複雑・ファジー小説
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- 断捨離中【短編集】
- 日時: 2024/02/21 10:09
- 名前: ヨモツカミ (ID: AZCgnTB7)
〈回答欄満た寿司排水溝〉すじ>>19
♯8 アルミ缶の上にある未完 >>8
♯12 夜這い星へ、 >>12
〈添付レートのような。〉らすじ>>23
♯14 枯れた向日葵を見ろ◆>>14
♯17 七夜月アグレッシブ◆>>17
〈虚ろに淘汰。〉すじ>>27
♯19 狂愛に問うた。 >>21
♯21 幸福に問うた。 >>24
〈曖昧に合間に隨に〉じ>>35
♯22 波間に隨に >>28
♯23 別アングルの人◆>>29
〈たゆたえばナンセンス〉あ>>41
♯27 知らないままで痛い◆>>36
♯28 藍に逝く >>37
♯29 Your埋葬、葬、いつもすぐ側にある。 >>38
♯30 言の葉は硝子越し >>39
♯31 リコリスの呼ぶ方へ >>40
〈拝啓、黒百合へ訴う〉ら>>51
♯32 報われたい >>42
♯33 真昼の月と最期の夏 >>43
♯34 泥のような人でした。 >>44
♯35 夜に落ちた >>47
♯37 銀と朱 >>49
♯38 海の泡になりたい◆>>50
〈ルナティックの硝子細工〉す>>56
♯39 愛で撃ち抜いて >>52
♯41 あたたかな食卓 >>54
♯42 さみしいヨルに >>55
〈ジャックは死んだのだ〉あ>>64
♯43 さすれば救世主 >>57
♯44 ハレとケ >>58
♯45 いとしのデリア >>59
♯46 大根は添えるだけ >>60
♯47 ねえ私のこと、 >>61
〈ロストワンと蛙の子〉じ>>70
♯48 愛のない口付けを >>65
♯49 ケーキの上で >>66
♯50 だって最後までチョコたっぷりだもん◆>>67-68
♯51 暗澹たるや鯨の骸 >>69
〈愛に逝けば追慕と成り〉あ>>79
♯52 鉄パイプの味がする >>71
♯53 リリーオブザヴァリー◇>>72
♯54 海に還す音になる◇>>75
♯55 そこにあなたが見えるのだ。◇>>76
〈朗らかに蟹味噌!〉あ>>87
♯56 お前となら生きられる◇>>82
♯57 朱夏、残響はまだここに◇>>83
♯58 夢オチです。◇>>84
♯59 あいしてるの答え >>85
♯60 さよならアルメリア >>86
〈寄る辺のジゼル〉あ>>90
♯61 熱とイルカの甘味 >>88
♯62 燃えて灰になる◇>>89
- Re: ルナティックの硝子細工【短編集】 ( No.56 )
- 日時: 2020/02/12 21:32
- 名前: ヨモツカミ (ID: CstsioPs)
〈ルナティックの硝子細工〉
きらきら、輝くのは生命の破片。
けたけた、嗤うのは盲信する愚者。
かつかつ、響くのは道化師の舞踏。
今更、壊れた硝子細工の直し方の教えを請うの。
そうそう、月が満ちると人々は狂い出すというから、気を付けて。
♯39 愛で撃ち抜いて >>52
銃を突きつける少女と奇病の少年の話。そこに愛があるなら殺意も美しく見えてきます。
♯40 キュートアグレッション >>53
暴力描写注意。DV家族の話。暴力描写が好きなので自己満足の塊って感じです。
♯41 あたたかな食卓 >>54
無感情に殺人を犯していく若者の話。それほどグロくはないはずです。
♯42 さみしいヨルに >>55
冬の雨は寒いという話。短い。低いテンションで書いてるので全体的に暗めです。
- Re: ジャックは死んだのだ【短編集】 ( No.57 )
- 日時: 2020/02/29 19:25
- 名前: ヨモツカミ (ID: CstsioPs)
♯43 さすれば救世主
お父さん、お母さん、お元気ですか。僕はこれから、お二人に会いに行きます。
お爺ちゃん、お婆ちゃん、しばらく僕の面倒を見てくださって、ありがとうございました。
柊。お前もそっちで待っていてくれてるよね。大丈夫、一人になんてさせないから。安心しろよ。
僕はお前の親友だから。
「エジプト神話では自分の死後、冥界に行って“真実の羽根”と自分の心臓を天秤にのせて、釣り合いが取れればアアルという名前の永遠の楽園──天国のようなものに行けるらしいですよ」
だが、悪事を犯していると心臓は重くなり、羽根との釣り合いが取れず、天秤は傾いてしまうらしい。天秤が釣り合わなければ、アメミットという化物に、心臓を食べられてしまうのだ。
……という話を後輩の夢野に聞かされた。
放課後の屋上は暮れた空に照らされて、オレンジ色の光に包まれている。
僕の手にした紙パックのカフェオレは、限界までストローで吸い上げられて凹んでいた。中身は殆ど残ってないけれど、話を聞いている間、暇潰しに吸い込み続けたらこんな感じになってしまった。
「南先輩は悪人ですから、死んだらアメミットに心臓を食われてしまうんですよ」
風になびく髪の毛を抑えつつ、夢野は赤い縁の眼鏡をくいっと上げてそう言った。
「いや、ここ日本なんだけど。なんでそんな話するんだよ。僕が悪人なら死後は地獄だろう?」
