ダーク・ファンタジー小説

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白薔薇のナスカ《改稿版投稿完了!》
日時: 2017/09/10 23:51
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SkZASf/Y)

初めまして。あるいはこんにちは。四季といいます。
以前他サイトに投稿していた作品なのですが、こちらに移動させていただくことにしました。
初心者なので拙い文章ではありますが、どうぞよよしくお願い致します。
※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

初期版 >>01-50
2017.8 改稿版 >>53-85

白薔薇のナスカ ( No.26 )
日時: 2017/06/03 16:51
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: jFPmKbnp)

episode.13
「長い夜は終わり……」

「ナスカはとってもいい子ね」
 母はいつも褒めてくれた。そんな優しい母を、私は大好きだった。皆に囲まれて過ごす本当に幸せな日々を、私は当たり前だと思ってた。
 だけど、母は突然死んだ。さよならも言えなかった。私に力が無かったから、母や父や、リリーも守れなかったんだ。ヴェルナーだって、死んではいないけれど死んだも同然の状態。もしかしたらもう一生、怒ることも話すことも出来ないかもしれない。あの大好きな笑顔は二度と見られないかも。
 エアハルトさんはとっても素敵な人。いつも私に優しくしてくれるし傍で守ってくれる。でも、それに甘えていたらダメ。このままじゃ彼もいつか死んでしまう。……私は一人で戦わなくてはならない。大切な人を失わない為に。
 またあんな目に会うのはもう……絶対に、嫌。

