戦闘能力はそんなに高くないのでジレル中尉が負けることはない、という考えだ。ナスカの彼への信頼は絶対的である。
「にしても、こんな時にお偉いさんは何をしてるんだろうね」
 トーレがいきなりナスカに話しかけた。
「私に分かると思う?」
 下の階からしてくる振動は徐々に収まってきている。大体勝負が付いたのだろう。
「ナスカはどう思ってるのかなぁ、って思ってさ……」
「さっぱり分かんない」
 ナスカは笑って答えた。
 彼女は正直そういう方面には詳しくない。ここまで一生懸命さぼらず勉強はしてきたが、それでも若い頃からエリート街道を真っ直ぐに進んできた人達に比べれば知識は劣る。
「トーレは頭良いわよね」
 褒められたトーレは頬を赤く染めながら控え目に「そんなことないよ」と返すが言葉とは裏腹に表情からは喜びが伝わってくる。ナスカはその様子を愛らしく思い眺めていた。
「本当よ。流石学卒」
 肩にぽんと軽く手を置く。
「が、学卒?」
 トーレが首を傾げる。
「学校卒業を略してみた」
「あ、そっか。ナスカは航空学校出身じゃないもんね。まぁそれで一番強いんだけどね」
「そんなことないわ。ふふ」
「いや、何、和んでるの?」
 エアハルトはあまりにのほほんとした二人に突っ込みを入れた。
「まだ敵が来る可能性はあるから気を付けた方がいいよ」
「私ですか?」
 ナスカに真顔で見られたエアハルトは怯み慌てる。
「あ、いや、一応だよ」
 それに対してナスカは「そうですね」と返事をした。エアハルトが慌てているのがナスカにはよく分からなかったが、大したことではないので気にしないことにした。
「誰か!来て!!」
 いきなり一階から叫び声が聞こえる。
 階段に向かおうと足を進めかけたエアハルトをナスカが止める。
「行きます」
 彼は数秒して強く言う。
「駄目に決まってる!」
 ナスカは制止を聞かずに歩き出す。
「トーレ、行こう」
「急いだ方がいいね」
 エアハルトは彼女が自分に従わないことに、内心動揺していた。もう上司とさえ思われていないのか?そんな不安に駆られる。

白薔薇のナスカ ( No.33 )
日時: 2017/06/04 01:59
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xrNhe4A.)

