複雑・ファジー小説

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ついそう【完結】
日時: 2013/01/30 16:51
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
参照: https://



+目次+
8月25日>>1
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CAST>>68
あとがき>>69

Re: ついそう ( No.25 )
日時: 2012/10/26 21:38
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)



+22+


「へぇ、記憶喪失ねぇ」

あたしはとりあえず、煙草に火をつけて煙を吸い込む。
あたしの前で、灰色のパーカーを着た短髪の男は怯えていた。あたしは別に怒ってなんかいない。ちょっと煙草を買いに行かせただけなのに、こんなに時間がかかったのは別に怒る事じゃないし。
煙草はあたしの心を落ち着かせることができるものだ。灰皿の上にはもう吸殻が山積みになっている。ヘビースモーカーで困ることは多いけど、それほど価値のあるものだとはあたしは思っている。

「上手いこと考えたもんだ」

「いやーマジですって!」

男は慌てているように腕を上下に振った。
ごつい顔をしているけれど、言動や行動にはどこか愛嬌があると思う。あたしはコイツが嫌いじゃない。仕事は遅いが。
あたしはひとまずこの男の話を聞くことにした。

「俺だって信じなかったんですけど、でも、やっぱり違う奴ですって!」

男はあたしを刺激しないようにちらちらとあたしの顔色を確認してくる。男の話を途切れさせないように、できるだけ柔らかい顔をした。男は安心したように喋り続けた。
それで良い。人の話を聞くのは嫌いじゃない。どちらかというと、自分はあまり喋ることが得意じゃないから。
あたしはテーブルに頬杖をついた。煙草を歯で軽く噛む。

「雰囲気っていうか、もう別人って感じがしたんです!」

あたしは軽く相槌を打つ。
ちゃんと聞いているかどうか、よくあたしは確認される。信用がないよな。本当に。あたしも、人を簡単に信用したりなんかしないけど。

あたしから『アレ』を買い取った金髪の青年は、『アレ』を何に使ったのだろうか。
客の私情は知らないし出来れば知りたくないけれど、その客が記憶喪失となると話は違う。初めてのことだ。異例の事態だから。前代未聞だから。
さて、あの金髪は『アレ』が原因で記憶を失くしたのか、どうか。
あたしでも興味が湧いてくる。

「だから、アイツ嘘はついてないっすよ!」

最後の最後まで、興奮状態の男が語り終わった。
あたしはまだ吸える状態の煙草を、灰皿に押し付ける。火が消えた。煙が上り、部屋を汚していく。
あたしは立ち上がり、椅子にかかっていたコートを手に取った。
もう夏は終わり、秋が顔を出したからだ。寒いのはどうも苦手だった。

「じゃあ、今住んでいる場所は聞いた? 自分の名前は分かっていた? 誰かと一緒だった?」

あたしの質問攻めに、男は口を開けて、閉じた。そして、俯く。
別に責めた訳じゃない。でも、それくらいは聞いてきて欲しかった。

あたしが知りたいだけ。あたしはあの金髪のことが気になるわけじゃない。
ただ、金髪の身に何が起こったのか、知りたいだけだった。

Re: ついそう ( No.26 )
日時: 2012/10/27 17:07
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)



+23+


「秋、何をしていたの?」

美容院の前に戻ると、少しだけ怒って居るかのような顔をした三春が立って居た。僕は三春の姿を確認した後すぐに走り出した。三春を待たせてしまったようだ。
三春は僕の髪の毛を見て、悲しそうな顔をする。
僕の髪が金髪なのが、そんなに気に入らないのか。三春の顔を見るのが怖いな。三春を悲しませているのが僕だなんて、信じたくない。

「三春を探しに行ってて」

あの男の人のことは言わないで置いた。
言っておいた方が良いと思うけど、それじゃあ三春に頼りすぎだと思う。これはあくまで、僕個人の問題だ。三春はそりゃあ、僕のことを見ていたいだろうけど、僕だって子供じゃないし。一人だって大丈夫だ。でも、ご飯と寝床については三春に頼りたい。迷惑をかけすぎないように、うまいように利用する。
僕は最低だ。そんなのは分かっている。

「そう。……秋、なんで黒髪にしなかったの?」

三春はやっぱりそれが気になっているみたいで、僕の髪を触り始める。

責められている気分だ。僕は悪いことはしていない。そうだよ。悪いことは何にも、してないじゃないか。
僕は怯える必要なんかない。

「したく、なかった。僕、金髪が良い」

金髪が良いわけじゃない。これは嘘だ。僕は嘘をついている。ただ、三春の言うとおりに全部したくないだけで。
僕は三春のことが好きじゃない。愛していない。だから、三春の好みになる必要なんか、無いわけで。
僕の言葉に、やっぱり悲しそうな顔をする三春。がっかりしたような、失望したような顔。
僕はでも、怯えない。謝らない。僕は悪いことはしていない。断言できる。