「おはよう、ナスカ」
 目をうっすらと開くとエアハルトの顔が大きく見えた。ナスカは暫しぼんやりしていた。状況が飲み込めない。何がどうなっていたのかを思い出そうと脳をフル回転させる。
「大丈夫?意識ある?」
 エアハルトが不安気に手のひらをひょいひょいと振る。
「エアハルトさん……」
 小さな声で言ってみると彼はナスカの手を握った。とても温かな指。ごつごつとはせず滑らかだがしっかりとした強さを感じさせる指である。
「指が冷たい。もしかしてナスカ、冷え症?」
 その頃になったナスカは漸く思い出してきた。エアハルトを助けに行って救出に成功して、帰ってきて喋っていて……この辺りまでしか覚えていない。
「私は……」
 エアハルトが尋ねる。
「何処まで記憶がある?」
「あ、えっと、外で喋っていた所……でしょうか」
 彼は親切に説明してくれる。
「あれっ、その辺から覚えてないの?えっとねー。一旦建物に帰ってきて治療をしてもらう事になったんだ。レディファーストとか何とかでナスカを先に手当てしてたけど、その辺でかな?急に気を失って皆びっくりだったよ。で、今に至るだね」
 ナスカは聞かされてもしっくりこなかった。何か忘れている——気がするのだ。
「そうでしたか……、ご丁寧にありがとうございます」
 言いながら上半身を起こし窓の外を見た時、ナスカは愕然とした。
「え、もう夜ですか?」
 不思議そうに「そうだよ」と頷く。
「それがどうかしたの」
 ナスカは一気に飛び起きる。
「私、丸一日寝てるじゃないですか!こんなんじゃダメだわ。仕事……」
「いや、今日は良いよ」
 慌てて立とうとするナスカをエアハルトが制止する。
「落ち着いて。もう夜だし、今日ぐらいは休みなよ」
 そう言うと彼は透明な袋を差し出した。中には綺麗に焼かれたクッキーが五枚も入れられている。星形のものやクロレア航空隊のシンボルマーク形のものがあった。
「これはエアハルトさんがお作りになったのですか?」
「いやいや、違うよ。ヒムロさんが作ってくれたんだ。あ、心配しなくても、毒は入ってないよ。ちゃんと監視してたから」
 やや黒っぽい赤のリボンで結ばれていた。
「分かってます、あの人はそんな事する人じゃない……。とても優しくて頼りになる人です。もういっそ、エアハルトさんがヒムロさんと結婚してくれれば良いのに」
 するとエアハルトはギョッとした顔をした。
「いくらナスカの願いでも流石にそれは勘弁してよ」
 ナスカはずっと忘れていた母や父のことを思い出す。夢で会ったからかもしれない。
「分かってます、わがまま言ってごめんなさい。諦めてはいるけどつい期待してしまうの。ヒムロさんみたいなお母さんとエアハルトさんみたいなお父さんがいてリリーとかも一緒に過ごせたなら、どんなに幸せかなぁって」
 あの日がなかったならば今も普通に過ごしていたのかな、なんて考えてしまう。
「あっ、何を言ってるんでしょう?ごめんなさい。湿っぽい話をして……それに、馴れ馴れしい発言をして」
 ナスカが無理をして笑おうとしているのを察知したらしく、彼はそっと首を振って微笑む。
「無理して笑う必要は無いよ。今日だけは特別だから」
 彼の温かな指にそっと頭を撫でられるとナスカは少し恥ずかしかった。
「そうそう、ナスカ。お腹空いてない?」
 エアハルトが笑顔で尋ねる。
「ごめんなさい、あまり空いてません……」
 ナスカは何だか申し訳なくて小さく返した。
「そうだよね、ごめんごめん。気にしないで」
 エアハルトは立ち上がり扉の方へ歩き出す。その背中に向かってナスカは言う。
「ごめんなさい!」
 突然頭を下げたのを見て、エアハルトは話が分からず驚いた顔をする。
「え?」
 本当に意味が分かっていないらしい。
「ごめんなさい。私、まだ謝れてませんでしたよね」
 ナスカの言葉に流石のエアハルトも戸惑いを隠せない。
「本当はもっと早く助けなくてはいけなかったのに遅くなってしまって……エアハルトさんも危うく死んでしまう所でした。本当にごめんなさい」
 ナスカは深く頭を下げる。
「私の軽率な行動のせいでエアハルトさんを傷付けてしまって……何と言えば良いか……」
「いや、謝らなくて良いよ。もう済んだ事だし」
 話が噛み合わない。
「言って下さい。お詫びに何でもしますから」
「大丈夫、気にしないで」
 エアハルトは引き返してナスカに近寄る。
「何でもします!」
 ナスカは真剣に言った。
「空爆でも、特攻でも……貴方が望むなら!」
 それを聞いたエアハルトは呆れ果てた。明らかに年頃の女の子の発想では無い。
「発想がシュール」
 やや腰を屈めてナスカに顔を近付けると笑顔を浮かべる。
「ありがとう。もういいよ」
 エアハルトは再びナスカの頭を撫でる。
 ナスカは優しいその手に嬉しさを感じている自分に少しばかり疑問を持ったが、そんな事はどうでも良く感じられた。ひたすら幸せである。そんな時、ふと彼の首に目がいく。
「ん、どうかした?」
 よく見ると首の所々に紫っぽい痣が出来ている。
「あっ、いえ!何でも!」
 突然慌てるナスカに対してエアハルトは静かに言う。
「遠慮せず言ってよ?」
 彼の視線が意外と厳しくてナスカはつい言ってしまう。
「えっと、お怪我は……もう大丈夫ですか?と聞きたくて」
 するとエアハルトは笑う。
「それを心配してくれてたの?ありがとう。でも、もうすっかり回復したよ」
 ナスカはそれを聞いて「嘘ばっかり」と思ったが、心配させまいと気を遣ってくれているのは分かるので敢えて突っ込まなかった。その流れでエアハルトはガッツポーズをする。
「今までの分を取り戻す活躍をしなくちゃ。まあ任せてよ!」
 妙に威勢よく言うのが色んな意味で心配な感じだった。

白薔薇のナスカ ( No.27 )
日時: 2017/06/03 16:53
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: jFPmKbnp)

