複雑・ファジー小説

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ついそう【完結】
日時: 2013/01/30 16:51
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
参照: https://



+目次+
8月25日>>1
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CAST>>68
あとがき>>69

Re: ついそう ( No.15 )
日時: 2012/10/05 23:21
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w93.1umH)



+12+


君を見つけたのは、暑い暑い夏の日だった。
太陽はもう元気で元気で光を人類に分けてくれていた。蝉も元気に大合唱で、うるさいことうるさいこと。
汗が顎を伝うのを感じながら、道を歩いていた。
どこかに向かっていたはずで、それは結構自分にとって重要なことで忘れちゃいけないことだったのに、忘れちゃった。君を見つけて。
暑さなんて吹っ飛んだ。蝉の声なんてはるか遠くに呑まれた。時間もなくなった。
この世界には君しか居なくなった。この世界には君の出す音しかなくなった。そんな世界。そんな世界が一瞬で出来上がって、そして消えた。いや、消えちゃいない。隠れただけだ。この心臓の奥底に、世界は隠れた。
恋だ。これは恋だ。この感情は恋だ。恋以外に有り得ない。これは恋だ。君に恋をした。
暑い夏の日。
名も知らない君に鼓動を奪われた。


 + + + +


喉がひりひりと痛む。寝起きにありがちな喉の痛みだ。風邪ではないだろう。
カーテンを捲る。この部屋には目のつくところに時計が無いから、外を見て予想をするしかない。
あたりは真っ暗だった。夜のようだ。
体を起こすと、カーペットに横たわって居る三春がいた。急いでベッドを降りて三春を跨ぐ。側に腰を下ろすと、まつ毛が何かで濡れていた。

なんだこれ。指で触ってみる。生暖かい。なんだろう、これ。透明。指の腹で伸ばしてみる。
あ、ああ。これ、涙だ。なんで泣いてんの。三春、なんで泣いてんの。ここが。ここがそうだ。寒いからね。そろそろ寒くなって来たからね。知らないけど。今の季節なんて知らないけど。でも、ちょっと硬いしね。三春は柔らかいけど。でも、辛いでしょ。

僕はそっと三春を抱きかかえる。お姫様みたい。
三春は小さく唸っただけで、目を開くことは無かった。今まで僕が寝ていたベッドに、三春を乗せる。そして、三春に背を向けるように横たわって目を閉じる。

眠れないだろうなぁ。眠たくないし。何より三春が側に居るから。
三春が泣いている理由なんか知らない。きっとどうせ怖い夢でも見てるんでしょ。
でも、起きたら忘れるから、そんなもの。すぐ忘れてしまうから。
でも、隣で夢を見てあげようか。

少しだけ、その夢を食べてあげようか。

Re: ついそう ( No.16 )
日時: 2012/10/07 10:26
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w93.1umH)



+13+


何かと何かがぶつかる音。結構大きい音だったから、瞼がひりひりするけど必死に目を開く。頭が重いけど、体を起こしてみる。音のした方に顔を向けて、目を擦る。すると、テーブルの脚の近くに三春が座っていた。
昨夜と同じ格好で、僕を見て目を見開いている。体が小刻みに震わせて何かに怯えているように。
僕はゆっくりと立ち上がって、腰のバスタオルを確認する。寝相が良かったのか、取れていない。ひんやりとしたフローリングに足を乗せて、三春に歩み寄る。その僕の行動に、三春は肩をびくりと跳ねる。なんでそんな反応をするのか分からなくて、歩みを止める。でもやっぱりまた歩き出す。そんなに部屋は広くないから、三春にはすぐにたどり着いた。
三春の瞳は僕に向いている。体の震えは止まらない。手を伸ばそうとして、止めた。三春の目線に合うようにしゃがみ込む。

「……三春?」

良く見ると、すごい汗をかいて目が真っ赤だ。呼吸は荒い。目が赤いのは多分、昨日泣いていたからだと思う。髪は何かでぐしゃぐしゃにされたようになっている。後でちゃんと梳かさないと。
三春は唇を噛んで、息を呑む。段々呼吸は落ち着いてきて、汗は引いてきた。

「秋?」

三春の手が僕に伸びてくる。それをそっと、掴んであげた。三春の手は、僕の頬を撫でて髪の間を抜けていく。何だかくすぐったい。

「うん。僕は秋だよ。どうかしたの?」

あくまで普通に接してあげる。三春は安心したように、目を細めて笑った。
不安で仕方がないのかな。僕が消えてしまうじゃないかって思って居るのかな。そうだとしたら、それは間違いだ。僕は三春の側に居る。じゃないと生きていけないから。僕は前の僕を取り戻すまで、三春と一緒に居る。でも。でも、取り戻してしまったらどうなるだろう。前の僕は。前の僕と三春は本当に、恋人同士だったのかな。もしかしたら三春は僕に嘘をついているのかもしれない。それが三春にとってどんなメリットなのかは分からないけど。
三春は僕の質問に答えない。
何かあったことは明白なのに。それを自分の口から入ってくれない。それはちょっとずるいと思う。僕にだって、三春の心配事を話して欲しいのに。