「地獄じゃあ、あなたの両親と会えてしまうじゃないですか。南先輩は独りきり、孤独に冥界へ行くんです」
夢野に背中を向けて、僕は屋上のフェンスに肘をかけていた。ここから見える街並みに視線を落としながらぼんやりしていたら、態々夢野が来て、謎に話し始めたのだ。
僕の両親は中学生の時に交通事故で死んだ。今は母方のお婆ちゃんの家で暮らしている。
僕の両親の事、夢野に教えた記憶はないし、そもそも学年も出身校も違うし、彼女とはけして親しい間柄ではないはずだが、どこで知ったのだろう。
「……なんで僕の親、地獄に落ちたって決まってんだよ」
とりあえず反論してみると、夢野は鼻で軽く笑った。
「南詩鶴という人間を産んだあなたの両親は、大罪人ですからね」
流石にカチンと来て、僕は夢野を睨みつける。彼女は腰に手を当てて、嘲笑うような顔をしていた。
「いきなり僕のこと悪人呼ばわりして、なんの用だよ」
「当然の仕打ちでしょう? 南先輩の両親が事故ったとき、先輩もその場に居合わせて一緒に死んじゃえばよかったのに」
「んだと。てめぇさっきから好き放題言いやがって、いい加減にしろよ」
本格的に僕がキレ始めたのを見て、夢野は少しだけ怯んだように見えたが、視線を逸しながらも小さな声で言い募る。
「ホントはこんなこと言われる原因だって、わかってるくせに。わたし、知ってるんだから」
確かに夢野の言う通り、こんなことをされることに全く覚えが無いと言えば、嘘になるのだ。そのことに関して、後ろめたいとは少しも思ってないが。
僕は黙り込んで、夢野の言葉を受け止める。
「兄は自殺ではありません。あなたに殺されたんですよ!」
ああ、やはり。フェンスに寄りかかるようにして、夢野の方に体を向けた。彼女は得意げに口角を釣り上げていた。まるで刑事ドラマで犯人を追い詰める刑事そのものにでもなったみたいに。
僕の手の中で、カフェオレの紙パックは握り潰される。
……夢野の兄──夢野柊は僕の親友だった。
彼女の言う通り、先日隣町の山の中で遺体で見つかった。死因は自分で崖から飛び降りた自殺であると、警察は判断した。実際遺書も見つかったので、誰もが彼の死を自殺と判断するしかなかったのだ。
「兄の日記に書いてありましたよ。あなたが殺したんだ」
夢野は言いながら肩にかけていたスクールバッグから一冊のA4ノートを取り出して、僕によく見えるように掲げる。
柊は高校生にもなって日記をつけるような、マメな男だった。僕もその青い表紙のノートに見覚えがあった。教室で熱心に書き物をしているから、勉強かと思えば、その日記だったんだっけ。日々の何気ない出来事を綴る日記を、中学生から書き続けているのだと話していた。軽く覗き見しただけでも、本当に下らない日常の出来事しか書いてないのだとわかった。購買のパンが安売りしてただとか、帰り道に良いカフェを発見しただとか、放課後はよく僕と屋上で過ごしただとか。
どうしてそれを夢野が所持しているのかは知らないが。勝手に兄の私物を漁ったのだろう。
そのノートの一番最後のページを開くと、夢野は僕に突き付けてきた。
『詩鶴が俺を殺そうとしている気がする。おかしい。もしかしたら本当に殺されるのかもしれない。おかしい。怖い。でもおかしい。俺達は親友なのに、こんなのおかしい。今日、帰ってこれないかもしれない』
汚い文字で書き殴られた、その文章。見た瞬間に、どうしようもない遣る瀬無さが胸に溢れてきて、泣きだしてしまいそうになる。
夢野はノートを抱きしめると、愛おしそうに表紙を撫で付けて言った。
「兄はこの日記を書いて、その日出かけて、本当に二度と帰ってきませんでした。自殺、なんて言われているけど、兄は自殺なんかしない。そんな人じゃないから。だから、あなたに殺されたんだ」
眼鏡越しに潤んだ瞳。夢野も泣きそうだった。でも、確かに僕のことを仇のように強く睨み付けている。
僕は紙パックに挿したストローを口に咥えて、噛み潰した。吸い込んでみても、もうカフェオレの風味しか感じられない。
「……ほら、何も言い返せないでしょう。さっきから黙りこくって! 兄を殺したから何も言えないんだ! この人殺し!!」
僕は握り潰して変形した紙パックを、彼女の顔目掛けて投げ付けた。夢野は咄嗟に手を翳して、顔面への直撃は免れたが、僕の行動に相当驚いた表情をしている。
「は、人殺し? 僕が? ……何も、知らないくせに」
僕はいい加減、彼女のキンキンする声を聞くのも嫌気が差して来ていた。突然現れて、エジプトの話とか始めるし。両親は地獄に落ちたとか、僕は冥界に落ちろとか、意味のわからない話を始めてきて、柊の言う通り、相当頭のおかしな妹だったらしい。
カフェオレの紙パックをぶつけられて、夢野は目を瞬かせていたが、すぐに反論してきた。
「何も知らない? いいえ、私は兄のことは何でも知っていた! 日記だって毎日読んでいたし、兄はいじめられていたってことだってわかってる!」
「きめぇブラコン自慢はどうでもいいんだよ。それに、いじめのこと知っていて、なんもできなかったんだろ。じゃあ、てめぇはブラコン止まりのただの傍観者じゃねぇか」
低い声で僕が言うと、夢野は黙り込んだ。
