二次創作小説(新・総合)
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- AfterBreakTime#CR 記憶の軌跡【完結】
- 日時: 2021/08/11 22:27
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: ADnZqv8N)
どうもです、灯焔です。
自作品でも表明しました通り、逃走中のゲームパート以外の場面をこちらに連載いたします。
コネクトワールドの住人達がどんな運命を辿っていくのか。物語の終末まで、どうぞお楽しみください。
※注意※
・登場するキャラクターは全て履修済みの作品からの出典です。かつ基本的な性格、口調等は原作準拠を心掛けております。が、表記上分かり易くする為キャラ崩壊にならない程度の改変を入れております。
・原作の設定が薄いキャラクター等、一部の登場人物に関しては自作設定を盛り込んでおります。苦手な方はブラウザバックをお願いいたします。
・誤字、脱字、展開の強引さ等ございますが、温かい目でお見守りの方をよろしくお願いいたします。
・今までのお話を振り返りたい方は、『逃走中#CR』の過去作をご覧ください。
・コメント等はいつでもお待ちしておりますが、出来るだけ『場面の切り替わりがいい』ところでの投稿のご協力をよろしくお願いいたします。
また、明らかに筋違いのコメントや中身のないもの、悪意のあるもの、宣伝のみのコメントだとこちらが判断した場合、返信をしないことがありますのであらかじめご了承をよろしくお願いいたします。
<目次>
【新訳・むらくもものがたり】 完結済
>>1-2 >>3-4 >>5-6 >>7 >>8 >>9-13 >>19-20 >>23-27
【龍神が願う光の世】 完結済
>>31 >>34-36 >>39-41 >>42-43 >>47-56 >>59-64
【異世界封神戦争】 完結済
>>67-69 >>70-72 >>73-75 >>76-78 >>79-81 >>82-83 >>86 >>87 >>88-90 >>93-98
<コメント返信>
>>14-16 >>17-18 >>21-22 >>28-30
>>32-33 >>37-38 >>44-46 >>57-58 >>65-66
>>84-85 >>91-92 >>99-100
- #CR09-13 龍神と歩む未来 -1 ( No.52 )
- 日時: 2021/04/25 22:09
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: UruhQZnK)
―――身体が、重い。この場に連れられた時と同じ感想を抱いた。だけど……あの時よりもずっと身体が動かない。重い瞼を持ち上げながら大典太はそう思った。あの刀剣男士達に何かの力で眠らされた後何があった。周りの様子を見ようと立ち上がろうとするも―――。まるで『何かで縛られている』かのように身体を動かすことが出来ない。
思わず目線で片方の手の先を見てみると―――。手首のところから縄が宙に浮いているのが一緒に見えた。そこで大典太は気付いた。足だけではない。手もこの場所に括りつけられているのだ、と。
大典太「(……ここは。何が、あった)」
何故自分がこんなことになったのか。冷えてきた頭で考えるも、何も思い出すことが出来ない。そもそもあの場で眠らされた以上、具体的に何をされたのかを思い出せるわけがないのだが。―――しんと静まり返った暗闇。大典太は思わず前田家に封印されていた時を思い出します。
大典太「(……蔵の中に封印されていた時と同じ…)」
そう思って前田家のことを思い出そうとするも……ふと、大典太は違和感を覚えた。思い出そうとする記憶が、黒い墨で塗りつぶされたように場面が思い浮かばないのだ。そこで彼ははっとする。前田家の記憶だけではない。今まで自分が築いてきた『記憶』そのものが、黒く塗りつぶされていることに気付いたのだ。
大典太「(何故。何故。どうして思い出せない…!)」
重い頭で必死に記憶を辿ろうとするも、そのどれもが黒く塗りつぶされて思い出すことが出来ない。頭に刺激を与えれば何か変わるかもしれない、と両手を動かしても動くのは少々。赤い縄の音のみがその場に響いた。
指が少し動いたお陰で、纏っている霊気が何なのかを知ることは出来た。これは―――『邪気』だ。あの幻の本丸にいた時よりもずっと濃く、重いもの。それがこの場所を覆っていたのだ。
大典太「(ここから出なければ…。だが……)」
何とかしたいが、何とかする気力が湧かなかった。どうやら濃い邪気は気力をも奪うらしい。手も足も、赤い縄―――自分の霊力を封じているものと同じ。悪趣味だ。思考力が奪われていく頭でそう考える。
自分はここで『なにものでもない』ものに成り果てていくのか。この異常な霊力が無ければ、小さないのちを奪うことも無かった。そうは思っていたが…こうして記憶まで奪われていくとなると、かなり堪えるものがある。
大典太「(『なにものでもない』か…。そうなったら…俺は何も考えることなく人形のように生きるんだろうな。誰にも迷惑をかけることのない……いや、『迷惑をかけている』ことにすら気付かない……)」
そう考えたら、頭の中で何かを思い浮かべるのも億劫になって来た。どうせ自分はここで静かに心を失っていくのだ。いつもの卑屈な言葉が脳裏にふっと浮かんだ後、彼は首を垂れるように地面に顔を向けた。
そうしている間にも、少しずつ『彼』を象徴するものは黒く塗りつぶされていく。
大典太「(……あぁ なにも分からない 分からなくなっていく)」
自分を形作る『逸話』も。前田家での伝承も。
霊妙な逸話がいつしか『天下五剣』と呼ばれるようになっていたということも。
自分の人格が『時の政府』に生み出されたことも。この異常な強い霊力も、彼らによって創り出されたものであるということも。
『時の蔵』で他の天下五剣と、人間の暖かさに触れたこと。彼らは『怖い存在』ではないということに気付けたこと。
『運営本部』で新しい未来を造れるのだと知ったこと。仕えたい相手と再会できたこと。彼女を―――『守りたい』と、再び思い起こさせてくれたこと。この世界を……愛せるようになったこと。
全部全部。黒く塗りつぶされていく。自分の中から全て消えていく。何も、なくなっていく。
自分は何者だ。誰だ。何のためにここにいる。あぁ…全て失われていく。
『……もう なにものでもない。一体自分は何者なのか わからない』
男は静かに光を失った瞳を瞑ろうとしていた。瞑ってしまえば、『わからない』と思うことも無くなる。そう思いたかった。もう無くなることに苦しむのは嫌だった。目の前に安寧があるのならば―――それに、縋ってしまいたかった。
なにものでもないのなら かんがえるひつようもない。最後にふっと脳裏にそんな言葉が浮かび、彼の眼が伏せられていく―――。
『みつよ』
―――誰だ。伏せられかけていた眼を薄っすらと開ける。
目の前には金髪の幼子がいた。目が覚めるような、花のような美しい金色。幼子は自分に向けて心配そうに見つめている。……誰だかは思い出せないが、なんだかとても懐かしい気持ちになった。
『だれだ。あんたはだれだ』
『みつよ。わすれちゃだめだよ。とってもだいじなことを あなたはわすれようとしている』
『じぶんはみつよじゃない。じぶんがなにものなのかも わすれてしまった』
『ちがうよ。あなたは『みつよ』。『おおでんたみつよ』。わたしをたすけてくれた、『天下五剣』なんでしょ?』
『……おもいだしたとて すぐにぬりつぶされる。だったらくるしむひつようなんてない』
『だめだよ。だめだよみつよ。わすれちゃだめ。みかづきのことも。じゅずまるのことも。おにまるのことも。どうじぎりのことも。わたし、あなたたちにであったから『神様は怖くない』っておもえるようになったの』
『………… おれ、は…』
『みつよ、いってくれたでしょ?『いつかの未来でもう一度再会出来たら、あんたに仕える』って。そのいみがわたし、わからなかった。ときのくらはずっとずっとあるんだから、みつよともういちどあえるなんておもえないし。
でも……そういってくれたのうれしかった。みつよはわたしに『未来』を見せてくれたんだよ。だから、てんかいにかえったあと……ぜうすさまにおねがいしたの。みつよたちとおじいさまをたすけてって。あいたいって。
