ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 双翼は哭かずに叫ぶ
- 日時: 2010/06/05 01:43
- 名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: NvOMCXyZ)
ども、挨拶略してSHAKUSYAです。
この度カキコに電撃復活、ずっと構想を練り続けてきた現代ファンタジーを展開していきたいと思います。
……ただ、時代背景が現代なだけで普通の魔法ファンタジーとあんま変わらないんですがね。
てなわけで、ファンタジー全開のこの小説の大雑把なジャンルパーセンテージは
ファンタジー30%
戦闘25%
シリアス20%
グロ20%
恋愛3%
その他2%
(全ておよその数値也)
となっております。特に戦闘とグロの出現率は初っ端からヤバいので、十分心してください。
〜勧告〜
荒らし、誹謗中傷、喧嘩、雑談、無闇な宣伝、ギャル文字、小文字乱用等々、スレヌシ及び読者様に迷惑の掛かる行為はお止めください。
アドバイス(特に難解な漢字や表現について)・感想は大歓迎です。
やたらめったら一話の長さが長いので、更新はかたつむりの移動より遅いと思ってください。またスレヌシは受験生なので、時折勉強等でも遅れる場合が在ります。
それでは、我の盟約の許、汝等を文字の乱舞せしめる世界へ誘わん。
汝等に加護あれ、双翼に祝いあれ。
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15
- Re: 双翼は哭かずに叫ぶ ( No.71 )
- 日時: 2010/09/11 16:09
- 名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: YjRhtU7o)
- 参照: 第五話 続き 何だかなあ。
『八月十七日 晴れ 午後二時半 グリフィス初等学校の先生とお父さんとお母さん。
今日は怖かった。
家に帰ってきたら、すぐにお父さんとお母さんの怒鳴り声が聞こえた。
怒鳴り声のすぐ後に厭な音が聞こえて、学校の先生が叫んでいるのが聞こえた。五年三組、担任の先生だった。
助けて、と叫ぶ声が怖かった。怖くなって、何も考えられなくなって、すぐに部屋に篭った。
わたしは怖い。お母さんがあんなに怖い声で怒っているのをわたしは始めて見た。
お父さんは五月蠅い、大事な五三式に手を出すなと叫んで、多分その人を撲った。厭な音が聞こえた。
また撲った。先生はまた叫んで、それっきり何も声を出さなくなった。
先生は、とっても優しいのに。
何故お父さんやお母さんは——あんなに怒鳴るのかな。
でも、お父さんやお母さんが怖い顔をしているのを、わたしは時々見ることがある。
そういう時は誰も話しかけちゃいけない。多分、先生みたいに撲られてしまうから。
でもやっぱり、先生はわたしたち三組の担任の先生。絶対、許されない。
わたしたちに勉強を教えてくれる先生なんだから。
お父さんとお母さんにも何か言いたいことはあるだろうけど、わたしは許さない。
許されない。許されちゃ、いけない。
わたしはあの先生や楽しい皆といっしょに、たくさんの勉強をしたいんだ。
あの時の、とっても強い討伐屋さん。わたしを助けて。
また一緒に、勉強がしたい。五年三組の教室で……』
「その中に、何か?」
僅かに「真逆」とでも言いたげな糸を浮かべた草薙の、若干切迫した声が響く。八咫剣は相変わらず無言のまま頷き、文章の中から幾つかの文字を抜き出してペンで丸を付けると、手近に放り出してあったペンケースの中から定規を引っ張り出して線を繋ぎ始めた。不可解な行動に一同が眉を顰める中、八咫剣の手がきっかりと止まる。
遠目から見ると、柄杓のような形をした図形が紙の上に浮かび上がっている。
「ややこしい細工……」
