ダーク・ファンタジー小説

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白薔薇のナスカ《改稿版投稿完了!》
日時: 2017/09/10 23:51
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SkZASf/Y)

初めまして。あるいはこんにちは。四季といいます。
以前他サイトに投稿していた作品なのですが、こちらに移動させていただくことにしました。
初心者なので拙い文章ではありますが、どうぞよよしくお願い致します。
※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

初期版 >>01-50
2017.8 改稿版 >>53-85

白薔薇のナスカ ( No.21 )
日時: 2017/06/03 09:56
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: b9FZOMBf)

 ナスカはタブレットをヒムロに返してトーレに協力する様に頼む。トーレは勿論頷いた。
「アードラーくん、今から作戦終了までずっと繋いでおくわ。何かあったらいつでも言って構わないわよ」
 ナスカは作戦を考えるが、経験不足で考え付かない。今までずっと指示に従っての仕事だったからだ。何から始めれば良いのか分からないず考えれば考える程焦ってくる。それはトーレも同じだった。そんな時、ナスカの脳内にジレル中尉が浮かんだ。協力を頼もうと思い部屋に向かう途中、壁に持たれていた彼が声を掛けてくる。
「……やるのか?」
 ナスカは急ブレーキをかけて彼の方を向く。ジレル中尉は作られたばかりの真新しい義手が装着された左腕を右手の指で触っていた。
「もしかして、今の話聞いてました?」
 彼は静かに言う。
「盗み聞きするつもりはなかったのだが」
 聞かれていた事なんてどうでも良かった。
「でしたら話が早いですね。お力を貸しては頂けませんか?」
 ナスカはそう頼んだ。すると彼は右手で腰に装着していた拳銃を取り出す。
「調整するとしよう」
 それはイエスという意味だと理解したナスカはありがとうと頭を下げた。ジレル中尉は「もし何かあったら私の責任になるからだ」と冷たく言い放つ。だがそれが照れ隠しだとナスカは直ぐに分かった。
「ありがとうございます!心強いです」
 ナスカに感謝されたジレル中尉は照れを掻き消す様に話題を変える。
「出撃準備をしておけ。こちらは私に任せて構わん」
 言い方はぶっきらぼうだがやる気満々なジレル中尉を見ていると、何だか安心してくる。ナスカはそっと拳を胸に当て、祈った。エアハルトが元気に帰ってくる事を。この作戦の成功を。
「ナスカ、大丈夫?敵陣の中に突っ込んでいくって事は何かあってもおかしくない。怖くないの?」
 出撃する準備をしているナスカに、トーレは話し掛けた。真っ暗な空にチラチラと輝く星をナスカは見上げる。いつもに増して明るく見える。
「私は……大切な人が死ぬのを何も出来ずに見るのが一番怖いわ。自分に出来る事は全てしたいの。エアハルトさんは私の夢を叶えてくださった。だから今度は私が救いたい。お返しが出来れば嬉しいの。彼は平気な振りをするけど、本当はきっと、助かりたいと願っている筈」
 二人を沈黙が包み込んだ。トーレは彼女の覚悟の強さをこの時再確認させられる。そして、彼女と一緒に戦えるのは幸せな事だと思った。
「そういえばナスカ、ジレル中尉って白兵戦は得意だって。銃とか結構得意らしいよ」
 機体を簡単に検査していたナスカはその話に興味を持った。
「何処で知ったの?」
 するとトーレは満足そうに答える。
「警備科の人に聞いたんだよ。ジレル中尉、元は警備科だったらしい。地上戦功労賞とかいうのを持ってるぐらい優秀で実戦にも行ってたみたい。でも訓練中の事故で優秀なパイロットが数人亡くなった時があって……飛行経験があったって理由でこっちに変えられたんだって」
 だからいつも不機嫌に過ごしてたみたい、と彼は話す。しかしナスカは訓練中の事故の方が気になった。ふとヴェルナーを思い出したのだ。ヴェルナーは確か訓練中の事故で足を悪くした。それと関係があるのかもしれないと感じる。
「その事故っていうの、トーレは詳しく知ってるの?」
 トーレは突然聞かれて、大きな瞳をぱっちりと開いて不思議そうな顔をする。
「知らないけど……それがどうかしたの?」
「ううん。今はいいわ」
 ナスカは笑顔で話を終わらせた。今すべき話ではないと思ったからである。
 それから一時間も経たない内に作戦を立案したジレル中尉がやって来る。後ろにはヒムロの姿がある。ジレル中尉は簡単に説明し始める。
「この経路なら比較的安全度が高い。これで行く」
 足りない分をヒムロが付け足す。
「この男はナスカの機体に乗るの。そっちの機体は坊やが操縦して、あたしも乗るのよ」
 そしてナスカは収容所内の予定地点に着陸し救出に向かう。現れた敵はジレル中尉が潰して時間を稼いでくれるという、単純明快なプランだ。
「では、健闘を祈る」
 ジレル中尉は敬礼するとトーレもし返す。ヒムロはしない。それから助手席にジレル中尉が乗り込むと、ナスカは少しばかり緊張した。まるで彼が試験官の様に感じられる。
 こうして、長い夜が始まる。

