ダーク・ファンタジー小説
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- 白薔薇のナスカ《改稿版投稿完了!》
- 日時: 2017/09/10 23:51
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SkZASf/Y)
初めまして。あるいはこんにちは。四季といいます。
以前他サイトに投稿していた作品なのですが、こちらに移動させていただくことにしました。
初心者なので拙い文章ではありますが、どうぞよよしくお願い致します。
※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
初期版 >>01-50
2017.8 改稿版 >>53-85
- 白薔薇のナスカ ( No.46 )
- 日時: 2017/06/04 19:07
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5obRN13V)
episode.23
「この幸せなぬくもりを」
空に、華が咲いた。
昼間のまだ明るい空に咲くまばゆい華を、その日、リボソ国民は見た。
その綺麗な華は、大空に大きく開き、ちらちらと名残惜しそうに輝きながら消える。それは女帝カスカベの時代の終わり、そして、リボソの国の新たな時代の幕開けを意味していた。
「……終わった」
合図の花火をあげたナスカは全てが終わった後の静かな部屋にゆっくりと帰ってきた。先程までの喧騒が嘘のようだ。カスカベの部下の男たちは愕然として目を大きく見開き、立ち尽くしている。その足は微かに震えていた。
こわばった顔をしているナスカの心を癒そうとしたのか、ヒムロは優しく微笑みかける。
「よくやったわね。ナスカちゃん、さすがだったわ」
「けど私……人を」
ヒムロは首を横に振り、ナスカをそっと抱き締める。
「いいのよ」
ナスカを抱き締める腕から、温かなぬくもりが、じんわりと伝わってくる。母親と錯覚するような温かさだ。
「後悔しない道を選んだのでしょう」
確かにヒムロの言う通り、カスカベにとどめを刺したことを後悔はしていない。むしろどちらかというと、すっきりしているくらいのところもある。
「ご苦労だったな」
ヒムロの後ろから言ったのはジレル中尉だ。
「ジレル中尉!あの、……ごめんなさい。私」
ナスカが頭を下げて謝ると、ジレル中尉はやや恥ずかしそうな表情で返す。
「構わん。気にするな、仕事がら怪我には慣れている。それにもう応急手当てはしてもらったから大丈夫だ」
言われてから見てみると、ジレル中尉の足には包帯が巻かれていた。ヒムロが連れてきた男たちの中に、救急箱を持っている者がいる。どうやらその彼が手当てしたようだ。
「けど、痛かったでしょう。本当に……本当にごめんなさい。治りますか?」
ナスカがジレル中尉の手を取り目を見詰めると、ジレル中尉は戸惑ったような顔をした。
「たいした怪我ではない。正しい処置をすればすぐ治る」
「……良かったぁ」
ナスカは目の前の彼に悪いとは思いながらも、安堵して漏らした。けれど彼はそれを聞いても嫌な顔をしなかった。
ヒムロがジレル中尉に視線を合わせ口を開く。
「それじゃあ、後は任せるわ。ナスカちゃんをよろしく」
「私らは撤退か?」
「アードラーくんに会わせてあげてほしいの。彼や戦闘機を乗せた船がもうじき出るわ」
「……そうか」
「時間がないわ。ちょっと急いだほうがいいと思うわよ」
ナスカがふと疑問に思ったことを尋ねる。
「ヒムロさんは?」
するとヒムロは微笑んだ。
「あたしは残るわ。まだしなくちゃならないことがあるのよ」
ナスカは突然寂しい気持ちに襲われる。
「……もう一緒にいられないんですか。まぁ、そうですよね。初めから、ヒムロさんはクロレアの人じゃない……」
