複雑・ファジー小説
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- 断捨離中【短編集】
- 日時: 2024/02/21 10:09
- 名前: ヨモツカミ (ID: AZCgnTB7)
〈回答欄満た寿司排水溝〉すじ>>19
♯8 アルミ缶の上にある未完 >>8
♯12 夜這い星へ、 >>12
〈添付レートのような。〉らすじ>>23
♯14 枯れた向日葵を見ろ◆>>14
♯17 七夜月アグレッシブ◆>>17
〈虚ろに淘汰。〉すじ>>27
♯19 狂愛に問うた。 >>21
♯21 幸福に問うた。 >>24
〈曖昧に合間に隨に〉じ>>35
♯22 波間に隨に >>28
♯23 別アングルの人◆>>29
〈たゆたえばナンセンス〉あ>>41
♯27 知らないままで痛い◆>>36
♯28 藍に逝く >>37
♯29 Your埋葬、葬、いつもすぐ側にある。 >>38
♯30 言の葉は硝子越し >>39
♯31 リコリスの呼ぶ方へ >>40
〈拝啓、黒百合へ訴う〉ら>>51
♯32 報われたい >>42
♯33 真昼の月と最期の夏 >>43
♯34 泥のような人でした。 >>44
♯35 夜に落ちた >>47
♯37 銀と朱 >>49
♯38 海の泡になりたい◆>>50
〈ルナティックの硝子細工〉す>>56
♯39 愛で撃ち抜いて >>52
♯41 あたたかな食卓 >>54
♯42 さみしいヨルに >>55
〈ジャックは死んだのだ〉あ>>64
♯43 さすれば救世主 >>57
♯44 ハレとケ >>58
♯45 いとしのデリア >>59
♯46 大根は添えるだけ >>60
♯47 ねえ私のこと、 >>61
〈ロストワンと蛙の子〉じ>>70
♯48 愛のない口付けを >>65
♯49 ケーキの上で >>66
♯50 だって最後までチョコたっぷりだもん◆>>67-68
♯51 暗澹たるや鯨の骸 >>69
〈愛に逝けば追慕と成り〉あ>>79
♯52 鉄パイプの味がする >>71
♯53 リリーオブザヴァリー◇>>72
♯54 海に還す音になる◇>>75
♯55 そこにあなたが見えるのだ。◇>>76
〈朗らかに蟹味噌!〉あ>>87
♯56 お前となら生きられる◇>>82
♯57 朱夏、残響はまだここに◇>>83
♯58 夢オチです。◇>>84
♯59 あいしてるの答え >>85
♯60 さよならアルメリア >>86
〈寄る辺のジゼル〉あ>>90
♯61 熱とイルカの甘味 >>88
♯62 燃えて灰になる◇>>89
- Re: 朗らかに蟹味噌!【短編集】 ( No.81 )
- 日時: 2020/09/06 17:19
- 名前: ヨモツカミ (ID: 51xGQIyI)
>>ガーネットさん
本当にありがたいです……短編集誰も読んでないのかなとか思っちゃってたので、コメントいただけるのマジ感謝……得意じゃないのに勇気出して書き込んでくださってありがとうございます。しっかり心に刻みつけますね。
ありす
ノリで書いたやつですね。精神病院での狂った世界の話を書いたつもりでした。
未完の隙間
一時期やたらとトッポにハマってましたからね。お菓子ネタ好きなんです。美味しいし楽しいし。
綻び
私がめっちゃお気に入りの話ですね! このシチュが書きたかっただけなので細かいことは考えてませんが、実は龍はメスで、これは百合なんだよっていう裏設定があります。
紫より葡萄色のほうが鮮やかな感じてして、選びました。
問一、
すれ違う友達の関係ですね。悲しいけど、友達ってこういうことよくあります。時分の中の一番が、相手にとってもそうとは限らない。寂しいけどリアルだよなって思います。
アルミ缶
私は夏が大好きなので。夏らしさをいっぱいに書きました。それが伝わってよかったです! 映画映えしそうな話ですよね。
問二、
坂ノ下高校ヒーロー部は、かなり昔にお話を書こうとして創作した人たちです。彼らの関係大好きなのでかけてよかったし、がねさんの心に響いてよかった!