そう。柊は、いじめを受けていた。物がなくなったり、壊されていたり。ただ、柊は、その犯人を見つけることができなかった。親友である僕にいじめのことを相談してくることが何度かあったので、それなりに悩んではいたようだが、かと言ってそれが原因で自殺したわけではない。遺書にもいじめは受けているが、それで死ぬつもりはないと書かれていた。
「……あんたはあいつの遺書の内容、知ってるか」
訊ねてみると、彼女は控えめに頷く。
「あの山で、兄の鞄が見つかって、その中に遺書も入っていて、家族だからその内容も警察に見せられました。でも、書いてあったのは自分が死んだらバイトで稼いだお金は家計の足しにしてほしいとか、先立つ不幸をなんとかとか、そんなのばっかりで、どうして死ぬのかについては孤独感を感じるとか、なんだかぼやけた内容ばっかりで。自殺じゃなくて先輩に殺されたからそうなんだろうって、思ってました」
「ふうん」
僕は彼女の話の内容にはそれほど興味を示せず、素っ気ない返事しか返せなかった。
夢野は胸の前で両手を握りしめて、言い募る。
「遺書には先輩のこと書かれてませんでしたけど、でも、日記には書いてあった。親友が自分を殺すなんて思わないですもんね。兄は最期まで、南先輩に殺されるなんて、認めたくなかったんですよきっと! なのにあなたが殺した! 兄の思いを裏切ったんです!」
「そんなつもり、ないんだけどなあ」
僕はフェンスから手を離すと、ゆったりとしたペースで夢野に歩み寄って行った。彼女は僕の急な接近に身構えて、数歩下がる。
「な、なんですかっ、こないで……人殺し!」
逃げ出そうとした彼女の腕を強く掴んで、引き止めると、僕は口角を吊り上げた。夢野の眼鏡の奥が揺れる。
「確かに僕は、柊の最期に立ち会ったよ」
──なあ、柊。遺書書こうよ。
何気無く、日常会話として僕は彼にそう持ちかけた。柊は変な顔をしていた。
なにお前、死にたいの? 柊はいぶかしむような顔で聞いてきた。だから、どちらかといえば、そうかも、と答えて。
「やめとけよ、そんなの。俺、悲しいしさ」
僕は柊のワイシャツの襟を掴んで、無理やり立ち上がらせると、顔を近づけて言った。
「親友なら、親友の行動を否定したりしない。認めて、寄り添って、できるだけ協力するもの。だと、思うんだけど、なあ? 柊どう思う?」
「……わかったよ。一緒に遺書を書いてほしいんだっけ? 俺は別に死にたくないけど、それで詩鶴が満足するなら……やるよ」
元々友達の居なかった根暗な柊。僕が唯一できた友達で、僕が柊の親友だから、僕を失いたくない柊は、ちょっと強引にお願いすれば、何でも言うことを聞いてくれた。
そうだ。彼に遺書を書かせたのは僕だった。
書けたら見せあいっこしよう、なんて言って僕らは互いの遺書を交換した。柊の遺書は、両親に向けて、先立つ不幸をお許しください。から始まっていて、親友はいるけど、時々無性に寂しくなるとか、どうしようもなく孤独だと感じる、なんて書かれていた。
「へー、柊、僕がいるのに、寂しい気持ちになるんだ」
「ばっ、内容についてはあんまり触れるなよ! そ、そういうときも、あるだろ……」
柊は慌てて自分の書いた遺書を奪い取って、鞄に舞い込んだ。それから、僕の書いた文を読んで、やっぱり変な顔をしていた。
「父さん母さんに会いに行くって、」
「ああ、柊には教えてなかったね? 僕の両親なら死んでるよ」
「えっ……ごめん」
「別に、気にしなくていい」
「……それより、なんか、俺も死んでる前提で書いてねえか? この遺書。縁起でもないこと書くなや」
そう言われて僕はただ、ニコニコ笑っていた。そうだよ、だって、僕より先に、柊は死ぬんだから。とは、言わなかった。
遺書も書けたし、死に場所を探しに行こうか。
僕がそう言い出したとき、流石に柊は嫌そうな顔をしていた。でも、断らないはずだ。柊は僕のお願いを何でも聞いてくれるのだから。
実際に柊は隣町の山までついてきてくれた。
「なあ、ホントに山なんか来て、詩鶴……死ぬつもりなのか」
思い詰めた顔で、柊は訊ねてきた。流石に不安にさせ過ぎただろうか。申し訳ないな。そう思って、僕は優しく笑いかけた。
「冗談に決まってるだろ。ちょっとした登山だよ。楽しもう?」
この山には、景色のいい崖があるんだ。柊と一緒に見に来たかっただけだよ。そう言って、僕らは山道をゆっくり進んでいった。
「遺書なんて遊びに決まってるし、僕が死にたいっていうのも半分嘘だから。柊は何も気にしないでよ」
「半分、本気なんじゃないのか」
崖のそばまで来て、柊はやっぱり思い詰めたような、険しい表情で僕を見ていた。
崖から見える空は黄昏に染まり始めていて、朱色の光が下に見える街のビルを照らして、窓ガラスに反射したオレンジが美しかった。
「ねえ柊」
背負っていた荷物をその辺に置いて、景色を楽しもうよ、と提案した。柊は黙って頷いて、荷物を僕の鞄の隣に置く。
崖から夕焼けを楽しむ僕の隣に、柊がやってきたので、僕はおもむろに口を開いた。
「柊。いじめの件なんだけど。お前の物がなくなったり壊されたりしていたとき、犯人はクラスにいて、柊が困ってる様子を見て楽しんでいるんだろうね、悪質だねって言ったけど、僕は正直、困っている柊を見るのは心が痛かったんだよ」
「……? ん?」
柊は半分わかっているのか、怯えたような表情になる。その横顔を、夕焼けの赤が彩っている。綺麗だって、思った。