「まさか」
ヒムロはナスカの頭を優しく撫でる。
「用が済んだら、また会いに行くわよ。待ってて」
それから、ナスカはジレル中尉と港へ急いだ。あまり時間はない。
街で怪しまれないために私服に着替え、鉄道を乗り継ぎ、なんとか船が出る時間に間に合うように急ぎ足で歩いた。本当は自動車かなにかが使えれば良かったのだが、さすがのヒムロもあの短時間でそこまではできなかったらしい。使える鉄道があるだけ、まだましだ。
一刻も早くエアハルトに会いたいと思う気持ちが、ナスカをいつもより早足にした。ジレル中尉は足に怪我をしていながらも、ナスカの気持ちが分かったのか、彼女のテンポに合わせて歩いている。
「それにしても遠いな」
港へ向かう海岸沿いを歩いているとき、突然彼は言った。
「そうですね。早く帰って、ゆっくりしたいです」
「あぁ、そうだな。私もだ」
ジレル中尉は珍しく穏やかな表情を浮かべている。
「果たしてこれで、本当に戦争は終わるのでしょうか」
海から爽やかな強い風が吹いている。
「それは……どうだろうか。争いはまたいずれ起こるだろう。人間の歴史なんてのは争いばかりだよ。だが、君の戦争は終わった。良かったじゃないか」
太陽の光が妙に眩しい。
「本当はここにいるのが、アードラーなら良かったのだがな」
そう言いながら、ジレル中尉は今までで一番寂しそうに笑っていた。
- 白薔薇のナスカ ( No.47 )
- 日時: 2017/06/04 19:08
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5obRN13V)
二人が港に着いたとき、エアハルトや戦闘機を乗せているというクロレア行きの船は、既に出港の準備を始めていた。
ナスカはその船の近くで作業している、見知らぬ一人の男性に声をかける。
「あの、すみません!この船、乗ってもいいですか?」
やや縦長のごつごつした輪郭がたくましい男性だったが、いかつい見た目に似合わない優しそうな、愛らしさすら感じる笑みを浮かべた。警戒されているものと思っていたナスカは意外な反応に内心驚いた。
「許可はありますか」
たくましい男性は笑みを崩さずにナスカを見て尋ねた。
「えーっと、許可ですか?」
よく分からないナスカは、困ってジレル中尉に目をやる。
「ありますか?」
その時、男性はジレル中尉に視線を移し、はっと何かに気付いたような顔をする。
「あっ!これはこれは、ジレルさんではありませんか!もしかして、そちらの女性は娘さんですか?」
男性は厳つい顔をくしゅっと愛らしく縮め無邪気に尋ねた。
「私は独身だ!」
気分を害したのかジレル中尉は強い調子で言った。
「ナスカ・ルルー!知っているだろう!?」
たくましい男性はその気迫に圧倒され弱々しく返す。
「す、すみません。自分はあまり詳しくなく……」
その弱気な態度が気に食わなかったのか更に食ってかかる。
「何を言う!ナスカくんはクロレアの英雄だぞ!それを詳しくないから知らないだと?ふざけるにも程が……」
「落ち着いて下さい!」
ナスカは大きく叫んだ。
ジレル中尉は愕然として目を見開く。いかつい男性も驚きをあらわにしている。
「あのっ、すみません!ありがとうございます。それじゃあ、船に乗ります!」
ナスカはそう言ってジレル中尉の手を引いた。男性は始終、きょとんとしたままだった。
ナスカは手を離さないまま、今にも出港しようとしているクロレア行きの船に向かって駆け出す。海からの強い風が、二人を後ろから急かしていた。
なんとか間に合い船に乗り込むことができたナスカとジレル中尉は、近くにいた女性乗組員に頼み、エアハルトがいるという部屋まで案内してもらった。
「こちらがエアハルト・アードラーさんの客室になります。お休み中かと思われますので、どうかお静かにお入り下さい」
