ダーク・ファンタジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

白薔薇のナスカ《改稿版投稿完了!》
日時: 2017/09/10 23:51
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SkZASf/Y)

初めまして。あるいはこんにちは。四季といいます。
以前他サイトに投稿していた作品なのですが、こちらに移動させていただくことにしました。
初心者なので拙い文章ではありますが、どうぞよよしくお願い致します。
※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

初期版 >>01-50
2017.8 改稿版 >>53-85

白薔薇のナスカ ( No.1 )
日時: 2017/05/28 15:24
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: w1J4g9Hd)

天体歴1947年、クロレア帝国航空隊初の女性戦闘機パイロットになったナスカ・ルルー。数々の戦果を挙げた事で有名であり後の女性パイロットらの憧れの女英雄である。

プロローグ

 天体歴1931年秋、彼女は帝国領の最南端に位置するファンクションという街の領主である名門貴族ルルー家に長女として生まれる。母親によく似て美しい容姿をしていた。ナスカは娘バカな父や厳しいが美人な母、そして心優しい兄と共にとても幸せな子供時代を過ごした。5歳の時には、妹も誕生する。恵まれた環境の中でナスカはすくすくと育っていった。
 後に当主になるであろう兄・ヴェルナーの母はナスカらの母とは違ったが、そんな事は気にしない優しく常にポジティブな青年だった。彼はかつて戦闘機乗りになりたかった。しかし、訓練中の事故で足を痛めて夢を諦めた。眠れない夜にはいつも昔の話を語り聞かせてくれる、素敵なお兄さんだった。
 そんな事もありナスカは幼い頃から戦闘機に興味に持っていたが、特別それ関係の仕事になりたいと思った事はなかった。平和な生活とは無縁の世界だと当たり前に考えていた。一度父に戦闘機の話をした時、「物騒な事を教えるな!」とヴェルナーが怒られたので、ナスカはそれ以来言わなくなった。兄と妹だけの秘密の話題になったのである。

 そして時は転機の1945年へ。

白薔薇のナスカ ( No.2 )
日時: 2017/05/28 15:47
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Fm9yu0yh)

episode.1
「転機は突然訪れる」

 天体歴1945年春、クロレア帝国は少し離れたリボソ国と戦争を始めるが、まだファンクションまで被害は及ばず相変わらず平和だった。ここには空襲も無かったし、それまでとほぼ変わらない時間が流れていた。
 その夏、ある日の事である。ナスカは妹・リリーと日課の海岸を散歩して家に帰ってくると、いつも迎えてくれる使用人が出てこずやけに静かで不思議な感じがした。妙に暗く目に映り、嫌な予感がナスカを襲う。少しして、床に転がった死にかけの警備員を見付ける。
「一体、何があったの!?」
 慌てて青ざめながら問い掛けるナスカの首筋に、冷たい物が触れる。気付かぬ内に背後に立っていた覆面をした男は銃口を首に当てたまま言った。
「大人しく従え。さもなくば撃ち殺すぞ」
 ナスカとリリーはその場で拘束され、そのまま大広間に連れて行かれた。大広間は地獄絵図の様だった。ナスカは恐怖というか得体の知れない感覚に襲われ口を手で押さえる。何の罪も無い使用人らの無残な死体が散らばりカーペットは血にまみれている。その中にはかつて母だった物も混ざっていた。
「何でこんな事をしたの!」
 強気に出たナスカを男は蹴り飛ばす。ナスカは地面に横たわり腹を押さえて呻いた。
「ナスカ……」
 背の方から父の声がして眼球だけを動かす。連れて来られたその姿を見て絶句した。
「お父様っ!?」
 途端にリリーが失神する。ナスカも吐き気に襲われるが必死に堪える。最後の力で歩いていた父は、目の前で喉を切られて絶命した。
「大人しくしないとお前もこうなるのだ。従うならば、命はまだ奪わない」
 気絶したリリーが連れて行かれる。ナスカは抵抗した。
「両方嫌よ!ちょっと、リリーを返して!」
 男は目を爛々と輝かせる。
「ならば死刑だぞ!」
 ナイフを振り上げもう駄目だと諦めかけた瞬間、車椅子が飛んできて男に激突した。その隙に走って離れる。
「ナスカ!こっちへ!」
 ヴェルナーが壁にもたれる様に立ちながら叫んだのを聞き、ナスカはそっちへと走った。蹴られた所がまだ痛いが、無我夢中の時は痛み等感じなかった。彼はこんな時でも「必ず守る」と笑顔を浮かべる。足が悪い為に壁にそってしか歩けないので本来なら不安な筈だが、その時は何故か安心感を持った。
 裏庭に抜けると小型のヘリコプターが二台停止していて、その脇には見知らぬ男性が二人立っている。
「無事か、ヴェルナー!」
 片方の金髪で逞しい青年が駆け寄ってくる。
「兄さんの知り合い?」
 ヴェルナーは問いに頷き、ナスカを青年に渡す。
「救出要請を受けて来たマルクス。あっちはレイン」
 後ろにいた根の暗そうな細い男は頭を下げた。
「あ、どうも。レインです」
 青年は簡単に紹介を兼ねた挨拶をし、ヘリコプターに乗る様に促した。ナスカが指示通り乗り込もうとした瞬間、先程の覆面をした男達が銃を持って裏庭に来る。
「逃がすな、捕まえろ!」
 男達は叫び銃を乱射する。
「伏せて!」
 ナスカは声を聞き反射的に隠れたが割れた破片が飛散し、頬を小さく切った。マルクスは銃弾の嵐を避けると素早く乗り込みヘリコプターを離陸させる。
「え、えっ?兄さんは?」
 慌ててナスカは尋ねた。ヴェルナーはまだヘリの陰に座り込みんでいた。銃を抱えている。
「レインのヘリで後から来るから大丈夫だよ。それに彼は男、大丈夫だ」
 素っ気ない態度に腹を立てたナスカは強く言い放つ。
「兄さんは足が悪くて、ちゃんと歩けもしないのよ!なのに銃撃戦をさせるなんて」
 するとマルクスは冷たい視線を向けた。
「なら降りるか?」
 ナスカは彼の恐ろしい目付きに顔をひきつらせる。
「あそこにいて君に何が出来る?足を引っ張るだけだ」
 謝るしかなかった。
「……ごめんなさい。ついカッとして」
「いや、分かれば構わない。レインが一緒にいれば必ず守られるから信じなさい」
 ナスカはそれを信じた。

