複雑・ファジー小説
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- ついそう【完結】
- 日時: 2013/01/30 16:51
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
- 参照: https://
+目次+
8月25日>>1
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CAST>>68
あとがき>>69
- Re: ついそう ( No.20 )
- 日時: 2012/10/18 21:50
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
+17+
街に出ても、ちっとも懐かしい感じはしなかった。
僕は三春のマンションの階段を降りながら、下に広がる町を眺める。大きな建物は目立たない、都会と田舎の中心のような中途半端な街。
僕は三春を見失わないように、街を見回し続ける。ピンと来る場所はまだない。
「僕はこの町に住んでいたの?」
僕は赤い屋根の家を見上げながら三春に声を掛ける。三春は丁寧に振り返ってきてくれて、僕に微笑んだ。
相変わらず、泣いたり驚いたり笑ったり、忙しい人だ。さっきまで僕に髪を乾かされて泣いていたのに。
僕だからかな。僕との記憶を思い出して泣いていたとかなら良いのに。それでも僕は申し訳ない気分になるけど、嫌がって流した涙とかよりはずっと良い。
もっと三春は僕に不満を言って良いと思う。僕は三春の迷惑になるべくなりたくない。
「うん。私の実家の近くに」
三春はそう言って、再び前を向く。
僕はそんな三春の背中をじっと見つめていた。
三春は、本当に、僕の……。そんな疑問が僕の心臓の周りを渦巻いているのだ。いや、三春はそういうことにしたいとか。そういう系かもしれないし。三春を疑うことは悪いことなんだろうけど、疑わずにはいられない。
そっと、ポケットの上からピアスの形を確認する。あのとき、なんで僕のピアスを否定したのだろう。考えれば、なんで僕は三春の言いなりになっているのだろうか。
僕の意思はどこに行っているのだろうか。
「あのさ、なんで僕、髪を切らなきゃいけないの?」
何となく、というように聞いたつもりだった。それでも、三春は信じられないというような顔をして、振り返ったのだ。そんな顔に少しどきりとする。今日の朝の三春のようだ。
不安定な三春。よく分からないけど、その言葉がよく似合う。三春はその表情をすぐに消した。でも、まだ面影が残っている。まだ、戻っていない。
三春は、コロコロと表情を変える。いや、表は変わっていない。中の、筋肉のもっと奥の、形の無いもの。それが微妙に変わっていっている。
どれが、本当の三春なのだろう。どれが一番、素の三春に近いのだろう。
三春は僕に近づいて、人目を気にせず髪を撫でてくる。三春に舐められているようだ。
僕は、三春のペットじゃないのに。
「秋はもっと髪が短い方が似合うの。それで、金髪じゃなくて黒髪の方がいいよ、絶対」
それは、三春の好みでしょう。僕は秋だ。でも、それ以前に僕は僕だから。なのに、僕は僕のことを決めることができない。僕は僕のことを全然知らないから。
三春に頼るしかないのだろうか。
「……そっか」
思考回路が、完全にマヒしてるなぁ、僕。
- Re: ついそう ( No.21 )
- 日時: 2012/10/21 20:31
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
+18+
お金を渡された。
これで髪を切り、そして黒髪にして来いというのだ。その間に三春は僕が選ばなくて済むようなものを買ってきてくれるらしい。
僕は片手にお金を握ったまま、しばらく動けなかった。予約をしなくても髪を切ってくれるらしいその美容室は、もちろん見覚えはない。こじゃれた雰囲気だけど、平日のせいか人は少ない。外からでもカットしている所を見ることができるその美容室。
僕は目立つのは好きじゃない。でも、今は金髪だ。きっと目立って居る。背も高いし。
それでも、一歩を踏み出すことができない。でも、僕は三春に言われたから。美容室の扉を押して、中に入る。
お決まりのセリフと笑顔で迎えてくれた女の店員は、僕を見て少しだけ驚いて、そして頬を染めて下を向く。
僕はカウンターに近づいて、お金を置く。
「あの、カットを」
「ポイントカードはお持ちですか?」
「あ、えっと、要らないと、思います……」
三春以外の人間と話すのは初めてだ。女性店員は顔を上げてしっかりと僕を見上げてくれているのに、僕は自分の指を見ている。
両手の指は絡まったり、汗で滑ったりして忙しそうに動いている。
僕、しっかり言えなかった。この金髪も、黒にしてくださいって、言えなかった。僕は、僕は。三春の言ったことを、守れなかった。どうしようか。僕は、僕のことを勝手に決めていいという権限があるのかもしれない。
僕を案内するために女性店員は店の中を進んでいく。僕はその背中を何も言い出せないままに追いかけていった。
