社会問題小説・評論板

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大好きで大嫌い
日時: 2020/05/30 14:31
名前: たなか (ID: rjNBQ1VC)

〜プロローグ〜


平和に生きているつもりでも、過去は変わらない。


あの夜の恐怖と不快感は、簡単に思い出すことができる。


少しずつ僕の身を蝕んでいった障害も、今では手をつけられないほどに膨らんでいる。




こいつがそんなことしない。




あいつもその気は無い。




そんなこと思ったって無駄。


何も変わらない。


きっと変えられない。


記憶なんか無くならない。


無くなったらそれは僕じゃない。


でも、こんな記憶を抱えてまともに生きていけるはずがない。


どうしたらいいのか、自分にも分からない。


ただ僕にできるのは、誰にも触れられないようにするだけ。


なるべく相手の印象に残らないように、地味に生きるだけ。


大好きな人も、大切な人も、傷付けないように関係を消滅させていく。


傷付けないように、記憶に残さないように。


僕なんかいない方がましだ。


僕に優しくしてくれる人の期待に応えられないなんて。


いない方がましだよ。


さっさと消えちゃえよ、もうとっくに穢れた命だ。


ほら、得意だろ、人の記憶に残らないことなんて。


大得意だろ、いつもそうやって生きてんだろ。







......誰かのせいで、縮こまって生きてんだろ。



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Re: 大好きで大嫌い ( No.54 )
日時: 2020/12/04 23:53
名前: たなか (ID: dRBRhykh)

*





少しずつ夏休みが近付いてきた。

でも、校内にいても聞こえてくるような蝉の声ですら、今の僕の耳には届かない。

そのくらいの緊張に浸っている僕は、体育館の入口をくぐった。

中には、バスケ部の顧問の中谷先生だけがいる。

入口に背を向けてバスケットゴールと向かい合っている先生に近付いた。

そっと先生の手から放たれたバスケットボールが、リングを通ってゴールネットを揺らす。

小さく拍手をすると、先生は驚いたように振り向いた。

「大島? どうしたんだよ、折角の昼休みに」

いつものような笑顔で話しかけてくれる先生に、僕も笑顔で返す。

「少し、挨拶を」

「挨拶」なんていうどこか他人行儀な単語に、先生は悲しそうな顔をした。

分かりきっているはずなのに。

先生もバスケットゴールも目に入らないようにして、僕は口を開いた。

「……中谷先生が部活の顧問で良かったです。僕が今できる最大限のバスケを、僕にやらせてくれた。パスを出すだけでも、シュートフォームのお手本を見せるだけでも、コートにモップをかけるだけでも、部員の荷物を整理するだけでも、僕にとっては全部バスケでした。
『いい練習相手になる優秀な選手がマネージャーになってくれて助かった』って言ってくれるのが、お世辞でもなんでも無く嬉しかったんです」

息を吸って、震えそうな、途切れそうな声を絞り出す。

「1年間ありがとうございました」

頭を下げる。

言いたいことはまだ沢山あったけど、口には出なかった。

言葉にならなかった。

そっと頭を上げて先生の顔を見ると、バスケットゴールが目に入る。

悲しそうに笑いながら、先生は僕にバスケットボールを差し出した。

「……最後に、シュート決めてけよ」

ダンクでも3Pでもいいから、と先生が付け足す。

バスケットボールを受け取り、センターサークルの真ん中に立った。

ドリブルもしないで、ボールを構える。

バスケットゴールの向こう側にある窓から入った光が、僕の目を刺した。

その光の中に放り込むようにしてボールを投げる。

リングに当たることもなく、ボールはネットを通った。

すぱん、という小さな音だけが体育館に響く。

ほっと息をついた。

音を立てて床に落ちるボールを見ながら、先生は小さな声で僕に問いかけた。




「……バスケ、好きだったか?」




まだ光を見上げながら、僕も小さな声で返す。






「えぇ、大好きでした。嫌いになる程」

Re: 大好きで大嫌い ( No.55 )
日時: 2020/11/13 23:52
名前: たなか (ID: .HkLA/wn)

