複雑・ファジー小説

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断捨離中【短編集】
日時: 2024/02/21 10:09
名前: ヨモツカミ (ID: AZCgnTB7)

〈回答欄満た寿司排水溝〉すじ>>19
♯8 アルミ缶の上にある未完 >>8
♯12 夜這い星へ、 >>12

〈添付レートのような。〉らすじ>>23
♯14 枯れた向日葵を見ろ◆>>14
♯17 七夜月アグレッシブ◆>>17

〈虚ろに淘汰。〉すじ>>27
♯19 狂愛に問うた。 >>21
♯21 幸福に問うた。 >>24

〈曖昧に合間に隨に〉じ>>35
♯22 波間に隨に >>28
♯23 別アングルの人◆>>29

〈たゆたえばナンセンス〉あ>>41
♯27 知らないままで痛い◆>>36
♯28 藍に逝く >>37
♯29 Your埋葬、葬、いつもすぐ側にある。 >>38
♯30 言の葉は硝子越し >>39
♯31 リコリスの呼ぶ方へ >>40

〈拝啓、黒百合へ訴う〉ら>>51
♯32 報われたい >>42
♯33 真昼の月と最期の夏 >>43
♯34 泥のような人でした。 >>44
♯35 夜に落ちた >>47

♯37 銀と朱 >>49
♯38 海の泡になりたい◆>>50

〈ルナティックの硝子細工〉す>>56
♯39 愛で撃ち抜いて >>52

♯41 あたたかな食卓 >>54
♯42 さみしいヨルに >>55

〈ジャックは死んだのだ〉あ>>64
♯43 さすれば救世主 >>57
♯44 ハレとケ >>58
♯45 いとしのデリア >>59
♯46 大根は添えるだけ >>60
♯47 ねえ私のこと、 >>61

〈ロストワンと蛙の子〉じ>>70
♯48 愛のない口付けを >>65
♯49 ケーキの上で >>66
♯50 だって最後までチョコたっぷりだもん◆>>67-68
♯51 暗澹たるや鯨の骸 >>69

〈愛に逝けば追慕と成り〉あ>>79
♯52 鉄パイプの味がする >>71
♯53 リリーオブザヴァリー◇>>72
♯54 海に還す音になる◇>>75
♯55 そこにあなたが見えるのだ。◇>>76

〈朗らかに蟹味噌!〉あ>>87
♯56 お前となら生きられる◇>>82
♯57 朱夏、残響はまだここに◇>>83
♯58 夢オチです。◇>>84
♯59 あいしてるの答え >>85
♯60 さよならアルメリア >>86

〈寄る辺のジゼル〉あ>>90
♯61 熱とイルカの甘味 >>88
♯62 燃えて灰になる◇>>89

Re: たゆたえばナンセンス【短編集】 ( No.34 )
日時: 2019/04/04 23:50
名前: ヨモツカミ (ID: w9Ti0hrm)

わー、コメントありがとう。ちょいちょい好きだって言ってくれて、その言葉だけでも本当に嬉しかったけど、こうしてスレにコメントくださるとより嬉しいですね。

私の文章を好きでいてくれてありがとう。
未完の隙間は2年前に書いた作品だって思うと恐ろしいけれど、読み返してみると細部の表現が今より上手い気がしました。はなちゃんの言うように視覚とか触覚の表現とか、憂鬱な女子高生の見てる世界が繊細に書かれていて、やだ、私上手いじゃないの、と思いました(
彼女にはきっと死ぬ勇気なんて無かったから、きっと代わりに飛び込んだ女の子がいなくても、死ねずに帰宅していました。そしてまた何気ない日常に帰っていく。彼女には、その息苦しい日常の中に何か小さな変化を見つけて笑って生きてほしいですね。
小ネタですが彼女の名前、鍋柄未完(ナベツカミカン)と言います。だから“未完の隙間”というワードが浮かびましたb


