複雑・ファジー小説
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- ついそう【完結】
- 日時: 2013/01/30 16:51
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
- 参照: https://
+目次+
8月25日>>1
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CAST>>68
あとがき>>69
- Re: ついそう ( No.50 )
- 日時: 2013/01/12 11:29
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
+47+
「秋、好き」
虚ろな声だったので寝言かと思った。でも違った。
ちゃんと目は開いてはいない。でもしっかりと僕を見て言った。僕を見ていた。
三春の肩に毛布をしっかりと掛けた。そうするとまるで安心したかのように三春が目を閉じた。
三春は夜中にずっと吐いていたらしく眠たそうだった。体力も使っただろうからとりあえずもう一度眠らせることにした。
僕は三春が穏やかにいてくれればいい。
僕は結構いっぱいいっぱいなんだ。これでも余裕がない。
三春が無事でいてくれるなら、僕は正気でいることができる。不安で仕方がないのは変わっていないよ。
だって僕には何もないのだから。僕には何もできない。
三春が居てくれるから、僕は記憶喪失の坂本秋でいることができる。三春が居なかったら僕は坂本秋ですらいられない。
僕は三春の寝顔を眺めてみた。
三春は穏やかに眠っている。静かな寝息は女の子らしくてかわいい。
僕はそっと頬を撫でてみた。その頬がすごく冷たかった。ごはんも食べてお風呂にも入ったのに、こんなに冷たい。
僕は両手で三春の頬を包んでみた。
少しでも温めてあげたい。でも僕はその両手をすぐに離した。
テーブルの上に置いてあるメモ帳をちぎって、ペンを走らせる。鍵を取ってジョーパンのポケットに入れて、三春を最後に見つめてから部屋を出る。
いつまでも三春に頼ってはいられない。
三春が休んでいるうちに、あの神社にもう一度行ってみよう。
早く記憶を取り戻したい。
僕の婚約指輪はどこにあるんだろうか。僕はやらなくちゃいけないんだ。
三春を早く安心させてあげたい。
三春は僕を責めたりはしないけれど、僕の記憶が戻るのを待っているはずなんだ。昨日行った神社を目指した。服を勝手に着てしまった。でも三春なら許してくれる。許してくれる三春にずっと頼ってるばかりじゃいけないことも本当は分かっているんだ。
昨日の記憶をたどりながらついた神社は昨日よりも生気がないように思えた。僕が一人なのもあるかもしれない。
僕は覚悟を決めて神社の中に入る。
裏に回って僕が居たという場所に経ってみる。気が避けて空がちゃんと見えるこの場所。
僕はここで何を見ていたんだろう。今の僕には昔の僕のことなんかわからない。
青い空を見上げてみる。寒い。もっと厚着をしてくればよかった。
しゃがんでみようと身をかがめた時、後ろで木の枝が折れる音がした。
「っ! 聖さんっ」
慌てて振り返るとそこには最初合った時よりも険しい表情をしている聖さんが立っていた。
聖さんはコートのポケットに両手を入れて、真っ黒な髪の毛の中の赤い唇を薄く開いた。
「君は、坂本秋か?」
- Re: ついそう ( No.51 )
- 日時: 2013/01/13 11:01
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
+48+
例えば、これが夢だったとしようか。
有り得ないと思ってはいてもそう考えてしまう。
何時だってこれを現実だと受け入れたくない自分がいる。
事実から目を背けたい自分がいる。
泣き声が聞こえる。鼓膜のすぐ近くで泣いている声が聞こえる。
泣きやんで。声が出ない。
泣きやんで。そこで泣かれると困るんだよ。そこで泣かれると、こっちまで涙が出てきそうなんだよ。
今、自分は何処に居るんだろうか。それさえも分からなくなってくる。
愛している人を失うことなんか、絶対にないって思っていた。
それは、夢だった。
これも夢ならいい。夢はどれだ。
自分に都合のいい夢だけを食べてしまいたい。それで腹を満たしたい。自分のお腹が空いているのかすら怪しい。自分の内臓が機能している事すら怪しい。
頬に涙が伝う。
自分は今どこで何をしていますか。
君は今、どこで何をしていますか。
答えは無い。
ただ泣き声しか聞こえない。
+ + + +
「はぁ?」
意味の分からない質問だ。でも聖さんはいたって真面目な表情で僕だけを見つめている。
すぐ近くの車道で車が過ぎ去っていく音さえも、遠くに聞こえる。
今聖さんは何を考えているのだろうか。
少し肌寒い空の下で、僕と聖さんは向き合っている。聖さんは怖い。何を考えているかわからないから。それに、銃を向けてくるから。だから怖い。僕は息をのんだ。なんでこんなことを聞かれるんだろうか。
「何言ってるの……? 僕は坂本秋だよ。決まっているじゃないか」
僕は聖さんを嘲笑うように両手を広げ、そして見下した。
でも聖さんはそんな僕を憐れむような視線で見るだけで、僕がばかにした意味は無かったみたいだ。
胸の奥がひどくざわついている。
何かが捲れて、傷が露わになるようなそんな感覚だけしかしない。
やっぱり聖さんは僕にとって毒でしかないんだろう。毒でしかない人物となんで僕はこんなところで向き合っているんだ?