でも、わたしがかえってこれたのは『奇跡』なんだって。どんなになきじゃくってもみつよたちをたすけることができなかった』
『(そうだ。そう、だ。おれ、は。『俺』は―――)』
幼子の今にも泣きそうな顔を見て、男は思い出します。この幼子は。自分が、いや。俺が。未来で……未来で主命を果たすと約束した『神』なのだから。
------------------------
~時の蔵~
「……あんた…」
「みつよっ……やだ。ここからかえりたくないっ……!!」
出会いがあれば別れもある。大典太はそれを、この時の蔵で初めて学んだ。龍神の傷が完全に癒えた為、老人の判断で天界に帰還させることになったのだ。彼女はまだ若い神。力も有り余っている為、この空間から元の世界に戻ることが出来るかもしれないと老人は思ったのだそうだ。
しかし、幼子は帰還を嫌がった。せっかく時の蔵で『愛すること』を学んだのに。ずっとここにいたい。おじいさまと、天下五剣と一緒にいたい。そう泣きじゃくった。
三日月達もどうにかして彼女がここに留まる選択肢は無いのかと老人に掛け合った。しかし、老人が首を縦に振ることはなかった。後がない自分と、誰かを主として定めなければ生きられない自分達と彼女は違うのだと。そう強く説得され、五振は自分の考えを折るしか選択肢が無かった。
「ここからでたらみんなとあそべなくなるんでしょ?おべんきょうもできなくなるんでしょ?また……ひとりぼっちになっちゃう。わたしそんなのいやだ…!ずっとここにいたい…!」
「龍神殿の気持ちは充分に分かるし、俺達もそういう気持ちが強い。だが…この場に留まっても、時が止まったまま動き出さないのは事実。未来ある若者の芽を摘ませないという老人殿の気持ちも分かる。……俺達はひとえに老人殿の霊力のお陰で顕現出来ているのだからな。逆らうのは主命に反することだ」
「何が『未来ある若者の目を摘ませる』だ。そもそも龍神がここに落ちてきたのはその神々が原因なんじゃないか。無事に戻ったとして、こいつの未来が明るいものになるとは限らないだろ」
「―――しかし。ご老人は悩んでおられた様子。神の世界―――『天界』と仰るのでしたね。まるでその場のことを知っているかのご様子でした。確かに天界から落とされたのは事実ですが…。彼らが全てではない。ご老人は彼女にそう教えたいのではないでしょうか」
「……だが。『悪い記憶』というものは、中々払拭できるものではない。正に俺達が人間に各々負の感情を抱いているようにな…」
五振も悩んでいた。主命に逆らうことは出来ない為、老人が『龍神を天界に帰す』と決めたのならそれに従わなくてはならない。彼らも実際時の政府に『捨てられて』ここに辿り着いているいわば『同胞者』である。彼女が天界に帰ったとして、その後が平和なものになるとは到底思えなかった。
幼子は嫌だ、嫌だ、帰りたくないと大典太の膝にしがみついて離れない。そんな様子を見て、大典太は静かに腰を降ろし彼女と目線を合わせた。
「……俺だって嫌だよ。あんたが天界に帰ったとして、あんたが無事にそこで生きているとは思えない」
「ぐすっ……やだ……いやだよ……ずっといっしょにいてよぉ……!!」
「…………。あんた。じゃあ、約束しよう」
「『やくそく』?」
「あぁ。……あんたが天界に帰って、もしいつかの未来で再会出来たら―――。俺を、あんたの刀にしてくれ。あんたになら、俺は主命を果たす」
「なっ…!随分と大胆なことを言ったな大典太。俺達はここから出られな『三日月殿。こんなところに『ましゅまろ』がありますよ』 むふふ!はしゅはろはふまひ!」
大典太は来ないはずの『未来のこと』を話した。彼女が天界に帰る『決断』が出来るように。いつかの未来で再会出来たら、その時は龍神に仕え、主命を果たすと。苦し紛れの言い訳だったが、その言葉は不思議と自分の心にも馴染んだ。
マシュマロを噛み下した三日月も、大典太の目を見て真面目な顔で返す。『いつかの未来―――。来ると信じているのか?』と。その言葉に、大典太は静かに小さく頷いた。
「……大典太」
「……あの老人が薄情な奴でないことも、只者でないことも分かってるさ。だから…言った。それに…。俺はこの言葉を覆すつもりはない。龍神を助けて…一緒に過ごしていく中で、強くそう思ったんだからな…」
「ならいい。卑屈で陰気なおまえが珍しく前向きなことを言ってるんだ。否定する要素がどこにある」
「ふふ…。確かにそうかもな…。だが、そう思わせてくれたのも…こいつに会ったからだ。だから……俺は、未来でその恩を返す。刀生一生かかってでも」
「みんな…?」
「ふーむ。では俺達も付き合おうではないか。その大典太の『約束』に。俺達も代り映えのないこの蔵よりも、未来で美しい景色を沢山見れると希望を持てた方が気持ちが良いからなぁ。
―――それに。龍神殿は老人殿曰く『いれぎゅらあ』なのだろう?ならば―――その『いつかの未来』に賭けてもいいと、少し思ったのだよ」
「何か形に残るもので残したいですが…何も無かったですね」
「じゃあ…。『ゆびきりげんまん』しよっ。してくれたら、ずっとわすれないとおもうの。みんなのこと…!」
そのままずい、と自分の小指を差し出してくる幼子。一生懸命な表情に思わず顔が綻んだ五振だった。しかし……物には残らなくても、『心に刻む』のであれば、指切りをするのもいいのではないか。そう、思えるようになっていた。
『どれどれ』と三日月がその小さな小指に自分の小指をかける。
「ただ、俺は大典太みたいに未来でお前に仕えるとは限らんからなぁ。ただ―――五振と一緒に、こうしてまたのんびり過ごせる日を楽しみに待っている。約束だぞ、龍神殿」
「うん!みかづきだーいすき!」
三日月が捌けた次に、数珠丸と童子切が彼女の指に自分の小指をかけた。
「いつかの未来。いつになるかは分かりませんが―――。我々も、貴方も。未来は気が遠くなるほど長いのです。いずれ、再会出来ることを私も願いましょう。童子切殿も同じ気持ち…ですよね」
「じゅずまるも、どうじぎりも、もういっかいあえたらいっしょだよ!」
二振が指切りを終えた次に鬼丸がやってきた。三日月に背中をぐいぐいと押されながらも自分の指をかける。
「……未来なんて望むものじゃない、が。おまえとまたこうして縁側で静かに過ごせるなら悪くないかもな」
「……その時は、龍神も共に酒を窘めるようになっているといいな」
「吞ん兵衛め…」
「おにまるといっしょにおいしいごはん、またたべたい! おさけものめるようになってるかな…」
「……呑めてたら、呑もう」
鬼丸が捌けた後に大典太がしゃがむ。そして―――優しく彼女の指に自分のものをかけた。
「……俺の気持ちは変わらない。あんたが俺を変えてくれたんだ。だから―――その恩を。いつかの未来で果たす。どうか…忘れないでいてほしい」
「ぜったいわすれない。ぜったいみつよと、みんなとまたあうんだもん!」
「……あぁ。約束だ」
五振とそれぞれ交わした指切り。その願いはどんなものよりも強いものにしよう。絶対に忘れない。五振は自分の小指を見ながら、そんなことを思った。
------------------------
―――あぁ。そうだ。あの時交わした約束。大切な約束。忘れられる筈がない。大典太は目の前の少女を再び見やり、唇を噛みしめました。
大典太「……あぁ。そうだ。そうだよ。何故忘れそうになっていたんだ。あの時俺は…俺達は……! そうか。あの時あの場で顕現したのは―――。最高神の力もあるんだろうが…。偶然じゃなかったのか。 ―――『運命』だったのかもしれん」
『みつよ。たくさんのきせきがつながって『うんめい』になってるんだよ。 じかんはとってもながかったけど、わたしはあなたとまたあえてうれしかった』
その言葉に思わず口角が上がる大典太、だったのですが。その『希望』をも、邪神は塗りつぶしにかかります。目の前の幼子をもすら、邪気は黒く塗りつぶしていきます。
嫌だと口にしてもそれが止まることはなく。目の前で健気に笑う幼子を『黒』は包み込んでいく…。
大典太「……嫌だ。忘れたくないっ…!忘れたくないのにっ、何故―――!」
その深紅の瞳からは、涙がポロポロと零れ落ちていました。行き場を失った雫は、地面にたち、たちと染みを作っていく。嫌だ、忘れたくない、もうやめてくれ。そう口から零れますが、邪気は留まることををせず冷酷に大典太の記憶を奪っていきます。
幼子の姿が黒く染まっていく。忘れたくない。忘れたくないのに。嫌だ。嫌だ。やめてくれ。もう……これ以上大切なものを奪わないでくれ―――!