 ……翌日の朝。
 ナスカが怪我の治療に医務室を訪ねて扉を開けようとした瞬間だった。
「いけません。まだ精密検査も出来ていないというのに、何を仰るのですか!」
 いつもは棒読みなベルデの、珍しく感情的な声が聞こえる。ナスカは本能的に壁に隠れ、そっと様子を伺う。
「戦闘に出ると言っている訳ではない、練習で飛行をしたいと言っているだけだ」
 相変わらず厳しい口調のエアハルトの声が聞こえる。どうやら二人が話しているらしい。
「いい加減になさって下さい!練習とはいえ飛行は身体に負担をかけるのです。今のお身体で可能だとお思いですか!?」
 ベルデは追い討ちをかける様に続ける。
「暫くお休みになって下さい。精密検査で目に見えないダメージが無いことを確認した後、怪我の様子をみてそれからです。今のままでは到底戦闘機になんか乗れませんよ」
 ナスカは息を殺して陰から二人を見詰める。暫し沈黙があった。やがてベルデがいつも通りの平淡なハスキーボイスを漏らす。
「期待に応えようというのはよく分かりますが、無理は禁物です。傷を受けているのは体だけではありませんし……心の傷は本当に恐ろしい。それは一番分かっていらっしゃるでしょう」
 エアハルトは何だか浮かない表情だ。いつもより暗い雰囲気が漂っている。
「まぁそれはそうだが、じっとしてもいられない」
 ナスカが壁越しにチラチラと中の様子を伺い見ていたそんな時。
「あら、何してるの?」
 突然女性の声が聞こえてナスカは飛び上がりそうになった。心臓がバクバク鳴る。恐る恐る振り返ると、ヒムロが立っていた。
「ひ、ヒムロさん……」
 まだ心臓の拍動が加速を続けている。
「中に入らないの?」
 ヒムロは不思議そうな顔でナスカを見ていた。ナスカは苦笑して答える。
「あ、えっと……お話中みたいなので何だか入りづらくって」
「そういうこと。そんなの気にせず入れば良いのよ!航空隊の仲間でしょーよ」
 ヒムロは笑ってナスカの腕を掴むと、医務室へツカツカと入っていく。
「おはよう、アードラーくん。彼女さんがお待ちよ」
 エアハルトは鋭い目付きでヒムロを睨む。
「彼女ではない」
「あらぁ、相変わらずそこに反応するのねぇ」
 ヒムロが楽しそうに冗談めかすのに不快な顔をする。
「ナスカに失礼とは思わないのか?」
 エアハルトの発言に対してベルデが意見する。
「それはないでしょう。クロレアの英雄であるアードラーさんと親しく出来るなんて、至上の喜びですから!」
「いや、引かれるから止めて」
 呆れてそう言った後、ヒムロに向かって強く述べる。
「兎に角これ以上失礼な発言をしない様に。今後何度もあればそれなりの処分をする」
 すっかり怒っている。
「膨れているの?可愛いわね。だけど、あたし何か悪い事言ったかしら?」
 挑発する様な声色だ。
「いつも失礼なんだ!」
