複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

ついそう【完結】
日時: 2013/01/30 16:51
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
参照: https://



+目次+
8月25日>>1
1>>2 2>>3 3>>4 4>>5 5>>7 6>>9 7>>10 8>>11 9>>12 10>>13 11>>14 12>>15 13>>16 14>>17 15>>18 16>>19 17>>20 18>>21 19>>22 20>>23 21>>24 22>>25 23>>26 24>>27 25>>28 26>>29 27>>30 28>>31 29>>32 30>>33 31>>34 32>>35 33>>36 34>>37 35>>38 36>>39 37>>40 38>>41 39>>42 40>>43 41>>44 42>>45 43>>46 44>>47 45>>48 46>>49 47>>50 48>>51 49>>52 50>>53 51>>54 52>>55 53>>56 54>>57 55>>58 56>>59 57>>60 58>>61 59>>62 60>>63 61>>64 62>>65 63>>66 END>>67

CAST>>68
あとがき>>69

Re: ついそう ( No.10 )
日時: 2012/09/22 20:55
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w93.1umH)



+7+


三春を試しているつもりではない。ただ、いまいち三春の考えていることが分からないんだ。
三春は僕の恋人、だった。だった、なのかな。きっと三春はまだ僕の恋人のつもりだ。僕は前、記憶を失っていない頃は三春を愛していたのだろう。そして、三春も僕のことを愛していただろう。今も、僕のことを愛しているだろう。
でも僕はもう違う。違うと言い切ってしまえる。僕は三春を愛していない。だって、三春が分からないから。三春と会って、まだ少ししかたっていないから。そんな人を愛しているなんて言えない。言えるはずがないから。
三春は僕の手を見て、眉間に皺を寄せた。やんわりと、僕の指を握る。

「……秋、秋はね」

まっすぐに見つめてくる三春の目。三春に出会ってから初めて見せた表情だった。真面目で僕にとって都合の悪いことを話すという目。初めて感じる三春の真剣な空気に、自然と体に力が入る。今までの三春はフワフワしていて、真剣みが感じられなかった。
三春は、僕のことを気遣ってくれる。それが嬉しい。

「秋は、行方不明だったのよ、ずっと」

行方不明。その言葉で、すべて納得した。なんで僕があんなに汚れていたのか。僕は、行方不明だったのか。
三春は口を開いて、閉じる。何か言いかけて、止める。三春は顔を伏せた。三春の自信の無い顔。それを見て、僕も不安になる。
三春は申し訳なさそうにしながら、僕に抱き着いてきた。
女の子の体は、すごく柔らかい。
三春は僕よりも結構背が低いから、三春の顔は僕の胸の下あたりだ。僕の背が高いからかもしれない。
三春はギュッと僕の背中に腕を回す。腰のバスタオルがとれそうだ。それにドキドキする。素肌で感じる、三春。心臓が暴れている。

「だから、私嬉しかったの。やっと見つかったから。やっと会えたから。秋が、帰ってきてくれたから。だから、秋のこと全然考えてなくて、ごめんね」

最後の謝罪の意味が僕にはよく分からなくて、僕は戸惑った。なんで謝るのだろう。僕は三春に優しくしてもらっている。それで満足なのに。
満足、なのに。

満足なのに、なんで僕は三春を抱きしめ返すことが、できないのだろう。

Re: ついそう ( No.11 )
日時: 2013/01/16 16:29
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)


+8+


「だから、なんで指輪をしていないのかは、分からないの」

悲しそうな顔を浮かべながら、三春が僕から離れる。僕を見上げる目には、うっすらと涙の膜が張っていた。
それに、なんでか僕の心が軋んだ。なんだろう、この違和感は。でもきっといつかこのなんだろうも、解決される時が来る。僕はいつかきっと、すべてを思い出す。その時まで、疑問は放っておこう。そうじゃないと、全部気になってしまって穏やかに暮らすことなんか、できなくなってしまうから。

「そうなの。良いんだ、三春のせいじゃないから」

僕の身には、きっと良くないことが起こったんだ。
婚約指輪を失くしたり、体中を汚したりするくらいの、良くないこと。行方不明になったのだから、良くないこと。
三春は指の腹で涙を拭っている。
僕が三春を泣かせたんだ。そう思うとちょっと罪悪感が出てくる。
僕は三春の手を取って、指輪をさすった。
慰めるように、謝るかのように。

「僕が全部思い出したら、また、やり直すから」

だから、待ってて欲しい。
僕が全部思い出すまで。僕がすべてに納得するまで。僕が僕を認められるまで。僕が三春を心から信じられるまで。そうなった時、きっと僕は完成するから。僕が完成したなら、また結婚しようだの、そんな腐りそうなほど甘い言葉で三春を迎えに行くから。今は僕を待っていてほしい。僕が三春に追いつくまで。