「お前の上履きが隠されて見つからないとき、僕も探してあげたよね。そのとき、必ず上履きを見つけるのは僕だったね? それで気付いてくれるかなぁなんて思ってたけど、柊、鈍いよ」
「詩鶴……? 何言ってるか、わからないんだけど」
もしかしたら、本当は知っていたのかもしれない。けれど、気付きたくない、そんな思いが答えを隠し続けていたのだろう。
「なんでそんなことを僕がしたのか。柊は、わかってくれないんだろうね。僕ら、親友なのにさ」
そう言って、僕は思い切り柊の背中を蹴り飛ばした。僕も落ちるくらいの勢いでやった。だから、柊は空を掴んでいたけれど、つかまれる場所なんてどこにも無くて、崖から体は投げ出され、あっという間に谷底に真っ逆さま。
そのときの。諦めたような柊の顔が、脳裏に焼き付いている。
一通り話し終えた頃には、空に群青が差していた。赤の名残か、空の一部は濃い紫をしている。
夢野はわなわなと震え、そうして喚き散らした。
「やっぱりあんたが殺したんじゃない!!」
キンキンと、本当にうるさい声だ、と思う。
それに、僕は柊を殺したんじゃない。
「違う。助けてあげたんだ、親友だからね」
「たすけた……?」
「夢野にはわかんないよ」
理解されなくていい。
柊は僕の親友だったんだ。
柊は僕といても、たまに寂しそうな顔をしていた、僕は柊の親友なのに、親友の心を満たしてあげられなかった、理由はわからない、きっと生きている間、僕が柊を救えることなんてないんだろうって気がした、柊をいじめてみたのも、いじめられているけど心の支えとなる人間、つまり僕が側にいることで、柊は救われるかと思ったのに、柊はただかなしそうだった、僕じゃ柊を救えないのかもしれないと思って、でもそれはすぐに否定できた、何故なら僕には、柊を助ける一つの方法が思いつけたから、だから、実行に移して、あとは、僕が柊の側に寄り添ってやれば、それで完成なんだ。
僕の心臓は、羽根よりも重くない。
僕は最低な人間だけど、わかっているけど、全ての罪に、罪悪感なんて微塵も覚えてないから、僕は逆に救世主でいられるのだ。
気がつけば夢野は胸の前でナイフを構えていた。きっと、兄が大好きすぎた妹は、仇討ちがしたいのだろう。
「死んじゃえ」
言われなくとも。
僕は素早くナイフを握る夢野の腕を掴んだ。夢野が驚きと焦りに表情を歪ませた。僕の腕を振り払おうと抵抗しているが、所詮年下の女の子の力でどうこうできるわけもなく。
僕は夢野のナイフを持った腕を引いて、
僕の腹に、思い切りナイフを突き刺した。
「えっ……? えっ、あ、いや、いやだ、離して……」
夢野がナイフを落とさないように、掌でしっかり包んで、ナイフをズブズブと深く腹に沈みこませる。
痛い。熱い。なのに、冷たい。腹部の灼熱は僕の予想を遥かに超える痛みで、死んじゃう、そりゃそうだ、死のうとしているのだから、そう、これでいい。
僕の腕に力が入らなくなると、夢野が無理にナイフを引っ張って、カラン、と無機質な金属音とべったりとした赤色を纏って、ナイフが落ちる。
腹からも、口からも、粘着く鮮血が溢れて辺りに鉄臭さが充満する。
夢野はその場に座り込んでしまった。僕はまだ、膝をつけない。ここで倒れたら、二度と起き上がれないだろうから。激しい痛みに思考がおかしくなりそうなのに、脳はやけに冷静に機能した。
同じ死に方じゃなきゃ、柊に会えないだろ?
一歩一歩が重たい。進まない。熱い。それでも進め。どうにか伸ばした手でフェンスを掴め。まだ力はある。乗り越えろ。
「はー、はー、はー、ひぃ、ひー、ひい、らぎ、」
穴のあいた腹を抑えていたせいで、指先は血で滑る。それでもフェンスを登り、そして、待っていて、
「柊、大好きだ」
お前のところに行くのだ。
***
罪悪感、天秤、紙パック飲料で三題噺。
詩鶴と柊は本当の親友というものがわかってない歪な友情で結ばれていました。詩鶴は柊のこと、本当に大切に思っていたのか、よくわかりません。そして詩鶴は死んだって柊のところにはいけないのでしょう。地獄に行くこともできず、自覚のない罪の重さでアメミットに心臓を食われるんです。
今回の三題噺は瑚雲さんと共にお題を決めあって同じお題でSSを書きました。是非瑚雲のSSも読んでみてください。
- Re: ジャックは死んだのだ【短編集】 ( No.58 )
- 日時: 2020/03/14 23:26
- 名前: ヨモツカミ (ID: CstsioPs)
♯44 ハレとケ
紺色のセーラー服に、丈の長いスカート。そこから除く脚は黒いタイツに包まれていて、吉川は寒がりだからなあ、なんて思う。放課後の空っぽの教室で、彼女は片手に安っぽいカッターナイフを握りながら、ポツリと言った。
「人を殺してみたいんだ」
平凡な日常に生きていて、そんな台詞を聞く機会が果たして今後もあるだろうか。ねーよ。まるでドラマのワンシーンみたいに錯覚する。
私を殺したいのか? 何か吉川に恨まれるようなことしただろうか。今年の夏は海に行ったし、秋には某テーマパークに二人で行ったし、放課後は一緒に帰ることにしているし、私達は他人から見ても仲良しのはずだ。殺意を向けられるような覚えは無い。