きっと夢は叶いますよ。立派になれよ、ブラック。
夜這い星
これは私が一番描写を頑張った作品ですね。透明、星空。こんなワードが好きな人には尚更刺さるでしょう。幻想的にかけてよかったです。
長編の息抜きに落書き感覚で書いてるんで、楽しいし、自分がどんどん上手くなる感じしていいですよ。
応援ありがとうございます! お互い頑張りましょう!!!、
- Re: 朗らかに蟹味噌!【短編集】 ( No.82 )
- 日時: 2020/09/22 16:17
- 名前: ヨモツカミ (ID: 51xGQIyI)
♯56 お前となら生きられる
この世界には、人間と殆ど同じ形をしていながら人間ならざる者達がいる。優れた身体能力。それから人知を超えた特異な〈能力〉を所持しているそれらを、ヒトは“バーコード”と呼んだ。
バーコードは人間に害をもたらす者として、駆除の対象──つまり、見つかり次第、殺される。生きることを許されない存在だった。
彼らバーコードの中には、突発的な“殺人衝動”に苛まれて、親しい間柄の存在だろうが他人だろうが、自分の本来の意志とは関係なく、猟奇的に殺す快楽に溺れてしまう者がいた。
そんな危険な存在であるバーコード達を狩ろうとする人間の軍隊が日々活動しており、バーコード達は自分らの正体を懸命に隠して、なんとか生存しようとする。
──そして、とある彼らもまた、哀れなバーコードという存在だった。
曇り空の色をしたくせ毛に、隈の目立つタレ目の目元。そこに収まる金色の双眸は、相方の男の顔を見ているようで、捉えていなかった。
「ねーぇ、このまんまじゃオレ、トゥールのこと殺しちゃうよ? いいの?」
上ずった声。金色の瞳を爛々と輝かせながら、その青年、クラウスが言う。
トゥール、と呼ばれた男を押し倒して、馬乗りになったままナイフを掲げたクラウスは、今にもその鋭い刃で、男の喉を掻き切らんとしていた。
自分の腹の上に跨ったクラウスを見上げて、トゥールは疲れたような目をした。トゥールもまた、バーコードであったが、こちらは〈能力〉の発動が随時解けないという、異質な体質を持っており、その体の至るところが深緑の鱗で覆われており、手足は恐竜の如く鋭い爪を携えていた。人間がそれを見たなら、彼を“バケモノ”と称しただろう。
「お前がそうしたいなら、構わない」
トゥールは諦念の篭った声で、弱々しくそう告げる。
クラウスがこうして殺人衝動に突き動かされることは、そう珍しくない。彼らが出会った日も、トゥールはクラウスに命を奪われそうになったのだから。本当は、トゥールはずっと前からこうしてクラウスに殺されてしまっても構わないと思っていた。けれど、クラウスがトゥールを殺すことを拒んだのだ。
「なにがあっても、オレに殺されないで」。それは、正気の状態のクラウスとの約束だった。大切な契だった。
それすらも破ってしまいそうになるほど、トゥールは疲れていたのだ。バーコード狩りから逃げ続ける生活も、無理に生きようと足掻くことにも。だから彼は、クラウスにナイフを向けられても、一切の抵抗をしなかったのである。
クラウスはナイフの歯先を指で優しくなぞりながら、そっと目を伏せる。長い睫毛の下から覗いた金色には、濁った光が燻っている。
「オレね、ずっとずっと、こうしてトゥールのこと殺すことばっか考えてたの。やっぱ大好きだからさ。喉を切り裂いてね? 手足をグサグサしてさあ、目玉抉りだしてー、あとは……なにしてほしい? ヒヒ、痛いのは嫌だ?」
「別に。痛みには慣れている。好きにしろと言っただろう」
こんな状態のクラウスとも、会話は成立するのだな。今まさに殺されようとしているのに、こんな思考をするのはあまりにも悠長だった。
クラウスが微笑む。顔立ちが整っているために、彼の笑みは天使のようですらあった。どこまでも純粋に、ちょっといたずら好きの子供のように。その瞳にドロドロと泥濘んだ光がなければ、幼い子どもの笑みそのものだった。
「オレ、トゥールのこと大好きだからね、トゥールの腹を裂いて、中身を丁寧に、丁寧に、細かく切って、どうしよ? 食べてみよっかな」
「腹を壊すぞ」
「キャハハ、やっぱそーぉ? 生肉食べちゃ駄目ってお母さんにも言われたもんな、火通してから食べるからだいじょーぶ!」
