複雑・ファジー小説

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断捨離中【短編集】
日時: 2024/02/21 10:09
名前: ヨモツカミ (ID: AZCgnTB7)

〈回答欄満た寿司排水溝〉すじ>>19
♯8 アルミ缶の上にある未完 >>8
♯12 夜這い星へ、 >>12

〈添付レートのような。〉らすじ>>23
♯14 枯れた向日葵を見ろ◆>>14
♯17 七夜月アグレッシブ◆>>17

〈虚ろに淘汰。〉すじ>>27
♯19 狂愛に問うた。 >>21
♯21 幸福に問うた。 >>24

〈曖昧に合間に隨に〉じ>>35
♯22 波間に隨に >>28
♯23 別アングルの人◆>>29

〈たゆたえばナンセンス〉あ>>41
♯27 知らないままで痛い◆>>36
♯28 藍に逝く >>37
♯29 Your埋葬、葬、いつもすぐ側にある。 >>38
♯30 言の葉は硝子越し >>39
♯31 リコリスの呼ぶ方へ >>40

〈拝啓、黒百合へ訴う〉ら>>51
♯32 報われたい >>42
♯33 真昼の月と最期の夏 >>43
♯34 泥のような人でした。 >>44
♯35 夜に落ちた >>47

♯37 銀と朱 >>49
♯38 海の泡になりたい◆>>50

〈ルナティックの硝子細工〉す>>56
♯39 愛で撃ち抜いて >>52

♯41 あたたかな食卓 >>54
♯42 さみしいヨルに >>55

〈ジャックは死んだのだ〉あ>>64
♯43 さすれば救世主 >>57
♯44 ハレとケ >>58
♯45 いとしのデリア >>59
♯46 大根は添えるだけ >>60
♯47 ねえ私のこと、 >>61

〈ロストワンと蛙の子〉じ>>70
♯48 愛のない口付けを >>65
♯49 ケーキの上で >>66
♯50 だって最後までチョコたっぷりだもん◆>>67-68
♯51 暗澹たるや鯨の骸 >>69

〈愛に逝けば追慕と成り〉あ>>79
♯52 鉄パイプの味がする >>71
♯53 リリーオブザヴァリー◇>>72
♯54 海に還す音になる◇>>75
♯55 そこにあなたが見えるのだ。◇>>76

〈朗らかに蟹味噌!〉あ>>87
♯56 お前となら生きられる◇>>82
♯57 朱夏、残響はまだここに◇>>83
♯58 夢オチです。◇>>84
♯59 あいしてるの答え >>85
♯60 さよならアルメリア >>86

〈寄る辺のジゼル〉あ>>90
♯61 熱とイルカの甘味 >>88
♯62 燃えて灰になる◇>>89

Re: ロストワンと蛙の子【短編集】 ( No.66 )
日時: 2020/05/22 10:43
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)

♯49 ケーキの上で

 コチ、コチ、コチ。弱い照明が照らすアンティーク調で落ち着いた雰囲気の店内。薄暗い時計屋の中は、沢山の規則正しくも、か細い音に溢れていた。カチ、カチ、カチ。心音に似ているせいなのか。この音はどこか心地よい。
 引き寄せられるようにして、近くのテーブルにあった秒針の音に視線を落とし、私はそれに優しく触れる。硝子製の立方体の置き時計。色と長さの異なる、三本の秒針が追いかけっ子する文字板の上を見つめて、私はふと首を傾げる。一番長いスカイブルーの針から背の順に並んで、エメラルドとインディゴの針が決められた調子で秒を刻む。でも、どうして秒針ばっかりなのだろう。数字のひとつも書かれていない文字盤は、空寂しい。それに分針や時針が存在しないのだ。硝子の表面に施された精緻な模様のせいか、なんとなくここにあることを許されてはいるものの、こんな時計じゃあ、時間なんて分からない。見た目こそとても綺麗な物なのに、時計としての機能を果たさないとなると、ただの置物に成り下がる。

「……時計は時を刻むだけのものじゃないのよ」

 私があんまり長いこと見つめていたせいか、店長である白いウサギさんが声を掛けてきた。

「綺麗な時計でしょう? 表面の塗装には特に力を入れたのよ。それが部屋にあるだけで、どんなにチープな部屋も一気に華やぐに決まってるわ」
「……やっぱり、ただの置物って感じなんですね」