ナスカがお礼を言うと、案内してくれた女性乗組員は少し微笑みながら深々と頭を下げ、静かにその場を離れる。
「行きましょう」
そう声をかけたが、ジレル中尉は立ち止まったまま首を横に振った。
「いいよ。私は」
「えっ、どうしてですか?」
彼は壁にもたれかかり、口角を上げる。
「一人で行ってくるといい。色々な意味でその方が良かろう」
「……そうですか。では」
ナスカは軽くお辞儀してから客室のドアノブに手をかけた瞬間、期待と不安の入り交じった感情を感じる。数秒間があってから、ドアノブを捻り、ゆっくりとドアを開ける。
「あの……こんにちは」
壁には絵画、そしてクラシカルなテーブルとイスがあるという、やや古風な内装だった。客船の客室みたいだ。
ナスカはゆっくりとベッドの方へ足を進める。
「エアハルトさん」
小さく呼びかけてみるが反応はなく、どうやら眠っているらしい。
ベッドの横まで行き覗き込むと、その暖かそうな布団の中でエアハルトはすやすやと眠っていた。その寝顔はとても穏やかで、苦痛の色が浮かんでいないことに安心した。
ナスカがそっと彼の額に手を当てかけた刹那、エアハルトがうっすらと目を開いた。ナスカは慌てて手を離す。
「……ナスカ?」
寝起きでぼんやりしながらエアハルトは尋ねた。
「エアハルトさん!」
ナスカは思わず叫んだ。
「な、な、何!?」
大声に驚いたエアハルトは、怪我人とは思えぬ素早さで起き上がる。日々の鍛練の賜物だろうが……今はあまり関係ない。
ナスカは嬉しさのあまり、なんの躊躇いもなくエアハルトを抱き締めた。
「生きていて良かった。……もう会えないかと思いました」
「心配かけてごめん」
エアハルトはそう言ってナスカの頭を優しくそっと撫でる。
「あっ、そういえば、体はもう大丈夫なんですか?」
嬉しさの暴走が落ち着くと、ナスカは尋ねた。
「うん、大丈夫。じっとしていれば治るって」
「もう痛くないんですか?」
エアハルトは、ナスカに心配をかけまいと思ったのか、明るく元気そうに振る舞う。
「さすがに普段通りってわけにはいかないけど、大丈夫だよ。たかが二発だしね」
痛くないわけないのに。
その言葉が真実とは思えなかったが、完全な嘘ではないだろうとは思えたし、何よりナスカのことを考えてそう言ってくれていると分かった。
「……それなら良かったです。生きていてくれればそれで。もう言うことはありません」
ナスカは、もう一度だけ、とエアハルトを強く抱き締める。 そして部屋を出ていこうとしたとき、その背中に向かって、エアハルトが少し大きめの声で言う。
「一つだけ言ってもいいかな」
ナスカは足を止めた。
「僕は気付いたんだ。これは伝えないと絶対後悔するって。だから……」
「何ですか?」
エアハルトは真剣な顔つきだった。
「ナスカ、君が好きだ」
「……えっ?」
ナスカは耳を疑い、信じられない思いで彼に目をやる。
「今……何て?」
「君が好きだ、結婚してくれ。そう言いたかったんだ」
エアハルトは微塵も照れることなく、迷いのない真剣なまなざしでナスカを見つめていた。
「だ、大丈夫ですか!!?」
ナスカはエアハルトに駆け寄り、彼の肩を掴み、大きくぐらぐらとゆする。
「やっぱり脳にダメージがあるんじゃありませんか!!?」
「大丈夫だよ大丈夫……って、ちょ、痛いよ!痛いって!」
ナスカはエアハルトの声で正気に戻り彼の肩から手を離す。
「あっ、すみません。それにしてもあの……それは、本気ですか?」
ナスカは彼の言ったことをまだ信じられずにいた。
「僕は嘘はつかない」
エアハルトは落ち着きはらってそう答えた。
「お気持ちは嬉しいですけど、いきなり結婚なんて。……まだ今は分かりません」
エアハルトは、戸惑いを隠しきれていないナスカの腕を引き寄せ、優しく述べる。