あの事件は凄惨でしたね……(笑)でも確かにあれでもっとはなちゃんと仲良くなれたのは事実で、悪いことをしたなと思いつついい思い出です(
本当に信じると思わなくて、人を騙しちゃ駄目だなって当たり前のことを学んだ事件でした。
そのときは笑顔で食べるねb
私は炭酸好きだから、苦手だという人になぜ苦手なのか聞いたり、自分で味わって飲んで研究しました。痛いから嫌いとか、喉越しがいいとか、ホント人それぞれで描写してて楽しかった。
こんなに好き好き言ってくれて本当に嬉しいな。私も私の書く文が好きだから、私もうまく言えないけど嬉しい。ありがとう。


読者置いてけぼり系で、自己満足で書いていた淘汰。シリーズを好きって言われるのがもう嬉しい。誰かのそばにいたいだけの〈藍微塵〉と、本気の恋を受け止めてもらいたい〈狂い咲き〉。多分二人が正しい意味で幸せになることってないです。でも、二人でいられる時間を少しでも尊いものとして大切にしてほしいなって感じ。

こんなに嬉しいコメントもらって、私は物書きとしてとても恵まれているなと思いました。ちゃんと読んでくれて、私の文がはなちゃんの心に響いたのだから、それだけで十分。はなちゃんも仕事忙しそうなのに読んで、感想書いてくれてありがとうね。私はひたすらに嬉しかったです。これからも私の文ではなちゃんが何か感じてくれたら嬉しいなって思いました。それではお互いにこれからも頑張っていきましょう。

Re: たゆたえばナンセンス【短編集】 ( No.35 )
日時: 2019/04/04 23:53
名前: ヨモツカミ (ID: w9Ti0hrm)

〈曖昧に合間に隨に〉
一生を24時間に換算すると、今は午前7時頃だという。
近いんだか遠いんだか、このよくわからない君との距離感が丁度いいようで、
少し遠く感じるようで。
手を伸ばしたくとも、曖昧なままの今を維持したくもあって、
午前0時の君はまだ、僕のことなんか知らないままでいて。

♯22 波間に隨に >>28
百合っぽいので苦手な人は注意。人魚姫モチーフの話。海の描写がしたかったのと、どこか切ない話が書きたかった。

♯23 別アングルの人☆>>29
第9回喝采に添へて、より。“小説の主人公”ではなく、別の登場人物の視点から書いてみたSS。ちょっと会話のキャッチボールが無理矢理な感じしちゃってあまり気に入ってないけど、テーマは好きな作品。

♯24 狭間に隨に >>30
2分くらいで読める短さ。何も考えずに、時間の流れが遅いなあと思いつつ書いた作品なのでこれと言って面白みはない。読まなくていいと思う。

♯25 トゥイードルの道化師 >>31
一文の目の「頭痛が痛い」みたいな表現がウケる(直せよ)(面白いから直さない)鏡の国のアリスをモチーフにした長編を書こうとしてた頃があったけど書けないからSSを書いたもの。やや読者置いてけぼり系。雰囲気をお楽しみください。

♯26 ドールハウス☆>>32
第12回玉響と添へて、より。双子のお人形さんの話。美醜、というテーマで書きました。これも2分くらいで読める短さ。

Re: たゆたえばナンセンス【短編集】 ( No.36 )
日時: 2019/04/08 00:09
名前: ヨモツカミ (ID: w9Ti0hrm)
参照: https://twitter.com/yomotsu_kami/status/1064132688888553472?s=19

♯27 知らないままで痛い

 もしも、私に明日が来ないとしたら──と、ふとした瞬間に考えてしまうことが増えた。
 肩で息をしながら、肌を伝う赤色をぼんやりと見つめた。手の甲の傷口から溢れ出て、色濃く線を残し、やがて薄まって朱色を引きながら、重力に従って落ちてゆく。
 命の色に彩られた大地には、分厚い鋼に身を包んだ死骸が無数に横たわっている。それを避けることもせず、漆黒に身を包んだ人型は、少し歩きづらそうに踏みつけながら、私の側までやってきて、拍手を送った。