白薔薇のナスカ ( No.22 )
日時: 2017/06/03 09:57
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: b9FZOMBf)

episode.11
「突撃!敵陣へ」

 ナスカの機体は加速し一気に星空へ舞い上がる。それに続いてトーレも離陸した。
「夜に飛ぶのは初めてだわ」
 ナスカは無線でトーレと会話する。
【うん。視界が悪いから安全運転しないとね!】
 ジレル中尉は安全ベルトがきついらしく上を向いて溜め息を漏らしている。ナスカは予定通り数分間進めた。
「管理空域に入るぞ。反応するものは全て消せ」
 ナスカはジレル中尉の指示で無線とレーダー系を切り、高度を徐々に落とす。ジレル中尉は双眼鏡で地上を眺める。
「間違いない、予定通りだ」
 機体はゆっくりと騒がしくならない様に着陸する。ジレル中尉は銃器を抱えて機体を降りると辺りを見回す。誰もいないのを確認するとOKサインを出した。ナスカはそれから降りる。
「やけに静かですね」
 ナスカは小声で囁いた。音がしなさ過ぎて気味が悪いからである。二人は音を立てない様にひたひたと歩く。
「あぁ、そうだ。これを」
 ジレル中尉は唐突に黒くて丸いのを渡してくる。
「これは、手榴弾ですか?私、使った事ないんですが……」
 すると彼はつんと澄まして無愛想に返す。
「安全ピンを抜くと煙が出るだけだ。それでも時間稼ぎにはなるだろう?」
 カサッ
 小さな音にも敏感になっていたナスカは硬直して音のした方を見る。ジレル中尉は反射的に前に出る。すると草むらから子猫が出てきた。
「あれ、猫?」
 ナスカが予想外に安堵の溜め息を漏らした刹那、背後から硝煙の匂いがした。驚いて振り返る。ジレル中尉の背中の向こう側にに人が倒れている。よく見ると眉間から血を流していて、もうびくとも動いていない。ナスカは久し振りに見る死体の生々しさに吐き気がしそうになった。
「不審者がいるぞ!」
 誰かの叫び声と共に足音が聞こえる。
「もう見付かってるじゃないですかっ」
 ナスカは呆れてつい大きめの声を出してしまう。ジレル中尉は静かに口を閉じる様に注意した。
「顔を見られるな。後は私が片付ける」
 彼は銃を構え人が近付いてくる方向へ連射した。その隙にナスカは耳を押さえて呼吸を整える。敵との距離が近付いてもジレル中尉は冷静だった。彼の放つ銃弾は目に留まらない速さで確実に仕留めていく。鮮血が飛び散り地面を濡らした。ナスカは「ここまで派手にやってしまえばもう引き返す事は出来ないな」と思う。敵を殲滅したジレル中尉はナスカを先導した。
 気味の悪いかび臭い建物に入り出来るだけ足音が立たない様に注意して暗い通路を走る。ヒムロが見せてくれた地図が正しかった為、ほぼ順調に進んだ。丁度その頃にトーレは爆撃を開始する。騒ぎは徐々に広がってくる。その時だ。
「やはり来ましたね」
 一人の紳士が姿を現す。大人の魅力に満ち溢れた穏やかな男性である。
「アードラー氏を取り返しにいらっしゃったのでしょう?分かります。彼も夜が明ければこの世にはいませんからねぇ」
 ナスカは唾を飲み込み、ジレル中尉は彼を睨み付ける。すると男性は紳士的に優しそうな顔をする。
「まぁまぁ、そんな怖い顔をせずに。死刑は彼だけ。貴方達は捕虜にするだけで堪忍して差し上げましょう」
 その後ろに女が立っていた。見覚えのない顔である。金の長い髪をたなびかせ、鋭い目には光がない。よく見るとパッと見の印象より幼い顔付きだ。
「この子とても優秀でね……、短期間で物凄く強くなったんですよ。成果を試す時が来たようですね。はい、それでは」
 声と同時に女は宙に飛んだ。片足を勢いよく蹴り上げるのをジレル中尉はひらりとかわす。着地の瞬間に数回発砲したのを女は軽く避け脇腹に蹴りを入れる。ジレル中尉はナスカが唖然としている間に横の壁に叩き付けられる。腰を強打した彼は直ぐには立てないが無理矢理銃を連射する。しかしそんな撃ち方で命中する筈もない。
「ジレル中尉!」
 ナスカは悲鳴の様に叫んだ。
 女は彼をコンクリの壁に押し付けて腹や胸に蹴りを入れる。逃げ場は無い。それでも彼は義手の左腕を振り回したりして抵抗した。そしてもたもたしているナスカに叫ぶ。
「早く行け!」
 ナスカは頷いて記憶を頼りに先へ走り出す。追おうとした男性の背中を彼は撃ち抜いた。その場に二人になると、ジレル中尉は反撃に出る。
「本当に痛かったじゃないか」
 目の前にいる女を殺すつもりはない。いかにして足止めするかに彼は頭を使っていた。