「返事は急がないけど、本気だから。考えてほしいな」
間近でみるエアハルトの顔はいつもより魅力的に見える。普段でも凛々しく十分な美男子なのだが、今はいつもと違った雰囲気がある。
「で、でも……航空隊は独身男性でないといけないのではなかったのですか?」
ナスカがおそるおそる尋ねると、エアハルトは首を横に振り答える。
「独身じゃないといけないっていう規定はないよ。心に決めたただ一人の人に捧げるだけならいいんじゃないかな?」
そう言ってからエアハルトはニコッと笑みを浮かべる。
「そうですか……。けど、航空隊で既婚の方って、会ったことがありません。戦闘機パイロットなんて、女の人に人気ありそうなのに不思議です」
「そりゃあ戦闘機パイロットは人気あるよ。給料もそこそこだしね。その代わり、いつ死ぬか分からないし人殺しも仕事なわけだからね……。それになぜか性格に難ありの人も多い」
「それはそうですね」
今まで出会ってきた人たちのことを思い浮かべると、確かに風変わりな人物が多かったと思い、ナスカは妙に笑えた。
一人として普通……いや、平凡な人はいなかった気がする。けれど、心底悪い人だと思うような人はいなかった。みんな根は優しくて、どこか良いところがあり、頼りになる人たちだったことは確かだ。
「エアハルトさん……本当に私でいいのですか。クロレアの閃光とまで呼ばれた貴方が、私みたいな平凡な女で本当に構わないのですか?」
するとエアハルトは、探るような怪訝な顔をする。
「どういう意味?」
「貴方ほどの人なら、大金持ちの令嬢とだって結婚できるはずです」
「ナスカだから好きなんだよ。それ以外にも理由が必要?」
「……いらない」
ナスカは小さく呟いて、エアハルトを抱き締める。
「私も好き」
もう二度と手放したくない。この幸せなぬくもりを。
- 白薔薇のナスカ ( No.48 )
- 日時: 2017/06/04 19:09
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5obRN13V)
episode.24
「未来へ」
船がクロレアの港に着く。
ナスカが船を降りると、ヴェルナーやリリーを筆頭に航空隊の隊員など、お馴染みの顔が並んでいた。
「ナスカだ!」
リリーは叫ぶとほぼ同時にナスカの胸へ飛び込んだ。腕に柔らかい金髪が触れる。
「待っていてくれたのね、リリー。大丈夫だった?」
ナスカが柔らかい金髪を撫でると、リリーは自慢げにガッツポーズをしてみせる。
「平気平気!リリーはこう見えてとっても強いの!」
「でも心配よ。だって私の中では今も昔のリリーだもの」
「違うよ」
リリーは明るい顔を上げてナスカを見つめた。
「昔は昔、今は今!だから、今のリリーは、昔のリリーとは別物なの!」
言われればそうだ。人は時間で変わっていく。
「……えぇ。それもそうね」
「ナスカ?」
「変わっていくのは素敵なことだわ。けれど、少し寂しいの」
だってそれは、大切な人がいつか自分から離れていくかもしれないと、心配し続けなくてはならないから。
そんな風に考え寂しそうな顔をするナスカの手を、リリーは強く掴む。
「大丈夫だよ!もし大切な人と会えなくなってしまっても、別れても、また誰か大切な人ができるから!」
「……そうかもしれない。けどずっと変わらなければ、その大切な人と永遠にいられるのよ。もう別れは辛いわ」
「むぅ……難しいよぉ」
リリーは頬を膨らませた。
「お久しぶり。ナスカちゃん」
その時、銀の髪を後ろで一つに束ねた落ち着いた雰囲気の女性が口を挟んだ。
「サラさん!」
ナスカはとても懐かしい顔に驚きを隠せなかった。
サラは、ナスカが絶望の淵にいたとき、毎日励ましてくれた輸送機パイロットの優しいお姉さんだ。あの頃は、仕事が始まる前に毎朝、色とりどりの花を届けてくれたものである。それも今や懐かしい。
