複雑・ファジー小説

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ついそう【完結】
日時: 2013/01/30 16:51
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
参照: https://



+目次+
8月25日>>1
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CAST>>68
あとがき>>69

Re: ついそう ( No.60 )
日時: 2013/01/24 18:49
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)



+57+


三春の瞬きの回数が目に見えて減った。
僕の質問はそんなに難しい物だろうか。三春はまるで答えに困っているかのように銃と僕の顔を往復するように視線を彷徨わせた。
対して僕はそんな三春の瞳だけを追う。
銃のグリップを躊躇いなく握っている三春は、どこかの感情が欠けているような瞳の色をしていた。三春の瞳は、日本人なのに少し茶色い。
三春は考え抜いた末に唇をかんでから僕の顔に視線を安定させた。

「……ある夏の日のこと」

三春の口からこぼれたのは、物語を語るような硬い言葉だった。
三春が考えて、三春が下した答えを口にしたわけじゃない。
それがひしひしと伝わってくるかのような、どこか足が見えないその返答に僕はどうしていいかわからずに体を強張らせてしまう。

「恋をしたんだ。その人がどうしても欲しかった。どうしても、この恋を叶えたかった」

三春はぶつぶつと朗読の口調でしゃべりながら三春は体を引きずって僕に近づいて来る。
銃をこっちに向けているわけじゃ無い。でもすごく後ずさりたい。三春から逃げたい。
また。また三春を疑うのか。
僕は乾いた口内の空気を飲み込んでみた。そして、意を決して三春に手を伸ばす。三春は僕の指先に銃口をふれさせた。
ひんやりとした冷たさ。そして、三春のどこを見ているのかわからない目。

「三春……ねぇ、それって何の話?」

三春は銃を引いた。僕の指先から銃口が離れていく。僕はそれを追うように、僕に近づいてくる動きをやめた三春の肩をそっとつかんだ。

ある夏の日の恋の話。その話の続きが聴きたいわけじゃない。そもそも興味なんかない。でも三春が何でこのタイミングでそれを語りだしたのか、すごく気になった。
三春は一体何を考えているんだろうか。

もしかしたら。

僕は三春の肩を抱き寄せた。今度は突き飛ばされなかった。三春の小さな体が僕の腕の中に綺麗に収まっている。
僕は三春の髪の中に顔を埋める。
三春が確かな存在だと思いたい。
僕はそう思いたいだけなのに。

「……始まりのお話。はじまり、はじまり」

三春の声がすごく冷たい。三春の指が、肩が、顔が、何もかもが冷たい。なんだろう。
なんで三春はこんなになってしまったんだろうか。僕のせいか。いや違う。僕は助けてあげた。あんなに苦しそうに嘔吐を繰り返す三春を介抱してあげたじゃないか。
僕は悪くない。
また三春に黙って出かけただろうか。そんなことが。三春は僕のことが好きだから、また心配をかけてしまったのかもしれない。
聖さんを殴って、銃を奪っただけ。記憶のかけらさえも拾ってこられなかった外出は、三春を不安にさせただけで終わるのか。

「そして、終わりのお話」

Re: ついそう ( No.61 )
日時: 2013/01/25 17:48
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)



+58+


終わりのお話。

ある夏の日のこと。

始まりのお話。

君に恋をしたんだ。

三春の口からはそれしか吐き出されない。
それって、三春の話?三春と僕の、出会いのお話?

ねぇ、三春。

僕はね、怖い思いをしたんだ。三春のことを介抱してあげた僕は、怖い思いをしてきたんだ。それでボロボロになって帰って来たんだ。やさしい言葉をかけて、柔らかい体で体温を分けてくれたっていいんじゃないの?僕はそれを三春に求めていたんだよ。
聖さんにはない感情を僕は三春に求めたのに。
まるで三春は。三春は僕のことなんか見えていないみたいに。

三春の喉が引き攣るように痙攣しているのが分かる。
僕は三春を抱きしめる手に力を込める。それを裏切るように三春は拳銃を振りかざす。その手の行き先を見届けることはできなかった。
聖さんに僕がした行動を三春は迷わずにやってのけたのだ。
グリップで、三春は僕の頭を殴りつけた。
僕の頭に鈍い痛みと、混乱の電流が走る。僕はあわてて三春を突き飛ばそうとした。
でも三春の細い足が僕の腹を蹴り上げた。衝撃と混乱で、僕は思うように体を動かせずにいた。
三春は、死んだ目で僕に微笑む。
僕の頭にもう一撃を食らわせた。そして、そのまま僕の頭を壁にたたきつける。
僕は三春の手を振り払おうとした。
額から嫌な音がした。耳の奥まで貫くような悲しみがあふれる前に、三春は僕の頭を今度は床にたたきつけた。
僕の金髪が掴まれて、頭皮が引っ張られるような痛みに顔をしかめる。揺れる視界の端で、三春の顔をぎりぎり捕える。

