複雑・ファジー小説
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- ついそう【完結】
- 日時: 2013/01/30 16:51
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
- 参照: https://
+目次+
8月25日>>1
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CAST>>68
あとがき>>69
- Re: ついそう ( No.35 )
- 日時: 2012/12/08 11:05
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
- 参照: http://id24.fm-p.jp/456/yayuua/
+32+
押さえつけられた体を精一杯動かす。口の自由を奪うタオルの奥から、声にならない声を絞り出す。
逃げられない。
手首のロープが皮膚を擦っていたい。そんなことは気にしては居られない。
僕に近寄ってくる人間が、怒りに目をぎらつかせているのが分かる。そいつの顔を、僕は知らない。
誰なんだコイツは。なんで僕はこんな目にあっているんだ。
僕の口のタオルを外し、そいつはにやりと笑う。
線維がこびりついた口内を舌で拭いながら、そいつに唾を吐く。こんな挑戦的な態度をとってはいけないことは知っているんだけど。
けど。
僕は帰りたい。帰らなくちゃいけないのに。それなのに。
「お前、誰なんだよっ!!」
そいつは答えない。ただ僕を冷たい視線で見るだけだ。
こんな生活を、あとどれくらい続けなければならないんだ。
荻野目。荻野目。
ごめん。
無事に帰れるかどうか、分からない。
+ + + +
「三春、行きたい場所があるんだ」
三春の手をぎゅっと握りながら、歩く。
ゆったりと歩行をつづける僕たちの姿はきっと、恋人にでも見えているんだろう。そうなんだ。僕たちは、婚約を誓った仲なんだ。
そうだったんだけど。
早く記憶を取り戻したいと思う。このままじゃあ、ずっと三春に迷惑をかけてしまうから。
聖さんが、怖かった。浮かんだのは、優しくしてくれる三春の笑顔。
だから僕はもう三春を疑いたくない。僕はもうあんな怖い目にあいたくないのだ。
三春は僕を見上げて、切なそうに笑う。
「どこ?」
「僕が見つかった場所」
三春の足が止まる。信じられないとでも言う目で、僕を見る。
そんな視線ももう疑わない。三春はきっと僕を正しい方向に導いてくれる。そう信じている。そう思い込んでいる。
三春の指先に力が入るのを感じ取る。
三春がそんな反応をするのを、僕はできるだけ優しい目で見届けている。
この目が、三春にとってどんな効果をもたらしているのか全く分からないけど。
「……いいの?」
「良いよ。だって僕、早く記憶を取り戻したいよ。それで、三春にもう一度結婚を申し込みたいと思う」
言っていて、死にそうなくらい恥ずかしかった。
顔に熱がこもる。
それを誤魔化すように、三春の手を握る指に力を込める。二人で力比べをしているみたいで、なんだか笑ってしまいそうになった。
「良いよ。じゃあ、行こうか」
のんびりと、二人で道を歩く。
すごく幸せな気分だった。この間までは他人みたいに思っていたのに。今は三春がそばにいないと落ち着かないくらいだ。
だって僕は、三春が居ないと何もできないのだから。
- Re: ついそう ( No.36 )
- 日時: 2012/12/19 21:51
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
+33+
歩き出した。二人っきりで。僕はそっと三春とつないだ手を振った。ゆるく、だんだん大きく。
そうして居ると、なんだか幸せな気分になる事ができた。
なんでだろうか。僕は空っぽのはずなのに、三春と居るとどうしようもなく幸せな気分になれる。
それが何でなのかは分からない。
僕の胸くらいの三春。小さな三春。冷たい手とか。一緒に並んで歩くと出る二人分の足音とか。
一緒に探しに行く。僕の記憶を。
「三春、前にこうして歩いたことある?」
何となく、聞いてみた。本当に、なんとなく。
僕に記憶はない。
僕がどこかに忘れてきた記憶の中に、三春とこうやって歩いた記憶があるはずだ。
三春と一緒に居た記憶がどこかにあるはず。
僕と三春は前、どんな仲だったのだろうか。たまに喧嘩とかしたのかな。そうして、仲直りとかしたんだろうか。
僕が髪を金髪にした理由ってなんだろうか。いろんな疑問がある。
それを解決しに行く。それを手伝ってくれるのは三春だけだ。聖さんは、僕を傷つけようとした。だからもうあの人は嫌いだ。大嫌いだ。もう信じない。
「……あるよ」
三春は僕を見上げて笑う。
そんな三春を守りたいと思う。僕を守ってくれる三春を守ってみたいと思う。僕に残っているのは三春だけだ。三春しかいない。
だから、この小さな手を僕は守っていきたいんだ。
+ + + +
「本当に、いいのよね?」
あたしはもう何度もこのセリフを吐いてきた。
そしてこれが最後になるだろう。あたしが繰り返すその言葉に、彼はもう何度も頷いていた。その瞳がやけに冷めているものだから、逆にあたしは不気味さを感じていた。
コイツは、本当に大丈夫なんだろうか。もし失敗でもしたら、あたしにも火の粉が飛ぶかもしれない。それだけは止めて欲しい。
あたしの手の中の物に、彼は手を伸ばしてくる。
あたしはそれを彼にそっと握らせた。彼はそれを瞳に近づけて、観察をする。
彼のそんな行動は、少しだけ狂気じみていた。彼を見ながら、あたしは小さく汗をぬぐった。
彼を捕えているのは狂気だ。
彼今、何かに夢中になっている。それも、もう二度と戻れないくらいの深みまで。
あたしを見ることなく、彼はそれを持ったままその場を離れていく。
その背中にかける言葉をあたしは懸命に探したがとうとう見つからなかった。
彼に耳は無い。あたしのような人間の言葉が届くほどの耳は持って居ない。
彼は、一体あれを何に使うつもりだろうか。それを詮索するのは良くない。そんなことは分かっている。
まあ、返しに来た時にでも聞いてみよう。
何に使ったの?