白薔薇のナスカ ( No.23 )
日時: 2017/06/03 09:58
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: b9FZOMBf)

 一方ナスカは捕虜を収容している所へ辿り着く。小部屋が沢山並んでいる。ナスカは急いで鍵に彫られている部屋番号の部屋を探した。頭が痛くなりそうだったが何とか見付け、鍵を鍵穴に差し込む。最初上手く開けられず数回ガチャガチャしている内に勢いよく扉が開いた。中はナスカが予想していたより狭い。
「エアハルトさんっ」
 鋭い瞳がナスカを見る。それは間違いなくエアハルトのものだった。黒い髪には艶がないが瞳の凛々しさは感じられる。
「生きていて良かった!」
 ナスカは衝動的に目の前にいる男を抱き締めていた。
「痛い痛いっ!」
 エアハルトは突然の事に驚き戸惑ってジタバタする。
「あっ、ごめんなさい!」
 ナスカは途端に正気に戻って体を離す。思っているより強い力を入れてしまっていた様だ。
「痛かったですか?強くしてしまってすみませんでした」
 謝るナスカにエアハルトは笑い掛ける。
「ううん、大丈夫。ごめんね。突然だったからびっくりしちゃっただけだよ」
 ナスカは立ち上がりエアハルトに向けて手を伸ばす。
「急いでここを離れましょう。追っ手が来るかもしれません」
 するとエアハルトは気不味そうに答える。
「……足に枷が。部屋の鍵と同じので外れると思うんだけど、試してくれないかな」
 ナスカは強く頷き鍵穴を探し見付けると鍵を差し込む。カチャンと音を立てて鎖の繋がった枷が外れた。
「外れましたっ。さぁ、急ぎましょう」
 エアハルトはゆっくり立ち上がるとナスカの手を掴んで「ありがとう」と言う。赤くこびりついた傷だらけな彼の手をナスカはそっと握り返した。顔を見ると随分痩せたなと思ったが言葉には出さなかった。
「必ず生きて帰りましょう。皆待っていますから」
 ナスカは手を引いてエアハルトと小部屋を出る。急ぎ足で予定通りの経路を進む。
「いたぞ!あっちだ!」
 近くから声がしたので二人は壁に隠れる。ナスカは心臓が破裂しそうなぐらい緊張した。
「いません!」
「探せ、と言っている!」
 しかし直ぐに発見される。捕まったら最後だ。ナスカはエアハルトを引っ張って走る。死に物狂いで走った。
「痛いよ、ちょ、ちょっと!」
 敵との距離が徐々に縮まる。ナスカは必死になって全力疾走する。やがて視線の先に外へと続く扉が見えてくる。失いかけていた希望が蘇ってきた。ヒムロの話によるといつもは鍵が閉まっていないらしい。ナスカはそれを願い扉に手を掛ける。簡単に開いた。
 漸く外へ出られた、とナスカはほんの少し安堵する。
「追い詰めたぞ!」
 しかしその叫び声を聞いて気付いた。迎えが来ていない。作戦ではこのタイミングで誰かが来ている筈なのだ。ナスカは青ざめると同時に、エアハルトを守らなければと思った。もう逃げられない。
 一人の男がエアハルトに飛び掛かっていく。エアハルトは華麗な動きでナイフを奪った。
「ぎゃー!取られた!」
「何やってんだ、バカッ!」
 エアハルトは強く睨み敵を牽制する。夜だからか、空気がやけに冷たい。
「ナスカ、怯える事はないよ。君は一人じゃない。だからきっと上手くいくよ」
 彼は独り言の様に言った。
「僕がいるんだから!」
 叫び声と共にエアハルトは敵の中へ突撃した。武器はさっき敵の男から奪ったナイフしかない。勝敗は分かりきっている。だが彼は勇敢に戦った。バカじゃないのだから歩が悪いのは分かっているだろう。それでも彼はナスカを守りたかった。
 エアハルトはナスカの予想を遥かに上回る強さを見せた。次から次へと襲い掛かってくる男をナイフ一本で倒していく。
