複雑・ファジー小説
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- ついそう【完結】
- 日時: 2013/01/30 16:51
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
- 参照: https://
+目次+
8月25日>>1
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CAST>>68
あとがき>>69
- Re: ついそう ( No.45 )
- 日時: 2013/01/06 12:09
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
+42+
お湯が溜まったみたいなので、三春を立つように促してお風呂場に向かわせた。
そして着替えを用意する。タンスの中をあさるのにも抵抗があるけれど、今は構ってはいられなかった。風邪をひいては大変なので、ちゃんとお風呂に入れさせてあげたかった。
着替えを渡して脱衣所の扉を締めようとした時、僕のパジャマを着て布団にくるまったままの三春が僕の服を摘まんだ。
僕はそれに引き止められる。三春は虚ろな瞳で床を見ている。
冴えていない表情に心配になる。
三春を一人にして大丈夫だろうか。何があったのか聞くべきだろうか。いろんなことを考えてしまうけれど、今は落ち着かせたい。
三春の視線と交わるために腰をかがめる。
顔色を覗くと、唇の色が優れていない。速く体を温めたほうがいいだろう。
いったいどれだけ長い時間あの冷たいシャワーを浴びていたんだろうか。なんで僕に助けを求めなかったんだろうか。
僕が気付かなかったなら、一体三春はどうなっていたんだろうか。
「……三春、どうかした……?」
出来るだけ優しい声を出す。三春を小さな子供だと思って。
部屋が太陽の光で明るくなってくる。
三春は顔をやっとあげてくれた。
僕を見つめる三春の目は、怖いくらいに黒い。
吸い込まれそうなんかじゃない。そんな綺麗な黒ではない。
いろんな感情があってその感情を押し固めたものを刺殺した時に出てくる、どす黒い血。そんな色。
三春の考えている事が分からない。
三春が心配で手を伸ばそうとした時、すっかり青紫色に変色した唇がう蠢いた。
小さな声を拾おうと、息を潜める。
「秋、一緒に入ろうよ」
「……は……?」
予想外の言葉に思わず体が硬直する。そしてすぐに顔に熱が集まった。だけど三春はいたって真剣だ。
今だって僕をじっと見ている。
三春は真剣。真剣に、こんなことを言っているんだ。それだけ三春は僕のことを信頼しているんだ。
そう思うともっと体が火照ってくるのを感じる。
「だ、駄目。駄目だよ」
僕は三春の手を握った。
冷たかった。何もつかんでいないかのように冷たかった。
それでもしっかりと力を入れる。
三春はここにいる。僕の側にちゃんといる。
「なんで? どうしてなの? 私の側に居てよ秋。私の側に居て。目の届く場所に居て。私を一人にしないでっ」
最後の方はまるですがるような言葉だった。
僕は茫然としてしまった。
三春が泣いているのだ。もう何度も見てきた。
涙の意味が分からなかったけれど。
三春はきっと一人が怖かったんだ。
僕が居ないと、三春も一人なんだ。
僕たちは一緒だった。
二人ぼっちだった。
- Re: ついそう ( No.46 )
- 日時: 2013/01/07 17:38
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
+43+
どういうことなのか。いまいち状態を理解していない自分の頭にイライラしてくる。
知らず知らずのうちに爪を噛んでいるのを知って、ビルの壁をたたいた。服屋のショーウィンドウにうっすらと映っているあたしの顔はひどく疲れているみたいだった。
どこかにホテルを取って休むことも考えたが、事態は一刻を争う。
あの秋という男、一体何者なんだ。
秋と言う名前を聞いた時は何も思わなかった。しかし、あの店員のせいで、六か月前の事件を思い出すことになってしまった。
ショッキングな事件だった。
あたしは米神を叩きながら、街を歩きだす。
酷い顔をしていることは分かっている。
あたしは精神的にも肉体的にも疲れている。
売る相手を間違えたか。
いやしかし、売った時は何も感じなかった。秋に何も感じなかった。
あのときの選択を間違えたとでもいうのか。
うじうじ考えても仕方がない。
あたしは大きく一歩を踏み出す。
とりあえず休もう。休まないで行動するなんてあたしらしくない。あたしらしく行こう。マイペースに。
あたしならできる。あたしはこれまで頑張って来たじゃないか。
あたしがもしも間違えたというのなら、あたし自身で解決をしないといけない。
それは前に考えたことじゃないか。