どうやら面倒な細工に気付いたらしい、サロメと草薙がひっそりと呟いた。面倒な謎解きだなと八咫剣も同意し、指で定規の線をなぞった。その動きを目で追っていたほかの四人はそこではじめて気付いたらしく、納得の色を目に浮かべて各々の顔を一斉に見合わせる。
「どうやら彼女は星、しかも北斗七星の並びが好きだったらしい。部屋には星座の辞書や天体観測の記録帳らしきものが大量に散らばっていたのだが、全てそれのページが開いていたのを思い出してな。まさかと思って不審な文字を引っ張り出して繋いでみたら、見事柄杓の形になった。凝った細工をしたものさ」
険しい顔で、しかし僅かに笑みを浮かべて、八咫剣は紙を揺する。字と字を繋ぐ線はよく見れば矢印になっており、その順番に読むと、一つの文章が浮かび上がった。
『学校の五—三の教室』、と。
- Re: 双翼は哭かずに叫ぶ ( No.72 )
- 日時: 2010/09/12 23:18
- 名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: YjRhtU7o)
- 参照: 第五話 続き
「でも、分からないわ」
大剣を抱えた赤毛の女、基アリアの否定する声が冷たく響く。
「星座の形を順番に繋ぎ合わせることで場所を浮かび上がらせる、なんて趣向はよく考えることだから納得する。でも、どうしても分からない疑問が一つ。この星座は私も知ってるけど、文字一個で星一つにするなら、柄杓の端に当たる“学校の”は一個でなければならないはずよ? 自殺にまで星座を織り込む彼女だもの、間違えたとは思えない」
その問いには、青キャスケット男のヴィレイが返答した。「北極星だろ」
「北極星? それと一体どんな関係があるのかしら?」
アリアの怪訝そうな声に対し、ヴィレイはやや自慢げな口調で返答した。
「こぐま座は北斗七星に形が似てるから、東方じゃ俗に小北斗七星なんて呼ばれてる。そんで、その小さな柄杓のケツにあるのが北極星、ポラリス。そのポラリスは、三重連星っつって三つの星が隣り合った星なんだぜ。多分その女の子は北極星が三重連星だって事を知ってたんだろ、だからわざと捻じ込んだんだろうな」
なるほどね、とアリアは首を上下に振った。ヴィレイはやはり得意げな笑みで八咫剣を一瞬垣間見たが、肝心の男は先程の笑みから一転、悪鬼の顔で頬杖を付いている。漂うはずのない殺気さえ漂っているような、凄まじい形相だ。
自慢しようとして肩透かしを喰らい、やや不満げな表情をしていたヴィレイは思わず顔に険しい表情を浮かべ、何があったのかと小さく問う。彼はいや、それが、これはと単語を繰り返し呟いて小さく首を振り、慌てた様子で席を立つ。そしてくるりと体の向きを反転させ、廊下の突き当たりにあるトイレへ猛然と駆け出した。思いもよらぬ奇行に一同は唖然、只ならぬ気配を察した老店主やバーテンダーもただ呆然として八咫剣の座っていた席を見つめるばかり。
「あんな度が強い酒をロックグラス五杯も飲んでたら、そりゃ酔いもするわよねぇ……」
サロメに視線を向けながら、アリアは静かに声を投げた。
- Re: 双翼は哭かずに叫ぶ ( No.73 )
- 日時: 2010/09/16 20:59
- 名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: YjRhtU7o)
- 参照: 第五話 続き
翌日の音月邸、客間にて。
茶色系で統一された落ち着きある空間には、サロメと音月が一対一で坐していた。女討伐屋は大会社の頭取を前にしても臆せず、ソファにふんぞり返って腕を組み足を組んでいるが、主人である筈の音月は死んでいるのかと思いたくなるほど憔悴しきってぐったり項垂れている。音月ではなくサロメの方が、何処となく主人のように堂々たる威厳を見せ付けていた。
「慰めの言葉を掛けに来たんじゃない」サロメは石地蔵の如く動かない男へ向かって冷たく言い放った後、やはり動かない彼を苛立たしげに一瞥して言葉を放った。「五三式って何のことなのさ」
「!」
