複雑・ファジー小説

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ついそう【完結】
日時: 2013/01/30 16:51
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
参照: https://



+目次+
8月25日>>1
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CAST>>68
あとがき>>69

Re: ついそう ( No.40 )
日時: 2012/12/31 11:58
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)



+37+


秋を探してさまよっていたら、意外にも近くに居た。
神社。今は全然人が訪れなくなった神社。夏の花火大会の穴場スポットだ。知る人ぞ知る、花火がきれいに見える場所。あたしもそれを最近聞いて、来年の花火大会ではここで見てみようとか思っていた場所だ。
そこで、秋と一人の女が二人で仲良さそうにしていた。
あたしは心臓が冷えるような思いで、大声を上げてしまった。今思えば、これもあたしらしくない。あたしだったなら冷静に近づくことができたはずなのに。だけど仕方がなかった。
あたしは携帯を取り出して開いた。写真のフォルダーを開いて、先ほど撮影した新聞の記事を見る。
二人はどんどんと見えなくなっていく。
あたしは追いかけるのをあきらめた。また見つければいい。
早く秋に教えてあげないといけない。
あたしが何でこんなに必死になって居るのかはあたしの身も危ないからだ。秋に何かがあったなら、あたしが今までやって来たことまで世に知れてしまう。
そうしたらあたしが今まで築いてきたこの地位がすべて水の泡になってしまう。
だから秋を救わないといけないといけない。秋をどうしても救わないと。できるなら、記憶を取り戻す前に。
秋が自分が何者なのかを知る前に、秋をあたしの手で始末しないと。
そのすべてがあたしの手の中にある。
秋の記憶。そして、あたしの読みが間違っていなければ、あの女が企んで居ることは。
大変なことになった。
秋がなぜ記憶を失ったのか、それは分からない。だけど少しだけ予想は出来る。だけど、まだわからない事はある。
何を秋はやったんだ。
あと一人。あと一人、カギが足りない。真実への道がまだ足りない。あたしは必死にならないといけないんだ。自分のためにも。
秋を助けたいわけじゃ無い。頑張らないといけない。

あたしは汗をぬぐった。暑くないはずなのに。
もう少しで日が暮れる。そろそろ家に帰らないといけない。
大変なことになった。これから忙しくなるだろう。

「六か月前の事件……」

あたしはぼんやりと口に出した。

すべてはあたしが巻き起こしたことなんだ。
すべてはあたしが始めた。
あたしで終わらせないと。

秋の死で。

Re: ついそう ( No.41 )
日時: 2013/01/02 11:17
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)



+38+


「っは、は、あ……、あっ、秋っ」

無理矢理に手を引いて走っていたけど、ようやく三春の息が荒いことに気づいて足を止める。手をつないだまま後ろを振り返ると三春は膝に片手をおいて息を整えようとしていた。
僕は自分の汗も気にしないで三春の手を引いてゆっくりと歩みだした。引っ張られるように三春も歩き出す。

息を整えるためにはゆっくりでもいいから歩いた方がいいと知っていた。
それだけじゃなくて、聖さんの姿が見えなくなった今でも聖さんの足音が聞こえるような気がしたからだ。
逃げだしたい。人の足音が怖い。ずっと耳の奥で自分を呼ぶ声が聞こえるような気がする。
それに耳を貸したくない。
保身に走っている僕が居るような気がする。僕の知らない僕は何を考えているのか何を望んでいるのだろう。
僕はそれを知りたくない。知っているかもしれない。もうすでに、行っているのかもしれない。
僕の知らない僕の望んでいる最低の事を。
僕の知らない僕だって、僕だから。だからきっと、いいことは思って居ない。
どうやったら自分が傷つかないで済むか。そればかり考えて何も周りの事を考えない。
そんな気がする。きっとそうに違いない。
僕は褒められた人間じゃない。そう思ってしまう。
そう考えさせる聖さんがやっぱり大嫌いだ。

「三春、ごめんね。本当にごめん」

ようやく謝罪の言葉が出た。
なんで謝っているんだろう。僕は何も悪くないって言うのに。
全部全部、聖さんが悪いんだ。聖さんが僕のことをだまして、僕を消そうとするから。
僕は何も悪くない。もしかしたらって三春は言ったけれど、そんなはずはない。
僕は何も悪いことをしていない。

本当に、そうか?
僕はなんで記憶がないんだ?
消したいことがあったのか?
何かから逃げたかったのか?
僕は一体何をしていたんだ?