思考がループしているんだよ。
「あーっ! 浦河さん!」
大声で名前を呼ばれたので振り返ると、灰色のパーカーを着ている短髪の男があたしに向かって走ってきた。
あたしを咎めるような表情をしている。あたしは止まって彼を待った。側まで来ると彼は額の汗を拭いた。
「どこ行ってたんですかっ!」
「金髪長身男に会いに行っていた。でも始末はできなかったよ」
あたしが歩き出すと彼もちゃんとついてきた。
彼はあたしの行動が信じられなかったようで目を丸くして唇を噛んだ。あたしに異議があるみたいだけれど、口に出さない。それが懸命だ。
あたしに機嫌を損ねない方がいい。あたしは何時でも彼を殺すことができる。
少しも躊躇せずに。
「ごめんな。あたしはあいつのことを生かす気なんて最初からなかった。あいつは消さないといけない」
「っ」
短髪の男が息を呑んだ。あたしが仕様としていることの意味をしっかりと理解しているが、ちゃんと納得は出来ていないのだと思う。
それもそのはずだ。
あたしは自分の身を犯してまで、秋を消そうとしている。秋が生きて記憶を取り戻せば、あたしたちがやって来たことがばれてしまう。
あたしについてきてくれたこいつも道連れだ。
だから秋を消さないといけない。あたしが秋を消したことで捕まるなら、そうなったらあたしは命を捨てればいい。
あたしはしっかりと前を向いていた。
そのために、どうすればいいか。
あたしは落ち着いた頭で考え始めた。
- Re: ついそう ( No.47 )
- 日時: 2013/01/13 10:44
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
+44+
三春の願いは叶えてあげたいけれど、僕と一緒にお風呂に入るのは駄目だ。絶対駄目だ。
いくら恋人で婚約者でも記憶のない僕と一緒にお風呂に入るのは、僕にとっては僕以外の人間とお風呂に入るのと同じ行為なんだ。
僕は僕自身に嫉妬をする羽目になる。
僕はなんとか三春を説得して取り敢えず朝ごはんの準備をすることにした。
三春はお腹を空かせているだろう。あんなに吐き出したんだから。
僕に料理ができるかどうかは分からないけれど、お粥くらいならできる。きっと体が冷えているだろうから、体が温まるものが良いよな。良いに違いない。
僕はお粥の準備を始める。
三春に元気になってほしい。三春には何時だって笑っていてほしい。僕に笑いかけてくれる人間を、僕はまだ三春しか知らない。
三春の事を大切にしたいと思う。記憶を失う前の僕も、三春のことを一番に考えていたと思う。
そうに違いない。そうであってほしい。
こんなさびしがり屋で、壊れやす三春を一人になんかしていないで欲しい。
僕ならそのくらいは分かっていたと思う。
僕なら、きっと。
+ + + +
早く帰りたかった。
こんな生活を続けていたら頭がおかしくなる。いや、もうなりかけているのかもしれない。
縛られた手首はもう何も感じていない。
僕は静かに涙を流した。床に零れ落ちる涙は、次々と弾けていく。
闇に慣れすぎた瞳は、一体どんな絶望が映っているのだろうか。いったい僕はどんな顔をしているんだろうか。汚れきった体で汚れきった顔で情けない表情を作っているのだろうか。
そんなんでは荻野目のもとへは帰れない。
荻野目はさびしがり屋だからすぐに帰ってあげたい。
僕が居なければ、荻野目は一人ぼっちなんだから。
僕が早く帰ってあげないと、荻野目は壊れてしまうだろうから。
でも僕にはどうすることもできない。
なんで僕がこんな状況に置かれているのか、想像もできないのだから。
喉が痛いくらいに乾いている。
空っぽの胃は空腹を訴えるのをやめた。
後は。
後は、どこを失えばいいんだ。
頭か。この何かを考える頭の機能を殺せば、ここから出られるのだろうか。
暖かい荻野目のもとに帰ることができるんだろうか。
希望がない。僕には光がない。
頭がおかしくなる。
このままじゃあ、光と闇の違いさえも分からなくなりそうだ。
目の前の扉が開いて、ようやく暗い部屋に光が差し込む。
そしてやっと僕は顔を上げた。
明るすぎる光に目が眩む。
僕に近寄ってくる足音。
僕の前にかがみこむときの音。
すべてすべて。
すべてが怖い。
僕に近寄らないで。僕はここから出たいんだ。
荻野目のところに帰りたいんだ。
僕は耳を塞ぎたかった。
じゃないと、耳の中から脳みそが出てきそうだった。
- Re: ついそう ( No.48 )
- 日時: 2013/01/09 21:01
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
+45+
お風呂から出てきた三春を僕は優しく抱きしめてあげることにした。そうしないと三春が壊れてしまいそうな気がした。
湿った髪とゆるく熱を持つその体は、まるで泣いている子供のようだった。
僕の眼下に三春の頭が見える。こんな小さな三春を僕は今まで一人ぼっちにしていた。