「まぁまぁ、イライラするのは止しなさいよ。欲求不満はあたしが解消してあげるから」
 小悪魔な笑みを浮かべるヒムロとは対照的にエアハルトは疲れた表情になる。
「それは今ここで言うべき事か?他の者もいるというのに」
 そんなことは全く気にせずヒムロはエアハルトに擦り寄る。
「まぁいいじゃない〜〜?たまにはこういうのも!」
 ナスカはヒムロの大胆さに硬直して立ち尽くす。そんなナスカに見せびらかす様にエアハルトに近寄り、腕を絡める。
「どうしてそんなにナスカちゃんじゃなきゃダメなの?あたしには魅力を感じられない?」
 悲しそうな顔を作る。
「酷い男ね。収容所じゃ何でもしてくれたのに……」
 最早定番の流れだ。
「逆だ!何もしていない!勝手に捏造するな」
「意地悪ね。収容所では抱いてくれたのに」
 ヒムロは顔と顔の距離を縮めながら不満気に漏らした。彼女の危ない発言をエアハルトは訂正する。
「意味深な言い方をするんじゃない。抱き締めた、と言え」
 ナスカは愕然として発する。
「抱き締めたのは抱き締めたのですか!?」
「そんなバカな!」
 ベルデも被せて突っ込んだ。
 ヒムロは驚く二人の様子をニヤニヤと見ている。
「本当……なのですか?」
 エアハルトはベルデの問いに頷いてからナスカに視線を向ける。ショックを受けた様な顔付きで制止しているナスカを目にして急激に悪い気がしてきたエアハルトは言う。
「ちょっとナスカ、そんな顔しないでよ。僕が考えもなくそんな愚行をすると思う?」
 数秒の沈黙の後、ナスカは青い顔を持ち上げて返す。
「あ、お……思いません」
「あら、ナスカちゃんショック受けちゃった?ごめんね」
 ヒムロが少々調子に乗ってエアハルトの首にぶら下がる様に抱き着こうとした刹那、エアハルトはヒムロを振りほどく。予想外の力で振り落とされたヒムロは地面で唖然としている。
「君、この女を連れていけ。リボソに返す」
 エアハルトは平淡な落ち着いた声でベルデに命じた。あまりの唐突さに流石のベルデも戸惑いを見せる。エアハルトは続けてヒムロに視線を移す。
「い、いきなり何……ちょっと冗談言っただけじゃない……」
 ヒムロは強気な発言をしているが表情に余裕が無い。エアハルトの迫力に圧倒され、小動物の様に怯えている。
「リボソに戻り罪人となり、精々慰み者になるがいい」
 冷酷に言い放つと、ナスカに笑顔を向ける。
「そうだ、散歩でもどう?」
 行き過ぎた変化にナスカは怪訝な顔になる。意味がさっぱり分からない。ヒムロとベルデもそれは同じだ。
 エアハルトは穏やかな微笑みでナスカに手を差し伸べる。
「少し時間あるし……」
 どうすれば良いのか分からずもたもたしていると、彼はガッとナスカの腕を掴んだ。
「行こう」
 とても優しく微笑む。
 だが……嬉しくなかった。何かが違う。
 ナスカにはその笑顔が、妙に悲しそうに見えた。

