複雑・ファジー小説

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ハートのJは挫けない
日時: 2022/05/11 05:32
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: ZTqYxzs4)

波坂といいます。閲覧ありがとうございます。今回は能力バトル系を書いていきます。色々と至らない部分もあろうかと思いますが、そこはどうぞ生暖かい目線で見守って頂けたらなと。

 一気読み用【>>1-100

 目次>>73

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 略称はハジケナイです。

Re: ハートのJは挫けない ( No.81 )
日時: 2018/10/15 20:13
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

「『私』!? 大丈夫!?」
「ンなわけねぇだろう……が……」

 刀を振り切った姿勢のまま、無川は力尽きるようにその場に倒れ込む。黒い刀は姿を消し、彼女の姿が徐々に薄くなっていく。乾梨の外で自分の姿を保つ力すら無くっているのだ。

「……フン、死に損ないの癖に……」

 少しだけ切った口元を擦りつつ、正義は立ち上がってそう言葉を零した。内容とは対照的に、彼の表情はいつに無く余裕が無い。

「友松先輩、やって下さい」

 瞬間、俺の体は一気に乾梨のすぐ側に移動した。ハートの力を使ったテレポートだ。俺の唐突な出現に動揺しつつ、乾梨は無川を庇うように立った。

「諦めて下さいよ。貴方に、出来ることなんか、何も無いんですから」

 正義は俺に喋らせず、自分の言葉でそう言った。それに対し、乾梨は目線を俺に合わせつつ、彼の言葉に返す。

「……諦める事は、簡単です」

 でも、と彼女は続けた。
 いつに無く、決意に満ちた声で。

「友松さんは、私達を助ける為に、最後の最後まで諦めなかった。どんなに希望が見えなくても、絶望しか無くっても、友松さんは立ち上がったんです」

 だから、と彼女は続けた。
 いつに無く、覚悟に満ちた声で。

「私だって諦めない。諦めたくない。例え蜘蛛の糸みたいに、頼りなくて細い希望でも、それすら無くても、私は立ち続けなくちゃいけないんです」

 その直後、彼女は小さく何かを呟いた。恐らく近くの無川に何か言ったのだろう。無川は少しだけ驚きつつも、頷いてその姿を消した。

「貴女の身代わりは消えちゃいましたね。どうです? 最後の希望すら無くなった気分は」

 正義が顔面だけは取り繕いつつ愉快な様子でそう言った。だが、見るからに表情筋が硬い。無理しているのだろう。

「……貴方は一つ、間違えたんですよ」

 乾梨はその手に刀を作り出す。雪のように真っ白な、白い刀。

「僕が間違い? へぇ、なら何かやって見せて下さいよ。僕が間違いしているんなら、まだ何か手品があるんでしょう?」
「……貴方の間違い、それは」

 その刀を、彼女は喉仏に向けた。正義の表情が崩れ、驚愕が姿を表した。

「すぐに私を取り押さえなかった事です」

 何故なら、彼女が刀を向けたのは、自分自身だったからだ。
 そして、その刀は真っ直ぐに彼女の喉に突き刺さった。彼女の体から力が抜け、その場に膝を付く。

「……気でも、狂いましたか?」

 正義の言葉に彼女は答えない。
 一方、俺は変な感触を感じていた。彼女の刀に、確かな違和感を覚えていた。だがその正体は、未だに分からない。

「……ふざけないで下さいよ」

 返答は、無い。
 その時、俺はやっと違和感の正体を看破した。

「何が間違いですか。最後に出来ることが自殺? バカじゃないですか?」

 ずっと喋り続ける彼はイライラが鬱積しているようにも見えた。きっと、乾梨の何かが彼に多大なストレスを与えたのだろう。

 丁度、その時だ。
 乾梨の口元が、普段の彼女から想像が出来ないほど、ニヤリと歪んだのは。

「バカはテメェだ。クソ赤目」

 ゆっくりと、『彼女』は刀を──違和感の正体であった真っ黒い刀を──自分の首元から引き抜く。
 そして彼女は乱暴に自分の髪の毛を纏めていたカチューシャを外した。髪の毛が風に吹かれて大きく揺れる。そのままカチューシャを床に投げ捨てた彼女は、続けて掛けなければ何も見えない筈なのに、邪魔の一言でメガネを外し床に投げようとする。が、思いとどまったのか、ポケットのメガネケースに入れて仕舞った。
 焦げ茶色ではなく、真っ赤に染まった目を見て、正義は有り得ないと言わんばかりに口を開く。

「な、何故。お前が、お前が!」
「教えてやるよ赤目野郎」

 彼女は、先程とは対照的な真っ黒な刀を構える。

「オレ達は、二人で一人だってな」

 無川刀子は、愉快そうな顔でそう言った。

「……何故……」

 正義は片手で顔を覆いつつも、もう片方の手で無川を指差して言う。心底、腹を立てた声音で。

「どうして、お前達はそうやって僕をコケにするんだ……! お前達みたいな奴らに……! この僕が……!」
「自分が特別とか思ってんのか? テメー、大分イテェ野郎だな。大体、被害妄想も大概にしやがれ。先に手ぇ出したのはテメェだろうが」
「ふざけるなよ……!」
「それはこっちのセリフだ。クソ野郎」

 その冷えた鋭い声音に、一瞬だけ正義が硬直する。

「今まで散々好き勝手しやがって……! このクソ赤目野郎が……!」
「……友松先輩! 何しているんですか!」

 正義の言葉に反応して、俺の体が無川に殴りかかる。だが無川はそれを軽い身のこなしで回避し、鳩尾に刀の柄を撃ち込んだ。腹部に強い衝撃が走る。

「やっぱ『オレ』の身体はちげぇな。段違いに使い易い」

 無川は元々、乾梨の体を乗っ取って戦っていた。先程までの幽霊状態では、本領が発揮できていなかったのだろう。
 俺の体は、一瞬怯まされるが、追撃で大きく横振りの蹴りを放つ。だがその大振りは当然当たらず、代わりに足を払われ、体勢を崩した。
 操縦者に、正義に焦りが現れているのが見て取れた。恐らく、早く終わらせようと大きな一撃を入れようとしているのだろう。だが、それは愚行だ。無川相手にそれが当たるとは思えない。

「……動くな」

 ふと、正義がそう言った。つまらなさそうな顔で彼を見る無川。

「あ? 何様だテメェ」
「……もし動いたら、友松先輩を飛び降りさせる」
「ああそうかよ」

 すると無川はこちらに振り返って、俺の腹に刀を刺し込んだ。

「なっ……!」

 刺された場所から熱を奪われる感触を覚えた。この感覚は、きっと彼女のハートの効力だろう。彼女のハートは、《心を殺す力》。刀で傷付けた対象の心を仮死状態に追い込む力だ。