僕はそう思うと無性にやるせなくて、思わず身をかがめて三春の肩口に顔を埋めた。三春はびくともしなかった。女性特有の柔らかいはずの体は、まるで死体みたいに堅かった。
僕は三春を離すと手を引いて椅子に座らせた。用意していたお粥を出して、スプーンを置く。
三春は相変わらずどこかぼうっとしたような目をしていた。僕は三春の隣に座って、彼女の瞳を覗き込んだ。
怖いと思う。
前までしっかりしていた三春が、今度はおかしくなってしまった。僕は三春に支えられてきたけれど、これでは僕が三春を支えているみたいじゃないか。
僕は三春の手を握った。右手だ。
彼女の左手には僕が目を覚ました人変わらずに、シルバーの指輪がしてある。きれいで大切にしているのがよくわかる指輪。
僕は三春の手を握っている僕自身の左手を眺めた。
何もしていないただの手。目を覚ました日和はきれいになっているその手。三春との婚約指輪がしてあるはずの手。
僕はギュッとその手に力を込めた。三春の手が壊れてしまおうがかまわないと思ってしまう。三春なら許してくれそうだから。三春なら、僕と一緒に壊れても良いって言ってくれるだろうから。
三春は首をひねって僕を見た。
しっかりと三春を見返すように努力をする。三春から目を逸らしてはいけない。
だって三春は、僕の味方なんだから。僕が愛した人なんだから。
ちゃんと三春を見守っていたい。
「三春、食べられそう?」
僕が出した声は、儚いものだった。静かな部屋にやっと響くくらいの小さない声。
三春は僕を見つめたまま小さく頷いた。
僕の手を振りほどいてスプーンを握りお粥を口に運んだ。そこでやっと、三春の瞳に光が戻る。
いつもの三春の目に戻ったことに安心して僕は三春の髪を撫でた。
「……おいしい?」
「秋にしては、ちょっと、おいしすぎるよ」
三春がほんのりと口元に笑みを浮かべた。僕の心の緊迫が一気に解かれる。
いつもの三春じゃないか。僕が三春を心配する必要なんかなかったんだ。
僕は苦笑をして、次々とお粥を口に運ぶ三春を眺める。
三春がいてよかった。本当に、三春がいてよかった。
「秋は、料理をしなかったよ」
「そうだったんだ。じゃあ、これからはちゃんと作るようにするよ。記憶が戻っても」
三春はスプーンを咥えながら目を細めた。笑っているのだとわかっていると、こんなにも安心することを僕は知った。
僕は安らかな気持で、三春に小さな約束を告げた。
- Re: ついそう ( No.49 )
- 日時: 2013/01/11 21:17
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
+46+
爪を噛んだ。
あの人が欲しい。
頭を掻いた。
あの人が欲しい。
皮膚を裂いた。
あの人が欲しい。
喉を潰した。
あの人が欲しい。
目玉を焼いた。
あの人が欲しい。
あの人が欲しい。
あの人が欲しい。
頭からあの人が離れてくれない。
熱いあの日の蝉の鳴き声とともに、あの人のことが頭から離れない。
あの人が欲しい。
ただ欲しい。
あの人が欲しい。
欲しくてたまらない。
手に入れるためにはどうしたらいいだろう。
あの人が欲しい。
手であの人の柔らかそうな髪を撫でたい。
あの人が欲しい。
会いに行こう。
会いに行かないと。
じゃないと頭が破裂しそうだ。
あの人が欲しい。
あの人が、
+ + + +
腹の中が空っぽなんだ。
消えそうな声で自分に言った。
頭の中だけで響く声にならない訴えは、自分の『うん、知っているよ』なんて返答で改善されることは無かった。
頭の中が空っぽなんだ。
唇を開いて言った。
開いただけだった。微かに動かしただけだった。
水分がなくなってかさついて、ひび割れた唇はほのかに鉄分の味がする。
そんな味すらどうでもいいくらい、頭が正常に働かない。
目玉の中が空っぽなんだ。
小さく開いた唇の間から、ひゅっという変な空気の残骸が零れ落ちた。
瞬きをしているのかどうかわからない。
誰もいないこの部屋の中には音がない。
この部屋に一人きりの自分が何も言わないから。何もしないから。
ふいに、何もないはずの目玉の中から涙が滴り落ちる。
寝そべっている自分の頬を伝って、髪の中に紛れていく。
一粒だった。哀しいくらいに一粒だった。
その涙は一粒っきりで空気になっていくんだろう。
後を追う涙は無い。
その涙をふくことすらどうでもいい。
何もない。
何も残っていない。自分には何もない。
ベッドのわきにある写真立てには、楽しそうに笑っている人が写っている。
なんで。なんで、なんで。
なんであの人は。
なんで。どうして。
誰に聞けば、誰に訴えれば、この答えを返してくれるだろう。
わからないよ。
それすらも声に出ないほど、すべてが乾いている。
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