複雑・ファジー小説

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ついそう【完結】
日時: 2013/01/30 16:51
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
参照: https://



+目次+
8月25日>>1
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CAST>>68
あとがき>>69

Re: ついそう ( No.55 )
日時: 2013/01/18 17:46
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)



+52+


思考回路がさび付いたように重い。だが僕はそれを無理やりに動かした。
考えろ。聖さんが僕に何と言ったのか、しっかりと理解をしろ。
僕が、記憶を失ったから?だから聖さんは僕を殺そうとしているのか。

僕は眉間のしわを緩やかに伸ばす。怖い顔をしたって仕方がない。
聖さんは僕を殺そうとしている。それは間違い無い。欲望丸出しの人間なら恐くないじゃ無いか。
怖いのは、怖い人間は、自分の欲望を殺して善人面している人じゃないか。

僕の穏やかな表情に聖さんは唇を噛んだ。
なんでこんなに苦しそうにするのだろうか。僕にはわからない。
でもわからないから、僕は知りたいと思うんだ。だからここで黙ってはいけない。
絶対に黙ってはいけない。

「僕のことを、聖さんは知っているんだよね?」

「……少しだけならな。そして君が何をしたのかも、あたしは知っている。というか、大体見当はつくさ」

聖さんはいつかと同じような返答をしてくれた。
僕は肺の中の熱をゆっくりと心臓に戻していく。心臓は落ち着いている。頭は冷え切っている。
大丈夫。聖さんは、とりあえず今は僕を殺さないだろう。
明らかに劣勢の僕に対して、聖さんは苦しそうな顔をして変えない。
なんでだろうか。
僕は聖さんを苦しめているようだ。
なんでだろうか。
僕には疑問ばかりだけど。でも、解決するんだって。三春のために頑張るんだって。
僕は死ぬわけにはいかない。

「僕が記憶を失った理由、聖さんはどう考えているの?」

「それを君に教えることはできない。あたしの身にかかわってくるんだよ、君が記憶を取り戻すということは」

「……教えてくれないんだね」

僕は目を細めた。
どうやったって、聖さんは僕に自分の考えを話してくれない。

聖さんは僕に記憶を取り戻されると困るらしい。
三春は僕に記憶を早く取り戻して欲しいのに。

「——————あ?」

いつ。いつ。いつだよ。
いつ、三春が僕に早く記憶を取り戻して欲しいなんて言ったんだ。
いつだよ。
全部全部、僕が勝手に想像しただけじゃ無いのか?
勝手に想像しただけなんじゃ無いのか?
ねぇ、三春。
三春は、どう思っているの?僕に早く記憶を取り戻して欲しい?
それとも聖さんのように、僕に記憶が戻ったら困ることでもある?
ねぇ、どっち?

僕の上で聖さんが目を見開いた。僕の目の焦点がずれてきたからだろう。
僕はその隙をついて、足で聖さんの腰を絞めつけた。
聖さんが抵抗しても気にしないで、そのまま横に振り転がる。
ほこりだらけの和室を二人で転がって、襖にぶちあたった。
ほこりが舞っている部屋の中で、聖さんが僕の胸を押してくる。
僕は今度は聖さんに馬乗りになってやった。
僕の前で聖さんは悔しそうにしている。

ほこりが差し込んだ光を反射して綺麗に光っていた。
まるで、宝石のように。

Re: ついそう ( No.56 )
日時: 2013/01/19 16:00
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
参照: http://実は終盤(?)



+53+


「っ、やめ、ろ!!」

僕の下でじたばたしている聖さんの手首に爪をくいこませる。内出血をおこさせるつもりでぐいぐいと。
聖さんは痛みに耐えかねて銃を奪い取った。その行動に聖さんは目を丸くして、そして苦しそうにする。
僕は聖さんが背中を蹴り上げてくる。とがった靴の先が突き刺さっていたいが、別に恐れる程度のことじゃない。
僕は銃を聖さんの額に銃口を押し付けた。ごりっとした音がして僕の指が引き金に添えられる。

僕の息が荒い。耳の奥で何かが燻っている。
僕の頭の中で何かが浮かんで来る。
いやだ。いやだ。浮かんで来ないでくれ。
口が開きっぱなしになっている。唾液が聖さんの首筋に落ちた。
聖さんの顔が上手く見えない。
指が震える。歯ががちがち音を奏でている。
何も消えない。何も聞こえない。耳が機能を停止している。
僕の首筋に聖さんの両手が添えられる。容赦なく締め付けられる。
僕は聖さんに顔を近づけた。
よく見えない。よく聞こえない。よく考えられない。
さっき爪で傷つけた手首が青紫色に変色している。
息が出来ない。
僕は銃を振りかざしグリップで聖さんの頭を殴りつけた。
聖さんの両手の力が少しだけ抜けた。聖さんの右手を左手でつかむ。
もう一度殴りつける。
黒いグリップに、赤黒い血が付着していく。
よく聞こえない。よく見えない。
だけど何度も殴った。
聖さんは僕を殺すつもりだ。