白薔薇のナスカ ( No.28 )
日時: 2017/06/03 16:54
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: jFPmKbnp)

episode.14
「仲違い」

「エアハルト……さん、あの」
 手を引かれながらナスカが口を開く。
「待って、いきなり何ですか?何をお考えか分かりません」
 エアハルトは少しして足を止める。
「答えて下さい」
 それでも彼は黙っている。ナスカは不思議に思った。いつもなら眩しい笑顔で快く答えるだろうに。
「あの、エアハルトさん?」
 ナスカが覗き込もうとした瞬間、エアハルトは顔の向きを変える。
「あの……」
「思ってるんだろう」
 エアハルトが静かに言った。
「僕を穢れてるって、思っているんだろう」
 彼の言うことが理解出来ず、ナスカは戸惑いを隠せない。
「一体何を……」
 エアハルトは珍しく溜め息を漏らす。
「全部あの女が来たせいだ。彼女が現れなければ、変わらない日々が続いている筈だった。ヒムロルナ、あいつだけは絶対に許さない」
「ヒムロさんを?何故……」
 その問いに冷ややかな声で答える。
「ナスカ、思い出してみて。全部あいつが来たのが原因だ。ベルデや君が負傷したのも、くだらない行動で君を傷付けたのだって……それだけじゃない、リボソとの関係が悪化したのも僕が皆にドン引きされたのも、全部あの女のせいだよ」
 言いながらもエアハルトの瞳は深い怒りを湛えていた。ナスカは返す。
「だけど、処刑されかけたエアハルトさんを助けられたのも彼女のおかげです」
「処刑されかけたのだってあいつのせいだ!」
 彼は強く攻撃的に言った。ナスカは動揺する。今までこんな風に言われたことがなかっただけに大きなショックだった。どんな時も笑顔で優しかったエアハルトは何処へ行ってしまったのか。
「ヒムロさんに全ての責任を押し付けるんですか?」
 ナスカは小さく言った。
「実際そうじゃないか」
 言い返されたのが意外だったのかエアハルトは少し戸惑った顔をする。
「貴方が墜落したのがそもそもの問題でしょう。その全てを、関係ない他人のせいにするんですか」
「人の些細なミスを責めるというのか!」
「そんな話じゃありません。向こうで何があったのかは知りませんけど、人に当たり散らすのは止めて下さい!」
 二人は睨み合う。
「今の貴方の話に興味はありません。……暫く頭を冷やせばどうですか」
 ナスカは言い捨てて来た方へと戻っていく。
 廊下を歩いていると、ベルデが声をかけてくる。
「おや、アードラーさんと一緒に行かれたのではなかったのですか?」
 相変わらずぶれない棒読みな話し方である。
「ちょっと勘違いなさっているようなので叱ってきました」
 ナスカは澄まして答えた。
「アードラーさんは……お疲れなのです。今はナスカさんに失礼があるかもしれませんが、元気になればその内……」
「私はいいんです」
 きっぱりと口を挟む。
「でも、皆さんをああいう言動で振り回すのはどうかと思いましたので」
「……ナスカさん」
 ベルデは少し心配そうな目をするが気にしない。
「心配してくださっているのですね、ありがとうございます。ですが大丈夫です」
 ナスカは笑顔で言った。するとベルデは言いにくそうに述べる。
「お気になさらず。それより実は……ナスカさんに大切なお話がありまして」
「はい。何ですか?」
 丁度その時。
 ジリジリ、と警報器の刺々しい音が鳴り響いた。
「警報器!?」
 ナスカは驚いてキョロキョロする。ベルデはイヤホンをグッと押す。
「敵機、のようですね」
 独り言の様に呟き、ナスカの方を向く。
「お話は後にしましょう。出れますか?」
 ナスカは強く頷いた。
「はい。急いで準備します!」
「では先に偵察を出しておきます。貴女は準備出来次第出発して下さい」
 休んでいる暇はない。エアハルトが戦えない今こそ自分が頑張るタイミングだ、とナスカは考えるようにした。
 数分後、ナスカは愛機に乗り込む。
「行きます」
 正面を向く。滑走路を赤い機体が滑る様に走り、やがて空へと舞い上がる。空を舞う薔薇の花弁の様に華麗に。
『お嬢さん!』
 無線から声が聞こえた。
『聞こえていますか?』
 誰かの声だ。知り合いではないが多分、先に行っていた偵察機のパイロットというところだろう。
「はい、何ですか」
 ナスカは応答する。
『こちら偵察機1・1、機体見えます?』
 更に答える。
「えぇ、見えてます。ジレル中尉の……」
 当てずっぽう返すと相手は少し嬉しそうな声になる。
『はい。カルと申します。敵機の付近まで案内します』
「ありがとう」
 ナスカはその偵察機の一番後ろにある赤いライトを目印に続いた。時折雲で視界がぼやけたりもしたが、十分見えるしっかりとしたライトだった。
『もう近いです。自分は視界に入る寸前に離脱しますので、後は宜しく頼みます』
 それからカルは続ける。
『一機ですけど、強いです。間違いな……うわ!』
 突然無線は途切れる。カルの機体は右翼に被弾し、くるくる回って空中で一気に爆散する。

白薔薇のナスカ ( No.29 )
日時: 2017/06/03 16:56
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: jFPmKbnp)