「これで、共也は動けねぇな」
「お、お前……!」
「なんだテメェ。急にキョドキョドしやがって。チビネズミか?」
「み、味方を殺したのか!?」

 正義が驚いたような声をあげる。確かに、今の行動をそうとれば、無川の行動は異常かもしれない。
 だが、無川はニヤリとした笑みを浮かべて、彼にこう返す。

「オレが殺したのは、テメェのクソみてぇなハートだ」

 彼女が笑いながら、正義の背後を指さす。
 彼が、咄嗟に振り返る。
 そして、俺と目が合った。

 無川に斬られたあの瞬間、俺の体が急に動くようになった。だから、正義が無川に気を取られている間に、ハートの力で彼の後ろに回り込んだのだ。

「よう」

 彼は口をあんぐりと開けていて、上手く返答できていない。だが数秒後には、その手に再び赤いネジを作り出して、俺に突き刺そうとする。

「遅せぇよ」

 だがそれが届く前に、俺の拳が彼の顔面を射抜いた。彼は駒のように二、三回ほど回転して、俺から距離を置いた。

「……正義、お前……」
「と、友松……先輩……」

 俺は怒りのままに拳を握り、彼に問うた。

「覚悟は出来てんだろうなぁ……! 人の体で好き勝手しやがって……!」

 正義の顔が、苦虫を噛み潰したように、苦渋に染まった。


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Re: ハートのJは挫けない ( No.82 )
日時: 2018/10/16 17:40
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: 1CRawldg)

「……まだだ」

 正義は苦い表情のまま、両手に赤い釘を作り出す。まだ、抵抗の意志はあるらしい。それはある意味、俺にとっても好都合だった。無抵抗の相手を一方的に殴るより、殴り合いの方が気分が乗る。

「……無川、下がってろ」
「あ?」

 俺の言葉に、無川は一言だけで素っ気なく答える。

「……お前、今消耗してんだろ。間違いなく」

 無川が乾梨の体に移ったからと言って、幽霊状態の時のダメージが消える訳では無い。しかも今の無川の目は輝きを失いつつある。限界が近いという証拠だ。

「問題ねぇ」

 だが彼女は強気にそう答えた。無論、彼女のそれが虚勢であることくらいは俺にでもわかる。

「俺は奴と、ケジメを付けなきゃいけねぇんだ。頼む。俺の為に、少しだけ見といてくれ」

 こうでも言わなければ、彼女は引かないだろう。俺の頼みに、彼女は予想通りに適当な返事をし、数歩だけ下がって刀を消した。頭を少し下げた後に、再び正義と向かい合う。

「……正義、決着を付けようじゃねぇか。水入らず、タイマン勝負でな」
「……馬鹿らしい。一対一なら、僕に勝てると思っているんですか?」

 彼は右手の釘の先端を俺に向けて強気に言った。

「僕は『彼女』のヒーローになるんだ。こんな所で負けていられない。僕の正義せいぎの為に、負けられない」

 彼女、という単語がやけに頭に残る。思えば彼はいつもその『彼女』とやらをセリフに含ませている。
 恐らくだが他者のハートを発現させるという力を持った、『彼女』とやらの事を。

「オイ、正義」

 そして何より、俺はもう一つ気になることがあった。

「お前の正義せいぎって、なんだよ」

 俺は今まで、頻繁に現れるその単語の意味を、彼の口から聞いていなかった。彼が思い浮かべる正義も、全くをもって形がわからない。

「……僕の正義せいぎなんて聞いて、どうするんですか?」
「テメェがやけに拘ってるからよ。気になっちまった」

 俺の言葉に、彼は少しだけ黙る。何か考え事でもするかのように。

「教える義理はない。……なんて言ってもいいんですけど、教えてあげますよ」

 どんな奇天烈な思想がその口から吐き出されるのか、俺は少しだけ身構えた。
 だからだろうか。俺がその内容を聞いて、驚愕したのは。

「全ての人を救う」

 その内容は、余りに。

「それが、僕の正義です」

 普通過ぎていた。
 明らかに、異常だった。

「……は?」
「……貴方も、笑いますか。僕の正義せいぎを。幼稚だって、散々笑われたこの言葉を」

 だが、彼はふざけた様子も何も無い。真剣そのものの顔に、思わず気圧される。

「僕はなると決めたんだ。ヒーローに。ヒーローにならなきゃ、英雄にやらなきゃ、僕の正義せいぎは笑い者のままなんだ」
「な、何言ってやがる」

 おかしい。彼の思考回路は、どう考えても不自然な形に歪められている。

「否定され続けた僕を拾ってくれたのは、彼女なんだ。彼女のヒーローになれば、僕は変われる。ヒーローになるには、彼女を救わなきゃ。じゃなきゃ、僕には、存在する必要性なんかなくなってしまう」

 ふと気が付く。彼の目が、赤く光り輝いている事に。
 もしかしたら、彼は歪んでいるのではない。歪められているのか? 浮辺や無川のように。自分を無くしているだけではないか?
 もし彼が、利用されているだけに過ぎないとしたら?
 俺は、何をするべきだ。
 ここで正義を殴り倒して、兄さんに突き出すのは簡単だ。彼はその後施設に入れられてその後も狂わされたまま過ごすのだろう。
 それは、ダメだ。直感的に、そう感じた。
 彼はまだやり直せる。彼はまだ救える。彼はまだ、救われていない。そして彼はまだ、壊れていない。

「そうか。テメェの正義は、全ての人を救う事。その為に、『彼女』とやらのヒーローになる事。なんだな」
「そう。それが僕の正義せいぎだ。笑いたいなら、笑えばいい」

 彼はニヒルな声音で言う。察するに、きっと彼は笑い者だったのだろう。
 あまりに真っ直ぐすぎる正義が、逆に周囲から浮き彫りになった。そんなところだろうか。

「俺はお前の正義を笑わない」

 俺は正義の目を見て、そう言う。赤い光を灯した目は、こちらを愚直に見据えている。

「ただ一つ、一つだけ言わせてもらう」

 俺は言う。彼に向かって。最悪な言葉を。

「教えてやるよ。正義」
「なんだ。貴方に教えられる事なんか、何も無い」
「いいか、」

 俺はこれから、彼を否定する。
 歪んでいたのではない、歪められた彼を否定する。
 いつか昔の日にかあった、真っ直ぐな正義せいぎに戻す為に。

 怪訝な顔でこちらを睨む正義に、俺はハッキリとこう言った。
 



「『ヒーロー』なんて下らねぇ四文字は、何の意味もねぇんだよ」


 彼は即座に俺の言葉に反応して、赤い釘の尖った先を俺に向かって突き出した。


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Re: ハートのJは挫けない ( No.83 )
日時: 2018/11/04 08:16
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

「観幸、共也君見た?」
「今頃乾梨さんと仕事中デスよ」

 僕と観幸は玄関で靴を履き替えながら喋っていた。道のり的に観幸はすぐに別れるから共也君とも帰ろうと思っていたが、最近彼とはあまり帰宅時間が合わない。乾梨さんの件があるからだ。

 二人で校門を出て軽口を飛ばし合うが、少し行ったところで分かれ、今は一人で道を歩いている。

「ちょっといいかい?」

 またか、と思った。こうやって声をかけられるときは、大体道を尋ねられる時なのだ。どうして僕にばかり尋ねられるのかは知らないが、早く答えてしまおうと振り返る。
 僕の背後に居たのは、見た目的に30代の男性だった。

「実はこの学校に行きたいんだが、分かるかい?」

 彼が写真を見せてくる……って僕が高校だ。簡単に道順を教える。

「ありがとうねぇ。相手にしてもらえて、おじさん嬉しいよ。君、なんて名前だい? おじさんは四宮秋光(しのみや/あきみつ)って言うんだけど」
「針音貫太(はりおと/かんた)です」