「……秋がそう言うなら、私は何も言わないけど。でも、」

すんなり納得してくれた三春。この反応は意外だった。僕に何が何でも黒髪にさせると思っていたのに。妙に力んでいた僕が恥ずかしい。
僕の金髪から手を離して、三春は後ろで手を組んだ。

「何かあったら、言ってね」

何かってなんだろう。僕の身にいつか、三春に報告しなくちゃいけないことができるのかな。僕は、できれば静かな生活を送りたいんだけど。それは叶わないのかな。僕が記憶喪失だって時点で、それは叶わないことなのかな。

「……うん」

でもまあ、今はとりあえず返事をしておく。

Re: ついそう ( No.27 )
日時: 2012/11/09 17:52
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)



+24+


大きなデパートに連れて行ってくれるのかと思ったのに、結構小さなデパートだった。
今まで通り、三春に大人しくついていく。
周りを見渡すような勇気はない。さっきからいろんな人が僕を見ている、ような気がする。気のせいかもしれないけど、気になる。床しか見ることができない。三春の影を見ているだけで精いっぱいだ。
三春は普通の人みたいに堂々と歩いている。僕も、そんな風になりたい。
まだ、怖い。音だ。音が怖い。僕の周りを回る、音。まるで、僕を追い詰めるかのような音。

止めてくれ。止めてくれ。僕は何もしていない。何もしていないから。だから、止めてくれ。止めてくれって。僕は何もしてないから。何も。僕は悪くないんだ。許してって。僕は何もしていないって。僕は、僕は、悪くない。なんで、なんで、僕はだから、悪くないって。恐い、怖いんだよ。みんなが出す音が、どうしようもなく怖い。だから、つらいんだよ。僕を見ないで、僕の鼓膜を揺らさないで。僕を、僕を。

僕を——————許さないで。

「……秋?」

「みは、る。三春」

僕の顔を心配そうに覗きこんでくる三春の肩に触れる。
こうして居ないと、壊れてしまいそうだったから。
こうしないと、何か、変なことを考えてしまいそうだったから。
僕の手を振り払わない三春。
僕の様子に一番に気が付いてくれた三春。
僕は、誰なのだろう。三春に、謝らないと。お礼を言わないと。三春に迷惑をかけているから。三春は、僕のことを良くしてくれるから。
だから、僕も、頑張らないといけない。
僕も早く、自立できるようにならなくちゃいけない。三春が、僕のことを面倒だと思わないうちに、進まないと。進展しないといけないんだ。
僕は止まっているから。蹲って、ひざを抱えて、三春の道を邪魔して居る。僕がこうしていちゃあ、三春が前に進めない。

そう思わないと、そう思い込まないと、僕は進むどころか、立ち上がることもできなさそうだ。

「僕は、さ、悪いことをしたのかな」

意味が分からないことを言っている自覚はある。でも、そう感じた。
まるで、僕を責めているかのように、音は僕を壊していくのだ。まるで、針を皮膚に刺されていくかのような、小さな痛み。それが積み重なって、僕の皮膚を溶かしていく。
そんな音に、なんで僕は怯えているのか。僕と違って三春が堂々と歩いて居たのは、音に怯えていないから。それは、きっと普通のことだ。
人間なら普通のこと。だって、生まれた瞬間から、音を知っているのだから。
だから、おかしい。僕がこんなに音に怯えなくちゃいけない理由って、なんだ。
僕はなんで、こんなに汗をかいているんだ。
そろそろ秋になるから。夏は終わるから。最近ちょっと暑い日もあったけど、それでも確かに夏は死んだ。
そのはずだ。

「そうかもね」

言葉を濁す三春の目も、濁っているように見えた。
あぁ、僕もそういえば、こんな目をしていた。

Re: ついそう ( No.28 )
日時: 2012/11/14 20:13
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)


+25+


「何っ! なんなの! それ!」

僕は思い切り力を込めて、三春の肩を押した。三春の小さな体は男の僕の力の犠牲になって、その場に倒れこんでしまう。
三春は、目を丸くして僕を見上げていた。
周りの人の声が大きくなって、僕たちの方をちらちらと見始める。
僕の大声と、突き飛ばされて尻餅をついている三春は、こののどかなデパートに似合っていない。
僕は、でも後悔はしてなかった。
肩が激しく上下している。三春の目が煩わしい。

なんで、なんで。なんで、僕が望む声を出してくれないのか。なんで、僕を安心させてくれないのか。三春は、僕の味方じゃないのか。
僕は、そろそろ決定をしなくちゃいけない。三春を信じるのか、信じないのか。本当は、信じるのがいい。
でも、こんなことを言うんだ。
僕を安心させてくれないし。僕のピアスを引きちぎるし。自分のことを全然話してくれないし。僕のことも教えてくれないし。
尽くしてくれるけど。
でも、でも。僕は信じない。三春なんて、信じない。もう決めた。