隠し果(おお)せない動揺が疲憊(ひはい)した身体を奔り、刹那の内に音月が愕然の表情に満ちた顔を跳ね上げた。途端にサロメの矢のような視線が突き刺さり、腰の砕けた主人はまたしおしおと顔を下げる。これは脈あり、とサロメは誰にも聞こえないような声で言い、口の端を僅かに吊り上げて追撃を放つ。
「式、って言うにはやっぱり羅象の式? 学校の先生を撲って張っ倒すくらいだから、よっぽど大事な式なんだろうね。あ、もしかして武器に組み込む羅象かい。正しく作った武器に正しく作った式を組み込んだらさぞや威力も強いだろうしねえ、盗られたら困る物品だわね」
「あ、あの」微かに音月が声を上げるが、サロメは無視して声を上げ続ける。「武器に組める羅象って中々ないんだよねえ。即興で作ろうと思っても武器と相性が合わなくて壊れることもあるしさあ」
「それは……」
無視する。「武器にねじ込ませられる式って言えば、何かの模様だよねえ。アタシは天秤と剣と竜と薔薇だけど、中々使い勝手がよろしい。嗚呼そうだ、アンタの会社ってさ、新しい型の銃発売したんだって? そう……尻尾の長い熊のレリーフの上に、北斗七星のマークが彫られてるあの銃だよ。伝で使い勝手を聞いてみたけど、中々いいらしいね」
「貴方は——」
更に無視。「尻尾の長い熊、北斗七星——否、小熊の北斗七星は不動の光であり、三重連星でもある。光の羅象を扱う人間にとっては物凄く羅象の載せやすい、都合の良い式なんだろ。あの先生も光の羅象を扱う人間なんだろ。でも、先生にその模様を、五三式を取られるのは厭なんだろ? だって愛娘がこよなく愛した星座だからね。アンタの娘は、じっとして動かないその光が好きだったんだから。先生にその式を、北極星を取られたら、娘が悲しむと思ったんだろ。だから撲ったんだろう?」
言葉がふつりと切れる。今の今まで声を挟むことすら許されなかった音月に、初めて反撃が許された。
しかし、出てきた言葉は一つだけだった。
「何故、貴方はそこまで知っているのですか」
サロメは嘲るように笑って、それに返答する。
「言っちゃんが教えてくれたのさ。随分回りくどかったから謎解きに時間が掛かったけど」
「言葉が?」音月の声に僅かな疑念と期待の色が篭るが、サロメは冷たく否定した。「ただの告訴状だったけどね。言っちゃんはどうやら信頼すべき大黒柱を失って絶望したみたいだったよ。それでもあの子は健気さ。銃に搭載する式ごときで癇癪起こして、あの子の担任の先生を殴りつけるような野暮天に比べたらね」
完膚なきまでに叩きのめされ、黙り込む主人。女討伐屋はそれじゃあと冷たく言い放ってソファから立ち上がり、ソファで項垂れる主人を一顧だにせずに客間のドアを開けて廊下へ歩み出た。
ドアの外で盗み聞きしていた使用人や門番が慌てて廊下を走っていくが、サロメは何も言わなかった。
音月はサロメと対面したときと同じ、憔悴した顔を床に向けて、哀しげに目を閉じていた。
- Re: 双翼は哭かずに叫ぶ ( No.74 )
- 日時: 2010/09/18 12:31
- 名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: 2dlf7754)
- 参照: 第五話 続き
ギャード地区八番街に建っている、平凡すぎるアパート。
件の零細討伐屋が身を寄せている建物だが、今は二日酔いでまともに立ち上がれもしない八咫剣が留守居をしている筈である。僅かに焦燥の色を浮かべるサロメは階段を二段飛ばしで駆け上がり、ぐったりとベッドで臥せっている筈の相棒の下へと足を急がせていた。
用件は一つ、腰抜け主人と相対した『成果』を彼に報告し、更なる指示を仰ぐためだ。
実を言えば、今日の突然の音月邸来訪は二日酔いの相棒から仰せつかった『任務』である。
——日記には『五三式』と呼ばれる不可解な言葉が登場する。パッと見には彼女が『学校の五—三の教室』と言う文字を造りたいがためにこじつけて作ったようなのだが、どう言う事か嘘らしい気配が無いのだ。もしかすると実際にある式、暴行の際に実際に言い放った一言なのかもしれない。サロメ、調べてみてくれないか。
