複雑・ファジー小説
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- 断捨離中【短編集】
- 日時: 2024/02/21 10:09
- 名前: ヨモツカミ (ID: AZCgnTB7)
〈回答欄満た寿司排水溝〉すじ>>19
♯8 アルミ缶の上にある未完 >>8
♯12 夜這い星へ、 >>12
〈添付レートのような。〉らすじ>>23
♯14 枯れた向日葵を見ろ◆>>14
♯17 七夜月アグレッシブ◆>>17
〈虚ろに淘汰。〉すじ>>27
♯19 狂愛に問うた。 >>21
♯21 幸福に問うた。 >>24
〈曖昧に合間に隨に〉じ>>35
♯22 波間に隨に >>28
♯23 別アングルの人◆>>29
〈たゆたえばナンセンス〉あ>>41
♯27 知らないままで痛い◆>>36
♯28 藍に逝く >>37
♯29 Your埋葬、葬、いつもすぐ側にある。 >>38
♯30 言の葉は硝子越し >>39
♯31 リコリスの呼ぶ方へ >>40
〈拝啓、黒百合へ訴う〉ら>>51
♯32 報われたい >>42
♯33 真昼の月と最期の夏 >>43
♯34 泥のような人でした。 >>44
♯35 夜に落ちた >>47
♯37 銀と朱 >>49
♯38 海の泡になりたい◆>>50
〈ルナティックの硝子細工〉す>>56
♯39 愛で撃ち抜いて >>52
♯41 あたたかな食卓 >>54
♯42 さみしいヨルに >>55
〈ジャックは死んだのだ〉あ>>64
♯43 さすれば救世主 >>57
♯44 ハレとケ >>58
♯45 いとしのデリア >>59
♯46 大根は添えるだけ >>60
♯47 ねえ私のこと、 >>61
〈ロストワンと蛙の子〉じ>>70
♯48 愛のない口付けを >>65
♯49 ケーキの上で >>66
♯50 だって最後までチョコたっぷりだもん◆>>67-68
♯51 暗澹たるや鯨の骸 >>69
〈愛に逝けば追慕と成り〉あ>>79
♯52 鉄パイプの味がする >>71
♯53 リリーオブザヴァリー◇>>72
♯54 海に還す音になる◇>>75
♯55 そこにあなたが見えるのだ。◇>>76
〈朗らかに蟹味噌!〉あ>>87
♯56 お前となら生きられる◇>>82
♯57 朱夏、残響はまだここに◇>>83
♯58 夢オチです。◇>>84
♯59 あいしてるの答え >>85
♯60 さよならアルメリア >>86
〈寄る辺のジゼル〉あ>>90
♯61 熱とイルカの甘味 >>88
♯62 燃えて灰になる◇>>89
- Re: 拝啓、黒百合へ訴う【短編集】 ( No.44 )
- 日時: 2019/07/27 18:52
- 名前: ヨモツカミ (ID: w9Ti0hrm)
♯34 泥のような人でした。
「初めまして、仲良くしてね」
使い古した言葉で、私達は友達となる。
親の転勤の都合で、私はしょっちゅう転校をしなければならなかった。新しい学校で新しい友達ができても、またすぐにお別れが来る。そういう小学校生活を続けていたから、別れというものに慣れてしまっていた。
小五となってから半年ほど立ったその頃。彼女とは、そうして新しく転校してきた学校で、隣の席にいたから、私から話しかけて、友達になれたのだった。転校ばかりしていると、居場所を作るのが得意になる。誰とでも仲良くできそうな当たり障りない話題とか、相槌の打ち方とか、そういうのをよく知っていたから、彼女と仲良くなるのも、それほど難しくはなかった。
いつも本ばかり読んでいる、おとなしい子。彼女に抱いたイメージはそんな感じだった。おとなしい、というよりは、少し暗い子だったかもしれない。前髪が長くて、目元が隠れているし、話しかけたとき、やたらとおどおどしたいた。
それから、ランドセルの傷が妙に気になってしまった。