速く逃げないと。要らないことまで聞かされるかもしれない。
要らないこと?
要らないことって、なんだ。
僕には足りないものばかりで、あるなら要るものだけじゃないのか。
僕は一体、なんで記憶を。
「君は記憶喪失なんでしょ? なんでわかるんだ? なんで……何で君は、坂本秋なんだ?」
「そ、れは……」
三春が言ったから。
三春が僕を坂本秋として愛してくれたから。
三春が僕を坂本秋だって言ったから。
すべては三春が決めた。
僕を坂本秋だって三春が決めた。
なんで僕は坂本秋なんだ。
答えられない僕を見て聖さんが目を細めた。
僕の全身が震えはじめる。
ガタガタとした小さな震えから、大きな震えへ。
僕は、坂本、秋……?
「……坂本秋っていう証拠がない。自覚もない。それなら君は、坂本秋としてちゃんと成立しているのか? 坂本秋って、誰だ? なぁ、君は——————誰だ?」
- Re: ついそう ( No.52 )
- 日時: 2013/01/13 20:30
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
+49+
僕は、坂本秋だ。
最初はそれに違和感を感じていたはずだ。三春が言ったからといって、僕が坂本秋だとは限らない。そう思っていたはずなのに。
何時から僕は、僕が坂本秋だと本当に信じ切るようになったんだ?
僕は一体、何を間違えているんだ?
僕は坂本秋だからって。
坂本秋を愛している三春。じゃあ、僕が坂本秋じゃないのなら、本当は三春は僕なんか愛していないんじゃないだろうか。
三春は、僕を坂本秋として利用しているだけなんじゃないだろうか。
ああ、駄目だって決めた。三春を信じるって。そう決めたじゃないか。なんで僕はまた三春のことを疑っているんだよ。三春は僕を信じていてくれた。だから僕も何も疑うことなく三春を信じてきた。
僕は一体。気が付かないうちに頭を爪でがりがりと掻いていることに気づいた。
僕はここで見つかった?
それすらも嘘かもしれない。
三春は僕に嘘をついているのか?
じゃあ、嘘をついているのなら、どこからどこまでが嘘なんだ?
僕に残っている本当って、なんだろうか。
「何もしないと約束する。だから、あたしについてきてくれないか」
そんな僕の手を取った聖さんは僕の手をゆっくりと引いて歩き出す。
僕はそれについて行った。僕の手を包んでいる聖さんん手が温かくて、大きくて、思わず眠ってしまいそうなくらい優しくて。
僕は涙が出そうだった。
また振出しに戻っている。僕は何も進んでなんかない。僕はどうしたら、僕を取り戻すことができるんだろう。
聖さんは抵抗をしない僕を心配そうに覗ってきてくれる。
聖さんは怖かった。でも今の聖さんになら付いていきたいと思う。
いや、僕を導いてくれるのならもう誰だっていい。僕をこの不安から抜けださせてくれるのならもう誰だって良い。
僕は一体誰なんですか。僕はどうしたらいいんですか。僕は今まで何をしてきたんですか。僕の記憶はなんでないんですか。
誰か答えてくれ。
僕にそれを教えてくれる人が本当の僕の味方だ。
僕は前を歩く聖さんの揺れる黒髪を眺めた。
聖さんは何もしないって言ってくれた。それが僕の心を癒してくれている。
三春の事は信じたい。でも僕の本当のことを教えないで僕に嘘をついていたのなら、三春は最低だ。
本当に、僕をだましているんだろうか。三春は本当に僕を利用しているだけなんだろうか。
もうわからない。何もかもが分からない。
僕は何もわかっちゃいない。
僕はどうしたらいいんだ。
「あの……どこに……」
「……坂本秋の家だ」
- Re: ついそう ( No.53 )
- 日時: 2013/01/14 12:40
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
+50+
「僕の家……」
いや。違う。
僕の家じゃない。
坂本秋の家だ。
僕はどうなんだ。なんなんだ。
坂本秋の家に行けば、僕のことがわかるのだろうか。まさか。僕が倒れていたところにきても記憶は戻らなかった。それなのに坂本秋の家に行ってもわかることは何もないかもしれない。
そういえば、なんで三春は坂本秋の家に連れて行ってくれなかったのだろうか。
知らなかった、とか。まさか。三春は坂本秋と婚約しているって言っていた。