 目の前で人が跡形もなく消えてしまいナスカは愕然とした。
 そしてその煙が晴れた頃、一機の飛行機が見えてくる。
「あれが……?」
 思わず呟いたナスカの耳にジレル中尉の声が聞こえる。
『動揺するなよ』
 冷たくも優しい声。聞いた途端に体の緊張がほどけた。味方がいると思えることの何と心強いことか。
『よく分からんが警戒しろ。私も出来る援護はする』
 ナスカはジレル中尉に勇気を貰い操作を始める。ミサイルの発射準備、照準を敵機に合わせ引き金を引く。
 敵機に向かって真っ直ぐ飛んでいった三発のミサイル。一発目は敵の撃った弾丸と当たり爆発する。回り込むように続く二発目はかわされ、残る三発目。絶好の方向から敵機に向かって突撃し、爆発が起こる。煙ではっきりと見えない。
「やった……?」
 ナスカが目を凝らしているとジレル中尉が無線で叫ぶ。
『来る!』
 爆発の中から、機体が細い煙を引きながら現れた。ナスカは敵機の体当たりを素早くかわしレーザーミサイルを連射する。
 その刹那、ナスカの目に人影が入った。敵機の窓部分から乗り出す黒い塊。
「ジレル中尉っ、人影が!」
 長い筒を担いでいるようにも見える。
『人影?確認する』
 ジレル中尉の戦闘機は連射されるミサイルを上手く避けながら接近していく。
『女……?まさか!』
 窓から突き出す黒く長い筒から弾が発射される。ジレル機はその弾丸に掠りバランスを崩したがすぐに体勢を立て直す。
「しっかり!」
 叫ぶナスカに対して彼は冷静に答える。
『無事だ。人影も見えた』
 ナスカは機体ではなくその人影に照準を合わせ、少し躊躇いはあったが引き金を引いた。レーザーミサイルは激しく敵機に向かっていくが、操縦士が中々の腕前なのか見事にかわされてしまう。それでもナスカは諦めず連射しながら機体を追う。
「速いわね……あれ?」
 距離が離れていく。敵機はリボソ国の方へと去っていっていた。
『……追うな』
 ナスカはジレル中尉の声を聞きスピードを落とす。
『敵は撤退した。戻るぞ』
「あ、はい」
 逆らうのも気が進まないので進行方向を変えるが、何となく腑に落ちない感じがするナスカだった。
 第二待機所の建物に戻り通路を歩いていると、正面から歩いてきたエアハルトと偶然遭遇してしまう。見事に目が合い、気まずい空気になる。気付かなかった振りも出来ないがいつものように声をかけることも出来ない。それはお互いに、だった。
「あ……お、お疲れ」
 先に言ったのはエアハルト。
「エアハルトさん。顔、強張ってますよ」
 ナスカは冗談めかして返す。
「ご、ごめん」
 彼はらしくなく緊張した顔で謝った。
「笑っているエアハルトさんの方が素敵です」
 ちょっと言い過ぎたかな?と彼が可哀想になったナスカは笑顔で言う。
「無理しないで下さいね」
 エアハルトは驚き戸惑った顔でナスカを見る。
「あ、ありがとう」
 てっきり悪いことを言われるか無視されると思っていたのだろう。
 ——その日の夜。
 ナスカはこの時間に唯一活気のある食堂へ向かった。人が沢山だ。現在勤めている人の半分近くがここで暮らしているのだからこの賑わいも仕方ない。
 ナスカとトーレが食べているとジレル中尉が通りかかる。
「あ、ジレルさん!」
 トーレは声をかけた。
「何か?」
 ジレル中尉はこちらを向いて無愛想に答える。
「ご飯ですか?もし良かったら一緒に」
 トーレは誘いかけるがジレル中尉はやや困った風に返す。
「いや、生憎先約があるのだが……」
「一緒に食べよー!」
 誰かが後ろから物凄い勢いで走ってきてジレル中尉に飛び乗る。
「おい!痛いぞ」
「ごめんごめん〜」
 その少女はリリーだった。
「リリー!?」
 驚きを隠せないナスカに対してリリーは明るく言う。
「ナスカ!一緒に食べよ!」
 敵地で初めて出会った時の面影は最早ない。別人のようだ。勿論、こちらのリリーこそがナスカの知るリリーだが。
「ジレル、良いでしょ?」
「あ、あぁ」
 ジレル中尉はリリーにだけは完全に主導権を握られている。それが何だか面白くて、ナスカは少し笑ってしまった。
「何を笑っている?」
 怪訝な顔をしたジレル中尉が尋ねる。
「……いえ、ごめんなさい。よく分からないんですけど、何だかおかしくって」
 リリーがきょとんとした顔で口を挟む。
「えっ、何か変だったかな?」
 ナスカは首を横に振る。
「ううん、そんなんじゃない。気にしないで。ごめん」
 大事な可愛い妹、リリー。彼女の無垢な笑みを見ていると、ナスカはほのぼのした。