 ウサギの彼女が語ったことについて考えると、この時計は本来の時計としての機能よりも、部屋の飾りとしての役割を果たすほうが得意らしい。そもそも置き時計というのは、大体は時間の経過と部屋の美しさを演出するものだ。ならば、時間を示せない時計にも存在理由はあるのかもしれない。
 ウサギさんは、何か不満でもあるみたいに、わざとらしく溜め息を吐いてみせた。

「あんたにはその時計がただのインテリアに見えるわけ? さっきも言ったでしょう。時計は時を刻むだけのものじゃないんだって」
「じゃあこの時計は何を刻んでるって言うんですか」

 ちょっとムッとしながら聞き返す。三本の秒針がぐるぐる永遠に追いかけ合うだけのインテリアで、文字盤には、何かを示す記号の一つも書いていない。時間を示せない時計は所詮部屋の華でしかないじゃない。私にはそうとしか考えられなかった。
 ウサギさんは夏の海を閉じ込めた硝子玉みたいな瞳をちょっと細めてから、悪戯っぽく笑って言う。

「持ち主の、寿命を刻むのよ」
「寿命?」

 彼女が言うには、三つの針はそれぞれ過去と未来と現在を表していて、購入した瞬間から、持ち主の寿命に従ってゆっくり寿命を刻みだすのだという。文字盤が空白なのは、今はまだ持ち主が存在しないからだ。買われたその日から、持ち主の残りの命を表す数字や記号が浮かび上がって、カチコチと針を進めるらしい。
 面白い時計だ。寿命、という生き物全てに与えられた残りの時間を刻む。ある意味では時を示しているのだから、正しく時計と言えるのだろう。命の終わりなんて、気が遠くなるほど長く、でも気がついたらあっという間の時を共にする。それがこんな見目麗しい時計なら、退屈しないかもしれない。
 試しに値段を聞いてみようとしたところ、ウサギさんは首を横に振るばかりだった。

「あんたみたいな若い子には売れないのよ。時計の方も、あんたに合わせて何周もしていたら、気が遠くなっちゃうわ」
「ええ。じゃあ、誰になら売れるって言うんですか」
「命の終わりが見え始めたヒト達よ。病気でもう先がないとか、高齢でいつ死ぬかもわかんないヒト向け」

 そういうヒト達が、自分の終わりを知るために買うのだと言う。自分達に残された時間を、誰とどうやって過ごすかとか、寿命時計に記された残り時間を見て、大切に、大切に、時を消費していくのだとか。
 そんなことが可能なのか、と大層驚いた。けれど、私の迷い込んだワンダーランドでは、案外それが普通のことらしい。
 いつか自分の世界へ帰ったときのお土産としてほしい、と言ってみたが、やはり断られてしまった。

「あんたは未来のある子供。終わりの時を刻むなんて、まだ早すぎるのよ」
「でも、私にもいつか必要になる日が来ますよね。おばあちゃんになって、いつ死んじゃうかもわかんなくなったとき。そのとき、寿命時計があれば、不安じゃなくなるのかも」
「どうかしらね? ワンダーランドの普通が通用しないあんたには、無用の長物だと思うわよ」

 だってね、と目を伏せたウサギさんのか細い声。

「秒針は嘘つかないのよ」

 直ぐに言われたことの意味はわからなかった。何処までも正確で、愚直に寿命を刻むこと。それに何の問題があるというのか。
 きっと、普通の世界で生きる私達にはその事実が耐えられないのだと。白ウサギさんは言ったのだ。
 決められた終わりがいつになるのか。それは唐突に、明日かもしれない。もう一週間長いかもしれない。だとしても、残された時間が明確に分かってしまえば、ヒトはそれに間に合うように行動を取ろうとするだろう。
 でももし、あと一時間なんていわれたら、もうなにも準備なんてしていられない。心の準備だって間に合わないし、怖くて怖くて、発狂してしまう者だっているかもしれない。明確に死へのカウントダウンをされたとき、私は耐えられるのだろうか。受け入れられるわけがない。怯えきって、死にたくないと喚くかも。
 この時計は、死神みたいだ。秒針が完全に止まったとき、自分の心臓も動くのを止める。その瞬間が来るまでを、あと一分、あと三十秒、と見守ること。それを平然とやって退けることは、私にはできないと思った。そうしてこの時計を破壊して、命の終わりなんて知らなかったことにしだすだろう。
 沢山考えて青くなった私を見て、白ウサギさんは呆れるみたいに笑った。