 ナスカはトーレと共に一階へ下りる。
「ナスカちゃん!ベルデさんが……どうすれば……!」
 警備科の女の人が涙目になりながら切羽詰まった声で訴えてきた。完全にパニックになっている。冷静さが命の仕事内容だというのに。ナスカは心の中で密かに「警備科なんだからもっとしっかりしろよ」と微かに思ったが、次の瞬間、そんな思考は吹き飛んだ。
「ベルデ……さん?」
 門で見た年がいった方の男の足下にベルデが倒れている。男はやや興奮気味にベルデをぐりぐりと踏みつけていた。楽しんでいるようにも見える。
「ちょっと貴方!何をしているの!!」
 ナスカは怖い形相で勢いよくそちらへと歩いていく。
「……貴様、何者だ?」
 男は警戒して尋ねた。
「その人を離して」
 ナスカは問いなど完全無視で命令し拳銃を向ける。
「……答えろ」
「いいえ、答える必要はない。今すぐ離して」
 男はベルデを踏む足に力を加える。
「うぐ!……え。む、ナスカさ……ん?」
 ベルデは光のない目で小さく漏らした。生きていたことが分かりナスカは安心する。
 男はベルデの前髪をガッと掴むと自分の心臓の辺りに彼の額がくるように持ち上げた。丁度ナスカの拳銃の銃口のところに額がくる。
「私に撃たせない作戦ね」
 男はニヤリと笑う。しかしナスカはそのぐらいでは全く動揺しない。
「名案ね。まぁ、相手が私でなければ……だけど」
 ナスカは引き金に指をかけて微笑む。
「貴方はこの拳銃の威力をご存知かしら」
「……時間稼ぎか?」
「まさか!ご冗談を。この拳銃改造されてるのよ。だからね」
 緊張のあまり失神しかける女性を傍にいたトーレは慌てて支え、不安気に見守る。
「頭蓋骨ごと貴方の心臓を貫くことも可能ってわけ」
 ナスカの大胆過ぎる発言には誰もが愕然とする。
「愚かな!貴様のような小娘が仲間を撃ち殺せる筈がない」
 ベルデは目を細く開き定まらない視線でナスカを見、弱々しく頷く。命乞いするどころか、殺してくれと言わんばかりである。
「おい、お前もちょっとは命乞いとかしろよ!こんな小娘に殺されるんだ!」
 作戦は見事に成功している。思惑通り、男は動揺し始めていた。相手が冷静さを失えばこちらのものだ。
「なぁ、仲間に銃を向けられるってどんな気持ちだ?恐怖か、憎しみか?」
 ベルデの腹に膝蹴りをする。
「ぐ……」
 彼は蹴られた部分を押さえて呻く。男は虫の息のベルデを無理矢理起こすと狂ったような表情で激しく言う。
「自分がこんな目にあっているのに他の奴らはのうのうと生きているのが憎くて仕方ないだろう?死ぬ前に一言答えろよ!上司に銃を向けるような小娘なんて殺したいと思うだろ!?」
 男は急かす。
「憎いと思うだろ!?」
「……ない」
 ベルデの血に濡れた唇が微かに動く。聞こえるか聞こえないかのような声だった。
「んん?はっきり言え」
 男は愉快そうに命じた。
 ベルデはとても穏やかな表情で淡々と答える。
「思わない」
 言い終わるほぼ同時に男はベルデの顔面を蹴り飛ばす。ベルデは上に飛ばされ地面に強く叩きつけられる。
「この生意気め!今すぐに殺してやる!」
 男が機関銃を持ち上げる寸前に、ナスカは後ろから眉間を撃ち抜いた。躊躇いはない。倒れた後、更に胸を数発撃った。
「……終わりよ」
 吐き捨ててベルデに向かう。
「大丈夫ですか?」
 目は少し開いているが意識は朦朧としていた。呼吸が荒い。
「もうすぐ救護班が来ますからしっかりして下さい。ベルデさん、生きてるんですよ。生きて下さい、絶対に」
 ナスカが手を握り締めるとベルデはそっと握り返す。
「分かり……ます。あり……がとう……ございます」
 掠れた声で途切れ途切れ述べた。
「何か必要なものはありますか?」
 ナスカは尋ねる。
「本当……なんですね」
 ベルデの発言にナスカは不思議な顔をする。
「ヒムロさんが、言ってられたのです……もう……死ぬ時に、必要なものなど……ない、と」
 こんな時でさえも淡々とした物言いだ。平静を装っているのか本当に落ち着いているのか。ナスカにはどちらなのかよく分からないが、死ぬかのような言い方は気に食わない。
「そんな言い方をしないで下さい。まだ死にません。実際、こうして生きているじゃありませんか」
 救護班が走ってくる。
「もう……限界です。多分」
「諦めてはいけません。貴方がこんなところで死んでしまったら、これから誰が警備科の指揮を執るのですか」
 返事はもうない。無視しているのではなく意識を失っているのだ。今になって漸くやって来た救護班の班員達が群がり手当てを開始する。
 これでもう安心……とはとても言えない。むしろその逆で、まだ危険な状態だろう。それでもナスカは信じた。きっと間に合う、きっと大丈夫、すぐに回復する。

 司令官を失ったリボソの歩兵達は撤退を余儀なくされた。こうして第二待機所は守られたのである。
 しかし第二待機所が受けた被害もかなり大きかった。備品や建物、それに人体。損害は多岐に渡った。壊れた物は修理出来るが失われた命は戻らない。何よりそれを考えさせられる事件であった。
 ベルデは幸い命を取り止め、意識は戻るようになった。運が良かった。とはいえ傷は深かったらしく回復するにはもう少し時間がかかる為、受付兼指揮官にはブラームという男性が代役として立てられた。
 一方エアハルトはナスカに嫌われているかもと絶望しかけていたのだが、その誤解は解け、和解した。また前と同じように仲良しに戻る。
 マリアムは故郷に帰り養生することに決まり待機所を後にする。そしてまるで代わりの様にヒムロは正式にクロレア航空隊に入隊した。彼女はついにリボソを捨てたのだった。
 クロレアの国は長らく続いた戦争という悲劇を根元から断つべくリボソに対して和平を訴えるもののリボソのカスカベ女大統領はそれをことごとく拒否。交渉は失敗に終わる。それは皆の予想通りだった。

白薔薇のナスカ ( No.34 )
日時: 2017/06/04 02:01
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xrNhe4A.)