「いやあ、鮮やかな剣さばきだったよ。ばっさばっさと躊躇なく人を斬り付けて、薙ぎ倒してね。とどめを刺す瞬間のお前、ありゃあ悪魔と見間違うほどだったさ」
「悪魔はお前だろうが」

 人に近い形をしているだけのそいつは、若い男の姿をしているくせに、老人のようにしゃがれた声で笑った。
 悪魔の間で流行りのジョークだよ。と、楽しげに言うが、私にはあまり面白さが理解できない。彼ら悪魔と人間では、笑いのツボが少し違うらしい。
 切っ先を地面に突き刺し、片膝を着いたままの私の手を引いて立たせると、悪魔は僅かに首を傾げてみせた。

「震えているな。俺達悪魔には気温とかよくわからないが、寒いのかい」

 首を横に振ると、頬を伝っていた赤色がパタパタと地面に吸い込まれていった。

「怖いんだよ」

 悪魔は目を瞬かせた。心を理解できない悪魔は、いつも私の感情の動きに興味を示す。

「剣が首筋を掠めて、でも、ほんの僅かに、ほんの一瞬でも私の反応が遅れていたら……どうなっていたのだろう、と。考えてしまうんだ」
「ほう。痛いのは、怖いことなのかい?」
「そうだな。深い傷を負うと、死んでしまうかもしれないから」

 手の甲や、腕、肩。今回は浅い切り傷ができた程度だが、次に敵と相まみえたときにも、それで済むとは限らない。
 震えた指先で、剣の柄を強く握る。震えは止まらなかった。

「死ぬのは、とても怖いことだよ」

 当たり前に過ぎていく時間が終わる。そうすると、私はどうなってしまうのだろう。わからない。わからないから、怖い。

「わからんなあ。俺には分からんよ」
「そうだな。死という概念を持たぬお前にこんなことを話しても、意味などないか」
「でも、そうだなあ。俺は、寂しいよ」

 今度は私が目を瞬かせる番だった。
 悪魔は、本当に寂しそうな笑みを浮かべている。心を理解できないはずの悪魔が。どうして。

「お前が死んでしまえば、契約は終わり。お前との時間が終わっちまう」
「……そんなの、上級悪魔であるお前なら、またすぐに契約者が現れるだろう」
「お前みたいな楽しい奴にはもう、会えないよ」

 悪魔は笑った。何処か、涙を堪えてる風にも見えた。
 動揺を悟られないように、私も笑う。いつも悪魔が浮かべていた、嘲る顔を真似しながら。なんだかこれでは、私の方が悪魔みたいだ、とも思った。それでも構わないと思えた。国の裏切り者で、復讐のために悪魔に魂を売った私は、家族や仲間を殺してきた私は、もう既に悪魔と変わりないだろうから。

「なんだ。悪魔のくせに死を理解しているじゃないか。そう。死ねば時は止まる。もう明日は来ない。もう一緒に話せないし、一緒に笑えないし……一緒に、居られない」

 言いながら、私は自分の胸元に手を当てた。痛む。傷はないのに、痛い。この痛みは苦手だ。どんな切り傷よりも真っ直ぐに、それでいて冷たく心臓を抉るから。
 私は剣に付着していた汚れを指で拭き取って、鞘に収めた。知り合いの命の色は、私の指先をべっとりと汚して。なんだか、死して尚、すがりつくみたいに思えた。
 国を裏切るのか? 我らを裏切るのか? 我が友よ、考え直してくれ、と。声もなく訴えかけてきている気がする。嫌な幻聴だ。それに手遅れなのだ。悪魔との契約は、もう私に帰る場所はいらないという意思表示なのだから。
 指先から滴って、地に染み込んだ赤色を見つめながら、悪魔に語りかける。