吉川は眼鏡をクイッと上げてカッターナイフを突き出す。チチチ、と音を上げて刃が顔を出した。
「死んでみる? 竹下」
本気かよこの女。これだけ仲良しだが、正直吉川が何を考えているか、わからないときがある。今がその時かも。冷や汗を浮かべ、私はゆっくり席を立って、両手の拳を構える。
「殺す気ならタダじゃやられないよ」
私達は向かい合う。言葉もないまま、動きもせず。途中、廊下を通った生徒が変な顔で私達を見ていた気がするけれど、私達は真剣なのだ。
数分経っただろうか。本当は一分も経ってないのかもしれないけど、永遠に続くかと思った静寂が、吉川の笑い声でプツンと終わる。
「ははっ。非現実的ぃ。楽しくなっちゃうね」
カッターを握っていた吉川の手がパッと開く。重力に逆らうことなく、カッターナイフは教室の床に無機質な音を立てて転がった。
私が瞠目して固まっていると、彼女はポン、と私の肩を叩いて笑った。
「ビビらせちゃった? ゴメンね竹下。別に本当に殺人がしたいわけじゃないの。ちょっと非現実に浸りたかったの。ほら、そういうお年頃なの」
厨ニ病なら三年前に卒業してほしいものだ。呆れて肩を竦めると同時にホッとして力が少し抜けたので、そのまま椅子に腰を下ろした。
吉川が床に落ちたカッターを拾って刃をしまう。
それから私の机の上に座ると、彼女は薄く笑ったまま語りだす。
「そう、殺人である必要なんかないんだ。でもさ、人を殺すってテレビや本の中だけのことじゃん。当たり前に明日が来て、普通に学校に行って帰るだけの私達には縁がない。そういう事をさ、してみたいんだよね」
そういうことね、と私も思いを巡らせる。非現実的なこと。勿論、そういう事っていうのは実行するのも難しい。だって、平凡な私達には縁がないのだから。
「じゃあ、学校の窓全部叩き割って回る? そんくらいなら謹慎くらいで済むんじゃない?」
「おっ。いいね。どっちが多く割れるか競争でもするか」
ははは、と笑い合う。そんな事、ちょっと口にしてみるだけだ。実行する勇気も覚悟も、私達にはとても足りないのだから。そうやって言ってみて、笑いあって、それだけ。冗談でしかない。
割られるかもしれなかった教室の窓の外では、オレンジ色が空の下の方を染め上げて、上の方の空は紺碧色。鮮やかなグラデーションの中に星の光が散りばめられている。冬は陽が落ちるのが早い。そうして暗くなったら、途端に寒くなる。
馬鹿なこと言ってないで、帰ろうか。どちらかがそう言ったので、私達はリュックを背負って、マフラーを巻いて、教室を出た。
廊下を歩きながらスマホでなんとなくニュースを見ていたら、県内の高校で男子生徒が二人、自殺したのだと知る。これもまた、私達とは程遠い非現実だ。心中でもしたのかな、と思って詳しく見ると、二人は別々の日に自殺したと書いてあった。一人は屋上から飛び降りて、もう一人は近くの山で崖から飛び降りたらしい。自殺場所すら違うから、心中ではないのか。
上履きと靴を履き替えて、外に出る。冷たい風が露出した肌を撫でると、自然と体が震えた。
「ねえ吉川。心中とかどう思う? 非現実じゃない?」
「あなたと二人で?」
口にしてみたら、笑われた。
「そんなことするわけ無いじゃん。普通に生きて、一緒に過ごしてる平凡な今の方がずっと最高でしょ」
それもそうだよねえ。返事をして、外気から守るためにポケットに両手を突っ込んだ。
途中、コンビニに寄って、おでんを買った。はんぺんを一つ。汁は多めで、辛子もつけてもらって。それを電車が来るのを待ちながら、駅で二人、分け合いながら食べる。平凡な味の汁は温かった。
***
七夜月アグレッシブ>>17に出てきた二人で、さすれば救世主>>57の後日談みたいになっております。
平凡に日常を過ごす私達に、非日常はとても遠く感じる。だからこそ、この日常を守らなければならない。
- Re: ジャックは死んだのだ【短編集】 ( No.59 )
- 日時: 2020/04/03 10:36
- 名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)
♯45 いとしのデリア
私は恋をしている。
いつも通りのオフィスワークを終え、電車に乗り込んだ。帰宅ラッシュで人の溢れかえる車内に、なんとか自分一人分の居場所を見つけて、立ち尽くす。揺れに負けて転んでしまわぬよう、吊革に体重を預けたまま、ぼんやりと窓の外を眺めた。特に情緒も無い夜景が遠く、流れていく。店の明かりやマンションの蛍光灯。それに、目立たない星明り。そこに何かを感じることもなく、ただ過ぎ行く風景だ。
窓に私の姿が映っている。飾りっ気のないスーツに身を包み、適当に後頭部で結った髪と薄い化粧の顔。本当にどこにでもいる量産型社会人の姿だ。会社の人間だって、私を数ある社員の一人程度にしか思ってないだろう。
私は誰かの特別になんかなれやしない。し、それでいいと思っている。
家に帰れば、愛しい彼女がいるけれど、彼女が私に好意を抱くことなんて無いのだ。それでも構わないって思う自分がいる。
ねえ、デリア。あなたがいれば。それだけで、それだけで世界が華やぐのだから。