episode.17
「一番幸せな日」

 1951年、秋。
 その日、ナスカは一人、食堂で夕食を食べていた。
「おぉ、ナスカさん!一緒にご飯食べてもええですか?」
 唐突に現れたユーミルが陽気に声をかけてきた。手に持っているお盆には、いくつか食器が乗っている。
「えぇ、どうぞ」
 そう答えるとユーミルはナスカの前に座った。
「ユーミルさん、今日はお一人?」
 ナスカがご飯を口に含みながら尋ねると、ユーミルは屈託のない笑みで返す。
「そうそう。今日は坊っちゃんも仕事があるらしいんや。だから、こっちは一人でご飯食べることにしましてん」
 本当に陽気な人だ、とナスカは思った。一人の日だったので困りはしないが、誰かといる時であったなら面倒臭くなりそうだ。
「それにしても、ここのご飯は美味しいわ!バイキング形式っていうのも自由感があって楽しいし。ナスカさんらはいつもこんな食事をしてはるんやね」
 ユーミルがペラペラと話し続けている間、ナスカは適当にあいのてを入れながら淡々と食事を継続する。
「あっ!それ、焼き魚?好きなん?こっちも実は魚とか好物やねん。迷って取らへんかったけど。折角やから、美味しいやつ教えてほしいわ」
 ユーミルは大量のポテトサラダを口に突っ込み、息苦しそうにもぐもぐしている。
「魚が好きなの?何だか意外」
 あまりに一人で話させるのも可哀想に思いナスカは返した。
「いやはや、よく言われますわ!肉食っぽいって言われるんやけど、こう見えてこっちはまだ独身ですねん」
 ユーミルは笑いながら冗談めかすが、ナスカにはどこが面白いのかよく分からなかったので苦笑いでごまかした。
「ナスカちゃん、今ちょっと構わないかしら?」
 突然現れてそう言ったのはヒムロだった。
 浅葱色のシャツに赤いネクタイを締め、黒いタイトスカートにストッキングという大人の魅力たっぷりな服装とは裏腹に、薄く引かれた桜色のリップが初々しい可愛らしさを演出している。
「あ、ヒムロさん。どうかなさいましたか?」
「ナスカちゃんにお客様よ」
 ヒムロは微笑み言った。
「そうですか!あ、ユーミルさん、それでは私はここで。失礼します」
 ナスカはユーミルに向かって軽くお辞儀をすると、食器が乗ったお盆を持つ。
「これ、返してからでも大丈夫ですか?」
「構わないわよ。待ってるわ」
 ヒムロが笑ったのでナスカは安心してお盆を返しにいけた。
「お待たせしました」
「いえいえ。じゃあナスカちゃん、行きましょ」
 ナスカはヒムロの後についていく。
 食堂を出て廊下を歩き、談話室に着いた。ナスカはふと、ヒムロに初めて出会った日を思い出した。
「どうかした?」
 ぼんやりしているナスカをヒムロは不思議そうな目で見た。
「あっ、いえ。何でもありません!」
 ナスカは笑ってごまかした。
「それじゃ、開けるわね」
 ヒムロはドアを開け、中に入るように促す。
 談話室に入った瞬間、ナスカは目を疑った。
「に、兄さん……?」
 そこにいたのは、正真正銘ヴェルナーだった。一日たりとも忘れたことのない、あの日引き離された大好きな兄だ。
「本当に兄さん!?」
 ナスカは疑うような目付きで少しずつ近寄っていく。
「また、会えたね」
 ソファに座っているヴェルナーが静かに微笑む。
 ナスカは信じられない思いで彼を見つめた。言葉は何も出ない。その時は、目に溜まった涙を流さないようにすることに必死だった。
 どれだけ夢見ただろうか。この日を。
 ナスカは考えるより先に彼を強く抱き締めていた。
「会いたかった!」
 そう言ったのを皮切りに涙が溢れた。一度流れ始めた涙を止めることはできなかった。
「よく頑張ったね」
 ヴェルナーは微笑み、両腕でナスカの背中を優しく撫でる。まだ幼かった頃、泣きやまないナスカを慰めたように。
「よく頑張った」
 ヒムロはナスカの泣き声が外に漏れないよう、そっとドアを閉めた。
 幸せな二人の姿を、ヒムロは羨ましそうに見つめる。抱き締める人がいること、抱き締めてくれる人がいること。彼女にとってはもう二度と手に入らない夢。
「ヒムロさん、ヒムロさん」
 ようやく抱き締める手を離したナスカは、宙を見ているヒムロに声をかけた。
「あっ、えぇ。何かしら?」
 二回目で気がついたヒムロは平静を装い答えた。
「呼びに来てくださってありがとうございました!」
 ナスカはこの数年間で一番、太陽のように曇りのない笑顔を浮かべた。率直にお礼を言われたヒムロは気恥ずかしそうな表情をする。
「ありがとうなんて。仕事だもの、普通でしょ」
 その時だった。
 バァン!と大きな音が響き、ドアが勢いよく開く。
「痛っ!」
 腕にドアが凄まじく激突したヒムロだった。
「ナスカ!本当かい!?」
 大きく言いながら、小包を持ったエアハルトが入ってくる。
「エアハルトさん?」
 ナスカは驚いて彼を見る。
「……アードラーさん」
 ヴェルナーがやや緊張感のある声で言った。
「お久しぶりです。ナスカがお世話になっております」
 エアハルトは気まずそうな顔で返す。
「いや、大丈夫。むしろこっちが助かってるぐらいで」
 二人がとても気まずい雰囲気なのが、ナスカには不思議だった。
「ヴェルナー、いや、こんな風に馴れ馴れしく呼ばれるのは嫌かもしれないが……とにかく退院おめでとう。これを」
 エアハルトは手に持っていた小包を差し出す。
「それ何ですか?」
「ナスカ、これはヴェルナーの退院祝いだよ」
 仲の良いナスカとエアハルトを目の前で見て、ヴェルナーは様々な感情が混ざった複雑な顔をしている。可愛がっていた娘がいつの間にか他の男と仲良くなっていたときの父親の心境に近しいものがあるのだろう。
 ヴェルナーはナスカの耳元に口を寄せ小さな声で尋ねる。
「アードラーさんと仲良し?」
「仲良しかは分からないけど、私は好き!エアハルトさん、とっても優しくて素敵な方よ!いつも守ってくれて頼もしいし」
 ナスカは迷いなく答えた。