 ずっと微笑みを浮かべている辺り、人当たりの良い人だな、と思いながら彼に興味本位で尋ねてみる。

「どうしてここに?」

 一瞬だけ、彼の表情に影が差した、気がした。

「……ま、お迎えって奴だよ」




「『ヒーロー』なんて下らねぇ四文字は、何の意味もねぇんだよ」

 俺のその言葉に、反応して、彼は赤い釘の先端を俺に向けて突撃してきた。その形相は殺意の二文字で満たされている。
 そんな単調な攻撃に当たってやる程俺は間抜けではない。身体を横にずらしつつ、釘を持つ彼の手を掴んで捻ひあげる。

「──ッ!」

 悲鳴のような声が絞り出されたと思えば、今度は逆の手で釘を作り出す。ゼロ距離で俺に突き刺そうとした所で、ハートの力で正義の腕の前の空間を壁の前に繋げた。突き出された彼の右腕が、境目に吸い込まれた後に壁に激突。苦しそうな顔をしつつ、彼はこちらを睨み付けた。

「……下らない……だと」

 彼の赤い瞳は輝きを増す一方だ。あたかもそれは彼の怒りを示しているようにも思えた。

「貴方は……お前は……今、僕を否定したんだ……」

 彼は再び釘を作り出し、それを俺に投げ付けた。身体を捻って躱すがその間に正義の腕を掴んでいた手の力が抜けたようで、彼に距離を取られてしまう。

「お前も、僕を、否定するのか。友松共也。お前も、お前も! 馬鹿らしいって嘲笑うのか!」
「ンなこと言ってねぇだろうが! 被害妄想も大概にしやがれ!」
「違わない! 今確かにお前は否定した! 僕の全てを否定した! 許せない、許せない許せない許せない!」

 彼の声音に、もはや原型などない。子供のように喚き、怒り、感情を露わにする。冷静で底が見えない印象の彼とはまるで別人だ。

「もうお前なんかどうだっていい! 『彼女』がお前を欲しがっていても、きっとお前は害悪にしかならない! だから! 僕は!お前を殺す!」
「目を覚ましやがれこの馬鹿野郎がぁ!」

 今度は俺から距離を詰めて、彼の頬に拳を叩き込む。彼はもろに喰らい大勢を大きく崩すが、倒れるあと一歩と言ったところで踏み止まり、そのまま飛び上がるように下から顎を殴り付けてきた。幾ら体格差やらがあるとはいえ、流石にアッパーの衝撃は堪える。それでもなんとか視界を戻し、再び拳を握る。

「よく聞け! テメェは『ヒーロー』って奴を勘違いしてんだ! お前が追い掛けてるのは、誰かに植え付けられた幻想でしかねぇ! 本来のお前の追い掛けるものじゃあねぇんだ!」
「お前に何が分かる! 誰かを救えばヒーローなのか! 遅れて駆け付けたらヒーローなのか! 悪をうち倒せばヒーローなのか! 願いを叶えたらヒーローなのか! 何をすればヒーローになれるんだ! 知っているなら教えてくれよ! 誰もが納得するような、たった一つの答えをさぁ!」

 彼の言葉を乗せた拳が、俺の鳩尾に直撃する。その衝撃にたたらを踏みそうになるが、無理やり自分の足を地につけ、彼の顔面に頭突きをかます。派手な音を立てると同時に、俺と正義が倒れ込んだ。

「共也!」

 無川の叫び声に手だけで大丈夫だとアピールして立ち上がる。
 手をついてなんとか立ち上がると、正義も同じように再起し、俺と視線をぶつける。どちらも若干ふらついているが、闘士は未だ互いに燃えている。

「どれもこれも違う! テメェは全く分かってねぇ!」

 お互いに放った拳が激突。単純な力勝負で負ける道理はない。そのまま彼の拳を弾き返し、彼の肩を拳で撃ち抜く。

「いいか、正義! 誰かを救ったからって、遅れてきたからって、それは決してヒーローなんかじゃあねぇ! ヒーローって奴は、英雄って奴はなぁ!」

 肩を抑えて倒れ込みそうになった彼の胸倉を、逆の腕で掴み、目と目が5センチほどの距離になるまで顔を近づけ、彼に言う。

「『なるもの』じゃねぇ! 『呼ばれるもの』なんだよ!」

 正義が力を失いつつある目で、怪訝な様子で俺を睨む。

「……『なるもの』じゃない……『呼ばれるもの』……?」
「ああそうだ! ヒーローだの、英雄だの、救世主だのと呼ばれてきた連中は、誰だって自らヒーローになりてぇ、英雄になりてぇなんか考えちゃいねぇ! 周囲がそいつをそう呼んだから、ただ『ヒーロー』って呼ばれたから! だからそいつはヒーローなんだ!」

 俺の言葉に気圧されているのか、彼は黙って聞いている。

「目を覚ませ! 正義ぃ! お前が目指しているのは、お前が望む『ヒーロー』じゃねぇ! 彼女とやらの『操り人形』なんだよ!」

 俺がこう言い切った後、暫くの間、静寂が周囲を包んだ。
 無川も、俺も、何も喋らない。ずっと、正義の返しを待っている。
 そして、彼が、口を開く。

「じゃあ」

 また何か強気で言い返されるのかと身構えていた俺に、正義が浴びせた言葉は、余りにも勢いが無くて、

「僕は」

 今にも崩れ落ちそうな程、酷く脆い声音をしていた。

「何の為に」

 彼の赤い瞳から、一筋の滴が零れ落ちた。

「生きてるの」

 正義は、ただただ虚しそうに。

「僕は、どうすればいい。何をすれば、いいんだよ」
「……正義」

 彼の体は、動かず冷めたままだ。

「……俺はお前の事を知らねぇよ。どんな人間かも、どんなことをしたかも、何も知らねぇ」

 正義自身、一番混乱しているのだろう。その体には力というものが無く、まるで動かない置物を持っているような感覚だった。

「だけど」

 両手で胸倉を、掴み直し、だらんと力の抜けた正義の身体を無理やり引っ張り上げ、力の抜けた顔に言葉を放つ。

「自分の立てた目標くらい見失うんじゃねぇ! テメェには、確かになりてぇモンがあんだろうがぁ!」

 正義は目を合わせないまま、俯きながら答える。

「……たった今、貴方が否定したじゃないか。僕の、たった一つの目標を。ヒーローは、なれるものじゃないって」
「それが間違いだってのが分からねぇのか! テメェの目標は『誰かを救う事』であって、『ヒーローになる』ってのは手段に過ぎねぇって事がよぉ!」
「……じゃあ、じゃあどうすればいいんだよ!」

 正義が俺の胸倉を、掴んで心底苦しそうな表情で訴え掛けてくる。彼の心に、僅かだが熱が篭っていた。

「僕はヒーローになれないなら、どうやって人を救えばいいんだ! 皆から否定されて、まるで僕が悪みたいなのに!」
「甘ったれてんじゃねぇ!」
「……ッ……!」

 正義に一喝すると、一瞬だけ彼が怯む。その隙に自分の言葉を挟む。

「いいか正義、『人を救う』事は『人を殺す』事よりも10倍難しい事なんだ! 10人殺すより10人救う事は、100倍難しい事なんだ!」

 彼が黙っている所で、更に言葉を繋ぐ。

「人を救いたいなら覚悟を持て! 人を助けたいなら意志を持て! テメェはそれがねぇんだ! 誰にだって出来たら、今頃世の中にクソみたいな人間なんざ誰一人だって居ねぇんだよ!」