そういう問題では無いのだが。殺戮の衝動に乗っ取られていても、母親の言いつけを思い出せるものなのか。これまた殺される寸前の獲物の思考としては相応しくないものだ。トゥールは、自分が本気で殺される気があるのかと、少し疑問に思う。きっと、わからないのだ。想像がつかない。大切な相棒であるクラウスに、殺されるということが。
死ぬ覚悟はとうにできているはずなのに、彼に殺される瞬間が思い浮かばない。自分は本当に死ねるだろうか。
「なあクラウス」
トゥールが呼びかけると、なあに、と無邪気な子供のようにクラウスは微笑んだ。
「許してくれとは言わない。目が覚めたら、お前は約束を破った俺のことを恨むだろう。それでも、このままお前に殺されたいと思ったんだ」
クラウスは目を丸くした。驚いた猫みたいな顔をしている。トゥールは静かに右手を伸ばした。鱗に覆われて醜い掌でも、クラウスはそれを払い除けようとはしなかった。伸ばした手で、クラウスの頬を撫でる。
「俺を、許さなくていい。でも、自分のことを責めないでくれ」
「……とぅーる。ねえ、トゥール」
灰色の髪が揺れる。鋭いナイフが高く振り上げられた。
「だいすきだから、しんでね」
トゥールが目を閉じると、風を切る音がして、何か鋭利なものが肩を抉った。思わず痛みに呻く。だが、肩にナイフが刺さった程度では死ねない。
ぽつり。ぽつり。トゥールの頬に冷たい雫が垂れてきた。雨だろうか。ゆっくりと目を開けると、金色を潤ませるクラウスの姿が飛び込んできた。
「あ、ああ、とぅーる……」
声を震わせて、クラウスはナイフを取り落とす。ああ。正気に戻ったのか。殺人衝動が収まって、本来の優しい青年が戻ってきたのだ。
殺されようとしたのに。トゥールの思惑通りには行かなかった。
クラウスが突然掴みかかってくる。その手の位置が肩の傷口に近くて、トゥールは顔を歪めた。
「バカ! トゥールのバカ! お前、今オレに殺されようとしてただろ!?」
「……だとしたら、何だ」
「オレに殺されないって、約束したのにッ、なんでこんなことするんだよ、バカ!」
罵倒のボキャブラリーが貧弱すぎて、「バカ」くらいしか言えない彼を、愛らしく思う。いや、本気で怒っている相方に、こんなふうに思うのは間違っているな。
トゥールは確かに約束を破ろうとしたのに、あまり罪悪感が無かった。目の前でクラウスがボロボロと泣いている。殺人衝動に呑まれていたときに発言した大好き、は偽りではないらしい。だから大切なトゥールが命を大事にしないことや、クラウスに殺されようとしたことを本気で怒っている。
「バカバカ! ふざけんなよ、オレ、お前のこと殺したら、どうなっちゃうかわかんないよ、ばかぁ」
「だから、許さなくていいし、自分のことは責めなくていいといっただろう。全て俺の独断で、俺が勝手にすることだから、」
「そういう話じゃねーだろアホ!」
左手の拳がトゥールの頬を掠めた。あまり手加減されてない一発。口の中が切れて、口端からも血が滲む。未だに出血している肩の傷ほど痛みは無かったが、きっと攻撃したクラウスの感情の重さは違う。
「ばか。なんでこんなことしたんだよ。お前がいなくちゃったら、オレは……オレは」
「すまない」
「謝って済む話じゃねぇよ! なんで、オレがこんなにトゥールに生きてほしいって思ってるのがわかんねぇんだよ? どんなに死にたくなっても、お前なんか死なせねぇよ!」
言い切ると、クラウスは嗚咽を上げて泣き喚いた。雨のように、涙がぽつり、ぽつりと落ちてくる。
こんなに自分のようなバケモノを大切に思ってくれる存在がいるのに。トゥールはそれに気付いていながら目を逸らしていた。だから、殺人衝動に苛まれたクラウスに殺されようだなんて考えに至ったのだ。それがどれだけクラウスを傷付けることなのかだって、なんとなく理解していたのに。
「……クラウス。悪かった。本当に心からそう思う。もう二度とこんな真似はしないから」
許さなくていい、なんて言葉は。そのヒトに恨まれることを受け入れた気になって、己の罪を認めつつ、反省の色が存在しない。無責任で最低な行為だった。
「だから、許してほしい」
その声に、腕で涙を何度も拭いながら、不機嫌そうな顔で、クラウスは小さく頷いた。