白薔薇のナスカ ( No.30 )
日時: 2017/06/04 01:50
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xrNhe4A.)

episode.15
「過去との決別」

 隔離室のロックを解除し、ベルデは中へ入る。
「ヒムロさん、調子はどうですか。必要な物があればと思い、伺いました」
 隔離室は一時的に罪人を収容する部屋で、一畳程の広さしかない。明かりは電球が一個、どんよりと薄暗い。
「必要な物なんてないわ」
 ヒムロは少し寂しそうに答えた。
「あたし、もう死ぬのに」
 ベルデは淡々と述べる。
「まだ亡くなられることはないと思います」
「何を言っているの?あたしはもう死んだも同然。帰る場所も待ってくれてる人も……今はもういない」
 ヒムロは静かに言った。
「でもいいの。自分の意思に従ったまでよ。例え間違いだったとしても……きっと後悔はしないわ」
 ベルデが黙って聞いているとヒムロは皮肉る。
「愚かだと思っているんでしょう。その通りだわ」
 ベルデは小さく呟く。
「いいえ、愚かではありませんよ。それでは」
 それから部屋を出て、再びロックをかけた。

 それから一週間程経過したある朝のこと、何となく騒然としていた。
「何かあったんですか?」
 ナスカは話が理解出来ず、その辺にいた男性に聞く。
「よく分かんないんっすけど、何かあったみたいっすね。普通じゃない感じだし」
 それからナスカは準備をしに行こうと外へ出、愕然とする。
「何これ……」
 門の外に大量の歩兵が立っていて、その真ん中に服が違う二人の男が立っている。
『門を開けよ!さもなくば攻撃を開始する!』
 片方の男が拡声器を使って大きく告げる。
『我々はタブ全域を制圧した。最早残るはここのみである。無駄な抵抗は止め、速やかに指示に従え!』
 一人愕然としながら聞いているナスカのところにトーレがやって来る。
「ナスカ!あの人達はリボソ?何かよくは分からないけど危ないよ。中にいた方がいいんじゃないかな」
 心配そうな顔だ。
「その方が良いかな」
 心配させるのも嫌なのでナスカは素直に従う。
 二人が建物内に戻るとベルデが慌ただしく仕事をしていた。
「もしもに備えて戦闘準備を。貴方、本部とタブ役所に連絡をお願いします。はい。早く!」
 その様子を見てトーレが感心した感じで言う。
「慌ただしいね……」
 ナスカも続ける。
「警備科って、こういう時には大変よね。バタバタするし」
 額に汗を浮かべたベルデが振り返り挨拶をする。
「おはようございます」
 ナスカは笑って尋ねる。
「汗、大丈夫ですか?」
「少し暑いですね」
 ベルデは本当に暑そうにしていた。
『誰もいないということはないだろう。誰か出てこい!』
 拡声器を通しての大きな言葉は続いている。
「ベルデさん!タブ役所に連絡を取ろうと試みましたが、既に電話回線が支配されてて繋がりません!」
 女性が焦った顔をして鋭く叫んだ。
「まさか。一夜でそこまで出来るとは思えません。もう一度試して下さい」
「……はい、分かりました」
 女性は作業に取りかかる。
「本部から連絡、一般市民保護の為に援軍を派遣してくれるらしいっす」
「外で呼ばれています!誰か来て下さい!」
 ベルデは汗を拭う。
「はい、今行きます。警備科は戦闘に備えておいて下さい。戦闘になる可能性も十分ありますので、しっかりと」