八咫剣のこの言葉が、即ち『任務』である。
肝心なことに関しては寡黙な八咫剣だが、それまでに多くのヒントをサロメに言ってきている。推理にはまるで頭脳の向いていない肉体派の彼女にも、彼の言いたいことは大体想像が付いた。
しかしながら、相棒はサロメが音月邸へ赴く前に『五三式』についての仮説を明かしてくれたのだが。
——北極星は不動の光であり、三連星。式を載せるのに光が動かないのは都合が良い上、その動かない光が三つあるのだ。三は安定した図形を形作れる最小の数且つ、最も安定した図形を作れる数。そして星は即ち光、北極星は光の羅象を載せて放つには、都合の良い式なのだよ……。
と、言う事らしい。
サロメの心中で考えていたこととほぼ一致する仮説だったが、それが言葉の失踪や音月の暴行とどう関係するのかは彼女の考えである。音月自身は彼女の仮説を全く否定せず、寧ろ肯定するような動きを見せた。
収穫である。
サロメは思わぬ収穫を胸に、急いで鍵を開けて扉を蹴り開けた。
蛻の殻だった。
余程慌てていたのか、私服で飛び出していったらしい。単車の鍵は持っていかれているが、コート掛けにはくすんだ茶色のコートが引っ掛かったままになっている。武器の類も全て放り出されたままになっている上、彼女の居ない間何をしていたのか、部屋は嵐が過ぎ去ったかの如く物が散乱して酷いことになっている。
滅茶苦茶な有様に唖然としながらも、サロメは硝子のテーブルに置き書きが放り出されているのを見つけた。律儀な彼らしくもない、乱暴な走り書き。一体何を暗示しているのか、重石(おもし)代わりにサロメの銃をわざわざホルスターから引っ張り出して紙の上に置いている。天秤と二本の剣が交差した図案がやけに生々しく陰影を刻んでいた。
あの莫迦、後で撲ってやる等と不穏なことを呟きながら銃を退けて紙を見た途端、サロメの顔に険が浮かんだ。言葉もなく紙を放り捨て、何故か硝子のテーブルに畳んでおいてあったチェックのバンダナを引っ掴んで素早く頭に着ける。そしてガラスのテーブルに放り出された銀の銃を掴んでホルスターに押し込み、腰に素早く留めて玄関へと駆け出していく。
空中に放り出された紙は暫し宙を待っていたが、やがて床の上に音もなく落ちた。
今日、彼女は学校で自殺する。早まる前に、止めに行く。
出来れば、来ないでくれ。
メモ用紙にはそう記されていた。
- Re: 双翼は哭かずに叫ぶ ( No.75 )
- 日時: 2010/09/25 18:42
- 名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: 2dlf7754)
- 参照: 第五話 続き ラストまで後一寸!?
ギャード地区一番街、一区画、五番。
植え込みの躑躅(つつじ)が青々と葉を広げる広い街路の脇に、禍々(まがまが)しいほど真っ黒い単車が止められっぱなしになっている。傍に駐車禁止の看板が立っているにも拘わらず——否、当の駐車禁止看板に立て掛けるような格好で——それは堂々と止められているのだが、それを持っていこうとする人間は居ない。
ご丁寧にも、単車は幾重(いくえ)もの鎖でポールに縛り付けられていた。元から自重(じじゅう)の重い単車を更に縛っているのだ、レッカー移動させようと思い立っても無闇にさせられないし面倒臭いから誰もしようと思わない。街を鈍々と巡回する公安も堂々と軽犯罪法違反を犯す単車の存在には気付いているようだが、余りの厳重さに見て見ぬフリをしている。
あまりに面倒臭いこの厳重な施錠を施した張本人は今、夏休み真っ只中の学校に居た。
精悍で端整な顔には玉の汗。漫(すず)ろに首や肩に掛かる闇色の髪。碧空を見上げる鋭い黒瞳。夏には不釣合いな黒のシャツとジャケットにゆったりとした黒のデニムズボン。茶の厚底ブーツ。首元には銀のアクセサリーが光り、耳元では瑠璃色のピアスが静かに揺れる。腕組みの狭間から見える傷だらけの手にはシンプルなデザインの指輪が目立つ。