「くそっ、全員で行くぞ!」
「ちょっとトイレ行きたい〜」
「殺すなよ!」
 三人の男がエアハルトに同時に襲い掛かる。中の一人を切り裂いたエアハルトはバランスを崩して転倒した。その背中を一人の男の短剣が狙う。ナスカは意識しない内に短剣を振り上げた男に向かって突進していた。不意打ちを食らった男はぶっ飛んで横倒しになる。
「おい、バカか!」
 最後に残った男が怒声と共にエアハルトの首を強く掴み、いとも簡単に持ち上げる。
「ちょっと!止めて!」
 ナスカは叫んで手を伸ばしたが、男の屈強なもう一方の腕に凪ぎ払われた。
「女風情が邪魔すんなっ!!」
 男が手に力を込めるとエアハルトは掠れた呻き声を発する。
「ナスカに……手を出すんじゃない」
 男は片膝でエアハルトの腹部を蹴り、首を締める手の力を強める。
「う、うぐっ……」
 エアハルトは呼吸が出来ず苦しそうに顔をしかめている。その様子を見ていることしか出来ず、ナスカは自分の無力さを感じた。
「少し……待て」
 それを聞いた男はほんの少しだけ握力を緩める。
「ナスカは、見逃して……やってくれ。……まだ、若いし。僕の首は、このまま締めて……構わないから」
 エアハルトは微かに微笑む。
「ダメよっ!!」
 ナスカは叫んだがエアハルトには聞こえていない。
「僕を……屈服させたいん……だろう。ナスカは、無関係……そうじゃないか……?」
 暫く考えて男は返す。
「良いだろう、小娘ぐらい帰してやる。だが一つだけ条件だ」
 それから男はエアハルトの首を両手でがっしり握り、一気に締めた。
「止めて!」
 エアハルトは男を強く睨み付けるだけで何も言わない。恐らく、言えないのだ。呼吸をする音がしていない。
「今から六十数える。終わるまで気を失わなければ小娘は見逃してやろう。こういうゲーム、好きだろう?」
 ニヤリと悪そうに口角を持ち上げると、男はとてもゆっくり数を数え始める。ぎしぎしと首が締まる音がする。
「止めるのよ!」
 ナスカは自分の足元に落ちていた短剣を拾いじわじわ男に近付く。
「あぁ?何だ、小娘が」
 そしてナスカは男に向かって短剣を振り回した。短剣の使い方はさっぱり分からないがひたすら回す。やがて剣の先が男の片目を掠めた。薄く切れた瞼から血が伝う。男は痛みでか、思わず手を離した。脱力したエアハルトの体は地面に対して垂直に落下する。
「この小娘がぁっ!」
 男は激昂してナスカを蹴る。ナスカは勢いよく吹き飛んだ。更に追い討ちをかける様に胴体を踏みつけてぐりぐりした。焼け付く様に痛くて泣きたくなったが必死に涙を堪える。こんな所で弱みを見せてはいけない、と思ったからだ。
「ナスカ……!」
 必死に顎を上げるとエアハルトと目が合う。彼は荒い息をしながら横たわっている。流石に動けないらしい。
「ん〜ん?よく見ると良い体をしているな。ちょっとだけ遊ばせて貰おうかな?」
 男は腰を下ろすとナスカにセクハラをした。
「ち、ちょっと!」
 腰から背中にかけてをゆっくりと柔らかに撫で、手を腹の方も触ろうと手を伸ばす。
「もっと……あ?」
 突然、男の言葉が途切れた。男は同じ体勢のまま真後ろに倒れる。ぴくりとも動かない。その様子はまるで亡骸だ。地を血が染めていく。ナスカは慌てて立ち上がりエアハルトの方へと駆け寄る。
「エアハルトさんっ、無事ですか?エアハルトさん!」
 彼は輝きの無い瞳でナスカを見た。
「……ナスカ?」
 ナスカはエアハルトの血に濡れた唇をハンカチで拭う。
「命中したか」
 聞こえたのはジレル中尉の静かな声だった。狙撃用の細くて大きい銃器を右腕に抱えて歩いてきていた。
「どうも間に合ったらしいな」