『 』
切なる思いで、大典太は無意識に『主』の名前を叫んでいました。
それと、同時に。
『―――光世さん!!!』
伏せられていく瞳に、一筋の光が見えました。まるで、春を呼んでいるかのような。朝の目覚めを告げているかのような。そんな、暖かな光。
思わずその光に顔を向ける彼が見たものは―――。今正に名前を呼んでいた、『主』だったのだから。
- #CR09-13 龍神と歩む未来 -2 ( No.53 )
- 日時: 2021/04/26 22:01
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: UruhQZnK)
~呪いの蔵~
蔵の中には光1つすら差し込んでいませんでした。それを表すように纏う濃い邪気。中に入ったサクヤでさえ『ここに長居したらどうかしてしまう』と思う程のもの。大典太は必ずこの蔵の中にいる。彼の霊力を感知し、居場所を探ります。
しばらく歩みを進めていた時でした。目の前に、強い気配を感じる。サクヤはそこで立ち止まります。いる。外からの光を頼りに目を凝らしてよく見てみると―――。一瞬、深紅の瞳が見えました。大典太だ。確信した彼女はそこへと駆け寄りました。
サクヤ「光世さん…」
何とか視認できる距離まで近づいた彼女でしたが、大典太の姿を見て唖然としてしまいました。両手両足は彼の『封印』を象徴する赤縄で縛られており、まるで彼の存在を否定するかのように白い死装束を着せられています。
ハーフアップだった髪の毛は結い目が解かれ、辛うじて見える片目からは光を感じられません。何もかもを諦めたような、光を失った目。
その姿に思わずサクヤは目を伏せますが、それで彼が気付くはずもありません。しかし、それでは彼を助けられない。そんな思いからサクヤは必死に大典太に声をかけ続けます。
サクヤ「光世さん…光世さん…。もし声が聞こえていたら返事をしてください…」
何度も、何度も。彼の名前を呼び続けるも反応はありません。既にこの蔵に漂う強い邪気は彼の中に入り込み霊力の殆どを蝕んでおり、声が届いているのかすらも分からない状態になっていました。それでもサクヤは諦めずに彼の名前を呼び続けます。まだ微かに、彼の『心』が残っていることを信じて。
サクヤ「光世さん…!」
―――何度目かの名前を口にしたその時でした。ゆっくりではありますが、大典太の顔が持ち上がるのがサクヤにも見て取れました。表情は来た時と変わらず氷のように冷たかったのですが、瞳は確かにサクヤの方を真っすぐと向いていました。
そこで、彼女は気付きます。大典太が涙を流していたことに。……なんとも言えない表情をするサクヤに、大典太は遂に小さく口を開いたのでした。
大典太「……ある、じ?」
サクヤ「光世さん…!私のことが分かりますか?」
大典太「……あるじ、なのか…」
奇跡だ。サクヤは思いました。こんなに濃い邪気を長時間浴び続けていたにも関わらず、大典太は自分のことを覚えていました。サクヤだ、と告げると彼は静かにこくりと頷きます。
―――彼に気持ちを伝えるならば今しかない。そう思い、サクヤは少し離れた後……大典太に向かって、深く頭を下げたのでした。
サクヤ「……光世さん。今までの非礼をどうか詫びさせてください。私は……逃げていた。過去に起きた事実を受け止められず、いくら他人を傷付けない為とはいえ―――感情を切り離して、今まで生きていた。だから……貴方の覚悟にも気付くことが出来なかった。兄貴と前田くん。沢山の周りの人々に、気付かされました。
―――本当に、申し訳ありませんでした」
大典太「…………」
サクヤ「許してくれとは言いません。貴方に酷いことを言った。傷付けたのは事実です。でも―――『仮』ではあるけれど、貴方は私を大切に思ってくれていた…。だから、助けに来ました。……こんな私に助けられて嬉しくないかもしれませんが」
大典太「……ある、じ。顔を…上げてほしい」
サクヤは今まで彼にしてきた非礼を詫びました。そして、やっと過去と向き合うことが出来たのだと。そう彼に伝えたのでした。―――気付けたとはいえ、大典太を実際に傷付けたのは事実。それでも。『助けたい』という思いが胸の内を満たしていた。だから、助けに来た。
頭を下げて言葉を続ける彼女に…大典太は優しく『顔を上げてほしい』と伝えたのでした。申し訳なさそうにサクヤが顔を上げると、そこに見えたのは微笑んだ大典太の顔でした。今までいくらか見てきた場面はあろうとも…そのどれよりも。優しい微笑みでした。
大典太「……俺は。あんたの気持ちが大事だ。だから―――あんたが本当に俺を拒否するのであれば…俺はあんたから離れた方がいいと思ったんだ。俺のせいで、主が傷付くのはもう…嫌だった。だから…俺はあの時、あの場所を出ていった。
―――だが。それは違うと言われた。自分をここまで気にかけてくれているのに、そう易々と手放すかと言われたよ…。そして…やっと、思い出すことが出来た。……なんで今まで忘れていたんだろうな」
サクヤ「思い出した…?」
大典太「……あぁ。覚えていないだろうか。あんたが天界に帰りたくないと泣いたあの日―――。俺は、あんたと約束をした。『もう一度再会出来たら、あんたの下で主命を果たす。あんたの刀になる』とな…」
サクヤ「―――あの時の私はまだ未熟で…。神々にも、色々な性格がいるのだと確かに教えてくれたのは貴方達でした。……もしかして、この世界に顕現を受けてからずっと…?」
大典太「……詳細な記憶は蔵の奥底にしまい込んであって忘れていたんだがな…。無意識に身体と心は動いていたんだろう。だから―――あんたに『仮の契約』を持ち掛けられた時も…承諾した。どこか、嬉しい気持ちになったのもそれが原因だろうな…」
サクヤ「…………」
大典太「……主。今だからこそもう一度言いたい。―――俺の願いを、聞いてくれるか」
光を多少取り戻した大典太の瞳を真っすぐ見て、サクヤは静かに頷きました。一度は拒否したその願い。過去を受け止められた今ならば聞き入れる。その覚悟を、サクヤは胸に刻んでいました。
―――大典太はそのまま、静かに彼女に言葉を続けました。
大典太「……あの時の約束…。今、果たさせてほしい。俺を―――あんたの刀にしてくれ」
サクヤ「……本当に、私でいいのですか光世さん。世の中には私より善良な人間は沢山います。私は神としてはまだまだ未熟。探せばいくらでも優秀な神々はごまんとおりますよ。
―――『立派な神』ではないのです。それでも…いいのですか?」
大典太「……あんた以外の下に付くことは考えていない。……あんたがいい。こんな黴臭い剣を長い間大切にしてくれた―――いや。その前からずっと。俺はあんたを守る。そう心に決めていたからな…。卑屈で陰気だった俺を、救い出して、いい方向に導いてくれたのは他でもないあんたなんだ。
―――だから、俺は…。その恩返しをしたい」
サクヤ「……そう、だったのですね。そんなに昔から。―――ならば私も貴方の心に応えましょう。光世さん…いや、『大典太光世』。私の主命を、刀生を持って果たす覚悟はおありですか」
大典太の心を聞いたサクヤの答えはもう決まっていました。そして、静かに問いかけます。『自分の主命を、刀生を持って果たす覚悟はあるか』と。
その問いに、大典太は一度深く首を縦に振った。そして―――。
大典太「……主。俺に あんたを。これからの未来を……。この『世界』を」
『……守らせてくれ』
その言葉と共に、両手両足を縛っていた赤縄がぷつりと切れた。まるで、長い間かかっていた呪縛から解放されたかのように…。大典太の身体は縛っていた重力を失い、地面へと倒れ込みます。
思わずうめき声をあげてしまったのか、心配そうに傍に駆け寄り肩を貸すサクヤ。そんな彼女に大典太は申し訳なさそうに顔をしかめたのでした。
サクヤ「―――貴方が受け入れてくれたから。貴方を縛る縄は、もうありません」
大典太「……これが『本来の契約』というものなのか。主の霊力を感じる…」
サクヤ「冷たくて氷のようでしょうか?」
大典太「……いや。暖かいよ。揺蕩う水のように優しく―――揺らめく灯火のように暖かい。あんたの霊力は…」
サクヤ「まだまだ未熟者ではありますが…。足りない分、どうか背中を貸してください光世さん。……一緒に、未来を。守っていきましょう」
大典太「……承知した。あんたの主命、聞き入れよう。こんな黴臭い刀だが…。あんたの覚悟。―――一緒に背負わせてくれ」
優しそうに笑い、指し伸ばされたサクヤの手を大典太はしっかりと握りました。今まですれ違ってきた分、しっかりと一緒に歩いて行こう。その決意を胸に。
―――それと同時に、サクヤと大典太の身体が淡い青色に光っていきます。その光に呼応するかのように、暗闇を纏っていた蔵は―――。ガラガラと音を立てて崩れていきます。大典太を纏う邪気は、既にそこにはありませんでした。
蔵が跡形もなく崩れ去ったその時―――。そこから現れ出でた大典太は戦装束を身に纏っていました。そして、その傍らには『刀』が。
大典太光世は、ようやく暗い『蔵』の中から這い上がることが出来たのでした。
~呪いの本丸 主の部屋~
ソハヤ「はっ…はっ…ぐっ…!」
『真実を知った上、この本丸を壊そうと言うのか。そんなことをして、他の刀剣男士達にも影響が出るとは思わないのか』
ソハヤ「わりぃけど、俺は悪夢を見続ける趣味は無いんでね。『夢ならば 覚めるまで待とう ほととぎす』とはいかねぇんだよ!」
―――この幻の『核』を担う場所。ソハヤはそこで、核である主―――ベリトと対峙をしていました。しかし、やはり『邪神』と『道化師』双方の力を持った存在に一介の刀剣男士が一振で立ち向かえるわけがありません。ソハヤは既にぼろぼろで、あと一撃を喰らえば刀剣破壊になりかねない程にダメージを追っていました。
……しかし。ベリトも相当なダメージを負っています。徳川の宝刀とまで言われた彼。類まれなる霊力は恐れを知らず、確かにその『核』に傷を付けていました。
ソハヤ「このまま真実も知らずにお前の人形になるよりだったら、こんな悪趣味な場所壊して『いつかの未来』を信じた方がマシだって俺は思っただけだよ。どう考えたって生き地獄なのは勘弁なんでな!」
ベリト『道具の癖に。物に宿る付喪神の分際で何を言っているんだ?お前達は神とはいえ末端の存在だ。人間に振るわれることでしか実力を発揮できない。神や霊力の力が無ければ人の姿を取ることすらできない。―――そんな縛られた生に、何故『自我』を望むんだ?