白薔薇のナスカ ( No.3 )
日時: 2017/05/28 17:55
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: oUAIGTv4)

 この日を境に生活は大きく変わり、両親を亡くし妹を連れ去られて一人になってしまったナスカは航空隊訓練所に保護される事となる。兄の安否は分からぬまま、長い夜が過ぎた。
 翌日になってから彼らについての話を聞いた。ヴェルナーは意識を失っていたが病院に搬送され回復の見通しが立ったと言う。一方でレインはその日の夕刻、運ばれた病院で息を引き取った。ショックで心が変になっていたナスカには悲しみなど欠片も無く、そこにあるのは空白だけだった。
 時が経つにつれ、ナスカは徐々に日常を取り戻していった。航空隊訓練所にはヴェルナーの旧友が結構な数いて、ナスカを気にしてくれる人は多くいた。仕事時間前に花を持ってきてくれる輸送機パイロットの女性サラや、食事を作ってくれる食堂のお爺さんブルーノ料理長とは特に仲良くなった。接する機会が多かったからである。
 そうしてナスカが14歳を迎えても、回復の見通しが立っていた筈のヴェルナーはあの日のままだった。病院の病室で横たわっているだけ。数回に渡って行われたリリーの救出作戦もやがて打ち切りとなった。
 ある朝の事、ナスカは花を持ってきたサラに尋ねる。
「サラさんは戦闘機乗りではありませんよね?」
 花瓶の花を入れ替えながら、サラは不思議そうな顔をした。
「ええ、私は輸送機よ。突然どうしたの」
 ナスカは疑問に思っていた事を聞いてみる。
「女の人は戦闘機パイロットになれないんですか?」
 突然聞かれた質問の真意が分からず戸惑いながらも答える。
「不可能ではないけど、少なくともここの航空隊にはいない。体に負担がかかるから女性は乗らない方が良いらしいわ」
 それに対してナスカはもう一度確認する。
「不可能ではないんですね」
 ナスカは力が欲しかった。大切な人を守る強い力が。
「私でも今からならなれるでしょうか?」
 サラは最初冗談だと思ったがその目が余りに真剣だったので冗談ではないと理解した。しかし当然ながら賛成する気にはならない。今までに酷い目に合ったパイロットを何人も見てきたし訓練中の事故だって多い。何より殺し合いを職にするというのだから、可愛い女の子がするべき仕事ではない。
「パイロットになりたいの?なら戦闘機ではなく他の……」
 サラは彼女の気持ちも考慮して厳しくならない様に注意しながら返した。
「私みたいな輸送機とかの方が良くはない?関連する職業なら整備士とかもあるわ。何より戦闘機パイロットは訓練にしても他より厳しいし大変だわ」
 ナスカは暫く難しい表情をしてから強く訴えた。
「訓練だけでも受けさせて欲しいのです。女だから不可能なんて事はない筈……!」
 サラはその強い訴えに心を打たれた。確かに前例は無いが、もしかしたらこの子なら出来るのではないかという感じが湧いてくる。そしてサラは頷いていた。
「一度だけ話をしてみるわ」
 その瞬間ナスカの表情が夏の太陽の様に眩しく輝く。初めて目にする希望に満ちた明るい顔だった。
「但し、それで断られたら諦めてね」
 ナスカは迷いなく頷く。
 サラはこの時微かに感じていた。彼女はきっとこの戦争の鍵になるだろう、と。