そして、椅子に座らせられて、体の周りをすっぽりと包む涎掛けみたいな物をつけられる。
鏡を見ると、前に風呂場で見た僕とは違って、綺麗でこの空気に溶け込んでいる僕がいた。
僕、記憶がないのに随分と普通だな。もっと慌てるべきなんじゃないだろうか。
さっきの女性店員と、ずいぶんと顔の整った男の人が話している。耳打ちで、僕をちらっと見たから多分、僕のことだろう。
しばらくして、男の人が腰のホルダーから鋏を取り出しながら近づいてきた。ニコニコと笑っていて、良い人そう。
横に会った背もたれの無い椅子に腰を掛け、僕の髪に触る。
「こんにちは。ボク、忌屋卓巳っていいます。今日はお願いします」
鏡越しだと、怖くないというか、普通に声が出る。
目を覚ました時、三春の出す音が怖かったのは、なんでだろう。三春だったからかな。この人は男の人だし、優しそうだし話しかけやすそうだ。
「……僕は、坂本秋です」
すると、忌屋さんはきょとんとして、くすくすと笑った。僕はなんだか恥ずかしくなって顔に熱が集まる。
忌屋さんは笑いを押し殺した後、目じりの涙を指で拭った。そんな姿もすごく、絵になるな。
この人はすごくカッコいい。僕よりは背は低いようだけれど、ジーンズに包まれた足は、すらりと伸びていて長い。
「すいません。お客様は名乗らなくても結構ですよ」
ああ、そうか。何だか反射的に、返してしまった。そうか。僕はお客なのか。
俯いてから、鏡で忌屋さんを見ると、もう営業スマイルに戻っていた。
僕は、こんな風な笑顔をしたことがあるのかな。
- Re: ついそう ( No.22 )
- 日時: 2012/10/24 20:23
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
+19+
忌屋さんは時々くだらないことを聞いてくるだけで、あとは黙って鋏を動かしていた。そんな忌屋さんの無駄のない動作は、男の僕でも見惚れるものがあるほど綺麗だった。
まあ僕はそんな趣味は無いから、すごいな程度にしか思わないけど。
「綺麗な金髪ですね、いつ染めたんですか?」
忌屋さんは僕を鏡越しに見てくれる。
僕は答えにくいその質問に、目線を逸らした。忌屋さんの鋏はしっかり動いているから、頭自体は動かさない。
言葉に詰まる僕に、忌屋さんは不思議そうな顔をしている。
「それが、あの、分からないんです。僕、なんか知らないけど、起きたら何も覚えてなくて、こういうの、多分記憶喪失っていうと思うんですけど、」
言葉に詰まりながら、恐る恐る口に出す。すると、忌屋さんは驚いたような顔をした。それも当然だと思う。記憶喪失なんて、きっと世間一般には珍しいだろうから。
僕に、何があってこんな記憶喪失なんかになってしまったのだろうか。僕は記憶を取り戻すことが、できるのかな。
僕の髪を切る忌屋さんの手が、一瞬止まる。それでもすぐに動き出した。すごいな、プロ根性かな。
長い前髪を櫛で上に持ち上げて、丁寧に切っていく忌屋さん。
細くて長い指の先の爪には、男の人なのにマニキュアがしてあって、おしゃれなこの美容院の雰囲気に合っていると思う。
「それは、ごめんなさい」
「え、良いんですよ」
なぜか僕を憐れむような目で見る忌屋さん。
そういう質問をされるより、そういう目で見られる方が、辛いんだけど。
そんなことを僕が言えるはずも無いから、ただ床に落ちていくさっきまで僕の体の一部だったものを、目で追う。はらりと落ちて、白い床を汚していく金髪。
忌屋さんは、それ以来口が重たくなってしまったようだ。だから、僕は今までのことを整理するように、一人で喋り続けた。
だって、そうしないと、誰かに聞いてもらわないと、僕がこのまま世界から忘れてしまうんじゃないかって、怖かったから。
僕はいつか、誰の記憶にも残らず、死んでいくのだろうか。
「今は、三春って女の子と一緒で。僕の恋人だったらしいんですけど、婚約もしてて、でも、そんなの憶えてなくて、僕の持ち物に指輪なんて無かったし、それが本当なのかどうか信じることもできなくて。でも、三春、僕のために躊躇いもなくお金を使ってくれるから、信じても良いかなって、思ってるんですけど、でも、やっぱり怖いんです。僕、誰なのか、正解が、分からないから。まだ、誰が僕の味方なのか分からないから」
僕の言葉を、じっと忌屋さんは聞いて居てくれた。聞いてくれてなかったのかもしれないけど、それでも良かった。
ただ、僕は聞いてくれることだけが嬉しかった。
初対面なのに、忌屋さんにこんなことを自己満足で話すのは迷惑だろうけど、止まらなかった。
ザクリと切られた金髪と一緒に、僕の涙が床ではじけた。
何やってんだろう、僕。
- Re: ついそう ( No.23 )
- 日時: 2012/10/24 22:45
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
+20+
最後まで何か物悲しそうな顔をした忌屋さんは、無理矢理作った笑顔で僕を見送ってくれた。
忌屋さんがカットしてくれた金髪は、無造作に伸びていたのを感じさせないほど綺麗でおしゃれになった。僕も満足だ。くすんでしまった首の指輪のネックレスを綺麗にすれば、僕は完全にチャラい人だ。派手で今どきの若者って感じ。