白薔薇のナスカ ( No.24 )
日時: 2017/06/03 13:19
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Re8SsDCb)

episode.12
「もう失いたくなくて」

 ジレル中尉は辺りに散らばった屈強な男達を見ると不思議そうに言う。
「……ナスカくんが?」
 ナスカは首を横に振る。
「いえ、私がやっつけたのは一人だけで。他はエアハルトさんです」
 ジレル中尉は目を静かにエアハルトに向けてから「これが?」とでも言いたそうにナスカに視線を移す。エアハルトは瞳を閉じて死んだ様に動かないのでそう思うのも無理はない。
「死んだのか?」
「死んでません!そんな事を言わないで下さいっ!」
 ナスカが注意すると彼は「やたら元気だな」と返した。
「それより、こんな所で安心していて良いのか?まだ敵陣の真っ只中だ」
「そうですね。行かないと」
 ナスカは立って足に付いた砂を払うと、エアハルトを起こそうと声を掛けてみる。
「エアハルトさん、聞こえますか?起きて下さい」
 反応が無いのでナスカは彼の両腕をしっかり掴み引っ張ってみる。しかし少女が一人で意識不明の成人男性を動かすのはかなりの重労働であった。
「うーん、うーん」
 物凄く少しずつ引き摺るのがやっとだ。ナスカが困っているのに気付いたジレル中尉は急に大きく叫ぶ。
「大変だ!ナスカくんが!」
「ジレル中尉、一体何を?」
 するとエアハルトの指がぴくっと動いた。
「エアハルト……さん?」
 不思議なことにエアハルトの目がぱちりと開く。むくっと上半身を起こすとナスカと目が合いきょとんとする。
「あれ、ナスカ?」
 エアハルトはきょろきょろしてから再びナスカを見る。
「……おかしいな」
「何が?」
「いや、何か聞こえた気がしたんだけど……気のせいかな?ごめん。忘れてね」
 ナスカはニヤッと笑ってジレル中尉に目をやる。彼は何事も無かったかの様な顔をした。
「エアハルトさんには私の機体に乗って頂きます。その体で運転は難しいでしょう?」
「ナスカがそう言うならそうなのかも。やっぱり敵陣で無理はしない方が良いよね。あ、でも僕の機体はどうなる?あれ研究されたら困るんだけどね」
「それはジレル中尉が」
 するとエアハルトは怪訝な顔でジレル中尉を凝視する。不穏な空気になる。
「壊さないで下さいよ」
「今のお前よりマシだ」
 エアハルトとジレル中尉は急激に嫌な空気になり、睨み合い火花が散った。
「僕の愛機ですから、僕が乗るのが相応しいですけどね」
「私とて素人ではない」
「怖いのに無理することはありませんよ。僕が乗って差し上げましょうか?」
「可愛くないな、そんな状態でまともに操縦出来ると思っているのか」
 ナスカは疲れた。二人共不器用だからこんな事になるのだろう、とナスカは思った。両方が意地を張って一歩も退かない。
「やれば出来る!」
「傷を軽く見すぎだ。満足に歩けもしないくせに強がるな」
「侮辱しないで下さい!」
「心配してやっているのだが」
 ジレル中尉は嫌味たっぷりに溜め息を吐いた。
 ナスカは苛立っているエアハルトの肩をぽんと叩く。
「落ち着いて下さい、ジレル中尉の言う通りです。無理は禁物ですよ」
 頑張って笑みを作ると、エアハルトは溜め息を漏らして微笑を浮かべた。
「あー……それもそっか」
 ナスカの腕を持って腰を上げると彼はじとっとジレル中尉の方に目をやり、嫌味混じりの声で「ナスカに心配掛けたくないからですよ」と言った。相変わらず素直になれない厄介な性格だが、ナスカはエアハルトが元気そうになって嬉しかった。

白薔薇のナスカ ( No.25 )
日時: 2017/06/03 13:21
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Re8SsDCb)