「死ぬのが怖いなんて、そっちでは当たり前の感情なんでしょうね?」

 問に対して、何も答えないし表情も変えられなかった私から、逃げるみたいに白ウサギさんは奥の部屋へ行ってしまった。なんで、寂しそうな顔をしていたんですか? 呼び止めて尋ねることは出来ただろうけれど、そうすることで、彼女を深く傷つけてしまうような気がして、私の言葉は行き場を失って霧散する。
 知るべきではないのだろう。ワンダーランドの常識なんて、何一つ。
 白ウサギさんのいなくなった店内で一人でいたら、丁度用事が終わったらしい帽子屋さんが私を迎えに来た。ウサギに一言挨拶をしていきたい、と帽子屋さんが言うので、私は先に時計屋を出ることにする。
 外に出てみると、雨が降っていた。小雨であっても、水に濡れるのは煩わしい事に変わりはない。
 嗚呼、最悪。そう思いながら空を見上げてみて、私は目を剥いた。雲ひとつない快晴の空から、確かに雨は降り注いでいるのだ。天気雨だって、雨雲が少しは見えているものだと思う。
 太陽の光と蒼穹から降りしきるそれは、奇妙で不気味にさえ思えたが、只々美しかった。
 ぼんやり空を見上げていると、ようやく店から出てきた帽子屋さんが雨に気付いて、自分の上着を脱ぐなり、私の頭に被せてくれた。ほんのり温かくて、なんとなく安心する。
 振り向いて変な天気ね、と声を掛けると、帽子屋さんは一瞬きょとんとした顔をした。だが、直ぐにああ、と口を開く。

「空が、泣いているんだ」
「……空がぁ?」

 何それ? と思わず眉をひそめる。今まで聞いたことのない言い回しだったからだ。ワンダーランドではよくあることなのだろうか。
 帽子屋さんは物を知らない私に小さく微笑みかけて、優しく教えてくれる。

「今日は雲がいないから、寂しくて泣いているんだろう」

 誰だって、寂しければ涙が溢れるだろう。空も俺達と同じだ。
 そう言って帽子屋さんは頭にのせていた帽子を取ると、その中に手を突っ込む。物理法則を無視して、腕が帽子の中に吸い込まれていき、それから引き抜かれた手には、大きめの蝙蝠傘が握られていた。
 それをバサリと開くと、帽子屋さんは行くぞ、と言ってさっさと歩いて行ってしまった。
 ……相合傘はしてくれないのね。
 もう一度見上げた空には太陽がいるのに。それでも泣き止まない空にとって、雲はどんな存在なのだろう。
 前を向けば、私のことなんて気にせずに歩いていってしまった彼の背中が随分遠くにあったので、走って追いつく。ねえ、と空と雲の関係を帽子屋さんに聞いてみれば、ショートケーキの上のイチゴみたいなものだろう、と彼にしては可愛いらしい比喩表現で。
 小馬鹿にしようとニヤニヤしていたら、やたらと歩くペースの早い帽子屋さんとの距離がどんどん広がっていた。
 小走りで捕まえた帽子屋さんの腕をしっかりと掴んで、もうはぐれないようにする。

「ねえ、ケーキとイチゴの話してたら食べたくなってきちゃった。ケーキ屋さんに行こうよ。私、イチゴのタルトが食べたい」

 歩幅をちっとも合わせてくれない彼が、頬を綻ばせて、ああ、と答えたので私は小さくガッツポーズをした。

「そもそも、俺達はお前には逆らえないからな。アリスの仰せのままに」

 ワンダーランドの掟はわからないが、彼らは基本的に私の我儘を聞き入れてくれる。だからと言って、横暴に振る舞ったりはしないのだ。私は淑女だから。何処かの女王のように、気に食わなければ首をはねてしまうような、そんな存在にはなりたくない。
 いつか正しい世界に帰るのだから、ワンダーランドに染まってはいけない。わかっているようで、不安定な感覚。私は本当にいつか、帰ることができるのか。
 一瞬過ぎった不安も、ケーキ屋さんの看板が見えて、美味しい紅茶を飲む頃には忘れているのだろう。
 そう。そうやって、全部忘れてしまえばいい。ワンダーランドは私を受け入れてくれるから。
 ──アリスの仰せのままに。