なら、しょうがないじゃないか。

「はーっ、はーっ、はーっ」

聖さんから離れた。
聖さんの黒髪が乱れて顔が見えない。
汗がひどい。僕は手に握っている銃を目の前まで持ってきた。グリップから血がしたたり落ちる。
僕はそれを離すことができなかった。グリップが手に張り付いてはずれない。手にフィットして離れてくれない。まるで細胞が銃に溶け込んだようだ。
汗が酷い。聖さんの赤い口紅の唇が小さく動く。僕は飛びのいた。
聖さんの頭から出てくる赤い物が、畳にしみ込んでいくのが見える。よどんだような、蒸し暑い異臭が部屋の中で渦巻いている。もう今は寒いくらいなのに。
胃の中から込上げてくるものを遠慮なく畳の上にぶちまける。食べたものが少なかったのか、ほとんど透明な物が畳に飛び散った。

「……すぞ……」

聖さんの唇の中から空気と唾液と、声のようなものが出てきた。
聖さんのヒールにも僕の吐瀉物がかかってしまった。
聖さんの目は見えないのに、僕の方をじっと見ている気がする。
袖で口元をぬぐい、壁沿いに滑るように移動してドアノブを握る。靴を履いたまま部屋に入ってよかった。

「っ……あの……女は……、……君を……殺すぞ」

Re: ついそう ( No.57 )
日時: 2013/01/20 11:35
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)



+54+


嘘だ。嘘だ。
僕は走っていた。
たくさんの人が汗だくでお腹を押さえて走っている僕を変な目で見た。ときどき転びながらも、お腹の手を力を込めたままにしている。

聖さんの頭を最後に一度だけ蹴って、部屋を飛び出してきた。
あそこが坂本秋の部屋だとか。そんなことは全部全部どうでもいい。
僕はあそこから早く出たかった。また怖いことを経験して、また怖いことを言われた。
三春が、僕を殺す?まさか。嘘だ。絶対嘘だ。
三春は僕に記憶を早く取り戻して欲しいなんて言わなかった。でもきっと望んでいるはずだろ。
だって三春の恋人は僕なんだから。
いや待ってよ。
だから、僕は坂本秋なんじゃないのかもしれないじゃ無いか。
三春の恋人は坂本秋だけど、僕は坂本秋じゃないじゃないか。
待って待って。もっと変になってしまう。
三春に聞いてみればいいじゃないか。三春に直接。
本当に僕は坂本秋なのかどうか。それと、本当に三春の恋人は坂本秋なのかどうか。
三春を疑いたくは無い。
でもこれくらいは聞いても良いだろう。
だって僕のことなんだから。
僕には足りないことが多すぎるって。足りないものが多すぎて何もかもを信じることができていないのだから。

洋服の下に、聖さんを殴った銃を締まってある。
これを落としてしまったら駄目だから。
聖さんの血液がどんどん熱を失っていく。ただでさえ冷たい重心が氷のように冷たくなっている。
僕は汗をぬぐうこともしなかった。ただ三春のもとに早く帰りたかった。
僕が銃を持って部屋に入ったら、驚くかな。でも受け入れてくれるよね。
僕の味方でいてくれるよね。
僕は悪くないって、そういってくれるよね。
三春は、僕を殺さないよね。
大丈夫。
三春は僕を愛してくれているよね。
そう信じないと生きていけない。僕の味方は、どこに居るんだろう。
涙が出てきた。
どれだけ変な人に見えようが僕にはどうでもいい。
僕は変な人でいい。僕は早く帰りたいんだ。
そのために走っているんだ。

思い出したい。
僕は一体誰なんですか。僕は一体どこに帰ればいいんですか。三春は一体誰なんですか。

三春が居る部屋に向かって階段を駆け上った。飛び込むようにドアノブに手を掛けたが、あかなくて慌ててポケットの中から鍵を取り出して入れた。
片手で銃をしっかりと洋服の布の上から握っておく。
僕は縋る思いで部屋の中に転がりこんだ。

三春は、玄関で立っていた。
僕は部屋の鍵を閉めて三春の足にしがみつく。

「っ三春!! 三春っ! 怖かったっ、怖かったよ!!」

Re: ついそう ( No.58 )
日時: 2013/01/21 16:44
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)



+55+


三春の細い足に縋りつくようにしながら、僕は三春を見上げた。
三春は僕を冷たい顔で見下ろした居たけれど、すぐにしゃがんで僕の顔を撫でてくれた。そっと撫でてくれる三春の手は柔らかくて暖かい。
僕は三春の瞳をちゃんと見つめ続ける。三春の目は相変わらず何を考えているのか全く分からないものだった。
それでもこの瞳で見つめられると凄く安心する。僕を包んでくれる瞳。僕をバカにしないで見守ってくれる瞳。