 だが一週間後に届いたのは悪い返事だった。
【やる気には感謝します。しかし、貴女はまだ若い上に女性です。他に進む道はいくらでもある筈です。なので別の職業をお探し下さい】
 この時の航空隊には、実戦に出られるかどうか分からないそれも女の子を訓練している余裕は無かった。少しでも戦力が欲しかったのである。
 遠回しだが拒まれたナスカは呆れて溜め息を吐いた。この程度で諦める気は更々無いが困り果てた。何処へ行けば何をすれば良いのだろうと考えるが閃かず時間だけが過ぎていく。兄のお見舞いに行くのと窓から訓練の様子を眺めるだけの日々が続いた。

白薔薇のナスカ ( No.4 )
日時: 2017/05/28 17:59
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: oUAIGTv4)

episode.2
「出会いが起こす奇跡」

 天体歴1946年の夏。訓練所の掃除係となりそこそこ平穏な生活をしていたナスカの元に、一人の男性が訪ねて来る。
「始めまして、突然訪ねてしまってすみません。何でもパイロットになりたいとか。それを聞きまして、今日はこうして来させて頂いたのです」
 ナスカはさっぱり知らなかったが、彼は『クロレアの閃光』の名を持つ、エアハルト・アードラーという名の知れた戦闘機パイロットらしい。しかしそんな風には見えないきっちりした身形であった。黒とも茶色ともとれる曖昧な焦げ茶色の髪とは正反対に鼻筋が通り艶はあるが薄い唇が凛々しさを醸し出す。鋭く切れ長な眼も印象的だ。
「もし良ければ僕の所へ来ませんか?航空隊は養成する暇が無く無理という事なので、ならばこちらに来て頂きたいと思いまして」
 夢の様な話ではあるが余りに唐突過ぎてナスカは怪しむ。こんな都合の良い話に裏が無い筈がないと思ったのだ。
「ちょっと待って下さい。どうして私が志望した事を知っているのですか。突然なので話が全く分かりません」
 それに対してエアハルトは笑みを浮かべた。笑みが浮かぶと目尻が下がり人懐こさを出してくる。
「あ、すみません。怪しいとお思いですね?説明不足でした」
 それから彼は穏やかにここに至る経緯を説明した。
「実を言いますとね、航空隊の方からこういう子がいるんだけど育ててやってくれないかと話を受けまして。ですからすっかりご存じなのだと……」
 それでも半信半疑なナスカに対して彼は言う。
「そういえば、ヴェルナーの妹さんだそうですね」
 ナスカはその話題には勢いよく食い付いた。
「兄さんを知っているの!?」
 怪しんでいる気持ちが嘘みたいに晴れていく。
「と言いましても随分会っていませんが」
「どうして?」
 純粋に期待している目で質問してくるナスカを見て、エアハルトは少し答えにくそうに間を開けてから答える。
「ヴェルナーが訓練中の事故で怪我をしたのは僕の責任です。責任者である僕がもっと早くに動いたなら彼の足も治ったかもしれなかった……でも!ご安心下さい。もう同じ失敗は絶対にしませんから!なので……」
「もう結構ですよ」
 そう遮り、ナスカは笑顔を浮かべる。
「お誘いありがとう。行かせて頂きます」
 その日から、ナスカの日常は再び動き始める。