 彼の俺を掴んでいる手を引き剥がし、そのまま投げる。数メートルほど投げ飛ばされた彼はこちらを力無く見つめている。

「普通じゃねぇんだ! 人を救う奴なんざ、異常なんだよ! 俺達みてぇな凡人が異常を貫く為にうるせぇ奴らがいるのは当たり前だ! そんな奴らに心が折られる程度の意志しかねぇなら、人を救おうなんざ考えてんじゃねぇよ!」
「うるさい! うるさいんだよ!」

 俺の声をかき消すように、正義が叫ぶ。

「さっきから好き勝手言いやがって! 僕に向かって意志を持てだの覚悟を持てだのと、随分とまあ上から目線な物言いをしてくれるじゃないか!」

 彼はフラリと立ち上がり、再び強い力を灯した視線をぶつけてくる。

「見せてあげますよ! 僕の意志ってものをね!」

 彼のその挑戦的な言葉に、俺は思わず口角が上がるのを感じた。

「ああ来いよ正義! テメェの意志とやら、見せて見やがれ!」

 正義は今までは手に持っていた赤い釘を今度は地面に生やし始めた。彼の周囲に次々と釘が生え、そのうちの数本がこちらに飛来。咄嗟にハートの力で釘達を別の場所に瞬間移動させ、その間に正義との距離を詰める。
 が、彼もそれを読んでいたのか、俺が近付くや否や彼は片膝を着いて片手で思いっ切り地面を叩く。何かまずいと感じ、咄嗟に数メートル後ろに瞬間移動する。
 直後、まるで俺の立っていたであろう場所に噴水のように地面から太く長い釘達が溢れる程に飛び出す。あのまま立っていたらと考えるとぞっとする。

「まだだ! まだ終わらない!」

 噴水のように湧き出た釘達はそのまま上空へと進んで行き、空中で方向を180度変え、槍の雨と化して俺の周囲に降り注ぐ。咄嗟の事に一瞬だけハートの力で釘達を飛ばすのが遅れ、一本が足を掠めた。口から悲鳴が若干漏れてしまうほど、激痛を伴ったそれは、俺の足に小さくは無い傷を与えた。

「……へっ、ハートの具現化までしてくるとはなぁ!」

 釘の雨が終わった直後、俺は正義の背後に瞬間移動し、彼の後頭部に拳を叩き込もうとする。
 が、俺の手に伝わったのは、鈍い感触と、先程とは別ベクトルの、激痛。

「甘いんですよ!」

 地面から釘が壁のように伸び、俺の拳をブロックしたのだ。堪らず一歩引こうとバックステップを取るが、殆ど移動出来ず、背中に硬いものがぶつかる。
 いつの間にか、背後にも釘の壁が伸びている。それだけでない。左右にも、そして上も釘の壁が展開されつつある。急いで脱出を試みるが、既に俺が通れそうな隙間は全て塞がれていた。
 周囲さえ見えない状態で瞬間移動するのは危険だが、閉じ込められてはハートの力ですら脱出できなくなる。背に腹はかえられない。釘の牢の外に瞬間移動。

 そして瞬間移動直後の一瞬の隙をついて、ちょうど目の前にいた正義が手に持っていた釘を俺に突き出した。回避出来ない距離で放たれた攻撃。俺にはどうすることも出来ない。

「…………」

 だが、正義の釘は俺の首を貫く寸前で停止していた。

「友松先輩、一つだけ、聞かせて下さい」
「ンだよ」
「どうして、僕を倒さなかったんですか。僕が気力を失ったあの時に、いや僕を倒す機会なんて、貴方には幾らでもあったはずだ」
「そんなこと、出来たらとっくにやって」
「とぼけないで下さいよ!」

 正義の叫びに、場に静寂が訪れる。
 少しの間を置いて、俺はそれを破った。

「……さっきテメェを見た時、違うって思ったんだよ。コイツはまだ救える。まだ壊れてない、ってな」
「その為に、どれほど自分を危険に晒したのか分かってるんですか? こうして殺されそうになっていることも、貴方は分かっていますか?」
「ああ、全部、知ってるし分かってる。その上で、俺はこの道を選んだ。それだけの話だ」

 再び、場に静寂が訪れる。いや、正確には、カタカタと小さな音だけが聞こえる。
 正義の釘が、小さく震えていた。まるで、彼の感情を代弁するかのように。

「友松先輩、もう一つ、教えてくれませんか」
「なんだ」
「僕は今、貴方を殺したくて仕方ない。僕の目標を完膚なきまでに否定した貴方を、彼女から連れてくるか処理しろと言われた貴方を、殺したいほど憎んでいるんだ」

 だけど、と彼は続ける。

「それと同じくらい、僕は今、貴方を殺したくないって馬鹿けた事を考えている。貴方の言い分に納得している自分がいるし、貴方の行動を尊敬している自分がいる」

 だから、と彼は続ける。

「僕は、どうすれば良いんですか。どっちの僕が、僕なんですか」

 俺は、こう言った。

「好きに選べよ。テメェのお気に召すままに、な」

 その言葉を聞いて、彼は息を吸い、吐いて、目を伏せる。

 そして、手の釘を適当な所に投げ捨てた。


「勘違いしないで下さいよ」

 彼は俺をじっと睨んで言う。

「別に貴方のために僕はこうした訳じゃない」
「……ああ」
「僕のやりたいことは、人殺しじゃない。それだけですよ」

 いつの間にか、彼の右目の赤い光は、かなり存在感が薄れていた。




「いや、実に結構結構」

 突如として、場違いな拍手がこの場に響いた。俺も、正義も、傍から見ていた無川も、そちらに向く。

「おじさん、久し振りの熱い友情に涙が出そうだよ。いや良いねぇ。青春って奴はさ」

 そこに居たのは、30代程度の見た目をした男だ。ただし、身体は異様なまでに引き締まっている事がスーツの上からでも把握出来るし、微笑みによって細くなった目も常にこちらを見続けている。

「し、四宮さん……」
「いやー一条。お前は頑張ったとは思うよ。うん。お前なりに色々と悩んだり苦労したんだろうねぇ」

 四宮と呼ばれた男性は正義に近付き、その手を彼の肩に労うように乗せる。知り合いなのは見て取れるが、俺は嫌な予感がしていた。
 あの四宮と呼ばれる男性。表面からの雰囲気は人当たりの良さそうなものがだ、僅かに、異様な雰囲気を漂わせている。なにより、正義の悪戯がバレた子供のような表情で、彼は正義の上司のような存在なのだと分かった。