僕は何もわかっていない。
僕のことも、三春のことも。
何もわかっていない。

「う、うん、ううん。大丈夫。ねぇ、秋」

「何?」

やっと息が整い始めた。
僕は三春の手を握りしめる。

もう逃げたくない。僕は記憶を取り戻すんだ。そう決めた。
三春を信じて、僕はすべてを取り戻す。そうしたら、なんで聖さんが僕を狙うのかっていうこともわかるだろうから。
そうしたら。
全部終わったら、三春と幸せになるんだ。
そのことを頭に浮かべよう。そのことだけを考えよう。
僕は幸せになるんだ。絶対、なるんだ。
訳の分からないことばかりを突き付けられる今の状況から、僕は逃げだすんだ。
いや、逃げないんだ。
すべて丸く収めないといけない。

「さっきの人は誰?」

「……浦河聖さん。僕の、知り合いらしいよ」

僕の手で。

Re: ついそう ( No.42 )
日時: 2013/01/03 14:02
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)



+39+


「浦河聖?」

三春は眉間に皺をよせて難しそうな顔をした。唇に指を添えて考える素振りを見せる。
その行動が気になって、僕は三春の顔を覗き込んだ。三春は相変わらず難しそうな顔をしたまま視線を彷徨わせていた。
三春のことが心配になって、声を掛けようとした時三春が急に顔を上げた。

「……三春?」

「あ、ごめんね」

三春はそういうとふんわりといつも通り笑ってくれた。まるで何事も無かったかのように。
そして、服の前を摘まんでパタパタと仰ぐ。無理矢理走らせてしまったことを後悔しながら、僕たちの部屋に向かうことにした。
あそこが一番安全で、一番安心できるから。僕たちの居場所だ。
三春にはたくさん居場所があるんだろうけれど、僕には何もない。僕には三春しかない。
だから三春の足を引っ張っているって気づいて居ても、あの部屋に帰りたかった。

結局僕たちの買い物は満足にはできなかった。でもまた二人でゆっくり行けばいい。
新しい機会が増えてうれしい。
こうやってのんびりしていると僕が記憶喪失だってことは忘れてしまいそうになる。そんな安心を与えてくれているのは三春だ。
三春を信じることにしてから僕の心は軽い。信じちゃえば悩む必要なんてなかった。すべてを受け入れるのが一番楽なんだ。
こうやってのんびりしていたい。このままの生活を続けても三春が困るだけだってわかっていても、この生活が楽なんだ。
僕は僕を取り戻さないといけない。この決意が揺らいでしまいそうになるほど、この環境が温かい。心臓の奥まで三春の優しさがしみ込んでくるようだ。
そのまま三春にすべてを任せたらもっと楽になるんだろうな。
違う。
僕は楽なのを望んでいるんじゃ無い。僕と、三春の幸せを探すのが僕の役目なんだ。
そのために、自分から動いて僕の記憶を探さないと。
僕はどこに記憶を忘れてきたんだろうか。

「三春は聖さんのこと知っているの?」

三春は首を振った。
三春は僕を見上げて、いたずらっぽく笑う。
そんな表情を見せてくれる三春はやっぱり優しいと思う。
三春が居なかったら僕はどうなっていたんだろう。きっと僕も何もかもを信じられなくなってしまっていただろう。
僕を助けてくれている三春。
離れたくないな。

「もしかして、秋の浮気相手だったのかもね?」

「そんなわけない! 僕は三春のこと大好きだったよ! 僕は三春だけ見てた! 他の人なんか見てない!」

僕は三春の手が折れてしまうんじゃ無いかと思う暗い三春の手を握りしめた。僕が叫んだのを聞いて周りの人が僕たちを不思議そうに見ていた。
でも一番驚いていたのは三春だった。
今度は切なそうに笑うものだからまるで僕のことを信じていていないみたいだ。

「そう。ありがとう。記憶がないのにそうやって断言してくれるんだね」

「絶対、絶対いつか、ちゃんと記憶を取り戻した状態で言うから! 絶対!」

「……うん。よろしくね」

Re: ついそう ( No.43 )
日時: 2013/01/04 16:14
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)



+40+


それは、この世のものとは思えないような声だった。
すべてを引き裂いてしまうかのように高く、そしてすべてを破壊してしまうかのような低い声がまじりあった、音とも取れる声。
それが誰のものなのかは分からなかった。
だから僕は目を開いて体を起こした後に、しばらく耳をふさいでいた。
まただった。
音が怖い。声なのか音なのかわからない。まるで耳から脳みそまで入ってきて、骨を伝わって細胞を溶かすかのような、重くて恐ろしい声。
声なのか、どうか。

僕はしばらくしてからその音か声なのか分からないものの正体を確かめようと、震える脚を動かして歩き出した。
太陽が昇り始めているが、部屋はカーテンが締まっているせいで薄暗い。
だがだいぶ前に始まったその音によって僕は起きていたので、そんな闇はどうってことなかった。
一応カーテンを開いて部屋を照らす。呑気な鳥のこえや、車の音。
普通の朝のはずなのに、この部屋に響き渡っている声の勢でまったく平和じゃない。
僕は唾を飲み込んだ。
この音の正体を確認することが恐ろしい。いったい何がこんな音を出しているのか。