最寄り駅で降りて、カツカツと未だ履きなれないパンプスを鳴らして帰路を歩む。駅からそれほど離れてないアパートの一階。家の鍵を開けると、彼女が待っている室内に入った。
「ただいま、デリア」
返事はない。彼女は一度だって私に返答をしてくれたことがない。それが当たり前で、それでも構わないから、私は彼女を愛していられるのだ。
部屋の明かりを付けると、机の上にちょこんとお行儀よく座っている彼女と目が合った。グレイの硝子玉がぼんやりと景色を眺めるみたいに私を見ている。いや、実際私は彼女にとって景色の一部に過ぎないのだろう。
そっと、身長40センチしかない彼女の脇の下に手を入れて、顔を寄せる。デリアと唇を合わせると、固くて温もりなんて微塵もない。たけど、心が満たされて、じんわりと体が熱くなるのを感じた。
「好きだよ、デリア」
彼女は微笑んでくれるわけもないし、照れることだって無い。ただ、美しい無表情を続けるだけだ。
……人形に恋をするなんて、おかしいだろうか。
デリア。
抱きしめてほしいわけじゃない。想ってほしいわけじゃない。名前を呼んでほしいわけじゃない。ただ、私が彼女を愛したいのだ。私が抱きしめて、私が想って、私が名前を呼ぶ。それだけでいいのだ。
この、少女の姿をした人形を愛してしまうのは、同性愛者というわけではないと思う。もしかしたら、同性よりももっとおかしなものを愛しているのだから、私は酷く異常だろう。
異端でも構わない。好きの気持ちに偽りはないのだから。
彼女の金糸の中に指を通す。ふわりと軽い感触で手の中から零れていった。
ああ、デリア。
愛してる。
先日カフェで友人と会話したときのことをふと、思い出す。
「ねえあんた、彼氏とかいないの?」
ああ、困る質問だ。私は曖昧に笑って、答える代わりにコーヒーのカップに口をつけた。
「いつまでも一人じゃ、つまんないでしょ?」
自分には彼氏がいるからか、半ば私を見下すような視線を送りつつ、友人は言う。ムッとした私は彼女と視線を合わせないように言い返す。
「……いるよ、恋人」
言った瞬間、友人は口に含んでいたココアを吹き出しそうになって、噎せた。それから目を輝かせ、机に身を乗り出して言い寄る。
「えっ、本当!? よかったじゃーん! ねえねえどんな人なの?」
それで、私はもっと困ることになる。だって、デリアは人じゃない。人柄なんて存在しなかった。いつも話しかけているけれど、答えが帰ってきたことなんて一度たりともない。それが当たり前で、私だって返答は求めていない。造花が変わらぬ美しさでそこに咲き続けるように、デリアがデリアとして存在するだけで、私の心は一杯に満たされるのだから。
友人は未だ、私の答えを期待してこちらを見つめていたけれど、私は少し照れて、口元に手を当てて笑う。
デリア。その桜色のドレスから覗く白磁の肌。金糸の髪。長い睫毛。銀灰色の双眸。整った小さな鼻。薄い花唇。彼女を思い浮かべるだけで、頬が火照った。
言葉はなかったけれど、私のその反応だけで満足したらしい友人が、背もたれに体を預けて深く嘆息した。
「いいなあ。あんたラブラブみたいだね。うちなんてね、聞いてよこの間彼氏がさあ……」
友人の愚痴は一時間近く続いた。連絡を返すのが遅いとか、デート中に他の女の子を見ていたとか、喧嘩したときに態度がどうだとか。
うん、うん、と頷いて聞いていくうちに、相手がちゃんとした人間なら、私もこういう悩みを抱えたりしたのだろうか、なんて考えたりもした。
私がどれだけデリアを愛したとしても、デリアは何も返してはくれない。その美しい無表情を一時も壊すことなく、ただ机の上に座り続けるのだ。
コーヒーのカップの中、すっかり冷えてしまった残りを、一気に飲み干した。濃厚な苦味と香りが口の中に広がって、やがて消えていく。
「デリア、そろそろ寝よっか」
うん、なんて返事はないが、私は彼女を抱えると、寝室に連れて行った。
デリアの小さな頭をそっと枕の上において、体に毛布をかける。私も同じベッドの中に入って、横になった。
おやすみ、デリア。囁くように声をかけて、私は目を閉した。
そうして、思考する。先日友人の話を聞いていて、少しだけ想像したことがある。もし、デリアと全く同じ容姿の女の子が存在したとして、その女の子と暮らしていたとしたら。
ただいま、と声を掛ければ彼女はそれはそれは可愛らしい声でおかえり、と返してくれるのだろう。その唇に自分の唇を重ねたなら、暖かくて柔らかい感触が伝わってくるのだろう。そのまま抱き締めれば、彼女もまた、私の背に小さな手を回してくるのだろう。今日はこんなことがあったのだと話しかければ、その頬を綻ばせて相槌を打ってくれるのだろう。私の作ったご飯を、上品に口に運んで、でも好き嫌いだってするのだろう。そろそろ寝ようかと言えば、まだ起きていたいの、と我儘を言うことだってあるのかもしれない。
「好きだよ、デリア」
「ええ。わたしも、あなたのこと好きよ」
小鳥のさえずりのように愛らしい声で、笑顔で、そう答えるデリアがいる──。
はっとして私は思わず飛び起きた。
頬は濡れていた。両目から、次から次へと涙が溢れてきて、止らない。
咄嗟に悟り、罪悪感に体が震えた。
違う、違うのだと首を横に何度も振った。