僕はメフィストさまのいない現世になんてもう興味ないんだよ。だから―――お前達ももろとも巻き添えにしてやるって思ったんだ。アンラからあの『蔵』を任された時に決意したんだ』
『だから 死ねよ』
氷のように冷たい表情になったベリト。―――その影から、『闇』が這い出ます。いくつもの巨大な手の形をしたそれは、ソハヤを貫かんと猛スピードで迫ってきます。
避ける体力も残されていない為、せめて弾ける分は受け流そうとソハヤが刀を構えたその時でした。
―――彼の背後で一瞬、雷が鳴った。この本丸で天気がおかしくなることなんてないのに。
頭の中で彼がそう思った瞬間―――。
『……兄弟、頑張ったな。 ―――後は 俺がやる』
一瞬だった。それは、稲妻のような一撃で。目の前の敵を真っ二つに斬り裂いた。目の前の『核』は、信じられないという表情をしながら……醜い断末魔をあげて斬られた場所から闇となって消えてしまったのだった。
ソハヤ「は、はは…兄弟…。なんだよそれ すっげぇチカラ。それが『天下五剣』って奴なのか?」
大典太「……兄弟。あんたが無事でよかった」
あまりにも安心しきった表情でソハヤを見つめるので、彼にもそれが移ったかのように気が抜けました。そのまま、彼の身体は畳の上に―――落ちなかった。
寸のところでサクヤと秋田が彼を支えたのだ。助かった。そう判断した途端、身体から力が全部抜けた。
サクヤ「包帯を巻いたところから血が出ていますね…。ソハヤさん、いくらケジメをつけると言ったとてこれは酷すぎです」
ソハヤ「仕方ねぇだろ。相手は俺達刀剣男士よりずーっと格上の『邪神』なんだろ?だったら破壊されるの覚悟で挑まなきゃな!」
秋田「それでもし刀剣破壊されていたらどうするつもりだったんですか~!」
ソハヤ「はは…確かにそうだ。でも…ヒーローは遅れてやって来る、ってか。なぁ、兄弟?」
大典太「……俺はヒーローじゃない」
ソハヤ「兄弟はそう思ってなくとも、少なくとも俺と秋田は兄弟に救われたんだからよ。―――ここで心を失わずに済んだ。それだけでも儲けモンだ」
サクヤ「―――本当は、ソハヤさんも秋田くんも。この本丸にいる刀剣男士達を助けたいのですが…」
秋田「無理なことくらい分かっています。だって……」
秋田がそう口にした途端、1人と三振の足の感覚が緩くなっていくことに気付きました。思わず周りを見てみると、この本丸の全てが。どろどろと『闇』になって溶けていくではありませんか。
早く逃げようとも、既に足元は覆われており持ち上げることが出来ません。……『核』がなくなったから、本丸諸共消えるのか。一同はそう判断しました。
サクヤ「このっ…!駄目ですね、全然動きません…」
大典太「……おい。どんどん沈んでいるぞ。このままじゃ全員この闇に呑まれてしまう…」
サクヤ「せっかくここまで来たのに…!帰れないなんて…」
もがいている間にも『闇』はどんどんその場の生命をずぶずぶと呑み込んでいきます。移動も既にままならない位置まで沈んでしまっている為、ここで完全に沈むのを待つほかありません。せめて少しは、と身体を動かそうとしますが…。その分、沈む速度が早くなるだけ。
―――せっかくここまで来たのに。この本丸と共に沈んでいくのか。脳裏にそんな言葉が浮かび上がります。せめてサクヤと大典太だけはこの場から出したかった。彼らは自分達とは違うのだから。そう考えていた二振に、『とある光』が見えます。サクヤと大典太の背後に。
……それは、全てを包み込むような優しい光。まるで、現実へと戻る道しるべのような。その光に向かって、手を伸ばしサクヤと大典太を押し込みます。
サクヤ「なっ…!あの…光は…」
ソハヤ「何なのかは知らねぇけど、あの光に触れたらここから出られる。そんな気がすんだよな」
大典太「……あれが唯一の脱出経路か…だが…」
秋田「僕達も手伝います!だからサクヤさんと大典太さんはあの光へ!」
サクヤと大典太も光の存在に気付き、あれに触れれば現実世界に戻れると確信しました。ぐいぐいと押し込んでいく二振。サクヤと大典太は、あと少し動けば背中が光に触れるところまで来ていました。
―――しかし。1人と三振が沈む範囲も大きくなっています。一番背の高い大典太でも、既に腰が闇につかってしまっていました。
叶わぬ願いでもせめて、とサクヤはソハヤと秋田に手を伸ばします。捕まればきっと出られるかもしれない、と。大典太もそれに習い手を伸ばします。しかし―――。ソハヤと秋田はその手を払いのけました。
サクヤ「なっ…!せめて、お二振だけでも…!」
秋田「……サクヤさん。僕達の本体は『天界』に置いてある蔵にあるんです。だから……仮にここから出られたとしても、帰る場所はないんです」
サクヤ「―――っ…!」
大典太「…………」
ソハヤ「兄弟。そんな悲しそうな顔すんなって。これが永遠の別れになる訳じゃあないんだろ?」
大典太「……確かにお前達を救いに天界に行けばいい、だが…!」
払いのけた勢いでサクヤと大典太は光の方へ。ソハヤと秋田の身体はずぶずぶと闇に沈んでいきます。それでも―――彼らは悲しい顔一つしていなかった。大典太に教えてもらったこと。サクヤと出会ったこと。それが全部『未来への希望』に見えたのだから。
秋田「僕、大典太さんとお話したこと。サクヤさんに教えてもらったこと。絶対に忘れません。だから―――僕はずっと待ってます。未来であなた達ともう一度お話が出来ること。外の世界でいろんなことをもっと、教えてもらうんです。だから……今は少し、眠るだけなんです」
ソハヤ「兄弟。サクヤ。いつかの未来で―――絶対、また会おうぜ。俺はここでの出来事絶対に忘れないからよ。その時は……くだらねぇ話、沢山しようや。お前達の信じる『仲間』と一緒に。だから―――俺達のことは気にせず、今は行ってくれ」
沈んでいく二振の身体。思わず手を伸ばしたサクヤと大典太だったが、それは空を切った。気付いた時には、もう二振の姿は無かった。あるのは背後の柔らかな光と、自分達を包む『闇』だけ。
―――悲しむサクヤに大典太は優しく諭した。『あいつらは永遠の別れを望んではない。なら……俺達が、未来で叶えてやれないかな』と。サクヤは零れてきた涙をぐい、と腕で拭います。彼らの望みを未来で叶えるならば―――。ここで黙って沈んでいる訳には行かない。
帰らなくては。―――自分達が、帰る場所へ。
サクヤ「……行きましょう。光世さん」
大典太「……あぁ」
沈んでいった二振の思いを胸に。青龍とその近侍は、光に手を触れたのだった―――。
- #CR09-14 罪なき子の未来に幸あれ ( No.54 )
- 日時: 2021/04/27 22:02
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: UruhQZnK)
~エンジンシティのはずれ~
数珠丸「―――大包平殿!背後から邪気が迫っています!」
大包平「くっ……!斬っても斬っても延々と再生をされるから敵わんな。こちらの戦力がじりじり擦り減っていくばかりではないか!」
鬼丸「だから言っているだろ。……あの青龍が大典太を連れ帰るまでおれ達に逆転の手立てはない」
サクヤと大典太が幻の空間から脱出を試みていた頃、エンジンシティのはずれでは激しい戦いが繰り広げられていました。多対個ですが、相手は傷付けた部分を直ぐに修復してしまう為一同は苦戦を強いられていました。
では燃やせばいいのではないかとアクラルが何度か強い炎の魔法を繰り出しましたが、その火傷痕も即座に再生されてしまいます。やはり、サクヤが向かったであろう場所にいる『本体』を倒さねば、この道化師にとどめを刺すことは出来なさそうです。
なんとか大典太の本体が入っている神棚に傷はついていませんが、流石に何度も何度も再生をされてはこちらの戦力が削がれるばかり。アクラルとアカギは肩で息をしており、刀剣男士達の刀装も少しずつ剥がされていました。
アカギ「…流石にこれ以上の消耗はきついぞ。いくら神だからといっても力は有限だからな…」
アクラル「あといくつ魔法ぶっ放せるかわかりゃしねー。……出来るだけ損害は少ない方が嬉しいんだけどな」
ごくそつ「ぼくの兵器もストック少なくなってきてるからねぇ~。援護出来るのも終わりが見えてきたって感じ~?きょひょひょ!」
