複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

ついそう【完結】
日時: 2013/01/30 16:51
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
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+目次+
8月25日>>1
1>>2 2>>3 3>>4 4>>5 5>>7 6>>9 7>>10 8>>11 9>>12 10>>13 11>>14 12>>15 13>>16 14>>17 15>>18 16>>19 17>>20 18>>21 19>>22 20>>23 21>>24 22>>25 23>>26 24>>27 25>>28 26>>29 27>>30 28>>31 29>>32 30>>33 31>>34 32>>35 33>>36 34>>37 35>>38 36>>39 37>>40 38>>41 39>>42 40>>43 41>>44 42>>45 43>>46 44>>47 45>>48 46>>49 47>>50 48>>51 49>>52 50>>53 51>>54 52>>55 53>>56 54>>57 55>>58 56>>59 57>>60 58>>61 59>>62 60>>63 61>>64 62>>65 63>>66 END>>67

CAST>>68
あとがき>>69

Re: ついそう ( No.1 )
日時: 2012/09/16 23:22
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w93.1umH)
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+8月25日+


時間に遅れた。もう軽く八分は待たせている。
人ごみをかき分けながら、目的地に向う。
自分の格好とか、汗とかもう気になんかしていられない。僕はあの人を待たせるわけにはいかないんだ。自分から誘っておいて、待たせるなんて男失格だ。
そうだ。うん。急げ。
もう、ここに居る全員を消してしまいたい。もどかしい。もっと速く走れるはずなのに。

人ごみの中で携帯電話を耳に押し付けながら、しきりに『先輩』って繰り返して居る男子高校生とすれ違い、青いリュックサックの女の子を腕で押す。
もう、みんな邪魔だ。退け。僕だけが進めればいい。僕には急ぐ理由がある。
「とーくん、遅い」「彪が早いの」そんな呑気な会話をしている小学生くらいの男女も足で蹴らないように気を付けて、一歩。
ちょこまかと、鬱陶しい。僕だけじゃなくて、他の人の迷惑にもなっていると思う。
僕はさっきの子たちにそんなこと言えないけど。

たくさんの人を押しのけて、やっと大きな鳥居の前に出た。いつもは静かな商店街も、今日ばかりはたくさんの人が集まっている。この賑わいは、明日と明後日で終わる。この夏祭りは経った三日で終わるのだ。
その三日のうちの初日。やっと僕は憧れの戸口さんと約束をした。大きな鳥居の前で。そういったのは僕なのに。

「ごめんっ、戸口さん!」

ずっと大きく繰り返していた呼吸を落ち着けせて、戸口さんの前で頭を下げる。
可愛らしい服を着た戸口さんの脚。
目の前にそれがあって、なんだか嬉しい。

「うーうん、別に。あんまり待ってないし。良かった、来てくれて」

そんなの、当たり前だ。
長い髪を下した戸口さんは、教室で見る時よりももっと綺麗で可愛かった。
そんな事、恥ずかしくて言えるはずもないけれど。
ふと、戸口さんが目を輝かせた。色とりどりの、光。
最初は僕の目が勝手に戸口さんフィルターをかけているのかと思ったけど、違った。
証拠に、戸口さんが僕の背後を指さす。

「花火」

短い言葉でも、しっかりと受け止めて、振り返る。
小さな花火が絶え間無く空で散っていく。その姿に、僕は何だか感動してちょっとだけ声を漏らした。戸口さんの隣に立って、空を見上げる。

幸せだなぁ。良かった。勇気を出して誘って、良かった。

小さな花火は、控えめな音を立てて次々に上がっていく。その様子を、僕と戸口さんは飽きることもなく見上げていた。
アナウンスが入り、次が最後の花火だと伝える。

「寂しいね」

「うん。でもきっと、ずっと続く花火なら、私は見ないよ」

そんなことを言いながら微笑むものだから、それに見とれて最後の花火が咲く瞬間を、見逃してしまった。
光に遅れて、音が響く。小さい時のとは違う、大きな音。大きな花火だからだ。
空を埋め尽くすほど大きな花火が、落ちていく。小さくなって、落ちていく。

耳の奥に残るような花火の音を記憶に刻みながら、僕は戸口さんの手を取った。


『パァァァ———————ン』

Re: ついそう ( No.2 )
日時: 2012/09/17 11:42
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w93.1umH)
参照: https://



+1+


地面の中。そこにずっと居たかった。
押しつぶされそうな、感覚。音の無い世界。何も見ないで良い世界。
そこにずっと身をひそめて、誰にも気が付かれないように生活したかった。