「なあ、悪魔。お前が死なない存在でよかった。お前は、私を置いていったりしないからな」
「でも、お前はいつか死ぬから、俺を置いていくんだなあ」

 しゃがれ声は、いつになくもの淋しげで、いやに私の心臓を冷たく突き刺してくる。

「……そんなの、寂しいな」

 ぽつりと零れた悪魔の言葉に、私は思わず嘲笑の声を漏らした。

「おかしなことを言う。私が死ねば、私の魂が手に入る。お前の目的はそれだろう?」

 私の心を弄んで楽しんでいるのだろう。悪魔には、感情なんてないのだから。
 きっとこの性格の悪い悪魔は、私といるうちに覚えたその表情で、その仕草で、私を惑わせて楽しんでいる。そうに決まっている。
 きっとそう。
 悪魔の頬を伝う、色のない血の意味など、私にはわからなかった。
 ただ、もう一度。傷もないのに胸が痛んだ。


***
誰よりも臆病な復讐者と、心を理解できないはずの悪魔の話。
「血」という言葉を使うのは最後の悪魔の涙だけで、血っていうのは、生物の生きてる証だと思うので、そう考えると悪魔という存在と私の関係がいとをかし。

Re: たゆたえばナンセンス【短編集】 ( No.37 )
日時: 2019/05/22 17:49
名前: ヨモツカミ (ID: w9Ti0hrm)

♯28 藍に逝く

「あんなに元気な子だったのに。ちょっとびっくりしちゃうよね」

 そう言って、海月(みつく)は少し笑った。
 蝉時雨降り注ぐ夏休み。中学生の僕らはそれを連絡網で知らされた。近所の海で海水浴をしているときに、クラスメイトの女の子が心臓麻痺で亡くなったのだという。僕の隣の席の子だった。積極的に話しかけてきてくれて、いつも明るく笑っていた彼女のことを思い浮かべては、やはり実感が沸かなくて、心に曇天が広がるような感覚。空は僕の気も知らずに晴天の青が広がっていた。
 海月に誘われて、彼女が亡くなった海にやってきていたが、正直海なんか見たくは無かった。

 堤防の上を歩きながら、海月は人少ないね、と言う。見てみると、確かに夏休みの午前中にしては海水浴に来ている人の姿がほとんど見えない。あの子が死んじゃったからかなあ。海月にそう言われて、なるほど、と思う。

「お父さんにも、海にはいっちゃ駄目だって言われたもんね。みんなそうなのかな」
「来ちゃ駄目なのに、僕をこんなところに連れてきたのかい」
「どうせ暇でしょ?」

 僕は何も答えなかった。
 潮風は温く湿っていて、心地が悪い。

 海月は堤防の上で突然立ち止まって、海を見つめていた。黒いセミロングの髪が風に揺られていて、麦わら帽子を抑える手は、この直射日光に溶かされてしまうのではと思うほどに白い。その白い腕の生えるワンピースは白藍色をしていて、なんだかこの蒼穹に吸い込まれてしまいそうに思えた。

 紺碧の海と突き抜けるような青空に、白藍色のワンピースの少女は、やけに儚く映った。そのせいで、僕の心の曇天が、雨雲へと変わる。
 身近な人が死んだって事実が、僕を不安にさせた。海と空が、彼女をさらってしまうのではないかって。そんな気にさせる。