それも嘘だったら?一体どこからどこまでが嘘なんだよ。
「あの、聖さん」
聖さんは僕の手を引いて歩き続ける。
きびきびとした様子は最初会った時と全く変わっていない。その変わりのない様子になぜか安心する事ができた。
僕の周りでは変わって居ないものはたくさんある。
僕が目覚めた時から築いた記憶の中から変わっていないものもある。僕の周りで時間がたっても変わっていないものがある。
それに安心することができる。
「どうかした?」
聖さんは僕を安心させようとしてくれているのだろうか。
それだった嬉しいけど。聖さんは僕の味方なのか、味方じゃないのか。
「三春は僕に嘘をついているのかな」
僕は自分の足元に視線を落とす。
自信がない。今まで三春を信じていた自分は間違いだったのか。自分は間違っているのか。
自分はいったい誰なんだろう。
「……分からない。あの女が企んでいることは分からない。でも」
聖さんは続ける。
僕は聖さんの言葉が自分の体がしみ込んでいく感じがした。今の自分には、何でも安心できる要素になるみたいだった。
「あたしにとって都合の悪いことをしようとすることは確かだよ」
聖さんにとって悪いことってなんだ。僕には知らないことが多すぎる。でも僕は質問をするために口を開きたくなかった。
僕はもう何も言いたくない。
何を言ったって、僕は見つからない。
- Re: ついそう ( No.54 )
- 日時: 2013/01/16 16:51
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
+51+
駅の近くだった。人通りが多い、駅の向かい側のアパートの三階へ聖さんは躊躇う様子もなく登っていった。そして、その一番奥の扉の前で聖さんは足を止めた。
その扉はガムテープが幾重にも重なって貼られていた。まるで誰も入れないようにするかのように。
聖さんはそのガムテープを容赦なく引きはがしていく。僕はそれをただ戸惑いながら眺めていた。
「なんで聖さんは僕をここに連れてきたんですか」
僕はカラカラの喉で聖さんの言葉を求める。
僕は何もないから。繰り返したこの言葉にはもう何の悲しみもない。僕はこの僕を受け入れるしかないのかもしれない。そう思ってしまってきている。
僕は一体、何をしているんだ。
三春今何をしているだろう。穏やかに眠っていてくれると嬉しい。
三春の寝顔を思い出すと自然と心が落ち着く。
三春が今どんな気持ちでいるかなんか分からない。
僕は記憶を一刻も早く取り戻したいのだ。僕のためということもあるけれど、もちろん三春のためにも。
聖さんはガムテープを持ったままドアノブをひねって扉を開く。ほこりを立てて扉が開いた。人が居ないせいなのか冷たい空気が漂ってくる。
部屋全体が死んでいるかのように静かで不気味だった。
聖さんは電気もつけずに部屋の中に入っていく。パンプスを脱ぐことも無かった。
そして、僕を床に突き飛ばす。
僕は肩を打ちつけて一瞬戸惑った。暗い部屋の中、ボロボロのカーテンの隙間から光がこぼれている。
僕は体を起こそうとしたが腰辺りに聖さんが馬乗りになってきた。腹が圧迫されて、そして同時に額に突き付けられたものを見て息をのんだ。
まただ。
眼球がそれをとらえて離さない。
僕は目を閉じることができなかった。
受け入れることができなかった。
「君を、殺すためだ」
また僕は騙された。同じ失敗をしている。
聖さんは信じない方がいい。
そう思っただろ。僕に対してよくない事をしようとしているのは確かだって思ったじゃないか。
僕は息を長く吐き出して、そしてゆっくりと目を閉じた。
落ち付いていく呼吸と、目覚めていく頭。
大丈夫だ。
僕は記憶を取り戻して三春のもとへ帰る。
「……何で」
僕が落ち着いているのを見て聖さんはすごく驚いたみたいだけれど、いつまでも僕は止まっているわけにはいかない。
何時までもうじうじしてなんかいられない。聖さんは悲しそうな顔をしている。
三春さんの黒い長い髪の毛先が、僕の頬を軽く撫でているのが少しくすぐったい。
僕はまじめな表情で、今にも泣きそうな聖さんの目の見返した。
「秋が、いや、君が記憶を失ったからだ」
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