 それでもぶれない冷静沈着さだった。
 トーレは困り顔になる。
「……どうしよう?これじゃ何も出来ないね」
「本当にそうだわ」
 ナスカとトーレは顔を見合わせ溜め息をつく。
「にしても敵国のあんな軍隊みたいなのを入国させるなんて、偉い人達は何をしてるんだろうね……」
「えぇ、謎だわ。お偉いさんの考えってさっぱり分からない」
 その時だった。
「何!?」
 爆音が鳴り、それと同時に地響きがする。まるで地震のような。
「動くな!」
 そう叫び建物に入ってくるのは、さっき門の前にいた片方の男性。武装した歩兵を率いている。
「現在よりこの敷地はリボソ国の領地とする」
 男性は宣言した。
 警備科の人達がその男性に銃を向ける。
「……反抗するのか。突入!」
 歩兵が入ってくる丁度のタイミングで警備科の人達は銃を連射する。歩兵は次から次へと体を撃たれ倒れる。しかし全てが倒されたわけではなかった。
「危ない!」
 トーレは叫び、固まっているナスカを突き飛ばす。いきなり押され転倒した。
 転んで地面に横になったナスカの上にトーレが被さる。何が起きたのか分からないが、沸き上がる恐怖に目を閉じた。大きな銃声とそれに伴う微弱な振動を感じる。
 数秒後、銃声が鳴り止みナスカは目を開く。
「ごめん……大丈夫?」
 トーレの顔がすぐ近くにあったが、照れている暇はない。
「えぇ、無事よ。ありがとう」
 ゆっくりと起き上がりトーレと一緒に走る。階段を駆け上がるとエアハルトに遭遇した。
「ナスカ!下の様子は!?」
 二階には銃撃戦の末生き延びた警備科の者もいた。
「エアハルトさん、無事で良かった。あの……ごめんなさい、様子は分からない。はっきり見る余裕が無くて」
 ナスカはそう答えた。
「奴らが二階に来たらナスカは隠れてね」
 エアハルトが真剣な顔をして言った。
「その時には加勢します!」
 ナスカはそう返すが、エアハルトは首を横に振る。
「それは駄目。撃たれたら大変だから」
 いつも腰に下げている拳銃を手に取り階段を見据えている。
 カンカンという足音が徐々に近付いてきた。
「……敵?」
 次の瞬間、カランと乾いた音を立てて廊下に棒の付いたタイプの手榴弾が床に転がる。
 トーレは無理矢理ナスカの腕を掴んで引っ張り、台の影に引きずり込んだ。エアハルトは壁の影に身を潜める。それから数秒もしない内に手榴弾は破裂した。辺りが煙に包まれる。
 ナスカはまだ綺麗な拳銃を取り出し、撃つ準備をする。今まで実際に使う機会はなかったが指導は受けていたので手順は分かる。
 エアハルトが振り返る瞬間、上がってきた一人の歩兵が彼に銃口を向ける。しかし引き金にかけられた指が動く寸前に歩兵は胸を撃ち抜かれドサリと崩れ落ちる。それは、ナスカが撃った弾丸だった。エアハルトの足下に血溜まりができた。
「あ……」
 勢いでやってしまったナスカは言葉を失う。生身の人間を殺したのは初めてかもしれない。
「やったね」
 トーレが笑う。
 しかしそれは序章に過ぎず、本当の乱戦はそこからだった。敵味方入り交じった銃撃戦は二階でも開始される。一階で息絶えた敵兵がかなり多く数ではクロレア側の方が勝っているが、敵兵も結構粘る。
 ナスカは出たらエアハルトに怒られそうなので台の影からちょいちょい応戦した。


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