「だけどねぇ、一条」

 彼は正義の耳元で、しかし俺達にも聞こえるように低い声で、はっきりと言う。

「頑張っても、成果って奴がなきゃ無意味なんだよ」

 正義が目を見開くのと同時に、四宮はその手で正義の首を掴んで持ち上げ、彼の腹部に膝を入れる。

「分かってる? おじさんさぁ、無能な人間って好きじゃないの。成果が出せない癖に頑張ったとか言う人間とかねぇ」
「おい止めろ! 誰だか知らねぇが、正義を放しやがれ!」
「だめだめぇ。歳上には敬意ってモンを払わなきゃ。でっかいあんちゃん。じゃないと──」

 彼は文字通り、その手に炎を灯す。紛れもない、燃え盛る炎を、人の手に宿らせている。

「火傷しちゃうからねぇ」

 そして彼は、燃え盛る手を横に薙ぐ。
 瞬間、炎をカマイタチのようなものが現れ、俺の直前で地面に着弾し、それが目の前を火の海に変えた。


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Re: ハートのJは挫けない ( No.84 )
日時: 2018/11/06 17:49
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: qRt8qnz/)

 炎は一瞬だけ大規模に燃え上がったものの、瞬く間に姿を消す。正義を持ち上げるその男は未だに怪しい笑みを微動だにさせない。

「あんちゃん、幸運だね。いやー、おじさん手元が狂っちまったよ。へへっ」

 その余裕の物言いからすぐに分かった。四宮と呼ばれた男は、わざと攻撃を外したのだと。威嚇射撃だ。これ以上関わったら、即座に攻撃すると。
 今の炎を見る限り、とても害が無いとは思えない。温度変化が無い事から察するに、具現化してはいなかったようだが、それでも何かしらの効果があるのは明らかだろう。

「……分からねぇのかよ」
「ん?」

 だが、それでも、引く訳にはいかない。

「正義を放せって言ったのが分からないのかって訊いてんだよ三下ぁ!」

 四宮は、それを聞いても微笑みを崩さない。

「あんちゃん、おじさんね、どんな奴でも二回は許す事にしてやってんの。ほら、言うじゃない。仏の顔はなんとやらってさ。今のうちに黙って立ち去るっていうなら、おじさんは何もしないで済むんだけど」
「ハッ、どうやら何度も同じ事を言わせてぇ見てぇだなぁ」

 四宮は少しだけ笑みを崩しつつもすぐに取り繕い、俺にこう言った。

「あんちゃん、一度心に焼きを入れた方が良いみたいだ」

 今度は彼の周囲に炎が溢れるように発生し、それが一つに収束されて砲弾のようにこちらに発射された。ハートの力を使い瞬間移動で回避すると、相手がわざとらしい位に驚いてみせる。

「お、早い早い。じゃ、あんちゃんはこれならどうか」

 再び彼が火球を発射するが、同じように回避。

「へっ、幾ら何でもネタ切れが早いんじゃねぇか?」
「自分の心配、した方がいいんじゃないかねぇ」

 そう言われて気が付く。既に彼の周囲には十数個ほどの火球が生み出されており、それらのうちの数発がこちらに打ち出される。咄嗟に離れた所に移動するが、そこにも火球が打ち込まれる。数回移動を繰り返したところで、火球が俺の横を掠めていった。

「……っ」
「ほらほらおかわり!」

 更に向こうから数十個の火球が放たれる。しかも今度は広域だ。これでは迂闊に瞬間移動出来ない。残された領域を縫うようにして移動するが、徐々に火球が掠り始める。
 このままでは当たると思った矢先、移動した先に火球が出現した。新たに空間を接合するが、とても移動が間に合う間合いではなかった。

「伏せろ共也!」

 その声と共に咄嗟にしゃがむと、俺の上を横回転しながら黒い棒状の何かが通り過ぎ、火球をまるごと消し去る。

「なぁ、オレも混ぜろよ。オッサン」

 そう言って炎の弾幕の中を高速で移動しながら四宮に迫る影が現れる。その影が黒い刀を四宮に向かって振り下ろす。が、四宮は手に炎を集めて棒状の細い板。所謂炎の剣を作り出してそれを受ける。が、炎の剣は一瞬で消し飛び、そのまま黒い刀が四宮の頭に迫る。間一髪正義を盾にして黒い刀を防ごうとするが、その刀は正義を貫くこと無く一旦引いた。
 その刀を操る人物──無川は凶悪そうな笑みで四宮に相対した。

「無川……!」
「手出しは無用とか言ってたが、こうなった以上はオレも介入する。オッサン、テメェが引けばオレはなんもしねぇよ」

 黒い刀の先を向けて脅迫紛いの言葉を発する無川を見て、四宮はふと思い出したかのように言う。

「……嬢ちゃん、アンタ……まさか『無川刀子』だったするのかな?」
「ああ、そうだ」
「そっかそっか。……《心を殺す力》なんてとんでもないハートを相手なら……」

 瞬間、一気に何故かじんわりと嫌な感触がした。
 それの正体は、自分の体から吹き出る汗が証明していた。そう、温度だ。実際に温度が徐々に上がりつつある。
 そしてこの現象を引き起こした張本人であろう四宮は、微笑みを邪悪なものに変形させて


「全力、出しても耐えられるかな?」

 そう言って、彼はそっと左手から小さな玉のようなものを打ち出した。サイズも迫力も、先程の火球の方が何倍も大きい。勝っているのは、速度だけ。無川は流石の反応速度で、その火球を刀で受ける。



 刹那、音が死んだ。



 瞬間、視界が赤色に吹き飛ばされた。


 爆発するかのような大量の炎が、全体が火球以上の密度を持つ爆炎が、巨大な轟音と共に一気にその場に上がった。今のは何だったのかと思っていると、前から謎の物体が飛来し俺の腹部に直撃した。痛がっている暇もなく、俺とそれは一体になってフェンス際まで吹き飛ばされる。腹部に走る激痛を堪えつつ、前を見る。
 そこに広がるのは正しく地獄だった。ひたすらの赤。平和な屋上とは打って変わって世紀末。一体何が起こったのか理解できないまま、何故か前から飛来し俺の腹部に直撃した無川に尋ねる。

「お、オイ! 何が起こってんだよ!」
「……わっかんねぇ…………」

 無川はフラつきながらも刀を杖にして何とか立ち上がり、目の前の地獄を見ながら思い出すように呟き始める。

「……アイツがオレに……超速度で火球を撃ってきた……コイツで受けたら……それが殺されねぇまま爆裂して……オレは吹っ飛ばされて……この有様だ……」

 無川は自分の刀を俺に見せながらそう言う。俺も確かに見た。あのヘボそうな攻撃を、確かに無川が刀で受けたのを。

「何でだよ……無川のハートはなんでも殺すはずだ……」
「……共也、それはちげぇんだ」

 無川の言葉に、少しだけ驚く。無川のハートは絶対ではなかったのか。

「アイツの……四宮とか言う野郎の意志が強過ぎたんだ。オレの意志を遥かに上回る位、アイツのハートの出力は異常だった。格ってやつがちげぇんだよ」

 無川ですら遥かに上回る程の力を持っているのに、それを使いもしなかった。つまり俺は、最初から相手にされていなかったのだ。
 そんな相手に、勝てる訳があるのだろうか。
 恐らく正義は未だにこの分厚過ぎる炎のカーテンの向こう側にいる。まずこれを乗り越えることは絶望的だ。俺のハートは距離感がわからなければ使えない。ほんの僅かな隙間に一か八かで瞬間移動出来なければ、炎に焼かれるか、墜落死のどちらかが待っている。