「海月!」
「わあ!」

 僕は堤防の下から腕を伸ばして、海月の手を掴んでいた。小さくて、温かい。彼女は確かにここにいる。

「もう、ビックリしたよ。突然どうしたの?」
「海月が、消えちゃうと思った」

 僕の声は情けないほどに震えていた。

「こんなに、海と空が青くて、海月も青いから、そのまま、溶けて消えちゃうんじゃないかって、思った。あの子みたいに。海がさらっていっちゃうのかなって、そんなの嫌だ」

 海月は一度大きく目を見開いて、それからゆっくり閉じた。次に開かれた暗褐色の瞳は穏やかに細められていて。

「何言ってるの? 私は、消えないよ。……消えたりなんかしない」

 海月は僕に掴まれていた手を、強く、強く。しっかりと握り返した。確かめるみたいに。僕と彼女がいること。彼女が僕の側に存在していることを。

「ずっとあなたの側にいるからね」

 海月はその時、僕に嘘を吐いたこと。僕は、気付けなかった。海月の言葉を信じて、彼女は何処にも行かないと思い込んで、疑いもしなかった。
 でも僕は知っているはずだった。海月の作り物の笑顔が、彼女が嘘をつくときの癖であることを。知っていたのに、知らないふりをした。
 海月は近い未来に、遠くへ行ってしまう。遠い、遠い。誰も知らないところ。海月の家族とお医者さんの言葉を信じたくない僕は、彼女の嘘さえも、知らないふり。

 蓋をして、気づかないふりをすれば、本当になくなるような気がした。

***
カクヨムに掲載してたSSです。「淘汰」シリーズとほんのり繋がりがあります。

Re: たゆたえばナンセンス【短編集】 ( No.38 )
日時: 2019/05/22 17:45
名前: ヨモツカミ (ID: w9Ti0hrm)

♯29 Your埋葬、葬、いつもすぐ側にある。

 人って、こんな簡単に死んじゃうんだ。
 クラスの人気者**さんが亡くなった。放課後、学校の階段から落ちて、頭を打って、そんなことで死んじゃったらしい。
 お葬式は、生前の**さんの人柄に似つかわしくない雨天だった。クラスメイトの生徒会長さんが「**さんのために、空も泣いてるんだね」なんて言いながら、ポロポロと涙を零していた。生徒会長さんは、**さんの事が好きだったから、それはそれは悲しいことだったろう。
 葬式会場では、みんな真っ黒い服に身を包みながら泣いていた。**さんは愛されていたから。皆が皆、**さんのために涙を流すのだ。だから、私だけ泣いてないのが不自然に映ってないか、不安を覚えていた。私は内心、**さんが死んでほっとしていたから、嘘でも涙なんて出なかった。

 嫌っていたわけではない。むしろ、その逆だった。
 クラスの人気者である**さんは、誰にでも優しくて、楽しくて明るい人で、いつも誰かに囲まれていたから、教室の隅っこで本を読んでる暗いクラスメイトのことなんか、特に気にしたことは無いだろう。それでも、毎日クラスメイト全員に「おはよう」と挨拶する**さんが、私にも声をかけてくれるのが、日々の小さな楽しみだった。
 席が近いお陰で、稀に私にも話しかけてくれた。「天気悪いね。次の体育はグラウンド使えないなあ」「そうだね」なんて、本当に他愛も無い会話だった。でも私は嬉しくて、嬉しくて。この会話を忘れないように、ノートに書き残したほどだ。
 気が付いたら、私は**さんの事ばかり考えていた。視界に入れば目で追ってしまうし、**さんの声を聞くだけで、胸の辺りが一杯になる。多分、**さんと本当に仲の良いクラスメイト達に比べたら、**さんと私の時間なんて、溜息をつくほど一瞬のことだろうけど、その一瞬をかけがえのないものと思える事が何よりも素敵なことだと思うのだ。浜辺で見つけた小さな貝殻みたいに、他愛もない宝物のように。
 **さんとの刹那のやりとりを、誰よりも美しく尊く記憶することができる。それが幸せだった。
 私は**さんとのやり取りは全部日記のようにメモに残していた。

『9月13日11時28分 消しゴムを拾ってくれた』
『9月18日13時46分 目があった』
『9月21日17時11分 「バイバイ」って言ってくれた』
『10月1日10時7分 体育の時間にバスケットボールをパスしてくれた』
『10月5日17時2分 「バイバイ、また来週」って言ってくれた』
『10月7日19時10分 目があった』
『10月14日23時28分 目があった』