「お前なんか死なせないし、オレだって死にたくない。バーコード狩りだろうが何だろうが、関係ない。オレらが生きてちゃ駄目だって言うなら、全力であがいてやろ。ほら。トゥールも、一緒にだよ」
優しく揺れる金色の双眸は、水面に映る月のようだった。ああ、自分はこんなにも必要とされていたなんて。今まで気付かなかったのだ。というよりも、知らないふりをしていた。
この世界で生きようとするなんて、バーコードには難しすぎる。それはクラウスも知ってるはずだ。しかし、どんな困難にあっても、生き延びるのだと。クラウスは無邪気に笑う。
この笑顔の隣なら、自分もまだ生きていてもいいような気がした。彼の隣なら、こんなに醜い自分も、生きることを許されたように感じたのだ。
***
みんつくに投稿した「狂気、激情、刃」というお題のやつ。私の書いている「継ぎ接ぎバーコード」の二次創作的な作品を書きました。継ぎ接ぎバーコード、こんな感じの作品なので、興味のある方は是非。
- Re: 朗らかに蟹味噌!【短編集】 ( No.83 )
- 日時: 2020/11/06 16:45
- 名前: ヨモツカミ (ID: xPOeXMj5)
♯57 朱夏、残響はまだここに
大人になって、夏が来るたびに、またあの日々を思い出してしまうのだ。
友人たちに囲まれながら、僕は小さく笑って。そうして静かに語りだした。大切な宝物を、小さな箱に収めるときのように、丁寧に。
小学生の頃。僕の夏休みは田舎のおばあちゃん家で過ごすものだった。忙しい両親には普通の日も夏休みも関係なかったのだ。親の帰ってこない家で一人寂しく過ごすよりは、田舎の自然に囲まれたお婆ちゃんの元にいた方がいい。毎年そうしてきたから僕にとってはそういう夏休みが当たり前で、東京で両親と過ごせないことについては特に何も感じなかった。
そうして、毎年共に夏休みを過ごす友達が、いたのだ。
「キョウ、また会えたね! 遊ぼうぜ!」
「誰だ、お前」
怪訝そうな顔でそう言う彼を見ては、胸が締め付けられるような思いをする。だけど僕は、彼の前ではずっと笑顔でいたかったのだ。
「アサだよ。この夏もよろしくね」
キョウは目を瞬かせていたが、まあいいか、というように笑って、僕の手を握る。
毎年、僕らの夏はこうして始まるのだ。
まずは川で遊んだ。冷たい水に足を突っ込んで、泳いでいる小魚を追いかけ回した。キョウは服が濡れるのを嫌がっていたけれど、結局最後は二人とも全身水が滴るほどビショビショになってしまうまで遊び尽くすのだ。
捕まえた小さな魚の入ったバケツを覗いて、これはなんの魚だろうとふと疑問に思う。キョウが、ヤマメだよと教えてくれた。
「ほら、この側面の水玉みたいな模様が特徴的だろ。ちなみに、ヤマメは食べると美味しいよ」
「ホント? じゃあコイツ食べようよ」
「こんなちっこいの駄目だよ、こいつがもっと大きくなったら食べるんだ。だから、これは逃がす」
キョウに言われた通りにバケツの中身を川に流した。ヤマメが泳いで見えなくなるまで二人で見送る。
「……明日も遊ぼうね、キョウ」
思い出をできるだけ沢山作らないと。そんな思いから、少し焦りながら彼を誘う。キョウは笑って頷いていた。何も知らないから、そんなふうに笑えるのだ。同じように笑えないことに、チクリと胸がいたんだ。
今度は神社で虫を取った。お婆ちゃんの家から借りてきた虫取り網と虫かごを持って、木の幹にいるセミを乱獲する。キョウはセミを気持ち悪がって触れなかったので、彼の顔に虫を近付けては本気で怒らせたりなんてしてみて。
口を聞いてくれなくなったキョウを置いて、近くの駄菓子屋に走って行って、ラムネを二本買う。よく冷えたそれを持ってキョウの元に戻ると、彼は目を丸くして、それから呆れたように笑うのだ。
「許してやる」
「それは良かった」
彼がラムネを大好きなことは知っていた。中身のビー玉を集めるのが楽しいらしい。神社のよくわからない祠のそば、木陰で涼しい石畳に並んで座り込んで、二人ラムネの瓶を傾ける。冷たくて、シュワシュワした甘味が口の中を満たしていく。
「はー、やっぱラムネって最高だなあ」