「猫。猫にね、引っ掻かれたの。わたし、猫飼ってるんだ」
訊ねてみると、彼女はそう語った。
「なぁにそれ。猫に爪とぎでもされたの?」
「そう。悪い子だよねえ」
そうやって、彼女は長い前髪の奥で笑っていた。赤いランドセルに付いた幾つもの爪痕は、猫によるものなのか。上向きの三日月型の傷が点々と連なって、列になっている。それも、猫の爪痕なんだ。
私は自分の爪になんとなく視線を落として、彼女に当たり障りない話題を振って、適当な会話を続ける。
「今日はなんの本読んでるの」
「これは、花言葉辞典だよ。普段花なんかみても、名前の知らない花だなって思うこと、よくあるでしょう? そんなのは寂しいから、こうやってお花の知識をつけて、見かけた花の名前と花言葉もすぐにわかるようになれればいいなって思うの」
確かに、道で花を見ても、名前も知らない綺麗な花だって思って終わってしまうことが多い。彼女の言うことに興味が湧いてきて、私は本の表紙を見つめる。表紙にある花ですら、知らないものばかりだ。
「ね、今度その本貸してよ。私も花に詳しくなってみたい」
「本当? 興味があるなら、すぐにでも貸すよ」
彼女はそう言って、私に本を差し出してきた。受け取った本のページを捲っていく。季節の花ごとにまとめられているから、最初の方は春に咲く花が並んでいるらしかった。アネモネ、マーガレット、フリージア……。名前だけなんとなく知っている花達。
「ねえ、次の授業、理科室だって」
彼女に声をかけられて、意識が現実に戻される。教室を見回すと、確かに人の姿が疎らになっていた。多分、殆どの生徒が理科室に行ってしまったのだ。
それじゃあ一緒に行こうね、と教科書やノート、筆箱を胸に抱えて、私達は教室を出る。途中、あまりよく知らない女子生徒三人くらいのグループと目があった。じっと私を見定めるような視線を向けてくる。何かおかしな格好をしているだろうかと、少し心配になった。
「私、なんか変かな」
彼女に訊ねてみると、少し曖昧に笑顔を作って、そんなことはないと告げられる。それなら、あの視線のことも、あの女子生徒たちのことも気にする必要はないだろう。
そう思っていた放課後、例の女子生徒三人組が私に話しかけてきた。
「ねえ、あの子とは関わらないほうがいいよ」
どういうつもりで言ったのだろう。彼女達の顔を見つめてみるが、どれも悪意のある表情とは遠く、本気で私のことを気にかけてくれているみたいだった。
「なんで? それって、もしかして、あの子がいじめられているから?」
私が訊ねると、女の子たちは表情を曇らせた。
彼女のランドセルに付いていた三日月型の爪痕。あれは、人間の爪の形だった。きっと、誰かに付けられた傷だ。だから、私はなんとなく予想が付いてしまった。彼女がいじめを受けていて、だからこの子達はいじめられっ子に関わるのなんてやめたほうがいいと、忠告しに来たのだろうと思った。
三人の女の子は依然晴れぬ表情のまま、私を見つめていて。そのうちの一人がやっぱりやめたほうがいいんじゃない? と控えめに口にする。真ん中にいた子は少し考えたあと、曖昧に首を降って、それから視線を落とした。
「逆だよ。あの子が……」
「ね、なんの話してるの?」
女の子たちと私は、唐突にかけられた声に肩を跳ねさせた。振り向くと、その噂になっていた彼女がランドセルを背負って突っ立っている。これから帰るところらしい。
彼女は一瞬だけ凄く冷たい目をしていたが、私と視線が合うと、柔らかく微笑んで、一緒に帰ろうよと言った。その言葉で私達の会話に終止符が打たれる。でも、完全に途切れてしまった訳ではなくて、何か波風が立ったまま。私の中に、彼女に対する不信感という波紋が広がったまま。
逆だよ、あの子が……。あの三人組は、私に何を伝えようとしたのだろう。
「これ。お家に植えてみてね」