僕はとりあえず、三春を迎えに行こうと思って、歩を進める。きっと近くの雑貨屋に居ると思うから。居なかったらまたここに戻ってくれば良い。
そう思って、歩き出した。
そして、店と店の間にできた細い道を横目に通ろうとした、時だった。いきなり腕を掴まれて引っ張られた。僕は身長は高いけど、力は弱い。それに、いきなりの事だったから呆気なく、路地裏に引きずり込まれた。
え、なんだろう。いきなり。物騒なことはなさそうな街だったのに。
僕を引っ張った人物は、僕の胸ぐらを掴んだ。僕よりは背は低い。軽く背伸びをしているから、体勢が辛そうだ。
灰色のパーカーのフードを被っている、短髪の男だった。
「おい、あんた、今までどこ行ってたんだよ!」
そして、僕に唾がかかるんじゃないかと言うくらいの剣幕で、怒鳴られる。その声に驚いた。
僕をじっと見つめて来る細い目の下には泣き黒子がある。短い髪の間から除く耳には、大きなピアスがしてある。
雰囲気からして、なんだか悪そうな人。
僕はちょっと怖くて、声を出すのが億劫だった。
「あの、人違いじゃ……」
か細い声で、一番可能性が高い案を出してみるけど、男の人は首をぶんぶんと横に振った。
「バカ! 背がでっかくて金髪なんて、間違えるはずないだろ!」
短髪の人は、グイッと僕の顔を引き寄せる。
もしかして、じゃあ、僕を知って居る人だろうか。三春以外初めての、僕を知っている人。
僕は何だか感激してしまった。でももう涙は出ない。
さっき忌屋さんの前で泣いてしまったから。
「間違いねぇよ。なぁ、あんた」
男の人は一回落ち着いたようで、咳払いをして僕の胸ぐらから手を離す。息苦しいわけじゃなかったけど、なんか威圧感から解放された気分だ。僕は服の皺を手である程度整える。
男の人は、僕の顔を見上げてから、きょろきょろと周りに人が居ないかを確認した。
そして、聞こえるか聞こえないかくらいの音量で、呟いた。
「アレ、そろそろ返してくれねぇか?」
「え?」
そんな、何も覚えていない僕に分かるはずも無い。答えを返さない僕に、男の人は手を合わせて頭を深く下げた。
僕が『アレ』を返すのを渋って居るように見えたらしい。こんな格好だし、僕は怖い人に見えるのかもしれない。
こんなことを言うのは酷だけど、僕はその人に、事実を伝えることにした。
このまま話を進められても困るからだ。
「ごめんなさい、僕実は、その、記憶喪失になってしまっていて、何も覚えていないんです」
- Re: ついそう ( No.24 )
- 日時: 2012/10/26 19:07
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
+21+
男の人の手が、また僕の胸ぐらを掴むドキッとしたけど、すぐに離してくれた。どっちかというと、力なく落ちたという感じだ。男の人は口をぱくぱくとさせて顔を青ざめる。
知り合いだったんだ。そして、僕の記憶がないと困るんだ。なんか嬉しいけど、今の僕は批判されている気分でちょっと悲しい。
今の僕は、誰にも必要とされていないのだろうか。前の坂本秋の方は必要なのだろうか。僕は邪魔者なのか。
男の人はがくりと肩を落とす。僕も叱られた子供のように頭を垂れた。
申し訳ない。申し訳ない。僕が悪いんだ。
「マジかよ、マジだよな……雰囲気変わったしな。どうしよう、どうすれば良いんだ」
男の人は僕をちらりと見て、ぶつぶつと自問自答をしている。僕は申し訳無くてたまらなくて、そっと男の人の肩に手を置いた。肩がびくりと跳ねて、怯えたような目で見られる。
なんだろう、その目は。なんでそんな目をされなきゃいけないんだ。僕は悪いけど、僕だって好きで記憶喪失になったわけじゃない。
アレ、本当にそうかな。
もしかして僕は、何か忘れたくて、何もかも失いたくて自分を守るために、記憶喪失になったのだろうか。望んだのだろうか、僕は、この状況を。そんなことは無いと、信じたい。
僕だって辛い。僕のことを知らない状態は辛い。こんな状態を、僕は望んだなんて信じたくない。僕はもっと強いはずだ。どんなことがあっても、自分を捨てることはしない。
絶対そうだ。そんな自分で居てほしい。
「……まあ、思い出したらよ、連絡してくれや」
男はジーンズのポケットから煙草の箱を取り出して、それにボールペンで何か書き始めた。しばらくして、まだ新しい煙草の箱を渡された。
そこには、電話番号が汚い字で書かれていた。
「それ、本当は浦河さんのなんだけどよ。やるよ」
男が言っている浦河さんという名にも、聞き覚えは無い。
僕は煙草の箱をずっと眺めていた。何だか、人とつながることができて嬉しい。
僕は男の人に深く頭を下げた。
「何やってんだ、あんた! 気にすんなよ! 頑張ってってことだよ」
男が照れたように笑うから、僕も釣られて笑ってしまう。
なんか、意外と優しい人だ。この人なら友達になってみたい。もしかして、僕たちは友達だったのかもしれない。
僕は道の奥に消えていく男の背中を見ながら、煙草の箱をポケットに入れた。
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