私は、デリアがデリアであるだけでいいはずなのに。造花は造花のまま、作られた美しさで咲き誇る。それでいいのに。生花のように、風に柔らかく揺れて、瑞々しく咲き誇り、いつかは枯れてしまうのを。生を求めた。
彼女の声を、愛を、求めてしまった。
私は傍らで横たわるデリアを胸に掻き抱いた。固くて冷たい頬に触れて、ごめんね、ごめんね、と何度も謝った。相変わらず、デリアは美しい無表情で何処かを見つめるばかりだった。
彼女は私を許すこともなければ、見放すことも、軽蔑することもない。
それに耐えられなくなった自分を知った。叱ってほしい。許さないでほしい。愛してほしい。
デリアにできないことを、沢山、沢山求めて、泣いて、泣いて。
泣き疲れて眠ったら、朝になっていた。
「……おはよう、デリア」
デリアは何も答えない。
私はベッドから降りると、朝食の支度をした。
味気ないトーストと、苦いコーヒーを飲む。黒い液体の中に、表情のない自分が浮かんでいる。苦くて、美味しくない。なのに、なんで飲むのだろう。
カップの中に残ったコーヒーは台所に流してしまった。それから、スーツを着て、髪を結んで、軽く化粧をする。
家を出る前に、透明のビニール袋を取り出してきて、中に桜色のドレスの人形を入れた。
家を出て、駅とは反対方向に歩き出す。ゴミ捨て場だった。そこに、人形の入ったビニール袋を置いていく。
……私は、なにをあいしていたのだろう。
無表情にゴミ袋を一瞥して、踵を返した。カツカツ、とヒールの音を引き連れて。
***
この話を書くに当たっていろいろ調べましたが、人形に対する愛着はピグマリオンコンプレックス、とか、アガルマトフィリア(人形フェチ)と言うそうです。
彼女は、真のそれにはなりきれなかったようですけどね。
- Re: ジャックは死んだのだ【短編集】 ( No.60 )
- 日時: 2020/04/15 19:25
- 名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)
♯46 大根は添えるだけ
ある人は、人間は案外簡単に死ぬと言う。かと思えば、人間はしぶとく生き残ると言い出す人もいる。それこそ、ときと場合によるのだろう。
「でもこれ、やっぱ死んでるよね」
部屋にいる人たちを見回しながら、僕は言う。彼らは小さく頷くとか、目を逸らすとか、薄く笑うなど、様々な反応を見せた。それが彼らの人となりを表しているようだった。
部屋の真ん中に横たわる遺体の男。名を根上(こんじょう)と言う。それから、先ほど目を逸らした長い髪の女は、根上の彼女で、土橋(どきょう)。悲しげに頷いてみせた少女は、園芸部の木愛(きあい)。そして、じっと僕から目を逸らすことなく薄い笑顔を浮かべ、その手や額に血を付着させている男は、犯入(はんいり)と言う。
彼らを部屋に集めたのはこの僕、担底(たんてい)だ。
「さあ、根上を殺したのは誰、か」
僕が言うと、部屋の空気は重たく、張り詰めたものになる。強張った顔をした女子二人のうち、泣き出したのは土橋だった。
「こんな死に様って、流石に無いわよ……!」
根上の彼女であり、第一発見者である彼女は、溢れる涙を拭いもせず、根上の遺体を指差した。
「確かに、こんなの酷いですよね。というか、これは先生に言いに行った方がいいのでは?」
木愛は控えめな声でそう主張する。
確かに、学生でしかない僕らが、人間の死をどうにかできるとは思えない。だけど僕は、まず彼らを部屋に集めた。根上の死を、他人に任せたくはなかったのだ。そう、僕と根上はクラスメイトで、友達のいない僕に陽気な根上が数回話しかけてくれた程度の関係なのだ。──つまりは、ほとんど他人レベルなのだが。
ただたんに、僕は犯人を見つけたという伝説を作り、学校で人気者になりたいだけだった。
いや? ちゃんと犯人を見つけて、根上の無念を晒したいとも思っているよ、一応。
僕はわざとらしく顎に手を当てて、教室の彼らを見回した。
「犯人はこの中にいる。それは確実なんだ。だから、まだ先生には何も言わない。職員室に行くのは、犯人を見つけてからにしよう。それにしても──」
教室の床に横たわる根上の腹部を見て、僕は顔をしかめる。
横たわる根上の腹部には、白くて太い、立派な大根が突き刺さっている。青々とした葉っぱの部分は新鮮で、採れたての良い大根だとわかる。
死因は大根が腹に刺さったことによる失血死。自ら腹に大根を刺すなんてことは難しいだろうから、根上は何者かに刺殺されたのだと推測できる。
こんなに太い大根が腹部の皮膚を突き破ったのだと考えるとかなりゾッとする。犯人はそれだけ恨みを込めて、勢い良く大根を突き刺したはずだ。
恨み、といえば、土橋。彼女としてお付き合いをしていたなら、何かしらの痴情のもつれなどが生じて、殺意を抱いてもおかしくない。
「どうなんだい、土橋さん。あなたは根上に殺意があったのでは?」
僕が問うと、彼女はじりろとこちらを睨みつけてきて、涙混じりに叫んだ。
「そんなわけないじゃない! あたし達、今日もこれからデートの約束だったのに! 彼が遅いから探しに来たら、この教室で大根が刺さって死んでいたのよ! 誰かに殺されたんだわ、こんな惨めな死に様で……酷い、酷すぎるわよ! こんな死に方じゃ、お葬式のときにも親族にヒソヒソ言われるに決まってるわよ、根上くん、大根で刺されて死んだんですってね、野菜を好き嫌いするからそのバチが当たったんだわ、ってね!」