「分かってくれた?嬉しいわ。私も年をとったから、分かってもらえないかと思ったわよ」
サラはそんなことを言うが、ナスカの目には昔と何も変わらないように見える。昔から落ち着いた大人の雰囲気だったというのもあるかもしれないが。
「そんな!分かりますよ。そんなの当然のことです」
ナスカが笑顔で返すと、サラは冗談めかしてお辞儀する。
「光栄です!英雄様」
「サラさん、何やってんすか」
すかさずヴェルナーが突っ込んだ。
「何よ。冗談でしょ」
サラは涼しい顔で言った。
「そういえばサラさんって、兄さんと知り合いだったんですよね」
「えぇ。私の方が数年先輩だけど、縁あって知り合いになったのよ。っていうのはね、私の父は教官をしていたの。父が教えていた訓練生の一人がヴェルナーくんだったのよ」
「教官ですか!それは凄いですね!何という方ですか?」
するとサラは寂しそうな顔になって答える。
「ロザリオ。ロザリオ・ランティークっていうの」
ナスカは怪訝な顔をする。
「……ロザリオ?」
サラは急に明るく言う。
「それはさておき!ナスカちゃん、心配は無用よ。ヴェルナーくんとは単に知り合いってだけで、そんな親しい関係じゃないから」
「いえ!全く気にしませんよ。むしろ嬉しいです!」
ナスカが本心をきっぱり言い放つと、ヴェルナーは大げさに傷ついた表情をする。
「酷いっ」
「何が酷いの?兄さん」
その意味が理解できず、ナスカは不思議な顔をする。
「うぅ……」
声を聞いて船の方を見ると、いつもにも増して青白い顔をしたジレル中尉が、よろめきながら降りてきている。いつもの鋭い眼光は感じられない。
「ジレル!!!」
リリーがジレル中尉に勢いよく飛びかかる。ジレル中尉はよろけて膝をかっくんと折って倒れた。
「あれ?ジレル?ジレル!大丈夫??」
リリーは慌ててジレル中尉の背中をさする。
「どこか痛いの?しんどいの?動悸?狭心症?」
するとジレル中尉はやや早い呼吸をしながら言う。
「……うるさい」
リリーに顔を覗き込みじろじろ見られ、ジレル中尉は不愉快そうな表情になる。
「私は船が嫌いなんだ!……酔うから」
するとリリーは明るくニコッと笑う。
「なぁんだ!ただの船酔いだね!じゃ、大丈夫だね!」
すると場は笑いに包まれ、ジレル中尉だけが苦々しい顔をしていた……。だが、それはいつものことなので、誰も気にかけはしない。
それから、クロレアに帰ったナスカを待っていたのは賞賛の嵐だった。終戦を記念する大規模なパレードが行われ、ナスカは人生で初めてパレードに参加した。音楽隊に舞踊団、そしてパレードを見守るたくさんの国民の拍手。華やかなムードで行われるパレードは、ナスカにとってはなにもかも初めての経験で、とても心が踊った。
作戦の成功を聞き付けたヘーゲルはおおいに喜び、そして、ナスカに褒美のお金を大量に贈ると言ったが、ナスカはそれを断った。一人の力で上手くいったわけではないのに、褒美を独り占めするというのは、どうにも納得できなかったからだ。
- 白薔薇のナスカ ( No.49 )
- 日時: 2017/06/04 19:11
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5obRN13V)
1951年、年末。
ナスカはヴェルナーと共に、ファンクションにある昔の家へ帰っていた。
その年が終わる日、夜にふと目覚めたナスカは、ランプを持って一階に降りる。一階には、窓辺の椅子に座りぼんやり外を眺めているヴェルナーがいた。
「兄さん、何をしているの?」
小さな声でナスカが声をかけると、ヴェルナーは窓を指さして返す。
「雪が降ってきた」
「そう!珍しいわね」
ナスカはテーブルにランプを置くと、窓辺に駆け寄る。
「ホント!雪が降ってる!」