瓶を握るキョウの笑顔が眩しくて、僕は少し目を細めてそれを見ていた。また、瓶を上に傾けて中身を煽る。青く透き通った瓶の中でビー玉がカラン、と音を立てた。去年も同じように神社の木陰でラムネを飲んだ。だから去年と同じように、瓶の中のビー玉はキョウにあげることにする。差し出された硝子玉を見て、彼がはしゃぐのが嬉しかった。
夕方になると、キョウは燃える空をビー玉越しに覗いた。
「すっげえ。真っ赤だ。アサも見てみろよ」
渡されたビー玉の中を覗くと、雲も空も、沈んでいく太陽に焼かれて茜に色付いていた。わあ、と思わず声が漏れる。遠い街に沈んでいく光が、こんなにも綺麗なんだ。
「そうだ、アサ。夕陽が赤い理由って知ってるか」
キョウが得意げな顔をしながら、不意にそんなことを言い出した。小学生の僕は、知らないことが沢山ある。でも、その理由は知っていた。知っていたのに、キョウの口からそれを聞きたくて、知らないよと答える。そうしたら、彼が嬉しそうに教えてくれるから。
「沢山ある光の中で、赤い光が一番遠くまで届くんだ。だから、夕陽は赤く見える」
「じゃあ、僕にとっての夕陽はキョウだね」
「……なんだそれ」
怪訝そうな顔をするキョウに、僕はただ笑いかける。悲しくて少し歪んだ笑顔になってしまったけれど。なんでもない、と告げた声が掠れた。
「もう帰る時間だ。また明日遊ぼう」
お互いに手を振って、夕焼けの中、別々の方向へ歩いていく。そういえばキョウはどこに住んでいるのだろう。一瞬足を止めて、彼の後ろ姿を見る。
でも、なんとなく怖い感じがしたから僕は走っておばあちゃんの家に帰った。
次に遊ぶときは家に誘って一緒に宿題をした。おばあちゃんが入れてくれた麦茶を飲み干して、窓から吹き付ける風で鳴る風鈴の音を聞く。
算数をしていたキョウが、問題につまずいているので、僕が教えてあげた。去年は確か、キョウが教えてくれていたのにな、なんて。僕がわからない問題を教えてくれる人がいなくなって、自力で解くしかなくなっているのは、中々辛いことだった。
二時間くらいは真面目に宿題に取り組んでいたと思う。少し冷たい風と風鈴の音。それからオレンジ色の光が眩しくて、僕は目を覚ます。
「……あれ」
どうやら僕らはいつの間にか眠っていたらしい。麦茶の中に浮かんでいた氷もすっかり溶けて、コップの中身を飲み干してみれば、気温と同じくらいに温まっていて、全然美味しくなかった。
「キョウ、起きて」
彼の体を揺すると、だるそうに体を起こして、目を擦る。全然宿題進まなかったねと笑いかけると、彼は算数のプリントを僕の顔の前に突きつけてきた。……ほとんど終わっている。
「お前が飽きて寝ちゃったあと、俺は真面目にやってたんだよ」
「うわ、ひどーい。なんで起こしてくれなかったの!」
「俺も眠くなったから、一緒に寝ちゃおうと思って」
へへん、といたずらっぽく笑う顔をみて、僕は頬を膨らます。まあいいか。宿題は程々に。僕ら小学生は遊ぶことが仕事だ。おばあちゃんもそう言っていた。本気で宿題に行き詰まったら、大人を頼っていいよと。僕に対して甘いおばあちゃんにそう言われていたのだから、素直に甘えてしまうだろう。
「もう遅いから、帰るよ」
キョウが荷物をまとめて去っていく後ろ姿を見送った。また明日ね、と声を掛け合って。本当に明日も会える確証なんかないけれど、まだ夏休みは終わらないから。
そうやって、来る日も来る日も遊んだ。
一緒に夜の森に入って捕まえたカブトムシ。相撲をさせて、どっちのほうが強いかなんて競い合った。
おばあちゃんの畑の手伝いをした帰り、畑で取った大きなスイカに、二人で夢中で齧り付いた。
ツチノコを探して山を駆け回った日もあった。見つかったのは全部普通の蛇だったけど、僕もキョウも、ツチノコの存在を信じて疑わなかったし、その日は見つからなかっただけだと言い聞かせた。
海に行った日もあった。浜辺で拾った貝殻は、夏休みの工作に使うことにして。僕はその日初めてナマコを触ったのだけど、あれは気持ち悪かったな、なんて。
家に帰れば日めくりカレンダーを一枚、また一枚と剝がしてゆく。明日を心待ちにしながら宿題の絵日記を書いて、でも夏が着実に終わりを迎えていくことに、確かな不安を覚えた。
夕暮れの茜に混じって、赤トンボが飛び始める頃。遠くの山からはヒグラシの鳴き声が物淋しげに響き出す。夏休みもあと少し。