一通り喚き散らすと、土橋はまた声を上げて泣き出した。それを神妙な顔をした木愛が宥めている。
木愛。彼女は園芸部で、この採れたての立派な大根も、恐らくは園芸部で育てられたものだろう。動機は不明だが、木愛が一番凶器である大根を用意するのは容易かったはずだ。
「この大根、園芸部で育てられているものだよね?」
僕が訊ねると、木愛は顔を歪めて僕を見た。
「そうですよ。私達園芸部で愛情込めて育てた大根がこんなことに使われるなんて、許せないですよ。ああ、もしかして私を疑ってます? こんなことする訳ありませんよ、私がどれだけ園芸部を愛してると思ってるんですか? 自慢じゃないですけれど、部活を優先しすぎて留年してますからね、私」
「本当になんの自慢にもならないから笑える……」
死体の横たわる部屋で不謹慎にもくつくつ笑いだしたのは、手や顔に赤い液体──まあ間違いなく血液だろうを付着させた男子生徒、犯入だ。
部屋の隅で笑う犯入を見て、木愛がはっとしたように言った。
「ていうか私達を疑う前に、この血塗れの男を疑うのが先なんじゃないですか? だって明らかに怪しいですよ、こんなに顔や手に血付けて!」
僕も犯入を見て、頭を掻く。
「いや、うん……。僕も怪しいとは思ったんだけど、そんなにモロ犯人は俺! みたいな見た目されてると、ミスリードかなって思って、犯人は別にいるのかなあなんて考えてしまってね……」
「どう考えてもこいつがやったに決まってるわよ!!」
未だ泣きやまない土橋が、鼻声で喚く。そうして、今度は犯入を睨みつけると、決めつけたように言った。
「彼とどんな関係だか知らないけれど、あんたが殺した! そうなんでしょ?」
犯入は、少し目を細め、肩を竦めながら、うーん、と煮えきらない返事をする。それから木愛の方を見ると、薄く笑いかけた。
「木愛さん、園芸部なんだっけ。悪いね、この大根、勝手に取ってったのは俺なんだよ」
「な……!?」
まさかのカミングアウトに、場の空気が凍りついた。
「じゃ、じゃあ、根上を殺したのは、犯入!?」
「それは違うよ。でも、俺は近くで見ていた」
僕の言葉をやんわり否定して、犯入は笑う。彼のくつくつという乾いた笑い声が、部屋では不気味に響いた。
犯入は、ゆったりとした足取りで根上の遺体に近寄っていき、その傍らに屈んで、優しく大根の表面を撫で付ける。
「根上はね、俺に大根を持ってくるように頼んだんだよ。電話ですぐに持ってきてって言われて、なんか急いでたみたいだから、買いに行くより、園芸部の土に埋まってるやつ取ってきたほうが早いかなってさ、持ってきたんだけどね」
言いながら、犯入は部屋にいる生徒たちの顔を見回した。
「そもそも皆、おかしいと思わないのかな。大根で人が殺せるわけ無いじゃん。この部屋に来たときには、根上はもう、腹に大穴を開けて死んでたんだよ」
「嘘……なら、どうして大根なんかが」
ようやく泣きやんだ土橋が呟くと、へらっと笑い、犯入が答える。
「丁度いい穴が空いてたから、俺が腹に大根を嵌めただけ。この血はその時についちゃったもの」
「いや、何してるんですかあなたは!?」
大根を勝手に持ち出されたことを怒るかと思っていたが、木愛はまず普通にツッコんだ。本当に犯入は何をしているのだか。
僕が犯入に呆れた視線を送っていると、土橋が口元に手を当てながら言った。
「そうなると、彼のお腹に大穴を開けて殺した、別の誰かがいるってことになるわよね?」
「待ってよ土橋さん。今の犯入の話を信じるのかい? 大根刺したってことは、それで殺したんだって考えるのが普通じゃないかい? 他の犯人なんているわけないだろ、犯入が嘘をついてるんだ」
僕が早口に言うと、木愛がじろりとこちらを見てくる。
「担底さん、急に決めつけるような言い方して、どうしたんですか。大根で人が殺せるわけはないんですから、犯入さんは犯人じゃないですよ」
「えっ、さっきまで皆根上は大根刺さって死んだって信じきってたのに、急に手の平返してくるじゃないか」
「てゆーか、あたし達勝手に担底に怪しいとか疑われて部屋に集められたけど、一番怪しいの担底じゃない?」
「なん……!?」
さっきまでめそめそ泣いていたくせに、土橋が突然、疑いをこちらに向けてくる。
「だって、さっさと先生に彼の死体が見つかったこと言いに行けばいいのに、何故かあたし達を部屋に集めて犯人探しなんてしてさ、こういうとき一番犯人が見つかってほしいって考えるのって、真犯人じゃないの?」
木愛と犯入も、口を揃えて確かにとか、なるほど、なんて言っている。なんだかまずい展開になってきた気がした。
相変わらず、口元を緩めたまま、犯入がこちらを見つめて、指さしてくる。
「ねえ、根上を殺したのは──担底くん、君なんじゃないの?」
「……、……」
僕は額に冷や汗を浮かべながら、にっと笑った。
***
ふざけて書いた。でも、いまいち面白い話をかけた気がしないから、私にはコメライ的な陽のノリ、無理なんだと思います! 人死んでるしな。
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