ファンクションはクロレアの南端の街であり、雪などは滅多と降らない。けれど、今は白い雪が、ひらひらと舞い降りてきていた。
「ねぇ、兄さん。あの話の続きを聞かせて?」
ナスカが切り出す。
「あの話って?」
「訓練の事故の話。ここでなら気がねなく話せるわよね。……続きがあるんでしょ?」
「どうしてそう思う」
ヴェルナーが静かに尋ねた。
「……なんとなく。兄さんとエアハルトさんが話してる雰囲気は不自然だし、サラさんのお父さんがロザリオさんっていうのも気になって」
「ナスカは鋭いなぁ。正解だ。ロザリオ・ランティーク、ロザリオ先生はサラさんのお父さんなんだ」
悪い予想が当たってしまった——という感じがした。サラの口から『ロザリオ』という名を聞いたとき、薄々そんな気がしたのだ。
「ならどうして、サラさんはクロレアにいるの?普通、裏切り者の娘をいさせておくものじゃないでしょ」
それに、百歩譲っていさせてもらえたとしても、裏切った父の名を易々と口にしたりはしないはずだ。
「サラさんは今もまだ、自分の父親が裏切り者であったことを知らないんだ」
窓枠にもたれかかりヴェルナーはそう言った。
「あの事故は全てエアハルト・アードラーのせいになったから。ロザリオ先生は被害者のことになってる」
それを聞き、ナスカは愕然として、ヴェルナーを凝視する。
「どうして!?」
ヴェルナーは顔をうつむけ、暗い表情で言う。
「……今だから、全て話す。俺がアードラーさんに責任を押し付けたんだ」
「そんな。どうして」
「足を奪われ、将来を奪われた俺は、ただ一人生き残ったアードラーさんを憎んだ。俺をこんな目に遭わせたアードラーさんを許せなかった。それで、お見舞いに来てくれた彼に辛くあたった。もう会いたくないって、もう二度と来るなって。消えてしまえ!とまで言った。まぁ、それは叶わなかったけどな」
ナスカはそれを聞いていて、ふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じた。突然目の前が真っ暗になりショックで冷静さを失っていたのは分かるが、だからといって、そこまでする意味が分からない。
それと同時に、悲しくもあった。自分の存在がエアハルトを苦しめていたのではないかと思ったからだ。
「酷いわ、兄さん!どうして黙っていたの!」
ナスカは今、どうしてもヴェルナーを許せなかった。
「もっと早くに話すべきだと思った。けど言えなかったんだ……。ごめんよ」
「許せるわけない!」
そう吐き捨てて、ナスカはテーブルの上のランプを持ち、早足に二階へ上がっていった。
ナスカは二階の自室へ入ると鍵をかけ、電話に一直線に向かった。脇に置いてある分厚い電話帳を開き、ダイアルを回す。
『はい。もしもし』
エアハルトの声がした。
「エアハルトさん?」
『あれっ、もしかしてナスカ?こんな時間にどうかした?』
「……聞いたの。兄さんと貴方のこと。昔、何があったのか」
ナスカはときどき途切れながらそう言った。
「私、貴方の傍にいていい人間じゃないわ」
『急にどうしたんだい?』
「兄さんは貴方に酷いことをしたの。今日まで知らなかった」
『ヴェルナーは何もしてないよ!君に似て、何事にも一生懸命な訓練生だったよ』
その後、エアハルトは突然話題を変える。
『あ!そうそう、ちょうど良かった。今度ファンクションに用事あるから、その時についでにナスカの家寄ってもいい?ナスカはしばらくそっちにいるんだよね。たまには会いたいし。お土産持っていくよ。それと、ヴェルナーに話したいことあるから、そう伝えて』
「は、はい」
『そういえば今日、敬語じゃなかったね』
全く気が付かなかったナスカは慌てて謝る。
「そうでしたか!?それは、すみません!」
『嬉しかったな。ありがとう』
そんなことを言われるのは初めてで、ナスカは不思議な心地がした。
「そ、そうですか……」