ある日の放課後、彼女から唐突に渡されたのは、小さい玉ねぎみたいな、なんだかよくわからないもの。聞いてみると、花の球根らしい。
「何が咲くの?」
「教えなーい。花言葉辞典をしばらく貸しておくから、咲いたら自分で調べてみてよ」
「それは面白そうだね。でも咲くまでずっと借りていていいの?」
「うん。わたしのこと、忘れないでね」
忘れないで、なんて。お別れをするわけでもないのに、どうしてそんな言い方をしたのだろう。少し引っかかったが、そのことについてはなんとなく触れることができなかった。触れてはならない、暗黙のうちの何かがある気がしてしまって。
球根は持ち帰って、すぐに家の鉢植えに植えた。なんの花が咲くのか知らないから、育て方が正しいのかもよくわからなかったが、とりあえず水やりを欠かさなければ、花は咲くだろうと私は思い込んでいた。
新しい学校で生活していくうちに、なんとなく知ってしまうものがある。
彼女についてのこと。どうやら、いじめられていたのではなくて、彼女がいじめをする側の人間だったらしい。だから“逆だよ”とあの女の子三人組は言ったのだ。
彼女がクラスメイトの物を隠したり壊したのだという噂を耳にしたときには、あまり信じたくはなかったが、クラスに何人もの被害者がいて、私が思っている以上に彼女が問題児であったらしくて、私も彼女から何かをされるのも時間の問題かもしれなかった。
だから、私も彼女との距離を置くことになるの、当然の結果で。
数ヶ月後、あの日植えた花はしっかりと咲いていた。紫色の、少し大きめの花びらが五枚か六枚ついた、可愛らしい花。相変わらず名前はわからない。本は放課後、彼女が帰ったあとに何も言わずに机の上に置くという形で返してしまったから。
これで彼女との関わりは無くなったと思っていたけど、花が咲いた数日後の放課後、彼女が下校前の私の前に現れた。
「ねえ、あの花咲いた?」
彼女との関わりを断っていて、でもあまりにも愛想がないのは良くないかと思って挨拶だけはする関係だった。こうして面と向かって話をするのは本当に数カ月ぶりな気がした。
「……咲いた、よ」
そう伝えると、彼女はニコニコ笑って、またあの花言葉辞典を差し出してきた。
「もう一度貸すから、ちゃぁんと調べてみて。答え、自分で見つけてみてねえ」
「……」
受け取らない、という選択肢はなかった。
でも、このままずっと借りっぱなしになるのは嫌で、私はその場で本のページをめくる。一番最後の方に、色や季節で花を探す索引があることは知っていたから、そこを活用して今月咲く花を探していく。あの特徴的な紫色は、
「あった」
案外すぐに見つかって。
「クロッカス」
アヤメ科、クロッカス属の総称。寒さに強く、植えっぱなしでもよく生育するほど丈夫である。花名のクロッカスは、ギリシア語の「krokos(糸)」が語源となり、クロッカスが長く糸状に伸びるめしべをもつことに由来する。ヨーロッパでは古くから春の訪れを告げる花とされ、花言葉もそこからきている。
花言葉は、愛したことを後悔する、私を裏切らないで。
彼女は優しく私の手に触れてきた。それから、耳元で囁くように言う。
「ねえ、わたしのこと裏切らないでよ」
***
アンソロジー企画「花束の其の一輪は」に載せていた、花言葉アンソロジーのやつ。
気持ち悪い作品が書きたかった。クロッカスの花言葉は「裏切らないで」
- Re: 拝啓、黒百合へ訴う【短編集】 ( No.45 )
- 日時: 2019/07/31 07:34
- 名前: お洒 ◆4lxU4hFjNM (ID: lFvCr/Ox)
投票しました
いつも読ませていただいております
これからも頑張ってください
- Re: 拝啓、黒百合へ訴う【短編集】 ( No.46 )
- 日時: 2019/08/02 01:46
- 名前: ヨモツカミ (ID: w9Ti0hrm)
>>お酒さん
コメントありがとうございます!