***
不思議の国のアリスオマージュのお話。ワンダーランドの日常を書きたかった。
常識や文化が違うってワクワクしちゃいますよね。だから異世界ファンタジーは素敵なんだ。
絶対に一緒じゃなければならない関係は尊い。一人でも生きていける誰かと誰かが一緒に生きることを選ぶことを結婚と呼ぶように、誰かと共にあることは尊いこと。

Re: ロストワンと蛙の子【短編集】 ( No.67 )
日時: 2020/05/31 19:51
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)

♯50 だって最後までチョコたっぷりだもん

 今日、全てのテレビ番組がある話題について報道していた。
 居間にいる母が「どの番組も臨時ニュースだわ、なんなのよ」と愚痴を零しているのを聞き流しながら、僕は自分の表面のチョコレートを整えていた。
 きのこ・たけのこ戦争に終止符が打たれてから20年。僕らたけのこ達にこれといって脅威は無く、戦争による惨禍の事さえも忘れ、里のたけのこ達は平和に暮らしていた。
 きのこさえ滅ぼせば里の皆が安心して暮らせる。誰もがそれを信じて疑わなかったのに。母さんが見ていたテレビ画面の向こうで、ニュースキャスターが信じられない事を口にしていた。

「隣国のアルホート達が、武装して里に攻め込んで来ました」

 と。
 僕も母も、同じ顔をしていたと思う。なんとなく聞き流していた筈の僕も、耳を疑って、思わずテレビ画面に釘付けになった。いつも落ち着いた様子の男性ニュースキャスターも、今日は酷く口調が荒い。

「母さん、アルホートが……攻めてきたって」

 母に掛けた僕の声は震えていた。でも、母は返事もしなかったし、振り返りもしなかった。
 窓の外から聞き馴染みの無いサイレンがけたたましく鳴り響いて、思わず大きく肩を跳ねさせる。僕の額に植物油脂が滲む。外が気になったけれど、製造から1ヶ月を過ぎたばかりの幼い僕には、そちらに顔を向ける勇気はなかった。

「アルホートの国って、すぐ隣だし……避難したほうが」

 母はやっぱり返事をしなかった。僕の不安げな声など聞こえていないのか。
 ねえ、逃げようよ。もう一度声をかけるのに。母は頑なに振り返ろうともしないし、返事もしてくれない。一瞬苛立ちを覚えもしたが、母は無視をしているのではない、という事を悟った。明らかに様子がおかしいのだ。ニュースキャスターの繰り返す声にも余裕が無くなっていって、それに煽られるみたいに僕の身体を構成する小麦粉が、カカオマスが、膨脹剤が、粟立つのがわかった。
 外から響くサイレンの音に、たけのこの叫び声が交じる。里のたけのこ達が避難を始めているのだろう。
 僕は母の側に近寄って荒々しくその肩に触れる。

「ねえ、かあさ──」

 ドロッ、と。
 母さんの身体の表面は、僕が触れた部分のチョコレートが剥がれ落ちていた。そして自分の手に纏わりついている生暖かいものは、母さんのチョコレートで、

「あ、ああ、か……か、あさん」

 よく見れば既に母の身体の表面はドロドロとチョコレートが溶け始めていた。僕のクッキー生地は引き攣って、悲鳴を上げることさえできない。呼吸もままならず、立つことも困難になってその場に腰をぬかしてしまった。
 どうしてお母さんがこんなことに。どうしよう、どうしよう!
 怯え竦んで僕が動けないでいると、突然、窓を叩く騒音が響いた。

「何してんだたけ助! 早く逃げろ!」
 隣に住んでるおじさんが、すごい剣幕で叫んでいた。

「でも、かあさんが……」
「クソッ、たけ江はアルホート軍の熱戦にやられちまったか……! あいつら、特殊な熱の光線を里中に撃ち込んでいて、浴びたやつは表面のチョコが溶けてグズグズになっちまうんだよ!」
「なにそれこわい! ぼ、僕も逃げなきゃ」

 僕はおじさんと共に逃げ出すために、窓の鍵を開けて、飛び出した。
 里は大荒れで、逃げ惑う人々の甲高い悲鳴や、家から上がる炎、空を飛ぶ戦闘用飛行機のエンジン音や、けたたましいサイレンでごった返していて、幼いながらにこれが地獄なのだと悟った。
 里の上の方に逃げてくると、流石にアルホート軍も攻めては来なかった。上の方には、多くの避難してきたたけのこが集まっている。皆、悔しそうな顔をしていたり、泣いていたり。熱線を浴びてもなんとか逃げてきたのか、若干表面が溶けているたけのこもいた。僕も、お母さんを置いて逃げてきた。本当に、皆が悲しみの渦の中にいるのだと知った。
 僕の手を引いて逃げてくれたおじさんも、顔のチョコレートを歪めながらにぼやく。