 二人が歩き出そうとした時。
「ジレルーッ!!」
 長い金髪の女が猛スピードで走ってくる。ナスカは新手の敵かと思い警戒する。女はジレル中尉の前で止まった。よく見るとさっきの女だ。
「ジレル〜邪魔な奴ら締め上げてきたよ。ねぇ、偉い?」
 女はジレル中尉に抱き着く。ナスカは唖然とした。
「……誰?」
 すると女はクルッとナスカに近付いてきて明るい声を出す。
「ナスカ。久し振り、分かる?リリーだよ!」
 ナスカは驚きで何も言えなくなった。帰ってこないと諦めきっていたリリーが、今、目の前にいる。信じられない。
「り、リリーって……本当に言っているの?」
「そう、嘘みたいでしょ!リリーね、生きてたの!」
 リリーと名乗る目の前の女は屈託のない笑顔を浮かべてナスカを見詰める。
「急に言われても、そんなの信じられないわ。疑問が多すぎるもの。貴女が本当にリリーだとしたら、あの時私が分かったのでしょう?分かっていながらどうしてジレル中尉に手を出したりしたの」
 彼女の表情が曇る。
「……それは」
 気不味くなっているのに気が付いたからか偶々かは分からないが、エアハルトが穏やな口調で挟む。
「まぁまぁ、話は後で。ヒムロさんが急げって言ってるから急ごう?全部後で良いよね」
 ナスカは少し言い過ぎたかと思い口をつぐんでエアハルトの顔に目をやると、彼は小さく頷いた。エアハルトが転倒しない様に腕を支えると二人は歩き始める。
 機体まで辿り着くとナスカは操縦席にエアハルトを助手席に座らせる。シートベルトを締め電源を入れ、気合いを入れて前を向く。ナスカはいつもより緊張気味だ。だがとても懐かしい感じがする。今でも一人前だとは言えないかもしれないが、半人前だった頃を思い出す。
「エアハルトさんが隣にいてくれると、とても心強いです」
 二人を乗せた機体はどんどん速度を上げてやがて夜空へと高く舞い上がった。透明で外が見える作りのコックピットからは無限に広がる星の海が見える。プラネタリウムみたいだ。ふと右手側を向くと小さく朝日が見えている。朝が来たんだ、とナスカは少しだけその眩しさに見惚れた。不思議な感覚だ。つい先程まで真っ暗闇に星が瞬くだけだったのに、今はとても明るく感じられる。
「……朝か」
 エアハルトはぼんやりと独り言の様に呟いた。彼の瞳の中でも一日を始める太陽が輝き出している。
「本当にやってのけてしまうとは。ナスカ、君だけは敵に回したくないな」
「貴方を救えて良かった」
 クロレアの土地が視界に入ってくる。二人は顔を見合わせると、初めて心から笑った。エアハルトは笑いながらで「かっこいい事を言うね」なんて言う。冗談だと思ったのだろうか?ナスカは本気だというのに。でもそんなのは気にならなかった。エアハルトが生きていてくれるなら何でも構わないんだ。