今は何とか持ちこたえているものの、戦力切れで形勢逆転されるのも時間の問題。望みの綱もいつ戻ってくるか分かりません。それでも、彼らに『諦め』の文字はありませんでした。
―――ベリトの攻撃を防ぎながら、大包平がこんなことを口にしたのでした。
大包平「大典太光世はまだなのか?!っぐっ……!あいつ、剣を振りかざしている速度が上がっているような気がするんだが!」
鬼丸「相手の速度が上がっているんじゃなく、おれ達の反応速度が遅くなっているだけだ。……あれだけの邪気を注がれているんだ。おれと同じ量を短時間に一気に、だ。―――想像したらわかるだろ。浄化に時間がかかることくらい」
数珠丸「しかし、あれが破壊されねば彼への攻撃が届きません。どうしたらいいのやら…」
当のベリトはゆらゆらと動きながら的確にこちらの戦力を削りにかかってきています。自分の身体が再生することを盾に、どんなに無茶な攻撃方法でも通してから反撃。まるでゾンビです。その顔は既に何とも言えないような表情をしており、どうやらこちらが誰なのかすら認識できなくなっているほどに自我を失っているようでした。
相手の無茶な猛攻に、防戦を強いられる一同。どうにかして攻撃に移りたいのですが、タイミングを逃せばこちらが大ダメージを負ってしまう…。
どうしたら。どうすれば。そんな言葉が頭によぎった、その時でした。
ごくそつ『―――! みんな、伏せて!!神棚が光ってる!!!』
大包平「神棚が独りでに…? ―――まさか」
ごくそつくんの大きな叫び声にちらりとそちらを見やると、神棚はガタガタと揺れていました。地震も起きていない、誰も触っていない。まるで怪奇現象のようにそれは青く、淡い光を放ちながら動いていました。
―――もしかして。ごくそつくんの言葉に従い、一斉に一同は伏せます。それと同時でした。
神棚は音を立てて崩れ去り、『彼』を縛っていた鎖は繋がりが断ち切れ粉々になり、地面へと落ちていきます。中で縛られていた太刀はそのまま青く、淡い光を放ちながら2つの人影を映し出しました―――。
大包平「―――遅いッ!!!」
数珠丸「無事に…戻ってこられたのですね…!」
鬼丸「……心配かけさせやがって」
思い思いに言葉を口にした瞬間、人影を映し出していた青い光が消え去ります。その中から、『主』を抱えた刀剣男士が。大典太が再び権限を果たしました。
抱えられているサクヤの両手にはしっかりと大典太光世の本体が握りしめられており、もう『誰にも渡さない』とベリトを真っすぐ見つめていました。
ベリト「なんで…なんで……なんでなんでなんでなんでなんで…?メフィストさま……ああ、どうして…メフィストさまぁ……!!」
鬼丸「(……!)」
神棚が壊れたことにベリトも気付いたのか、攻撃をやめて頭を抱え項垂れ始めました。なぜ、どうして。そんな言葉を繰り返しながらうめき声をあげているベリトを纏っている魔力が―――『道化師のもの』に戻ったことに気付くのはそう難しくはありませんでした。
本体が現の世界に出てきた瞬間を鬼丸は見逃さなかった。太刀を握る力に手を込め、ベリトへと全速力で近付いていきます。
鬼丸「ここまでだな道化師。手間を取らせやがって。大典太を閉じ込めて邪気を放とうとしたことを後悔するんだな」
ベリト「あ……あ……あァ……!!」
汗と涙で濡れているベリトの表情を一瞬見た後、鬼丸はぐっと太刀を握りしめました。そして―――。
『……おまえの命はここまでだ。 ―――その首 もらった』
鬼を断つ刀剣の一閃。それは、確実に道化師の首を捉えていました。―――鈍い音と共に、道化師の首は跳ねられた。それが自分の役目だとでも言うように。
支えるものを失った身体はゆっくりと地面へと倒れていく。そして、その近くに―――泣きはらした『道化師』が転がり落ちました。
大典太「…………」
サクヤ「彼も…こんな最期など、望んでいなかったでしょうに」
大典太「……主。少し待っていてくれ。今なら―――あいつの記憶を呼び戻せるかもしれない」
サクヤを降ろし、大典太はそんなことを呟きながら鬼丸が立っている場所へと近付きます。何か考えでもあるのでしょうか。サクヤはそれを全て察しているようで、何も言わずに大典太を見送ったのでした。
……そんな不思議なやりとりを見つつ、心配そうにアクラルが尋ねます。
アクラル「サクヤ、行かせて大丈夫なのかよ。仮にも幻の空間に閉じ込めた相手だぞ」
サクヤ「……何か考えがあるのでしょう。光世さんは、とても優しい刀ですから」
そんなことを話し合っている間にも、大典太は鬼丸の隣で立ち止まりました。隣に陰気なでかい男が急に現れて驚きを隠せない鬼丸。そんな彼に、少しベリトと話す時間が欲しいと大典太は言いました。
首を断ち切られたのだから、完全消滅するのも時間の問題。その前に、大切なことを思い出させてあげたいと。大典太はそんな気持ちを抱いていました。
鬼丸「敵に情けをかけるなど、おまえは相変わらずお人好しだな」
大典太「……どの口が言うんだ。主から聞いたぞ。あんたが率先して動いてくれてたなんてな…」
鬼丸「おまえと酒を飲む約束をしたからな。反故にされるのが嫌だっただけだ」
大典太「……ふふ。結局あんたも俺と飲む酒を楽しみにしているんじゃないか」
鬼丸「煩い。さっさと用事とやらを済ませろ」
憎まれ口を叩き合いながらも、鬼丸は用事があるならさっさと済ませろとその場をどきました。そこから見えてくる、泣きはらした顔のベリトの首。既に身体は闇へ溶け始めており、時間が無いのだと大典太は察しました。
彼は静かに近付き、少しでも彼の目線に近付くようにしゃがみます。そして―――。静かに左手を顔にかざし、自分の霊力を少し注ぎました。
―――自分が捕らえていた奴が何をしているんだ?ベリトはそう思っていましたが―――。霊力が自分の頭に入り込んだその時でした。メフィストにずっとずっと消されてきた『人間の頃の記憶』が脳裏に蘇ってきたのです。
------------------------
「お前今日もあのきしょい絵を描いてんの?気持ち悪いから教室で描くなよなー」
「お前の絵なんて誰も『上手い』って褒めてくれねーよバーカ!」
とある時代の放課後。教室でとある少年を罵倒する声が響く。嫉妬からだろうか。自分達の退屈しのぎからだろうか。からかいはいつしか『いじめ』へと退化し、少年を追い詰める楔となっていった。
少年は昔から絵を描くのが好きだった。自分の好きな風景や、憧れの人物。キャンパスに描く自分の世界。それが少年の全てだった。両親や周りの大人たちは次々と言った。『将来は凄い絵描きになるぞ』と。少年もそれを信じて疑わなかった。
しかし―――。学校での生活が、彼の絵描きとしての自信をへし折ってしまったのだ。いじめの主犯は権力のある家の子だった。だから、先生に助けを求めても誰も助けてくれなかった。
「(そうだ 僕はずっと いじめられてて…)」
絵を描くのが生きがいだった。一人になるだけだから別に気にしなかった。でも……その描いた絵を貶されるのが心に響いた。誰も自分の絵を評価してくれない。少年は次第にそう思うようになった。
「(だから メフィストに隙をつかれ……あれ?)」
この学校にもメフィストの魔の手は伸びていた。心に闇を持つ子供を『殺人事件』と称し、裏で次々と道化師にしていた。少年も、その被害者の1人だった。
誰も自分の絵を評価してくれない寂しさと、絵を貶される悲しさ。その隙を突かれたのだろうと考えたが…そこまで考えて、少年は違和感を覚えた。『本当に誰にも評価されなかった』のだろうか?そこまで考えて……少年は、やっと思い出すことが出来たのだ。
「……ねぇ。あなたの絵、とても素敵。あたしは好き。なんか―――優しい気持ちになれるよね」
たった1人。たった1人だけど。学校で自分の絵を褒めてくれた女の子がいた。黒髪でおさげを垂らした、いかにも『他と関わりません』という女の子だった。だけど……だからこそ、純粋だった。自分の絵をストレートに褒めてくれた。
どうしていままで忘れていたんだろう。―――いや、『忘れさせられていた』のかな。だが、少年は少女の言葉を信じることが出来なかった。だから、突き放した。
「お世辞ならいらない。お前もどうせあいつらと一緒なんだろ!」