「ひでえ有様だよな……これが、同じお菓子のやることかよ」

 灰と赤に染まる異様な空を眺めながら、僕らは地獄と化した里を見下ろしていた。そこら中の家から煙が上がり、焦げたチョコレートの甘い臭いがする。
 酷い。どうしてこんなことを。僕は歯を食いしばって、目元から麦芽エキスを溢した。お母さんを。里を。何もかもを奪ったアルホート達が憎くて。次から次へと麦芽エキスが溢れた。

「……してやる」
「え?」

 思わず声が漏れて、おじさんが聞き返す。
 僕は濁った空を睨み付けて、叫んだ。

「一袋残らず、アルホートのやつらを……駆逐してやる!」

 それは僕の、強い憎しみと深い悲しみの、復讐劇だった。


(続きます>>68

Re: ロストワンと蛙の子【短編集】 ( No.68 )
日時: 2020/06/05 19:12
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)


***


 甘ったるい焦げたチョコレートの臭いに顔をしかめながら、俺はたけのこの里を征く。

「一体何が起こったって言うんだ……?」

 里のそこら中が、粉々になったビスケットと、溶けたチョコレート塗れになっている。一体いくつのたけのこが殺されたのだろう。予想もつかぬ程の犠牲。考えるだけでカカオマスがくらくらしそうだ。
 俺はしばらくの間、里を離れていて帰ってきたらこれだったのだ。何もわからない。きのこ・たけのこ戦争は20年も前に終戦して、たけのこ側が圧倒的な勝利を収めたはずだった。だから、きのこの奴らが今更戦争を仕掛けてきたなんてことはないだろう。だとすると、考えられるのは別のお菓子。
 一番考えられるのは隣国のアルホート達だろう。あいつらは味とかお菓子のコンセプトが似ているからって、昔から里の者たちに因縁をつけてきていたし、なにより恐ろしい支配欲があった。
 ならば考えられるのは、アルホート軍による一斉攻撃を受けて、殆どの里のものが塵と化したのではないだろうか。
 そう考えて歩いていると、不意に自分以外の足音が聞こえたので、民家の影に隠れた。
 現れたのは、ビスケットにオシャレな船の絵を描いたチョコレートを貼り付けている特徴的な姿のお菓子。アルホートだった。数は三個だ。がっちりと武装して、辺りを見回しながら歩いている。
 どうやら里を襲ったのはアルホート軍であると考えて間違いないようだ。我が物顔で里に踏み込み、きっと逃げ遅れたたけのこを探し回っているところなのだろう。許せない。
 俺は常日頃から身に着けているナイフを構えて、踏み込む準備をする。完全に奴らの背後を取って、暗殺してやろう。そう、俺の本職は暗殺チョコレートだった。
 アルホート達が背中を見せ、今だ、と思ったとき、別の民家の影から飛び出してくる、お菓子の姿があった。

「お母さんの仇だ!」
「なにっ」

 不意を付かれたアルホートは、攻撃を躱すことが出来ずに、棒状の物で強く殴りつけられて、ビスケットにひびが入ってその場に倒れた。
 やったのは、長くて丈夫な棒。それを両手に握りしめただけの、まだ幼いたけのこだった。
 残りのアルホート達が身構える。

「何だこのガキ! たけのこの残りか! この熱線銃で溶かしてやらぁ!」 

 アルホートが銃を発砲する前に、俺は動く。
 たけのこの少年がやられるよりも先に、ナイフでアルホートのビスケットとチョコレート部分の隙間にナイフを潜り込ませ、掻き切った。悲鳴も上げられずに、アルホートは絶命する。
 残り一個とはどう闘おうか。そう思って正面に構えたとき、また別のところから甲高い声が上がった。

「お願い! もう私のために争わないで!」

 アルホートたちが歩いてきた民家の角からだ。女性の声だろう。別にお前のために争っていた覚えは一切ないが、思わずそちらに視線を送る。

「きのこ……? 否、なんだ、お前のその姿は……」

 そうして、思わず声を漏らす。その女は独特な見た目をしていたのだ。きのこのようにビスケット部分は細長いが、チョコレート部分はたけのこの形をしている。これは、きのことたけのこ、両方の特徴をかけ合わせたようだ。
 女は怯えた面持ちを見せながらも歩いてきて、アルホートと俺の前に割って入った。