三春を否定することはしたくない。
だから、この行動から全力でのがれたくない。
三春は僕に記憶を取り戻して欲しいのかもしれないじゃ無いか。これは愛なのかもしれないじゃ無いか。
僕には、今の僕には何が合いなのか何が暴力なのかわからないんだ。

三春、痛いよ。愛って痛いよ。
僕の耳が痛む。三春に引きちぎられたピアス。

三春。
名前を呼ぼうとした。できなかった。
僕は眠っていた。
気が付かないうちに、僕の意識は居なくなっていた。


 + + + +


六か月前の事件を思い出す。
あの少年の名前。あの少年が自分を指す時に使う名前。それはきっと少年の本当の名前ではない。
あの女は、きっとあいつを殺そうとするだろう。事件のことを詳しく知っているわけではない。

自分の好奇心が自分の身を滅ぼす羽目になるとは思わなかった。
あの少年が思っていることを知ろうとした結果がこれだ。本当に笑えない。
指先さえ動かせない。あたしはひたすらに動く視線だけを動かしていた。
もはや痛みを感じるのもぎりぎりだ。
あんなに容赦なく人間を殴れるようなやつ。そんな奴だってことは、知っていたはずなのに。

あたしは目を閉じた。
現実から早く逃げたかった。

Re: ついそう ( No.62 )
日時: 2013/01/26 12:15
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)



+59+


三春が何で僕を殴ったのかは全く分からない。
不安だから?僕は三春を不安にさせてばかりだと思う。
だからだろうか。
僕は三春を助けたかった。三春を救うことで、僕自身も救われるような気がしたから。

僕は目を開けた。
冷たい足元の埃の間食に気が付き、そしてすぐに自分の手首が縛られていることに気付く。手だけを縛られていて足と首しか動かすことが出来ない。
目を開いているはずなのに、周りがよく見えない。暗闇だ。
僕は寒さに澪振るわせて、鼻腔をつつく強烈な異臭に辺りを見渡す。
頭を揺さぶられるかのような衝撃はまだ頭から逃げ出せていない。
変なにおい。生ぬるい血の匂い。淀んだ空気。状況をつかもうとする。この臭いはなんだろう。
もしかしたら、僕の匂いかもしれない。僕が三春に殴られたときに出血したから、その時の匂いかもしれない。

「三春?」

取り敢えず三春を呼んでみた。僕の味方である三春は今どこに居るのだろうか。
僕はやけに落ち着いている僕自身に驚いていた。縛られて、三春に殴られたのに、全然混乱していない。
三春を信じているから。
三春が僕を殴ったのには何か理由があるんだ。そんなのは後で聞いて見ればいい。だからいまは三春に会いたい。こうして僕がここに縛られて居るのにも、何か理由があるんだ。
三春の名前をもう一度呼ぼうとした時、目の前に一筋の光が差し込んだ。
膝を立てている僕の足元を照らしてくれるその光は、僕の前にあった襖が開いたことによるものだった。
僕は顔を上げる。すると、右手に聖さんの拳銃を持った三春が立って居た。
ふんわりとしたワンピースを着た、女の子らしい三春。記憶喪失である僕を見守ってくれていた三春。僕を急かさないでいてくれた三春。
三春に縋りたかった。でもできるわけなかった。
僕は落ち着いた表情をつくる。

「……おはよう」

三春は笑うこともしない。
そのまま僕に近づいてくる。襖は閉めなかった。三春は僕を見下ろして、そして僕の隣に視線を滑らせる。
そこに倒れている人が居た。その姿には見覚えがある。向こうの部屋から引きずっていた後があった。
頭からの出血。乱れた黒髪。女の人なのに大きな体。
僕は心臓をわしづかみにされたかのような衝撃を受けた。
聖さんだ。
ということはつまり、ここは僕の、坂本秋の部屋だ。
なんで僕はここに居るんだ。三春はなんで僕をここに連れてきたんだ。なんで聖さんは引きずられてきているんだ。

「聖さんまでなんでここに……」

「こいつはあなたを殺そうとしたから」

Re: ついそう ( No.63 )
日時: 2013/01/27 12:48
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)



+60+


自分の心臓が落ち着き始めている事に気が付いた。三春がそう言ってくれたことに安心していたんだ。
僕を守ろうとしてくれていたんじゃ無いか。でも僕を縛る理由はまだ分からない。
三春は銃をしっかり握ったままだ。いやな予感はしている。
三春は絶対に僕を守ってくれるんだ。絶対だ。僕を殺そうとした聖さんに対して怒っている。
それはつまりだ。やっぱり三春は僕の味方だった。