酷い言葉を沢山浴びせた。思ってもない言葉を沢山放った。きっとこいつも自分をからかっているんだろう、心の中では『酷い絵だ』と思っているんだろう。そうとしか考えられなかった。
だからだ。だから……忘れてしまったんだ。その子が正直に感想を言ってくれたのに気付いたのは―――。殺人事件に巻き込まれて、少年が虫の息になった時だった。沢山の生徒の前で刺され、倒れる少年。痛い、痛い、助けて、助けて。そう精一杯の声で叫んでも誰も助けてくれない。助けたら次は自分がこうなる番だと分かっているからだ。
―――だけど、あの子だけは。すぐに駆け寄ってくれた。屈強な先生を呼んで、犯人を取り押さえた。薄れる意識の中、やっと……あの子が言った言葉がお世辞でないことに気が付いたんだ。
でも、遅かった。気が付くことも無く、僕はメフィストに道化師にされたんだ―――。
------------------------
ベリト「僕…誰からも信用されなかった。それが…辛かった。だから…心の隙をメフィストに突かれたんだ。でも……違った。信じてくれる人がいたのに…どうして信じてあげられなかったんだろう…。信じてあげていたら……普通に人生…歩めてたのかなぁ…。こんなに長い間、苦しまなかったのかなぁ…」
人間だった頃の記憶を取り戻し、後悔するベリト。誰にも信頼されず、孤独の中でメフィストに道化師にされてしまった哀れな少年。今になって『信じてくれる人はいた』ということに気付き、後悔していました。
その間にも彼の顔は闇に溶けて消えていきます。ずっとずっと苦しんだ末路がこれか。捨て駒にされた末路がこれか。最後まで、ベリトは後悔しながら消えるのか、そう思っていました。
鬼丸「……後悔するかどうかはおまえが決めることだ。最後の最後で信じていたやつを思い出せただけ、おまえは幸せだ。―――元を辿ればおまえもただの被害者なんだからな。せめて、苦しまずに眠れよ」
大典太「……おい。もう少し優しい言い方を出来ないのかあんたは」
鬼丸「回りくどいよりそのまま言った方がいいだろ」
大典太「……はぁ。……あんたは、悪くない。それだけは事実だ。だから……苦しんだ分、ゆっくり休め」
ベリト「…………。……は、はは……」
二振の言葉を受け、ベリトは何かの重い憑き物が取れたように―――道化師時代には見せなかった微笑みを浮かべながら、闇に溶けて消えていったのでした。
~メインサーバ~
マルス「あっ。ポケモン達が自分から外に飛び出してる…!」
エフラム「終わったようだな。エンジンシティに平和が戻ったんだ」
ユウリ「あの神棚が壊れて、エンジンシティを覆う瘴気が無くなったから…ポケモン達も元気になったってことですよね?!やったぁー!やりましたよカブさん!!」
カブ「ははは。元気なのはいいことだが、早くポケモンくん達に会いに行ってあげないとね。彼女達が戻ってきたら、ぼく達もエンジンシティに戻ろう」
ユウリ「はいっ!」
メインサーバでは、エンジンシティにいるポケモン達が生き生きと動いている映像がモニター越しに確認できました。元気を取り戻したのだ。やってくれたのだ。喜びを身体全体で表すユウリをはじめ、みんなで一緒に喜びを分かち合います。
石丸「……また1つ、世界の平和が守られたのか。本当に凄いな…」
三日月『やってくれたな。……本当に、だ。―――ありがとう。友を救ってくれて。世界を救ってくれて。……平和な未来を、俺達に見せてくれて、な…』
石丸「三日月くん?急に何を言っているのだね?」
三日月『俺が意識だけが浮上して、主に負担をかけさせていること諸々…。全部が丸く収まっているのは全て周りのお陰だと改めて気付いてな。―――だから、急に礼を言いたくなってな」
石丸「はっはっは!お礼は何度言ってもいいものだ!……この平和が、いつまでも続けばいいな。三日月くん」
三日月『そう、願いたいものだ…。また天下五剣五振で…今度は主も一緒に、だ。縁側でのんびり茶でも嗜みたいものだ…』
街に活気が戻る光景を見守りながら、三日月はそんなことを呟いたのだとか。哀愁溢れる言葉に、思わず石丸くんも心が『トクン』と鳴り響いたのだとか。
- #CR09-15 付喪はひとか、あやかしか -1 ( No.55 )
- 日時: 2021/04/28 22:12
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: UruhQZnK)
~エンジンシティのはずれ~
神棚が崩れ、活気を取り戻したエンジンシティ。それを表すかのように、草むらからポケモン達が飛び出しぴょんぴょんと飛び跳ねています。はずれに入った時に見かけたミブリムも、くるくると楽しそうに回っています。
そんな様子を見ながら、安堵したようにアクラルが口を開きました。
アクラル「ポケモン達の元気が元に戻った…。やっぱりあの神棚が原因だったんだな!」
大典太「……神棚?」
アカギ「あの跡形もなく崩れてるおどろおどろしいもの…。あれが『神棚』の形をして光世の本体を縛っていたんだ…」
ごくそつ「多分、でんくんの『れーりょく』って奴を悪い力に変換して街に流す装置の役割してたんだろうねぇ。でんくんが戻ってきて、神棚がぶっ壊れたから街に活気が戻ったんだしぃ?」
大典太「……もしかして、俺の霊力のせいでいのちが奪われたりは…」
数珠丸「ご心配なさらずとも、犠牲者はおりませんよ。少々生命力が吸われてしまったとは思いますが、それが原因で命を落としたり等はしない筈です」
大典太「……そうか。やはり、どうせ俺はいのちを脅かす危険な刀なんだな…」
鬼丸「だから卑屈になるな。今回ばかりはおまえは不可抗力だろ。それで仮に生命力が奪われた存在がいたとても、おまえが気に病む必要はない。陰気になるな」
大典太「…………」
サクヤ「光世さん。此度の事件は私にも責任の一端があります。ですから…どうか自分のせいだと責めないでください」
神棚に封じられていたことを知り、そのせいでポケモン達の生命力を奪っていたことを聞き落ち込む大典太。逸話通り、やはりいのちを奪ってしまうのか。小さいポケモンの被害が大きかったことも報告を受け、彼はしょんぼりと表情を歪ませました。しかし、今回ばかり…というか今までも、ですが。大典太が利己的に行ったことではない。他の天下五剣はそんな風に言い、『気にするな』と励ましてくれたのでした。
そんな中、思い出したように鬼丸は懐から耳飾りを取り出し大典太に渡します。それは、彼の霊力を感じた『紅梅の耳飾り』。小さいながらも彼の力を強く感じたことから、相当大事にしていたものだと鬼丸は確信していました。
鬼丸「……ほら」
大典太「……どうしてあんたが…?」
鬼丸「おまえの霊力が途切れた場所に落ちていた。……大事なものなんだろ。無くすな」
言葉少なくずい、とそれを大典太に突き出す鬼丸。花に少しだけ傷がついていましたが、これはサクヤから貰ったとても大切な耳飾り。身につけ始めたのが鬼丸と別れた後だった為、彼がずっと持っていたことに不思議に思っていた大典太でしたが、自分の霊力を強く感じたと説明を受け、彼は妙に納得するのでした。
大典太は小さく礼を言い、耳飾りを受け取り再び自分の左耳に付けるのでした。
サクヤ「―――あ、少し傷が…。折角の美しい装飾なのに勿体ない。ジンベエさんに連絡し、作り直していただきましょうか」
大典太「……いや、いい。俺はこれがいいんだ…。大事な思い出と、未来へと願掛けが詰まっているからな」
鬼丸「そんなことをしていたのか」
大典太「……悪いか。……あぁ。どうせ俺の願いなんて叶わないからな…。鬼丸もそれを分かって言っているんだろう」
数珠丸「そんなことはございませんよ。大典太殿が耳飾りに霊力を込めてくれていたからこそ、鬼丸殿が本部にくるきっかけとなってくださったのですから。きっかけがなんにせよ、またこうして皆さんとお話しできたことを私は嬉しく思っているのです」
大包平「お前達の過去に何があったかは知らんが…。俺にとっては超えるべき天下五剣だということには変わらない。それをゆめゆめ忘れるなよ」
アクラル「ま、大包平が来てくれたことで色々バランスも取れてんじゃねーの?」
ごくそつ「大包平くんは凄い刀なんだからねぇ。ぼくがせかいをせいふくしても、大包平くんだけは絶対手元に残して送って決めてるからね。きょひょひょ!