「わ、私は……きのこの父と、たけのこの母の間に産まれた……たきのこ」
「たきのこって何だよ! 変な造語作り出すなよ!」
「そんな言い方ないじゃない! 私だって、きのこにもたけのこにも成りきれない自分のこと、悩んで生きてきたのに!」

 知らんがな、と思いつつも俺はナイフを構えるのはやめた。アルホートの方も、銃を下ろす。両者の戦意が喪失したことを確認して、たきのこを名乗る女が、アルホートの方に向き直る。

「もう、こんな事やめましょうよ。山にも里にも居場所がない私は、アルホートの国に助けを求めたわ。でも、私は私の居場所が欲しかっただけなの。こんなふうに、里を滅ぼしてほしいなんて頼んだ覚えはないわ」

 悲しげに語るたきのこを一瞥して、アルホートはくっくっと笑い出す。何がおかしい、と俺が口にする前にアルホートはたきのこを蹴り飛ばした。

「なっ!?」

 倒れたたきのこに、たけのこの少年が駆け寄った。たきのこは特に大きな怪我をしたわけではなさそうだ。安心して、俺はアルホートを睨み付けてナイフを構える。

「どういうつもりだ?」

 アルホートはしばらく黙って肩を震わせていたが、急に決壊したように口角を吊り上げて、下品な笑い声を響かせる。

「ハハハハハッ! たきのこよ、そうだ、お前の存在を口実に、我々アルホートはたけのこの里を攻めたのだ。そうしたら、思いの外簡単に潰せてしまってなあ……! まったく、歯ごたえのない連中だよ!」
「な、なんですって?」

 動揺するたきのこと俺の事を嘲笑うように見据えてから、アルホートは銃をこちらに向ける。

「もうきのこの山もたけのこの里も我らアルホートの民が支配する!! 故に、貴様らには溶けてもらう! その身体も砕いて、新しいアルホート製造の材料にしてくれるわ!」
「させるもんか!」

 そう叫びながら前に飛び出してきたのは、たけのこの少年だった。アルホートも、ただの子供は眼中になかったのか、突然現れた刺客に僅かに隙を見せた。しかし、アルホートはたけのこの少年が殴りかかってくるのを綺麗に躱して、少年を蹴り飛ばす。やはり素人では歯が立たないのだろう。
 それでも、地面に倒れ伏しながらも少年は悔しそうに呻く。

「目的なんか知らない。どんな理由があっても、お前たちアルホートは、母さんを殺した! その事実は変わらないんだ! だから僕が、復讐してやるんだッ」
「ふん、ガキが。どれほど立派なことを唱えようとも、お前は無力だ。力のない者は、強者に蹂躙されるだけよ」

 アルホートが少年のチョコの表面に銃を突きつける。

「や、やめろ! 子供まで巻き込むことないだろ!」

 そう言って俺がアルホートに飛びかかっていっても、奴はサラリと避けて見せる。さっき倒したアルホートとは全然動きが違う。こいつは相当強い。
 フェイントをかけながら、ナイフをアルホートの喉笛に滑り込ませる。敵の表面のチョコレートが少し削れて、甘い香りが鼻を掠める。浅い。こんな攻撃では駄目だ。そう思考しながら距離を取ろうとした瞬間、アルホートの持つ銃が発砲された。それをナイフで防いだのが悪手だった。威力に負けて、ナイフが手元から離れてしまったのだ。

「丸腰で我に敵うとは思うまいな?」
「くっ……」

 勿論、ナイフを拾いに行く隙なんて無い。負けた。たきのこ女とたけのこの少年だって、何かができるわけではない。俺達は完全に、負けを確信してしまった。
 斜め後ろにいたたきのこを一瞥して、視線を交わすと、黙って頷いた。運命を受け入れるしか無いのだと、俺達は諦めるしかなかった。

「ああ。私達、最期まで、チョコたっぷりだったわ……」

 たきのこが口にした言葉は、遥か昔に滅んだとされる伝説の民族の矜持だった。チョコレートのお菓子である以上、誰もがその言葉を大切にしたと言われている。皆、どんなときもチョコレートのお菓子であることを忘れず、誇らしく思え、という意味の言葉だ。
 それを辞世の句に選ぶか。そう思うと、乾いた笑いが溢れる。