そんな硬い意志のようなものを眼差しに含んで、三春を見下ろす。三春は驚いたようにして、頷いてくれた。
良かった。これで待ってなんかいられないって言われたら、僕は困ってしまったから。

「……秋、ありがとう」

僕に向かって目を細めて、幸せそうに笑う三春。儚くて、そして寂しそうなその笑顔は、熱を待っているかのようだった。
三春は今きっと、淋しいんだろうな。恋人である僕が行方不明になって、そして帰って来たと思ったら全部忘れていて、婚約指輪を失くしていたなんて。普通の人なら耐える事なんかできないのに。
三春はすごく強いんだろうな。

そして、僕を愛してくれているんだ。

「ううん。三春こそ、ありがとう」

Re: ついそう ( No.12 )
日時: 2012/09/28 21:15
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w93.1umH)



+9+


僕を置いて部屋を出ていく三春の背中を、箸を動かしながら見送る。三春は何でも用事がある様で、出かけなくてはいけないらしい。僕は腰にバスタオル一枚という間抜けな格好で、割り箸を持っている。
三春も大変だろう。僕も早く、記憶を取り戻さないと。僕のために三春は頑張ってくれているから。
明日の予定もしっかり決めよう。三春が言ったわけではないけど、僕に関連している場所に連れて行って貰おう。そうすれば何か、思い出すかもしれないから。
疲れているだろうから、ベッドは勝手に使って良いと三春は言っていた。
僕はあんまり食欲がなかったので、半分近く炒め物を残して、ラップをかけた。ごはんは何とか全部口に入れて、咀嚼しつつベッドに横たわる。
すぐに眠たくなったので、米をすべて飲み込んでから、意識を手放した。

 + + + +


あーあーあーあー。ん、あー。
良い感じ。よしよし。一発風呂には入りたかったけど、まあ仕方ない。風呂入るタイミグじゃなかったし。臭うかなー、汗かいたからなー。最近まだ暑いし。蝉もまだ鳴いて居るし。帽子でもかぶって来た方がよかったかもな。
めんどくさい、いいや。どうせ戻れないんだし。
私はできるだけ足をきびきびと動かしながら、道路を歩く。アスファルトで靴が溶けそうだ。そこからじわじわと体まで進行しそう。
そんな馬鹿なことを考えていないと、嫌なことを思い出してしまいそうだ。
ジメジメ。いやな感じ。

もう何度も押しているインターホンを指で押す。
しばらくしてから、品の良さそうな顔をしたおばさんが出てきた。私は髪を耳にかけてから、軽く頭を下げる。

「あら、三春ちゃん」

「お久しぶりです」

得意の笑顔を浮かべれば、おばさんも柔らかく笑う。
化粧をしていなくても、この人は美人だ。良いなぁ。
私もこんな風になりたい。

「そんな久しぶりでもないじゃない。さ、暑いでしょ、上がって」

「ありがとうございます」

気を使わせてしまって悪いな。私の額の汗を見ながら、おばさんはドアを全開にしてくれる。
片付いた玄関を進んで、広いリビングへの扉を開く。クーラーがかかっているのか、涼しい。
助かるなぁ。本当に。
おばさんはキッチンで麦茶をコップに注いでいる。

「……あの、築さんは」

私はソファに腰を下ろして、姿勢を正す。
私は昔からこのおばさんの娘さんの築と仲が良い。築は私と同じ大学に入学したものの、途中でやめてしまった。なんでも事情があるらしい。
詳しくは、私にも話してはくれなかった。

「いるわよ、呼んでくるわ」

すいません、そんなことを言う間もなくおばさんは麦茶を置いて、リビングを出て行ってしまった。
私は立ち上がって、麦茶をソファの前のテーブルに置く。一口麦茶を飲もうとした時、リビングの扉が開いた。
コップを持ったまま振り返ると、見慣れた顔の男の子が扉を開いたまま私を見ていた。

「あ、孤独君」

「……っす」

Re: ついそう ( No.13 )
日時: 2012/10/07 10:01
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w93.1umH)


+10+


孤独君とは、私の親友である築のただ一人の弟だ。
築とは似ていない染めていなくても茶色い髪。私は昔の築の髪の方が好きだった。綺麗な黒髪。それを築は高校の二年に茶色く染めてしまったのだ。あのときは褒めておいたけど、本音は染めてなんか欲しくなかった。きれいな髪だったのに、そのせいで髪はいたんでしまって。
孤独君は片手に折りたたみ式の携帯を持っていた。
私に挨拶をするかのように軽く頭を下げる。そしてリビングを見渡した。