固い空気の中に居たはずなのに、僕の体はいつの間にか柔らかい空気に包まれていた。
それに落ち着いてしまっているのが何だか怖くて、目を開く。
ずっと目を閉じていたようだ。そう思うくらい、瞼は重くて、開くのが億劫だった。久しぶりに感じた光に、思わず手をかざす。
喉がひりひりする。体が重い。見た事の無い天井。僕の体の上に乗って居るのは、花柄の布団だ。
なんで、僕がこんなところに。
無理矢理に体を起こして、部屋を見渡す。
整頓された、女の子の部屋。
だから、なんで僕がこんなところに。
布団とは違う花柄のカーテンを軽く開いて、外を見る。曇りだった。

自分の手を、見る。汚かった。
伸びた爪と、土とか垢とかが付いていて臭いも酷い。慌てて布団をめくって体全体を見ても全部同じような感じだった。
首に下がっている指輪のついたネックレスの金も、くすんでいる。前のはだけた白いシャツも汚れていた。
唯一綺麗なのは、足だ。靴下を履いていない足だけは、垢も何もついていなくて綺麗だった。

「……起きた?」

鼓膜が震える。
驚いた。声じゃなくて、人が居たということではなくて、ただ、音に。音が。音。鼓膜を揺らす、声。音。心臓がきゅってなって、喉が締め付けられた。頭が揺さぶられるような、痛み。それに、驚いた。耳を塞ぎたかった。
音の方に顔を向ければ、部屋のドアの所に女の人が立っていた。
短く切った髪に、優しそうな顔。フワフワした服。
その女の子らしさを全て消してしまう、片手に握られた包丁。
なんでか、怖くなかった。その人が包丁を持っていても、怖くなかった。
僕が怖いのは、この人がまた声を発すること。僕の鼓膜を揺らす声を出すこと。
それを阻止したくて、先に僕が喉を震わせた。

「ここは、どこですか。あなたは、誰ですか」

自分の声が、鼓膜を叩く。それは恐くない。
そのことに安心して、僕は女の人を見つめた。
女の人は驚いたように目を丸くして、側のテーブルに包丁を置いた。僕に近づいて来る。
音が近くなる。足音だ。足音が近付いてくる。耐えられない。足音が。人が、僕の側に来る。
僕は耳を塞いだ。膝を立てた。その間に顔を埋めた。
聞きたくない、見たくない。なんで、僕はこんなことをしているんだろう。
誰に聞けば、この問いの答えを返してくれるだろう。

「ここは、私のアパート。私は、荻野目三春」

ご丁寧に、フルネームで答えてくれた。簡潔に答えてくれて、助かる。必要以上に音を長く聞いていたくない。

僕は、言った。消えるような声で言った。起きてからずっと、分からなかったこと。それを言った。この人なら、分かると思った。答えてくれると思った。

だから。

「僕は、誰ですか」

Re: ついそう ( No.3 )
日時: 2012/09/17 17:20
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w93.1umH)
参照: https://


+2+


分からなかった。なぜ、僕はこんな所に居るのか。なぜ、僕はこんなに汚れているのか。僕は誰なのか。なぜ、僕は荻野目さんの家に居るのか。なぜ、偉そうにベッドで寝ていたのか。
僕はこの疑問のすべてを荻野目さんに解決して欲しかった。僕を納得させて欲しかった。
それでも、荻野目さんはあくまで僕が質問した答えしか返してくれない。
僕は、変だ。きっと変だ。何も知らない。僕は僕について、何も知らない。
そんな僕に、荻野目さんは優しく接してくれる。蹲る僕のきっと汚い髪を、撫でてくれる。

「貴方は、さかもとあき」

あき。あきか。あきって、季節の秋かな。漢字はどうやって書くんだろう。
僕は恐る恐る顔を上げた。荻野目さんが側に居てくれている。何も知らないのに、荻野目さんは僕の味方のような気がした。
荻野目さんは包丁の側にあったメモ帳を取って、ボールペンを走らせた。
メモをちぎって、僕に見せてくれた。
丸っこい女の子の字が、メモ帳に収まっている。

『坂本秋』

僕の疑問が分かったのかな。
メモ帳を眺めていても、何も思い出せない。
ぼーっと、僕を示す漢字を眺めていると、荻野目さんが肩を摩ってくれる。

「何も、憶えてないんだよね?」

確認のような言葉だった。責めるような口調ではなくて、すごく安心する。
僕はその字から目を逸らして、僕を見つめる荻野目さんを見る。頷く。
僕を疑っているわけでは無いようだ。