「……殺せよ」

 俺の言葉に、アルホートは不敵に笑い、銃口を突きつけてきた。
 そして、引き金に指をかける。














「その点トップォってすごいよな、最期までチョコたっぷりだもん!」

 そんな声が、銃声の代わりに突如戦場に響いた。
 驚いて、皆顔を上げる。

「なっ、貴様、貴様まさか、そんなっ……」

 アルホートが分かりやすく狼狽えた。当たり前だ。その姿を目にすれば、皆が同じ反応をするだろう。
 細長いプレッツェルに、上から下までたっぷりと詰まったチョコレート。
 そうだ。彼は伝説の民族トップォ! 高台の上から俺達を見下ろしている。彼を後ろから照らす太陽が、後光のように差していた。それがなんとも神々しくて、頼もしくて。
 トップォは飛び上がると、その細長い体躯を自在に振り回して、アルホートを粉々に砕いた。

「ぐあああ! なんて強さだ! やはり、伝説の民族……! しかし、貴様らは遠い昔に滅んだはずではーーッ」
「なんか知らないけど都合よく生きていたという話さ! ハハハッ! 邪な考えを持つお菓子は小麦畑からやり直しておいで!」

 俺は思わず拳を握って目を輝かせた。たきのこも、子たけのこも、皆同じ顔をしていた。
 やっぱり伝説の民族は強い。俺達を助けてくれたのだ。
 トップォは一通り暴れ回ると、俺達に流し目をして、そうして何も言わずに去っていった。

「かっこいい……やっぱり彼は、最後までチョコたっぷりね」
「ああ」

 その後も、トップォはアルホートの国に一人で乗り込んで、この争いを鎮めるために奮闘したという。
 何もかもを終わらせたあと、トップォはまた、どこか遠いところへと消えてしまった。戦を鎮めた英雄の名は広まれど、その消息を知る者は誰もいない。
 でも俺は、思うのだ。きっとこの世界のどこかで最後のときまでチョコたっぷりで暮らしているのだろう、と。

***
伝説の第一回氷菓子を添へて、に投稿した作品をリメイクして続きを書きました。色々と頭がおかしい。

Re: ロストワンと蛙の子【短編集】 ( No.69 )
日時: 2020/06/17 21:40
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)

♯51 暗澹たるや鯨の骸

 僕の話を聞いてくれるかい。
 最近、夢を見るんだ。いつも同じ夢を。

 泡沫に呑まれて、自分がわからなくなった頃。カプカプ、カプカプ。不思議な笑い声に誘われるようにして、君は沈んでいくんだ。淡く蒼い光の中、声を出そうとすれば、代わりにあぶくが上がる。
 君には罪があるから、海の底に沈められたのさ。揺蕩う鰯が群れを成しながら言った。
 謂れのない罪に戸惑うのは、自覚がないだけさ。海月たちがせせら笑う。
 カプカプ声に混ざって、歌が聞こえてきた。高く、幻想的なそれが、まだ見ぬ海底から、君を呼んでいるのだ。
 君は殺しをしたのさ。罪無き穢れ無き魂を、君が銀のナイフで抉ったのさ。岩陰の蛸が炭を吐きながら喚いている。
 まだ不安そうな顔の君が、必死に何かを思い出そうとして、何もわからずに、迷子の子供みたいに項垂れる。ただ呼ばれているから、歌の方へ、海の底へ、君は沈んでいくばかりだ。君は自らの罪を思い出すことはできない。罪の自覚も無い。誰になんの許しを請えば良いのかわからない。なのに、咎める海の住人たちの声に耳を傾けては、胸を痛めている。
 お前が悪いと言われれば、私が悪いのだと信じ込んで、罰を求めて深海に沈んでいく。
 仄暗い蒼に染まった海底に足をつけると、君の前には巨大な魚の骨が横たわっている。
 ほら、そろそろ思い出す頃だろう。君が殺した彼が目の前にいるよ。鮫たちの囁きに、君は目を剥くだろう。
 彼は皆に愛されていたのに。君が殺したんだ。残念だ、残念だ。そう口々に言うのは鯱の親子だ。

「鯨の、骨?」

 あぶく混じりの声で君が言う。それは確かに鯨の白骨化した亡骸だ。
 肋骨の隙間を縫って泳ぐ小さな魚達が思い出せ、早く思い出せ、罪人め、と言い募る。
 でも君は、最後まで何も思い出せないんだ。
 責め立てる魚達が何を言おうとも、大きな鯨の骨を見つめていても、君からは罪の記憶が抜け落ちていて。首を横に振るばかりだ。
 何故だ。君が悪いのに。なんて薄情な。最低だ。多方面から、君を責める声が響いている。君は煩わしそうに耳を塞いで、それから、