「ぼっ僕! 聖さんに! 殺されそうになって!!」

ものすごい勢いで今までにあったことを話す。
三春にどれだけ伝わったかどうかは分からないけれど。それでも話とかないと落ち着かなかった。
僕がどれだけ大変だったのかどうかをちゃんと話しておきたかった。
三春と離れたことで、どれだけ僕が不安だったのか。
どれだけ悩んだのか。
でもそれが、三春への愛からの行動であることを。

三春を信じたいんだ。
僕は脳内で繰り返す。
三春を見上げる。ちゃんと聞いておこう。

「ねぇ、三春……」

三春は首を傾げた。
三春の短い髪。大きな目。薄い唇。
ねぇ、好きだよ。
今まで支えてくれた三春が大好きだ。
だって三春は僕の婚約者なんだから。
ねぇ、そうだよね。
聖さんはあんなことは言ったけれど。
そんなことない。

三春は。

三春は。

「三春は……僕を殺さないよね?」

思わず三春に抱き着いてしまった。

殺さないよね。
だって、三春は僕のことを好きだって言ったのだから。

冷たい音が響いた。
何か重たい物が、フローリングの上に落ちる音。
僕はそれが服の中から銃が滑り落ちてきた音だということを容易に想像できた。

三春の体が硬直した。
その直後、三春が僕の体を突き飛ばした。僕の背中が玄関のドアにぶつかる。僕は冷たい玄関の床に座ってしまった。
三春は僕が落した聖さんの銃を拾い上げていた。
震えている両手。
僕の肺の中から空気が一気に出てきた。そして吐きそうになる。

なんで答えてくれないの。
なんで、殺さないって言ってくれないの。
なんで好きだって言ってくれないの。

「……三春……? ね、ねぇ、三春。三春は、僕の、味方、でしょ……?」

僕の言葉から自信が抜けた。
自信たっぷりに聞いた。三春は僕の味方だから。
絶対に聖さんのように殺そうとなんかしないって。
そういってくれるのは当然だと思っていたのに。

「……これ、どこで」

三春が顔を上げる。
僕に見えるように銃を差し出す。グリップに聖さんの血液が付いたもの。
僕は震える唇を必死に動かした。

僕は、坂本秋。
ねぇ、名前を読んで。

「……聖さん、の、だよ……?」

Re: ついそう ( No.59 )
日時: 2013/01/23 17:54
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
参照: http://ねこぼーろさんの曲を聴きながら読んでほしいです(゜ω゜*)



+56+


自分が間違っているなんて思ったことは無かった。
自分の行動はそのまま、自分の欲望のままに。
自分の考えた事はそのまま、言葉に。
そうすれば自分の中で腐っていく感情は生まれない。それが蓄積して自分が腐ってしまう事もない。
だから自分の欲望通りにしてきた。これからだってそのままだってそう思っていたというのに。

思いながら震える手で襖を滑らせる。
暗い部屋の中に光が一筋生まれ、そしてなかに居る人間の表情を色濃く浮かび上がらせる。

愛しているよ。

そんなことを呟いて見せる唇からは鉄の味がするというのに、自分はこれを間違ってるとは思っていないのだ。

なぁ。


 + + + +


愛してるよ。

いつか君が呟いた言葉を自分の唇で言ってみた。
すごく汚い言葉だと思った。君が言ってくれた時はあれだけ綺麗な言葉だと思ったっていうのに。
自分で言ったらさ、すごい汚いって思ったんだ。
すごく汚くて聞いて居られないよ。
聴いた人の、言った人の心臓を締め付ける言葉だ。
すぐに目の前に海ができる。
落ちた雫からさえも、愛しているの声が聞こえるような気がする。自分の体を形作っている物が、汚らしい愛しているっていう言葉のような気がする。

指先が震えるよ。
帰ってきてほしい。
もう一度、そばで笑って欲しい。

愛してるよ。

ねぇ。


 + + + +


三春は目を丸くした。その銃を見つめて少しも動かなかった。
そりゃあ、帰ってきた恋人が銃を持っていたなら驚くのは当然だけど。でも、僕の質問に答えてくれたっていいじゃないか。
僕は怒りで震えそうになりながらも三春に近づこうとした。

その前に、三春がいきなり顔を上げた。
僕は動きを止めてしまう。
三春の顔がすごく青白い。

「なんで思い出せないの?」

三春から出た言葉が体を硬直させた。怖い。三春が僕を責めている。三春が僕に怒っている。
今まで僕の記憶のことを突っ込んでいることは無かったのに。 

「……え……」

「どうして思い出せないの? ここまで来て、なんで」

耳を塞ぎたいという衝動を感じるのは何度目になるだろうか。この行動を求める時の僕は必ず何かから逃げようとして居るのだと思う。
僕は、自分の記憶から逃げたいのだろうか。それとも僕を求める三春から逃げたいのだろうか。
なんなんだ。僕は一体いつまで悩んでいればいいんだよ。

僕は一体誰なんだよ。
三春。三春。
教えてくれよ。

「三春は……僕に記憶を取り戻して欲しい……?」

何も見えないんだよ。
光を差してくれよ。

さぁ。


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