「……チッ……」

 無川が舌打ちをした。見れば、無川の刀に大量のヒビが入り、そのままバラバラに砕け散ったのだ。無川は使い物にならないそれを投げ捨て、新しいものを生成する。
 無川のハートも、アイツには通用しない。俺達が正義を助けるには、どうすればいい。

「共也、恐らくだが、奴のハートは具現化してねぇ」
「……?」

 だが無川は炎を見つめてそんな事を言っている。アレが具現化していない炎だというのか。

「こんだけ大爆発してんのに、誰も来ねぇのは異常だ。オレだって直撃とほぼ同じなのに焼け焦げてねぇ」
「……確かに」

 言われてみればそうだ。先程の温度上昇は、この為の布石だったのだろうか。
 なら、まだ希望はある。

「無川、ここに居てくれ」
「……あ?」

 まだ、大丈夫だ。

「俺が、炎を突っ切る」
「……正気かよ」

 炎が具現化していないなら、何かしらの害はあれど焼け死ぬことは無い。それなら、まだ希望はある。

「途中までハートの力でテレポートしていく。少しずつ詰めていくから対象はハートを食らうが……大丈夫なはずだ」
「共也」

 無川に名前を呼ばれて、言葉を止めた瞬間、彼女に胸ぐらを掴まれフェンスに投げ付けられた。唐突な視点の変更に目が回りそうになるが、目の前に無川の顔が現れて変に酔いはすぐに覚めた。

「本気で、言ってんのかよ」

 その目は、本気の眼差しだった。感情の色は分からない。ただ、ふざけていないことだけは分かる。
 俺だって、ふざけている訳では無い。

「ああ」

 そう答えた瞬間、無川は言った。

「テメェ……ホントに分かってんのかよ! あの中に突っ込んだら、テメェは丸焦げ間違いなしなんだぞ!」
「分かってんだよ! でもアレは具現化してる訳じゃねぇ! 精神的に害はあっても、身体は無事なんだよ!」
「テメェは精神的な害が深刻だって事が分かんねぇのか! オレのハートみてぇに触れたモン全部ぶち殺すみてぇなシロモノだったらどうすんだよ!」

 思わず、無川の気迫に気圧された。

「だったら……」
「テメェは犬死! 一条とやらはどうなるか分からねぇ! オレだって一人じゃ太刀打ちできねぇ! テメェはなんも分かっちゃいねぇのかよ!」

 その言葉に、流石にカチンと来た。

「黙って聞いてりゃ無川ァ! 俺だって考えたんだよ! でもこうするしかねぇんだ! お前のハートは通じねぇ! 誰だって無害で済む方法なんて今はねぇんだ! 仕方ねぇんだ!」
「どうしてお前の頭の計算機はいっつも自分を除外してんだよ! お前は、お前は自分のことが見えないのかよ!」
「じゃあどうすりゃいい! テメェにあの炎の幕が殺せるのか! あの分厚い中を切り抜けられんのか! 大体乗り越えた先でどうする! アイツには誰も勝てねぇんだ! だったら俺が一人で行ってハートで正義を何処か遠くに飛ばすのが一番だろうが!」

 俺の言葉の後、限界まで目を見開いて怒りを表していた無川は一旦目を伏せて、一度呼吸を整え、もう一度目を開いた。
 その目は、落ち着いていた。正確には、怒りが消えていた。
 代わりに、彼女の目に灯っているのは、怒りではない。決意の炎だ。

「共也、オレは殺せるぞ」

 無川は唐突に、そんな事を言い始めた。

「オレはあんな炎くらい殺せる。オレを誰だと思ってやがる」
「無理だ。実際、さっきお前の刀は壊れていたじゃねぇか」

 だが無川は俺の静止を聞かず、そのまま俺から離れていく。そして、新たに刀を取り出し、言う。

「止めろ! なんでお前は俺の言う事を聞いてくれな」
「じゃあどうしてテメェはオレの事を信じてくねぇんだよ!」

 無川の一喝に、俺の言葉が喉の奥に引っ込んだ。
 振り返った彼女は、怒りの形相で、目には涙を浮かべていた。無茶苦茶な表情のまま、彼女は言う。

「テメェはいつもそうだ! テメェは誰だって信じねぇ! だからなんでも自分がやろうとするし、自分が犠牲になろうとする! テメェはなんで他人を信じねぇんだよ!」

 無川の言葉に、息が詰まる感覚がした。

「テメェは言ったじゃねぇか! 俺を信じろって! オレにお前を信じさせたじゃねぇか! だったら、せめて、オレくらい信じてくれよ!」

 そう言って無川は再び視線を戻し、炎のカーテンの前に立つ。そして刀を構える。

「止めろ!」
「うるせぇ! オレはテメェらを壊滅寸前まで追い込んだ無川刀子だ! こんな炎くらい、ぶち殺してやるよ!」
「お前は怪物じゃねぇだろ! 止めろ! お前は人間なんだ! 無理なものは無理なんだ!」

 彼女は俺の方を向く。強い、光を帯びた目で。

「そうだ! オレは人間だ!」
「だったら!」
「オレは怪物じゃねぇ! 人間なんだ! だからこそ頑張れるんだ!」


 無川は、叫んだ。



「人間だから、自分じゃねぇ、誰かの為に意志を持てる! だから! 一瞬だけでもいい! 今だけだって構わねぇ! お願いだ! どうか、どうか人間のオレを信じてくれ! テメェが人って言ってくれた、このオレをどうか信じてくれ!」


 心の中が、撃ち抜かれたような気がした。

 そこから堰を切ったように、色々なものが溢れ出す。

「……っぐ……っ……ぁっ……」

 喉元から、無理やり言葉を絞り出そうとする。たった一言。長くもないその一言。今まで言いもしなかった一言を。
 喉が痛い。心が擦り切れそうだ。頭の中に警告が鳴り響く。

「俺は……っ……俺は……!」

 頭の中に駆け巡るのは、赤く塗り潰された記憶達。どれもこれも、痛いもの、苦しいもの、辛いもの。良いことなんて一つもない。
 それらが俺に諭すように言う。『やめておけ』の五文字を。
 手がガタガタと震える。全身から嫌な汗が吹き出す。頭の中が回らなくなるのを感じる。

『誰もお前を必要としていない』
『お前はなんでそんなに出来ないんだ?』
『お前、本当に俺の弟か?』
『アンタを弟なんて思っていない』

 嫌な声。嫌な姿。嫌な景色。嫌な物。
 それらは言うのだ。

『他人を信じるな』

 そんなものは見たくもない。聞きたくもない。分かりたくもない。
 だが、
 その感情の100倍以上、こう感じた。


『信じてみたい』


 俺はまだ、諦め切れていないようだった。

 
「……はぁ、……ぁぁぁぁぁああああああああああ!」

 うるさい頭をぶん殴って黙らせて、俺は喉を引き絞る。錆び付いた歯車達を、力づくで動かすように。
 
「……無川は……! 違うんだ……!」

 それでも叫び続ける頭の中を押さえ付けるように、自分の頭部を鷲掴みにして、朦朧とする中で言葉を繋ぐ。


「無川は違ぇ……あんな奴らとは……違う……俺を……俺を信じてくれた……! だから、俺は……!」

 脳の制止を振り切って、言うまいと心に決めていたその言葉を、無理矢理口から発射した。

「俺は……お前を信じる……!」


 心の中で、ガラスが砕け散るような音がした。


「怪物じゃねぇお前なら……人間のお前なら……! んな炎くらい……ぶっ殺せる……!」





「やっちまえぇぇぇぇぇぇぇ! 刀子ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」



 俺の言葉を聞いて、


 彼女は小さく笑い。


「任せろ」


 刀を、振った。


 瞬間、炎が大きく揺らめいた。


 一部の炎が、彼女を恐れるように姿を消した。

 彼女の刀はいつの間にか、真っ黒な刀ではなくなっていた。長さは二倍ほどになっており、黒い刀と白い刀が混ざりあったような姿になっている。
 まるで、誰かが無川に力を貸すように。