近所のヒマワリ畑を観たときにハッとした。あの大輪は、頭が成長しすぎたせいなのか、みんな病気の患者みたいに項垂れて萎れている。僕は、何故かこの光景をよく覚えていた。
「夕方は結構涼しくなってきたよな」
キョウが何気なく呟く。夏がもうすぐ終わるのだ。
「アサがここにいれるのって夏休みの間だけなんだろ。ちょっと寂しくなるなあ」
キョウは萎れたヒマワリを見上げながら、そっと口にした。僕だって、寂しくてたまらない。だけどもう、そんなことを言ったって仕方がないのを知っていた。
鼻のあたりがツンとして、熱いものが込み上げて来る。僕だって、寂しいさ。言えない。言えないよ。
「おいアサ、聞いてるか」
「聞いてるよ、キョウより僕のほうがずっと辛いんだから、当たり前じゃんか!」
急に声を張り上げたから、キョウはちょっと目を丸くしていた。驚かせるつもりはなかったのだけど。
「ごめん……。もう遅いから、帰ろうか。また明日」
「おー、また明日な」
きっと、あと数えるほどしか言えないお別れに、僕はとうとう泣いていた。キョウに見られたくないから、顔を隠して走って帰る。
──夏が終わる頃。何故かこの友達は消えてしまうのだ。
毎年出会うのに、次の夏が来る頃にはキョウはそれを忘れている。彼は同じ夏に取り残されて、何度も同じ姿で僕の前に現れる。
「誰お前」って。毎年言われて、僕は何度でも君の名前を呼ぶのだ。
とうとう、夏の終わりが来る。キョウが消えることが、夏の終わりだった。来年も遊ぼうねって言って、でも来年の君は僕を覚えていないのだ。
八月三十日の夕暮れ。枯れたヒマワリを背景に、キョウの体が透けている。キョウ自身も、酷く驚いた顔をしていた。僕はこれを見るのは三回目。太陽が完全に沈む頃、その体は完全に透過して、最初から彼は存在しなかったみたいに、消えていなくなるのだ。
「俺……どうなっちゃうんだろう」
不安そうにこちらを見るキョウの手を掴む。まだ触れた。そのまま抱きしめる。夕暮れでもまだ熱の篭った空気の中、密着した肌は汗でベタついている。まだ。まだその感触がある。このまま離さなせれば。そんなことは去年か一昨年にもう試したこと。どんなに消えないでくれと泣き叫んでも、キョウはいなくなる。
「隠しててごめんね、僕、キョウが消えちゃうこと知っていた。でも、怖くて言えなかった、ごめんね」
「消える……俺、消えるって。どうすれば……」
「わかんない。ごめんね」
次から次へと溢れる涙を、片手で拭って。抱きしめたまま、彼を離しはしなかった。
また来年、沢山思い出を作ればいい。そう思うのに、胸が締め付けられる。お別れなんてしたくない。
息が詰まるほど寂しい。嫌だ。どうして毎年、違う夏を繰り返すのに、キョウは夏に取り残されるの。君だけ、夏が連れ去ってしまうの。
どうして。
黄金の光が見てる。陽の沈む空はなんだか寂しい。キョウと遊べる時間が終わって、少しずつ、確実に夏も終わろうとするからだ。
「……アサ。俺、この夏楽しかったよ」
「うん」
「初めはさ、誰だかわかんないお前が話しかけてきて、わけわかんないまま一緒に遊んでさ。でもすげー楽しくて」
「うん」
「消えるなんて、嘘みたい。明日もたま、アサに会えるって思ってた」
「……僕もだよ」
少しずつ、触っている感触がなくなっていく。
「行かないで」
「俺も行きたくないけど。もう、お別れだ」
「キョウ!」
「また。また来年な」
そんなことを言って。キョウは次の年僕のことを忘れるくせに。
太陽が山に沈み切る。瞬間、手の中にあった温もりも、跡かたもなく消えた。
僕はその場に崩れ落ちて、声を上げて泣いた。それを枯れたヒマワリが他人事みたいに見ている。
夏が、終わったのだ。
小学校を卒業して、中学に上がった頃に、おばあちゃんが亡くなった。必然的に、僕の夏休みは東京で過ごすものとなって、キョウには会えなくなった。だから少しずつ、彼のことを忘れていった気でいたのに。
大人になって、生活も安定してきた頃。急に思い立って、小学校の頃遊んでいたおばあちゃんのいた街に訪れた。森や川、山。あの頃駆け回った自然がそのまま残っていて。夏の噎せ返るような暑さもまた、変わらないなと辟易していたとき。