「っ!」

三春の指が、手が。僕の耳を触っていた時だった。それはいきなりすぎて、何が起こったのか分からなかった。でも、三春が僕の髪の中から手を引き抜いた時、なんとなく分かった。
三春の左手の綺麗な指の中。その中には、青いピアスが、赤い液体に濡れて挟まれていた。それを見て、鮮明になっていく耳の痛み。どくどく脈打つ血液。
何やってんだ、コイツ。
尻餅をつきながら、急いで右耳に触れる。血が溢れだしてきていた。暖かい。嘘だろ。
三春は僕のピアスを掴んで、下に引っ張ったのだ。そして、取った。耳たぶを引き裂いて。
痛みと血で手がぬめっていく。花柄のカーペットに、ポタリと血が垂れた。

「駄目だよ。なんでこんな物してるの。こんな物はしちゃダメだよ。あなたは秋なんだから」

Re: ついそう ( No.17 )
日時: 2012/10/12 23:03
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w93.1umH)



+14+


僕は秋だ。僕はいつも秋だ。僕は、秋だ。起きた時から秋だ。三春は僕を秋だと言う。だから僕も僕は秋だと信じた。でも。

今の言葉に何か違和感を感じて、指先が冷たくなったような気がした。
生ぬるい血に塗れて、体温を取り戻し始める指先と、思考。

僕は秋だ。起きた時から。起きる前から、僕は秋なのだ。きっと。保証はないはずなんだ。三春がそう言っただけ。僕は秋だと、ただ一人の人間が言っただけ。それなのに、僕は。
三春の言葉を鵜呑みにして、自分が秋だと疑わなかった。それに今、気が付いた。三春が言っただけ。
僕は、本当に秋なのか?
僕は、誰だ。まだ分かっていることじゃないじゃないか。僕は何を安心していたのだろう。
僕はまだ、僕じゃない。僕はまだ、秋じゃない。

「ねぇ、秋。髪を切りに行こうよ。それと服も買って。秋の布団も買って。食器も買おうか。必要ならシャンプーとか、たくさん買おう。買ってあげるよ」

三春は僕のピアスを指で転がした後、ゴミのように床に投げ捨てた。僕はピアスが転がる音を聞きながら、三春に手を伸ばす。
三春の頬に、血でぬれた指を這わせた。
三春は嫌がらない。何事もなかったかのように、僕を拒まない。
朝、三春は確かに僕を見上げて怯えていた。その理由も聞けないままに、三春は元の姿に戻っていく。三春はもう普通になってしまった。がっかりだ。もしかしたら、まだ僕の知らない三春を見ることができたかもしれないというのに。いつかまた、何か聞こう。
不自然じゃないタイミングで。

「良いの? 三春、僕はここに居ても良いの?」

「決まってるじゃない。良いんだよ。秋の場所はここだよ。秋の居るべき場所は、ここなの」

僕は心の奥で確信をしていた。
僕のこの問いに対して、絶対に三春がノーと言わないことを、どこかで。根拠も何もない。でも、予想は出来ていたし、半分以上の確率で三春が僕を受け入れるということは分かっていた。
三春は、僕と恋人だった。
坂本秋と、婚約を交わしたただ一人の女性。それが三春。荻野目三春。

三春は僕の金髪を指で弄ぶ。それも、三春が僕に好意を持っている証拠だ。
三春はしばらく僕を見つめた後、床に手をついて立ち上がった。僕も、三春に続いて立ち上がる。

「まぁ、最初は服だね。ちょっと待ってて。すぐ買ってくるから」

僕が眠っている間の用事とは、一体なんだったのだろうか。それもまだ聞いていない。きっと、僕に関係することなんだろうな。

三春は僕の顔をじっと見てから、財布を持って部屋を出て行った。

「いい子で待っていなさい」
三春の視線は、そう言っているような気がした。

Re: ついそう ( No.18 )
日時: 2012/10/14 10:03
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w93.1umH)



+15+


外の空気を吸うと、大分心が落ち着いた。
指先にはまだあの耳の感触と、秋の血が残っている。
黒く変色し始めた、乾いた血液。指と指をすり合わせて、血を感じてみる。カサカサしている。
私はその指への関心を殺して、歩き始める。財布だけをしっかりと握って。
ふざけているのかと、思った。