「ごめんなさい」

 その言葉に呼応するように、横たわっていた鯨の骨がゆっくりと起き上がった。海底の砂が巻き上がる。鯨の骨の隙間を泳いでいた魚達が一斉に逃げ出した。
 罰を受けろ。罪を償え。僕達の悲しみを知れ。海の住人たちの声に君は頷いて、ひたと鯨の顔を見つめる。
 再び歌が聞こえた。高く不思議な旋律。それが鯨の骨から響いているのだと、僕と君は今更気がついて。

「ごめんなさい。私には、あなたのことわからない」

 泡沫に包まれた声に、僕は呆れて、ありもしない肩を竦めたくなる。君は思い出してくれないんだ。何もわかってくれないんだ。
 鯨の顔の骨に、左右対称で空いた穴。本来なら瞳があった部分から、雫が溢れたような気がした。でも、海中ではそんなものわかるはずがないから、きっと気のせいで。
 鯨の大きな口が縦にゆっくり開かれる。生え揃った鋭利な牙が剥き出しになって。
 そうして一息に君を飲み込んでしまった。
 音もなく。あぶくだけが辺りに漂った。
 罪人は裁かれた。裁きは下された。喜ぶような魚達の声に包まれて、やがて辺りの光が失われていく。大きな鯨の骨の輪郭さえ見えなくなって、ただ悲しげな歌だけが聞こえ続けて。そうして僕は目を覚ますのだ。

 夢から目を覚ました僕は、何故かいつも泣いていた。何が悲しいのか、それとも悔しいのか、怒りにも似た感情に胸中が掻き乱されて、涙を零す。
 ただ大きな感情がそこに存在するのに、それがなんであるかがわからない。現実の君を見ては、夢の君と重ねて、泣き出してしまいたくなる。
 君は、僕のことを何も知らない。僕だけが君をずっとずっと、知っている。
 どうしてこんなに知っている僕が、こんなに遠いのだろう。海に手を伸ばしても海底には届かないように、君の隣にいたって手は届かないようにできている。
 海底で鳴く鯨の歌は、同じ海にいたって届かないし、尚の事、君には聞こえない。
 それが寂しいのか、遣る瀬無いのか、気に食わないのかはわからない。
 君が僕を殺したのに。君はその自覚さえないのだろう。死んだ僕の、暗澹たる胸中なんて、想像も付かぬだろう。
 時々、狂いそうになる。君の横顔を見ては、届かない声にもどかしくなって、頭を掻き毟って、独り叫びながら走り出してしまいたくなる。狂気に身を任せることのほうが、幾分ましだろう。なのに僕は、ただ涙を零すだけなのだ。
 海水と大差ない涙の雫なんて、最初から無かったみたいに波に攫われていく。それで良かった。
 大海がこの感情まるごと、攫ってしまえばいい。
 何も知らないという罪過に汚れた君に、届かなくたって構わない。
 ただ。僕は今日もまた、君に罰を与えるのだ。
 許さない僕らと、許されない君が触れ合うことは、永遠にないままで。

***
このタイトルで本を作ろうと思っていました。その本の看板作品として書き下ろしたものです。
君に殺された僕と、自覚のない殺人者のすれ違いは、往々にして起こるものです。

Re: ロストワンと蛙の子【短編集】 ( No.70 )
日時: 2020/06/25 10:43
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)

〈ロストワンと蛙の子〉
壁のシミが消えない。
ところで君はやけに醜く見える。
探さないで下さい。
置き手紙と共にいなくなって、大海に身を投げる君を、誰が知っているというの?

♯48 愛のない口付けを >>65
カエルの王様のオマージュ作品。化物×姫が好きな人にオススメしたい。

♯49 ケーキの上で >>66
不思議の国のアリスのオマージュ作品。ワンダーランドの異世界感を味わって読んでほしいです。

♯50 だって最後までチョコたっぷりだもん◆>>67-68
この短編集には珍しいコメディ作品です。読んでいると頭がおかしくなります。

♯51 暗澹たるや鯨の骸 >>69
海底の描写を楽しみたかった。雰囲気を楽しみつつ、すれ違いの小さな痛みを味わいながら読んでほしい。


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