ただ、何故か壁に寄りかかって腕組みをするその様子はやけに憔悴して見え、空を見上げるその横顔からは血の気が引いて見えた。
鴉が装飾をしたかのような漆黒尽くめの格好をしたその男こそ、サロメの部屋から脱走し剰(あまつさ)えとある少女の自殺を止めに行こうとする東洋流れの討伐屋——八咫剣紅蓮その人だ。
日記を茫漠と眺めているうちに色々と妙な事に気付き、宿酔(しゅくすい)の波が収まった時に学校へと畳みかけようとしたのだが、間の悪いときに気分が悪くなってしまった。それでも飄然(ひょうぜん)且つ平然そうな風体を装い、瑠璃玉(るりだま)をぶちまけたような雲ひとつ無い空を見上げながら酔いが治まるのを待っている。
……舞台裏や状況設定を放置し、『冬に』見れば実に様になる画(え)なのだろう。猛暑の最中にある街では路の白さも相俟ってか極めて暑苦しく、とてもではないがまともに見ていられるようなシロモノではない。
彼の脳内辞書には『我慢』の類義語が数多載っているが、『季節感』や『清涼感』と言う言葉は無いのである。
それから三十分近く経ったが、極度の水分不足もあっていつまで経っても気分は良くならない。ややうんざりした表情の八咫剣は一旦視線を降ろし、時間が無いなら無理にでも行こう、と独り言を呟いた。そして壁の向こうにある時計へ視線を向けて上体を後ろに捻り、時計の長針と短針の位置を確かめる。
それが一体何時何分なのかを理解した、刹那。
「ぐぁッ」
鉄の棒でも突きたてられたような凄まじい衝撃と激痛が丁度鳩尾(みぞおち)の辺りに奔(はし)り、口から苦しげなくぐもった悲鳴が漏れた。鳩尾に奔る激痛の正体が何かを知る間もなく今度は足と身体を壁に押し付けられ、物凄い力で首を絞められる。何とか手で抵抗しようと試みるが、びくともしない。それどころか、血管も気管も絞め潰されて脳に全く酸素が来ない。
ほんの少々全力で彼は抗ったものの、五秒も経たない内に意志の光が瞳から消えた。
そのまま全身から一気に力が抜け、首に宛(あて)がわれたままの腕と共に地面へ崩れ落ちる。意識は無くとも身体が強烈に酸素を欲しているらしく、地面に置かれた手が細かく痙攣している。また顔には限りない苦悶。
腕を掴む手が離されると、その身体は酷くゆっくりと、横向きに倒れた。
そこから腕の主は彼を引っ繰り返して仰向けにさせ、脇の下から手を回して、そのまま校舎の中へ引き摺る。
一分ほど掛かって腕の主は葉を青々と茂らせた低木の下へと八咫剣を引っ張り込み、その細い幹に静かに身体を凭せ掛けてから、手にした太い鎖で後ろ手に縛り始めた。金属の擦れるような音がひたすら響き、深々と鳩尾へ食い込む鎖に苦しげな呻き声が漏れる。それでも手は止まる事を知らず、結局彼の身体は鎖によって幾重にも縛られてしまった。
苦しそうな顔で呻く八咫剣に踵を返し、手の主はそっと謝った。
「ごめんやっちゃん、アタシの引き受けたことはアタシが幕を引きたいんだ。暑いけど暫くそのままでいて」
「莫……迦、野郎……」
縛り付けられた相棒の、掠れた細い声だけが、“彼女”の耳に届く。
学校の昇降口から土足のまま上がりこみ、“彼女”——サロメは清潔そうなリノリウムの階段を駆け上がる。
校舎内は水を打ったように静かで、ありとあらゆる教員の姿が見当たらない。何処を覗いても見えるのは空っぽの教室ばかり、しかも施錠されていない。女討伐屋の耳に轟々と響くのは、己の息遣いとブーツが廊下を蹴り付ける音だけ。昇降口や玄関などの入り口も施錠がされておらず、窓でさえ開けっ放し。
不気味な程不用心である。
「仕事中に突然消えちゃった、って感じ?」
起動しっぱなしのパソコンと中途半端に床から掻き集められた書類を交互に見ながら、サロメはぼつりと声を漏らす。そして書類の中から校内案内図らしきものが載った書類を引っ張り出し、五年三組の教室が四階にあることを手短に確認した後、校長室を飛び出して階段を一気に上り詰めた。
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15
この掲示板は過去ログ化されています。