 こんなに好きだったのに、**さんは死んでしまった。それは勿論悲しい事だった。でも、私はお葬式の最中、**さんの死に顔を見つめながら、ぼんやりとこんなことを考えた。
 死んじゃったら、もう誰も**さんと過ごせなくなる。それはつまり、誰にも**さんを盗られないで済むということ。**さんを囲んでいたクラスメイトの誰一人。
 ああでも。誰にもと言えば、語弊がある。だって**さんは、最終的には**さんの家に行くのだから。ここで焼かれて、骨になった**さんは、ご家族が仏壇で大事に保管するんだ。そうしたら、家族のものになってしまう。でも。でも、私が**さんを盗っちゃえば。
 遺骨を盗んじゃえば、**さんは、私の物にできる──なんて、考えてしまった。

 実際にやってみた。そして案外簡単だった。 

 **さんの家は知っていたから、誰もいなくなったときに、ベランダの窓から入って、仏間に置いてあるバラバラの骨になった**さんを、持参した箱の中に詰め替えた。
 家に持ち帰って、**さんの入った木箱を見つめた。胸が高鳴る。少しだけ指先が震えた。**さんは、本当の意味で私の物に。私だけの物になった。他の誰も**さんに触れる事は出来ない。私が**さんを所持しているのだから。

「これからも宜しくね、**さん」

 慈しむように箱の表面を撫でる。生きてるうちには、一度も触れた事なんてなかったのに。目を見るのが精一杯で、**さんの手に触れる事なんてできなかった。私はこんなにも**さんのこと好きだったのに。**さんが生きてるうちに**さんがその事実を知ることなんて無かった。
 **さんは死んじゃったけど、きっと私にこうやって独占されることなんか望んでいなかった。**さんは、本当は誰の所にいたかったのだろう。やっぱり家族の元が一番? いいや、例えそうだとしても、私は私の気持ちを抑えることなんか出来ない。絶対に**さんの家に返したりなんてしない。もしも私が**さんを所持していることがバレたって、離しやしない。私はこれから一生、**さんに寄り添って生きていくのだ。
 愛してる。誰よりも。

 学校に行くときは**さんに挨拶して、学校から帰ってきたら、**さんに色んなお話をした。寝るときは枕元に**さんを置いて、一緒に寝た。私と**さんは、学校に行くとき以外はずっと一緒だった。
 そんな幸福な日々がずっと続くんだと思っていた。のに。

 ある日、学校から帰ってくると、箱の中身が空っぽになっていた。目を疑ったけど、何度確認したところで、中身の無い木箱がそこにあるだけ。どうして。あんなに沢山入っていたのに。
 私の彼がいない! 逃げたんだ、と思った。私のことそんなに嫌いなの? なんで!
 思えば**さんは、他の人と話をすることのほうが多かったし私との会話なんてそれと比べたら極端に少なかっただから**さんが私の事好きじゃなくて私から逃げ出したとしたら納得がいってしまうでも私は誰よりも**さんのことが好きだったのだその気持ちは誰にも負けないからやっぱり**さんは私のもとにいるべきなんだいなきゃならないんだなのにどうしてこの箱の中身は空っぽなの**さんはどこへ逃げたの逃げた? 違うきっと違う**さんは私から逃げないだって逃げられないものきっと誰かに攫われたんだああ探さないとでも何処を探せばいいわからないわからないわからないわからない!