白薔薇のナスカ ( No.5 )
日時: 2017/05/28 18:06
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: oUAIGTv4)

 それから一週間。ナスカは残っている数本だけの電車を乗り継ぎ、エアハルトの待つ第二航空隊待機所へと向かった。訓練所からそれのあるタブまで、約一時間程の時間を要する。
 タブの駅で電車を降りるといきなり広がる青い世界にナスカは圧倒された。高い空と広大な海が、視界を一面青の世界に染めている。人通りは少ない。微かに不安を抱きながらも貰った入所許可書の地図を頼りに約束の場所へ向かう事にした。太陽は眩しく輝くが、爽やかな風が吹いているせいか大して暑くは感じなかった。
 五分ぐらい歩くと高い鉄の門に辿り着く。門の脇の壁には銀のプレートがついていて、【第二航空隊・海兵隊待機所】の名が彫られている。地図と見比べて間違いないと何度か確認してから、インターホンらしきボタンを恐る恐る押してみた。ナスカは緊張気味に返答を待つが、なかなか出てこないのが余計に彼女を緊張させた。
 長い沈黙が過ぎやがて声が聞こえる。
『お待たせしました。どちら様ですか?』
 少し籠ったハスキーボイスだった。聞き慣れない声に怯まずナスカはハッキリと答える。
「ナスカ・ルルーという者です。エアハルトさんと約束しておりまして、会う為に参りました」
 ハスキーボイスの男性は怪訝な声色で確認する。
『……エアハルト?失礼ですがパスの確認をお願いします』
 冷やかに告げられたナスカは戸惑いながら仕方が無いので尋ねてみる。
「パスって何ですか?」
 すると男性は説明する。
『先程約束だとおっしゃいましたよね。ならば、入所許可書をお持ちの筈です』
 ナスカは心を落ち着けて手元にある入所許可書を見回す。するとそれらしきものが見付かった。ややこしいので一つ一つ丁寧に読み上げていく。
「えぇと……これですかね。では、nu5o-bqas6-e127g-jxbc……です」
 言い終わると、鉄の門は自動的に開いた。まさか自動式だったとは、とナスカは驚いた。
『どうぞ。お入り下さい』
 ナスカが門を通り過ぎて敷地内へ入ると、門は再びきっちりと閉まった。そこからは太く果てしないコンクリートの道が広がっていた。重々しいコンクリートのグレーと爽やかな海の青という二色のコントラストが凄い。二階建ての建物がある以外はひたすら広大な地面が続いている。ナスカは緊張しながらもその建物に入ってみる。自動ドアが迎えてくれた。中に入っていくと、カウンターの所に座っていた男性が立ち上がり声を掛ける。
「先程の方ですね?」
 籠った声がさっきの男性だと認識させる。カウンターの外へ出てきた男性に深くお辞儀をされナスカは困惑しながらもお辞儀をし返した、その時だ。
「お嬢さん!」
 エアハルトが建物の外から歩いてきた。この前に会った時とは違い長いコートを着ている。耳には黒の目立たないイヤホンをしていた。
「お久し振り、今日到着でしたね。部屋へ案内しましょう。そこの君、201の鍵!」
 ナスカに対して丁寧で柔らかな物腰だっただけに、男性に向けて鋭く言い放ったのが意外だった。言われた男性が狼狽えるでもなく普通に鍵を手渡している所を見ると特別な事ではないのだと窺える。受け取ると「ありがとう」とあっさり礼を述べナスカの方に向き直る。案外さっぱりしていた。
「取り敢えず荷物を置かなければいけないでしょう。部屋まで案内します」
 ナスカは彼に連れられて二階へ上がり部屋に誘導される。ドアの向こうに広がっていたのは狭く質素な小部屋だった。壁は全て白で小ダンスとちゃぶ台だけが設置されている。
「もうここしか空いていなくて……布団はまた夜に係の者がお持ちしますから。これからはどうします?休憩されても……」
 ナスカは心のうきうきを静められそうになかったので、時間を有効活用しようと考えた。
「見学させて頂いても構わない?あっ。でしょうか」
 思わずため口で喋ってしまい後から丁寧語を付け足したが彼は嫌な顔一つせずに頷く。
「えぇ、構いませんよ。折角ですから案内しましょう」