「行くぞ、『オレ』」

 彼女は再び、その白黒の刀を横に薙いだ。


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Re: ハートのJは挫けない ( No.85 )
日時: 2022/05/11 06:14
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: ZTqYxzs4)

 僕の父親は、ヒーローだった。
 はっきり言って、彼は器用な人間ではなく、寧ろ馬鹿と形容される側であったことは間違いない。簡単に人の事を信じるというか、人を疑うという事を苦手としていた。
 彼は欠点だらけだった。色々な所がなっていなくて、詰めが甘い。完全無欠なんて言葉をどう捻じ曲げても当てはまりそうにないタイプだった。
 それでも、僕は自分の父親の事が好きだった。他人の為に全力で動ける父親が。常に人の事を考えていられる父親が。周囲から信頼を集めていた父親が。
 彼が言っていたのだ。人を救う事が、一番の生き甲斐だと。自分の行動で人が少しでも幸福になれたら、それよりも嬉しいことは無いと。

 そんな彼を、僕はヒーローだと思った。


 でも、僕のヒーローは死んだ。
 だから、思った。
 僕が、ヒーローになろうって。
 彼の代わりに、なろうって。






 燃え盛る炎を背景にして、僕の身体を持ち上げる男。この四宮秋光という男が、僕の実質的な命令役だ。
 それが、今こうして僕に敵対している。

「気分はどうかな? 一条」
「……ぐっ……」
「オイオイ返事くらいしてくれよ……なぁ!」

 膝が鳩尾に激痛を伴って叩き込まれ、胃の中の空気が不自然な音と共に口から出た。口の中から流動物が出そうになるのを必死に堪える。
 四宮は首を鳴らしながら僕をゴミを投げるみたいに適当に放り投げた。先程の戦闘で既に受け身を取れる程の体力は無くなっていた。床に派手に背中を打ち付ける。

「なぁ一条、おじさん確かこう教えたよなぁ。仕事は徹底的にって」
「……ぐぁっ……」
「……喘いでねぇでちったぁ返事してくれよな? おじさん、そんなに気ィ長くないんだからさぁ」

 僕が立ち上がろうとした所に、容赦なく回し蹴りが襲い掛かる。防御する術も無く側頭部に直撃。視界がグラつき数秒後に視界が安定する。その時には既に僕の体は地にうつ伏せで倒れていた。
 が、髪が引っ張られる感覚がした。そのまま頭皮が千切れそうな感覚に変わり、頭が宙に浮く。僕の頭を持ち上げる四宮は、顔だけは笑っていた。
 でもその奥の瞳は、全く楽しそうではない。

「おじさんさぁ、暇じゃないのよ。ねぇ、わーってる?」
「……す、すみませ……」
「誠意を見せろよ誠意を、ほらねぇ」

 不意に頭に下方向の力が掛けられ、地面と顔面が派手に正面衝突する。鼻が特にジンジンと痛むが、四宮はこちらの事などお構い無しに、玩具で遊ぶかのように、僕の頭を何度も地面に叩き付ける。その度に激痛が脳に響いて意識が飛びそうになる。

「おじさんも人を虐める趣味は無いんだけどねぇ。ほら、無能な奴って見てるとイライラする訳。それ自体は罪じゃないんだけどさぁ、身の程を弁えろって話。お宅、未だにヒーローになれるなんて思ってんの? ダメダメぇ。そういう絵空事が言えるのは極一部の限られた人間なんだから」
「…………い」
「なんて?」
「……うるさい……! 誰もお前の助言なんて……求めてないだろ……!」
「……かぁー…………折角人生の先輩として言ってやったのにこの始末か…………」

 四宮は呆れた顔で腰を落とし、僕の顔を目が合うように持ち上げる。

「おじさんもさぁ、許してやろうかなくらいは思ってたのよ。ね? だけどねぇ。おじさん嫌いなの」

 四宮の右手に、文字通り火が付いた。手をまるごと覆うほどの炎と呼ぶべきそれを僕に近付けて彼は言う。

「一条、お前みたいな勘違い野郎の事がさぁ」
「……止めろ……!」
「言葉遣いってもんはどうしたのよ。なんだ? 自分の本性見透かされてイラついたかい? それとも殴られて腹が立ったかい? 勘違い野郎って言葉が嫌だったかい?」

 四宮は小さく、最大限の侮蔑を込めた舌打ちをして、僕に言葉を吐き捨てる。

「生憎、どれもこれもお前の失敗だの欠点だのが招いた事。おじさんは事実を言っただけ。違う? 薄々気が付いてんだろ?」


「一条、お前はヒーローになれないよ」

 認めたくなかった。

 僕がヒーローになれるって信じてるなら、僕がヒーローなら。今すぐこの場で反発しただろう。
 その言葉が憎くて憎くて仕方ない。今すぐにでも撤回させてやりたい。そう思っている。

 だけど、僕はそれを行動に示せなかった。

「……ぁ…………」

 ただ、呆然としているだけ。それしか出来ない。

「もう知ってんじゃないの? 気が付いてんじゃないの? 一条自身が一番。自分がそんな器じゃないって」
「……違う! 違う! 違う違う違う!」

 今更必死になって首を振った。必死になって、勢いで否定を続けた。何回も何回も何回も。まるで内側からせり上がってくる肯定から目を背けるように。

「……違う…………ちが…………う……」

 でも、その勢いが失せた時、僕は言葉を失った。出てくるのは否定の言葉じゃないくて、情けない自分を嘆く、涙。

「……お前も随分面倒臭い野郎だねぇ」

 溜め息をついた四宮は、炎を更に一層激しく燃やした。そして、その燃え盛る手を僕に近付けてくる。

「燃やしてやるよ。もう何も思い出せないくらい。お前も辛かったろ? そんなバカみたいなもの、追い続けるのはさぁ」

 その手が僕の顔面を掴んだ時、感じたのは言い表せない程の熱だった。とにかく熱い。痛いのではない。熱いのだ。普通は痛覚に変わるはずなのに、その炎はただただ熱いだけ。

「おじさんのハートは《心を焼く力》。お前もじきに、何も知らない真っ白な灰になるだろうねぇ」

 自分の中で何かが焼けていくのを感じた。
 でも何が焼けたのかは思い出せない。不思議なくらい、全く。
 このまま全部燃えるのだろうか。
 いつかは僕という人格すら、燃えるのだろうか。