何発、使ったの?
とでも。
- Re: ついそう ( No.37 )
- 日時: 2012/12/24 17:21
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
+34+
頑張って来たのに。
そう思ったって全部無駄だ。全部無駄だったんだ。
無駄なんかじゃなかったとか。あなたの思いは伝わっていたよとか。そんな言葉要らない。全部要らない。そんなものは欲しくない。そんな物を望んでなんかない。
欲しい物がある。取り戻したいものがある。
流れる涙は止まらない。
目からは流れていないけど、心が泣いている。あの日からずっと泣いている。それから目を背けたことは無い。涙を掬ったこともない。ただ耐えた。耐えてきた。
だから負けるわけにはいかなかった。
こんなところで。
+ + + +
「ここが、秋が見つかった場所だよ」
三春はそういって、目の前にあった小さな神社を指さした。大きな木が生えている、古びた地味な神社。
僕は石の鳥居を見上げてみる。
でも、思い出せない。ここがどこなのか理解できない。
ピンと来ていない様子の僕の手を引いて、三春が神社の中に入っていく。
僕はあたりをきょろきょろと見ながら土を踏んだ。
石でできた道を進んでいく。小さくて綺麗とは言えない社の裏に進んでいく三春。
今は三春に全部任せる。
ここに僕が居たのか。ここで僕は一体何をしていたんだろうか。
社の裏は砂利が敷かれていた。高い木は植えられていなくて、空がよく見える。
「秋はここに倒れていたんだよ」
ある一点の場所で三春はしゃがみ込んだ。
何の変哲もないただの場所でしかないそこは、三春にとっては大切な場所なんだろう。
三春は僕のことが好きだから、僕が見つかって嬉しかっただろうな。
僕は思い出せないでいる。見覚えは無い。
小さな風が吹いて、三春の短い髪を揺らす。きっと僕の金髪も揺れている。
僕も三春の横にしゃがんだ。
三春の顔を覗き込もうとすると、その前に僕の方を向いてくれた。
「警察が、僕を見つけたの?」
三春は僕を見つめる。そして、首を横に振った。
静かだ。すごく静かだ。三春さんと対峙しているときみたいだ。
僕の背筋が何でか震えた。ぞくりと。
何かを感じ取ったのかもしれない。
何をだ?
違う。何も感じ取ってなんかない。僕は三春を信じる。そう決めたじゃないか。何を不安になっているんだろうか。僕は三春を信じる。そうだろ。
頭に何度か言い聞かせた頃、三春が唇を動かした。
「私が、見つけたの」
「……三春が? 勝手に?」
「そうだよ?」
あたかも当然のように頷く三春。
三春に違和感を感じる。
そんなこと、普通するんだろうか。
行方不明の人間を勝手に家に連れて帰るなんて。警察とか、僕の家族とか、そういうのに連絡もしないで?