目を覚ますと、目の前には秋の顔があった。すぐ近くに。穏やかに寝息を建てている、秋の鼻と口。すっかり綺麗になった白い肌。ふわりと閉じられた瞼。
それすべてに、驚いて、逃げるようにベッドから落っこちた。尻を床にうって、ジンジンと痛んだ。心臓も、肺も、脊髄も、全部が熱を持って、すごく痛かった。
そんなことから始まった私の今日は、もしかしたら最悪かもしれない。一日の初めが、あんなことから始まるなんて。

適当に履いたスニーカーを履きなおしながら、私は近くの洋服屋に向かう。
適当な服で良いかな。秋だし。
私の秋なんだから。適当で良いよね。


 + + + +


私が待ち合わせ場所に行くのは待ち合わせ時間ぴったりで、そこにはいつも秋が居てくれた。秋は待ち合わせ時間の十分前くらいには何時も来てくれている。秋を待たせても、秋は何も文句は言わないから、私は結局秋に甘えていたわけだ。
秋は私に文句を言うことは、滅多に無い。でも、時々怒るし、付き合い始めてから今日までたくさんの喧嘩もしてきた。そのたびに、秋の気持ちとか心とかに近付くことができたし、秋も私の事を知ってくれるようになってすごく嬉しかった。
だから、私たちの道は決して優しい物だけじゃないけれど、それでいて、大切な物を見逃さない、小さな幸せも二人で拾い上げて来た、そんな道なんだ。
初めても秋に捧げたし、私のすべてを秋に捧げてきたといっても過言ではないくらい。それほど私にとって秋は、大きくて大切な物だった。

私は、昨日買ったばかりのブーツで道路を蹴る。
まだまだ気温は低く、衣替えの時期までまだ時間がある。白い息はもう吐かなくて良い、そんな季節。私
は待ち合わせ場所に急ぐ。
今日は、出張から秋が帰ってくる。それで、今日から同棲をする。秋からもらった左手薬指の指輪を見るたびに、幸せな気分がこみ上げてくる。
久しぶりに会う。

電話だけじゃ物足りないの。会うのが、顔を見るのが楽しみなの。

——————それなのに。

「……秋?」

いつも、待ち合わせ場所に居てくれる秋は、その日姿を現さなかった。


Re: ついそう ( No.19 )
日時: 2012/10/15 18:24
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w93.1umH)



+16+


三十分くらいで三春は帰ってきてくれて、布団にくるまっていた僕は急いで部屋の扉を開けた三春に駆け寄った。もうバスタオル一枚では寒かった。三春の許可なくエアコンをつけるのもどうかと思ったので、布団で肌寒さをしのいでいた。
三春は紫色の袋から服を取り出して、鋏でタグを切って行く。僕はそのタグを拾ってゴミ箱に捨てる作業をしてあげた。
軽く着れるような、それでいてデザイン性の高いパーカーと、ジーパンとスニーカー。それと、下着、靴下。
三春が選んできてくれたもの。三春のセンスがださくなくてよかった。三春が着ている服も女の子らしいけど、派手ではないから期待はしていた。
三春は見事僕の期待を裏切らないでくれたわけだ。

「とりあえず、今日の分だけ」

「ありがとう」

僕の声に、三春は紫色の袋を丸めながら視線で答える。
僕が着替え始めると、三春はバスルームの方に向かって行ってくれた。三春は出かける前に体を洗うようだ。僕は三春が消えてから、着替え始めた。
買ったばかりの服の感触。それを感じながら、床に転がっている僕の血にまみれたピアスを拾い上げた。
怖くて触れなかったけれど、そろそろ気持ちの整理がついてきた。
三春は僕に何を求めてきているのか。それは、僕が三春の描く秋であること。それだけなんだろうけど。それは僕にとってすごく難しいことで。
ピアスは、ティッシュでくるんで、ジーパンのポケットに突っ込んでおく。一応僕のものだし。三春の物じゃないし。
僕は着替え終わって、姿見の前に立ってみた。サイズも良い感じで、我ながらスタイルも良いからよく似合っている。
三春が普段使っている姿見だからなのか、僕には少し小さい。僕は背が高いようだから。

「似合ってるね」

声が掛けられて、後ろを振り返ると、ドライアーを片手に持った三春がほほ笑んでいた。
服装も変わっていて、ワンピースになっていた。

「座って。僕が乾かすよ」

椅子を引いて、三春を底に誘導する。ドライアーのコンセントを差して、スイッチを入れた。
三春は僕に逆らうことは無く、大人しく僕の指を受け入れている。三春の短い髪。ボブの髪はしっとりと湿っていて、なんだか色気がある。
僕よりは背が低い三春も、どこか落ち着いていて大人っぽい。世間の中なら、美人の分類に入る。

そんなことで気を紛らわせて、僕は三春が泣いているのには気が付かないフリをしておいた。


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