『もうすぐ新しい年だね。せっかくだし、ヴェルナーと年越ししてきたら?』
「でも……」
『兄妹で年越しなんて素敵だと思うよ。家族だし。リリーはジレルさんところなんだよね。楽しくしてると思うよ。それじゃあ、おやすみ』
「おやすみなさい」
ナスカは電話を切り、壁にかかった時計を見る。来年まであと十分くらいしかない。
ランプを持ち、ナスカは再び一階へと向かう。
「兄さん。今、エアハルトさんと話してきた」
悲しそうに窓の外の雪を見つめているヴェルナーが振り返った。
「今度、ファンクションに用事があるから、その時、うちに寄るって。ヴェルナーに話があるって言ってた」
椅子の一つを運び、ヴェルナーの向かいに座る。そして、彼をまっすぐに見つめた。
「許してくれるのか?」
ヴェルナーは弱々しく言う。
「許すか許さないかを決めるのは私じゃない。だから、私はもう何も言わないようにするわ」
「あぁ……」
ヴェルナーはがっくりと肩を落とした。
「謝って」
「……ごめん」
ナスカは首を横に振る。
「違うわ。今度会うその時、アードラーさんに謝って」
「分かった。ちゃんと謝るよ」
ボーン、ボーン。
ちょうど十二を示す大きな柱時計の鐘の音が空気を震わせ、新しい年がやってきた。
「あ、年が明けたわね」
「本当だ!」
外はまだ雪が降り続き、いよいよ白く積もりはじめている。暗い夜の中に白い雪が輝きながら積もる様子はとても幻想的。日頃は雪が少ない地域であるから尚更だ。
「それにしても、リリーは楽しくしているだろうか?」
ヴェルナーは心配そうな顔をしていた。
「えぇ。きっとね」
リリーは楽しくしているだろう、とナスカは確信している。
「襲われたりしていないだろうか……。あの若さで、それも独身の男と二人きりとは……」
あまりにくだらない心配に、ナスカは溜め息を漏らす。
「兄さんは心配しすぎなのよ。ジレル中尉はそんな欲望にまみれた男じゃないわ」
「ならいいけど……心配だ」
「それに、二人きりじゃないし!使用人とか、他にも人はたくさんいるわよ。あと、新年パーティーの準備で忙しいって聞いたわ」
「あ、そうか」
ナスカとヴェルナーは目を合わせると笑いあった。
「楽しい一年になるといいな」
ヴェルナーが言った。
「そうね。みんなでいろんなところへ行きたいわ。もちろん、もう十分幸せよ。けれど……今年はもっと素敵な一年になりますように」
時の流れは、多くのものを変えてゆく。その中でも変わらないものはある。ただ、それが永遠かどうかは、誰も知らない。
これからまた新しい一年が始まる。
新しい時代の幕開けだ。
- 白薔薇のナスカ ( No.50 )
- 日時: 2017/06/04 19:12
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5obRN13V)
エピローグ
1955年、春。
「ね、寝坊したぁ!」
起床予定時刻より三十分が過ぎている。ナスカが階段転げるように駆け降りてくると、一階のテーブルではエアハルトとヴェルナーが既に朝食を食べ始めていた。
「おはよう、ナスカ。よく眠れたみたいだね。まだ慌てなくて大丈夫だよ」
エアハルトはスーツを着て、いつもと違ったかっこよさが漂っているが、表情はいつもと変わらず穏やかだ。
「すぐに朝食を用意するよ。挨拶の原稿とか、荷物を用意してきたら?」
「そうするわ」
ナスカはそう言うと、再び二階へ駆け上がった。
「慌ただしくてすみません」
ヴェルナーが苦笑いして、頼りない妹について謝罪する。
「いやいや、そういうところも可愛いんだ。好きなんだ」
エアハルトはトーストにバターを塗りながら笑顔で返した。
「そうなんですか。ところで、お仕事の方は?」