白薔薇のナスカ ( No.35 )
日時: 2017/06/04 02:02
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xrNhe4A.)

 ヴェルナーは更に難しい表情になったが、やはりナスカには意味が分からなかった。
「とにかく、小包を開けてみてよ。ほらヒムロ!紅茶!」
 ヒムロは「分かってる」とでも言いたげな不満そうな顔で談話室を出ていく。
「先に言っておくと小包の中はお菓子だ。ヴェルナー、ナスカと二人で楽しんでくれ。では僕はこれで」
 そう言うとエアハルトは談話室を後にした。
 ヴェルナーが口を開く。
「アードラーさんがあんな優しい話し方するの初めて見たよ」
 ナスカはヴェルナーの隣に座り彼にもたれる。
「そうなの?兄さん」
「ファンサービスはするけど、後輩には厳しい人だったよ。俺もよく怒られたよ」
 ヴェルナーは苦々しい顔をしながら懐かしむように言った。
「そっか。エアハルトさん、カッとなるところあるもんね」
 にこにこで返すナスカに、ヴェルナーは真剣な顔をする。
「ナスカ、彼には気を付けたほうがいい。アードラーさんはパイロットとしては優秀だが、他は……」
「優秀でない、と?」
 ヴェルナーの言葉に柔らかく口を挟んだのはヒムロだった。ティーカップ二つと銀色のポットをお盆に乗せて談話室に入ってきたところだ。
「紅茶をお持ちしました」
 ヒムロはにこっと微笑むと二つのティーカップをテーブルに置き、銀色に輝くポットを持つとゆっくり注ぎ入れる。
 秋を感じさせる甘い香りが、ほくほくと部屋に広がる。
「何の味ですか?」
 ナスカが興味津々で尋ねるとヒムロは優しく答える。
「あたしのお気に入り、マロングラッセティーよ。冷めると甘ったるくなるから温かいうちにどうぞ」
「マロングラッセ?どうしてそんな高級品を」
 ヴェルナーが怪訝な顔でぼやくのをヒムロは聞き逃さなかった。
「この国では栗は高級品と聞きましたけど、あたしの故郷ではいたって普通の食べ物でした。これは故郷の知人から送っていただいたものですからそこまでの高級品ではありません。ただ味は美味しいと思いますよ」
 ヒムロらしくなく丁寧な口調だった。もしかしたら客人にはこうなのかもしれない。
「ヒムロさん、今日は何だか雰囲気違いますね」
 ナスカは言ってみた。
「お仕事中だもの。それじゃ、ごゆっくり。あ、ポットの紅茶は自由に飲んで構わないわよ」
 ヒムロはさらっと言い談話室を出ていった。
 談話室でナスカはヴェルナーと二人きりになる。
「さっきのお話……何だっけ。エアハルトさんはパイロットとしては優秀だけど、の続き」
 ヴェルナーはキョロキョロしてから話し出す。
「先生としては優秀じゃないって話だよ。いちいち言い方が強すぎるってのもあるけど、よく事故を起こすから。危険な飛行なんだよ。それが一番怖いね」
「それは……兄さんが怪我した事故のこと?」
 ヴェルナーは黙り込む。
「兄さんが怪我をした訓練、エアハルトさんが責任者だったって。あと、優秀なパイロットが何人も亡くなったって。その日……何があったの?」
 ナスカは問うが、ヴェルナーは下向き黙ったままびくともしない。
「……兄さん」
 ナスカがそう言った時、ヴェルナーは小さな囁くような声で返す。
「事故じゃなかった」