荻野目さんは、僕のなんだったんだろう。僕は、荻野目さんのなんだったんだろう。
坂本秋。それは本当に、僕なのだろうか。僕を、不気味に思わないのだろうか。何もかもを忘れてしまった僕を、なんで荻野目さんは不思議がらないのだろう。ショックじゃないのかな。知り合いが記憶を失ってしまったら、普通ショックなんじゃないのかな。

僕はそっと紙を撫でてみた。自分を撫でてみた。
坂本秋。
しっかりと記されたその文字は、消えなかった。僕が撫でただけじゃ消えなかった。

「僕は、坂本秋」

「うん、そうだよ。秋、貴方は私を三春って呼んでいいの」

三春。そんな親しげに呼んで良いのかな。
僕は、三春のなんだったの。なんで三春はそんなに優しいの。どうして僕が僕だって言い切れるの。僕の不安をどうして自ら拭ってくれようとしないの。僕、不安で仕方がないの。僕は一体、誰なの。

三春は僕の手の中からメモを取って、優しく笑う。
なんで。なんでそんな風に笑うの。僕は不安でしょうがないのに。僕のことは、三春しか知らなかったらどうしよう。誰に聞けば僕のことを教えてくれるんだろう。
僕は、誰と親しかったのかな。

「秋、お風呂入っておいで」

Re: ついそう ( No.4 )
日時: 2012/09/18 15:38
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w93.1umH)
参照: https://



+3+


フワフワの花柄のバスタオルを押し付けて来る三春。
僕は、汚い。自分でも分かるくらい汚い。なんでかは分からない。三春は知っているかもしれない。
なんで僕はこんなに汚れているの。なんで僕は。

「何か困ったら言って、助けるから」

助けて欲しいよ。僕を助けて欲しい。怖いんだ。自分が分からない。ついでに、あんたのこともよく分からない。なんで僕を助けてくれるの。不安だらけなの。僕をこの不安から助けて欲しい。
三春は笑っている。汚い僕に向かって笑ってくれている。

「あの、三春、さん」

なんだか申し訳なくて、言われた通りに呼べない。
そんないきなり呼び捨てなんて。三春にとってはいきなりじゃないんだろうけど、僕には過去も経験も『これまで』も無いから。
それを理解して欲しかったのに、三春はこれまでの笑顔を消した。いや、笑ってはいる。今まで通り笑っている。
それでもさっきまでの笑顔とはどこか違った。
僕の体に少し力が入った。

「さん、なんてつけないで。お願いよ、秋」

三春はそう言って、僕の手の中にあるバスタオルにそっと手をかけた。
僕が言うのを待っているようだ。
僕はいつの間にか水分の無くなった喉に空気を送る。
三春は僕のことを待っている。
抵抗はどうしても消えないけど、三春がそれを望んでいるから。今の僕はまだ、三春に従うことしか出来ないから。三春しか、僕の味方は居ない。何もかもが無い僕を、笑顔で受け止めてくれているのはまだ、三春だけ。
僕が記憶を取り戻すために必要なのは、今までの僕を知っている三春だ。

僕は、どう思っているんだ。記憶を取り戻したいのかな。僕は、元に戻りたいのかな。

「三春」

その言葉に連動して、三春の笑顔が元に戻る。
バスタオルから手を放してくれる。

「何?」

「僕がお風呂から上がったら、いっぱい質問しても良いかな」

今までの僕のこと。僕の知らない僕のこと。これからの僕のこと。それと、三春のこと。
たくさん知りたいことがある。僕には足りないものが多すぎる。

「あたりまえじゃない。教えてあげるよ、たくさん。教えて良いことなら」

教えて良いことって、何。教えちゃいけないこともあるの。なんで。これは僕のことなのに。もとは僕の事なのに、三春の判断で僕が取り戻せ無いこともあるの。
そう言いたかった。抗議したかった。
それなのに、口が動かない。怖い。三春に逆らうのが恐い。

僕は、知らない。三春に従う以外の選択肢を、知らない。まだ。まだ、かな。これからいろいろ僕には選択肢が増えるかな。もっと自由になれるかな。

三春は僕を立ち上がらせた。ずっと横たわっていたのか、うまく足に力が入らない。それを三春は支えてくれる。

大丈夫だ。僕はまだ三春に従っていれば良い。
三春は優しいから、大丈夫。


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