「あ、お母さんなら二階」

「……あ、そうなんすか」

なるべく私と話したくないかのような態度。そこは昔から変わっていなくて、気に入らない。
私と関わるのが嫌いなのだ、この子は。私と自分の味方である築が仲良くしているのが多分、気に入らないのだろう。私が苦しそうな築を救わないのが不満なのだろう。
まぁ、関係ないけど。

私は麦茶で喉を潤しつつ、可愛くないね、なんていう言葉を胃に戻す。

「バイトはどう? 調子良い? いい先輩とかいる?」

「はい」

なんでか、そこだけは嬉しそうに返事をして、私にもう一度頭を下げて孤独君は二階へと上がっていった。
その足音を聞いていると降りてくる足音がした。
築みたい。おばさんは居ないようだ。二つの足音が止まって、しばらくしてから再び動き出す。
一言二言、言葉を交わしたのだろう。

しばらくしてから、扉が開いたので振り返る。

「築、ごめんね、何度も何度も」

築は首を横に振って、すっかり疲れたような笑みを浮かべた。その痛々しい表情から目を逸らさずに、私はおばさんの分だったであろう麦茶を、向かいに座った築の方に押した。

「良いんだよ。三春、元気だった?」

「ぼちぼちー」

築は麦茶を飲まずに、コップの中の小さな氷を見つめている。
私はその築に向かって、深く頭を下げた。ガラスのテーブルにも手を付けて、深々と。誠意をこめて。
本当にすまないと思っている。本当に。

「お金、また貸してくださいっ」

私が来たということは、もうすでにそういうことだって築は思っているんだろう。
私は昔、と言っても最近だが、お金を貸してもらった。
私一人分が生活するには不便は無いけど、私のため以外のお金も必要になってしまったから。
築は理由も追及しないでくれる。それが心地良い。だから、築は好きなのだ。

「三春、大変そうだね。良いよ、ちゃんと返して頂戴ね、三春」

顔を上げた私に、築は笑ってくれた。
その頬には、ガーゼが貼ってあった。
また、怪我したのか。

私は、もう一度、築に頭を下げる。何度でも、頭を下げたい気分だ。お世話になりすぎているから。
いつか、きっと金は返す。絶対だ。

 

Re: ついそう ( No.14 )
日時: 2013/01/16 16:31
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)


+11+


親友である築からお金を借りて、私は一直線に家に戻った。おばさんへのお礼は言伝で頼んで、小走りで我が家を目指す。
私は一人暮らしだったから、秋の食器や服などをたくさん買わないといけない。そのためにお金が必要だった。
秋は疲れているだろうから、すぐ寝るだろう。それを見越して家に置いてきたのだが、内心は不安だった。
今の秋は、昔の秋じゃない。私が予想する範囲だけの行動をとってくれるわけじゃない。一言にいえば、何をしでかすか全く分かっていないのだ。
秋の中の私の情報は少ないだろう。皆無に等しい。それは、私も同じだ。私の中の秋と、今の秋は全く違うから、情報は皆無。唯一言えることは、秋の前の姿を秋本人は知らないと言うことだけ。

私は階段を上がって、自分の部屋を目指す。ポケットから鍵を取り出して、慣れた手つきで鍵を開けた。
電気は消えて、部屋は薄暗かった。
しまった、帰りに何か食べられるものを買いに行けばよかった。そんなことを後悔しながら、電気を付けないでベッドに近寄ると、思っていた通り秋は静かな寝息を立てていた。
少しほっとして胸を撫で下ろす。
テーブルの上に残っていたすっかり冷めた炒め物を冷蔵庫にしまって、そのままだった茶碗を洗う。やりっぱなしなのが少し癪に触るけれど、慣れていない家なのだから仕方がないだろう。
勝手に人の家の物を触っては悪いとか考えてくれたんだろうな。だとしたら、部屋の戸棚とか漁っていないって事で良いだろう。
良かった。私だってほぼ他人と化した秋に部屋を漁られるのは気分が良い物じゃない。
本当に、良かった。秋が大人しくて。

私は安らかに眠る秋の金髪を指でなぞる。
明日、仕事を休んであるから一緒に出かけよう。秋がここで暮らす準備をしよう。そして、この金髪も黒く染めてしまおう。
そうだ、それが良いや。

私はベッドの近くの床に腰を下ろして、カーペットの上に横たわる。まだまだ早いけれど、なんだか秋を見ていたら眠たくなってしまった。
今日は何だか疲れたから、寝てしまおう。

夏は、もうすぐ終わる。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。