 私は部屋を飛び出した。検討もつかないまま探し回ったけど、やっぱり**さんが何処にいるのかわからなくて、深夜にフラフラになりながら家に帰ってきて、ベッドに倒れ込んだ。
 それから、空っぽの木箱の表面を撫でながら、どうしようもなく泣いた。
 **さん。何処。あなたが居なくちゃ寂しいよ。
 縋り付くように啜り泣くけれど、**さんは帰ってこない。それがわかっているから一層私は悲嘆して、涙は止まらなかった。

 でも、数日後。私は**さんの手がかりを見つけた。クラスメイトのY君の机の中に、白い粉の入ったジップロックの袋があるのを見た。
 咄嗟にY君が**さんを連れ去ったんだと気付いた。こんな思考、普通じゃないと思う。そう簡単に**さんと結びつけるなんておかしい。なんとなくそれは知っていたけど、何故か私は確信を持っていた。
 だから放課後、Y君を呼び出して問い詰めた。体育館裏には人の姿は本当にない。雨が降り出しそうな重たい雲は、**さんが亡くなった日を彷彿とさせる。**さんが見ているような気がした。自分を取り返してほしいと、私に訴えてるんだ。
 私はY君の目をじっと見つめる。彼はなんだか、私を面白がっている風に見えて。

「ねえ、**さんを盗んでたでしょ」

 彼は私がそう言うのを待っていたみたいだった。
 畳み掛ける。

「犯罪だよ」

 だってY君は私の家に侵入して、勝手に**さんを連れて行ったんだから。あれ、じゃあ私の行動は。一瞬だけ過ぎった考えも、**さんと私の過ごして日々の記憶が有耶無耶にする。ううん、私は悪くないよ。だって私達、幸せだったもの。

「**さんは何処?」

 責め立てるような声で言うと、Y君は口元を歪めた。ほら、その顔。やっぱりY君が**さんを持っていったんだ!
 憎しみと敵意を込めて強く睨みつけると、彼はようやく口を開いた。

「ここに居るだろ」

 雨が降り出しそうな匂いがする。そう思ってたら、鼻先に雨粒が当たった。私は今日、傘を持ってきていない。
 私は彼を断罪するように荒々しく怒鳴りつける。

「何処!? **さんを返して! 私の**さん!」

 そう。Y君が**さんと一緒にいる時間なんて、一秒として必要ない。**さんは私と過ごすべきなんだから。
 そう思うと余計にY君が許せなかった。なのにY君は可笑しそうに笑っているんだから、憎たらしくて仕方がない。
 私は拳を振り上げて、一歩迫った。Y君は下がらない。ただ、決壊したように笑いだした。何が面白いのかわからなかったし、何より感情が抑えられなくなったから、私はY君の頬を殴り付けていた。
 反動で数歩下がって、頬を押さえながら。でもY君はまだ笑っていて。
 彼は静かな声で言った。

「僕、**さんみたいな人気者になりたかったんだ」

 何を言っているの。そう問うまでもなく、Y君は続けた。

「**さんは僕だ。遺骨は全部僕が食べた。水に溶かして飲んだけど、とてもじゃないけど飲めそうになかったから、色んな方法を考えたんだ。ココアに混ぜて飲んだ。クッキーの生地に使って食べた。カレーの隠し味にも使ってみた。グラタンのパン粉に混ぜたりもした。他にもラーメンのスープに入れたし、チョコタルトにしたし、あとはリゾットにも入れた。今日やっと**さんを食べきったんだ。だから、僕が**さん」

 目を剥いて、言葉を失う私に彼は満面の笑みを見せた。それは、**さんの笑顔を彷彿とさせて。

「ねえ、これで皆は僕を見てくれるかな?」


***
結構前に貰っていたお題「気付けば箱の中身は無くなっていた。あんなに、沢山あったってのに」より。ありがとうございました!
**さんは、たんに名前考えるのが面倒だっただけで、意味はありません読み方も、「あすたりすくあすたりすくさん」です。Y君も、響がかっこいいからYです。もっとカッコつけてγ(ガンマ)君とかでも良かったかも。
ちなみに“私”のメモのことですが、10月5日は金曜日で、それ以降のメモは日曜日です。


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