正直誰にも読まれてないと思っていたので、読者さんがいたことに驚いておりますが
すごく嬉しいです。
気ままに、書きたいSSが湧いてきたときに書かせていただいてますが、もっと頑張ろうと思いました。ありがとうございます。
- Re: 拝啓、黒百合へ訴う【短編集】 ( No.47 )
- 日時: 2019/08/03 17:44
- 名前: ヨモツカミ (ID: w9Ti0hrm)
♯35 夜に落ちた
「山田が夜に落ちた」
ある日、小林が僕に向かってそう言ってきた。
茜色も沈んだ空の下、淡い青の中にもう月が出ているから、帰ろうって言ったのは僕の方で。
直に夜が来る。その前に、まるで待ち受けていたみたいに空を見て、小林はそう言ったのだ。
「ちょっとよくわからない」
僕にはわからんかった。
山田は今日、学校を休んでいた。その理由は誰も知らなくて、サボりだろうって、皆が言っていた。バスケ部の顧問が特に怒っていた。山田はバスケ部のエースだったから。
僕も少し怒っていた。学校をサボるなら、僕も誘えと言いたかったのだ。
そういえば、小林だけは山田が学校に来なかったことについて、何の疑問も抱いてないようにみえた。夜に落ちたと、ちょっとよくわからないが、小林は山田の休んだ理由を知っているらしい。
「山田はもう、夜から帰ってこない気でいるらしいんだ」
「そっか……?」
夜っていうのは、これから来る暗い時間のことだ。大体二十時頃には夜と呼べる時間になるだろう。そこから帰ってこない、という不思議な言い回しのことを、僕には理解できなかった。
「おれも、夜に行ってみようと思う」
小林は確かな決意を持ってそう言った。わからない僕は、わからないなりに質問してみる。
「それ、死ぬっていうこと?」
「いや? 夜の一部になるんだよ。ほら、そろそろ来るぞ。星の光を引き連れて、月の明かりが迎えに来る」
小林はたまに変なことを言うが、今日は一段とわけが分からなかった。
でも、山田が学校に来なかったように、何処か知らないところへ行ってしまうのだと思った。
小林は童顔気味な顔で僕を見上げて、少し微笑んだ。
「長谷川はこないの?」
「馬鹿なこと言うなよ。親が心配するぞ。明日学校だってあるぞ。先生に怒られるぞ」
僕の言葉に、小林は目をパチクリさせた。それから肩を竦めて、呆れたみたいに笑う。
「長谷川は、見なくていいもんばっか見てるね」
また、小林の言ってることがわからなかった。いつもそうだ。小林は、僕の理解の範疇からはみ出したところで物を言う。山田も僕と同じように小林の言葉に首を傾げたり、理解した風な素振りを見せたりしていた。僕と山田は、小林に取り残されることが多々あった。
でも違う。今回は僕だけが二人に取り残されようとしている。
「夜で待ってるから。長谷川にも星が見えたなら、おいでよ」
そう言って、小林は何処かに行ってしまった。暮れていく空が青く透き通っていた。その向こうの、深い群青に小林は向かっていって。星の瞬きがすぐそこまで迫っていて。見え始めた月は、下弦の月。
次の日、小林は学校に来なかった。
山田と小林は、行方不明なのだという。
学校中で、僕だけが二人の居場所を知っていて、でも僕だけが二人の居場所を知らなかった。
夜に落ちるなんて、僕にはわからない。
そのまま、一週間が過ぎた。山田と小林は未だに見つかっていない。
二人は夜から帰ってこない気でいるらしい。
二人と一番仲良かった僕の家には、何度か電話がかかってきた。山田のお母さんは、泣きそうな声で「本当に知らないの?」と繰り返し聞いてきた。知らない、と答えることが正しいのか、よく分からなかったが、それ以外の答えも見つからなくて。
山田と小林がいなくなってから数週間が経って、夏休みに入った。
警察も二人を探し回ったが、未だに見つかってないらしい。学校では、もう死んだなんて噂が立っていた。そう考えるのが一番、現実味を帯びていたから。
でも、僕だけは知っている。彼らは夜に落ちたのだ。暮れの空の中で、瞬く星々の海。その海で大きく照る月。その中に、彼らはいるはずだ。死んだわけじゃない。かと言って、生きているという保証は無かった。