おかしいんじゃ無いだろうか。
待てよ。僕は、三春を信じるんじゃなかったのか。三春を疑ってしまったら、僕は何も信じられなくなってしまうだろ。
だって僕自身も僕の味方ではないのだから。
- Re: ついそう ( No.38 )
- 日時: 2012/12/28 15:12
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
+35+
「いやぁ、あれからもう六か月ですよ」
それまで黙ってグラスを拭いていた店員がまたうるさい口を開いた。
あたしはグラスを乱暴に置いて頬杖をつく。
なんでかイライラするので浴びるように酒を飲んでいる。しかし、母親と同じように酒に強い子の体ではうまく酔うことなんかできない。
ただ熱い液体外の中をぐるぐるとまわっているだけだ。ただそれだけ。気持ちよくなんか全然ない。
あたしが不機嫌そうにしているのにも店員は気に掛けない。
「六か月?」
店員は拭いていたグラスを置いて、いったんあたしおからのグラスの酒を注ぎなおす。
あたしをそれを喉に流し込んで店員の行動を眺める。店員は新聞をカウンターの下から取り出した。
六か月前の新聞。あたしはそれを受け取った後、それに書いてある文字を流し呼んだ。
赤い線で囲われて居る記事は、確かにこの地域で起こった事件だ。
あまり人が多くない、都会とは言えないこんな場所で起こった事件。あたしだってこれくらいは知って居る。
あたしが眉を顰めると、店員は身を乗り出してきた。あたしをじっと見つめてくる。
あたしはさらに訳が分からなくなってしまう。
コイツは何が言いたいんだ。
確かにこの事件が起こった後、みんなは怯えてしまった。でも、六か月も経てばみんな忘れている。
そんな事件に何を感じているのだろう。店員は訳が分からない。
コイツはそういう男だ。何を秘めているのか全く分からない。
名前のプレートには清田という文字。コイツの下の名前を、あたしは知らない。
「秋くん、でしたよね?」
先ほどの少年の名前を口に出す。それを聞いて、あたしの背筋が冷えた。
あたしが彼の名前を知っている理由は、彼と一緒に居た少女が彼のことをそう呼んでいたからだ。それを彼はあたしが自分の知り合いだと思い込んでくれたおかげでここまで連れてくることができた。肝心なことはできなかったけれど。
あたしは新聞を一度見て、また店員の瞳を見る。
「名前が一緒ですよね? 彼と」
あえて倒置法を使って店員は言った。
あたしは髪の毛を掻き上げた。動揺しているのかもしれない。
そんな訳がない。
あたしは新聞の文字を追った。
彼と、一緒だ。秋。じゃあ、苗字は。くそ。苗字までしっかり聞いておけば。
しかし、彼と一緒だなんて。
有り得ない。有り得ない。
あたしの動揺を見ていた店員がさらに追い打ちをかける。
「そんで、その事件の凶器って」
耳をふさぎたかった。
しかし、事実だ。
もしかしたらあの少年は、想像以上のことを背負っているのかもしれない。
- Re: ついそう ( No.39 )
- 日時: 2012/12/30 11:45
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
+36+
三春を信じる。
僕の決意は変わらない。絶対。変えてはいけない。
そうは分かっているものの、三春が分からない。三春は、本当に僕を信じてくれて居るんだろうか。僕は三春を信じている。前までは信じることができなかったけど、今はもう信じるって決めたから。だからもう信じることができる。
でも三春が僕を信じたところで、利点があるんだろうか。三春は僕にまた結婚を申し込んでほしいのか。それなら、僕のことがまだ好きならば僕が記憶を取り戻すことは三春の喜びなんだろうけど。
僕は頭を抱えたくなった。
僕が居たという場所を愛おしそうに見つめる三春。なんでそんな目でこの場所を見るんだろうか。
僕は三春の顔をつかんで無理やり僕の方を向かせた。
びっくりしたような顔を作るけど、三春はすぐに柔らかな笑顔を向けてくれる。
ずっと思って居たけれど、三春はすぐに僕を見て笑ってくれる。
僕を安心させるためだろうか。それとももっと重要なことがあるんじゃ無いだろうか。
それは、どんなことなんだろう。三春今、何を考えているんだろう。
僕には到底理解できない寂しさを三春は抱えているんだと思う。そう思うと、早く記憶を取り戻したいと思う。
三春は今一人ぼっちだから。そして僕も一人ぼっちだ。
この世界を僕は知らない。
この世界は僕を知らない。
三春の顔をじっと見る。
恥ずかしいけど、確認したいことがあったから。これだけは聞いておきたかった。
「三春は、僕のこと好きだよね?」
押し付けるような言葉になってしまった事を反省する。
三春はまたびっくりしたみたいだ。三春をつかんでいた手を放す。少し乱れてしまった髪に指を通す。
三春の短い髪。柔らかい髪。この髪の間食だって、僕は覚えていないのだ。
僕は何をやっているんだろうか。僕だけの世界が止まっている。僕は本当はここに居ないはずの人間だ。
記憶を失った、坂本秋。
そんな坂本秋をだれも必要としていない。
三春が今度は僕の顔を両手で包んできた。
そしてきっと、三春は肯定の言葉を言ってくれようとしたんだと思う。そのはずだ。
だってこんな柔らかい表情を僕に見せてくれる三春が、僕のことを嫌いなはずがないのだから。
それなのに、三春の言葉はかき消される。この場所から見える道路から飛び出してきた声によって。
「何やってるの!?」
聞いたことのある声だった。僕は三春の手を振り払うようにそっちを向いた。
すると、神社を囲うフェンスを飛び越えてくる、息を荒らげた聖さんの姿を見つけた。
僕は思わず三春の手をつかんで走り出した。聖さんの姿を振り返らずに、三春を連れてその場を逃げ出した。
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