三春は僕に手を伸ばして来ている。僕はそれを手で思いっきり叩いた。
再び響いた音に、一瞬だけデパートが静まり返る。少しの間だけだった。
また、僕たちを見て、指を差したり、にやにやしたり。
本当に、気に入らない。本当に最悪だ。
僕はくるりと三春に背を向けて歩き出した。

三春が、僕を否定した。三春は、僕が悪いことをしたって言った。そんなことないよって、笑って欲しかったのに。僕は悪いことなんかしていない。こんなに音が怖いのは、きっとまだ記憶がないからだ。そうに違いない。
僕はもう三春なんか信じないし。頼らない。僕一人で生きていけるはずも無いけど、三春を信じたくないから。
こんなの、味方じゃない。僕は、我儘だ。こんなに僕に優しくしてくれたのに。
それなのに、僕は。
罪悪感がようやく出てきて、デパートを振り返る。
いつの間にか美容院の近くに僕は居た。
デパートに戻ったら、三春は。三春は、どんな風に思うだろう。
僕を軽蔑しているだろうな。
そんなのは、嫌だ。また、三春のところに戻るなんて、。僕は、どうしたらいいんだろう。
三春の肩を押した、手を叩いた、そんな掌が痛い。なんで、あんなことをしてしまったんだ。あの場に居たくなかった。だって、三春が僕を否定するなんて。
そんなのは、認めたくなかった。

「よーぉ。秋くん」

小さくなっていた僕の背中を、誰かに叩かれた。びっくりして背筋が伸びる。
恐る恐る、振り返る。
するとそこには、短いスカートに黒いパンプス、そして黒いコートと白いブラウスを着た綺麗な女性が立っていた。
紅い唇が咥えているのは、どこかで見たような気がする煙草。その煙草のことを深く考える暇もなく、女性が僕の手を取った。
マニキュアで飾られた綺麗な手。化粧は濃すぎず、薄すぎず。綺麗な人だ。すごく、女の人らしくて。
きびきびと歩く姿は、どこか三春に似ている。

三春、どうしているかな。
三春のことも、女の人に引っ張られていくことに気を取られて、すぐに頭から消えた。

Re: ついそう ( No.29 )
日時: 2012/11/16 15:59
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)


+26+


ぐいぐいと引っ張られて、おとなしくついてきたのはとあるバーだった。
まだ昼間だし、お酒を飲む人なんて居ない。店内はガラガラで、暇そうに一人の店員が適当に挨拶をしただけだった。
知らない英語の音楽が店内に響いているものの、人が居ないせいか凄く静かに感じる。すごく、落ち着いた。
どかりと女性らしくない荒々しい動作で、女の人は席に着く。暇そうな店員の前のカウンター席だった。
僕は良く分からなかったから、一つ席を開けて座る。
女の人は、遠慮をする様子もなく、カウンターに煙草を押し付けた。バーテン服の店員は、それをもう慣れているかのように吸殻を拾い、雑巾でテーブルを拭く。
女の人は次の煙草を取り出した。
そこで気が付く。
この人が吸っているのは、この間の灰色のパーカーの男の人が僕にくれた煙草と、同じ。

「うん。こんなところまで連れてきて、ごめんね」

女の人は煙草の煙を吐き、そしてこちらに笑いかけてくれる。でも、自然じゃない笑顔で、なんだか恐い。というか、笑っていない方が美人のような気がする。
女の人は軽くパーマをかけた黒髪を揺らしながら、注文もしてないのに出てきたお酒を受け取っている。

「ここ、あたしの行きつけなの」

だから、勝手にお酒が出てくるのだとそう言いたいみたいだ。
僕の方をちらりとバーテン服の人が見たので首を振っておく。お酒を飲む気分じゃ無い。
多分僕は二十を超えているだろうけど、お金も持ってないし。
一気にグラスの中身を飲み干した女の人は、僕の方を向いて、何やら難しそうな顔をする。
僕は思わず顔を覆った。そんなにみられると、さすがに恥ずかしい。ぷっと噴出した女の人は殺したような声で笑った後、僕に右手を差し出してきた。

「あたし、浦河聖」

浦河聖さん。
あの灰色パーカーの人が言っていた人だろう。煙草で納得できる。
僕は少し躊躇ったのに、浦河さんが無理矢理手を重ねてきた。白くて長い指は女性のもので、なんだかドキドキする。
ヒールのせいで僕とあまり背が変わらないから、三春より子供っぽくないし。
ただでさえ、なんだか三春は幼稚だ。服とか。見たわけじゃないけど、体とか。膨らみがなぁ、足りないんだよ。
失礼なことを考えているな、僕。

「僕は、」

「秋くん、でしょ?」

正直言って、偽名で答えようと思って居た。
初めて会った人だし、なんだか怪しいし。美人過ぎると、なんだか裏がありそうで怖い。なんで、僕をこんなところに連れてきたのか、全く分からない。
自己紹介をしたということは、もしかして。

「あたしは、貴方が記憶喪失だって知っている」


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