夏休みの課題に手を付けながら、僕も夜に落ちたなら、もう一度二人に会えるのだろうか、と考えた。
数学の問題をひたすらに解いて、解いていたら、本当なら山田と小林と僕の三人で、一緒に課題をしていたはずなのに、なんて思って、急に寂しくなってきた。
Xの正体を暴いても、夜の正体はわからない。一人、部屋で机に向かっていると、虚しくなってきた。
僕はシャーペンを机の上に投げ出すと、ベランダに向かった。
長谷川は見なくていいもんばっか見ている。小林の言った言葉をぼんやりと思いだした。学校とか、夏休みの課題とか。そういうものに真面目に取り組むことについて、小林は言っていたのだと思う。
そんなものは一切合切投げ出して、夜に落ちていった二人は今、何をしているのだろう。僕は、二人のようになりたいと思いながら模範生徒でもあり続けようとして、なんていうか、中途半端だったんだ。
カーテンを退けて、窓の鍵を開けて暗がりの中に出ていく。
クーラーの効いた部屋とは違って、夏の夜はむあっと湿気の強い熱が蔓延っていた。
街の灯の上、闇の中にポツポツと光を放つ星々を見つめる。宝石箱をひっくり返したみたいな光の粒の配列。そこに丸く輝く月が浮かんでいる。この中に、山田と小林がいるのだろうか。僕を置いて、二人、夜の中に揺蕩っているのか。
「ふざけんなよ……!」
手を伸ばした。星々に手は届かない。
筈だった。
「え」
夜空が迫ってくる。点々と瞬く光の粒が大きくなっていく。違う、近付いているのだ。どっちが。僕が。
ああ、こういうことか。
僕は夜に落ちていく。
***
夜に落ちる。なんとなく思いついたフレーズを文章にしたかっただけです。満足しています。
男子中学生の子供じみた友情っていうものもいいなと思って、そういうものも書いてみました。
- Re: 拝啓、黒百合へ訴う【短編集】 ( No.49 )
- 日時: 2019/10/29 18:03
- 名前: ヨモツカミ (ID: w9Ti0hrm)
♯37 銀と朱
獣臭さと月夜に煌めく銀色が、脳裏から離れないまま、俺は部室に向かっていた。
部室棟の階段を上がるとき、ふとテニスラケットを持った女子たちの噂話が耳に入る。
「うさぎ。全部死んでたんだって。野犬に殺されたのかもしれないって」
「でもうちの担任が、あれは野犬なんかの仕業じゃないって言ってたよ」
学校で飼われてるうさぎたちが死んでいた。その話なら俺も今朝教室で耳にした。うさぎ小屋の鍵は閉まっていて、フェンスには何処にも穴は空いてなかったらしい。密室殺人じゃん、なんて思ったりもした。うさぎだから殺人じゃなくて殺うさ? なんて、馬鹿なことを思考しながら部室の戸を開く。
戸を開けた瞬間、何故か男子用の部室なのに、制服姿の女子が両手で顔を覆いながら飛び出してきた。多分、泣いていたのだと思う。ちょっと驚きながら部室の中を覗くと、涼しい顔した俺の親友が突っ立っていた。
他に人の姿はない。彼女と親友で何か話していたのだろう。そして、彼女は泣かされた。
彼は俺に聞かれる前に肩を竦ませながら言った。
「部室まで押し掛けて来るなんてね。オレのこと、前から好きだったんだってさ。名前も知らない子だから、フッちゃったけど」
「泣かせるなんてサイテーじゃんか」
「まあ、涙の数だけ強くなれるよ。アスファルトに咲く花のようにね」
「何言ってんだか」
苦笑を浮かべながら靴を脱ぎ、荷物をロッカーの前に置く。多分他の部員はまだ来ないから、しばらくこの空間にこいつと二人きりだ。そう考えると、脳裏にあの鉄の臭いと赤色がちらついて、背筋がゾッとする。親友の顔を見ると、特になんの表情もなかった。ただ、それなりに精悍な顔立ちは、やはり女子からも人気が高いのだろう、と思う。だから今日も告られたんだ。
「勿体ないな。俺なんてこの学校来てから一度も告られたことねえのに」
「それは女子の見る目がないねえ。お前、結構いいとこあるのにさ」
「マジ? 照れるぅ。どの辺よ?」
「お菓子くれるところ」
そんなの、餌付けされている野良猫がなつくのと同じ理由じゃないか。この野郎。そう思ったが、鞄にクッキーが入っているのを思い出したので、親友に投げ渡した。彼は子供っぽく無邪気に喜んでクッキーを頬張っている。ここまで素直に喜ばれると、嫌な気はしないし、まあいいかという気分になる。