 朝がやってくる。空全体が水彩絵の具の青と赤を滲ませた様に紫色に染まり、黄とも白とも言えない眩しい光が強まる。太陽の光は青い海の泡をチラチラと輝かせる。
 赤い機体に白薔薇を描かれた戦闘機は高度を徐々に下げていく。訓練していた頃を思い出すと懐かしくて自然と笑みが零れた。アスファルトと白っぽい海面のコントラストがナスカの心を踊らせる。帰ってきたのだ、と。地上では先に帰っているトーレが大きな目を見開きながら手を振っていた。その横には微笑を浮かべたヒムロが長い髪を風に揺らしながら立っている。ナスカとエアハルトの乗る機体は少しずつ減速し、やがて着陸した。
「ナスカ!」
 降りたナスカを一番に抱き締めたのはトーレだった。
「ぎゃっ、苦しい!」
 息が詰まりそうな程に強く抱き締められて、ナスカは思わずはっきりと言ってしまった。ヒムロが顔を下に向けてくすくすと笑っても、トーレはまだ腕を離さない。
「怖かったよぉ。爆撃なんかしたこと無かったからもう、上手く出来なくて……途中で弾切れなっちゃうし。危うく対空ミサイルに撃ち落とされる所だったんだよぉ……!」
 トーレは泣いていた。ナスカは仕方が無いので彼の頭を優しく撫でる。すると余計に締まって苦しくなった。
「苦しいってばーー!トーレ、いい加減にしてよ」
「ごめん……ごめんなさい。ごめん、でも怖くてっ」
 エアハルトは微笑ましい光景を見て軽く爽やかに笑った。それからヒムロを見る。
「あたし何か変?」
 暫く間を開けて彼は言う。
「いや、化粧が薄くなったなと思って。老けたか?」
「は?」
 ヒムロは激怒した。と某小説の一文目を借りたいぐらいに彼女は怒った。
「ふざけんじゃないわよ!もう一度言ってご覧なさい、殺してやるわよ!」
「化粧が薄くなったな、老けたか?と言った」
「本当に言ってんじゃないわよ!何なのそのボケは。突っ込めと言っているのっ!!?」
「もう突っ込まれたぞ」
「こんの〜〜クソ男!収容所へ帰れっ!」
「いい男じゃなかったのか?」
 ヒムロは頬を真っ赤にして怒りながら視線を逸らす。
「あぁもう……いい男よ!本当に本当にっ!!」
 逆ギレだ。
「唇は諦めてないわよ!」
 それを聞いたナスカは口をあんぐり開けてドン引きな表情でエアハルトを見る。
「もしかして、お二人はそういう行為を……?」
「してない!してないよ!」
 エアハルトはナスカに誤解されたくなくて慌てて否定する。そこにヒムロが口を挟む。
「あら、忘れちゃったの?あたしとっても悲しいわ〜〜。収容所じゃ、た〜〜くさんさせてくれたのに……」
「鬱陶しいっ!捕虜だから逃げられなかっただけだ!」
 エアハルトは憤慨する。
「でもアードラーくん、唇だけは必死で守ろうとしてたわよねぇ。あ、もしかしてナスカちゃんと……するから?」