 四宮が僕をこうしているのは、情報漏洩を防ぐ為だろう。つまり、僕はもう彼らとは居られない。要らないものという事だ。
 つまり、彼女は僕を要らないと言ったのだ。唯一、僕の存在を見付けてくれた彼女が。認めてくれた彼女が。居場所を作ってくれた彼女が。必要ない。無価値だ。そう判断したのだ。
 そんな僕に、生きる価値なんて無い。
 いっそこのまま、灰になるなら、それはそれでいいと思った。彼女が必要としてくれないなら、この世界はもう要らない。
 僕も、要らない。


 そう思っていた次の瞬間、僕らの背後の炎の幕の一部が裂けるように開いた。驚いて四宮は振り返る。
 咄嗟に背後を見た四宮の顔に、明らかな同様が走る。
 炎の中から、一つの影が姿を表した。その片割れが、刀をこちらに、四宮に向ける。
 束の間の静寂の後に、言葉を切り出したのは四宮だ。

「…………驚いた驚いた。おじさん、結構全力だったんだけど」
「心配すんなよオッサン。オレも大分削られたからよぉ」

 軽口を飛ばし合っているが、彼らの雰囲気は剣呑だ。無川刀子は常に四宮を睨み、一瞬たりとも目を離さない。一方四宮は僕の事を一旦置いて無川刀子に対峙する。こちらを構っている暇が無いのだろう。
 そして、無川の後ろから、炎の洞窟を通って大柄の男が一人。

「待ってろ正義。今助ける」

 友松共也が、居た。

「……馬鹿じゃないんですか。貴方」

 思わず、そう言葉が零れた。
 どうしてここまで出来るのか。分からない。本当に分からない。

「そうだ。俺は馬鹿だ」

 だけど、と彼は拳を握る。


「人を見捨てるのが賢明だって言うんだったら、俺は人を救いたい馬鹿になる」

 彼はそう言って、馬鹿みたいにとびっきりの笑顔を浮かべた。
 僕は悟った。
 僕は、こんな風にはなれない。ヒーローには、なれないんだと。






 正義を放ってこちらに相対する四宮には若干の動揺が見て取れた。恐らくあの炎の幕を突破してきた事を想定していなかったのだろう。今ならまだ、チャンスはある。

「……へぇ。あんちゃんたち、思ってたよりもデキる子みたいだねぇ」
「ハッ。余裕ぶっこいてる暇があるなら命乞いした方がいいんじゃねぇかオッサン」
「悪いねぇ嬢ちゃん。おじさん、簡単には引けないんだよねぇ」

 四宮が冗談っぽくそう言うが、その笑顔さえ若干硬い。そして向こうが動く。
 彼は再び超高速の光弾を無川に発射した。途方も無いハートが込められた一撃。無川のハートすら上回るほどの力を持ったそれが、無川に向かって行く。

「あまりオレを舐めるなよ」

 無川はそれを真っ向から切り付けようと刀を上段から振り下ろした。
 刀と光弾が接触した瞬間、無川の刀と光弾が拮抗。が、それもすぐに破られ無川の刀が光弾を真っ二つに切り裂く。切り裂かれたそれらは爆発もしなければ燃えることもなく虚空へ消え去る。

「もうテメェのハートは通用しねぇ」
「…………ハハハハハ……嘘でしょ。おじさん、こんな化けモンがいるだなんて聞いてないんだけどねぇ……」
「悪ィがこちとらテメェと同じ人間様だ。化けモンなんかそもそも居ねぇ」

 無川はそう言ってから一気に横方向に跳躍して四宮との距離を詰め、長い刀を横から薙ぐように振るった。

「……しょうがないねぇ……おじさんもちょっと、頑張ってみようか……な!」

 だが無川の刀は停止した。無川の目が驚きで見開かれる。
 一方四宮が持っていたのは、炎だ。正確には、棒状に圧縮された炎。まるでそれは炎の剣とも呼ぶべき形を取っている。

「……ンなモンで防げるかよ!」

 無川がそう言うと、徐々に炎剣が削られ始め、無川の刀が少しずつ四宮に迫る。

「共也ァ! 今の内に一条を!」
「分かった!」

 四宮が何も手が出せないこの間に、俺は正義の回収を試みる。正義の倒れている地面と俺のすぐ側の空間を繋げればいい。
 だがいつのように適当に場所を決めるわけにはいかない。少し狂えば正義の体が接続された空間に挟まれてその部分が削り取られてしまう。だから慎重になる。

「……お前は…………どこまで……」

 正義は俺がハートを使おうとしていることを悟ったのか、俺に尋ねる。

「さっき言ったろ。俺は馬鹿だ」

 照準が定まった所で、ハートを使う。すると正義の体が地面に飲み込まれるのと同時に、俺の上から落ちてくる。一度キャッチして、彼を地面に寝かせてから、俺は言う。

「馬鹿は損得の計算なんかしねぇんだよ」

 その時、俺は確かに油断していた。
 正義が必死な形相になるまで、俺は異常には気が付かなかった。

「……どけ……!」

 瞬間、正義が立ち上がって俺を突き飛ばす。
 その時、初めて気がついた。
 俺が繋げた空間から、四宮から放たれた炎が飛んできていることに。俺のちょうど真上に降り注いでいることに。
 その炎が、正義に直撃するまで、俺は気が付かなかった。

「……あ……え…………」

 俺の喉は意味不明な音を発すだけ。驚き過ぎて声が出ないとは正しくこの事か。
 正義は意識が無いのか、自分の体に炎が纏わりついているのに未だに微動だにしない。

「お、おい! しっかりしろ!」

 正義に纏わりつく炎達をどこか適当な所に飛ばす。炎の大部分はそれで処理できた為に、炎はそこまで長く燃えることは無かった。

「……テメェ……」
「言ってるでしょ? 仕事だって。おじさん、一応正義の保護者なんだけど」

 睨み付けた先の四宮は、無川と未だに鍔迫り合いを続けつつも俺に言った。その顔には汗が浮かんでおり、既に余裕がなくなっている事を表していた。
 逆にそんな状態でも、彼は正義を狙ったのだ。つまり、彼にはどうしても正義を狙う理由があった。

「何故正義をここまで狙う」
「……犯人が正直に動機を言うのはドラマの中だけだよ。あんちゃん」

 少しだけ強ばった口調でそう話すと、彼は一旦炎剣を手放して距離を取った。無川の刀が主が居なくなった炎剣を真っ二つに切り裂く。

「オッサン、もう終わりだろ」
「……ふぅ……おじさん、もう疲れちゃったよ」

 四宮は表情に如実に疲れを表している。考えてみれば、あんな炎の幕を使ったのだから、精神的には既に限界の筈だ。

「だから、今日は引かせてもらおうかな」
「今更逃がすと思ってんのか?」
 
 無川が再び切り込もうと、一歩踏み出した。

「ははは。ま、目的は果たせたし、今回は許してあげるよ」

 そう言いながら、四宮はパチンと指を鳴らす。
 瞬間、視界が白に染まった。直後の目を焼くような熱さに、これが閃光だと言うことに気が付いた。言わばフラッシュ。相手の視界を強い光で一時的に奪う道具。彼が行ったことはさながらそれに似ていた。
 目の強いモヤが晴れた時、四宮はそこにはいなかった。



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