通りすがった神社の前で、若い男を見かけた。何故かお互いに視線が合う。暑さに参って、疲れた顔をした、僕よりもいくつも年下に見える男。
そいつが不意に目をパっと輝かせて、僕の名前を呼んだ。
アサ、久しぶりって。
「……キョウ?」
また、僕の夏は始まろうとしていた。
***
みんつくより、寂しい夏というお題で書きました。
「朱夏」とは、青春と似た言葉です。夏の異名であり、青春が春と20~30歳を表す言葉なのに対して、朱夏は31歳から50歳までを表す言葉でもあります。
- Re: 朗らかに蟹味噌!【短編集】 ( No.84 )
- 日時: 2020/11/12 06:58
- 名前: ヨモツカミ (ID: xJyEGrK2)
♯58 夢オチです。
夜道を全力で駆ける。目の前には若い女が同じくらいの速度で走っている。ヒールの靴では走り難そうだ。彼女はたまにこちらを振り向いては、怯えた顔で、とにかく走る。
俺は包丁を片手に追いかける。
何をしているのだろうか、と思う。彼女との面識はない。街灯すらない道。月明かりだけを頼りに、俺達は走り続けた。
偶々、今日は嫌なことがあって酒を飲んだのだ。上司が俺に仕事を押し付けてきたとか、時間内に仕事が終わらなくて残業をしたとか、帰りの電車が人身事故で遅れたとか。嫌なことが重なって、珍しく飲めもしない酒をしこたま飲んで。美味しくもないし、頭がクラクラして、何だかよくわからなくなる。
深夜を回った頃、俺は最後の酒を一気に煽った。強いアルコールの味。炭酸の弾ける舌触り。
「……美味くねえ」
意識がふわふわするが、それだけだ。なんだか頭が痛いし、体は熱いし。それで嫌なことを忘れられるわけでもない。ムシャクシャする。
明日だって普通に仕事がある。眠い目を擦りながらも、決まった時間に目覚めて、満員の電車に揺られてストレスをためて、胃痛に耐えながら会社に向かって。朝だけでこんなに辛いのに、上司はこちらの気持ちも事情も考えずに、とりあえず仕事を押し付けて。小言を言って。怒鳴りつけて。
それが週五日続いて、二日しかない休みは睡眠に使われる。やりたいこともやれないで、仕事、電車、仕事、電車、ストレス、ストレスストレスストレス。
台所に空き缶を捨てに行くときに、ふと、まな板の上に放置した包丁が視界に入った。その銀色の刀身が、艶かしく輝いているような気がして、思わず手に取る。
包丁。刃物。深夜。
「…………」
なんとなく、だ。特に理由はなかった。アルコールが俺をおかしくさせたのかもしれない。気が付いたら俺は、包丁を片手に外に出ていた。夜風がアルコールで火照った体に心地よかった。
ああ。なんか、いいなこれ。
そのまま俺は散歩をした。特におかしい事はない。片手に包丁を持っているだけだ。それだけ。酔った男が、酔い覚ましのために深夜の道を歩いているだけ、なのだ。
月明かりを反射させて、包丁がギラリと輝く。人に見つかったら終わるな。そんなスリルが逆に心地よいのだ。
そうして、フラフラと道を歩いていると、目の前から若い女性が歩いてくるのが見えた。こんな時間に、と思ったが、多分終電ギリギリに帰ってきた女性とか、そういうことなのだろう。スーツ姿にきれいにまとめられた髪の毛からして、仕事帰りか。
……そういえば俺は片手に包丁を持っている。すれ違うときに、どうすれば。
急に心臓がバクバクと胸を激しく叩いた。見られたらどうなる。どうなるのだろう。夜道で包丁を片手に歩く男、なんて。女の立場からしたら、どうするものだろうか。
そんなことを考えていたら、完全に女性が俺の手元を見ていた。
「ひっ」
「……あ、いや」
女性がわかりやすく怯える。違う、俺はそういう危ないことをしたくて、そんなことで包丁を持ち出したわけでは。
女性が踵を返して走り出す。
やばい。警察に駆け込まれでもしたら、俺は。
俺もまた、彼女を追いかけた。女性は悲鳴を上げて、更に速度を上げて逃げる。
やばい、この状況何なんだ? 俺は何をしている。追いかけて、捕まえて、その後どうする。別に殺すつもりなんてないけれど、彼女は多分包丁を持った男に追いかけられるなんて、生きた心地がしないだろう。
だから、逃げ切られてしまえば。後で間違いなく通報される。
だったら。だったらいっそ、捕まえて殺してしまえばいいのではないか?