……ま、なんつーのぉ~?サクヤ、おまえいい顔してるね。ぼくが初めてあのパーティにイタズラしに入った時よりもずーっと」
穏やかな会話の後、ごくそつくんが不意にそんなことをサクヤに言いました。どうやらサクヤの顔つきが変わったことに感心している模様。まぁこいつ言葉通り1回目の逃走中から色々本部に襲撃していますからね。大包平と契約した後は成りを潜めましたが。『せいふく』欲はあるようなので、今後いたずらと称してMZDやヴィルヘルムに襲撃をする可能性も否めませんが。
その言葉にサクヤは静かに1つ、大きく頷きました。そして、大典太と本来の契約を果たしたことを伝えました。
サクヤ「あの幻の空間で、光世さんと本来の契約を果たしました。彼の覚悟……しっかりと受け止めましたよ」
鬼丸「言われなくても分かる。大典太の霊力が前に会ったよりも澄んでいる。おまえの刀剣になったことの証だろ」
アクラル「やーっと腹くくったかサクヤ。俺はもう二度とあんな抜け殻みてーなお前見るのは勘弁だぜ」
大典太「……主の心に負担がかかりすぎなければ大丈夫だとは思うがな…」
アカギ「…ごくそつの言う通りだ…。サクヤは今の方がいい…」
数珠丸「やはり―――貴方達を信じて正解でした。私も早く、そういう相手に恵まれればいいのですが…」
アクラル「ん? あぁ…。そういやよ、鬼丸はともかく数珠丸は今のところ『野良刀』なんだろ?いずれ光世みたいなことにならねーのか?」
鬼丸「それは心配する必要はない。確かに数珠丸も法力が高い。あの政府で生み出されて監禁されていた、が…。数珠丸だけは負の感情を抱かなかった。そもそもそういう刀なんだろ。単独でもある程度の制御が出来るということだろ」
数珠丸「はい。私はまだこの世界では顕現したばかりですし…。そもそも、大典太殿の霊力も今回のように悪用されなければ、世界に影響が出るのは未来の話。時間はたっぷりあるのです。その間に、私が仕えるべき主を探しますよ」
サクヤ「そうですか。一応数珠丸さんの本体も私が持っているのですが…。ふむ」
そういうと、サクヤはしばらく考え込んだのち数珠丸恒次本体を自分の腰から外します。そして、それをアカギに渡したのでした。
当のアカギはまさか自分が渡されるとは思っていなかったようで、目をまん丸にして驚いています。
アカギ「…俺、か?」
サクヤ「はい。アカギに渡した方がいいと私の勘が言っておりまして。数珠丸さんが『主を探す』と言っているのに、私がいつまでも持っていては話が前に進みません」
アカギ「…何故、俺に?俺は刀を使えないし…。サクヤが持ってた方がずっといいと思うぞ…」
サクヤ「だから、私の勘が申し上げているから渡すまでです。別に武器として使えと申している訳ではございません。現にごくそつさんだって大包平さんと契約はしていても、本体を抜いて戦ったりはしていないでしょう?」
ごくそつ「帯刀はしてるしぼくも抜刀術習ってるけどね~!それよりも、ぼくが開発した兵器の方がずっと派手に潰せそうだからそうしているだけだよぉ!」
アクラル「きっとサクヤも無意識なところで『アカギに渡した方が未来でいい結果が待ってる』って思ってんじゃねーかな? だから受け取っておけよ。数珠丸とも仲良くできるチャンスって考えればどーってことねーだろ!」
アカギ「…………」
急に自分に向けられた数珠丸恒次と、それを穏やかな表情で見ている数珠丸を交互に見るアカギ。やはり今起きている状況を呑み込めない様子。そんな彼に、数珠丸は静かに近付きこう彼に告げました。
数珠丸「……では、私も三日月殿や大典太殿と同じようにしばらく白虎殿と共に行動してみることにしましょう。私の方でも何か見えてくるものがあるかもしれませんし」
アカギ「えっ えっ、で、でも…」
大典太「……数珠丸は気が利く奴だ。俺よりも、ずっと。……だから、混乱する必要なんてない」
大包平「数珠丸殿は尊敬できる刀剣男士だからな。傍にいて学べることも沢山あろう。この機会、逃しては損だぞ白虎よ」
サクヤ「皆様もそう言っているようですし…。自分の背中を預けられる人物が一人増えたと捉えてみてはいかがでしょう?」
アカギ「……わかった。そこまでみんなが言うなら…」
他の刀剣男士もサクヤも前向きな言葉しか発してこないので、遂にアカギは折れて数珠丸本体をサクヤから受け取ったのでした。そのまま神の力で自室に転送するアカギ。元々接近戦、それも格闘術に長けた神様なので、刀を用いて戦うと逆に不利になってしまいますからね。
アカギは数珠丸に改めて向き直り、おずおずと口を開きました。
アカギ「じゃあ、数珠丸…。これからしばらく、よろしく…。俺、四神の中では一番年下だし…。まだ未熟なところもあるが…世界を守りたいって気持ちは誰よりも負けないつもりだから…その」
数珠丸「そうでしたか。私も刀自体の生としては長い年月を生きておりますが、『天下五剣』のくくりで言えば下の方なのですよ」
アクラル「そうなのか?!俺てっきり数珠丸が一番上だと思ってた…!」
大典太「……一番上は童子切…一番下は鬼丸だ」
数珠丸「早速共通点が見つかりましたね。それではこれからよろしくお願いします。……折角共に行動をするのですから、私もこれからは白虎殿を『主』と呼ぶことにしましょう」
アカギ「……まだ契約してないのに…恥ずかしい…」
アクラル「恥ずかしいなら恥ずかしいなりの行動をしろ」
大包平「フン。これで堂々と張り合いが出来るというものだな。数珠丸殿にも大典太光世にも鬼丸国綱にも、果ては本部にいる三日月宗近にも俺は負けん。必ず貴様らより優れている刀剣だということをいつか証明してやる。童子切と刀を並べる刀剣男士としてなぁ!!」
大典太「……別に俺は誰かより優れている刀剣、という訳じゃないからな…。あんたが言いたいなら勝手に言ってればいい…」
数珠丸「我々も大包平殿に張り合えるように、己を高めていかなくては」
鬼丸「鬼を斬れればそれでいい。おまえを斬ってもなんの得にもならない」
大包平「黙って聞いていれば大典太光世…鬼丸国綱……!!貴様らだけは絶対にこの俺が優れていると認めさせてやる!!!」
サクヤ「……ふふふっ」
唐突な大包平のライバル宣言を真面目に受け取る数珠丸と、軽くのらりくらりとかわす大典太と鬼丸。そんな彼らの反応に、絶対に自分のことを認めさせてやると豪語する大包平なのでした。
そんな彼らのやり取りを見て―――。サクヤはやっと、素直に笑みを浮かべることが出来たのでした。
―――しばらく雑談が続いた後。本部からサクヤに念話が聞こえてきます。
前田『主君!モニターの方で確認はいたしましたが……。無事に戻ってこれたのですね…!』
サクヤ「ご心配をおかけしました。私も光世さんも五体満足、健康そのものですよ」
大典太「……健康は今、関係あるのか?」
前田『いえ、いえ、健康が一番ですよ!こちらでもエンジンシティの活力の戻りを確認できました。ユウリ殿もカブ殿も『ありがとう』と各々口にしていらっしゃいましたよ』
アクラル「正味あの2人が一番気が気じゃなかったからなー。エンジンシティが無事元の平和を取り戻して良かったぜ」
石丸『ユウリくんとカブさんは、僕とマルス王子でエンジンシティに送り届けることになった。サクヤさん達は本部に戻って身体を休めると良い』
三日月『それに、俺も『えんじんしてぃ』とやらを見てみたくてなぁ。蒸気の力で浮かび上がる昇降機なんて初めて聞くからな。是非この目に焼き付けておきたいのだよ。はっはっは』
大包平「貴様は何をぬけぬけと観光目的で向かおうとしている。今の今まで俺達が何をしていたのか忘れたか!」
三日月『折角ユウリ殿やカブ殿が案内してくれると言っているのに、その好意を無下にするのは失礼だと思わないか大包平。その前に俺はお前達のように完璧に顕現出来ていない。……援護したくても出来ない。だからこそ、主の手を借りることにはなるが『自分で見て感じる』ことの大切さが身に染みて分かっているのだよ』
石丸『もしかしたらアンラが監視しているかもしれんが、流石にこそこそと解決した事件を掘り返す真似はしないだろう。だから安心したまえ!』
アカギ「なら…帰るか…」
メインサーバの面子がはずれにいた一同に連絡をしてきました。サクヤと大典太、1人と一振の無事な声を聞いて、心なしか前田の声が涙ぐんでいるように聞こえます。そして、ユウリとカブはエンジンシティに帰ることになりました。石丸くんとマルスが護衛でつくようですね。……三日月には他にも目的がありそうですが、今は触れないでおきましょう。
各々戦力も削がれ、一刻も早い休養が必要です。刀剣男士に至っては手入が必要そうですからね。そんな彼らに、サクヤと鬼丸の言葉が重なります。『まだ帰らない』と。
サクヤ「……およ。恐らく考えていることは一緒ですか」
鬼丸「そのようだ。……おれはそもそも緊急事態だからあそこまで赴いただけだ。元々帰るつもりはない」
数珠丸「そうですか…。折角再会できたのに、ここでお別れとは少し寂しいものがありますね」
大典太「……永遠の別れじゃないんだからそう落ち込むことはないさ。―――俺も、鬼丸と話したいことがある。ここに残るよ」