「何を言ってる、まだまだ現役パイロットだよ。とはいえ……ここまで平和になると戦闘機は仕事がないね。この前は航空ショーのお誘いがあったけど、お断りしたよ。なんせ、そういう才能はないものでね。しばらくの間は、まぁ、訓練と授業とかぐらいかな」
「できたできた!」
膝丈の桜色のドレスを着たナスカが、カバンを抱えて階段を降りてくる。
「エアハルト、朝食は?」
「どうぞ」
エアハルトはナスカの前に、バターを塗られたトースト二枚とサラダを出す。
「サラダにはトマトの代わりに鶏のささみをいれてるから」
「嬉しいわ!ささみ!」
ナスカは勢いよくサラダを食べ、トーストにかぶりつく。
「エアハルトの朝食はいつだって最高よ。ねぇ、兄さん」
「着替え早すぎだろ」
ヴェルナーは無関係なところを突っ込んだ。
「朝食の話をしてるのに!」
気がつくとエアハルトはナスカのカバンの中身を確認している。
「ハンカチがないよ。入れとくね、ナスカ」
「ありがと!よし、食べた!」
ヴェルナーはナスカの早食いに愕然とする。
「じゃ、行こっか!」
ナスカはエアハルトに声をかけた。
「そうだね。ではヴェルナー、留守番任せた。行ってきます」
「また夜電話するね!」
「いってらっしゃい。楽しんできてくださいよ、アードラーさんも」
ヴェルナーは皮肉を込めてそう言うと、二人を見送った。
電車とバスを乗り継ぎ、三時間ほどで到着したのはアルトという街。ファンクションからはそこそこ遠い、北にある小さな街で、学校が多く存在しているのが特徴といえる。近くの有名な街としてはユーミルの故郷・スペースなどがある。
今日ナスカとエアハルトが行くのは、アルトで最も有名な国立の学校だ。この学校には航空科というものがあり、毎年卒業生の数名が航空隊や軍に入っているらしい。
「おはようございます」
到着した二人に、気の良さそうな校長が話しかける。
「本日は誠にありがとうございます。ナスカさん、挨拶楽しみにしておりますぞ」
「ちょっと緊張してます」
ナスカは照れ笑いに顔をひきつらせた。やはり、こんな風に丁寧に扱われるのには馴染めない。
「アードラーさんも、どうぞよろしくお願いします」
「よろしく」
ぎこちない表情のナスカとは真逆で、エアハルトは慣れた様子である。
入学式が始まるまでの間、二人は談話室で待つことになり、お茶を出された。
「なりませんっ!お嬢様!」
「行くの!」
「どうかお止めください!」
「いいの!」
何やら外が騒がしいと思っていると、突然ドアが勢いよくバァンと開いた。
「ナスカ!」
入ってきたのは、柔らかい金髪を綺麗にアップにして紺色のワンピースを来た、まだ若い少女だった。
「り、リリー!?」
「そうだよ!ワンピース可愛いでしょ?買ってもらったの」
その後ろから薄紫のワイシャツを着た男性が現れる。
「すまんな、ナスカくん」
「ジレル中尉!えっ、どうしてここに?」
ナスカは何が起こっているのかさっぱり理解できなかった。いるはずのない人物がいきなり目の前に現れたのだから無理もない。
「リリーがどうしてもと言うのでな。仕方なく来たのだ」
「えへへ。リリーね、姉の活躍を見にやって来たの!挨拶あるんでしょ。頑張ってね!あと、一つ報告。ジレルはようやく昇格したの。だから、もうジレル中尉じゃないよ」
「ようやくと言うな!」
その時、係員がやって来る。
「ナスカさん、そろそろご準備お願いします」
「あ、はーい!」
ナスカは返事してから、エアハルトの額にキスをする。
「行ってくるね」
エアハルトは少しだけ赤面して「いってらっしゃい」と言った。彼の出番はもう少し後だ。
ナスカは胸を張って、舞台袖へ向かう。
『次は今年の特別ゲスト、クロレア航空隊の誇るナスカ・ルルーこと、ナスカ・アードラー様からのご挨拶です』
緊張は消え、胸が高鳴る。
今、舞台へと歩き出した。
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