いや。何を考えている。人を殺すなんて、何を。
「誰か助けて! 助けて!」
女性が叫ぶ。くそ、そんなに騒いだら人が来てしまうだろう。くそ、くそ。
もう仕方ないだろう。やるしかないだろう。殺せ。殺せ!
「ぎゃあああああああっ」
追いついた。
女性の腕を掴んだ。そうして包丁を振り上げる。恐怖に染まった彼女の顔がこちらに向けられる。
──その背中に、深々と包丁が突き刺さった。
「ぎゃああああっ、あああ!」
引き抜く。纏わりついた血液が辺りに跳ねた。
彼女の体が傾ぐ。地面に落ちた彼女の胴体に馬乗りになると、俺は包丁を無茶苦茶に振りおろして、顔とか喉とか、目とか、鼻とかを切りつけては突き刺して、引き抜いて、それを繰り返して。びちゃびちゃと血液が辺りに跳ねて、俺も彼女も真っ赤に汚れていく。血の臭いが充満して、頭がおかしくなっていく。いや、もっと前から頭はおかしい。でも、なんだかもう、俺は戻れないところに。
「はあ、はあっはあ……」
あれ。
あれあれあれ。
目の前で穴だらけになって、ぐったりと動かなくなった女。それに跨って、俺は血に汚れた包丁を握っている。
なに、
して、なにしてる。おれは、なにをしている。
殺す気なんて、なかったのに。なんで。俺は何をしているのか。
心臓はもう、吐き出してしまいそうなほどに煩く鼓動した。そのくせ、脳は妙に冷え切っている感じがする。
冷静に女性の亡骸を見下ろして、溜息を吐いた。
「……まあいっか」
殺しちゃったものは仕方ない。俺は酔っていたんだ。そもそも、こんなに酔う原因になった会社が悪い、上司が悪い、包丁を持ち出そうと考えさせた酒が悪い、あんなところをこんな時間にあるていた女が悪い、包丁を見て叫んだ彼女が悪い、俺は何も悪くない、悪くないのだ。
何も悪くない俺は、何事もなかったみたいに家に帰って。服や体に付着した血を洗い流して、そして眠ればいい。
そうすれば、明日の朝。起きたら普通に会社に行くんだ。昨日のことは夢だったのではないかと、現な気分で。
スーツを着て、朝食を食べて、玄関の戸締まりをして、電車に乗り込んだ。満員の電車は息が詰まるから、もうみんな殺してしまいたくなる。
ここに包丁があれば、皆殺しにできたかな。
あれ。俺はまだ酔っているのだろうか。
なんだかどうでもいい。
どうでも、いいや。
***
みんつくの「逃げる」というお題より。
逃げる、というか追いかけるって話でしたけど。最終的には現実から逃げました。
- Re: 朗らかに蟹味噌!【短編集】 ( No.85 )
- 日時: 2021/03/17 17:52
- 名前: ヨモツカミ (ID: aVnYacR3)
♯59 あいしてるの答え
吐き出す。
苦くて生臭い肉を口に詰めては、吐き出した。
嫌だ、嫌だと泣き喚いて。また口に詰めた肉を咀嚼する。一度噛む毎に口内を満たす味に、胃の中身が逆流する。
飲み込む。
今、あなたは私の中にいる。
そう思うと涙が止まらなかった。
私は赦されたのだろう。もう一度齧りついた肉を噛み締めて、嚥下する。
嗚呼。嗚呼。あなたがいる。私の中にあなたがいる。
ようやく一緒になれたの。
あなたがいる。あなたがいる。私の中にあなたがいる。
吐き出す。
あなた、私のことが嫌なのね。でも大丈夫だから。
私、あなたになるの。
切っ掛け?
何だったっけ。あなたが私を褒めてくれた。才能があると言ってくれた。
あなたが私を見つけてくれたから。私を光の元へ連れ出してくれたから。腕を引くあなたの手が力強かったから。
月がきれいな夜だったから。私、死んでもいいと思ったから。
あなたを食べたい。そう伝えたら、笑ってくれたわね。
明日の月はもっと美しいでしょう。だから私。
あなたを食べた。
***
お久しぶりです。リハビリに。
好きな食べ物は唐揚げです。
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