 ナスカは耳をすます。
「あれは攻撃だった。だが戦争を恐れたクロレアは、訓練中の事故として闇に葬った」
「まさか!」
 思わず大声を出してしまったナスカは慌てて口をおさえる。
「ごめん。続けて」
「あの日訓練に参加していたのは俺と三人のパイロット。で、責任者がアードラーさんとロザリオ先生だった。ロザリオ先生はとても親切な先生で皆から信頼もされていたんだけど……彼がリボソ国との内通者だった。彼は最初、突然実弾で一機を撃墜したんだ」
「どうなったの?」
「空中でばらばらになった。俺は怖くなって大急ぎで離れようとしたけど、上手く操縦できなくて、そのうちに二機目三機目も撃たれて海に墜ちた」
 ナスカは何だか昔のような気分になってきた。だが昔のように楽しい話ではない。
「さすがにもう駄目だと思ったよ。ここで死ぬんだって」
 ナスカは幼い頃のように夢中で聞いていた。
「だけどアードラーさんが間に入ってくれた。先生の機体はばらばらになり、緊急脱出した生身のロザリオ先生も吹き飛ばした。ここまではまだ良かった。この後、アードラーさんの機体はバランスを崩して、俺の訓練機に突っ込んだ……こればかりはもう死んだと思ったね」
「確かにいきなり激突されたら驚くわね」
 ヴェルナーは続ける。
「そのまま海に突っ込んで、次に気が付いたら医務室のベッドだったよ」
「そっか……」
 話が一段落したところで、ドアが遠慮がちに開く。
「ご、ごめんなさい」
 微かに開いたドアの隙間からトーレが覗いていた。
「何か用事?」
 ナスカが尋ねるとトーレは気まずそうな顔で返す。
「盗み聞きするつもりじゃなかったんだ。ただ、ナスカのお兄さんが来てるって聞いて、挨拶しようかなって。それだけ。本当にそれだけなんだ」
「大丈夫。トーレ、もっと入ってきたら?そんなところで覗いてると変よ」
「う、うん。そうするよ」
 やっとトーレは談話室内に入ってきた。
「初めまして」
 ヴェルナーが優しく言う。トーレはヴェルナーに目をやり、緊張で強張りながらもやや興奮気味に挨拶する。
「初めまして、トーレです!いつも仲良、違った、お世話になっています!」
「ヴェルナーだよ。よろしく」
 手を差し出されたトーレは興奮で顔を赤らめている。
「そんな、よろしくだなんて!勿体ないですよ!」
 と言いつつも握手する。
「ヴェルナーさんってどんなお仕事をなさってるんですか?」
 トーレの質問にナスカが答える。
「兄さんは戦闘機パイロット志望だったのよ」
「え!そうなの!?」
 トーレは驚きを隠さない。
「知らなかった!じゃあ僕らの先輩なんだ!」
「なんだかんだで訓練生までしかいっていないどね」
 ヴェルナーが笑っていたのを見てナスカは少し安心した。
「訓練生でも先輩は先輩です!才能ってやっぱり遺伝するんですかね〜。兄妹揃って戦闘機乗りなんて羨ましいなぁ」
「羨ましい?」
 怪訝な顔になるヴェルナーにトーレは邪気なく言う。
「だって、一緒に並んで空を飛べるじゃないですか!僕の家じゃ他に空飛ぶ人はいないんで、いいなぁって思いまして!」
 トーレは始終興奮気味であった。ナスカは、彼の無邪気な表情を見ていると、心が軽くなるような気がした。


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