「おい、調子に乗るなよ!」
 ヒムロが茶化すとエアハルトは更に怒った。ナスカは顔筋をひきつらせて「ないない、ないない」と繰り返した。
「でもあたしは諦めていないわよ。その唇はいつかきっとあたしが捉えるの。あんな事までしてくれたのだから、いつかきっとくれるって信じてるわ」
 ナスカは更にドン引きして青ざめた顔になる。
「そんな行為をなさってたなんて……収容所って怖い」
「いや、ちょっと待って、嘘だよ?この女の話信じたらダメだからね!?」
 エアハルトはぐったりして肩を落とす。ナスカは暫くしてから笑いが込み上げてきて、笑い出すと止められなかった。
 でも今は、笑って良いのだろう。
 不意に海の方を見上げると、黒い機体が飛んできているのが見えた。猛スピードのまま地面に向かって飛んでくる。
「墜落するじゃない!」
 ナスカはあたふたする。
「あのクソパイロット……」
 エアハルトは腹立たしそうに機体に目をやる。
 黒い機体は速度がつき過ぎていたせいで着陸に失敗しもう一度地上を離れる。そして、二度目の着陸を試みる。今度は何とか大丈夫そうだ。何度か地面にバウンドして機体は無理矢理地面に止まる。ドアがバンと乱暴に開くとジレル中尉が外へ出てくる。
「ジレルさんだ!」
 トーレがそっちへ走り出す。しかしジレル中尉は駆け寄ってくるトーレを素通りしてエアハルトの前まで来て足を止める。
「……何ですか?」
 エアハルトは怒りを堪えながら笑顔で尋ねた。
「おい、何だアレは!!?」
 ジレル中尉はいつにない大きな声で質問返しした。
「……はい?」
「あれは何故にあんなスピードが出るんだ!着陸出来ない所だったではないか!」
 いきなり怒り出すものだからナスカもヒムロも、トーレまで唖然。その中でエアハルトは一人ドヤ顔をして返す。
「実力の問題では?いや、すみません。違いました。ご高齢で操縦能力が鈍ってられたのでしょうね」
 またしても喧嘩が始まりそうになったのをナスカが止めようとした瞬間、「まぁまぁ」という少女の声が聞こえた。
「ジレル、帰ってきたばかりで喧嘩なんてダメだよ」
 リリーはてててと愛らしい小動物のように小走りで皆に寄ってくる。ヒムロの存在に気付くと彼女は深くお辞儀をする。
「失礼しました!」
 ヒムロは明るく笑って「いいのいいの」なんて言った。
「ヒムロさん、どうしてここに……あ、もしかして!リリーを捕まえるためにっ……!?」
 一気に青くなるリリーの肩をヒムロはバシバシと叩く。
「んな筈ないでしょーー!あたし逃げてここにきたのに」
「よ、良かったぁ……」
 こうして長い夜は終わった。
(大切な人、守れたよ。私……少しは強くなれたかな)


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