「今日は早かったな」
部室に来るの、と脳内で付け足す。
クッキーを咀嚼して、飲み込んでから彼が答える。
「飼育委員の仕事、無くなったから」
そういえば、彼は飼育委員だった。飼育すべきうさぎたちが死んでしまっては、することもないらしい。
そっか、と返すとうん、と短い返事が返ってきて、そのまま俺たちはなんとなく何も喋らなかった。
いつもは気にならない無言の間が、どうにも気まずく感じてしまった俺は、何か話題はないかと親友の様子を観察する。クッキーの包み紙をクシャクシャにして、自分のカバンの中に突っ込むと、そのままスマホを取り出して、操作し始める。制服のワイシャツは、夏用の半袖を買ってないのか、長袖のものを捲って着用しているらしい。俺は親に半袖のワイシャツも買ってもらったので、夏服に移行してからずっと半袖のを着用していたが、今日みたいに雨が降りっぱなしで肌寒い日には長袖のほうが良かったかと後悔するのだ。
そういえば、彼は腕を捲くっていて寒くないのか。気になって、訊ねてみる。
「なあ、今日寒くね?」
「ん、ああ、確かにそうかも」
親友は気温に鈍感なのかもしれない。俺に言われると、捲くっていた袖を元に戻して、腕のボタンを止め始めた。
そのとき、彼の右腕の辺りに赤黒い染みのようなものがあるのに気がついた。チョコレートって色ではない。そもそも腕にどうやってチョコがつくのか。血だ。時間が経って変色した血が付いている。家に帰って洗濯しても、なかなか落ちないだろう。
俺は自分の右腕を指差しながら袖、と短く言う。
「袖、血がついてるぞ」
「ホントだ」
「どっか怪我でもしたのか」
「別に……」
怪我じゃなかったらなんの血が付くのか。小さな疑問を抱えたまま、俺は黙り込む。
また、脳裏に暗がりで光る銀色が思い浮かんで、払拭しようと首を振る。
なんで。日中もそうだった。何度もフラッシュバックして、その度に背中に嫌な汗が滲んだ。今もそうだ。見間違い。そう思いたかった。
お前さ。不意に親友が呼び掛けてきたので、肩を跳ねさせる。彼の方を見ると、薄く笑みを浮かべていた。
「お前さ、オレに何か隠し事してない?」
俺は目を見張った。なんでそんなことを聞かれたのだろう。薄気味悪さすら感じる質問に、盛大に顔をしかめさせる。
「なんだよ、面倒な彼女みたいなこと聞きやがって。別にお前に全て包み隠さず話さなくちゃいけない関係じゃねえだろ」
「……そうだね。でも、そういうことじゃないんだよ」
じゃあどういうことだよ、とは聞かなかった。これ以上この話題が続くのが嫌だったから。
部室にはまだ誰も来ない。
「昨日さ、オレは飼育当番だった」
親友がつぶやくみたいに言う。
「だから、鍵はオレが管理してたんだよ」
うさぎたちが殺されているのが発見されたとき、うさぎ小屋は密室だった。でも、それは鍵を持った存在からしたら密室とは呼べない。
親友の横顔を見る。妙に真剣な顔をしていた。
「なんの話してんだよ」
親友は答えない。ただ黙って、俺の顔を見た。
嫌な沈黙が続く。俺は思わず目を逸した。
「ねえ、オレに隠し事してない?」
まただ。気持ちの悪い質問。俺は答えなかった。
俺が黙っていると、親友は突然立ち上がって、近付いてきた。
「昨日ね、鍵を失くしちゃったんだ」
「へえ」
俺が素っ気ない返事をすると、親友は制服のポケットに手を突っ込んで、何かの鍵を取り出した。
それを俺に見せながら、彼は優しく微笑んだ。
「だけどね、今日、知らないうちに鞄の中の鍵が戻ってきていたんだ」
「なんだよ、その言い方。誰かに盗まれたみたいな」
「盗まれたんだよ。ウサギ殺しに」
親友の顔から笑顔が消える。
そうして、冷たい声で言い放たれた。
「ねえ? ウサギ殺し」
俺は思わず親友の顔を凝視した。
***
どっちがやったか、わからない話を書こうとしていたはず。
仄暗い闇を抱えた男子高生っていいなと思って書いてました。
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