ひゅっと、自分の息が鳴る音がした。

あまりの衝撃に隣の山崎を見ると、俺と同じように表情を硬くしていた。

何も、知らないのか。

「悪い。本当はもっと早くに伝えたかったんだが、大島の希望で……本当に申し訳ない」

眉根を寄せて、俺たちの前に立つ担任が頭を下げた。

やめてくださいよ、と掠れた声で山崎が呟く。

雫月の希望……。

話が終わり、山崎とふたりで夜道を歩き出してからも、軽薄そうな色の蛍光灯に照らされた闇の中で聞こえた話は、まだ俺の鼓膜を震わせていた。




「大島は昨日、退学した」




退学、という言葉が全く似合わない。

勉強ができて、運動ができて、愛想が良くて、問題なんて絶対に起こさない。

そんな雫月が退学したといえば、きっと経済面の問題からだろう。

それは分かるけど、どうして伝えてくれなかったんだ。

俺じゃなくたって、山崎に言えばよかったのに。



昨日「またね」って言ってくれただろ。



笑いかけてくれただろ。



それがほんの少しの希望だと思っていた俺は、今になってその言葉の重さに気が付き、ハッとする。

いつも雫月の本心に気付くのは、少し遅れてからだった。

気付いてくれないか、と雫月が軽く隠した本心に、願望に、今更気付くなんて。

馬鹿だな。

そっと、隣を歩く山崎を見る。

青白い月に照らされた横顔の輪郭が、綺麗だった。

俺の視線に気付いたのか、山崎もこっちに目を向ける。

視線が交差した。

「やっぱ俺雫月のこういうとこ嫌い」

ぼそりと山崎が呟く。

「……俺もだよ」

目を逸らして返した。

互いの声が震えていることに気付き、どことなく気まずくなる。

雫月はやっぱり、変だ。

やたらと他人を気にする。

他人の事ばかり考えて、自分の傷を綺麗に隠す。

治すことは出来ないくせに。

Re: 大好きで大嫌い ( No.56 )
日時: 2020/11/19 23:16
名前: たなか (ID: .HkLA/wn)


*





夢だと分かっている。

分かっているのに目は覚めなかった。

その夢の中での僕は、過去のものだった。

色々な記憶が一気に脳内再生されているような、中身のない夢。

体育館倉庫で同級生に殴られヘラヘラしている僕は、ソファに座って、自分の体を弄るおじさんの手を見ている僕になった。

かと思えばお父さんと手を繋ぐ幼い僕にもなり、お母さんにピアノを教えてもらう僕にもなり、泣きながら勉強をする僕にもなり、賑やかな教室で大和と話す僕にもなる。

幸せな思い出ばかりだとは言えない。

きっと、幸せなことはすぐに忘れてしまう。

それでも自分が幸せだとは思えなくて、そのせいか夢からはなかなか抜け出せなかった。

バスケのシュートを決める僕、お父さんに怒られる僕、おじさんと初めて会った時の僕、ソファの上でごめんなさいと連呼する僕、先生の冷たい手を握る僕。

幸せなんかじゃない。

幸せなんかじゃない。

お父さんの手の暖かさもピアノの鍵盤の硬さも覚えてる。

おじさんの手の熱さもソファの柔らかさも覚えてる。

幸せな思い出は沢山あるはずなのに、不幸だなんて思ってしまうのはなんでなんだろう。

なんでなんだろう。

辛い思い出が風化しないのはなんでなんだろう。

なんでなんだろう。

ぷつり、と夢が途切れ、天井が目に入った。

夢から抜け出せたという謎の達成感と、結局大して変わらないという虚無感に襲われる。

たまにはいい夢見せてよ。

自分の皮肉な人生に苦笑すると、視界が歪んだ。

急に溢れるそれを止めることも無く、枕に顔をうずめる。


家が特別裕福だったこと。


親が特別優しかったこと。


お母さんが目の前で死んだこと。


急に知らない人と暮らすようになったこと。


全身を愛撫され、罵倒されたこと。


同姓を好きになったこと。


保護者であるはずのおじさんが、手を差し伸べてくれなかったこと。


バスケをまた好きになったこと。


頑張って入った高校を数ヶ月で辞めたこと。


初めて握った先生の手が冷たかったこと。





大和に出会ったこと。




幸せだなんて思えない。

何かの因果だとしか思えない。

もっと幸せになれると思ってた。

もっと綺麗に生きられると思ってた。

小さい頃は。

でも違ったんだ。

そんなはず無かった。

小さい頃の幸せが、今の不幸を創っていた。

もし生まれ変わりなんてものがあるなら、ほんの少しだけ幸せな人間になりたい。

大きな幸せなんて貰えなくて、その代わり大きな不幸もなくて。

真っ平らな人生がいい。

その人生の中で大和に会えたら、もっと上手に好きになれたのに。

Re: 大好きで大嫌い ( No.57 )
日時: 2020/12/13 15:51
名前: たなか (ID: dRBRhykh)