僕はいたって普通に眠りについた。隣の三春髪を撫でながら、安らかに眠ったはずだ。そして、二人で朝一番にお風呂に入ろうって約束をした。
僕たちの一日はガタガタだ。大体は寝ていることが多い。
二人で眠って居るのが安らかだった。
それに急ぐ必要なんかなって三春は言ってくれた。
昨日は神社を見ている途中に聖さんに妨害されたから、また日付が変わったら改めていこうって、そう約束したんだ。

「三春……?」

枯れそうな声で僕の隣に居るはずの彼女の名前を呼ぶ。
あのまま眠っていればよかった。
昨日僕たちは確かに距離を縮めた。
本当だ。あんなに優しい三春を置いて、僕は聖さんと浮気なんかする筈もない。
聖さんは、僕のなんだったんだろうか。聖さんの目的はいったいなんなんだろうか。
僕を消そうとしている。ただそれしか分からない。

僕はお風呂へと続く扉を開いた。
すると、浴槽に顔を突っ込んで、シャワーを頭から浴びながらひたすら吐いている三春の姿が飛び込んできた。
三春の口から汚物と、そして恐ろしい声なのか音なのかわからない音が立て続けに飛び出してきた。
三春は僕が来たのに全く気付いて居ないみたいだ。
僕は急いで三春をパジャマごと濡らすシャワーのノズルを閉じて、そして窓を開けて電気を付ける。
肌にまとわりつくような熱気と、鼻を突く酷い異臭がこの部屋の中を蹂躙している。
僕はぬれきった三春の体を抱き寄せる。
三春の瞳が揺れながら僕をとらえて、水を浴び続けて冷え切った指先が僕の腕に触れる。
三春の口からはもう唾液のような胃液のような、そんな身の無いドロドロとした物しか出てきていない。
三春は一体どれくらい吐き続けたんだろうか。三春の吐いたものが浴槽の底に溜まっていた。
シャワーがなくなったせいで、行き場をなくしている。

僕は三春の頭を撫でた。
何も言えなかった。
三春の叫び声がやんだのにも気づかないほど、僕は強く三春を抱きしめていた。

Re: ついそう ( No.44 )
日時: 2013/01/05 14:22
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)



+41+


取り敢えず僕は洋服を脱いで水に濡れている三春の体にそっと被せてあげた。
絶対に寒い。もう夏は終わったんだ。これからはもう秋になる。気温は低い。朝だし。

僕は台所に行ってコップで水を汲んできてあげた。
三春にそっと差し出すと、口に含んでうがいをしてから浴槽に吐き捨てた。三春はもう一度口を洗ってから僕を虚ろな目で見上げた。
僕はそんな三春に小さく大丈夫だと声を掛けた。この言葉を疑問形にしなかったのは、大丈夫なんかじゃないってことはもう見ればわかる事だったからだ。
大丈夫なはずがない。こんなに、胃の中が空っぽになるほど吐くような事があったんだ。

三春の吐瀉物をシャワーの水を当てて流していく。詰まってしまいそうなので、新聞紙ですくい上げることもした。
汚いなんて思わない。
僕を助けて、僕を愛して、僕を信じてくれる三春の吐いたもの。ぜんぜん汚いなんて思わない。
僕は三春の服に手を掛けた。悪いとは思うけれど、このままじゃあ風邪を退いてしまう。
水でぬれたパジャマを脱がせて、バスタオルを体に掛ける。洋服は洗面台に置く。吐いたものが少しかかっているからだ。
三春をベッドに誘導して、お風呂を洗った。そして栓をしてお湯を貼り始める。
ベッドの方に戻ると、三春がベッドの上で丸くなっていた。三春は膝に顔を埋めていて表情は見えない。
そんな三春に僕は温かいお茶を入れてあげた。そしてそっと隣に腰掛ける。

三春の服は後で手洗いをしよう。
僕はそう思いながらベッドの布団を引き寄せて、小さくなっている三春の体にかぶせる。これで温かいだろう。
そこで僕は三春に服を貸している事を思い出してくしゃみをしてしまった。上半身裸なのはいただけないので、パーカーを着た。
三春は寒くないだろうか。
三春の消えそうな呼吸だけが聞こえてくる。そして、お湯を貼っているお風呂の音。
それだけがこの空間を支配している。
僕は三春を抱き寄せた。
これ以上何かを言う気にはなれなかった。
ただいまは沈黙が心地いい。三春もそう思っていたらうれしい。そう思って黙っていた。
三春が何であんな事になってしまったのか、すごく気になる。どこか体の調子が悪いんだろうか。そんな素振り、昨日は見せなかったのに。
昨日はあれだけ近づけたと思ったのに、また距離を置かれたような気がする。
そんなことは許さないけど。
僕は三春のことを心配したい。三春の側に居てあげたい。
僕の側に三春が居てくれたように。


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