 その時、先程のハスキーボイスの男性が階段を駆け上がってきた。
「アードラーさん!出撃命令が出ました!」
 エアハルトは呆れ顔になる。
「いや、ここまで言いにこなくて良いでしょ?こっちで連絡してくれよ」
 彼が耳のイヤホンを指差すと男性は謝った。
「ごめんなさい、お嬢さん。ちょっと行ってきます。君!彼女に話しておいてあげて」
 男性が妙に勇ましく敬礼をすると、エアハルトは早歩きで階段を降りていった。
「あ、えっと……もうすぐ窓からアードラーさんの戦闘機が離陸するのが見えます!」
 部屋の中を指差したので、ナスカは奥にある窓の方に向かった。暫くして一台の黒い機体が飛び立った。
「あの黒いやつね!?」
 実際に目にして興奮を抑えられずに声を出すと、男性は静かな動作で頷く。
「えぇ。そうです」
 窓から乗り出す様に広大な空を眺めた。
「にしても一瞬で出発したの?行動が素早いわね」
 その後にも続々と数機が飛び立っていく。その轟音が心を興奮させた。
「恐らくコートの中に飛行服を着ていたのだと思います。アードラーさんは出撃命令が多いので普段は飛行服で過ごされてますが、お客さんをお迎えするのにそのままでは悪いと思われたのかと。因みに着用なさっていたのは夏用のコートですから、薄手です」
 恐るべき丁寧さで詳しく説明してくれた。
「それで……この後はどう致しましょうか?」
 男性の問いにナスカは笑顔で答える。
「貴方の名前を聞きたいわ」
 その願いに彼は答えた。
「名前、ですか?ああ、まだ自己紹介をしていませんでしたっけ。ベルデ・ミセルです。一階のカウンターで受付をしていまして、一応警備担当です。どうも宜しく」
 棒読みっぽいハスキーボイスにもそろそろ慣れてきた。無愛想に聞こえるのは多分機嫌が悪いとかではなくそういう人なのだろう。ナスカにしてみれば、テンションが高過ぎる人よりずっと良かった。
「他に何か聞きたい事がございましたら、何でも質問して下さい」
 彼なりに気を遣ってくれているのは理解出来た。何も無いというのも悪いので、折角だからお願いする。
「そうね……じゃあエアハルトさんについて聞かせて!本当は凄い人だとか聞いたけど、実は余り知らないの。ちゃんとお仕事しているの?」
 するとベルデは衝撃を受けたかの様な表情になって返す。
「えっ!知らないんですか?ちゃんとしているも何も、アードラーさんはクロレアのエースパイロットですよ!!この国の期待の星です!!」
 予想外に熱く語りだされたナスカはドン引きして硬直した。そんなに凄い人なのだとは知らなかったし、想像も出来ない。
「せ、説明ありがとう……」
 としか言い様がなかった。
「私にもパイロットになれるかしら?やる気はあるつもりだけど実はちょっと心配してるの。本当に大丈夫だろうか、って」
 彼は少し考える顔をした。
「厳しいですが努力次第でなれると思います。もし上手く進めば、クロレア航空隊初の女性戦闘機パイロットになるかもしれませんよ。航空隊も密かに期待しているのでは?」
 ベルデの淡々とした物言いは不思議と信頼出来る気がする。
「でも断られたのよ」
 彼は首を横に動かす。
「いえ。あくまで推測ですが、期待しているからアードラーさんに話を持って行ったのでしょう。だって考えてみて下さい。教育する価値の無い者の育成を頼んだりするでしょうか?」
 言われてみればそんな気もしてきた。確かに不自然である。違う道を選べと拒否の通知を渡しておいてエアハルトに育ててやって欲しいみたいに頼むなんて。
「それは確かにそうかも」
 ベルデの理論も満更間違ってはいない。
「尤も、アードラーさんは出撃ばかりの刺激の無い毎日で疲れると言われてらしたので、嬉しかったと思います」
 出撃ばかりって。と、突っ込みを入れたい気分だった。命を落としてもおかしくない仕事をしているというのに刺激が無いとは恐るべしだ。
「余裕なのね、流石だわ。私も頑張らなくっちゃ」
 ナスカは微かに笑みを浮かべながら、窓の外に広がる果てしない空を見上げた。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。