雫月がいなくなって数日が経った。

放課後、漫画を買いにコンビニに寄った帰り、何気なく雫月のアパートのインターフォンを鳴らす。

ほぼ衝動的なものだった。

よくよく考えたらこの時間に雫月がいる確信は持てない。

気まずいまま別れたから、出てきたとしても上手く話せないだろうし。

でも俺はどこか期待していた。

今まで通りに出迎えてくれることを。

「あれ、久しぶりだね」と笑いかけてくれることを。

インターフォンが鳴らないことに気付きドアをノックしようとした時、隣の部屋から気の良さそうなおばさんが出てきた。

「あら、こんばんはぁ」

「こんばんは」

「もしかして雫月くんのお友達?」

「はい、そうです」

おばさんの派手な柄のワンピースと黒いトートバッグをぼんやりと見ながら返事をする。

なんで中年かそれ以上の女の人って花柄の服着てるんだろう。

そう考えながら。

「雫月くんつい最近引っ越したのよぉ」

頭の中で、花が一気に枯れる。

視線をおばさんの顔に向けた。

「え……引っ越したんすか」

「そうなのよ、ご存知無い?」

「そんなに仲がいいって訳でも無いので」

嘘をついてすぐ、あながち嘘でもないと心の中で呟く。

勝手に離れる程度の仲だ。

連絡も報告もしないで、退学してしまうような仲だ。

どうだっていいのかもな。

ありがとうございます、と礼を言って階段を降りた。

駐輪場の端に置いた自転車にまたがる。

ちょっとした孤独感に覆われ、白い天井を仰いだ。

絶妙なバランスを保っているへのへのもへじの落書き。

ここに初めて来た時見つけたものだ。

雫月と2人で大笑いして、それからも見る度に笑った。

今もそうだ。

知らず知らずのうちに口角は上がっている。

あぁ、お前も置いていかれたんだな、と。

Re: 大好きで大嫌い ( No.58 )
日時: 2020/12/31 13:43
名前: たなか (ID: onOgwpiJ)


*




アクリル板越しに見るお父さんの顔は、想像していたものよりも健康的だった。

刑務所の面会室で、元弁護士のお父さんと面会する。

なんて皮肉。

「それで、急にどうしたんだ」

最後に会った時と変わらない、無愛想な話し方でお父さんは聞く。

お母さんとも僕とも似ない、温度の低い人だ。

似ないけど、そこが好きだった。

僕も、お母さんも。

「ちょっと近況報告。時間沢山あるし、沢山話せるよ」

「そうか……高校は休んだのか?平日の昼間に面会なんてできるもんじゃないだろう」

「高校はやめた。中卒だね」

自嘲気味に笑って言う。

「学費が払えそうになかったからもう辞めようと思って。家の近くにある飲食店で働くことになった」

「大学はどうするんだ、行かないのか」

「一応行く気はあるよ。T大学とか」

具体的な大学名を出すと、お父さんは少し黙った。

驚いているのかもしれない。

「お前に行けるのか?勉強しながら泣いてたくせに」

怪しむような目で聞いてくる。

思わず苦笑した。

懐かしい。

「今だってあんまり変わらないけど、一応お父さんの子供だから大丈夫」

部屋の中で開きっぱなしになっている問題集は、メモ書きやら計算の跡やらでぐちゃぐちゃになっている。

消しゴムで消すくせは相変わらず無いけど、赤ペンでつける丸の数は昔よりも多い。

お父さんはふっと笑って目をそらす。

「こんな男の血なんて大したものじゃない」

そんな事言わないでよ、と声にならない声で呟いた。

僕は知っている。

お父さんの手首の内側に残る傷痕のことを。

お父さんの部屋に残った数々の医学書のことを。

お父さんが何より自分を嫌っているということを。

そして、何より僕を大切に思っていたということを。

罪を犯した男の幸せを願うのは、罪だろうか。

だとしたら僕も犯罪者だ。

2人で話し込んでいると、40分が経った。

そろそろ仕事の昼休みが終わるから、と手を振る。

「……次に会う時は、いい報告するから」

そう言って部屋を出た。

目標なんて呪いとおなじだよ、と言う呟きを無視して。


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