アクラル「わーった。でも、あんま遅くなるんじゃねーぞ」
サクヤ「はい。用事が終わりましたら早急に帰還致しますので」
どうやらサクヤ、鬼丸に何か用事があるようで残ると言っている様子。アクラルはその気持ちを汲み取り、残りの面子を連れてその場を去って行きました。その道中、ごくそつくんが何かに気付いたかのようにちらりとこちらを見やりましたが―――。大包平に声をかけられたことでそのまま一緒に去ってしまいました。
大包平「主。どうした?あいつらの顔にでも何かついていたか」
ごくそつ「ん~。そうだねぇ~。でんくんとサクヤのことは別にいいんだけど……。問題は…。おにくんの方かな」
大包平「鬼丸国綱が…?」
数珠丸「…………」
何かを察している様子のごくそつくんと、心当たりがあるようで表情を沈ませる数珠丸。そんな彼らのことを見つつ、首を傾げながら駅まで向かう大包平なのでした。
- #CR09-15 付喪はひとか、あやかしか -2 ( No.56 )
- 日時: 2021/04/29 22:57
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: UruhQZnK)
アクラル達がエンジンシティを去ってからしばらくした後。静けさを取り戻したはずれで、大典太は改めて鬼丸に向き直り今回のことの詫びと感謝を述べました。サクヤもそれに合わせて深く頭を下げます。
まさか丁寧に礼を言われるとは思っていなかった鬼丸。普段絶対見せないであろう驚いた表情を珍しく見せていました。
大典太「……鬼丸。今回のことは本当にすまん。そして…ありがとう。あんたがいたからこそ…俺はあの場から脱出できた。そして主とも本来の契約を果たすことが出来た。あんたに助けられたな」
鬼丸「礼を言われる筋合いはない。おれはやるべきことをやっただけだ」
サクヤ「それでも、です。貴方が大典太さんを始め天下五剣の皆様のことを大切に思っていることは身に染みて伝わりました。我々も何か鬼丸さんにお礼をしたいのですが…」
鬼丸「いらん。そもそも誉を貰おうと動いたわけではないからな」
大典太「……そうか。まぁ、あんたならそう言うと思ったがな…。じゃあ、あんたのその『邪気』が完全に祓えた時に飲む酒と一緒につまみも俺が作ろう」
鬼丸「……『祓えるのなら』な」
サクヤ「あっ…待ってください鬼丸さん!」
礼などいらん。そんな言葉を残し、鬼丸はその場を去ろうとしました。彼のあまりにあっけない反応に思わずサクヤが呼び止めますが、彼は歩みを止めません。それでも諦めきれない彼女は鬼丸の腕を掴もうとしますが、そっと振り払われてしまいました。
自分を心配しての行動なのは分かっていたのか、振り向いた鬼丸は複雑な表情でした。
鬼丸「……おれは緊急事態だからあの場に赴いただけだ。おれが今どんな状態か分かっているだろ」
サクヤ「それは、そうですが…。確かに鬼丸さんの邪気はこらえられるかギリギリの場所まで来ています。しかし。ここに来てまで単独行動を続ける必要はないと思うのです。我々の中にも『神』と呼ばれる存在も揃っています。仮に鬼丸さんが邪気に覆われてしまったとしても、本部にいれば選択肢も増えると私は思うのです」
大典太「……俺からも頼む、鬼丸。……正直に言う。前に会った時よりも…あんたを蝕む邪気の速度が速くなっているぞ。……もう、あんたの理性で止められないところまで来ているんじゃないのか」
鬼丸「そんなこと分かっている。だからこそおれは『近づかない』選択肢を取った。それだけの話だ」
話はそれだけか、と付け加え再び1人と一振に背を向ける鬼丸。どうやら鬼丸、本気で本部に行く選択肢は考えていないようですね。しょぼんとした顔をするサクヤと、鬼丸を心配しつつもそれを宥める大典太。―――しかし、彼の胸の中にも『申し訳ない』という気持ちは口に出さずともあるのでした。
……だが、大典太に言われたことは紛れもない事実。正味、ベリトと戦っていた時からその兆候はあった。大包平と数珠丸以外が『鬼』に見えた時もあった。だからこそ、自分は近付いてはいけない。離れなければいけない。鬼丸はそんなことを心に再び言い聞かせ、その場を去ろうとしました。
その時でした。
鬼丸「…………」
サクヤ「鬼丸さん…?」
大典太「……おい。鬼丸」
ゆらり、と目の前の白髪の男の身体が揺れた。めまいでも引き起こしたのだろうか。やはりここから単独で立ち去らせる訳には行かない。サクヤも大典太も同じ考えだったようで、鬼丸を何とか本部に来てくれるよう再び説得しに彼に近付きました。が。
大典太は彼の行動にすぐ気づき、サクヤの前に出て自分の太刀に手をかけます。焦るサクヤでしたが、彼のした行動は正しかったのかもしれません。そう、鬼丸は―――。
大典太「………っ!!」
鬼丸「…………!!」
ガキン。鋼がぶつかり合う音が鈍く響きます。打撃力がほぼ同じだからこそ受け止められる鬼丸の猛攻。大典太は複雑な表情で鬼丸を見やります。目の前の男は、自分の主を『鬼』と定め斬りかかったのです。先程まであった目からは光が失われ、まるで『傀儡』のようにサクヤを狙って太刀を振るっていました。
もし大典太が彼の行動にいち早く察知し、刀を抜いていなかったらどうなっていたことか―――。大典太は鬼丸を呼び戻すように、彼の名前を呼び続けます。
大典太「……鬼丸。しっかりしろ。鬼丸」
サクヤ「鬼丸さん……!」
鬼丸「…………」
鍔迫り合いを続けながらも必死に名前を呼び続ける1人と一振。しかし、鬼丸は表情を変えて目の前の障害を叩き潰そうと太刀に力を込めます。流石の大典太も、現太刀打撃王の鬼丸の力に邪気が備わった猛攻を防ぎきれるかと言えば、答えは『否』でした。
―――もう彼を呼び戻せないのか。大典太が静かにそう思い始めた瞬間……カラカラ、と地面に何かが落ちる音が。それと共に自分にのしかかっていた『力』が一気に無くなり、彼はバランスを崩しかけます。
大典太「……っと。鬼丸…?大丈夫なのか」
鬼丸「……―――!! おれは、何をしようとしていた」
サクヤ「鬼丸さん、落ち着いてくだ『おれは、何をしようとしていた。答えろ』 …………」
カラカラと地面に落ちたものは、鬼丸の太刀でした。目線を本人に向けると、彼は何とも言えない表情でサクヤと鬼丸を見ていました。そして、問いました。『自分は何をしようとしていた』と。
サクヤに斬りかかっていたなどと言えるはずがありません。言葉に詰まるサクヤと大典太でしたが、鬼丸はその表情で全てを察します。『邪気』が自分の精神を狂わせたのだと。だから、大典太に刀を抜かせたのだと。
近付いて来る1人と一振に、鬼丸は『近付くな』と力強く言い放ちます。その言葉の圧に、思わず動きが止まるサクヤと大典太。……そんな彼女達に、鬼丸は遂にしびれを切らしたように口にしました。
鬼丸「……もう 時間切れのようだ。あの道化師と戦っていた時から…周りが時々、鬼に見えていた。幸いあの時は数珠丸や大包平が共に戦っていたから、あの場にいる『鬼』は味方なのだと判断することが出来た」
大典太「……なりふり構っていられる状況じゃない。一緒に来い。三日月や数珠丸にも相談して……」
鬼丸「それは無理だと言っているだろ。もう『時間切れ』だと。現におまえの主を『鬼』と定め斬ろうとしていたんだろ。おれは。おまえ達のその表情を見ていれば分かる」
サクヤ「……それは、そうですが…。それとこれとは話は別です!きっと解決策だって『別なものか』 ……鬼丸さん」
鬼丸「大典太と鍔迫り合いした時に、あの樹海都市と同じようにおれの邪気は少し祓われた。だが…あの時よりも祓える量が減っていた。今でも無理やり理性で抑えつけておまえ達と話をしている。―――もう、限界なんだ」
大典太「……あの時と今の俺は違う。それでも…いや、寧ろ悪化しているとなれば…」
鬼丸「あぁ。おまえの思っている通りだ大典太。正式に契約したおまえになら浄化してもらえると思っていたが…。もう、間に合わない程に邪気がおれの中に入り込んでしまっていたのか」
正式に契約した大典太の霊力でなら自分の邪気も祓えるのではないか。確かに少し祓われ、正気を取り戻せましたが…また邪気に覆われ精神を蝕まれるのも時間の問題でした。鬼丸は静かに太刀を拾い、鞘へと仕舞います。そして、確かにこの場から去る為再び1人と一振に背を向けたのでした。
それでも何とかして助けようと近づく彼女達に、鬼丸は背を向けたまま言い放ちます。……恐らく、これが『自我をもった最後の会話になるだろう』と覚悟をして。
鬼丸「……青龍。大典太。よく聞け。次におれ達が出会う時―――。恐らく、おれは邪神の傀儡に成り果てているだろう。それでももしおれを助けに行く、などと言うならば……『おれか大典太。どちらかの首が地面に落ちる』。そう覚悟をしておけ」
その言葉を最後に、彼は鉱山の入口まで一瞬で姿を消してしまったのでした。彼の去って行った穴を、静かに見守るサクヤと大典太。その表情には、複雑な気持ち…そして、虚しさが現れていたのでした。
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21