隣で布が擦れる音がした。
三春も僕も倒れている聖さんに目線を移す。
聖さんの呼吸はひどい。聖さんの胸が激しく上下しているのが手に取るように分かった。

「……だってっ、貴女が……貴女が、コイツを、殺すのを止めないと……」

「自分のしたことが公になるから?」

聖さんはまだそんなことを言って居る。
三春は肯定も否定もしなかった。否定してほしい。そんなこと私は企んでなんかないって、そういって欲しい。

三春が聖さんに銃口を向けた。躊躇う様子もない。三春のやけに落ち着いた姿に不気味さを覚えるが、どうでもよかった。
だって三春は僕を助けてくれるんだから。三春は僕の味方なんだから。三春と一緒なら僕は傷つくこともないんじゃないだろうか。
三春と一緒ならいつかきっと記憶を取り戻すことができる。
そんな確信と安心が僕を支配している。
本当はだめなのかもしれない。自分で記憶を取り戻しに行かないとだめなのかもしれない。
でも、僕は安心な道を進みたい。
怖くなった。外に出るのが怖い。三春以外の人と喋るのがもう怖いんだ。
確実な僕の味方。そんな三春とずっと一緒に居たい。

「コイツがやったことを教えてあげようか?」

三春は笑っていた。
僕の好きな三春。早く記憶を取り戻してあげる。それで、三春を救ってあげたい。
僕は不安だ。三春も不安だから。三春は一人だから。
僕は三春に縋ることができるけど。

僕は三春を見上げていた。

なんで僕は記憶をなくしたの。
聖さんはなんで僕を狙うの。

疑問が解決できないまま僕はここで縛られている。

「教えてあげるよ。ねぇ——————」

三春が教えてくれるの。

僕は何かを言おうとした。

僕は三春を見ていた。

三春が引き金を引いた。

乾いた音がした。

長い音だった。

何かが破裂する音だった。

『パァァァ———————ン』

耳を貫いた。

足先までの神経にまで音が響いた。

聖さんは一度震えた。

それ以上何の行動もしなくなってしまった。

動いていた胸も動かなくなった。

聖さんの頭が変なものになった。

僕は。

僕は。

「——————あ?」

頭の中に情報があふれた。

夏の日。

荻野目三春。

坂本秋。

「思い出した?」

関本友作。

そして。

Re: ついそう ( No.64 )
日時: 2013/01/27 16:53
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)



+61+


「思い出した?」

三春が笑っている。荻野目三春が笑っている。
動けなかった。息が出来なかった。
三春が目の前にしゃがみ込んだ。

俺の、目の前に。

俺は、思い出した。すべて思い出した。あの夏の日の事も、全部全部。俺は全部思い出す事ができた。
それを望んでいた自分を殴ってしまいたい。
なんで思い出したかったんだろうか。俺はなんで記憶を取り戻すことを望んだんだ。
そう、三春に元気になってもらいたいからだ。

三春が俺の頬を撫でた。

怖い。
怖い。
三春が怖い。

「自分の名前、言える?」

「関本、友作……」

俺が久しぶりに自分の名前を呼ぶと三春は嬉しそうに笑った後、グリップで俺の頭を殴りつけた。

耳の奥にまだあの銃声が残っている。
俺は必死に三春を見た。でも三春が見ているのは俺じゃない。俺じゃ無いんだ。
俺は何かを言おうと思って口を開いた。でもできなかった。
三春がまた俺を殴ったからだ。
口の中に血の味がにじんでいる。

痛い。

もう嫌だ。

望んで記憶をなくしたのに、また逆戻り。
俺は失敗した。
現実から逃げることに失敗した。

「自分がしたこと、憶えているかな?」

三春が俺に問いかける。
まるで子供にキク科のような優しい口ようだ。でも片手で俺の前髪を掴んでいる。
ポケットから鋏を取り出して、俺の金髪を鋏で徐々に切り始めた。
はらはらと落ちていく金髪にまで恐怖を感じる。

「憶えてる……」

弱弱しく言う俺には何銃口を押し付けて三春は笑っている。
涙があふれた。

全部。全部、嘘だったんだ。
俺に優しくしたことも、俺の味方みたいな顔をしていたことも。

涙を流す俺に明らかな不快の色を見せる三春はまた俺をグリップで殴った。

「私、決めてたんだ。あなたが記憶を取り戻したら殺してやるって」

どこか嬉しそうに哀しそうに怒って居るようにつぶやく三春は俺を殴り続ける。
立て続けに襲ってくる鈍い痛みに眩暈を覚える。聖さんから漂ってくる血の匂いに恐怖心をあおられる。

当然だ。
三春が俺を殺そうとするのは当然だった。

今まであったことが頭の中から消えてくれない。
俺が今ここに居るのは全部俺の責任だった。
俺は逃げてきたんだ。自分御罪から逃げてきた。三春からも目を背けてきた。
あの日の暑さを思い出したのか、俺の体が熱を持ち始める。

何かが伝ってきて床にたれる。
血だ。
どこから垂れてきたのかもわからない。

俺は、俺は。

三春が怖かった。
それ以前に、全部なかったことにしようとしていた自分が怖い。

「待ってたのよ、あなたが自分の罪を思い出すのを」

俺は、坂本秋を殺した。


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